誰もがポオを読んでいた
『誰もがポオを読んでいた』アメリア・レイノルズ・ロング(論創海外ミステリ)

E・A・ポオの作品に見立てた連続殺人事件。盗まれたポオの手稿と殺人事件の謎を追う究極のビブリオミステリ。多数のペンネームで活躍したアメリカンB級ミステリの女王アメリア・レイノルズ・ロングが遂に日本初紹介!(本書あらすじより)

仕事が休みの日に隙をぬってブログを更新しています。帰ったらすぐ寝てしまうのでなかなか書く時間が……読了本はたまっているんですけど。書きためておくか。

狙いすぎな邦題がアレですが(案の定現代とは全然違う)、どえらい訴求力があるので良いと思います。
さて、全く聞いたこともないアメリカB級作家だそうです。B級と言ってもヴァージル・マーカムとかハリー・スティーヴン・キーラーのような荒唐無稽なものではなく、どちらかというと読み捨て系ペーパーバック本格ミステリ。詳しくは解説参照ですが、意外としっかりとした本格ミステリの書き手だったようです。
で、読んでみたら、素人探偵っぽい大学院生の女の子(シリーズ探偵で、職業は推理作家らしい)が、検事局の既婚男性と一緒にわーきゃーしながら事件に取り組むライト・ミステリっぽい読み口の作品でした。総合的な出来はぶっちゃけ微妙ですが、色々わちゃわちゃしているのでそこそこ楽しめます。

ポオの直筆原稿をめぐって、ポオの研究家のゼミの中で殺人事件が続発します。しかも殺された状況はポオの作品の見立てとしか思えないものばかり。果たして犯人の目的は?

ポオ見立ても思ったよりガチで、気軽に見立てられつつ主人公の友人がバタバタと死んでいき、死体がゴロゴロと転がっていくのです(金田一少年かよ)。死に方も結構アレで、大学生たちが焼き討ちにテンションをあげていたら箱の中から生きた人間が、みたいな焼死シーンとかすごい金田一少年感があります。怖くない横溝正史(解説談)。
犯人があまりにバレバレ、トリックもまぁうん(あったか?)という感じで、本格ミステリ的にそれほどでもない感は否めませんが、分単位のアリバイチェックしたり見立て殺人があったりするポスト黄金時代の作品を久々に読めてそこそこ満足なのも確か。好きな人は好きだと思います。

たぶんもっと出来の良い作品が眠っていると思うので、ぜひ翻訳してくれないかなぁ。こういうB級作品って、むしろ最近じゃなかなか読めないですし。

原 題:Death Looks Down(1944)
書 名:誰もがポオを読んでいた
著 者:アメリア・レイノルズ・ロング Amelia Reynolds Long
訳 者:赤星美樹
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 186
出版年:2016.12.30 初版

評価★★★☆☆
13の秘密
『13の秘密』ジョルジュ・シムノン(創元推理文庫)

花の都パリは、犯罪の都でもある。『13の秘密』は、探偵趣味の主ルボルニュ青年が、新聞記事などを手掛かりにいながらにして十三の犯罪を解明する連作短編集。メグレばりの心理分析からルーフォック・オルメスさながらの奇想天外推理までとりこんだ、風変わりな安楽椅子探偵譚。併せて、引退間際のメグレ警部が運河の畔で不可解な殺人未遂の捜査にあたる長編『第一号水門』を収めた。(本書あらすじより)

久々の月イチメグレ。別シリーズの連作短編集と、メグレ物長編が収録されています。
あらすじは新版のものです。というのも、旧版の『13の秘密』には書名にも奥付けにもあらすじにもメグレ長編『第1号水門』が併録されていることが書いていないんですよね。目次にだけ。新版になって書名が『13の秘密/第1号水門』になったようですが、いやほんと正解です。
というわけで別々に感想を書きます。


『13の秘密』

瀬名秀明さんによるとシムノンの13シリーズ(タイトルに「13」を冠した、それぞれ別個の連作短編集)の最初で、素人探偵ジョゼフ・ルボルニュを主人公にしたものです。10ページほどのパズル的ショート・ミステリ集で、これがもうあなた、要するにそのまんま『隅の老人』なのであった(完)。
10ページほどの短編が延々と続き、内容はデュパン、ホームズそのまんまといった感じのパズル的安楽椅子探偵なのですが、ぶっちゃけキツいのです。何の新味もありません。メグレ短編はもっと面白いので、これはもう単純に小説として短すぎるのが敗因でしょう。

主人公ルボルニュは、やたらと高慢ちきで、死体を見たことはないと称するが新聞などで未解決の事件を見るとたちまち解決し予審判事に手紙を送りつけ、さらに友人である私(語り手)に新聞を押し付け「こんなのも解決できないの? バカなの?」とひたすら煽るような、いけ好かない素人探偵であります。
要するに完全に隅の老人で、最終エピソードでルボルニュの出自が語られるところも含めて完璧に隅の老人です(隅の老人と同じく独自調査はしているっぽいのもそう)。ただ図面なしではあまりフェアではないし、あったとしても正直クオリティはそれほどでもありません。ホームズのライヴァルたちには遠く及ばないでしょう。「三枚のレンブラント」はアイデア的にまぁまぁ面白いかなとは思うけど、全体的に打率は低め。
……と思っていたら、これは本当にパズルだったんですね。瀬名秀明さんによる連載「シムノンを読む」に詳しいですが、もともとこの作品は(雑誌、書籍共に)図版付きの謎解き小説だったようです。だから素人探偵ルボルニュも「図面を読むんだ!」と連呼するのですが、創元推理文庫版ではカットされているという、実にもったいない背景があったのでした。どうせならちゃんと図面をつけて、『2分間ミステリ』とか『5分間ミステリー』みたいにして売るべきだったかも。


『第1号水門』

こちらはメグレ長編。非常に良かったです。初期メグレの中では上位だと思います。
船主エミール・デュクローの殺害未遂で事件は幕を開けます。金持ちであるデュクローは家族との折り合いも悪く、加えていかにも怪しげなデュクローは終始メグレを翻弄し続けます。果たしてデュクローの狙いとは、そして事件の全貌とは?というお話。

相変わらず発端の謎は魅力的なのですが、今回は全体的に事件も派手。事故、殺人未遂、自殺、殺人と180ページの間絶え間なく死体が登場します。正直読了するまでメグレの某有名作品の変奏パターンだと言うことに気付かなかったくらい頭がさびていました(意外な犯人とか求めてはいけなかった、当たり前だ)。メグレが結構な金持ちである船主、エミール・デュクローと会話しているだけ(捜査してない)でこれだけの迫力が生まれているんだからすごいですよね。
また酒場、船、親子というお得意のテーマがかっちりはまっていて、最後の犯人とメグレの対決までよどみがありません。自主退職一週間前のメグレの心情と、犯人の動機というか犯行に至った背景が絶妙にかぶさっているのも上手いです。

221ページのメグレの独白がこの作品というかメグレシリーズを上手く表しているので引用します。
「あそこでは第一号水門が、大きな家が、巡視船が、居酒屋が、ちっぽけなダンスホールが、彼メグレを待ち受けている。芝居の書割りというより、もろもろの存在だの匂いだの人生だのが錯綜しあった重苦しい世界であり、メグレはそれを解きほごそうとしてるのだ。彼の扱う最後の事件がこれなのだ。」

いつも以上にメグレの心情が描かれていないせいで、ある種ハードボイルドっぽさも感じます。瀬名秀明さんによる「シムノンを読む」の解説が言い得て妙なので、読了済の方はぜひこちらも参照ください。

原 題:Les 13 mystères(1932)/ L'Écluse no 1(1933)
書 名:13の秘密
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:大久保輝臣
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 307(Mシ-1-2)
出版年:1963.08.16 1版
     1974.04.26 11版

評価 13の秘密★★☆☆☆
    第1号水門★★★★☆
モンキーズ・レインコート
『モンキーズ・レインコート ロスの探偵エルヴィス・コール』ロバート・クレイス(新潮文庫)

ネコと同居し、ヨガと中国拳法を操る、タフでクールなヴェトナム帰りの私立探偵エルヴィス・コールとマッチョな相棒ジョー・パイク。「軽い仕事」のはずだった失踪父子の捜索は映画界につきもののコカインがらみでシンジケートとの対決へ……スプリングスティーンのしゃがれ声が似合う冬のロサンジェルスを舞台に粋な探偵の生き様を描く、エルヴィス・コールシリーズ第1弾。(本書あらすじより)

お、俺はこういう私立探偵小説に、めっぽう弱いんだ……傑作ではないか……。
というわけで、ロバート・クレイスのエルヴィス・コールシリーズです。以前ノンシリーズの『容疑者』を読みましたが、今度5月だか6月だかにエルヴィス・コールシリーズと『容疑者』シリーズのクロスオーバー作品が訳されるとかで、急ぎデビュー作のハードボイルドを手に取ってみました。いやぁ、ネオ・ハードボイルドは最高だなぁ。

息子を連れ去った旦那探し、という事件が、途中からコカインをめぐるマフィア絡みの事件に、という話自体はそこまで奇をてらっていません。主人公エルヴィス・コールもよくある軽口系私立探偵のように見えます。ところがこれがなぜかめっちゃ面白いのです。というのも、これぞ娯楽小説!ってな感じの要素がふんだんにちりばめられているんです。

私立探偵が(警察が止める中)積極的に事件に介入していこうとする流れがきちんと描けているのがまず好感度高いです。警官と探偵のお互いをプロと認めあった関係も、都合良いなぁと思いつつも、この全体的に軽めな雰囲気の中では程よく感じられます(警察の上層部とはちょっともめているので調度良いのかも)。事件が次第にオオゴトになっていく中でも、主人公たちの行動が「息子を取り戻す」という当初の目的から外れていないのも良いですね。
そして息子を取り戻そうとする母親の教養小説としての側面がまた非常に上手いんです。もともとは気弱で、意志がはっきりせず、強引な女友達に引きずられがちだった彼女が、試練にさらされる中で行動的になっていく……というのは読者の予想するところなのですが、これがまた読ませるのです。その強引な友人を配して話にカツを入れているのが特に上手いですね。冒頭とラストの繋がりの見事さったらないです。

それでもって、終盤は完全なアクション小説になっちゃうってのがまた好き。もうひたすらガンアクション。主人公エルヴィス・コールも、マッチョな相棒(バトル担当)ジョー・パイクも、わりかし躊躇なくマフィアを殺しまくります。ここがくどくなく、かっこよく見せ場として作られているので、単純に読んでいて楽しいんですよ。

軽めだけど軽すぎず、独特なぬるさが漂ってはいてもシリアスなところはシリアスに決め、かつ重苦しくならない、実にちょうどよいエンタメでした。いやー面白かったなぁ。次はまたエルヴィス・コールものでもいいし、ジョー・パイクシリーズのアクション小説でもいいかも。
ところで自分の持っている1989年初版の『モンキーズ・レインコート』(1987)のカバーに、1992年に翻訳が出る『追いつめられた天使』(1989)が書かれているのは、予告なのか、それとも2作目の時にカバーを掛け替えたのか。後者なら重版しなかったということに……まぁ新潮文庫からは2作で止まっちゃいましたしねぇ。

原 題:The Monkey's Raincoat(1987)
書 名:モンキーズ・レインコート
著 者:ロバート・クレイス Robert Crais
訳 者:田村義進
出版社:新潮社
     新潮文庫 ク-11-1
出版年:1989.02.25 1刷

評価★★★★☆
死はわが隣人
『死はわが隣人』コリン・デクスター(ハヤカワ・ミステリ文庫)

オックスフォード大学学寮長選挙のさなか、住宅地で殺人事件が発生。テムズ・バレイ警察のモーズ主任警部は、血の海に横たわる女の死の謎を追い始めた。一癖も二癖もある隣人たちの錯綜する証言から、やがて殺人事件と学寮長選挙との意外な関係が明らかに。だが、その矢先、モースは病に倒れた。苦痛に耐えながらたどり着いた、混迷の事件の真相とは? 現代本格ミステリの最高峰、モース主任警部シリーズついに佳境へ。(本書あらすじより)

デクスター追悼再読。最後は、デクスターで一番好きな作品で、マイ再読欲求度ナンバーワンの『死はわが隣人』です。これも高1以来なので9年以上ぶり。
もうね、この作品を楽しく再読できてしまうあたり、自分はモースの妄想推理とかどうでもいいんだなということがよく分かりました。キャラ萌えと言われようが何だろうが、『死はわが隣人』は最高なのです。

学寮長選挙をめぐる殺人事件自体は、中盤の転換が面白いとは言え全体的には薄味。モースの推理も大胆な仮設が登場するわけでもなく、結構いきあったりばったりに解決しているに近いです。トリックもまぁこんなもんだろうと。つまり本格としては並か、下手するとそれ以下かもしれません。少なくとも中期までのデクスターに及ばないことは確か。
ただ、コリン・デクスターといえば不倫によって事件が起きるわけですが(そのせいでイギリス人は基本的に浮気しているという理解が高校生の頃の自分の中に爆誕した)、まぁその頂点のような話なんですよね。学寮長候補2名とその妻の描き方がすごく好き。これも初期の頃には見られないキャラクターだと思います。

さらにモースとルイスという、実は今までその仲をきちんと描いていなかった2人の関係が、『死はわが隣人』でようやく示されるのです。モースとルイスのお互いに関する気持ちについて、内面に踏み込んだ描写がされたことがこれまであまりないんですよね。ところが今作、モースが糖尿病でガタガタになる中で、秘書(この人のエピソード好き)や上司であるストレンジ警視、シスター・マックイーンといった脇役の活躍によって、モースという人間がようやく描かれたという感じ。
だから何回読んでもラストには感動してしまいます。モースの身勝手さとルイスの人の良さが、知り合って15年くらいを経たシリーズの中でようやく噛み合うんですよ。モースのツンデレっぷりがやっと発揮されるわけですよ。だから、この作品が、シリーズの中で、一番好きなんです。

『死はわが隣人』という当初のシリーズ完結作が、このあと読者の要望によって『悔恨の日』という完結編へとつながっていくわけですが、『死はわが隣人』でモースとルイスの関係がきちんと描かれた後でないと『悔恨の日』は成り立たないんですよねぇ。とにかく、このシリーズの集大成のような作品なのは間違いないです。うーん大好きだ。追悼再読はこれで終わりにしますが、近いうちに『悔恨の日』も再読しましょう。

原 題:Death is My Neighbour(1996)
書 名:死はわが隣人
著 者:コリン・デクスター Colin Dexter
訳 者:大庭忠男
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 148-13
出版年:2001.12.15 1刷

評価★★★★★
ジェリコ街の女
『ジェリコ街の女』コリン・デクスター(ハヤカワ・ミステリ文庫)

モース警部がジェリコ街に住む女アンに出会ったのは、あるパーティの席上だった。すっかり意気投合した二人は再会を約すが、数ヵ月後、彼女は自宅で首吊り自殺を遂げた。はたして本当に自殺なのか? モースにはどうしても納得がいかなかった。やがてアンの家の近所で殺人事件が起こるにおよび、モースの頭脳はめまぐるしく動き始めた。前作に続き英国推理作家協会賞シルヴァー・ダガー賞を連続受賞した傑作本格ミステリ。(本書あらすじより)

コリン・デクスター追悼再読第2弾。前回は初期の代表作だったので、今回は(デクスター好きにはおなじみ)中期の代表作『ジェリコ街の女』です。高1の冬以来なので9年ぶりですが、記憶通りめちゃくちゃ良い作品でした。うーん、実に素晴らしい。

まず『キドリントンから消えた娘』から続けて読んで感じたのですが、圧倒的に文章が上手くなっていますね。プロローグだけでも分かりますし、章頭の引用文のセンスも増しています。ちょっと突き放したような、皮肉とユーモアたっぷりの余裕のある文章となっていて、いかにもなデクスターっぽい雰囲気が完成したのかなと。
また、ミステリとしての作風も変化しています。『ウッドストック』から『死者たちの礼拝』までは、とにかく推理をこねくり回すタイプの試行錯誤推理が大きな特徴でした。ただその後の数作は、妄想推理をやや減らして、その分大ネタを仕込むようになっているのです。だからきっちりまとまっていてすごく程よく楽しめるんですよね。『ウッドストック』や『キドリントン』なんかよりよっぽどスタンダードでおすすめしやすい英国ミステリなのかなと思います。『ジェリコ街の女』とか、『謎まで三マイル』とか、『別館三号室の男』(これも再読したい)とか。
いやーしかし、トリックを忘れていたこともあり、今回も素で楽しめました。『ジェリコ街の女』のトリック自体は綱渡りすぎるから絶対上手く行かないだろうなとは思うのですが、それでも初読時はかなり驚いた記憶があります。この綱渡りっぷりをごまかすのがモースの妄想推理でもあるわけで、さらに押し進めると『謎まで三マイル』になるのかな。ニクい作風だぜ。

ちなみにこれは後期の作品に関わることですが、この頃からモースは事件の中でトリッキーな役回りを演じ始めるんですね。要するに客観的に捜査するだけではなく、事件をややこしくさせるのにモース自身が一役買い始めるのです。この要素が、『森を抜ける道』とか『悔恨の日』あたりで爆発するようになるのかなと。

というわけで大満足の再読となりました。非常に初デクスター向きの作品だと思います。モースとルイスのキャラが関係が出来上がってくる、なんて要素もあるのですが、この2人については次の『死はわが隣人』の感想でまとめることにします。

原 題:The Dead of Jerich(1981)
書 名:ジェリコ街の女
著 者:コリン・デクスター Colin Dexter
訳 者:大庭忠男
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 148-5
出版年:1993.03.31 1刷
     1994.12.31 4刷

評価★★★★★