明日に賭ける
『明日に賭ける』ウイリアム・P・マッギヴァーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

失業中のスレイターに、ある日仕事の口がかかった。暗黒街に名の売れた職業的プランメーカーのノヴァクから、銀行強盗の片棒をかつがないか、と誘われたのだ。一方黒人の賭博師イングラムも、たちの悪い借金の代りに銀行強盗の一味に引きずりこまれた。冬近い霧の立ちこめる朝、四人の男たちがペンシルバニアの小さな田舎町に侵入した。完璧な計画――少なくとも20万ドルが易々と手に入るはずだった……一人の慧眼な保安官さえいなかったら。田舎町の銀行襲撃を背景に、白人と黒人の憎悪と愛情、人間性の悲劇を描く感動作!(本書あらすじより)

初マッギヴァーン。HM文庫はウィリアムじゃなくてウイリアムなんですね。
マッギヴァーンといえば悪徳警官ものだとか、ノワールの文脈でも読めるだとか、個人的にはあまりそそられない評価のイメージしかなかったのですが、この『明日に賭ける』(かつては入手困難作だったらしい)は傑作らしい……という話を聞いたのがかれこれ4年以上前。で、ようやく数ヶ月前に入手して、いざ読んでみたら、本当に、こう、なんだ、良い作品すぎました。こんなん泣くに決まってんじゃんかよ……。

銀行強盗を目論む4人の男と、その失敗から始まる逃走劇、という設定だけ見るとめちゃくちゃありふれています。ただ、主人公アール・スレイターのキャラ設定が絶妙なんですよね。第二次世界大戦での活躍を引きずり、高飛車で、話も聞かず、働きもせず(ヒモ)、怒りっぽく、黒人を心から毛嫌いしている、そんなドイヒーな野郎なのです。強盗団の黒人にのっけから人種差別バリバリ発言を吹っ掛け、殴りかかるという、本当に1ミリも好感を持てないやつなのです。余計な行動を取って強盗失敗の原因を作るなど、とにかくイライラさせられるのです。
対して敵役、つまり主人公を追い詰めていく老保安官のかっこいいこと。娘との関係に悩みながらも、人知れず町を守っている超優良保安官です。ジム・トンプスンの登場人物に見習わせたい。
だから結構読んでいて不快感がつのるわ、強盗の甘さにイライラするわで、前半は、なんだこのクライム・ノベルぶっ飛ばすぞ、みたいな気持ちだったのですが……もうね、強盗とかどうでも良かったね。その後の逃亡劇が本当に素晴らしいのです。

このドイヒーな主人公が、案の定強盗失敗後、強盗団の黒人イングラムと共に逃走することになります。最初はいがみ合っていた二人も、潜伏の中でだんだんと打ち解け、主人公スレイターも良いやつに……
って話ならまだ分かります。ちょっと違うんですよ。スレイターがほぼラスト近くまで嫌な奴のままなんですよ。だからこそ、この作品は傑作なのです。

作者マッギヴァーンが、たぶん良い人が好きなんでしょうね。地元で慕われる優秀な保安官のもとに、銀行強盗の捜査でFBIがやってきたら、普通対立するじゃないですか。しないんですよこれが。お互いにプロで、かつ微妙に人間としては欠点を持つ、そんな追う側の二人の物語としてもラストは感慨深いものとなっています。
ラストの展開も必要十分に感傷的で、かつ必要以上に悲惨じゃないのが良いです。現代でここまで大人しいクライム・ノベルは書かれないと思いますが、ここで描かれる救いにはやはりグッと来ます。書かれてはいない後日譚(医者の話とか)に自然と想像が膨らんでしまうような、そんな生き生きとした人間臭い登場人物たちがお見事。

というわけで、久々に名作読んだなぁという気分。マッギヴァーンは読まず嫌いでしたが、思ったより好きな作風のようです。読んでいこう。

原 題:Odds Against Tomorrow(1957)
書 名:明日に賭ける
著 者:ウイリアム・P・マッギヴァーン William P. McGivern
訳 者:峯岸久
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 29-3
出版年:1977.09.30 1刷

評価★★★★★
2017年3月21日、イギリスのミステリ作家、コリン・デクスターがお亡くなりになりました。86歳でした。

……いやもう、ほんと、ショックでして。レジナルド・ヒル、P・D・ジェイムズ、ルース・レンデルが亡くなった頃から既に覚悟していましたし、そもそも新作を出すこともなさそうでしたから、そんなに悲しくはならないだろうと思っていたんですが、全然そんなことなかったです。超悲しいです。たぶんこのブログをご覧になっている皆さんの想像の3倍くらいはショック受けています。
自分の一番好きな作家はアガサ・クリスティーなのですが、その次に好きなのがデクスターなんです。存命の作家の中で一番好きなのがデクスターだったのです。小学生、中学生とひたすらクリスティーを読み続け、あらかた読み終わり、次に何を読めばいいのか……と迷っていた高校生の自分にぱっと英国ミステリの新たな楽しさを教えてくれたデクスター。それがついに……。心から、ご冥福をお祈りいたします。
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誘拐されたオルタンス
『誘拐されたオルタンス』ジャック・ルーボー(創元推理文庫)

これはミステリなのか? 珍妙な事件とその顛末を書いた前作に続く傑作。哲学を学ぶ魅惑的なオルタンスはポルデヴィア公国の皇子と愛し合い、同じく同国の犯罪者である皇子もオルタンスを愛し……彼女は誘拐される! 一方ブロニャール警部はある殺害事件に挑戦する。さらわれたオルタンスは、どうなるのか? 前作で姿を消した高貴な猫アレクサンドル・ウラディミロヴィッチも健在で、やはりこの世界は珍妙極まりない!(本書あらすじより)

はいでましたよ、今年の暫定ベスト……えー、8くらい。とにかく皆さんにはぜひともこの本を読んでいただき、そして読み終わって壁に投げつけてほしいわけであります。愛すべきメタ・ミステリなのです。えーい、とりあえず読んで! 面白さの保証は出来ないけど!!
いやほんとに頭おかしいし、よくぞ出してくれた東京創元社みたいな圧倒的感謝の気持ちしかありません。『麗しのオルタンス』は、まだただの奇人ミステリというか、ある程度万人向きであったと思うのですが、『誘拐されたオルタンス』は完全に悪ふざけが過ぎていてすごい読者を選びそう……でも、俺はこの作品、好きなんだ……。

一応、殺しが発生し、それを警部が捜査し、一方で美女オルタンスをめぐって色々事件が起き、背後には隣国ポルデヴィア公国の陰謀が……という話なのですが、メインストーリーとかどうでもいいのであらすじは飛ばします。

まぁ、基本的には作者が大いに出しゃばり、読者を大いに巻き込むメタ・ミステリなのですが、とにかく破天荒すぎます。作者が作者としても作中登場人物としても出てくるのもヤバいし、前作『麗しのオルタンス』の売れ行きに関する無茶振りにも程がある編集者への手紙とかもヤバいのですが、まだ話が終わってないのに謝辞を始めた瞬間本当に頭おかしいなと思いました。で、警部が謎解きの際に、今回の事件を解く手がかりはこの小説にあったのです、というわけで最初から読み返してみると何とこんな真相が!みたいなことを言い出して、何だこれメタにも程があるぞいい加減にしろ。
そしてところどころに差し込まれる謎のミステリっぽさ。初っ端の叙述トリックも新本格好きなら知っているであろうものでからたぶん笑っちゃいますし、様々なキャラクターに頻出する〈美青年〉という言葉を利用した双子ならぬ六つ子トリックにぜひとも翻弄されてほしいのです。そして驚異の謎解きを読み、読み終わって壁に文庫を投げつけてほしいのです(これだけは言っておきたいのですが、マトモなミステリを期待するとたぶん憤死するので、怒らずに心を無にして読みましょう)。これだからウリポ(「Ouvroir de littérature potentielle(潜在的文学工房)」)は……。

一応ストーリー上の続き物ではあるんですが、作者がめっちゃ説明してくる上に1作目読んでなくても問題ないというか、むしろ読んでいても理解できないという感じなので、ぜひ『誘拐されたオルタンス』からどうぞ。そもそも8年も前に翻訳が出た作品のことなんか忘れていたって構わないわけだし……。
というわけでもう超好きなのですが、オススメはしたくない、という複雑怪奇な気持ちであふれています。オススメしていざ読ませてブチ切れられたら困るじゃないですかー、やだー、読むなら勝手に読んでー、みたいな。くれぐれも摂取は自己責任で。あとはもう三部作完結編『亡命したオルタンス』の翻訳&発売を座して待つのです。

原 題:L'Enlèvement d'Hortense(1987)
書 名:誘拐されたオルタンス
著 者:ジャック・ルーボー Jacques Roubaud
訳 者:高橋啓
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mル-5-2
出版年:2017.02.28 初版

評価★★★★★
紙片は告発する
『紙片は告発する』D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

周囲から軽んじられているタイピストのルースは、職場で拾った奇妙な紙片のことを警察に話すつもりだと、町政庁舎(タウンホール)の同僚たちに漏らしてしまう。その夜、彼女は何者かに殺害された……! 現在の町は、町長選出をめぐって揺れており、少なからぬ数の人間が秘密をかかえている。発覚を恐れ、口を封じたのは誰か? 地方都市で起きた殺人事件とその謎解き、著者真骨頂の犯人当て!(本書あらすじより)

お久しぶりです、引っ越しと新しい仕事の準備でめちゃ忙しい吉井です。
さて、自分の好きな作家トップ5に入るかもしれないD・M・ディヴァインが新たに翻訳されたので、発売日に早速買ってきました。『災厄の紳士』の前年に書かれた後期の作品になります。もうあと未訳が2作しかない……つらい……。

ストーリーはあらすじを読んでの通り。誰からも相手にされていないような若干イヤな性格の女の子が、地方選挙に関わるある秘密を知ったことで殺されてしまうという、王道中の王道のような殺人です。かつ、ディヴァインが初期の頃からかなり関心を持っていたと思われる地方政治物でもありますね。

そもそもディヴァインは地味な英国ミステリ作家なわけですが、今作はずば抜けて地味 of 地味。狭いコミュニティの狭い職場の中で、とりたててエキセントリックな登場人物も出さなければ派手な事件も起こさずに、超丁寧に犯人当てをやろうとする、それだけなんです。まぁ、だからこそ俺はディヴァインが好きなんですけどね!!(伝われ) 実際のところ、この殺人2つだけでどうやって350ページも持たせられるのか、読み終わったにもかかわらずさっぱり分からないんですけど……これぞ熟練の技術……。
お得意の多視点を使わず、殺人が起きた後の視点は終始主人公ジェニファーに置かれています。これはジェニファーという有能で物事をよく見ている女性が、「有能な女性」というポジションへの偏見や妬みと戦う様を描きつつ、実は彼女にも見えていないものがあったということを少しずつ明らかにしたいからでしょう。ディヴァインは好感の持てる女性もイヤな女性もどちらも上手く書ける作家ですが、今回の主人公はいつもより「戦う女性」感が強いですね。

本格ミステリ的な側面ですが、はっきり言って難易度は低めです。ディヴァインを読むのはかれこれ10作目になりますが、初めて証拠(の一部)込みで犯人を完璧に指摘できました。今回ははっきりとしたミスディレクションもないですし、証拠に気付くシーンも結構直接的ですし、何より終盤に露骨なヒントがすごい勢いで出てくる上に「何か見落としている気がする……」を猛プッシュするのでさすがに分かります。もちっと頑張れたんじゃないですかディヴァインさん。

全体としては何の問題もなく面白かったとはいえ、他と比べると中……の下……か……?くらいかなぁ。他が良すぎるんですよ。とはいえこの手のド地味本格ミステリの書き手が今やほとんど紹介されていないこともありますし、もう出来が良かろうが悪かろうが喜んで読ませていただきたい所存であります、はい。
さて、前回作ったランキングをもし更新するとするなら……だいぶいい加減なランキングになってきましたが、とりあえずこんな感じで。
『悪魔はすぐそこに』>『五番目のコード』>『ロイストン事件』>『災厄の紳士』>『跡形なく沈む』>『紙片は告発する』>『そして医師も死す』>>『兄の殺人者』>『ウォリス家の殺人』>>『三本の緑の小壜』
『こわされた少年』はまだまだ大事に取っておきます。もったいなすぎるので。

原 題:Illegal Tender(1970)
書 名:紙片は告発する
著 者:D・M・ディヴァイン D.M. Devine
訳 者:中村有希
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mテ-7-9
出版年:2017.02.28 初版

評価★★★★☆
盗まれた指
『盗まれた指』S・A・ステーマン(論創海外ミステリ)

トランブル城に住む伯父アンリ・ド・シャンクレイ、幼い頃に両親を亡くした娘クレール、美しい家政婦レイモン夫人、若い大男ジャン・アルマンタン。ベルギーの片田舎の古城で次々と起こる謎の死。フランス冒険小説大賞受賞作家によるゴシック・サスペンス恋愛ミステリ!!!(本書あらすじより)

平均月2冊のペースで刊行されている論創海外ミステリですが、11月末はなんと2冊ともフランス・ミステリだったのです。片やボアロー、片やステーマン(まぁステーマンはベルギーだけど)。よっしゃ来たぜと。ついに本格的にこっちにも手を出してくれたかと。シムノンとディドロで終わりじゃなかったんだなと。
とめっちゃ喜んどいてアレですが、『盗まれた指』は、び、微妙だわ……。トリックがどうとかフェアじゃないとかなら、まぁ先日読んだボアロー『震える石』も同じようなものなので構わないんですが、読んでいて単純に面白くないのがつらいです。

トランブル城である悲劇が発生(これはネタ的には面白いので一応伏せます)。伯父を訪ねて城を訪問していた娘クレールの運命と恋の行方はいかに。という本格ミステリ+ロマンス+サスペンス、みたいな内容です。

ステーマンは基本的にトリックメイカーなんですよね。詳しくは超気合いの入ったストラングル成田さんの解説を読んでいただければ良いのですが、要するにトリック一発ネタのクリスティー作品群にかなり近いのです(クリスティーは大ネタ一発トリックじゃない作品の方が多いですが)。過去読んだ『六死人』や『殺人者は21番地に住む』もそうでしたが、本作もまさにそのど真ん中。
問題は、その真相解明に至るまでが厳しいんですよ。大トリックを核として、あと読者の目をそらす要素を入れまくるというタイプのミステリって本来は好きなんですが、キャラクターの慌ただしい出入りやらやっすいロマンスやらとっちらかった捜査やらで全然頭に入ってきません。あんまり言いたくないけど訳もね……。探偵役であるマレイズ警部(ちなみに本書がシリーズ1作目にあたります)の活躍もイマイチだし、死体から指が切り落とされ持ち去られていた理由とか一切の期待を超えてこないし。ストラングル成田さんも若干褒め切れていないような……。メイントリック自体はそこまで悪くないんですが。

というわけで(単純に小説が上手くないんじゃね疑惑のある)ステーマンは大変です。一番有名な『六死人』も微妙なのですが、一方で『殺人者は21番地に住む』なんかはフランス・ミステリらしい傑作なので、振れ幅が大きいのかなぁ。読んでないけど『マネキン人形』も期待を上回らないと聞くし。『三人の中の一人』はかなり面白い怪作らしいけど、手に入りそうもないし。とりあえず手持ちのやつだけでも少しずつ読み進めようかな。

原 題:Le Doigt volé(1930)
書 名:盗まれた指
著 者:S・A・ステーマン S. A. Steeman
訳 者:鳥取絹子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 183
出版年:2016.11.30 初版

評価★★☆☆☆