平ら山を越えて
『平ら山を越えて』テリー・ビッスン(奇想コレクション)

奇想?誇大妄想?現代のほら話?唯一無二の語り手による、ローカス賞ネビュラ賞受賞作「マックたち」を含む傑作選!8年にわたる地盤変動で生まれた巨大な山(平ら山)、大気もない頂上を越えて荷を運ぶトラック乗りが拾ったのは、ヒッチハイクで山を目指すひとりの少年。垂直に切り立った山腹の先で、ふたりが目にした風景とは――。トラック乗りと少年の旅を描くノスタルジーに満ちた表題作をはじめ、若い夫婦が授かった不思議な赤ん坊をめぐるハートウォーミング・ストーリー「ジョージ」、少年が古い競技場で見つけた“あるもの”が導く、優しくて切なすぎる物語「ちょっとだけ違う故郷」、太古の世界がテーマの異色作「スカウトの名誉」、インタビューの回答だけを並べて現代の暗部を暴き、ローカス賞、ネビュラ賞をW受賞した傑作「マックたち」、究極のディストピアSF「謹啓」など、全9編を収録。(本書あらすじより)

これは12月に読んだ本の感想ですが、12月はサークルの企画の関係で奇想コレクションを4冊ほど読みました。で、読んでみて思ったのですが……奇想コレクションって、ふわふわして捉えどころがない作品が多いせいか、ちょっと一般には薦めにくいなじゃないか、ってのが正直な感想ですね。これで『ふたりジャネット』『平ら山を越えて』『輝く断片』『フェッセンデンの宇宙』『跳躍者の時空』と読んだことになるんですが、結局一番面白かったのは数年前に読んだフリッツ・ライバー『跳躍者の時空』かな、という気がしています。『たんぽぽ娘』とかは今年読んじゃいたいですね。数篇だけはさっと読んだんですけど。

さて、では『平ら山を越えて』です。

「平ら山を越えて」(1990)
「ジョージ」(1993)
「ちょっとだけちがう故郷」(2003)
「ザ・ジョー・ショウ」(1994)
「スカウトの名誉」(2004)
「光を見た」(2002)
「マックたち」(1999)
「カールの園芸と造園」(1992)
「謹啓」(2003)

前半は「少し不思議」系ノスタルジックと子供愛にあふれる、読みやすい短編。後半は戦争や死を題材にしたやや重苦しい短編と中編。個人的な好みで言うと前半の方が好きですが、いずれも読み終わったあとずっしり来るような印象深い短編です。
ビッスンの短編の作り方は、核となる変なアイデアを1つ用意し、しかしそれではなく愛情とか孤独とかそれに関わる人間の感情をメインに置く、というものだと思います。あらすじや帯にある「現代のほら話」というキャッチコピーは、一面では合っていると思うのですが、必ずしも奇想で読ませているわけではないので、少し違うかなという気がします。

表題作はぶっちゃけ微妙。せっかくのアイデアをあまり生かしきれていないかなと。次の「ジョージ」は翼を持って生まれた子どもの周囲の大人を描いた、素晴らしい作品(感動ものに弱い)。「ちょっとだけちがう故郷」は子どものファンタジックな冒険物で超感動作。「ザ・ジョー・ショウ」はストリップ系エロ(実に良い)。ここまでは明るめでしょう。
「スカウトの名誉」はメールで一人の人物の状況を明らかにしていく技巧的な一編ですが、そんなに面白くはなかったかな……。「光を見た」は未知なるものとの接触を描いたSF作で、読み終わって妙な感動に浸れます(良い)。
そして「マックたち」は、インタビュー形式でインタビューされる側とする側の人生を浮かび上がらせていく超絶技巧の大傑作。これは予備知識なしでぜひ読んでもらいたい作品でしょう。
「カールの園芸と造園」は植物が死に絶え、重苦しい死の予感に満ちた世界を描いた作品でかなりしんどく、つらいです。中編「謹啓」は老人が排除される世界の物語で、若者の抵抗運動の独善さを強烈に皮肉ったこれまたつらい作品(つらい)。

「ジョージ」「マックたち」がベストでしょう。次点で「ちょっとだけちがう故郷」「光を見た」。ただ、いずれも良いんですが、すごい好きってのとは違うかな(やや冗長でしょうか)。初期作品多めの『ふたりジャネット』も読んでみましたが、だいぶ作風が違うし、大きく好みが分かれそうだな、と思います。

ついでに、サークル用に書いた『平ら山を越えて』の原稿を追記の方に貼っつけておきました。こちらは外向きなので全体的に褒めています(笑)

書 名:平ら山を越えて(1990~2004)
著 者:テリー・ビッスン
出版社:河出書房新社
    奇想コレクション 19
出版年:2010.7.30 初版

評価★★★☆☆








 奇想コレクションにおける、テリー・ビッスン第二短編集。第一短編集『ふたりジャネット』と比べると、あんまり評判を聞かないような気がする……。ちなみに奇想コレクションはこの第十九冊目が出た後、『たんぽぽ娘』が出るまで、三年間沈黙することになるのである。って聞くと全然面白そうな予感がしないぞ、大丈夫なのか。
 結論から言うと、『平ら山を越えて』はやはりビッスンの傑作集なのだが、『ふたりジャネット』とは色合いがまったく異なるものだった。奇想というか、ひとつの不思議なアイデアを核としてひとつの物語を作り上げる、というやり方は変わらない。ただし、『ふたりジャネット』は、ほのぼのとしたユーモアが特徴的な、楽しい短編集だ。一方、わりあい近年の作品を収録した『平ら山を越えて』からは、濃厚な死の匂いが感じられる。特に後半は、「老い」「戦争」といった、重苦しいテーマを扱った作品がメインとなっているのだ(アメリカのユーモリストは、年をとるにつれて滑稽味のないペシミストと化す……ということについては編訳者あとがきに詳しいのでここでは割愛)。個人的には『ふたりジャネット』の方が好みだが、どちらが良いとは言い難い。というかどちらもそれぞれ良い。以下、収録順に作品についてまとめてみる。
 前半の三作品――「平ら山を越えて」「ジョージ」「ちょっとだけちがう故郷」は、どこか哀愁漂う、落ち着いた雰囲気の作品だが、これらに共通するのは「こども」に対する慈しみだ。背伸びしたがる少年を温かく見守るトラックの運ちゃんが登場する「平ら山を越えて」、おとなたちの勝手な思惑とは関係ない、赤ん坊の個性と純真さが胸を打つ「ジョージ」、少年少女の冒険と成長を描く「ちょっとだけちがう故郷」。こうしたストーリーを、ビッスン流SF的なアイデアがしっかりと支えるのである。ユーモアというより、ハートウォーミング。そしてビッスンは「こども」を通して、「こども」を理解しない「おとな」をしっかりと批判していく。
 続く「ザ・ジョー・ショウ」は、箸休め的なエロSF(こういうの大好きだ)。
 「スカウトの名誉」「光を見た」は一転、強い孤独感を読者に与える小説だ。前者はメールを通して一人の女性を描き出していく技巧と哀切が印象的で、後者は地球人と、ある存在との月における接触を感動的に描いている。どちらも読む者の心をダイレクトに叩いてくるような寂しい物語だが、ビッスンの優しさというか、人間に対する愛情もまた感じられるのが良い。
 そして、本短編集のメインディッシュ、「マックたち」「カールの園芸と造園」「謹啓」である。あえて内容は書かないが、いずれも「死」が主題となっており、読み心地は決して軽くはないし、明るくもない。人間の愚かさ、エゴ、対立から命を落とすものを、そしてそれを悲しむものを、ビッスンは容赦なく描き出し、えぐり出す。中編「謹啓」の痛烈な風刺を見ると、作者は六十代に入り、世の中の何もかもが嫌になってしまったのではないかと心配になるほどだ。しかしいずれも秀逸な出来で、特に「マックたち」は技巧的な面も含めて、傑作としか言い様のない一読必須の作品だ。
 というわけで『平ら山を越えて』、これもまた良短編集ではある。でも自分はやっぱり、読むならビッスンの明るい作品を読みたいなぁと思うのだけど。
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