失脚/巫女の死
『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』フリードリヒ・デュレンマット(光文社古典新訳文庫)

あらすじは、各短編ごとのものがAmazonにちゃんとあったので、そちらで書きます。

ミステリ界隈では一昔前にポケミス2冊(うち1冊文庫化)出たのみだったはずのデュレンマットですが、今年の5月に『判事と死刑執行人』(以前ハヤカワから出た『嫌疑』に「裁判官と死刑執行人」のタイトルで収録)が出て、そして今度、7月には光文社古典新訳文庫ですよ。なんですかこのいきなりのデュレンマット旋風は。

そしてこの『失脚/巫女の死』ですが、はっきり言って今年のベスト級の面白さ。これは素晴らしいですよ。4中短編が収録されていますが、その内訳も、幻想的で幕切れが鮮やかな「トンネル」、心理戦が見事な「失脚」、奇妙な味っぽい「故障」、何だかよく分からん歴史物「巫女の死」とより取り見取り。まさに理想的な短編集なのです。
特徴はというと……えー、こう、筆致が、淡泊というか、それでいて無意味に理屈っぽくて、重厚で、あー、説明出来ないけど良いんです。「奇妙な味」とはちょっと違う、一種独特なフィクションっぽさ。ぜひ、実際に読んで確かめて欲しいものです。増本浩子さんの訳もグッド。増本さんの解説もいいですが、それより後書きがとっても面白いですよ。デュレンマットの魅力を十二分に説明してらっしゃるので、そちらをおすすめします。ちなみに解説で『約束』の一部ネタバレがあるので注意してください(P297〜298、特に298の冒頭2行)。

以下、個別の感想を。ベストは……うぅん、難しいですね。「失脚」にしましょうか。次点が「故障」で。おそらくこの短編集「トンネル」をベストにあげる人と、「故障」をベストにあげる人、「巫女の死」をベストにあげる人に大きく分かれるのではないでしょうか。それぞれの好みが浮き出るようで面白いですね。


「トンネル」(1952、1978 改訂版)
いつも乗り慣れた列車だが、気づくともうずいぶんトンネルに入ったまま。不審に思って車掌を探すと……。ありふれた日常が知らぬ間に変貌を遂げる。皮肉と寓意に満ちながらかつ底知れぬリアリティに戦慄させられる物語。

個人的にはやや苦手な幻想短編っぽいものです。この短編集の中ではちょっと異色でしょう。
異色なのですが、これがまた秀逸。読者をこの「トンネル」の中に引きずり込むかのような、恐ろしい魅力があるのです。ラストのセリフからして、妙な迫力があるじゃないですか。これは改訂版の方がずっといいでしょうね。うぅむ、これをしょっぱなに持ってきた編集者さんすごい……。


「失脚」(1971)
粛清の恐怖に支配された某国の会議室。A~Pと匿名化された閣僚たちは互いの一挙手一投足に疑心暗鬼になり、誰と誰が結託しているのか探ろうとしている。だが命がけの心理戦は思わぬ方向に向かい……デュレンマットの恐るべき構成力と筆力に舌を巻く傑作。※本邦初訳

むちゃくちゃ面白いです。これを読んで、「こ、この短編集にはこのミス取らせたい!」と思いました。
「失脚」の面白さは、ずばり「心理戦」です。登場人物がみんなアルファベットなため、読みにくいとかそういう次元じゃないのですが、この一種抽象的かつ個性的な人々が、ひとつの部屋で、ひとつのテーブルを囲み、裏に裏を読んだ会話を繰り広げるのです。よくもまぁこんなものかけますねぇ。ラストのぞくっとするような妙な”爽やかさ”は、これぞデュレンマット(たぶん)。


「故障」(1955、なおラジオドラマ1955・テレビドラマ1957、喜劇1979)

自動車のエンストのために鄙びた村に一泊することになった営業マン。地元の老人たちと食事し、彼らの楽しみである「模擬裁判」に参加するが、思わぬ追及を受けて、彼の人生は一変する……。「現代は故障の時代」と指摘するデュレンマットが、彼なりに用意した結末に驚き!

傑作。物語のとある展開に、読者は一つの予想のもと読み進め……と、これ以上書くと確実にネタバレ。ある種捻ったオチが面白いです。この作品をベストにあげる人がおそらく一番多いでしょうし、実際、これは一度は読むべき良短編です。
とにかく、読んでいる間の高揚感と一種の恐怖が素晴らしいんですよ。妙にハイテンションで。なんとなく、マコーリアン『不思議を売る男』内の「テーブル【大食漢の話】」を連想したり。
ふと思いましたが、「故障」の読み方って、ミステリ読みと非ミステリ読みとでは全く異なるんじゃないでしょうか。恐らくミステリ読みは、読み出してしばらくすると「むっ、これは異色短編、奇妙な味じゃないか、むほほ」的テンションで読むはずなんですよね。だからこそ楽しめるんですが。


「巫女の死」(1976)
実の父である王を討ち、実の母と結婚するというオイディプスの悲劇。しかし当時政治の行く先を決めていたのは、「預言」を王侯に売る預言者たちであった。死を目前にした一人の老巫女が、驚愕の告白を始める……。揺らぐことのない権威的な神話の世界に別の視点を取り入れることで、真実の一義性を果敢に突き崩す挑戦的な一作。※本邦初訳

推理小説っぽい『オイディプス王』をさらに推理小説っぽくしたようなしてないような壮大なブラックジョークパロディ。「あーもう5時だわー終業時間だわー早く帰りたいのにこのタイミングで来るんじゃねーよバカ」みたいなことを平気で言うデルポイの巫女に萌えます。いやそんなことじゃなくて。
この前『オイディプス王』を読んでいたから良かったようなものの、ちょっとこれは前提知識がないと難しいのでは、という気がします。ただ、とにかくこれ、面白いんですよ。どこかシニカルな見方をする巫女を主役に据えることで、独特の悲壮感・哀愁が漂い、味わい深いものとなっています。正直、これをベストにあげられるほど自分は頭良くないのですが、なかなか好感の持てる一編です。


総じてハズレなし。書評家の杉江松恋さんがおしているのも納得です。ぜひご一読を。

書 名:失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選(1952~1976)
著 者:フリードリヒ・デュレンマット
出版社:光文社
    光文社古典新訳文庫 KAテ4-1
出版年:2012.7.20 1刷

評価★★★★★
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