オイディプス王
『オイディプス王』ソポクレス(岩波文庫)


吉井富房「というわけで、今日は『オイディプス王』はミステリや否や、という話をしたいと思います」
ヨッシー「あら、久々にこんなきちんとした作品――それもギリシア悲劇を読むなんて。どうせサークルの読書会で課題本だったとかそんなところでしょうに」
吉「……」
ヨ「で、ミステリや否やというのは何なのかしら」
吉「あぁ、実は中の人がついこの間読んだ『デュレンマット傑作選』――光文社古典新訳文庫から出ているやつだね――を読んだんだけど、その中に『オイディプス王』……というよりはオイディプス王伝説をベースとして作られたミステリがあってね。中の人はたまたま『オイディプス王』読了後だったから、割と理解しやすかったらしいんだけど。とにかく、そういったミステリの題材になるような要素が、果たして原作『オイディプス王』にも含まれているのかを検証するのは、なかなか有意義なことだと思うんだ」
ヨ「なるほどねぇ。やって損はないかもしれないわね」
吉「というわけで、今回は『オイディプス王』のミステリ解釈についてです」

ヨ「言わずと知れた有名作だから、あらすじは説明しなくていいわよね」
吉「そんなインテリぶったこと言うのはやめなって……。さて、ではオイディプス王伝説について簡単に紹介しよう。むかしむかし、テーバイの王ライオスは、妻イオカステとの間に男児を設けた。その子供が後のオイディプスなわけだけど。そんな王にくだされた信託が、〈その子供は後に父親を殺し、さらに母親と交わり子を作ることになるだろう〉という、無茶苦茶なものだった。ライオスはその予言を恐れて、子供を殺すよう臣下に命じる。ところがその臣下は勝手に哀れみを感じて、殺さずに山の中に放置、子供は結局隣国コリントスの者に拾われ、オイディプスはコリントス王の実子として育つことになる」
ヨ「ところがオイディプスが何不自由なく成長した後、コリントス内でウワサが立つのね。オイディプスはコリントス王の子供ではないんじゃないか、と。不安に思ったオイディプスがデルポイの信託を受けに行くと、〈その通り、実の親ではない。あんたは父親を殺して母親と子を作ることになるよ〉と、まぁ言われてしまうのね。とりあえずオイディプスはコリントスを離れ、テーバイを目指し、ついでにテーバイの人々を苦しめていたスフィンクスの謎を解き、見事テーバイの英雄となるのよ」
吉「……スフィンクスの件が適当すぎない?」
ヨ「大して話に関係ないからいらないわよ。興味があったら『デュレンマット傑作選』を読むなりググるなりしなさい」
吉「……えーと、で、その頃テーバイは、ライオス王が出先で強盗か何かに殺されてしまったため、国王不在の状況だったんだ。救世者オイディプスは当然のように国王の座に着くことができ、さらには先王ライオスの妻イオカステと結婚した」
ヨ「で、『オイディプス王』はここから話が始まるのよね」
吉「今までのは全部知っとけ、ってことらしいな。でだ。しばらく後、テーバイ国は不作と疫病に見舞われる。オイディプスは解決策を探すべく、デルポイの信託を求めることになる」
ヨ「すると信託は、先王ライオスを殺したクソ野郎をひっとらえれば国は再び平穏に戻るだろう、と言うわけね。オイディプス王は先王ライオス殺害犯を見つけ出そうと様々な人物の証言を聞いていくんだけど、その過程でだんだんと自分の素性が明らかにされていくの。そしてついに、昔くだされた予言の真実にたどり着いてしまうのよ」

吉「こんな感じかな」
ヨ「ぶっちゃけ読者の想像通り、予言が合ってたわけで、オイディプスはライオスを殺していたんだけどね。たまたま適当に」
吉「ぶっちゃけたな」
ヨ「ギリシア悲劇は、ストーリーを知っていたほうが楽しめるの。とにかく、これがフロイト先生が大好きなエディプス・コンプレックスの元ネタよ」
吉「さて、とりあえずミステリかどうかとかどうでもいいから、『オイディプス王』は必読の傑作であることは言っておきたいよね。最後の破局に向けてキリリと引き絞られていくような緊張感がたまらない。これはすごいよ」
ヨ「今までこういう傑作文学作品をいかに読んでこなかったかがバレかねない発言ね」
吉「うるさいな」
ヨ「ソフォクレスのギリシア悲劇は、構成に無駄のない完璧さで有名よ。主人公は、神の定めた見えざる運命を一歩一歩進まされ、破滅へと至らされるわけ……作者の手のひらの上でね」
吉「あ、参考文献として『ギリシア・ローマ古典文学案内』を用いています」
ヨ「余計なこと言わないの」
吉「はい」
ヨ「ちなみに、私が読んだのは岩波文庫版の藤沢令夫訳なんだけど、これが非常にいいのよ。厳かで堅い文章でありながらも、とっても読みやすいわ。翻訳家の栗原百代さんは『格調の高さと読み易さのマリアージュ最高』と言っていたわ。Twitterで」
吉「うまいこと言うなぁ。無断引用だけど」

吉「さて、『オイディプス王』ミステリ論についてだけど」
ヨ「せっかく語ろうとしているところ申し訳ないんだけど、大体の点については岩波文庫の解説を読めば〈ミステリっぽい〉と思ってもらえるんじゃないかしら」
吉「え?そうなの?」
ヨ「解説にアリストテレスの悲劇解釈が載っているのよ。悲劇とはこういうもので、こうあるべし、こう作るべし、みたいな。その内容が、ここでいちいち述べはしないけど、推理小説の作法そのままなのよ。例えば、伏線はちゃんと張れ、とか。で、アリストテレスは、ソフォクレスこそ、その作法にもっとも忠実で完成度が高い、と主張しているわ」
吉「なるほど」
ヨ「つまり、もう言うことはないわね。帰るわよ」
吉「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。もうちょっと論じたいんだけどな僕としては」
ヨ「ならさっさと言いなさい。中の人が文章を書くのに早くも飽き始めているわ」
吉「……。えぇと、ソフォクレスの用いた構成で特に注目したいのが、オイディプスは真相を知るために様々な人物の証言を聞いていく、ということだ。証言する人物やその内容は実に多様だね。例えば、大して重要なことではないことを語る……が、部分部分に真相のヒントが見え隠れしているような発言をする人がいる。また、オイディプスに真実を語るまい、嘘を突き通そうとするも、オイディプスに問い詰められてしぶしぶ真相を明かす証言者もいる。そして最後には、オイディプスは証言を総合して真実に到達する。これって、私立探偵の聞き込みに他ならないと思わないかい?」
ヨ「私立探偵が関係者を訪ねるのとは違って、王は関係者を呼びつけるんだけどね。王だから」
吉「さらに、全ての人物の行動が綿密な計算の下作られていることにも注目したいな。例えばオイディプスはやたら執拗に真相を追い求めるんだけど、これにだって立派な動機付けはなされている。スフィンクスの話をそこに上手く絡ませたりもしてね。証言を語る人、語らない人、なんの気なしに重要なことを言う人がいるけど、これらもきちんとしたキャラ付けがなされ、各々必要十分な動機と理由を持っている」
ヨ「確かに、この証言の順番は見事と言うほかないわね。読者(この場合は観客かしら?)の興味を引きつつ行う、真相のちらつかせ方、ちょっとずつ薄皮を剥くように真実を暴いていくやり方は、プロのミステリ作家そのものだわ」
吉「そして探偵=犯人という構図……ほら、ミステリっぽいだろ」
ヨ「ちょっとこじつけ臭いけどね。けどこの構図は、悲劇が悲劇を呼ぶという、悲劇の根本となる仕掛けには最適なのよね」
吉「そしてこれは推測に過ぎないけど、ソポクレスは『犯罪を暴く』『探偵が謎を解く』『伏線を回収して真実を推理する』などといった点に、相当自覚的だったと思うんだ。そうでなければ、ここまで〈ミステリらしい〉作品は書けない。《探偵》という職業がなかった以上王が主人公を務めることになってはいるけど、基本的にこれはミステリであると言って構わないと思うな」
ヨ「……まぁ、『オイディプス王』をミステリとすることにはそもそも誰も異論がないし、多くの人が言っていることだけどね」
吉「え、えー……それ言っちゃうんだ……」

ヨ「ひとつだけ言い足しておこうかしら。これはあくまでも演劇なのよ。観客という見せる相手が存在するの。確かに観客は真相を最初から知っているわ――オイディプスこそ犯人である、ということをね。けど、ソポクレスの想定する探偵役には、彼ら観客、真相の暴かれる過程を見せ付けられる存在も含まれていたと思うの。だからこそ、こうしたミステリらしい作品になったのではないかと思うわ」
吉「なるほど、一種のミステリ劇というわけか。観客はオイディプスの推理過程に無理がないかチェックしているということだね」
ヨ「以上、中途半端ではあるけど、『オイディプス王』ミステリ論でしたー。最後まで付き合っていただき、ありがとうございました」
吉「なんか最後持って行かれた……」


書 名:オイディプス王(前427)
著 者:ソポクレス
出版社:岩波書店
    岩波文庫 赤105-2
出版年:1967.9.16 1刷
    1989.7.15 34刷

評価★★★★★
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