疑惑の影
『疑惑の影』ディクスン・カー(ポケミス)

本書『疑惑の影』はカー得意の密室殺人で、そのトリックが完璧なフェアプレイで、きわめて合理的なことは彼の数多い作品中にも稀な一品と言える。
さらにこの作品の面白さは、トリックだけでなく、カー独特のオカルティズム――中世以来の邪教悪魔教、魔女、黒ミサ等の神秘的な背景が作中に妖幻な雰囲気を与えているところにある。これに加うるに上品な英国流のユーモア、まじめくさつた顔をして人を微苦笑させる大人のユーモアが作中いたるところにあらわれて、神秘的な雰囲気にとけこみ、渾然一体をなしている。探偵小説は二度読めぬものという定例を破つた楽しさと妙味とを兼ね備えた作品である。(本書あらすじより)

”偉大なる弁護士”バトラーが弁護を引き受けた娘ジョイスは、テイラー夫人を殺した容疑で捕われていた。夫人はジョイスと二人きりの邸内で、薬とすり替えられた毒を飲んで悶死したらしい。不利な状況の中、バトラーは舌鋒鋭い弁護で無罪判決をかちえた。が、その直後に新たな事件が……。バトラーとフェル─―二人の名探偵が突き止めた血の香漂う事件の真相は?全篇を覆う無気味な雰囲気の中に巧妙な心理的トリックを用いたバトラー初登場作!改訳決定版(HM文庫版あらすじを一部改編)

うぅむ……1956年出版ですか。ここ数年自分が読んだ本の中では一番古い本ですね、たぶん。二番目はエーリヒ・ケストナー『消え失せた密画』でしょうが、これは1970年ですから、おもいっきり飛んだことになります。
というわけで、カー祭りに便乗して、カーの積ん読をつぶそうと『疑惑の影』です。去年の5月15日、高円寺の「本の五月祭」に行った際、翻訳ミステリー大賞シンジケートが出店していた店で、最近読んだ『貴婦人として死す』がめちゃ面白かった、と言ったら、じゃあこれも面白いよ、と言われて買ったものです。1年前か……なつかしい。

で、読んでみましたが……まぁまぁ、という感じですかねー。読んでいる間はとっても楽しかったです。
どうもamazonとかいろいろ見てみると、この本の評判は決して良いものばかりじゃないんですよ。いや、それは確かにその通り、けなそうと思えばいくらでもけなせてしまうんです。主人公がひたすらうざい、動機意味不明、構成ぐちゃぐちゃ、冒険風味は中途半端、記述がひょっとしてアンフェア、などなど。悪魔崇拝とかが出て来ますが、まさかこんな形で真相に絡んでしまうとは思いませんでしたし、そのせいで微妙な動機と変な冒険小説っぽさが生まれてしまっています。また、主人公・バトラーのうざったさには半端ないものがあります。彼、フェル博士を押しのけて一人でどたばたしているんですが、もうとにかく自己中心的でうぬぼれ屋、勝手気ままなのです。それこそ一人だけノリが冒険小説。最終的にフェル博士の推理を横取りして犯人にドヤ顔で解説って、ちょっとあんた何様なんですか。さすが、この後発表された『バトラー弁護に立つ』で、もはやフェル博士なしで主役になっただけはあります。

ところが、このどうしようもない中途半端さの一方で、ミステリとしての完成度がかなり高いんですよ。読者に仕掛けられたミスリーディングはなかなか面白いし、二重の事件を成立させるための必然と偶然のバランスも絶妙。フェル博士の、ある点が全く逆の見方も出来る、という指摘には素直に感心しましたし。とある手掛かりについては、おそらく記述していないためややずるい気がするのですが、まぁ些細なことでしょう。フェアかアンフェアかと言われれば、これは全体的にフェアである、と個人的には思います。

というわけで、このアンバランスさにより、何とも言えない完成度となっています。これだけ良い出来なんですから、いろいろ詰め込んで微妙な感じになってしまったのはやはりもったいないですね。特に動機に関しては、読者の予想を悪い意味で裏切る展開はどうかと思います。
とはいえ、軽く冒険風味が味付けされていることで、読んでいて楽しい一冊であることは確か。カーファンであれば、読むべき一冊ではないのかなぁ、と思います。カーファンじゃないから分かりませんが。

書 名:疑惑の影(1949)
著 者:ディクスン・カー
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 263
出版年:1956.5.31 初版

評価★★★★☆
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