騎士の盃
『騎士の盃』カーター・ディクスン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

誰かが鍵のかかった部屋に入り、騎士の盃を動かしている─―ブレイス卿夫人の訴えに、マスターズ警部は現地へ赴いた。近くに住むH・M卿を頼みにしていたが、卿は歌の練習に余念がない。仕方なく自ら問題の部屋に泊まった夜、警部な何者かに殴られた。ここに至り卿はやっと重い腰をあげた。だが、ドアを抜け、宝物を盗まずに動かすだけという怪人の真意とは?著者得意の密室犯罪をユーモラスに描くH・M卿最後の長篇(本書あらすじより)

巷ではカー祭りとかやってるわけですから、こうなりゃ自分も『火刑法廷』とか『三つの棺』とか『皇帝のかぎ煙草入れ』とか『帽子収集狂事件』とか読みたかったんですけど、結局課題本の『騎士の盃』を読むことになってしまったわけですね。……うぅん、なんでこんなマイナー作品ばかり読んでいるんでしょうか、自分。

さて、HM卿最後の長編です。発表年は1954年。カーは1972年まで小説を書いていますし、フェル博士物は1967年まで書いているのと比べ、えらく早い退場です。フェル博士よりHM卿の方が好きな自分としては、残念なことです。

『騎士の盃』は、どうもカーの中でも異色作にあたるようです。「なぜ、どうやって、犯人は密室の中の盃を動かしたのか」という謎が中心で、犯罪性がないんです。というわけで、ひたすら緊張感のない中、物語はユーモアたっぷりに最後まで語られていくことになります。
……いや、ユーモアたっぷりどころじゃないですね。実際、この小説の9割はまったく不要なドタバタコメディです。HM卿物の中でも断トツにコメディっぽいというか、もうめちゃくちゃ。ってかミステリ部分にほとんど筆が割かれていません。次のギャグを生み出すために、ひたすら伏線が張られていく様は、まるでしょうもないコメディドラマを見ているかのよう。ユーモアが多いとかではなく、これはもはやドーヴァー警部並のユーモアミステリです。
そしてこれがもう、楽しいんですよ、えぇ。まぁ、自分がこういうユーモア過度なミステリが好きだというのもありますが、とにかく笑わされます。ってか、カーが何かやりたい放題で(笑)

ちなみに気にいったセリフの掛け合いがこれ(趣味悪いとか言わないで)。

「ミスタ・ハーヴィのお言葉を拝借させていただけますなら、うるわしのエレインは長椅子にかけ、着衣をほとんど脱ぎすてて……」
「ベンスン、あのかたはまさかすっかり――すっかり……?」
「いえ、奥方さま」執事はきっぱりとした口調で安心させるようにいった。「部屋の中は薄暗く、入り日がさしこんでものうい雰囲気がただよっておりましたが、あのかたが靴下と靴を身につけておられたことははっきり申しあげられます」
「すごくいいアイディアだ」トムが心から賛成といった口調でどなった。「ぼくが何度もいったじゃあないか、ジニー、アマチュアもプロと同じように、そうすべきだって。その効果たるや……」
「あなた。」
とかまあ、こういった塩梅。これはカーの好みなんでしょうか……。


じゃあミステリとしてはどうなんだというと、まず密室トリック自体はたいしたものではありません。この基本形は、19世紀に既に登場していますね。ここに過度な期待は禁物です。
ところが、ホワイダニット、なぜ盗まずに動かしたのか、という点については、非常に良く出来ているんです。何というか、違和感なく納得して真相を受け入れられてしまうような、そんな説得力があります。その理由は、ドタバタ喜劇の中にその動機の手掛かりが実にさりげなく、また効果的に配置されているから、でしょうね。バカばっかり書いているように見えますが(いや事実書いているんだけど)、登場人物の個性をくっきりと浮かび上がらせつつ、セリフの端々に手掛かりをさりげなく潜ませているところなどを見ると、やはりカーは本格ミステリ作家として並々ならぬ力量を持っていたんだなぁ、と素直に感心します。

まあ、というわけで、とりわけ抜きん出て出来が良いというわけではないですし、絶対必読ではないですが、ま、カーファンなら読むべき、なのかな、たぶん。これ、カーなんて1つも読んだことない「日常の謎」好きが読むと、案外はまるんじゃないかと思うんですが。

書 名:騎士の盃(1954)
著 者:カーター・ディクスン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 6-10
出版年:1982.12.31 1刷

評価★★★★☆
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