十日間の不思議
『十日間の不思議』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

血まみれの姿でクイーンのもとを訪れた旧友のハワードは家を出てから十九日間、完全に記憶を失っていたという。無意識のうちに殺人を犯したかもしれないので、ライツヴィルへ同行してほしいと彼はエラリイに懇願した。しかしエラリイが着くのも待たず、不吉な事件は幕をあけた。正体不明の男から二万五千ドルでハワードの秘密を買えという脅迫電話がかかってきたのだ! 三たびライツヴィルで起こった怪事件の真相とは?(本書あらすじより)

〈クイーン強化月間〉第4弾、かつ最終回です。ライツヴィルシリーズとしては第3弾ですね。普段は年1冊ペースでしかクイーンを読まないTYとしては、なかなか濃密な2ヶ月でした、んむ。

で、『十日間の不思議』です。EQアンケートやEQFC選クイーン作品ランキングでは、『災厄の町』より下で、『靴に棲む老婆』より上、という評価を受けています。ふむふむ、なるほど、ということは結構期待できるということじゃないですか。

で、読んだ感想ですが――結論からバシッと言うと、非常に面白かったです。読んでいてグイグイ引きこまれました。その一方で、いくつか首をかしげざるを得ないというか、ちょっと思うところもあるんですが。

本作の特徴として、登場人物数が非常に少ないことがあります。作者クイーンが、いわゆる「フーダニット」としての要素を、本書においては完全に捨て去ったこと意味するように思います。また、出てくる人間の数が少ない分、それぞれの心理描写・性格描写に筆が多く割かれることになります。彼らが何を考え、どういう行動を取ることになるのか、という興味こそがこの物語を読ませる推進力となるのであり、そしてその点では大いに成功していると言って良いのではないでしょうか。ドロドロした人間関係、地味なゆすりといった、ある意味些細な事柄のみによって4分の3近く話を引っ張るのですから、まぁこれはたいしたもんですね。初期クイーンにはおそらく書き得なかった作品でしょう。

以上のことにより、作品は最終的にエラリイ・クイーンvs真犯人、という構図を大々的に打ち出していくことになります。事件に深くのめり込みすぎたクイーンが、いかに犯人との決着をつけるか、というのが終盤最大の見どころであり、またそれこそが本書がかなり評価されている理由でもあるでしょう。


……で、そこなんですね、妙に気に入らないのが。端的に言ってしまえば結末です。
ちょっと話はそれますが、この本を読んでいた時に、猛烈に思いだしたのがアガサ・クリスティの某作品です(両方読んだことある人ならたぶん分かる……はず。ネタバレではないですが、まぁちょっとアレなので、タイトルは追記に伏せ字で)。両作品は同じ路線である一方、ある意味対極的な終わり方を迎える……というのは、なかなか興味深いですね。いや、そんなことより。

何が気にいらないかというと、この結末、あまりに犯人にとって罰が軽すぎる、ということなんです。これ以上書くとネタバレなので書きませんが、この手の解決法は、読者が納得出来る状況でなければ使うべきではない、と思います。その点、セイヤーズの某作品に関しては自分は結構気に入っているわけですが。


とは言え、総合的にはやはり傑作です。後期クイーン問題をこれだけ前面に出してきたわけですから、次作でクイーンがどのような決断を下すのか、非常に気になるところです。『九尾の猫』は一部でカオス的な人気みたいですし。
『災厄の町』以降の4作品を読み終わり、とりあえず順位を付けてみると、
1、『災厄の町』 2、『靴に棲む老婆』 3、『十日間の不思議』 4、『フォックス家の殺人』
でしょうか。『靴に~』は個人的に結構好きなんですよね、うん。

蛇足1:解説(何となく気のない解説のような気がする)で、鮎川哲也が壮絶なネタバレをしています。自分は、まったくもって運のいいことに、ネタバレ1行前で解説を読むのを止めました。うーん……やっぱり、解説は最後に読むべきです。

蛇足2:A・A・ミルンの『四日間の不思議』とタイトルが似ていて紛らわしいです……あくまで個人的には。

書 名:十日間の不思議(1948)
著 者:エラリイ・クイーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 2-1
出版年:1976.4.30 1刷
    2005.6.15 25刷

評価★★★★☆


【※注意!!以下、伏せ字にてネタバレあり!!】
文字色





















【※注意!!以下、伏せ字にてネタバレあり!!】

まず、アガサ・クリスティの某作品とは『カーテン』ですね、もちろん。(以下伏せ字)『カーテン』の執筆年は1943年とはいえ、発表年は1975年ですから、直接的な関係は当然一切ありません。犯人像に似たものを感じますが、ポアロがあくまで「探偵」としての一線を越え、なおかつとんでもない決断を下したのに対し、クイーンはある意味伝統的な解決手段を取ったと言えます。この対極性はなかなか興味深いですね。
ちなみにセイヤーズの某作品とは『ベローナ・クラブの不愉快な事件』のつもりでした。

(以下、『十日間の不思議』についてのネタバレを含む)
犯人が何よりも恐れたのは、簡単に言えば自らの名誉が損なわれることです。そして、クイーンが「自殺」を提示したことで、犯人は世間から何ら非難を受けることなく、「妻・息子を亡くし悲しみのあまり自殺してしまった人」として死ぬことになってしまいました。これは、いくらなんでも安易すぎると思うのですが、いかがでしょうか。
昔から、探偵が犯人に自殺を促す結末、というのはかなり多用されて来ました。自分としては、探偵が犯人のことを思い、仕方ない事情から犯罪を犯してしまったんだよね、司法の手に委ねさせたくないな、などなどの同情から、ピストルをわたす、べきだと思うんですよ。こうまで犯人を嫌悪していたクイーンが、このように蹴りをつけたのは、おそらく自分の過ちに対する反省から、なんでしょうが、それにしてもあまり納得がいきません。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://yossiworld.blog72.fc2.com/tb.php/786-28fccf88