37の短篇
『37の短篇』石川喬司編(世界ミステリ全集)

というわけで、ついに読み終えたぞ『37の短篇』。2か月もかかっちゃったよゼイゼイ。何という達成感。褒めて褒めて。そしてこのブログ記事は過去最大だよ。

『37の短篇』は、1972~1973年にかけて早川書房が出した叢書〈世界ミステリ全集〉の最終巻、第18巻なのです。旧来叢書で扱われていた黄金時代の作品ではなく、主として戦後のミステリを中心に集めたという、極めてぶっとんだ全集だったわけですね。1965年に江戸川乱歩が亡くなっていた、というのがやはり大きなきっかけではないかと思います。たぶんね。
ところでこれ、TYにとって初・ミステリアンソロジーじゃないかと思うんですが。あ、いや、日本人作家のアンソロジーなら1つ読んだ記憶がありますが、海外はたぶん初めてです。アンソロジーってあんまり好きじゃないんだよね……主として、作家が多すぎてまとめきれなくなるからなんですが。

いや、しかし、この『37の短篇』、評判通りの素晴らしいアンソロジーです。よくもここまで多岐にわたるジャンルから傑作を集めたものだと。戦後のミステリの多様化を示したかったらしいですが、その試みは見事に成功していると言って良いと思います。大体において発表年代順に並んでいますが、これもまた案外効果的。ちなみに既読は7つでした。ということは、30の傑作を新しく読めるということです。わお。

これだけバラエティにあふれる短編集ですから、ベストを選ばせると人によって好みが違うんでしょうね。巻末に収録されている座談会(石川喬司、稲葉明雄、小鷹信光)では各自の好き嫌いがはっきり示されていてなかなか面白いです。というか、この座談会は戦後のミステリの紹介を考える上で非常に貴重な資料だと思います。これだけでも一読の価値アリ、かな。

この『37の短篇』ですが、2012年2月現在、ポケミスから2度にわたって部分復刊が行われています。『天外消失』(ポケミス1819)と『51番目の密室』(ポケミス1835)からそれぞれ14、12ずつ、合計26復刊されています。残りは容易に読めるということでしょうね。個人的好みからいえば、『天外消失』の方が収録作のレベルが更に高いです。


以下、個別に感想を。
この短編集の魅力は、バラエティ豊かな傑作短編を次々に読めること、だと思うんですよ。というわけで、あらすじを付けるのはやめました(断じてサボったわけではなく)。次はどんな話だろう、とワクワクしながら読んで欲しいですから。
なお、そのあらすじ代わりというか、各短編に付けられているテーマを、本書の通り< >で書いておきます。このテーマ、ポケミス版にはないようですが、なぜなんでしょうねぇ。面白い趣向だと思いますけど。
また、調べられた範囲で、タイトルに別バージョンがある場合はそちらも書いておきました。「北イタリア物語」とかね。発表年代は間違っている可能性大です。

マイベストは……なかなか決めるのが難しいですね。既読作品が既読じゃなかったらまた変わると思うんですが、ここではそれらを除いて、座談会に習って順不同で5つあげるなら、ブレット・ハリディ「死刑前夜」、ジョン・D・マクドナルド「懐旧病のビュイック」、クレイトン・ロースン「天外消失」、ジャック・フィニイ「死者のポケットの中には」、クリスチアナ・ブランド「ジェニミイ・クリケット事件」かな。ちなみに既読作品では、ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」、カーター・ディクスン「魔の森の家」、ロイ・ヴィカーズ「百万に一つの偶然」、ロアルド・ダール「おとなしい兇器」がスーパー傑作です。

〈追跡〉
「ジャングル探偵ターザン」エドガー・ライス・バロウズ
初っ端から、ワケの分からない作品です(笑)なんでいきなりターザンなんだよ!
正直、なぜこの中に入っているのかよく分かりません……。

〈人情〉
「死刑前夜」ブレット・ハリディ(1938)
傑作。ただただ傑作。
あぁもう、こういう人情物には弱いんだな、自分。読み終わって沸き上がる静かな意外性と感動が実に素晴らしいです。

〈ファンタジー〉
「虹をつかむ男 ――ウォルター・ミティの秘密の生活――」ジェイムズ・サーバー(1939)
【別題「ある秘密の生活」「ウォルター・ミティの秘められた生活」】
ジャック・フィニイの短編で似たような雰囲気のを読んだことがあったような。ファンタジーですね、うん(特にコメントがない)。

〈陥弄〉
「うぶな心が張り裂ける」クレイグ・ライス(1943)
【別題「胸が張り裂ける」】
マローン物の、割合真っ当な本格ミステリ。良く出来ていますが、変なのばかりなこの短編集ではちょっと地味かも。ラストのハッピー感は、ダメ男なマローンならでは、といった感じでしょうか。

〈張込み〉
「殺し屋」ジョルジュ・シムノン
【別題「殺し屋スタン」】
真相がそこまで意外だというわけではありませんが、やはり一捻りきいたオチが良く出来ていると思います。ラストもなかなか楽しいですし。メグレ警視がなんかやさぐれてる(笑)

〈ベッド・ディティクティヴ〉
「エメラルド色の空」エリック・アンブラー(1945)
決め手は……うぅん、ちょっとイマイチだったのではないでしょうか。あまりに専門的知識を要求しているように思います。素人嫌いな警察官の元に、その上司から推薦された素人探偵がやって来て御高説を垂れる、という展開は好みですが。

〈歴史〉
「燕京綺譚」ヘレン・マクロイ(1946)
【別題「東洋趣味〈シノワズリ〉」「北京綺譚」 】
今にもディー判事が出そうなほどリアルな中国の事件ですが、時代はおそらく19世紀後半でしょう。かなり裏を読んだプロットで、舞台こそ変わっていますが、やはりマクロイらしい作品かな、と。
日本人が出て来て、キャラとしてはかなりリアルだと思うんですが、名前が「キアダ」ってのはいかがなものか(笑)何だって海外の小説の日本人は変な名前なんでしょう。チャーリー・チャンに出て来る「カシマ」は、まだ漢字変換出来るだけマシです。タンタンの「ミツヒラト」なんかどこで切るんだか。
訳者の田中西二郎による付記の方が興味深いです。マクロイやるなぁ。

〈狂気〉
「後ろを見るな」フレドリック・ブラウン(1947)
こわっ!
結局、読み終わって後ろを見てしまいました。読んでいる読者の、いやいや、所詮小説っしょ、と思っている余裕を片っ端から叩き潰していく最後の畳み掛けがとんでもないです。ま、我々は日本人なので、さすがにそこまで危険性を感じるわけではないでしょうが、当時雑誌でこれを読んだ人はかなり恐怖したのでは。

〈トリック〉
「天外消失」クレイトン・ロースン(1949)
傑作。これぞ本格ミステリです。
トリックの完成度がハンパないです。しかもトリックは表裏合わせて2本立て。豪華ですねぇ。遊びもきいていて大変良いです。

〈論理〉
「九マイルは遠すぎる」ハリイ・ケメルマン(1947)
【別題「九マイルの歩行」】
再読。やはり何度読んでもいいものです。

〈密室A〉
「魔の森の家」カーター・ディクスン(1947)
【別題「妖魔の森の家」】
再読。世界中の本格短編の中でも1、2を争う出来でしょう。
ただ、創元の訳の方がだいぶ良いように思います。こちらは江戸川乱歩訳で、解説によると、下訳が100%あったはずだとか、かなりうさん臭いようです(笑)

〈完全犯罪〉
「この手で人を殺してから」 アーサー・ウイリアムズ(1948)
【別題「完全犯罪」】
南米からEQに送られて来た短編だ……というのが何とも意味深ですね。
これ、解説ではかなり高く評価されていますが、この短編集には似た感じのもっと有名な作品が入っているわけで、そちらを読んだことのある身としては、それほどインパクトはないように思います。

〈陰謀〉
「北イタリア物語」トマス・フラナガン(1949)
【別題「玉を懐いて罪あり」】
再読。訳注の位置が『アデスタに吹く冷たい風』に収録されているものとちょっと違いますが、どう考えてもこちらの方が良いと思います。というのも、訳注がちょっとネタバレ気味ですので。
しかし、やっぱり日本人にはちょっと向いていない驚きのラストですね。

〈不在証明〉
「百万に一つの偶然」ロイ・ヴィカーズ(1949)
再読。かなり面白い傑作です。
迷宮課の短編集は2つ読んだことがありますが、その中で「百万~」は断トツの出来ではないかと常々思っています。初読時のラストの驚き(な、ナルホドー!)が忘れられません。

〈アンファン・テリブル〉
「少年の意志」Q・パトリック(1950)
うわぁ、こういうの苦手だ……。
パトQの作品は初めて読んだわけですが、やはり嫌らしい人間を書くのにめちゃくちゃ長けているようです。ラストのあの不快な感じが……。

〈捜査〉
「懐郷病のビュイック」ジョン・D・マクドナルド(1950)
傑作。やー、もう大好き。
決め手が素晴らしいというのもありますが、つまるところ、町でアホだと思われていた少年のIQが実はめっちゃ高くて、みたいなストーリーがもうなんか無条件に好き。仰々しく語られるユーモラスな文章も最高です。例えば、

「……(犯人を追いかけようと)十九歳になる双児のスタイン兄弟が、オンボロ部品を集めて作ったポンコツ自動車で器用にそれを除けて時速八十マイルまで出して走ったが、とうとうそいつにひっかかって、車は十回ばかりも転回し、二人は即死してしまった。(中略)いずれは刑務所行きの町の屑といわれていた双児のスタイン兄弟も、一躍生粋のテキサスっ子だったということになってしまった。」
登場したばかりの二人を躊躇なく退場させてしまう作者(笑)

「全部座席のマットの上に、ひからびた全麦パンの大きなパンのかけらが見つかった。さすがのスターンワイスターも、これにはあまり期待しなかったが、とにかく鑑識はそれから、このパンがレバー・ペイストをつけて食べたものだと報告してきた。」
いやもうキリがないからやめますが。

〈密室B〉
「五十一番目の密室」 ロバート・アーサー(1951)
密室トリックも面白いですが、それよりはこのメタ的な雰囲気を楽しむべき作品でしょうか。解説の方々はこれが大好きらしいです。ふーん。

〈ブラック・ユーモア〉
「ラヴデイ氏の短い休暇」イーヴリン・ウォー(1951)
【別題「ラヴディ氏のささやかな外出」「ラヴデイ氏の短い外出」】
まさにブラックユーモア。読んでいて、薄々結末が見えるのが何とも皮肉です。どうせ何事もなかったかのように通常の生活に戻ってしまうんでしょうねぇ。

〈幽霊探偵〉
「探偵作家は天国へ行ける」C・B・ギルフォード(1953)
アホ臭いですが、何か好きですね、これ。性格良さ気だった主人公が意外に性悪なのもグッド。ミカエルさんが出しゃばりすぎてて笑えます。しかし、やっぱりやり直さなかったら犯人は分からなかったんじゃあ……。

〈怪奇〉
「燈台」E・A・ポー&ロバート・ブロック(1953)
まさにポー。作者名がダブルなのは遺稿をブロックが完成させたからですが、それでもポー。
怪奇小説ってこんなんばっかりですが、あんまり好きになれません。

〈リドル・ストーリイ〉
「女か虎か」フランク・R・ストックトン(1882)
【別題「女か、それともトラか」】
かの有名なリドル・ストーリーです。単にランダムな結末を見せる話だと思っていたら、意外に人間心理に踏み込んだ結末でした。今まで読んだリドル・ストーリーと言うと、スタンリイ・エリン「決断の時」しか思い出せないんですが、やはり元祖は強いです。

〈奇妙な味〉
「おとなしい兇器」ロアルド・ダール(1953)
再読。やはりダールの作品の中で群を抜いた出来栄えでしょう。ラスト1行を入れたのは実に効果的。

〈恐怖〉
「長距離電話」リチャード・マシスン(1953)
【別題「遠い電話」】
刻一刻と高まるホラーが何とも、ね。取らずにはいられないという恐ろしさがよく書けています。

〈非行少年〉
「歩道に血を流して」エヴァン・ハンター(1957)
マンハントを代表して入れられた短編だそうです。ハードボイルド調の文体と少年の心情が絶妙に融合した佳作じゃないでしょうか。最後の、何とも言えない寂しさがまた良いじゃないですか。

〈意外な結末〉
「死刑執行の日」ヘンリイ・スレッサー
【別題「処刑の日」】
<意外な結末>と銘打たれていますが、うぅん、どうなんでしょう、結構予想の範囲内なのでは。奥さんの行動もイマイチ良く分からないし。悪くない短編だとは思うんですが。

〈サスペンス〉
「死者のポケットの中には」ジャック・フィニイ(1956)
【別題「死人のポケットの中には」】
傑作。上手いなぁ、ジャック・フィニイ。こんなサスペンスを書ける作家は滅多にいないでしょう。
彼の長編は1つだけ読みましたが、それと共通する、独特な雰囲気(特に読後感)があるように思います。これがあるから良いんだよなぁ。サスペンスはあまり得意ではないですが、本作品はハラハラしながら、非常に面白く読みました。

〈マンハント〉
「白いカーペットの上のごほうび」アル・ジェイムズ(1957)
【別題「ごほうびはベッドであげる」】
同じくマンハントを代表して入れられた短編だそうです。選んだ小鷹信光さんが「いちばん趣味の悪い作品」だと言っていますが……うぅん、ま、分からないでもないですね。確かにあまりに捻りがないし、俗っぽすぎるというか。ストーリーもなにもないですし。

〈SF〉
「火星のダイヤモンド」 ポール・アンダースン(1958)
SFミステリです。SF設定が事件やトリックのカギとなるタイプですね。ちなみに登場する日本人の名前はヤマガタ……おぉ、珍しく普通。
事件もその解決も、舞台が火星でありながらいかにもシャーロック・ホームズ風なところが面白いです。それにしても、火星人の風貌が悪趣味な気が……え、SFってみんなこんな感じ?

〈クライム〉
「ヨット・クラブ」 デイヴィッド・イーリイ(1962)
佳作。これは良いですね。まさに……というか、一風変わったクライム・ストーリー。スタンリイ・エリンに何となく空気が似ている……ような。まぁそんなにエリンは読んでないですけど。
主人公がだんだん変化していく描写に無理がありません。そのためラストがファンタジックなのにも関わらず、いかにも自然に見えてしまうというのが恐ろしいです。

〈詐欺師〉
「クライム・マシン」ジャック・リッチー(1961)
【別題「犯罪機械」】
再読。「火星のダイヤモンド」の2つ後に置くというのは、編集部の策略か?(笑)晶文社ミステリ(または河出書房文庫)から出ているのは好野理恵訳ですが、こちらは丸本聰明訳です。リッチーの代表作にあげられることが多い作品で、確かに傑作だと思いますが、個人的にはこれはベストではありません。有名所では、例えば「エミリーがいない」の方が、リッチーらしくて好き。まぁこれは好みの問題かな。
ジャック・リッチーの短編は、数はあるんだから、良作でも駄作でもいいからもっと訳してほしいです。

〈証拠〉
「一滴の血」コーネル・ウールリッチ(1962)
「迷宮課」風、でしょうか。確かにこれは盲点でした。
……という感想以外に何を書けと。

〈密室C〉
「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」ウイリアム・ブルテン(1965)
何とも皮肉かつ気の毒な結末。個人的には上手くいって欲しかっただけに、このオチには、ま、ある種がっかりしたというか(笑)というより、こういう皮肉系はちょっと苦手。確かに、上手くいけば、到底見破られる心配のないトリックだと思うのですが。

〈犯人消失〉
「最後で最高の密室」スティーヴン・バー(1965)
まさかの密室二連続。いくらなんでも燃え尽きはしないんじゃ……いや、突っ込むだけ無駄か。原題(The Locked Room to End the Locked Room)を考えると、邦題はちょっと趣旨が違ってしまう気がします。特に「最高」の部分が。

〈パロディ〉
「アスコット・タイ事件」 ロバート・L・フィッシュ(1960)
再読。正直、めちゃめちゃ分かりにくいこの作品を選んだのは失敗じゃなかろーかと。少なくとも自分は、短編集で読んだ時は、訳した深町眞理子さんの解説(だったかな)を読まなきゃわかりませんでした。
……とケチをつけながらも、やっぱりシュロック・ホームズは大好きなんですけどね。「ワトニイ博士の前でもご遠慮なくお話しください。いたって耳が遠いほうですから」。爆笑。
短編集『シュロック・ホームズの冒険』は、傑作です。それこそ爆笑物です。まとめて読む方が面白いですよ。『~の回想』は確か積ん読だったから、早く読まないと……。

〈妄執〉
「選ばれた者」リース・デイヴィス(1966)
この話、好き嫌い以前に、なんかものっすごく退屈でした。最後まで読んでも「だから?」という。凡作のような気がするのですが、なんで37の中に、それこそ「選ばれた」のか。
……と思っていたら、この作品、難解なことでとっても有名なんだとか。小森収「短編ミステリ読みかえ史」の第20回に解説が出ていますが、うぅん、なるほど、そういう楽しみ方をしなきゃいけないのね。
続く「長方形の部屋」と言い、この頃のアメリカは実に病んでる感があります。

〈動機〉
「長方形の部屋」エドワード・D・ホック〈1967〉
うぅん……タイブじゃないです。ホックらしくない良作だとは思いますが、この空虚感はちょっと苦手。

〈?〉
「ジェミニイ・クリケット事件」クリスチアナ・ブランド(1968)
非常に有名な短編を、ついに読みましたが……いやはや、これは確かに傑作です。
『毒チョコ』のような多重解決物でもあるんですね。この点は、容疑者同士での推理合戦を得意とするブランドらしいところかもしれません。
最後の解答が、密室トリックを成立させるものとして一番出来が良いわけではないでしょう。しかし、この読後感には何とも言えない魅力がありますね。ラストには別バージョンがあるらしいけど、うぅむ、どうなってるというんだ。

〈座談会〉短篇の魅力について
これも一読の価値あり。

書 名:37の短篇(傑作短篇集)
編 者:石川喬司
出版社:早川書房
    世界ミステリ全集 18
出版年:1973.6.30 初版

評価★★★★★
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