毒入りチョコレート事件
『毒入りチョコレート事件』アントニイ・バークリー(創元推理文庫)

ペンディックス卿夫妻は友人宛にチョコレート製造会社から送られた新製品を試食したところ、夫人は死亡し、夫は命をとりとめた。会社はその製品を作っていないという。卿夫妻を殺害して利益を得る者もいない。殺人狂の仕業か? シェリンガムを会長とする犯罪研究会の面々はその推理力と探偵能力とを結集して犯人の調査に乗り出した。会員六人六様の推理と解決策。同一事件に対して示される六種の視点と証明法。本格推理文学の典型的手法を縦横に駆使した古典的名作。(本書あらすじより)


バークリー祭第2弾(全3回)。高1ぶりの再読です。正直なところ、当時は何が面白いんだか全然分かりませんでした。延々と推理が繰り広げられるだけで、ただただ退屈。最後に明かされる犯人には驚きましたが、それだけ、といった感じでした。犯人以外、もはや内容は一つも覚えていない中読み直しましたが……。

……前言撤回。これは半端なく面白い。世評通りの傑作です。クリスティしか読んでいない自分には時期尚早だったということでしょうか……。

とにかく六人六様の推理が面白いです。どれもめちゃくちゃ説得力があり……とは言いませんが、なかなか楽しめます。それぞれの推理が、チタウィック氏も言っていますが、その性格をよく表しているんですよね。「犯罪研究会」のメンバーは、推理をしながら徐々にキャラクターが形作られてくるようで、その生き生きとした推理はまさにミステリの醍醐味と言ったところです。
これを支えるのが、この「毒入りチョコレート事件」です。変に凝っていない分、推理の余地が多くあり、なおかつ本来殺そうと狙った人物ではない人が殺される、というこの微妙な感じも上手いです。事件のネタ自体は短編から持ってきたようですが、非常に絶妙なチョイスだと思います。

もっとも、それぞれの推理はある意味かなり不完全です。決定的なのは、ほぼ物的証拠がないこと。状況証拠から犯人像を割り出しているものがほとんどです。ただ、こういう不完全な状況だからこそ、最後の余韻が印象的なラストが作れるわけで、これは一概に批判できるものではありません。


しかしあくまでミステリに読みなれた人が読む作品であるのは間違いないと思います。4年前の自分が全く楽しめなかったのは、捜査シーンも劇的な場面も一切なく、延々と推理合戦が続くせいですが、これはもうしょうがないです。そういう作品だということが唯一の売りのポイントなわけですから。
どの推理も面白いですが、ギャグ的な意味でのフレミング夫人の推理、ギャグでしかないブラッドレーの推理、読み始めた段階から読者が薄々疑っていた点をようやく指摘するシェリンガムの推理がもっとも面白いです。反対に、チャールズ卿の推理は、本当に元刑事弁護士かよと言いたくなるくらいひどいものです(笑)各人の推理について、追記でちょっとコメントします。

しかしながら、これはあくまで本格ミステリであるという点は結構重要です。決定的な証拠が上がるわけではありませんが、かなり読者に手掛かりを示しているように思えます。例えばこの間読んだ『ジャンピング・ジェニイ』ですが、あれはもはや本格ミステリではありません。従来の本格ミステリをはるか遠くから眺め、批判しているような作品です。一方『毒チョコ』は、あくまで従来のミステリの枠内に留まりながら、ミステリの新しい枠を作りだそうとしている作品です。なお、他に自分が読んだ『試行錯誤』は後者に属するものと思われます。

本格ミステリという枠組みで見ると、一つだけ問題があるのは、犯人があることをするためにある人物の協力を求めていた、という点です。これはいわゆる、自分の言う「踊る人形」方式でして、読者としては「誰だおい」という気分になってしまうため、マイナスポイントではあります。ま、この作品をちゃんとした本格ミステリとして評価するのはどうかと思いますが(笑)

なお、読んでいて思いましたが、やはり自分はシェリンガムはどうも好きになれません。だって、この人なんか偉そうで。逆に、チタウィック氏はもっと好きになりました。『試行錯誤』を読んで以来大ファンです。なんかこの人とにかくかわいいです。も、もっと自信持って!


というわけで、やはりミステリ好きなら一読すべき作品でしょうね。おすすめです。

書 名:毒入りチョコレート事件(1929)
著 者:アントニイ・バークリー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 123-1(現在Mハ-3-1)
出版年:1971.10.22 初版
    1988.9.16 19版

評価★★★★★


[※以下ネタバレあり!]


















[※以下、白字でネタバレを含む内容が書かれています]

4年前も思ったのですが、アリシア・ダマーズの推理は妙に説得力がありません。自分でもなぜだか分からないのですが、すごくこじつけくさく感じるんですよね。あと一人いるから、どうせ間違ってるんだろ、的なせいでは決してないと思います。たぶん。そこまで狙ってバークリーが書いていたのだとするとちょっとすごすぎですが……。

本文でも書きましたが、どこぞの旅行好きの女を出すのはさすがにどうかと思います。チャールズ卿やブラッドレーが一度犯人扱いされることで、「このメンバーも容疑者となりうるんだ」という要素をきちんと前もって示しているのはかなり上手いと思うんですよ。ですからなおさら、ダマーズさんにきっちりアリバイを与えてしまった以上、何らかの措置が必要であると思うのですが。

構成上特に上手いなぁと思わせるのが、ペンディックス夫人が殺された、というポイントです。つまり、
①犯人はユーステス卿を殺すはずが、誤って彼女が死んでしまった
②彼女は実はターゲットだった
③ユーステス卿と彼女の昼食(ついでにこの昼食の伏線がかなり良い)において殺そうとしたのである
④しかしながら昼食会はキャンセルされた
⑤しかしながら彼女は殺された
という、このひっくり返しです。多くの証拠、例えば偽手紙は、単に見方を変えて何回も用いたにすぎません。しかし、ペンディックス夫人については、単に見方を変えただけというより、偶然の要素を取り込んだりして、かなり巧妙に用いているんですよ。やるなあバークリー。
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