moblog_7db55861.jpg(旧版表紙につきネットになかったため自撮り)
『矢の家』A・E・W・メースン(創元推理文庫)

ジャンヌ=マリ・ハーロウ夫人がなくなってその遺産は養女のベティに残されることになった。ところが、夫人の義弟ワベルスキーなる怪人物が登場して、恐喝に失敗するや、ベティが夫人を毒殺したのだと警察へ告発した。孤立無援の少女ベティはハーロウ家の顧問弁護士に救いを求め、いっぽう、パリ警視庁からはアノー探偵が現地に急行する。執拗な執念をいだく犯人と、これに対する探偵の火花を散らす心理闘争は圧巻で、犯罪心理小説の変型としても、サスペンスの横溢している点では類例のすくない傑作!(本書あらすじより)

……というあらすじを読んで、読む前に非常に違和感を感じました。だって、『矢の家』が本格ミステリであるならば、犯人は最後まで分からないはずで、だったら「犯人と探偵との火花を散らす心理闘争」は書けないはずじゃないですか。

そしてその答えが、読後判明しました。そう、本書は、容易に犯人が分かってしまう本格ミステリだったのです!(笑)
いやはや実際問題、古典的傑作に数えられる割には、手放しで褒められるような作品ではありません。容疑者が少ないうえ犯人はばればれ、動機も曖昧、サスペンスではまったくなく、そして使用される毒物は検出不可のシロモノときています(いやそれはいいんだけど)。犯人が誰か間違うよう、とある「勘違い」が、ある意味メイントリックとして使用されていますが、正直これも分かってしまう読者が多いでしょう。

しかし、しかしですよ(以下感想長いです)、この作品をそれほどでもないと言う人が多々いるのは重々承知していますし、いやその気持ちもよく分かるんですが、というか確かにそれほどでもないんですけど、個人的には結構面白く読めました。おそらくこの小説を楽しむ最大のポイントは、この黄金時代然とした雰囲気、これを楽しめるかにかかっています。この雰囲気を醸し出している最大の要素がアノー探偵です。彼はまさしく名探偵らしい名探偵でして、しょっぱなから全部分かっていたという名探偵ぶりを見せます。芝居がかった身振り、しょーもないユーモア(というより冗談とかギャグに近い……はっ、これはまさか親父ギャグというやつなのか?!)などなど、性格自体も大変エキセントリック。こういう警察官は史上初であるような気もしますが。

作者のメースンがかなり上手いのは、この「実は最初から分かっていたんだぜ」な名探偵であっても、その推理過程が実にフェアプレイであるということです。この点がホームズシリーズなどと、似ているようで違う理由でしょうね。彼の推理は極めて論理的で、なおかつ読者にとっても無理のないものです。どうせ犯人が分かってしまうわけですから、読者はその推理の何パーセントをあてられるか精進して読むべきです。例えば、黄金時代までの現場によくあった、犯人が使用した例の物、これなんかは普通読者は絶対分からない物ですが、その存在を推理する手がかりはかなり積極的に示されています。謎解きシーンで明かされる伏線の嵐を見て、おぉこんなにあったんかい、と自分は素直にビックリしました(実を言うと、探偵の指摘しなかった伏線もあるのです。詳細は追記に伏せ字で)。


なお『矢の家』はフィリップ・マクドナルド『鑢』(結構嫌い。本書と同年)と同じく、ベントリー『トレント最後の事件』(かなり好き)の系譜を引くロマンスを絡めに絡めたミステリです。今回ロマンスの真っただ中に放り込まれるのは、もちろん探偵のおっちゃんではなく、わざわざ娘を助けにイギリスからはるばるフランスはディジョンまでやってくるジム・フロビッシャー青年でして、要は彼はまるまる1巻かけて、二人の美少女(依頼人とその親友)のうちどちらを取るか悶々とするわけです(とも言える)。彼は典型的な、冗談も言えない代わりに女性のためなら自らの身を投げ打とうとする英国紳士でして、一応はアノー探偵のワトソン役のはずなんですけど、やっていることは何だか邪魔&アノーへの文句ばっかりでして、


ベティがジムの肩に顔を埋めたので、彼は胸のところに、彼女の乳房のふくらみを感じた。(P290)

とかそんなのばっかりであり、まともに捜査をしていません。これがまた本書の読みどころでしょう(笑)


と、頑張って擁護してみました。まぁやはり、古典をきちんと体系的に読みたい人向けではあるとは思いますけどね。

書 名:矢の家(1924)
著 者:A・E・W・メースン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 113-1 (Mメ-1-1)
出版年:1959.5.25 初版
    1986.2.7 27版

評価★★★★☆

(※以下伏せ字でネタバレあり)



















(※以下伏せ字でネタバレあり)
抜け道というのはもはや常套手段で、なおかつ読者を必ずおいてけぼりにするネタではあるのですが、「手紙」というキーワードによって、抜け道の存在の必然性を提示したのは、やはり大事だったと思います。
そしてその手紙ですが、警察内部の情報が流れていることから明らかに関わっているのはあいつだ!となってしまうのですが、その補強証拠として、テヴネが映画館でジムに話しかけた際、ベティのもとに『鞭』から手紙が来たことをテヴネが知っている、ということがあります。テヴネは宝物室で、手紙を見せられていないはずなのですけどね。
ただ、やはり共犯者が多すぎるのはちょっとまずかったです。エスピノーザなんか唐突ですし、なんちゃら夫人なんで登場人物紹介に入ってないし。この人たちをもっと積極的に出せば容疑者の範囲も広げられたと思うのですが、それをしなかったということは、やはり作者は心理戦を主軸に描きたかったのでは、と考えられます。なんにせよ、推理小説史上群を抜いて共犯者の多い本格ミステリでした(笑)
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