野兎を悼む春
『野兎を悼む春』アン・クリーヴス(創元推理文庫)


シェトランド署のサンディ刑事は、帰省したウォルセイ島で、祖母ミマの遺体の第一発見者となってしまう。ウサギを狙った銃に誤射されたように見えるその死に、漠然とした疑惑を抱いたペレス警部はサンディとふたりで、彼の親族や近くで遺跡を発掘中の学生らに接触し、事情を探ることに……小さな島で起きた死亡事件の真相は?現代英国ミステリの珠玉“シェトランド四重奏”第三章。(本書あらすじより)

あらかじめ断っておきますと、諸事情によって自分はまだ第2作を読んでいません。早く読みたいんですが、まぁいろいろあって第3作を今年中に急いで読もうと思ったわけです。ま、このシリーズは読む順番を気にする必要はありませんが。

さてさて、2年に1回のお楽しみ、クリーヴスの最新刊ですが、相変わらずの安定した面白さです。ここまで地味な設定で500ページ読ませてしまうとは、作者さんは並の作家ではありませんね。

その地味要因の1つに、今回ペレス警部が扱う事件があくまで「事故」として公式には処理されていることがあります。表立った捜査はなく、事件に動きがそんなにあるわけではありません。もはや警部が自己満足のために捜査しているようなもんです。確たる証拠があるわけでもないので、捜査はひたすら聞き込み(というかおしゃべり)に徹することになります。

にもかかわらずグイグイ読めるのは、人物描写が例によって非常に優れているからでしょう。本の中に留まらず、まるで実在しているかのような錯覚を覚えるほどです。特にハティですね。ハティの視点による描写は秀逸で、彼女の重苦しい心境が緻密に描かれています。また、サンディの父親やホテルの支配人もいい味を出しています。前半が母は強し、みたいなエピソードが多く、後半は父は強し、みたいなエピソードが多い印象がありますね。まぁ人物に関しては、主人公ペレス警部を上回るキャラはいませんが。彼の視点が、読んでいて一番楽しいです。

島の中という狭いコミュニティを描いている以上、人間関係が重要になります。この小説では、母と子、父と子、夫と妻、恋人、友人といったテーマ(なんかほぼ全部ですね)が肝となっており、これらが複雑に絡み合い、最後一気にほどけていく様はまさに名人芸と言えるでしょう。

この小説はまた、サンディ刑事の成長物語でもあります。今までどっちかと言えばウザいキャラクターであったサンディですが、今作のサンディは非常にいい味を出しています。最後、彼が犯人と対峙するシーンは、彼の成長した面と、成長しきれていない面の2つを上手く表すために設けられたんでしょうね。彼が次作でどういう活躍をするのかが楽しみです。


ところで最後のセリフのほっこりさせる感じが、何だかD・M・ディヴァインの『五番目のコード』のラストを思い起こさせたんですが、分かります?(ネタバレではありません)ま、ディヴァインのラストはこんなのばっかりですが(笑)


なお、1つ気になったのがアンナの視点の章です。クリーヴスは章ごとに視点を変える手法を効果的に使う作家さんですが、今回はあまりそれを生かせていないように感じます。その原因がアンナの視点を入れたことではないかと。ハティとは対称的に自立した女性としての目線として大事なのは分かるんですが、どうせならジャッキーの視点の方が上手く出来たのではないかと思います。


とにかく一読の価値ある、現代本格の秀作だと思います。本格ミステリ好きにはぜひ。早く第2作も読まないとなぁ。

書 名:野兎を悼む春(2008)
著 者:アン・クリーヴス
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-13-3
出版年:2011.7.29 初版

評価★★★★★
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