城の崎にて
『小僧の神様・城の崎にて』志賀直哉(新潮文庫)

授業用で読みました。これでようやくミステリに戻れっぞー。
てな感じで消極的に読み始めたんですが、いや、これはなかなか面白かったですね。先日けなした太宰っちとは大違い(こら)。収録作は以下の通り(数字は、執筆年ではなく、発表年)。

「佐々木の場合」(1917)
「城の崎にて」(1917)
「好人物の夫婦」(1917)
「赤西蠣太」(1917)
「十一月三日午後の事」(1919)
「流行感冒」(1919)
「小僧の神様」(1920)
「雪の日」(1920)
「焚火」(1920)
「真鶴」(1920)
「雨蛙」(1924)
「転生」(1924)
「濠端の住まい」(1925)
「冬の往来」(1925)
「瑣事」(1925)
「山科の記憶」(1926)
「痴情」(1926)
「晩秋」(1926)


志賀の作品には生きる力があります。「生」への並々ならぬ関心が感じられます。彼はきっと、あらゆる生き物も含め「生きているもの」を描くことが好きだったんでしょうね。
そして、そうした「生きているもの」は、リアルに描くべきだと考えていたようです。解説にありましたが、場面をはっきり頭に浮かべた上での、明晰でリアリスティックな美しい情景描写を好んだそうです(非常に納得)。
そうした2つの要素が極限まで合わさった結果、「城の崎にて」という傑作が生まれたんでしょう。ちなみに彼は、まぁ一種の天才型で、何にも考えずに書きたいものを書くことで作品が出来上がっていたらしいです(なんか納得)。計算とかも何もなく、ただただ興味関心を持ったものを描いた。となると、このいちいち美しい、生きるものえの温かいまなざしや、豊かな情景は、彼の眼に見える世界そのものだったわけで、そう考えると、志賀直哉という人間はそうとう立派な人だったんじゃないかと思えるわけです。

ちなみに、彼が生を好んだというのは、自殺した作家さんではなく、珍しく天寿を全うしたということにも表れている気がします。なぜ戦前の大作家はみんな自殺するんだろうか……。

特に面白かったのは、「城の崎にて」「赤西蠣太」「流行感冒」「転生」でしょうか。「赤西蠣太」は高校の現代文のテストで一部分が出てきてなかなか面白かった記憶があり、ようやく全文が読めて良かったです。「城の崎にて」は、生と死の狭間を描いた作品で、生き物の描写と合わさりやはり傑作(これも高校の教科書にあったな)。「流行感冒」は好きじゃない人もいるかもしれませんが、まぁやっぱり自分は、教訓話的なベタないい話が好きなですよ。「転生」はユーモラスに夫婦関係を綴っており、異色作。

最後の4作品は連作で、志賀が浮気していたころを題材とした私小説風味が強い物です。これはあまり好きになれませんでした。ただ、「瑣事」「痴情」はなかなか面白いと思います。「山科の記憶」と「晩秋」は微妙かなぁ。

有名な「小僧の神様」ですが、どこか共感できるいい作品だとは思いますが、しばしば言われるような傑作だとは思えませんでした。ちょっと読み取りきれていない気もします。

その他いくつかハズれ作品もあるんですが、明確に線引きできるような物ではないので、ここには明記しないことにします。

まぁ、全体的に面白かったと思います。恥ずかしいことにまだ『暗夜行路』を読んでいないんですよね。いつか読んでみたいと思います。
なお、今出版されているのは、自分の読んだ物の改版のようです。解説が同じだといいんだけど。

書 名:小僧の神様・城の崎にて(1917~1926)
著 者:志賀直哉
出版社:新潮社
    新潮文庫 し-1-5
出版年:1968.7.30 初版
    1985.6.10 35刷改版
    1990.5.20 44刷

評価★★★☆☆
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