薔薇の名前上 薔薇の名前下
『薔薇の名前』ウンベルト・エーコ(東京創元社)

中世イタリアの修道院で起きた連続殺人事件。事件の秘密は知の宝庫ともいうべき迷宮の図書館にあるらしい。記号論学者エーコがその博学で肉づけした長編歴史ミステリ。全世界で異例の大ベストセラーとなった話題作。(東京創元社・本書紹介より)

おぉぉぉぉぉぉぉ、これはすごい。
……いやもう、ここでうだうだ感想を書くこと時代が無理なんですけどね。数日感想を考えたんですが、どうにもまとまらなくて。以下むちゃくちゃですがご容赦くださいませ。

さて、中世ヨーロッパを舞台にして繰り広げられる史上最高の歴史ミステリである『薔薇の名前』です……が、一つ言っておかなければいけないのは、これを「ミステリ」と言ってしまうのはあまりに浅いということです。まず間違いなく、『薔薇の名前』はミステリと言って構わないし、実際問題、この全長800ページの作品のあらゆる要素は、確かに「ミステリ」としてある意味無駄がないとも言えます。しかしながら、この作品を読んだ読者は、まずは膨大な「知」により満足感が与えられるという貴重な読書体験をするのではないでしょうか。

エーコは『薔薇の名前』に、とんでもない量の「知」をつぎ込んでいます。14世紀の修道院の生活、14世紀の人々の考え方・事物の捉え方、ベネディクト修道会・ドミニコ修道会・教皇・皇帝間の対立・反目・妥協・協力、天文・薬草・宝石についての知識、愛とは何か、そして正統と異端や聖書の解釈など宗教上の様々な見解・対立について。どれをとっても、個人的には面白いものばかりでした。特に、そうですね、宗教上の空想物に対する人々の考え方は面白かったです。キリスト教に生きる人々にとって、キリスト教世界がいかに身近なものであったかが、非常にリアルに感じられました。ちなみに、夢の話だけはいらんと思いました(笑)

この物語の主人公であるウィリアムは、中世の人の中では一風変わった思想の持ち主として描かれています。自然科学というものに対する考えが割と近代人であり、また一つの事柄を複数の視点から捉えることの出来る人です。我々読者がウィリアムから学べることはたくさんあるでしょうね……って、こればっかは読んでもらわなきゃだめなんですけど。彼の語る様々な話がいちいち興味深いです。これはまぁつまり、作者のエーコをべた褒めしてることになるんでしょうか。

……とここまで読んで、どこがミステリだこら、と思った方、いえいえミステリです。そもそもホームズとワトソンを意識して書いていることもそうですが、全体的にパズルを解いていくような感覚がこの作品にはあります。暗号など読者サービス(アンド作者本領の記号学)も満載。真相の複雑さはなかなかのもので、犯人の意外性も十分。文句のない出来栄えです。


と、書きましたが、読み終わった方がまず印象に残ってるのは、もちろん最後の場面だと思うのですよ。まるで目に浮かぶような激しい筆致(というか、エーコは非常に文章が上手いです。中世世界に読者を完璧に引き入れてしまう雰囲気作りもしかり。おまえホントに学者かよ!と何度突っ込んだことか)に、ちょっとした戦慄を覚えました。下巻は全体的に、読んでいてつらいところが多かったですね……結末の無常さというか、むなしさは、ある種必然の結末でありつつも悲しいものでした。


なお解説で紹介されていた、村上陽一郎氏の作品の捉え方は、ある種衝撃を受けました。なるほど……その通りかもしれませんね。タイトルが『薔薇の名前』であることにも納得がいくというか。


……といわけで、先ほども言いましたが、今まで味わったことのないような貴重な読書体験でした。こんな作品を書いてしまった作者に感謝するとともに、こいつを訳してしまった河島英昭さんにもお礼を言いたいですね(それにしても共訳者になりかけた林さんはかわいそう過ぎると思うんだけど)。やる気のある方はぜひ、読んでみてください。中世ヨーロッパ好きは、読まなきゃだめですよ。


なお、本書を読むにあたって、いくつか注意点があります(いらん心配ですけど)。

1、そんな人はいないと思いますが、解説は必ず最後に読みましょう。そうあるべきです。

2、『薔薇の名前』は、必ずしも中世ヨーロッパに対する前提知識は要求されていません。一応冒頭でも時代背景が説明されています。が、ある程度は分かっていないとつらいところもあるかと思います。手元に世界史の教科書がある方は、せめて中世の教皇と皇帝の関係くらいは知っておいた方が、格段に読みやすいことは確かです。別に知らなくてもいいんですけどね。

書 名:薔薇の名前(1980)
著 者:ウンベルト・エーコ
出版社:東京創元社
出版年:上 1990.1.25 初版
       1994.12.20 20版
     下 1990.1.25 初版
       1994.12.20 16版

評価★★★★★
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