貴婦人として死す
『貴婦人として死す』カーター・ディクスン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

絶壁へと続く二筋の足跡は、リタとサリヴァンのものに違いなかった。七十フィート下には白い波頭が果てしなく押し寄せている……リタは老数学教授の若き妻、サリヴァンは将来を嘱望された俳優だった。いつしか人目を忍ぶ仲となった二人の背徳の情熱は燃えた。破滅が来ることはわかっていたはずだった。しかし、まさか心中するなどとは。一見ありふれた心中の裏には、H・M卿も匙を投げかけた根深い謎が秘められていた!(本書あらすじより)

いやはや、自分はどうやらカーを舐めていたようです。まさかこんな作品をカーが書けるとは。文句なしの傑作だと思います。

事件は、カー(便宜上カーと呼びますが)お得意の不可能犯罪。足跡物です。怪奇趣味は一切なし。そのかわり、人間ドラマというか、人間関係に重点を置いている気がします。

そしてそれこそ、この作品が優れている点でしょう。もちろん人間関係と言っても、キャロル・オコンネルみたいなネチネチした濃いものではないですよ。うーん、ネタバレになるから言いにくいんですが、とにかく'カーらしくない'仕上がりであることは確かでしょうね。ある一つの皮肉な人間関係こそがこの話の重点と言っていいと思いますが、それが事件を妙に美しいものにし(実際美しくないんだけど)、さらには読者を引っ掛けてしまうわけです。

なお戦時中を舞台にしてますが、これもまた後味を考えるといい味を出していますよねぇ。

確かに犯人の行動も被害者の行動も、自己中心的ではあると思います。しかし、カーはそうしたマイナス要素をマイナスに見せまいと、極上の物語を提供してくれるんです。タイトル『貴婦人として死す』は、物語的にもミステリ的にも秀逸です(こう訳した訳者さんにも感心)。もちろん、カーター・ディクスンに付き物のコメディ要素も顕在。今回はH・M卿は、冗談じゃなく死にかけます(笑)


不可能犯罪の面としても悪くないと思います。黄金時代の不可能犯罪におけるトリックをしばしばあほらしく感じるTYとしては、このトリックだって、まぁ普通程度に感じるかもしれません。しかし、名トリックではないにしろ、手がかりの一つ一つの大きさを考えると、これはまぁ文句を付けられないのではないかなと思います。一つ、犯人のミスに関してはおいちょっと、と思うんですが、まぁこれがないとある意味話になりませんからねぇ(苦笑)
ネタバレになるので何とも言えませんが、とにかくプロットの出来が大変よろしいです。単なるトリックメーカーではない、カーの新たな魅力を発見した思いです。


物語としての完成度、ミステリとしての構成の秀逸さ、読みやすさ、ユーモア、それらがいい感じで合わさった小粒な傑作です。良質な本格ミステリを読みたい人はぜひ。

書 名:貴婦人として死す(1943)
著者:カーター・ディクスン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 6-3
出版年:1977.3.31 初版
    1993.9.30 3刷

評価★★★★★
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