鎌倉幕府の2代将軍は源頼家、3代将軍が源実朝です。実朝は頼家の息子・公暁という人物(なんでこんな名前なのかと思ったら出家していたからなのね)に暗殺されました。
なぜ殺されたのか。公暁はこれを「父の仇」だと言っています。比企能一と源頼家がつるんで北条氏を排斥しようとし、北条氏に返り討ちにされた事件のことを言っているのでしょう。当時北条氏は、源家将軍となれる唯一の源実朝を立てていたようです(公暁はなにしろ頼家の子供だしね)。

うん、それはいい、それはいいんですが、いくらなんでもそれで実朝が暗殺されるのはかわいそうじゃないですか。確かに実朝は政治関与を結構していたようですが、結局のところ北条氏の言いなりだし、あの不遇さから『金塊和歌集』が生まれたわけじゃないですか。公暁は父の仇なら北条氏を殺すべきです。

という考えから、「実は公暁は犯人じゃなかったんだぜ」説(大河ドラマでもあったとかなかったとか)がしばしば唱えられるんでしょう。源家完全断絶を謀って北条義時が殺したんだとか、いや北条氏は無関係で三浦泰村がやったんだとか。
北条義時は無関係だとする説の根拠は、鎌倉幕府にとってやはり源頼朝の一族は御家人を束ねる以上必要だったわけで、実朝暗殺にメリットがないというものです。確かにその後承久の乱がなければ、北条氏独裁体制の鎌倉幕府が存続出来たのかは微妙なところではあります。
しかし、北条義時はその後ばっきゃばっきゃライバルを倒していきますし、超迅速に朝廷から九条頼経(後の4代将軍)が来たことを考えると、御家人を束ねる自信が北条氏にはあったのではないかなとも思えます。

しかしながら、高校日本史ではやっぱり実朝暗殺は公暁の仕業ですし、上記の説は説の域を出ないということなんでしょう。

ちなみに公暁が暗殺した晩は2尺(60センチ)の雪が積もっていたといいます。鎌倉でですよ。世界的に14世紀は寒冷化しますが、まぁ13世紀の話ですからね。やっぱ温暖化?



という話題しかないくらい金土と何もありゃしませんでした。
あ、興南が優勝しましたね。春選抜いらいファンなんですよね。良かった良かった。


日曜日は更新内容が盛り沢山の予定です。
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