『殺意』ジム・トンプスン - 2018.06.24 Sun

『殺意』ジム・トンプスン(文遊社)
悪意渦巻く海辺の町――
トンプスン・ノワール、
鮮烈な傑作(本書あらすじより)
まさかの1日で読み切ってしまいました。
『殺意』、正直言ってそこまで出来が良いわけではないし、12章それぞれ語り手を変えるやり方も100%成功しているかと言うとそうでもないのです。けど、こういうの読みたかったんだぜ感がハンパないし、普通に満足している自分がいます。なぜだ。なぜなんだ。
……というわけで、今回の文遊社トンプスンも大当たりです。いいぞもっとやれ。
出版社のあらすじがあまりにボヤっとしていますが、確かに明確なストーリーラインを書きにくい作品です。海辺の町を舞台に、殺されそうであることを訴える女性から始まり、入り乱れる殺意などが徐々に描かれていき、終盤でついに事件が発生する、という構成です。
最大の特徴は、語り手を(だいたい同じ長さの)毎章で変えることで、様々な視点から事件を描き出そうとしていることでしょう。バンドマン、その経営者、弁護士、検事、そして浮浪者まで……。とはいえ、200ページくらいでようやく事件が発生するところに、緊張感やピークが持っていけているかと言うとそうでもない気がしますし、真相に意外性を出せているかと言うとそうでもありません。言ってしまえば、構成の上手さとしての12章ではなく、ただ町の住人12人が語っているだけなのです。ところが。
各章の語り手による、どこか虚無的な一人称による物語が、それぞれ強烈に立ち現れていく感じがすごいんです。毎章毎章新たな物語が構成され、それが次の章になると別の視点によって崩されます。12の世界は、同じ世界の同じ町の人間たちを描いているのに、全く別の世界のように見えるのです。それがすごい。
しかしそれは当たり前で、なぜなら人間はそれぞれ別の見方で他人や物事を見ているからなわけです。超絶当たり前なことなんですが、それをこんな、小説としてアッサリと見せられるもんなのかよ、というところに感心しかできません。
それぞれの物語は途中で始まり途中で終わるため、話し切れていないストーリーも多いですし、明示されていないことも結構あります。けど、それはそれでこの世界の真実だし、先のことをあまり考えず刹那的に生きる登場人物たちの「いま」が切り取られているようにも見えます。
これまで3冊が紹介された文遊社トンプスン。犯罪小説としての完成度なら『天国の南』の方が好きですし、トンプスンのどうかしてる文体に酔いたいなら『ドクター・マーフィー』の方が向いているでしょう。もし自分が、いま文遊社トンプスンを好きな順に並び替えたら、たぶん出版順通りになって、『殺意』は3番目だと思います。けど、『殺意』を楽しめたのは間違いないのです。トンプスン初読者ではなく、トンプスンが好きな方に、ぜひおすすめしたい作品です。
原 題:The Kill-Off (1957)
書 名:殺意
著 者:ジム・トンプスン Jim Thompson
訳 者:田村義進
出版社:文遊社
出版年:2018.04.01 初版
評価★★★★☆
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