キドリントンから消えた娘
『キドリントンから消えた娘』コリン・デクスター(ハヤカワ・ミステリ文庫)

二年前に失踪して以来、行方の知れなかった娘バレリーから両親に無事を知らせる手紙が届いた。彼女は生きているのか、としたら今はどこでどうしているのか。だが捜査を引き継いだモース主任警部は、ある直感を抱いていた。「バレリーは死んでいる」……幾重にも張りめぐらされた論理の罠をかいくぐり、試行錯誤の末にモースが到達した結論とは? アクロバティックな推理が未曾有の興奮を巻き起こす現代本格の最高峰。(本書あらすじより)

引っ越しが終わりまして、先ほどインターネットもようやく開通したので、ブログを再開します。
さて、デクスター追悼のための再読、1冊目は初読時に全く楽しめなかったシリーズ2作目『キドリントンから消えた娘』です。『ウッドストック行最終バス』に次いで日本では評価が高い作品です。
読み終わってから見事に思い出しましたが、そうだそうだ、8年前はこのモヤっとする終わり方がイヤであんまり印象が良くなかったんでした。とはいえ、今読むと別にそれほどイヤな終わり方でもないですね……っていうか記憶の中ではもっとイヤな終わり方だと思っていたんですけど、もっとマシなやつでした。

二年前に失踪した少女から手紙が届き、彼女の再捜索が始まります。殺人以外にそもそもあまり興味がないモースですが、彼女は既に死んでいる、という謎の確信を振りかざしながらルイスと共に事件に乗り出します。

この登場人物数と失踪少女の生死不明事件だけで400ページのややこしいミステリを作れてしまうところがデクスターなんだよなぁ。デクスターの有名な作風と言えば、特に初期作に顕著な、試行錯誤の推理と二転三転する推理と仮説を激しくスクラップアンドビルドする推理(全部同じ)なわけですが、その良さが十二分に発揮されているのが『キドリントン』なのだと思います。だいたい謎からして「失踪少女は生きている/死んでいる」という、「自殺/殺人」と並ぶ試行錯誤向きのテーマなわけです。普通こういう二択ミステリって、結局途中で立てられた仮説が真相に及ばず、ラスト失速することが多いのですが、かなり上手くどんでん返しを仕掛けているなと感心しました。

まぁ、再読向きの作品ですよねー。初読より確実に楽しめるミステリだと思います。二転三転をやり過ぎで、個人的にはもっとしゅっとしていたり遊びがあったりするデクスター(何だそれは)の方が好きなのですが、これはこれで悪くありません。悪くないっていうか良いです。
と、初期のデクスターの良さを再確認したところで、次は中期作、『ジェリコ街の女』を読みます。

原 題:Last Seen Wearing(1976)
書 名:キドリントンから消えた娘
著 者:コリン・デクスター Colin Dexter
訳 者:大庭忠男
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 148-2
出版年:1989.12.31 1刷
     2001.05.31 10刷

評価★★★★☆
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://yossiworld.blog72.fc2.com/tb.php/1341-bb0d653c