ある詩人への挽歌
『ある詩人への挽歌』マイクル・イネス(ミステリ・ボックス)

ラナルド・ガスリーはものすごく変わっていたが、どれほど変わっていたかは、キンケイグ村の住人にもよく分かっていなかった……狂気に近いさもしさの持ち主、エルカニー城主ガスリーが胸壁から墜死した事件の顛末を荒涼とした冬のスコットランドを背景に描くマイクル・イネスの名作。江戸川乱歩は「非常に読みごたえのある重厚な作品」として1935年以後の世界ミステリのベスト5に挙げた。(本書あらすじより)

江戸川乱歩が「スコットランド方言が分からなくて序盤ほとんど読めなかったけど、マイべストに入る」と謎の激推しをしたことで有名なマイクル・イネスの作品です。翻訳不可能とすら言われていたらしいですが、さすがはミステリ・ボックス、何でも出せるんだぜ。
というわけで満を持して読んでみましたが、うわっこれ面白いですね。古典本格好きには間違いなくおすすめです。

田舎の城主ラナルド・ガスリーの墜死事件を、複数人の手記形式で明らかにする、というのが大まかな話です。それぞれ手記であるということを意識して書いており(アプルビイ警部だけ違う気もする)、ウィルキー・コリンズ『月長石』以上に手記形式ミステリとして完成されていると思います。
で、その中で展開されるミステリなんですが、単純に作り方が上手いんですよ。靴直し職人、古典引用大好きな青年、さり気なくお茶目な老弁護士、警部……とそれぞれかなりクセが強く読んでいて楽しい面々による文章(特に乱歩が読むのに苦戦したという靴直し職人イーワン・ベルの語りがすごく良い)の中で、部分的に真相を少しずつ示していく手法がかなり技巧的。スコットランドの寒々しいど田舎っぽさがにじみ出る語り(書き手に村の住人もいれば外部の人もいるので余計にそれが伝わります)の中で、みんなが好き勝手に素人推理を言いつつ、さりげなく伏線がずんどこばらまかれていくんだからもう最高。よくよく考えたら、この形式でかなり際どいことやっているんですよね、イネスすごい。

ちなみに終盤の氷のあたりでめっちゃ興奮しました。こっこれは俺が大好きな『ナイン・テイラーズ』とか『自宅にて急逝』みたいなパターンでは! 最後にどーん的な!と思っていたら、なんかあのシーンはいろいろ目まぐるしすぎてそれどころではなかったね……(作者が結構非情)。このへんにイネスの話作りのうまさが感じられてめっちゃ好きです。ベタなやつに見せかけて、ちゃんとどんでん返しもあるっていう見事さ。
人物によってガラッと語りを変えていく翻訳がすごく良かったので、桐藤ゆき子さんという方は他にどんなミステリを訳されているのかと思ったら『ジョン・ブラウンの死体』だけでした(村上実子名義でSFはいくつか訳されていますね)。残念だなぁ。

というわけで、良いもの読んだなぁという総じて満足度の高い一冊です。ミステリ・ボックスはまだまだ隠れた名作がありそうで、本当に読みがいがあります。良いラインナップなんだよな、いやまったく。

原 題:Lament for a Maker(1938)
書 名:ある詩人への挽歌
著 者:マイクル・イネス Michael Innes
訳 者:桐藤ゆき子
出版社:社会思想社
     現代教養文庫 3039 ミステリ・ボックス
出版年:1993.07.30 1刷
     1994.01.20 3刷

評価★★★★☆
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