霧の港のメグレ
『霧の港のメグレ』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

パリの雑踏で保護された記憶喪失の男。頭になまなましい傷痕のあるこの老人の身許は、彼の世話をしていた女中の申し出により、ノルマンディの小港ウィストルアムから6週間前に失踪したジョリス元船長と判明した。しかし失踪の理由も、頭の傷痕の説明もつかない。メグレは彼を連れてウィストルアムに向かうが、ジョリスは自宅にもどったその夜、何者かに毒殺される。霧にとざされたこの小港で、6週間前に何があったのか? そして、何ゆえジョリスは再度ねらわれたか? 陸の人間にたいして容易に口を開かない海の男たちを相手に、メグレは捜査を開始する……。(本書あらすじより)

出来るだけ発表順でメグレ警視シリーズを読んでいこうという月イチメグレ、今回はポケミス版もある『霧の港のメグレ』です。
今年も何冊か初期メグレを読んできましたが、相変わらずこのシリーズをどう評価するのか、言うなれば、他者から「メグレ警視ってどういう作品? 面白いの?」と聞かれた時にどう答えるのか、に対する結論が出ていません。まぁ心理描写が書けてる人情物だよ、みたいに言えちゃえば手っ取り早いのですが、そういう評価が今さらオススメの言葉としてふさわしいのか、っていうか人情物でも何でもないんじゃないか、みたいに考えるとそれはそれで難しいところです。
が、ミステリファンに対してオススメしようと考えた時に、そろそろ分かってきたこともあります。メグレ警視シリーズは基本的に純粋な本格ミステリとは言い難いのですが(それは間違いない)、毎回魅力的な謎を最初にガツンと提示してくることと、それを軸にしたホワットダニットの構成能力に関してはきちんと評価するべきだと思うのです。

今回も出だしは非常にはっきりしています。「頭を撃たれ致命的な傷を負った後に、何者かによってしっかりとした手術を受け無事助かった男が、記憶を失った状態でパリをさまよっていたのはなぜか?」という謎が開始1ページで提示されます。関係者の誰もが口を閉ざす中でメグレが真相にきちんと説明をつける、という流れが特に良く出来ていますね。メグレが事件を再構成しようと頭を絞る描写が多いので、謎解き要素も強めに感じられます。
また、初期メグレの中ではいつもより若干長め(といっても250ページだけど)で、登場人物もやや多めですが、そのさばき方が上手いのです。船長の家政婦、サン=ミッシェル号の船乗り3人、村長とその妻、あちこちに出没する謎の男、と無関係な人々がきちんと結びついていきます。村長などの上流階級の人々の書き方は『メグレを射った男』を思い起こさせますが、それプラス港の酒場をたむろする船乗りたちが多く登場します。実に多様な階級の人々を分け隔てなく描けるのはさすがですし、それに違和感なく接することのできるメグレ警視というキャラクターもお見事です。村長から「お前あんな低俗な連中のいる酒場に出入りしてるのか……」みたいなジト目で見られても平然としていられるのもメグレですし、ある程度事件が進んでくるとピリピリとした空気を出しあくまで刑事としてでしか船乗りたちと接しないのもメグレなのです。

まぁでも、初期メグレのベストかと言えばそうでもないかなぁ。メグレが労働者と交わる酒場の雰囲気をもっと押し進めた『三文酒場』とか、上流階級の中の真実を暴く過程を全面に出した異色作『メグレを射った男』の方が好きかも。とはいえ、いかにもメグレシリーズらしい事件と真相とその描き方という点では、初期メグレの中でも突出してまとまりのいい作品であることは間違いないでしょう。

さて、今年は初期作メグレ警視を7冊も読んだわけです(そういえば全作品訳者が違う)。月イチなのになぜ7冊なんだという疑問は置いておいて、やはり超高得点をつけたくなる作品があるわけではないですが、安定して60点以上くらいの出来であることは間違いありません。7冊読んだ中で、というよりここまで読んだ初期メグレの中では『三文酒場』がダントツかな。次点が『メグレと深夜の十字路』『メグレを射った男』でしょうか。手持ちの初期メグレがあと何作品かあるので、それを読み切ったらまた改めてランキングでも作りたいですね。
とはいえ、早く『モンマルトルのメグレ』を超える傑作に当たりたいのも事実。あと初期メグレはほとんどパリの外が舞台なんですが(今回も港町)、たまにはパリメグレを読みたいなぁ。また来年、頑張って積ん読を減らしましょう……あと28冊も積んでいるし……。

原 題:Le port des brumes(1932)
書 名:霧の港のメグレ
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:飯田浩三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 47
出版年:1980.02.15 初版

評価★★★★☆
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