ゲー・ムーランの踊子 三文酒場
『ゲー・ムーランの踊子三文酒場』ジョルジュ・シムノン(創元推理文庫)

リエージュのキャバレー、ゲー・ムーランはそろそろ閉店の時刻だった。店の売上金を狙うシャボーとデルフォスの二人のチンピラは、先程から虎視眈々とチャンスをうかがっていた。しかし二人の目論みははずれて、猟奇的な行李詰めの殺人に巻き込まれることになった。事件はベルギー警察のデルヴィーニュ警部の担当へ、そしてパリの司法警察メグレ警部の手へ。名作「ゲー・ムーランの踊子」と、青年死刑囚からふと聞いた話に興味を惹かれたメグレ警部の活躍を描く「三文酒場」の二編を収録する。(本書あらすじより)

月イチメグレだ、とか言いながらこうやって毎月せっせと積ん読を崩し、せっせと感想を書いているわけですけど、いまどきメグレの感想って需要あるんでしょうかね。何より瀬名秀明さんが立派なレビューを毎月シンジケートで連載しているわけですし。とはいえ自分だって積ん読メグレを減らしたいわけですからね、頑張って続けますよ。そしていつかは連載を追い越してみせるよ(いまは瀬名さんがノンシリーズに手を付けているようなのでチャンス拡大中)。

さて、『港の酒場で』の次は、創元推理文庫から出ている合本版の2長編になります。どちらも1931年の作品。

・『ゲー・ムーランの踊子』
ジャンは悪友ルネと共に、キャバレー・ゲー・ムーランの売上金を盗もうとしたところ、死体を発見してしまう。泡を食って逃げ出したジャンだが、翌日から謎の肩幅の広い男にあとを付けられることになり、不安と怯えを抱えて逃げ惑うことになるのだが。

不良少年ジャンを視点人物に置いて語り、メグレが序盤ほとんど登場しない、という変化球の作品ですが、これが見事に決まっていません。真相の壮大さも唐突だし、ジャン以外の登場人物への踏み込みも不十分。せっかくシムノンの故郷のベルギーが舞台だってのに。珍しく明確にはずれっぽさを感じるメグレでした。
要するにこのあとを付けている男がメグレで、身分を隠して捜査しているわけなんですが、そもそもこの趣向に意味が感じられないのです。メグレってそもそも結構勝手に事件に介入することが多いんですよ。だからある程度は読者に耐性があるにせよ、それがこうまで勝手に事件をいじって、しかもそれが視点側で描かれないとなると、もうお前勝手に何やってんのさとなるわけです。
ゲー・ムーランの踊子であるアデールも、ほのめかしが多いわりに結構薄っぺらい女で魅力がありません。不良少年二人のうち、ジャンは最後までぱっとしないし、ルネについては書かれなすぎ。なんだか表面的な登場人物を配置したままこんなデカい真相を出されるとついていけないなぁという感じです。

・『三文酒場』
死刑囚から過去の発見されなかった殺人事件の話を聞いたメグレは、関係者が常連らしい「三文酒場」を探して回る。ようやくたどり着いた酒場で、メグレは地元民と交流を持つようになるが、事件についての手がかりは全く見つからない。ところが翌日、酒場の裏手で銃声が鳴り響いた。

『ゲー・ムーランの踊子』とは一転、非常にスタンダードなメグレ物です。メグレ警視は、最後まで登場人物と距離を取る場合と、登場人物と積極的に心を通わせる場合がありますが、後者である本作はそのメグレの魅力と複雑な真相が見事に結実した作品と言うほかありません。メグレ第一期の代表作と言っていいのではないかと思います。

死刑囚のことばをきっかけに、メグレによる過去の事件の再捜査が始まるのですが、その過程で別の事件が起きてしまう、という構成。過去の事件の再捜査はいつも通りずるずると手がかりが集まるのですが、これが無関係なはずの現在の事件としっかりある点でリンクするところが好印象です。

そしてこの作品で最も優れているのが、酒場の人間、容疑者、メグレの人間関係の描き方なのです。
メグレがいきなり結婚式の公証人になるところはホームズを意識しているのかな? 酒場の常連客たちとメグレは、あくまでメグレが警察官ということもあるのでそこまで親しくはなりませんが、ある程度仲間意識を持っているようにも見えます。そして、イギリス人ジェームスとは、事件を通じて独特の付き合いを始めるようになるのです。
まぁはっきり言って、酒場で起きた殺人事件の顛末なんてどうでもいいんですよ。犯人がいきなり逃亡してしまうせいでごちゃごちゃしますが、それだってつまり犯人なんだからどうでもいいのです。ところがこの事件に、ある人物たちの友情と過去が絡められることで、ラストの演出に一工夫加わっています。メグレとジェームスの関係によってラストが悲劇的でさえありますが、それを適度にやわらげるシムノンの職人っぷりが素晴らしいのです。

なおこの話は、夫と妻の関係が一つの軸になっているんですが、メグレはメグレで妻を持つ身でありながら、その妻の田舎からの呼び出しを無視して捜査にかまけ、事件の容疑者と酒を飲んでいる有様。そしてラストに、メグレはようやく妻のもとへ向かうという。容疑者たちとメグレのこの対比も、なかなか渋くて良いです。
メグレ警視、奥さんと不仲なんじゃないのってくらいにはどの作品でも全然構ってあげていないし、奥さんの希望は無視するし、八つ当たりもしているんですが、関係は良好なのかな……たまにすごく仲いいんですけど。ただの亭主関白ですねたぶん。


というわけで2長編読みました。どちらも200ページくらい。スタンダードな『三文酒場』と比べるとイレギュラーな『ゲー・ムーランの踊子』は、ある程度他作品を読んでからの方がいいかもしれません。

原 題:La danseuse du Gai-Moulin/La guinguette à deux sous(1931)
書 名:ゲー・ムーランの踊子三文酒場
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:安堂信也
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 139-3
出版年:【ゲー・ムーランの踊子】1959.11.27 初版 1961.08.11 3版
     【三文酒場】1960.08.05 初版 1961.07.28 2版
     【合本版】1973.09.14 初版 1986.01.10 5版

『ゲー・ムーランの踊子』評価★★☆☆☆
『三文酒場』評価★★★★☆
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