サン・フォリアン寺院の首吊人
『サン・フォリアン寺院の首吊人』ジョルジュ・シムノン(角川文庫)

男はメグレの目前でピストル自殺を遂げた。この浮浪者同然の男が、ブリュッセルで3万フランの大金を送るのを目撃して以来、警部は後を尾けていたのだ。遺品はすりきれた黒い鞄一つ。中には、ぼろに等しい古着が一着。鑑識の結果、上着には10年以上前に付着したと思われる、かすかな血痕があった。そして不可解なことに、自殺した男は生前、大金を各地からパリの自宅に送っては、それをすべて燃やしていたというのだ。執拗なメグレの捜査の前に、死んだ浮浪者の哀切な過去と、かつてのおぞましい事件が再現されてゆく――。妖異なムードを湛えた、シムノン推理の異色傑作!(本書あらすじより)

大量の積ん読メグレをなるべく発表順に読もう企画、第2弾です。『怪盗レトン』に続いては『死んだギャレ氏』……と行きたいところなんですが、持っているわけがないので、『サン・フォリアン寺院の首吊人』です。なお、作中のメグレの表記は「メーグレ警部」となっています。
魅力的な謎、手さぐりで事件を解きほぐすメーグレ警部、うさんくさい容疑者にかけられる心理的圧迫、語られる過去の事件の真相、青春小説としての痛みを伴う寂しいラスト……どんでん返しもトリックもありませんが、これぞ“いい”シムノン。『怪盗レトン』よりもこっちの方がはるかにおすすめです。

メーグレが興味本位で尾行を始めた男に余計なちょっかいを出したことで、男が自殺してしまうというショッキングな冒頭がまずいいですねー。なぜいきなり自殺をしたのかと、異国の地で男の所持品を調べるうちに、出所不明の現金、誰かの古い服、そして怪しげな男が登場します。毎回毎回シムノンは冒頭で読者を惹きつけようとかなり頑張っていますが、これは成功でしょう。
そしてその謎がかなり続き、途中でメーグレが言うように、いったい何の事件なのかすら途中まで分かりません。謎に引っ張られながら読むうちに、どうやらお互い知り合いらしい4人くらいの容疑者たちが出そろいます。フランス、ベルギーを行き来し証拠を探すメーグレを彼らは先回りし、何度も証拠をつぶし、ついにメーグレを襲うことすらしてしまいます。

そして終盤、じわじわと容疑者を追い詰めていくメーグレの容赦ない迫力がとにかく読ませるのです。誰も口を開かないまま数時間一緒に座ってたりするんですよ、メーグレまじで怖い。ところがこれだけ大がかりっぽいのに、最後に明かされる真相が凝った犯罪計画などではなく、若気の至りというべき哀愁漂うものだからたまんないのです。実にしょうもないんですよ。
手さぐりで事件をひたすら追ってきたメーグレと読者は疲れ果て、最後脱力感と共に部下の刑事に愚痴をこぼします。

「なアおい、こんな事件が十も重なったとしたら、おれは辞表をだすよ。……こりゃァつまり、天の高みに神様がおいでになって、警察の仕事も司っていらッしゃる証拠だろうという事さ」

ここまで読んでくると、このセリフがキくのです。メーグレは犯人を理解したわけでも共感したわけでもなく、ただただ呆れているんです。これがすごくいい。実にシムノンらしい過去の殺人物でした。初メーグレにちょうどいいかもしれませんが、新訳が出るべきでしょうね。
なお訳者あとがきに、原書でシムノンを読んだ時は全然面白くなかったので当時自分が編集していた雑誌に紹介しそびれた、ミスった、と書かれているんですが、よく見たら訳者水谷準じゃないですか。つまり雑誌とは『新青年』のことなんでしょう。

書 名:サン・フォリアン寺院の首吊人(1931)
著 者:ジョルジュ・シムノン
訳 者:水谷準
出版社:角川書店
     角川文庫 赤503-1
出版年:1957.05.15 初版
     1977.02.20 3版

評価★★★★☆
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