日の名残り
『日の名残り』カズオ・イシグロ(ハヤカワepi文庫)

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々――過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。(本書あらすじより)

周りからおすすめされたので、今さらながらの名作を読んでみました。初カズオ・イシグロです。今年10年ぶりの新作が出たことで話題になりましたね。
で、これ、未読のミステリ読みの方がいればぜひおすすめしたいです。ミステリですよこれ。いやミステリじゃないんですけど、なんていうかなぁ、アガサ・クリスティー『春にして君を離れ』にかなり近いと思うんですが、一種の「信頼できない語り手」ものに近いと思います。

話の内容は、第二次世界大戦後の英国において、長年執事を務めていたスティーブンスが初めての長期休暇を得て、旅行に行く話です。本当にそれだけ。
この執事のスティーブンスさん、自分の信じる「品格」というものを非常に大事にしているのです。田園風景をひたすら旅しながら、戦時中に仕えていた尊敬するダーリントン卿を懐かしく思い出したり、仕事の模範として尊敬していた父親を思い出したり、有能だった女中頭を思い出したりするわけです。

……ところが、読者には薄々分かってくるのですが、このダーリントン卿は実は戦時中対独協力をした疑いを持たれている人で、あまり評判がよくありません(スティーブンスはそれを承知の上で世間の評価が間違っていると言っています)。父親は晩年は病気でガタガタでしたが、仕事第一であるスティーブンスの父親への対応はあまりに無情だったようにも見えます。女中頭はスティーブンスについてどうにも不可解な行動をよくとっていたように見えますが、これだってどうもスティーブンスの勘違いが含まれているようにも見えます。
要するに、一人称の語り手である完璧な執事スティーブンスの回想が、どうにも信用しがたくなってくるのです。この男、仕事ガチガチ人間で、人間としてはめっちゃひどい奴なんじゃないか? その自覚すらないんじゃないか? と疑いたくなります。
そして最後、スティーブンスは旅の目的地である、仕事をやめてしまった女中頭と再会します。彼がそこで悟った思いとはなんだったのでしょうか……。

と、ここでめっちゃ感動しました。うわぁすごい。その後続けてスティーブンスが通りすがりの元執事と会話する場面がまたすごい。「品格」という自らに課した枷にとらわれたまま全てを失っていったことにすら気付かなかったスティーブンスが、ようやく枷の外に脱します。そしてタイトルである「日の名残り」が、いい意味で読者の心にグッと迫るのです。
読んでいる間はちょっとこのスティーブンスさんが嫌いになりかけていたんですが、最後まで読むと、結局まぁダメなおじさんではあるんですけど、でも自分の生き方に対して愚直なまでに真っ直ぐなものを貫き通した人でもあるわけですよね。というわけで最後には結構好きになりました。前向きなラストでよかったです、いやほんと。

上のスティーブンスの紹介だけ見ていると読んでいてしんどそうな小説にも見えますが、実際はイギリスののどかな風景や過去がゆっくりと、のんびりと描かれる、カズオ・イシグロによるイギリス大好き小説なので、イギリス好きはぜひ読まれればいいと思います。土屋政雄さんの翻訳がこれまた素晴らしいですし。いやー面白いわ。めちゃくちゃ技巧派じゃないですかイシグロさん。
というわけで今度はSF(らしい)『わたしを離さないで』を読んでみるつもり。また楽しそうな作家を見つけてしまいました。

書 名:日の名残り(1989)
著 者:カズオ・イシグロ
訳 者:土屋政雄
出版社:早川書房
     ハヤカワepi文庫 3
出版年:2001.05.31 1刷
     2001.12.15 2刷

評価★★★★☆
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