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『夜愁』サラ・ウォーターズ(創元推理文庫)

1947年、ロンドン。第二次世界大戦の爪痕が残る街で生きるケイ、ジュリアとその同居人のヘレン、ヴィヴとダンカンの姉弟たち。戦争を通じて巡り合った人々は、毎日をしぶとく生きていた。そんな彼女たちが積み重ねてきた歳月を、夜は容赦なく引きはがす。想いは過去へとさかのぼり、隠された真実や心の傷をさらけ出す。ウォーターズが贈るめくるめく物語。ブッカー賞最終候補作。(本書あらすじより)

初ウォーターズ……なのに、なぜか『半身』でもなく『荊の城』でもないという。この2作はミステリとしても大変人気ですけど、『夜愁』はミステリじゃないという話しか聞きません。なぜこれから読んでしまったんだ……。
読んでみたら、確かにまったくミステリではないです。第二次世界大戦前後の時代を中心としたヒストリカルロマンスみたいなものです。
じゃあつまらなかったかって? とんでもない。いやーこれ、めっちゃ面白かったですよ。サラ・ウォーターズ、べらぼうに小説を書くのが上手いのです。

物語は1946年から始まり、徐々に遡っていくという形式をとっています。そうして、登場人物たちの過去がしだいに明らかになっていくわけです。最終的に1946年に戻ることもなく遡って終わってしまうという、なんとも珍しい(見ようによっては適当な)終わり方をしているのも特徴。で、べつに遡っていくからといって誰かの謎が明らかにされるとかそういうミステリ的なあれもありません。一応過去に何があったか伏せられている人物もいることはいるんですが、まぁどうでもいいですね、ぶっちゃけ。

ではひたすら何が描かれるかというと、レズビアン同士の狂おしげな愛情、過去に友人の死にかかわった傷つきやすい心を持った少年の心情、恋した相手が既婚者という不倫カップル、という様々な恋愛模様だったり心情模様だったりなのです。いかにもヴィクトリア小説にありそうな群像劇。いくつかの物語はゆるやかにつながってはいますが、特に意味があるわけではありません。
でまぁ、これらのストーリーの読者を惹きつける力がハンパじゃないのです。確かにプロットもへったくれもないし、もうびっくりするほど何にも起きないし、ストーリー自体ははっきり言って大したことありません。キャラクターもみな魅力的ではありましたが、感情移入させるようなものかと言えばそれも微妙。ところがこのあってなきがごときストーリーがサラ・ウォーターズが命を吹き込んだ登場人物に与えられると、何とも魅力的で、はかなくも美しく悲しい物語に見えて来るんだから本当に不思議です。これは訳文によるところもあるのでしょうが、傷つきやすい心を描いた文章がただただもう素晴らしいの一言。

そしてもうひとつが、1940年代イギリスの風俗・風景描写。上の心情描写については、まぁうまい作家はいくらでもいるとは思いますが、こっちについては今まで読んだ作家の中で一番上手いかもしれません。当時の人が書いたのではなく、あくまで21世紀の人間が過去の時代を調べに調べて書いたからこその、時代を感じさせる濃密な描写の数々。何気ない所作や光景にすら1940年代ロンドンが感じられるのです。これと比べたら、あぁた、ケイト・モートンなんて小学生並ですよ。それほどまでに時代描写にはずば抜けたものがあると思います。

結局のところ、レズビアン小説として、恋愛小説として、戦時小説として、これと言えるような優れた魅力があるわけではないかもしれません。そもそも骨格となるようなストーリーがないことはある意味で致命的な弱点ではあるでしょう。ただ、サラ・ウォーターズという作家が書いたからこそ、この『夜愁』は素晴らしい作品に仕上がったんじゃないのかなぁと、まぁ思うわけでした。というわけで『半身』『荊の城』も絶対読みます、なるべく早いうちに。

書 名:夜愁(2006)
著 者:サラ・ウォーターズ
訳 者:中村有希
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mウ-14-4,5
出版年:2007.05.31 初版

評価★★★★☆
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