『厳寒の町』アーナルデュル・インドリダソン - 2019.11.04 Mon

『厳寒の町』アーナルデュル・インドリダソン(東京創元社)
男の子の年齢は十歳前後。地面にうつ伏せになり、体の下の血溜まりは凍り始めていた。アイスランド人の父とタイ人の母の間に生まれた男の子は、両親の離婚後、母親と兄と一緒にレイキャヴィクの住宅街に越してきた。人種差別的な動機による殺人が疑われ、エーレンデュルら捜査陣は、男の子が住んでいたアパートや通っていた学校を中心に捜査を始める。CWAインターナショナルダガー賞最終候補作、世界のミステリ界をリードする著者が現代社会の問題にメスを入れた、シリーズ第5弾。(本書あらすじより)
6年前に読んで以来、実はインドリダソンから完全に遠ざかっていました。『湿地』は結構好きだったんですが、『緑衣の女』が微妙で、その後の『声』『湖の男』を一切読もうとしていなかったのです。
というわけで今回、実に久々に手に取ってみたのですが……え、アーナルデュル・インドリダソンって、こんなに面白かったんだっけ???
タイからの移民の子である10歳の少年が、ナイフで刺された死体となって見つかる……という冒頭で、つまり移民問題を扱った社会派ミステリなのね、と分かります。それはまぁ、そう。ただ、その捜査の描き方、移民問題のあぶりだし方、そして真相を急に提示することであらわれる虚しさが、すっごく良いのです。
真ん中くらいまで、いやなんならほぼ終わりの方まで、「捜査」という点では全然進みません。手がかりもほぼなく、明確な動機を持つ者も出てこない……凶器が発見されるまでは、犯人逮捕につながる手がかりはゼロと言って良いと思います。
ところがその間の、主人公ら警察官3人の捜査が実に読ませるんです。アイスランドという狭い社会の中で、移民たちはどう暮らしているのか、人々は移民をどう捉えているのか、子供たちはどういう世界に生きているのか、がじわぁぁぁっと描かれるのですが、ここがやたらと面白いんだよなぁ。
合間合間にエーレンデュル、エリンボルク、シグルドゥル=オーリら3人の私生活が描かれます。警察官のプライベートを出すのって近年の警察小説のもはや王道みたいなところはありますが、その挿し込み方のさりげなさがすごく上手いんですよ。メインの移民の子殺しに動きがないだけに、良いアクセントになっているんです。
そして真相の提示がね……。この唐突さって、本格ミステリには絶対出来ないタイプの、良い意味での「唐突さ」じゃないですか。それがこの400ページのミステリの虚しさを煽っているのが、めちゃくちゃ良いんです。すっごい変化球のフリオチみたいな話。
インドリダソンって実は一発ネタみたいなのが好きなのかもしれませんが、今回はその見せ方が上手いので、これが物語としてきちんと生かされているのだと思います。下手にやったら、ただの雑なオチになっちゃうよ、こんなもん。
というわけで、くそぉ、やっぱり面白いじゃないかインドリダソン。ちゃんと読み飛ばしている2作品も追おうかなぁ。
原 題:Vetrarborgin (2005)
書 名:厳寒の町
著 者:アーナルデュル・インドリダソン Arnaldur Indriðason
訳 者:柳沢由美子
出版社:東京創元社
出版年:2019.08.23 初版
評価★★★★☆
スポンサーサイト