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2019-08

『カルカッタの殺人』アビール・ムカジー - 2019.08.30 Fri

ムカジー,アビール
カルカッタの殺人
『カルカッタの殺人』アビール・ムカジー(ハヤカワ・ミステリ)

1919年、英国統治下のカルカッタ。スコットランド・ヤードの敏腕警部ウィンダムは、第一次大戦従軍を経て妻を失い、倦み疲れてインド帝国警察に赴任した。右も左もわからぬ土地で頼みの綱は、理想に燃える若く優秀なインド人の新米部長刑事バネルジー。二人は英国人政府高官が何者かに惨殺された事件を捜査する。背後には暴動寸前の現地の憤懣と暗躍する諜報機関の影が……東洋の星と謳われた交易都市を舞台に、複雑な政情を孕む奥深い謎と立場を超えた友情が展開する、英国推理作家協会賞受賞の傑作歴史ミステリ。(本書あらすじより)

うーん、なんでしょう、つまらなくはないし、むしろ楽しいし、読みやすいし、1919年のカルカッタという舞台を余すところなく描いているし、謎解きミステリとしても複数の事件の絡め方とか面白いのに、すっごいもやっとします。エドガー賞も受賞した歴史ミステリなのに……なんでだ……。

1919年のイギリス。イギリス人による現地人支配が徹底して行われているベンガル地方のカルカッタで、政府の高官であるイギリス人が殺されるという事件が起きる。インドに配属されたばかりの、元スコットランド・ヤード勤務の優秀な警部ウィンダムは、インド人の部長刑事バネルジーと共に捜査に当たる。そこで浮かび上がってきたのは、利権獲得を目論むイギリス人と、支配に抵抗しようとするインド人の対立だった…。

主人公のウィンダム警部は、インドに来たばかりということもあり、基本的にイギリス人による差別的なインド人支配に対して否定的な立場を取っています。その一方で、たまに人種の壁を超えられていない支配者側らしい考えも示してしまい、バネルジーの指摘によりそれが浮き彫りになることもしばしば……というような人物。そんな彼のどっちつかずな立場が、最後まで曖昧なままなのが、本書のもやっとポイントその1です。
別に曖昧だからダメ、というわけではありません。主人公に超良い人になって欲しいわけでもないですし、なんなら最後までインド人に対する偏見をぬぐえない、みたいなネガティブなエンディングでも結構。そうではなく、彼の中途半端な態度が、中途半端である、と何度も示されているわりに、最後どうなったかが見えないまま終わってしまう、ということにもやっとするのです(お礼のくだりとか、絶対ちゃんと拾えたと思うのに……)。

もやっとポイントその2は、歴史ミステリとしてのブレ……というか。こういったネガティブな時代の書き方って、やり方としては、
①徹底して当時の人らしい考え方を持つリアルなキャラクターを描き、それに対し現代の視点を持つ読者が批判的に読めるようにする、というもの。
➁めちゃくちゃ現代的な考え方を持つ登場人物を出し、当時の在り方を作中で批判させる、というもの。
のどちらかだと思うんです。植民地支配を登場人物も作者も全肯定したまま書く、というわけにもいかないでしょうし。
ところが、本書はこの点がまた曖昧なのです。1919年という時代は、風俗描写としてもミステリとしても存分に生かされているのに、キャラクターが当時の考え方そのもので動いているのか、比較的現代的な考えのもと動いているのか、そこが分からないのです。何なら、インド系移民二世である作者のスタンスもよく分かりません。特に、インド人部長刑事バネルジーなんか、有能かつ献身的でありつつ遠慮がち、だけれども支配には否定的、でもイギリスの進歩的な教育も享受していて難しい立場にあり……というめっちゃ良いキャラなのですが、植民地支配に批判的であるはずの彼が最後なぜ留まるのかが謎。なんだかなぁ。

謎解きミステリとしては、様々な利権・対立関係のあるインド帝国という舞台を生かした真相で、こちらは好きです(もっと丁寧に暴いてくれてもいいのに、とも思いますが)。ただ、この手のミステリって、終わらせ方を上手くやってくれないと、どうしても茶番に見えてしまうんですよね。例えば真相がオープンに出来ないような事件の場合、どうにもならない事件をどうにもならないなりに、最後巧みに収束させてほしいな、と思うのです。「体制」が絡むミステリの落とし所ってすごく難しいよね、という話。

というわけで、『1793』と続けて歴史ミステリを読んでみたわけですが、個人的には『1793』の方が圧勝かなぁ。歴史ミステリのある種の難しさを感じさせられる一冊でした。

※ところで、部下のインド人部長刑事、サレンダーノット・バネルジーって、19世紀にインド国民会議の結成に関わった世界史に出てくるあのバネルジーだよね?と思ったのですが、本書の舞台は1919年なので、どうやら違う人……ということなのでしょうか。たまたま同じ名前、ってことはないよなぁ。

原 題:A Rising Man (2016)
書 名:カルカッタの殺人
著 者:アビール・ムカジー Abir Mukherjee
訳 者:田村義進
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1945
出版年:2019.07.15 1刷

評価★★★☆☆
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『1793』ニクラス・ナット・オ・ダーグ - 2019.08.22 Thu

ナット・オ・ダーグ,ニクラス
1793
『1793』ニクラス・ナット・オ・ダーグ(小学館)

1793年――フランスでは革命の混乱が続き、その年、王妃マリー・アントワネットが処刑された。スウェーデンにもその空気は広がっており、前年1792年には国王グスタフ3世が仮面舞踏会の最中に暗殺されている。無意味な戦争と貧困にあえぐ庶民の不満と、王制への不信がマグマのように煮えたぎっていた。
舞台はそんな、混沌とした時代のストックホルム。秋のある日、湖で男性の遺体が発見された。腐食はしていないが、四肢は切り落とされ、眼球をくりぬれ、舌と歯も奪われ、美しい金髪だけが残されていた。結核に冒され余命幾ばくもないインテリ法律家と、戦場帰りの荒くれ風紀取締官がタッグを組んで殺人事件の謎を追う――。
現代の洗練された美しい都市とはかけ離れた、貧しく、荒々しく、混沌とした18世紀のストックホルムをスウェーデン最古の貴族の末裔が大胆かつ繊細に描く、重厚でスリリングで濃密な、大型北欧歴史ミステリー!!(本書あらすじより)

集英社が以前ビブリオバトルで今年一推しの本として紹介していた作品。何だかすごくグロいとか、汚いとか聞いていたので、読もうか迷っていたのですが、みんなが傑作だ!と断言する上に歴史ミステリだということなので、手に取ってみました。
結論から言うと、本作は超面白いエンタメでした。ひたすら重く苦しい時代が描かれるのですが、でもこれはとりあえず読み物としてめっちゃ面白いのです。今年の新刊の中でもかなりオススメしたい作品です。

舞台は1793年のスウェーデン。この時代のスウェーデンは、要は汚物を窓から流していましたみたいな不潔な近世が凝縮されまくった頃。かつ戦争は悲惨で、女子供に救いはなく、民衆は残虐さに狂い、地獄のように働かされる工場労働者が誕生しつつあるという、グロとゲロに満ち満ちた、近世と近代の狭間の圧倒的しんどい空間なのです。そんな中で、手足をもがれ、目を潰され、舌を切り取られた死体が見つかる……という話。

本書は四部構成になっていまして、第一部が1793年の秋、第二部が夏、第三部が春……と、殺人事件が発生する第一部から遡っていく叙述スタイルとなっています。ネタバレになってしまうので、第二部以降で何が描かれるのかをあまり説明できないのですが……。
作者はこの時代を余すところなく描き倒しているので、そりゃあもう重苦しい小説ではあるのは間違いありません。ただ、民衆の悲惨さや残虐な殺人を描きつつも、意外と、うーんなんというか、しんどくないのです。グロさを演出しようとして過剰にグロいわけではなく、不潔さとおぞましさを事実として示しているだけであり、さらにあくまでこの時代を描く上で必要なことを作者が取捨選択して描いているからでしょうか。

そして物語上、一番素晴らしいのがキャラクターとその使い方。探偵役であるヴィンゲと暴力担当カルデルのコンビは、汚職と不正に満ち淀んだ時代の中で、例外的に真実と正義を求めていきます。そんな彼らが、様々な抵抗にあいながら動き回るわけですが、この二人の一筋縄では行かない、けどとりあえず見ていて安心な活躍から目が離せません。これはいわゆる「名探偵もの」でもあるんですよね……作者のストーリーの作り方がすげぇ。
で、キャラクターの素晴らしさを語るなら、やはり第二部と第三部の主人公二人が核になってくるのではないでしょうか。この第二部と第三部は、殺人事件がなぜ起きたのか、という過去を描くためのものであり、もちろん物語上必要なものです。ただ、究極的にはこのパートの主人公二人は、探偵コンビが捜査している殺人や本筋にあまり関係がないのです。だけれども、あえてこの二人を絡ませ、そして救いを与えようとする作者……めっちゃ良い人。第三部のラストは震えるしかありません。この四部構成は天才的だと思います。

というわけで歴史ミステリとしても素晴らしい上に、単純にストーリーがバカ面白いミステリとしておすすめしたい作品です。本作、実は三部作で、『1794』『1795』と続いていくようなのですが、次作がどう続くのか、今から楽しみですね。

原 題:1793
書 名:1793
著 者:ニクラス・ナット・オ・ダーグ Niklas Natt och Dag
訳 者:ヘレンハルメ美穂
出版社:小学館
出版年:2019.06.10 初版

評価★★★★★

『俺には向かない職業』ロス・H・スペンサー - 2019.08.17 Sat

スペンサー,ロス・H
俺には向かない職業
『俺には向かない職業』ロス・H・スペンサー(角川文庫)

バーチ・カービーはシカゴの探偵。看板の文字は〝カービー単偵社″となっている。扱うのは離婚専門だが、その調査活動もドジの連続。ズボンのチャックはいつもあけっぱなし、およそしまらない探偵なのだ。
だがそのカービーにCIAが目をつけた。ある田舎町に潜伏するソ連スパイをあぶりだすのが任務である。はたしてカービーのドジぶりは、カンパニーが見抜いたように、正体を隠すための仮面なのか?
ともあれカービーは旅立った。まず彼が潜伏を命じられたのは、なんとマイナー・リーグの野球チームであった!(本書あらすじより)

カーター・ブラウンとレナード・ウイバーリーとロス・H・スペンサーの3人を、まとめて「箸休め作家」とみなしています。良い意味で。ロス・H・スペンサーの『俺には向かない職業』は、いつものダメダメ私立探偵チャンス・パーデューシリーズではなく、単独作品となっています。まぁ、主人公がダメダメ私立探偵というのは同じなのですが。
スパイ小説のパロディと侮るなかれ。単純にスパイ小説としての土台がまずしっかりしているのが面白いです。やってることはむちゃくちゃでも、これは騙し合い・化かし合いの諜報戦。そこに、パンプルムース氏並のお色気……というよりは色事とミスター・ボケ(バカではない)をぶっこんだ、というヤバい作品なのです。

私立探偵バーチ・カービーはどこからどう見ても隙のないダメ探偵。チャックが壊れているので、常にズボンの前が開いている、というような人間なのである。ところがあまりにダメさが完成されているがゆえに、あれは演技なのでは? 実はスゴ腕なのでは?とCIAに勘違いされてしまう。そんな彼は突然スパイ活動を頼まれ、美女が渦巻くソ連との対立に関わっていくことになるのだが……。

主人公であるカービーは、まぁ賢くはないのですが、意外とバカではない、というのがポイント。スゴ腕のスパイと勘違いされている現状をきちんと理解した上で、シカゴでの平穏な生活に戻りたいと心から願い続ける……という、何とも平凡さが好ましい男なのです。次から次へと襲いかかるセックス狂たちをさばきつつ、希望を夢見てあがくカービーが、何だかすごく良いんです。
そんな彼がソ連のスパイと戦うはめになり、偶然と運が味方し活躍していく……という、途中のドタバタは当然楽しいわけですよ。ある種、スパイ小説としては真っ当で王道の展開であるところを、トンデモ男カービーがひっかきまわしていきます。カービーが抜けているが故に敵からも味方からもすごいやつだと勘違いされてしまう、という展開が続きますが、スパイ小説のベタさを見事に裏切っていくストーリーには思わず笑ってしまいます。セックス大好きで男を干上がらせてしまう、というえげつない女性がやたらと登場するのですが(絶世の美女から婆さんまでピンキリ)、このへんもある種ジェイムズ・ボンド的なものをおちょくっているのかな。

しかし一番好きなのは、途中のドタバタよりも、最後に語られる後日談なのです。ここがめちゃくちゃ良いんですよ……スパイ小説の泣けるパロディとして完璧だと思います。流されまくりな平凡男、私立探偵カービーの行き着いたところが、実に奥ゆかしく描かれる最高のエンディング。いやぁ素晴らしい。

いつものロス・H・スペンサーの軽さとはまた違いますが、トニー・ケンリックのようなドタバタユーモアミステリですので、重い作品が続いた時の息抜きになんかにどうぞ。シリーズ化しなかったのが惜しまれますが、1作だけの活躍、というのがまたカービーらしいのかもしれません。

原 題:Kirby's Last Circus (1987)
書 名:俺には向かない職業
著 者:ロス・H・スペンサー Ross H. Spencer
訳 者:上田公子
出版社:角川書店
     角川文庫 631-1
出版年:1989.05.10 初版

評価★★★★☆

『おしゃべり時計の秘密』フランク・グルーバー - 2019.08.13 Tue

グルーバー,フランク
おしゃべり時計の秘密
『おしゃべり時計の秘密』フランク・グルーバー(論創海外ミステリ)

ジョニーとサムが殺しの容疑をかけられた! 災難続きの二人の運命やいかに! おしゃべり時計をめぐる謎に迷探偵が挑む。懐かしのユーモア・ミステリ再び。(本書あらすじより)

論創海外ミステリによる、ジョニー&サムシリーズ未訳全作紹介も、順調に2作目です(シリーズで言うと5作目)。まぁいつも通りと言えばいつも通りではあるのですが、それにしても今回のジョニー&サムはかなり出来が良いのではないでしょうか。めっちゃ面白かったんですよ。少なくとも、論創グルーバー3作品の中では、一番だと思います。

ミネソタ州のど田舎で、一文なしになり、浮浪者と化したため牢屋にぶち込まれた実演セールスマンのジョニー&サム。同じ部屋に放り込まれていた青年がなぜかジョニーにこっそりと質札を渡してくるが、翌朝、青年は殺害された状態で発見される。犯人と目されるもう一人の同房者を追い、ジョニーとサムは牢屋から飛び出す。
その後、警察に追われつつ、ほうほうの体でおなじみニューヨークに戻った二人は、殺された青年が時計業界で名を馳せたクイゼンベリー家の富豪の孫であったことを知る。二人は、亡くなった富豪の持つ時計「おしゃべり時計」をめぐる事件に巻き込まれていく、というか巻き込まれにいくのだが……。

250ページ、とにかく常に何かが起き続け、誰かと誰かが手を組み、死体が転がり、そしてジョニー(頭脳担当)とサム(肉体担当)は食うための金を工面すべく駆け回り続けます。今回の二人はかつてないレベルでの(経済的)ピンチにあるのですが、そんな中でジョニーがいつものように殺人事件に興味を示しまくり、サムがいやいやそれについていく、というのはいつもの流れ。ただし、ジョニーが途中から金目当てだけではなく、死んだ青年のため、と言って殺人事件を解き明かそうと八面六臂の活躍を見せ続けます。これがとにかくかっけぇのです。義理と人情にアツいジョニー……最っ高。
伏線こそきちんとは置かれないものの、ジョニーは紛れもなく名探偵ですし、今回のこんがらがった事件を最短距離でまっすぐ解決に持っていく手法はさすがとしか言いようがありません。ネロ・ウルフやペリイ・メイスンと同系統の、「もめ事処理人」としての名探偵の活躍を楽しむのがこのシリーズの見どころかなと思いますが、本作は特にジョニー&サムの面白さ・楽しさがしっかり出ている良作ではないかと思います。

ところで創元から出ているシリーズ2作品、実はまだ読んでいないんですよね……次の論創が出る前に、手を付けられたら良いなとは思っているのですが。

原 題:The Talking Clock (1941)
書 名:おしゃべり時計の秘密
著 者:フランク・グルーバー Frank Gruber
訳 者:白須清美
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 233
出版年:2019.05.30 初版

評価★★★★☆

『「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑』マーサ・グライムズ - 2019.08.04 Sun

グライムズ,マーサ
「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑
『「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑』マーサ・グライムズ(文春文庫)

ポリー・プレイド、といえば『「鎮痛磁気ネックレス」亭―』でおなじみの女誘推理作家。取材で訪れた小村アッシュダウン・ディーンで村人のペットが次々と殺されるという忌わしい噂を耳にしたとたん、愛猫が行方不明、大慌てで電話ボックスに駆けこむと、そこには老女の死体があった。――かくして、警視ジュリーの登場となる。(本書あらすじより)

月一マーサ・グライムズ再読、7月はシリーズ7作目のこちら。以前読んだ高2の頃はこういう救いのない悲劇的な話が苦手だったのに、いま読むとめちゃくちゃ刺さるというね……『「悶える者を救え」亭の復讐』より、はるかにこっちの方が好きかも。やや歪なところもあり100点はあげられないのですが、確実に本ブログの読者の何人かには刺さるであろう作品です。

動物を愛し、保護し、大人への抵抗をやめず、村の男爵夫人のもとで暮らす身寄りのない15歳の少女キャリー・フリートが、実質的に主人公。事故を装い村の住人のペットが次々と死んでいく中、ついに住人たちも一見事故に思える状況で死んでいきます。この連続殺人と渦中の少女キャリーの関係は何なのでしょうか。

自分がこのシリーズで一番好きなキャラクター、キャロル=アン・パルーツキー初登場作……という点はいったん置いておくとして。
犯人がかなりヤバい人なので、動機はあるにせよやってることが極端すぎますし、犯人特定の手がかりもほぼ1つしかありません。終盤のクリスティーばりのミスディレクションは(ベタとは言え)かなりうまいと思いますし、心臓発作など病死・事故死に見せかけた連続殺人物としてはかなりキッチリ作られてはいるのですが、いかんせんいわゆる謎解きミステリとしてのみで評価しようとすると、悪くはないけどそこまで……な内容ではあります。

しかしこれは、殺人事件ではありますが、それ以前に15歳の少女である「キャリーの物語」であり、そう考えると満点としか言いようがない内容だと思うのです。理不尽だし、別にそうならなくてもよくね、とか言いたくなる人を黙らせるかのような、大人を信じず、動物を保護し、大人と戦う少女のキャラ造形にぐうの音も出ません。何しろ登場シーンからして、少年に銃を突き付けているわけですよ。キャリーと、その保護者である男爵夫人の出会いのシーンとか、めっちゃ良いですよね……。シリーズ1作目から作中に子供を登場させてきたグライムズの生み出すのキャラクターとしては、1つの集大成なのではないでしょうか。
そしてキャリーを中心として構成されているからこそ、いわば「家庭の悲劇」に当たるかのような本書の事件に、説得力というか凄味が出ているのです。連続ペット殺しという不穏な幕開け、事故死に見せかけた悪意ある殺人という、平和な村に似つかない事件が、動物を保護するという使命感を持ち行動するキャリーという少女の存在によって際立ったものになっています。「子供」「動物」「田舎」という要素だけ見ればコージーなのに、中身は全然コージーじゃないというこのアンバランスさを、キャリーというキャラクターそのものが象徴しているようにも思えます。

難点をあげるなら、本作のジュリー警視がモテすぎるということですかね……話の流れがやや悪くなるくらい、モテるのです(必要ではあるんだけど)。新キャラである、ジュリーのアパートの新住人キャロル=アン・パルーツキー(女優志望の若いド美人で、ジュリー警視大好きという倫理的にどうかと思うキャラクター)の登場は、グライムズの好きであろうコメディタッチの部分に良い彩りを付け加えてはいるのですが、作品全体の雰囲気が重めなので、箸休めにはなるけどぶっちゃけ合わないかなぁと思ってしまいました。

とはいえ『「跳ね鹿」亭』、再読ではっきりしましたが、これはシリーズの中でもかなりオススメすべき作品でしょう。つまりは、ロスマクなんですよ。

原 題:The Deer Leap (1985)
書 名:「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-6
出版年:1989.12.10 1刷

評価★★★★☆

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ヨッシー

Author:ヨッシー
クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の社会人3年目が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から9年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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バージェス,アントニイ (1)
ハース,ヴォルフ (1)
バゼル,ジョシュ (1)
バー=ゾウハー,マイケル (1)
ハチソン,ドット (1)
ハーディング,フランシス (2)
バトラー,エリス・パーカー (1)
ハナ,ソフィー (2)
バーナード,ロバート (3)
バーニー,ルー (1)
バニスター,ジョー (1)
ハーパー,ジェイン (1)
ハーパー,ジョーダン (1)
パーマー,スチュアート (1)
ハミルトン,エドモンド (1)
ハミルトン,スティーヴ (1)
ハメット,ダシール (2)
パラニューク,チャック (1)
バランタイン,リサ (1)
ハリス,トマス (1)
バリンジャー,ビル・S (3)
ハル,リチャード (1)
パレツキー,サラ (1)
ハンター,スティーヴン (2)
ビガーズ,E・D (5)
ピカード,ナンシー (1)
ヒギンズ,ジャック (1)
ピース,デイヴィッド (2)
ピータース,スティーヴン (1)
ピーターズ,エリス (3)
ビッスン,テリー (2)
ビネ,ローラン (1)
ビバリー,ビル (1)
ビュッシ,ミシェル (1)
ヒラーマン,トニイ (2)
ピリンチ,アキフ (1)
ヒル,トニ (2)
ヒル,レジナルド (3)
フィツェック,セバスチャン (3)
フィックリング,G・G (3)
フィッシュ,ロバート・L (4)
フィッチュー,ビル (1)
フィニイ,ジャック (5)
フィルポッツ,イーデン (2)
フェーア,アンドレアス (1)
フェイ,リンジー (1)
フェラーズ,エリザベス (5)
フェルナンデス,ドミニク (1)
フォーサイス,フレデリック (1)
フォン・シーラッハ,フェルディナント (7)
プライヤー,マーク (1)
ブラウン,カーター (7)
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ブラッティ,ウィリアム・ピーター (1)
ブラッドリー,アラン (1)
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フラナガン,トマス (1)
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ブランド,クリスチアナ (5)
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