『刑事シーハン/紺青の傷痕』オリヴィア・キアナン
『刑事シーハン/紺青の傷痕』オリヴィア・キアナン(ハヤカワ・ミステリ)
巡査から15年かけて警視正までの階級を昇り、いまは女性の身で重大犯罪捜査局の指揮を執るフランキー・シーハン。事件現場での負傷から復帰した彼女がさっそく取り組んだのは、大学講師エレノアの首吊り死体が自宅で発見された事件だった。些細な手掛かりから他殺と見抜いたシーハンは、容疑者としてエレノアの夫の行方を追う。だがシーハン自身の故郷で起きた怪事件との関連が浮上し、事件は不気味な奥深さを見せ始めた! 姿を見せぬ殺人者との息詰まる対決。アイルランドの首都ダブリンに展開する白熱の警察小説。(本書あらすじより)
う、うーん……決してつまらなくはないのですが、あまりに推すポイントがないミステリでした。今さら何の特徴もない警察小説を訳されても……みたいな。
アイルランドを舞台とした警察小説。犯人に襲われた怪我から回復し復職したばかりの女警視正シーハンが、正体不明の連続殺人犯を追う、というわりかしベタな展開です。
とにかく捜査が行き当たりばったり。コロコロと容疑者は変わるし、すぐ逮捕しようとする割にはいちいち決め手にも欠けるので、読者的にはイマイチ納得しにくい展開が続きます。真犯人もあんなんだし……これで読者を驚かそうとしてるとはとても思えないんですが……。
魅力的に描かれる捜査官、などツボは押さえているけど、事件も捜査もウロウロしている感が半端なくて(作中の時間経過も超早いのです)、あいつが犯人だ!違った!の繰り返しに終盤は疲れてきちゃうんですよ。一番まとまそうなシーハンの相棒バズ・ハーウッド刑事もいまいち賢さが足りません。その他メンバーの賢さに関しては言うまでもなく。
シーハンが休職する原因となった事件(シーハンが復職するもいまだにトラウマに悩まされているというもの)の話への絡ませ方もなんだかおざなり。せっかくダブリンを舞台にしているのにダブリンっぽさもゼロ。とりあえず読者を飽きさせないために色々やってみました!以上の魅力的な展開が欲しかったところです。
原 題:Too Close to Breathe (2018)
書 名:刑事シーハン/紺青の傷痕
著 者:オリヴィア・キアナン Olivia Kiernan
訳 者:北野寿美枝
出版社:早川書房
ハヤカワ・ミステリ 1937
出版年:2018.11.15 1刷
評価★★★☆☆
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『「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察』マーサ・グライムズ
『「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察』マーサ・グライムズ(文春文庫)
ロンドンから40マイル、このところ首都のベッドタウンとして不動産業者の着目するところとなったリトルボーンの村は、しかし、たたずまいあくまでものどか、もちろんパブもある。村の森から犬が人間の指をくわえて現われたのが事件の発端、警視昇進に照れながら腰をあげたジュリーは、事件を追ってロンドンと村を行き来する。(本書あらすじより)
誰が楽しみにしているか分からない、しかし読んでいる当人は楽しくて仕方がない、マーサ・グライムズ月イチ再読、3作目はタイトルが印象的。
相変わらず面白かったけど、「確かすごく面白かった!」という期待が先行しすぎていたせいか、そんなでもありませんでした。謎解き物……というより、TRPGの絡んだ暗号物として印象に残る作品です。
片田舎リトルボーンで見つかった「指のない」死体、ロンドン地下鉄での通り魔事件、一年前の宝石強奪事件が関連し合い、警視に昇格したジュリーの捜査も地方とロンドンを行ったり来たりします。初期3作の中では一番凝った内容でしょう。
依然としてコージー味はありますが、終わり方にそろそろグライムズっぽさが出てきました。キャラクターの使い方なんかも、悲惨なもの、究極の貧しさと汚さが光る一家など、1作目とは大きく変わってきています。それ故に、話を広げ過ぎたせいで登場人物を活かしきれなかったことがもったいなく感じられます。あと、犯人の意外性が良いだけに、もうちょい伏線が欲しいところ。
とはいえ、ネロ・ウルフ賞を受賞するのも分かります。話の広がっていく様や、板についてきた感のあるユーモア、強気な子供の描写の楽しさが気持ち良いのです。相変わらず子供と動物の使い方がずるいんだよなぁ……。メインとなる暗号はイギリス人向けですが、よく考えたらアメリカ人がアメリカ人向けに書いているミステリなので日本人が分からなくても何の問題もないですね、うん。
この再読、今のところ、期待低→記憶より面白い、期待高→記憶ほど面白くない、になっていますが、残念ながら次作は思い出補正とかそういうレベルではなくただただ微妙な作品であったという確信があるのでした。4月になったら読みます。ちなみに、再読の本命は6月なのです。
原 題:The Anodyne Necklace (1983)
書 名:「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:吉野美恵子
出版社:文藝春秋
文春文庫 275-31
出版年:1986.12.10 1刷
評価★★★★☆
『ザルツブルグ・コネクション』マッキネス
『ザルツブルグ・コネクション』マッキネス(世界ロマン文庫)
年度末進行が地獄の忙しさで、読書もブログ更新も停滞気味です。すみません。春休みに入れば何とか……。
さて、読み切るのに一週間もかかりましたよ、『ザルツブルグ・コネクション』。映画化もされているスパイ小説。面白くないとまでは言いませんが、読み切るのがあまりにしんどかったので、極めて微妙な印象です。とりあえず、この長さはないな……。
オーストリアの田舎の湖に沈められていたナチスの秘密文書。とある一般人がこれを引き上げようと画策したことで、様々な陣営が文書を狙って動き出す。この騒動に巻き込まれたアメリカ人弁護士ウィリアム・マシスンは、文書の確保に否応なく協力するはめになるが……。
もうとにかく鬼地味なガチガチ英国スパイ小説。序盤は、全体像がなかなか見えない中、次々と語り手が代わり、主人公すらはっきりしないので、ぶっちゃけ読みにくいのです。が、途中からストーリーラインが明確に定まることで、なるほどこれは一般人が巻き込まれるタイプの王道スパイ小説であったか、と分かり、序盤と比べれば比較的読みやすくなります。
ところが、読みにくい前半の方がむしろ良いんですよね。オーストリアの湖に長らく沈められていたナチスの秘密の箱が引き上げられそうになることで、ナチスの残党、アメリカのCIA、英国情報部、ソ連のKGB、さらには中国共産党までが動き始める、というお話なので、そもそも誰が敵で誰が味方か、そもそも誰がどこに所属しているのか、がさっぱり分かりません。この部分が、読みにくいのは確かですが、それだけに展開が読めず面白いのです。
一方、主人公が定まり、敵味方が判明しストーリーラインがはっきりしてきた中盤以降が、すこぶる微妙。一般人である主人公の冒険小説&ちょっとしたロマンス、という展開ですが、あまりに動きがなく、どんでん返しもありません。ロマンス部分も急で、とってつけた感があるし。これで上下二段組400ページは飽きるって……。
映画の方がすっきり見せられて良いんじゃないか、と思っていたのですが、どうやら映画もだれたサスペンスなんだそうです。マッキネスの邦訳自体はあと何作かありますが、代表作であるこれがこんなんなら、正直今から頑張って探そうとは思わないかな……一昔前に流行った、王道のスパイ小説ではあると思うんですけど、ね。
原 題:The Salzburg Connection (1968)
書 名:ザルツブルグ・コネクション
著 者:マッキネス(ヘレン・マッキネス) Helen MacInnes
訳 者:永井淳
出版社:筑摩書房
世界ロマン文庫 5
出版年:1969.12.20 初版
評価★★☆☆☆
『論理は右手に』フレッド・ヴァルガス
『論理は右手に』フレッド・ヴァルガス(創元推理文庫)
パリの街路樹の根元に落ちていた犬の糞からなぜ人骨が出たのか? カエルをペットにする変わり者の元内務省調査員・ケルヴェレールが捜査を開始した。若き歴史学者マルク=通称聖マルコを助手に彼が探り当てたのは、ブルターニュの村で起きた老女の事故死だった。骨は彼女のものなのか? ケルヴェレールが、聖マルコ、聖マタイとともに老女の死の意外な真相に迫る。CWA賞受賞作『死者を起こせ』に続く〈三聖人シリーズ〉第2弾!(本書あらすじより)
フランス・ミステリにハマったきっかけ、いくつかあるんですが、その一つが間違いなくフレッド・ヴァルガス『青チョークの男』なのです。変な雰囲気の変なミステリ、最高!みたいな。『ウサギ料理は殺しの味』系統の。
というわけでフレッド・ヴァルガスは大好きな作家なのですが、一向に翻訳が出なくなってしまい、アダムスベルグ署長シリーズ第3作『ネプチューンの爪痕』は7年連続刊行が予告されるも気配すらない、という状態が続いていました。そんな理由から、三聖人シリーズ2作目である『論理は右手に』を読まずに大切に取っておいたのですが……なんと! 2月の新刊ラインナップ説明会で、ついに『ネプチューンの爪痕』の刊行が正式に予告されたそうなのです。やったぜ! そして、残していた本作を読む日が来たのです。
さて、フレッド・ヴァルガスの邦訳は、どちらかと言えばシリアス風変態ミステリのアダムスベルグ警視シリーズと、歴史家3人組が事件に巻き込まれるユーモラス要素の強い三聖人シリーズの2種類があります。本書は三聖人シリーズの2作目。
超久々のフレッド・ヴァルガスでしたが、やっぱりこの独特の奇人変人ワールドと空気感が大好きです。今作は、2作目、3作目で実質的に主人公となる元内務省調査官ルイ・ケルヴェレール初登場作。2作目でここまで方向性変えるのもすごい……というか急な話ではあります。
相変わらず事件の発端の不可思議性が面白いんですよね。特に今回は、街路樹に落ちていた犬の糞からケルヴェレールが殺人に気付く、というもので、クセが強いことこの上ありません。前半は新キャラ・ケルヴェレールの紹介兼殺人(というか死体)探し、後半は事件の起きた村での犯人探し、という流れです。
……で、読んでいて思ったのですが、現代風に味付けされているし、変人てんこ盛りではあるけど、これってかなりメグレ警視シリーズっぽいな、ということなのです。というかケルヴェレールがメグレ警視っぽいのです。地方を舞台に捜査しているのでますますそれっぽいし、容疑者との会話なんかシムノンに超影響されているんじゃないか?
三聖人とケルヴェレールの絡ませ方なんかは、3作目『彼の個人的な運命』の方が上。というか本書は、どんでん返し面でもストーリー面でも、邦訳作品の中では結構下だと思います。どんでん返しは実質的にそんなに大きなものはありませんし、後半の村捜査パートもやや展開に面白みが欠けます。ヴァルガス未読の方は、初手はこれじゃない方が良いかもしれません。
個人的にはアダムスベルグ署長シリーズの方が断然好きですし、今回三聖人シリーズなのに第一次世界大戦専門家のリュシアンはほぼ空気だったじゃんとか色々気になるところもありますが、とはいえ、やっぱり読んでいてヴァルガスはべらぼうに楽しいのです。お願いだから、今年こそ『ネプチューンの爪痕』出てくれ〜頼む〜。
原 題:Un peu plus loin sur la droite (1996)
書 名:論理は右手に
著 者:フレッド・ヴァルガス Fred Vargas
訳 者:藤田真利子
出版社:東京創元社
創元推理文庫 Mウ-12-3
出版年:2008.04.25 初版
評価★★★★☆
『ブルーバード、ブルーバード』アッティカ・ロック
『ブルーバード、ブルーバード』アッティカ・ロック(ハヤカワ・ミステリ)
テキサス州のハイウェイ沿いの田舎町で、ふたつの死体があいついで発見された。都会から訪れていた黒人男性弁護士と、地元の白人女性の遺体だ。停職処分中の黒人テキサス・レンジャー、ダレンは、FBIに所属する友人から、事件の周辺を探ってほしいと頼まれて現地に赴くが――。愛と憎悪、正義の在り方を卓越した力量で描き切り、現代アメリカの暗部をえぐる傑作ミステリ。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞、英国推理作家協会賞スティール・ダガー賞、アンソニー賞最優秀長篇賞の三冠受賞作!(本書あらすじより)
アッティカ・ロック……『黒き水のうねり』(未読)だけ邦訳のある黒人女性作家ですね。エドガー賞を獲った本作は、人種差別を扱ったアメリカ南部物……ではあるのですが、読む前に想像していたものとはかなり違いました。おそらく大多数の人が想像するものよりは読みやすいのではないかと思います。
主人公ダレンは、テキサス州法執行官であるテキサス・レンジャー。田舎町で黒人男性、そして白人女性が殺された事件に、強引に首を突っ込んだダレンであったが、そこではお馴染みの、そして複雑な白人社会と黒人社会の対立があり……。
目立った大きな動きがほとんどない地味〜な捜査物。黒人である、主人公のテキサス・レンジャー(こういう法執行官がいることも初めて知った)と白人社会(保安官含む)との露骨な衝突から幕を開けます。が、こういった場面は、序盤はありますが中盤以降はほぼありません。21世紀のテキサス州では、黒人と白人は色々な意味で共存しているわけです。ですから、表立った分かりやすい対立ばかり起きるわけではありません。本作は、アメリカ南部における黒人と白人の水面下の対立と共存を、様々な形でじっくり描き出しているのです。
そして、その合間合間に挿入される回想シーンがめちゃくちゃ良いんですよ。数年前、さらには数十年前から続く、田舎町ならではの問題点が、回想によって徐々にあぶり出されていくのが非常に上手いのです。これは、人種という壁を背景とした、家族の、そして愛のミステリなんだなぁ……。
主人公ダレンを含め、誰一人完全な正しさは持っていないし、それぞれの正義も曖昧です。だからか、終わり方含めてすごくもやっとさせるのですが、でもこれはこれで超リアルな、現代のテキサスの姿なのではないかと思うわけです。
もったいないのは、ダレンが追い求める白人至上主義団体ABTの存在とか、ダレンのプライベートである妻や家族との関係の部分とかが、ストーリーの中では浮いて見えちゃうところ。要するに主人公関連のことが浮いているんです。ただ、本作が田舎町ラークに凝縮された「テキサスの物語」である以上、ダレン自身の物語も必要なのは分かるので……うーん難しい。これは続編(絶対ある)でもっと掘り下げて欲しいですね。
というわけで、現代ミステリらしいハードな物語でしたが、意外と読みやすいので、ちょっと気になるなぁという方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。濃厚、濃密な「家族の物語」を堪能できるはず。
原 題:Bluebird, Bluebird (2017)
書 名:ブルーバード、ブルーバード
著 者:アッティカ・ロック Attica Locke
訳 者:高山真由美
出版社:早川書房
ハヤカワ・ミステリ 1938
出版年:2018.12.15 1刷
評価★★★★☆
『不条理な殺人』パット・マガー
『不条理な殺人』パット・マガー(創元推理文庫)
人気俳優マークはある日、義理の息子の劇作家ケニーが書いた不条理劇の題名を知り動揺する。「エルシノアの郊外」……それは17年前の、ケニーの実父が死んだ“事故"を暗示しているようだった。当時4歳の子供が、真相を知っている? マークは劇のキャストに立候補し、上演の日までともに過ごすことで、息子の真意を探ろうとする。ふたりが17年前それぞれ務めた役柄とは? 才人マガーが仕掛ける傑作演劇ミステリ。(本書あらすじより)
実は『七人のおば』しか読んでいないパット・マガー。去年論創から出た『死の実況放送をお茶の間へ』もスルーしていたのですが、ここに来て創元推理文庫からも初訳作が登場したので、さすがに読まねば、と手に取った次第。作者50歳、まさに円熟期の作品です。
そこまでのネタではありませんし、長編という点でも話の物足りなさがありますし、好みの内容ですらないんですが、はっきり言って結構好きです、これ。クラシックなサスペンスとして、このこじんまりとした感じが良いんですよ……。
演劇界を舞台にした過去の殺人もの。三角関係をきっかけに過去に起きた死亡事件が再び揺り起こされるのを防ぐため、恋愛物の大衆演劇ばかり出演してきたベテラン俳優のマークは、疎遠な義理の息子が脚本を書いた不条理ものの現代演劇に参加する……のですが、その中の人間関係がめちゃくちゃギシギシする、というお話。
あくまで過去の事件がほじくり返されるのを防ごう、という話なので、基本的に何の事件も起きません。会話中心の言い争いと、募り続ける不穏さか推進力という、きっつい作品。えぐめの人間関係で読ませますが、ぶっちゃけ序盤の登場人物と後半の登場人物ががらっと入れ替わっており、ややちぐはぐ感があります(その後半の不快感こそ、作者の狙いなんでしょうが)。
作者は、おそらく読者に○○と思わせ、で、意外な展開にしたかったんだろう……と察せられますが、実際のところ意外性を楽しむサスペンスではありません。どんでん返しやトリッキーさは皆無に等しいでしょう。
ただそれでも読後この作品は上手いなぁと読者に思わせるのは、ロートル俳優であるマークの視点で、周囲の人間の考えや心情の変化を次第に浮かび上がらせていく様が見事だからかもしれません。特にマーク自身の変化の示し方と、読者の気持ちをマークに寄せていくやり方が上手いのです。家族物から始まりますが、最終的にいわゆる悪女物へと収束させるやり方がきれいでした。
こういうドロドロした作風は全然好みではないのですが、読み終わった後の感触がむしろ良いのは、悲劇風の物語として味わえたからかもしれません。何にせよ、円熟期のマガーの作品をそれなりに楽しく読むことができました。こうなったら、『探偵を捜せ!』『四人の女』などの趣向ものも読まなきゃいけないかな……『七人のおば』はめちゃ好きだったし。
原 題:Murder is Absurd (1967)
書 名:不条理な殺人
著 者:パット・マガー Pat McGerr
訳 者:戸田早紀
出版社:東京創元社
創元推理文庫 Mマ-5-6
出版年:2018.11.16 初版
評価★★★★☆