ゼルダ
『ゼルダ』カーター・ブラウン(ハヤカワ・ミステリ)

(長いので読まなくていいあらすじ)
ハリウッド郊外の豪勢な館で、突然女の悲鳴があがった。私立探偵リック・ホルマンが駆けつけると、ブラジャーとパンティ姿のゼルダが硬直したようにつっ立っていた。眼は大きく見開いたまま寝室を見つめている。リックは寝室へ飛び込んだ。ベッドでは男の死体がシーツを真紅に染めあげ、頭からは脳ミソがはみだし、髪にからみついて床に流れ落ちていた……。
その夜のパーティの主宰者は、セックス・シンボルと騒がれているグラマー女優ゼルダ・ロクサンヌ。招待されたのは奇妙な人間ばかりだった。彼女との結婚生活が半年ともたなかった三人の前夫。彼女と一夜の契りを結んだ南米の大統領。ゼルダの人気をねたんでいるおちぶらた中年女優。そして、私立探偵リック・ホルマン。楽しかるべきパーティは、ゼルダの意外な告白によって一変していた─彼女が是が非でも自分の伝記映画をつくりたいというのだ! もしその映画ができれば、招待客たちのスキャンダルは全世界に広がり、彼らの命とりになりかねない。彼らは戦々恐々となり、パーティは不吉な沈黙におおわれた。そして、はたして無残な殺人事件が起ってしまったのだ! 肉体女優ゼルダをめぐる血なまぐさい戦いに敢然と飛び込むタフ・ガイ探偵! 洒落た会話とお色気に溢れる、リック・ホルマンの記念すべき初登場作!(本書あらすじより)

『カナリヤ殺人事件』というしんどい本を読んだので、次は何かさくっと一日で読み切れるものを……ということで、カーター・ブラウン『ゼルダ』を読みました。アル・ウィーラーでもなくダニー・ボイドでもなく、少し毛色が違うというリック・ホルマンもの。なんだかんだでカーター・ブラウンも6冊目です。というか、何か軽いものを読みたい、という時にカーター・ブラウンを手に取ることついに5年目ですよ。完全に「読書に疲れたらカーター・ブラウン」が定着しつつあります。
上記の長ったらしいあらすじは別に読まずとも良いのですが、この『ゼルダ』、はっきり言ってスゴイのです。いったいどんな才能があれば、たった140ページの中で、個性的な容疑者を屋敷に集め殺人を起こしタイムリミットサスペンスを設定しアクションを交え非情な復讐譚にどんでん返しをミックスしついでにお色気をこれでもかとまぶしたお話が作れるんだ……?

有名女優であるゼルダ宅で殺人事件が発生。ハリウッドのトラブルシュータ―、リック・ホルマンがこの捜査に乗り出すことになる。容疑者はゼルダ、およびゼルダ宅に滞在していたゼルダと因縁ありまくる人々。何しろゼルダはあちこちに脅しをかけることで金を巻き上げようと計画していたのだ。動機が無数に転がる中で、ホルマンは犯人を見つけることが出来るのか……?

何はともあれ、探偵が8時間以内に犯人を見つけ、それを余すところなく証明しないと探偵が殺されるというシチュエーションを、この上なく見事に提示しているのが素晴らしいです。タイムリミット本格ミステリを軽ハードボイルドでやるならこうだぜ!というお手本のような作品(他の例知らないけど)。「よう名探偵、そろそろ犯人は捕まえたのかい」的な名探偵ちゃかしがふんだんに挿入されるので、本格ミステリパロディみたいになってます。しかも出来も悪くないっていう。
また、『猿来たりなば』ばりの伏線が炸裂するリック・ホルマンの狙い(作者は超さらっと流しているんですが、こんなネタをついででやっちゃうんかい!というのがまたすごい)とか、ホルマンの2年前からの恨みを炸裂させるケリの付け方だとかも、めちゃうまいのです。私立探偵らしい騙しですよね、これは。ホルマンは軽口タフな点で基本的にウィーラーやボイドと変わりませんが、ある種の強引さを持っているため、こういうオチを自然に出せるのかなと思います。
ついでに、見る者が息を飲まずにはいられないらしい見事な胸を持った秘書が合間合間に登場するので、エロい方面でも安定のカーター・ブラウンです。まぁカーター・ブラウンってプロット構成力とちょっとした伏線とちょっとじゃないお色気のバランスが常に取れている作家なので……天才職業作家だから……。

というわけで『ゼルダ』、これまたおすすめです。アル・ウィーラーがちょっとした非情さを見せる『死体置場は花ざかり』なんかとセットでどうぞ。ちなみに英語版Wikipediaを見ていたら、カーター・ブラウンの生み出した主人公たちの一人としてハリウッド女優ゼルダ・ロクサンヌ Zelda Rxanne があげられていて、言うまでもなく『ゼルダ』のヒロインなわけですが、ゼルダ登場作って他にもあるんですか……? 教えて詳しい人。

なおこの本、熱心なカーター・ブラウン読者だったらしいサークルの後輩のご親族のもので、巻末の作品リストを見ても既読作品にチェックを入れる上にポケミス番号の誤植まで指定するという気合いの入りっぷりに感動します。分かる、分かるぞ元の持ち主さん、カーター・ブラウンいいよね。毎年一冊はカーター・ブラウン充したい(雑誌掲載長編なんかも含めれば死ぬまで読み続けられそう)。

原 題:Zelda(1961)
書 名:ゼルダ
著 者:カーター・ブラウン Carter Brown
訳 者:田中小実昌
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 771
出版年:1963.06.15 1刷

評価★★★★☆
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カナリヤ殺人事件
『カナリヤ殺人事件』ヴァン・ダイン(創元推理文庫)

ブロードウェイの名花“カナリヤ”が密室で殺される。容疑者は4人しかいない。その4人のアリバイは、いずれも欠陥があるが、犯人と確認し得るきめ手の証拠はひとつもなかった。名探偵ファイロ・ヴァンスは、ポーカーの勝負を通じて犯人に戦いをいどむ。ヴァン・ダインの第2作で、〈ワールド〉紙が「推理小説の貴族」と評し、発売後7か国語に翻訳された。(本書あらすじより)

中学でグリーン家を読み、高校で僧正を読み、大学でシリーズ順に年一冊ずつ読もうとベンスンを読み、あまりのつまらなさに絶望し、それからかれこれ4年が経ちました(年一冊とは何だったのか)。今回読むのは当然『カナリヤ殺人事件』です。死ぬほど退屈なヴァン・ダインも、シャーロット・アームストロングに感動した勢いに乗っかれば、一気に読み切れるはずなのです。

読みました……おいおいウソだろ……「面白い長編小説を書くのは、1作家6作が限度」とかよく言えたなこの出来で……デビューしてからまだ1作も書けてないじゃないか……。

さて、もうあらすじとかどうでもいいですね。通称カナリヤと呼ばれる女優が殺され、容疑者4人からいかに犯人を絞り込み、特定するか、という話です。当然名探偵ファイロ・ヴァンスが乗り込んできます。黄金時代の犯罪研究家素人探偵もの、たいてい地方検事やら部長刑事がわざわざ家にまでやってきて「とんでもなく不可解な事件が起きた」と連れて行くくせに、実際はそんなに不可解でもなく、むしろ素人探偵がドヤ顔しながら現場で早速推理を披露することでようやく不可解な事件とやらになる気がするんですけど。
ちなみにマーカム地方検事、「今度こそは、君の理論について行けば、絶望的な迷路にはまりこみはしないかと心配だね。今度の事件は警察でいう“開いて閉じた”(ひと目でわかるほど明白な)事件なのだ」とかのたまうんですが、じゃあなんでお前はファイロ・ヴァンスを呼んだんだ……。

ダメな理由その①:『ベンスン』もそうでしたが、基本的にファイロ・ヴァンスの推理が読者の推理速度を一切超えてきません。常に想定の範囲内のことしか言わないのです。ヴァンスのどや顔推理にありがたみがなさすぎます。少なくとも読者の一歩先くらいは行ってほしい……。
ダメな理由その②:見どころの1つであろう、犯人を特定するための心理トリックがマジで特定しかしていません。特定したファイロ・ヴァンスが一番びっくりしている上に、よしじゃあこいつが犯人だから頑張って証拠を探そう、という斬新な順番になります。すぐ犯人を決めつけて逮捕したがるような無能刑事と、本質的に変わらないような。っていうかファイロ・ヴァンス、地方検事が「あの男は殺人なんか犯すタイプじゃない」などと言うと、見た目で判断できるものかとすごいバカにするくせに、自分だって骨相学を駆使して「あいつは殺人犯じゃないよ」などとのたまうので全く信用できません。
ダメな理由その③:密室トリックが古典だからとでも言い訳しないと許せないクオリティ。あと警察の捜査が雑かよ。
ダメな理由その④:最終的にトリックを解明した方法が完全に偶然で、だんだんファイロ・ヴァンスがドーヴァー主任警部に見えてきます。たまたま証拠品を見つけて、しかもそれの重要性に気付かないまま、なんやかんやでたまたま解明したというレベル。名探偵やめちまえ。
ダメな理由その⑤:テンポ感とかストーリー性とかヴァンスのだらだらしゃべりとか抜きにしても、単純に面白くないです。木々高太郎は犯人 vs 探偵として評価したらしくて、まぁある意味そういうアリバイ崩し的な楽しみもあるのかなと言えなくもないですが……ばりばりフーダニットの割に犯人バレバレっていうのも……。
ダメな理由その⑥:ヴァンスのキャラクターがダメ。『ベンスン』で描かれたのは「現場に入って即座に真相を見抜く(けど言わない)ようなムカつく探偵像」としてのファイロ・ヴァンスだったわけで、クオリティはともかくとしてまだ名探偵としての魅力はあったのに、それすら奪われたファイロ・ヴァンスに何も残っていないのがつらいです。

まぁでも確かに、vs知能的な連続殺人犯、というドラマ性っぽさがほのかに出始めているあたり、超リアル路線の『ベンスン』は脱していて、『グリーン家』に向かい始めているのかなとは思います。あとは犯人の名前を明かすくだりとか、とりあえず読者を驚かせようという努力をしてください。捜査記録読んでるんじゃねぇんだぞ、ミステリなんだぞ。ヴァン・ダインはもしかして『鍵のない家』も『トレント最後の事件』も『813』も『黄色い部屋の秘密』も『ビッグ・ボウの殺人』も読んでいなかったんじゃないか……。
それにしても、『ベンスン』『カナリヤ』と地獄のような出来栄えなのに、なぜこの流れでいきなり『グリーン家』『僧正』みたいなタイプの異なるミステリを書けてしまったのかさっぱり分かりません。何があったんだろう。というのを含めて、来年読むとすれば、既読の『グリーン家』『僧正』を飛ばして『カブト虫』ですかねー。

ちなみに、名探偵ファイロ・ヴァンスの協力者であるこの物語の書き手、作中人物としてのヴァン・ダインですが、ポーカーのシーンですら完全に名前が消えていて、もはや叙述トリックみたいでした。ヴァンはファイロ・ヴァンスにいじめられているのかな……。

原 題:The Canary Murder Case(1927)
書 名:カナリヤ殺人事件
著 者:ヴァン・ダイン S. S. Van Dine
訳 者:井上勇
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mウ-1-2
出版年:1959.05.05 初版
     2000.01.28 66版

評価★★☆☆☆
魔女の館
『魔女の館』シャーロット・アームストロング(シリーズ百年の物語)

ふとした偶然から同僚の大学教授の不正を知ったパットは、追跡劇を演じるうちに瀕死の重傷を追って魔女の館に閉じこめられてしまう。サスペンスの女王がくりひろげる白昼夢のような世界。(本書あらすじより)

かれこれ7年前、母親に渡されたシャーロット・アームストロング『毒薬の小壜』を読んだわたくしは、そのあまりの傑作っぷりにノックアウトされました。それ以来、『毒薬の小壜』は我がATB10に燦然と君臨しているのです。
しかしながらそれから7年、なぜか他のアームストロング作品には手を出すことなく現在に至ります。いやそろそろ読もうよ、というわけでついに手に取ったのが、シリーズ百年の物語から『魔女の館』(創元推理文庫版あり)、久々のアームストロングに期待がかかります。

えぇ……なんだこの傑作は……シャーロット・アームストロングは天才なのか……。現時点で断言しますが、おそらく今年のベスト1位内定です。

大怪我を負った男が頭のおかしい魔女こと老婆に捕まり、息子が戻ってきたぞひゃっほいみたいなノリで監禁されます。普通、ここからホラーが始まるじゃないですか。ホラーじゃなくてもつらい何かが始まるわけじゃないですか。でも監禁云々は結局どうでもよくて、救出劇というドラマが中心になります。
ひたすら行方不明になった夫の身を案じる行動派の妻、胡散臭さが炸裂している感情面において欠陥を抱える双子、未熟な若造警官と人間を知り尽くした退職直前の老警官、体面を気にする大学長などが織りなす、行方不明者捜索と、その過程で浮かび上がる事件とは。後半に入ってからのスピード感が素晴らしくてもうため息しか出ません。

確かに冒頭だけ見ると、狂人系監禁物でめっちゃつらそうなんです。それ以降も明らかな悪人はいないのですが、相手のことを勝手にこういう人だと決めつけることの恐ろしさが、もうめっちゃいやらしすぎて地獄のようにつらいのです。
しかしながらこれはイヤミスではありません。「善意のサスペンス」の書き手と言われる作者の本領発揮は、そんなところではないのです。シャーロット・アームストロングは、人間の善意から生まれる悪を知り尽くしているにもかかわらず、最終的に人間は変われると信じているので、こういう勧善懲悪の人間賛歌をさらっと書けてしまうのですよ。こんなの読んだら「なんだこの傑作は」としか言えないわけですよ分かりますか。

人間を語らせると世界一かっこいい作家、シャーロット・アームストロングは、作中人物にこう語らせます。
「他人はあなたを不幸にすることはできるかもしれないけど、無意味な存在にすることはできないの」
くぅぅぅ、素晴らしい。あとはもう、読んでください。

『毒薬の小壜』は後半の構成がそれこそ少年漫画の最終バトルみたいな激アツさを持つ震えるレベルの傑作なわけですが、そこに至るまでの仕込みの前半をもっとあっさり目に、かつストーリーに自然に組み込ませ無駄なく作り上げたのが『魔女の館』なのかなぁと思いました。とにかくまごうことなき傑作ですので、未読の方はぜひぜひお読みください。そもそも『毒薬の小壜』が未読だという方は、もう、あれですよ、いいから図書館で借りるなりして絶対に読んでください。約束です。

原 題:The Witch's House(1963)
書 名:魔女の館
著 者:シャーロット・アームストロング Charlotte Armstrong
訳 者:近藤麻里子
出版社:トパーズプレス
     シリーズ百年の物語 6
出版年:1996.11.25 1刷

評価★★★★★
刺青の殺人者
『刺青の殺人者』アンドレアス・グルーバー(創元推理文庫)

全身の骨が折られ、血が抜かれた若い女性の遺体が、ライプツィヒの貯水池で見つかった。娘の遺体を確認した母ミカエラは、犯人を捜し出し、姉と共に家出したままの妹娘を探し出そうとする。事件を担当する上級警部ヴァルターは、暴走するミカエラに手を焼きつつ調べを進める。一方ウィーンの弁護士エヴァリーンは、女性殺害の嫌疑をかけられた医師の弁護依頼を受けていた。『夏を殺す少女』続編。ドイツで爆発的な人気を博した話題作。(本書あらすじより)

いやー、ここ数年のグルーバーの中では一番良いんじゃないんですか? 『黒のクイーン』『月の夜は暗く』は、面白いけどもう一歩かな……というぐらいでしたが、今回は『夏を殺す少女』を読んだ時のように「いい! 面白い!」と素直に褒められる感じ。シリーズである前作『夏を殺す少女』とのつながりは一切ないし、そもそも前作の内容を完全に忘れていたけれど何の問題もありませんでした。

ドイツの警部とウィーンの弁護士がそれぞれ別々に事件を追い、最終的に1つのところに結びつく……というダブル主人公制のミステリ。『夏を殺す少女』もそうだった気がしますが、この2人が出会うのが結構な終盤で、そこまでの持っていき方が上手いのです。

連続殺人犯はもうかなりむちゃくちゃなサイコパスですが、躊躇なく殺しまくる最強っぷりが前面に出ていて悪くありません。正体については……まぁ意外と言えないこともない、くらい。私立探偵の調査、上級検察官の思惑など、いろいろとっ散らかったわりに、最終的にこじんまりとまとまった気はします。
あと、今回すっごい読みやすいんですよ。550ページあるのに長さが全く気になりませんでした。連続殺人物として真新しいことをやっているわけでもどんでん返しがあるわけでもないですが、やはりこのダブル主人公制が上手いから読ませるのかなぁと。
特に印象に残っているのが、被害者の母親ミカエラがひたすら暴走を繰り返し、それを上級警部ヴァルターが何とか止める、というヴァルターのパート。娘を思う母の気持ちが強いのはいいけど暴走して捜査の足を引っ張るのはちょっと……と最初は思っていましたが、ミカエラの行動が首尾一貫して突っ走っており、これはこれで非常に良いと思います。ある意味ウールリッチ。

というわけで、無難ながら大変良い出来の作品でした。アンドレアス・グルーバー、読み続けてもはや4作ですよ。
ところでなんでこんなにせっせとグルーバーを読んでいるのかと言えば、『夏を殺す少女』が意外性でもドラマ性でもとにかく抜きんでていた印象があるからなんですが、もはや印象だけでどういう内容なのかさっぱり思い出せないんですよね……再読してもいいのかも。

原 題:Racheherbst(2015)
書 名:刺青の殺人者
著 者:アンドレアス・グルーバー Andreas Gruber
訳 者:酒寄進一
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mク-19-4
出版年:2017.04.14 初版

評価★★★★☆
泥棒成金
『泥棒成金』デヴィッド・ドッヂ(ハヤカワ・ミステリ)

ロビーは二階の寝室から、闇に沈んだ庭を見下ろした。いつもと変わらぬ静かなニースの夜だ。が、彼の鋭い眼は、じっと息をひそめているいくつかの影を見逃さなかった。警察がついに彼を捕まえにやってきたのだ! しかし、今捕まるわけにはいかない─意を決したロビーは、テラスから一気に跳躍し、信じられない身軽さで木を伝うと、闇の中に姿を消した……。
かつて、その手口から“猫”とあだ名された宝石泥棒ジョン・ロビー。彼は一度捕えられたものの、戦時中のレジスタンス活動を認められて特赦となり、その後は足を洗って悠々自適の生活を送っていた。だが、今、彼は再び警察に追われていた。最近、”猫”とそっくり同じ手口の宝石盗難事件が相次ぎ、その嫌疑が彼にかけられたのだ。身に覚えはないものの、警察が彼の言葉を信じるはずがない。ロビーは、無実を証明するため、自分の手でにせ”猫”を捕えることを決意した。ちょうどカンヌには、アメリカの大金持、スティーヴンス夫人が滞在中だった。彼女の有名な宝石を狙って、にせ”猫”は必ず姿を現すに違いない――かくして、アメリカ人観光客に変装したロビーは、日増しに厳しくなる警察の追求の眼を逃れ、真夏のカンヌに乗り込んだ!
華やかな高級リゾート地カンヌに展開される息詰まる追跡劇。ヒッチコック映画化の傑作サスペンス。(本書あらすじより)

面白いらしいとは聞いていたのですが……こ、このやろう、マジで面白いじゃねーか……。
『地下室のメロディー』みたいな(それより10年は前だけど)、フランス(作者アメリカ人だけど)泥棒物(主人公は盗もうとしてないけど)シャレオツ犯罪小説という感じで、いやー面白かった! 昔のポケミスはこれだから侮れません。

第二次世界大戦前のフランスにおいて伝説的な泥棒『猫』であった主人公ジョン・ロビー。レジスタンス活動を経て、今ではすっかりフランスで悠悠自適の足を洗った生活を送っています。ところが再び『猫』と思われる泥棒が活動を再開。ジョンは自らの安寧な生活を守るため、偽物の『猫』を追い始めます。
かつての泥棒仲間と共に偽『猫』を追うジョン。しかしジョンの親友であった貴族や警察署長も、『猫』の活動再開を見てジョンが再び泥棒に戻ってしまったのかと勘違いし、ジョンと敵対してしまいます。果たしてジョンは『猫』を捕まえられるのか、そして偽『猫』の正体は……?というのが大まかなあらすじ。

主人公ジョン・ロビーは超良いやつなのですが、ラブコメの主人公並のにぶちんで、かつ「どうせ自分のことを説明しても理解されないし」と説明を放棄して親友と敵対してしまうという、どうしようもなく人付き合いが苦手な人です。『泥棒成金』は、泥棒の生き様と共に、友情を描いた物語でもあるんですよね。
登場人物それぞれの「存在の理由(レエゾン・デエトル)」が裏テーマとなっていて、金持ちの夫人の娘、妻を亡くした融通のきかない貴族、何より泥棒の世界と堅気の世界の狭間で生き方に悩む主人公が、ラスト各々の「存在の理由」を見出すことになります。もう、実にかっくいいのです。言っていいと思いますが、これぞ大団円!というエンディング。

そして元泥棒が泥棒を追うというメインのストーリーもなかなかの出来栄え。はっきり言って内容自体はかなりシンプルな中で、いろいろと出来事を重ねることによって長編としてしっかり作り上げているのは上手いなぁ。最後の登場人物を総動員した結末は見事という他ありません。

意外、とまではいかないけど偽『猫』の正体などもしっかり作ってあり、とにかくエンタメとして隙のない良作だと思います。HPB1500番の時に復刊されたようですが、これは文庫化するべきだたかも。映画も評判が良いですし(実際、映画化向きの内容だと思います)、機会があればそちらもぜひ観てみます。

原 題:To Catch a Thief(1952)
書 名:泥棒成金
著 者:デヴィッド・ドッヂ David Dodge
訳 者:田中融二
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 223
出版年:1995.11.30 1刷
     1987.12.31 4刷

評価★★★★☆
お嬢さま学校にはふさわしくない死体
『お嬢さま学校にはふさわしくない死体』ロビン・スティーヴンス(コージーブックス)

一九三〇年代英国、お嬢さまたちが通う厳格なディープディーン女子寄宿学校。転校生ヘイゼルと、学校一の人気者で頭脳明晰の美少女デイジーは、二人でひそかに探偵倶楽部を結成した。でも起きる事件といえば、他愛もない校内の盗難事件ばかり。そんなとき、ヘイゼルは誰もいない夕方の室内運動場で女性教諭の死体を発見! ところが人を連れて戻ってみると、どういうわけか死体は消えていた。探偵倶楽部はまたとない大事件に色めきたつ。ときに校則を破り、ときに寮母の目を盗んで、勝手知ったる校内を大捜査。嘘つきな教師たち、割られた窓ガラス、幽霊の噂―あまりにもこの学校には秘密が多すぎて!? 賢く可憐な少女探偵たちが繰り広げる、英国で人気白熱中のシリーズ第一弾!(本書あらすじより)

お嬢さま学校にはふさわしくない死体2
見てください、この訳者あとがきを。本書の作者とコリン・デクスターとのあれこれが書いてあります。これだけでもう読む価値があるってなもんじゃないですか。
というアバウトな理由で読み始めたのですが、これが案外掘り出し物の良コージー本格ミステリでした。思ったよりちゃんと本格ミステリしていて、何だこのやろう面白ぇじゃねぇか、という完敗の気分。

女子寄宿学校を舞台に、ホームズ役の美少女デイジーとワトスン役の香港からの転校生ヘイゼルが、死体なき教師殺人事件に挑みます。1934年当時のアジア系の扱いとかも、ちらっとだけどちゃんと描いているあたり、海外のYAはさすがです。

さて、主役のホームズ役デイジーなのですが、この子がまぁすごいのです。めちゃくちゃ頭良いのに女子学校で上手くやっていくために頭の良さを隠しお調子者を装い……くらいは普通にありそうな設定です。ところがデイジーちゃん、基本的に人の死を悼むとか感情を慮るみたいな能力がゼロなのです。マジでシャーロックかよ、みたいなサイコパス味があります。おまけに、「見て! これは地衣類よ。どこに生えているか、わたしはちゃんと知ってるわ。へんてこなオレンジ色をした菌類の一種なんだけど、オークショットの森のはずれでしか成長しないの。ここから、すくなくとも八十キロは離れてるところでしか、ね」って、お前はどこのホームズなんだいい加減にしろ。
ちなみにデイジーはミステリオタクでもあるのですが、舞台となる1934年当時の黄金時代のミステリを読む描写が多数登場します。本書ではクリスティ『邪悪の家』、アリンガム『ミステリー・マイル』、セイヤーズ『誰の死体?』、テイ『列のなかの男』を読んでいました。女性作家ばっかりだ。

海外のコージーらしく、ゆるふわ女学校だけで話は終わりません。先生たちの関係が出世や恋愛を巡って実はドロドロ……ぐらいは当たり前。まずデイジーとヘイゼルの関係がもうどう考えてもうまくいっていないのです(100%デイジーのせい)。このへんが、並のバディ物ではないというか、手抜きなく少女探偵を書いているなぁという感じで好印象(読んでいる分には不快だけど)。
どんでん返しぃ!みたいのはなくても、推理を試行錯誤しつつ、ダミー犯人を間違えて追い、ちゃんとそれなりの伏線を回収(現代海外ミステリ本格好きは、ちょっと伏線があるだけですぐに感心する)し、きちんと動機を提示する、そんな全然堅牢ではない本格ミステリ風な海外ミステリが私は好きなのです(伝われ)。意外な犯人を演出するためのミスディレクションもちゃんとやってるし。

というわけで、いやー良いじゃないですか。今年のダークホースとなりうるか。シリーズ2作目の翻訳も期待しています。
ところで人生初コージーブックスだったんですが、字の大きさとページのすっかすかっぷりに動揺しました。良いとか悪いとかではなく、何はともあれ動揺しました。こちらからは以上です。

原 題:Murder Most Unladylike(2014)
書 名:お嬢さま学校にはふさわしくない死体
著 者:ロビン・スティーヴンス Robin Stevens
訳 者:吉野山早苗
出版社:原書房
     コージーブックス ス2-1
出版年:2017.04.20 初版

評価★★★★☆