『悪魔の星』ジョー・ネスボ
『悪魔の星』ジョー・ネスボ(集英社文庫)
一人暮らしの女性が銃で撃ち殺され死体で見つかった。左手の人差し指が切断されていた上に、遺体から珍しいダイヤモンドが見つかると、猟奇的な事件に、注目が集まる。ハリー・ホーレ警部は、3年前の同僚刑事の殉職事件を捜査し続けていたが、証拠を得られず捜査中止を命じられ、酒に溺れて免職処分が決定。正式な発令までの間、この猟奇的事件の捜査に加わるが、事態は混迷を深めていく……。(本書上巻あらすじより)
『その雪と血を』がかなり面白かったので、ジョー・ネスボのシリーズもの、ハリー・ホーレ刑事シリーズを手に取ってみました。とりあえず今年出た『悪魔の星』です。そしたらまぁ面白いもんで、びっくりしました。
もたれそうなオスロ描写、「悪魔の星」連続殺人、警察との知能戦を仕掛けるシリアルキラー、やたらとまき散らされるミスディレクション、やたらと本格ミステリな証拠、大ボスとのたっぷりバトルと、くどいっちゃくどい北欧警察小説なのですが、これがカッチリはまっていて完璧な構成だからすごいのです。
初ホーレなのでよく分からないのですが、どうやらハリー・ホーレは心に大きな傷を抱えて自暴自棄になり、警察クビ一歩手前の様子。さらには組織内に犯罪組織とつながるものがいると踏んでいるのですが、手が出せず余計に荒れまくっています。そんな中で猟奇的な連続殺人が発生してしまう、というお話。
読み始めてからずっと某古典本格ミステリっぽい(タイトル言うとネタバレになってしまう)な……と思っていましたが、そこに警察小説、北欧ミステリらしい社会問題、ノワールなどの味付けをほどこしており、見事に現代ミステリとして昇華できている点が素晴らしいですね。某古典本格ミステリというのは、あのーそのーあれです、4つくらい事件が起きるやつです(伝われ)。
ある意味普通の連続殺人警察小説なんですが、主人公のキャラクター、頻繁に挿入される視点の変更、ついでにべらぼうに上手い文章のせいで全く凡庸さが感じられません。文章の上手さに、そりゃ『その雪と血を』くらい書けますわ……みたいな気持ち。
アルコール中毒警部ハリー・ホーレを巡るあれこれに、一切雑さがないのです。あぁこういうキャラクターなんだなと思わせる人物描写の上手さに、ネスボすげぇとしか言えません。ハリーは人間的にはもう完全にダメですが、刑事としては超一流。組織のつまはじきもの、嫌われ者ではあっても、数少ない信頼してくれる仲間と共に、わずかな手掛かりから事件を追っていきます。捜査が軌道に乗り始めてからのホーレのかっこいいこと。ディーヴァーっぽいのかもしれませんが、より警察小説らしいというか、良い意味で泥臭いですね。
連続殺人犯の正体については、ある程度ミステリの王道パターンを知っていれば定石かもしれませんが、それでもきちんと驚けました。特に犯人特定の決め手が、もう笑っちゃうんですが、本当に見事ですよね。なかなかお目にかかれない、バカミスっぽさすら感じる独創的なものです。本格ミステリ・ベスト10で誰か投票するんじゃないか……?
しかし『悪魔の星』の、おそらく作者が一番書きたかったのはここから。犯人が分かった後がまたすさまじいのです。ノワールのようなエグみとか容赦のなさではないのですが、とにかくラストの念の入った構成に感心します。冒険小説も真っ青なバトルを見たぞ……。
ジョー・ネスボ、良い意味で健全な作家なのかなぁと思うのです。プロットの組み立ての上手さと、旺盛なサービス精神によって、正統派の作品を書きつつ、その中で本格ミステリ、ノワール、警察小説、冒険小説といった要素が手加減することなくマジで合体しちゃってるのがすごいですね。聞くところによればハリー・ホーレものは他もすごいという……いやーこれは楽しみなシリーズを見つけてしまったかもしれません。おすすめです。
原 題:Marekors(2003)
書 名:悪魔の星
著 者:ジョー・ネスボ Jo Nesbø
訳 者:戸田裕之
出版社:集英社
集英社文庫 ネ-1-8, 9
出版年:2017.02.25 1刷
評価★★★★☆
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