名探偵は嘘をつかない
『名探偵は嘘をつかない』阿津川辰海(光文社)

「ただいまより、本邦初の探偵弾劾裁判を開廷する!」彼が本当に嘘をついていないのか、それは死者を含めた関係者の証言によって、あきらかにされる!
名探偵・阿久津透。その性格、傲岸不遜にして冷酷非情。妥協を許さず、徹底的に犯人を追い詰める。しかし、重大な疑惑が持ちあがった。それは、彼が証拠を捏造し、自らの犯罪を隠蔽したというものだった──。(本書あらすじより)

大学で所属していた文芸サークル・新月お茶の会の後輩が、光文社の新人発掘プロジェクト、カッパ・ツー(ノベルスで行われていたカッパ・ワンを継ぐものです)でデビューしました。で、生まれたのがこちら『名探偵は嘘をつかない』。生まれて初めて新刊国内ミステリを買いましたよ、わたし。というわけでマジメに感想書きます。

舞台は近未来?の、「名探偵」が制度化された日本。名探偵・阿久津透の不正を暴くべく、現在の、そして過去の事件に遡り、史上初の探偵弾劾裁判が開廷します。

本格ミステリに求める「読書」としての楽しさって、「謎や手がかりが魅力的であること」と「ストーリーが魅力的であること」の2点があると個人的には考えているのですが、その両方を十分に満たしてくれる作品でした。個人的には満足です。ただし、良い意味でも悪い意味でも、逆転裁判リスペクトが強い作品ではあります。

前者については、過去の事件(複数)、現在の事件それぞれで工夫が凝らされていて非常に楽しいです。ゲームで証拠品を集めるかのごとく、とりあえず後で使えそうな手がかりを片っ端から読者に見せとくぜ!骨付きステーキとか!みたいなノリでざくざく伏線が張られていくので、本格ミステリを読むとき特有のモヤモヤがすごいわけですよ。謎解きのカタルシスを最後だけに持っていくのではなく、何度も推理が行われるので気持ちよく本格ミステリを楽しめます(この点、法廷ものって便利だ)。これだけのロジックをそろえるのはさぞかし大変だったろうなぁ。
それから後者については、名探偵という職業が確立し「探偵の弾劾裁判」が行われるという世界観、さらに死者の世界を巻き込んだ特殊設定ミステリとしての舞台設定によって楽しさが保証されています。というかこのへんに逆転裁判味が一番強いですね。序審法廷制度と霊媒的な。

本格ミステリとしての意外性、どんでん返しという点ではやや残念。特に2日目夜の事件の真相や、阿津川が隠そうとしていた真相については、100パーセントは無理にしても大筋が読みやすいかなと思います(後者については『逆転裁判』ですげぇ見たことあるだけになおさら)。また6つの訴訟理由、ということで使われたメインとならない2つの事件については、結局あの2人を出すためという理由くらいしかないのももったいないですね。やりたいことをやるための設定づくりが少々強引かなと。

とはいえ、ある人物との再会、フレイの再登場のところでは普通にビックリしたので、やっぱり組み立ての上手さというか、これだけの量の作者がやりたいネタを注ぎ込みながらもきちんと長編としてまとめあげたというところに一番感心します。次作も期待しています。買います。あとどこか短編で榊裁判官を主人公にしたスピンオフとか書いたりしませんかね……しないだろうな……。

書 名:名探偵は嘘をつかない(2017)
著 者:阿津川辰海
出版社:光文社
出版年:2017.06.20 初版

評価★★★★☆
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コードネーム・ヴェリティ
『コードネーム・ヴェリティ』エリザベス・ウェイン(創元推理文庫)

第二次世界大戦中、イギリス特殊作戦執行部員の女性がスパイとしてナチスの捕虜になった。彼女は親衛隊大尉に、尋問をやめる代わりに、イギリスに関する情報を手記にするよう強制される。その手記には、親友である女性飛行士マディの戦場での日々が、まるで小説のように綴られていた。彼女はなぜ手記を物語風に書いたのか? さまざまな謎が最後まで読者を翻弄する傑作ミステリ。(本書あらすじより)

今年の作品の中ではかなりの話題作となっている『コードネーム・ヴェリティ』を読んでみました。なるほど、これは実に良い「ありうる話」です。

第1部は第二次世界大戦中にドイツ軍に囚われたある女性スパイが書いた手記、第2部は女性飛行士として活躍するマディがその女性を救うべく奮闘する手記、という構成になっています。
第二次世界大戦を描いた戦争小説としてじっくり読ませはするのですが、とはいえ第1部は非常に地味。地味なんだけど、読んでいてところどころのよくわからなさにモヤモヤするのです。自分のことはあまり語らず、ひたすら親友マディについた手記で語り、イギリスの情報をドイツに密告し続ける彼女は、いったいぜんたい何が目的なのか?……と思っていたら第2部になってしまい、どういう話なのかが依然としてさっぱり見えません。

小説としての魅力は、女性2人が軍の中で次々と活躍していく様を描いた第1部の方が上かなと思います。しかしながら第2部では、終盤の第1部の見事な謎解き、そして何より主人公2人の友情の物語が素晴らしいのです。なんとなく、第1部の書かれた目的みたいなものは、伏線の張り方からして予想できなくもないのです。ただそれをどう使うんだろうと思っていたら、予想以上に自分が第1部に騙されていたことが分かってほぇぇぇぇぇとなりました。

というわけで、かなり地味ではありますが、巧みな構造に、戦争小説としての魅力と冒険小説としての面白さと友情物語としての感動を入れ込んだ、実に良い作品です。これがYA小説として売られている海外の状況がうらやましい……。翻訳ミステリー大賞にノミネートされる予感。

原 題:Code Name Verity(2012)
書 名:コードネーム・ヴェリティ
著 者:エリザベス・ウェイン Elizabeth Wein
訳 者:吉澤康子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mウ-24-1
出版年:2017.03.24 初版

評価★★★★☆
アイアマンガー三部作2 穢れの町
『アイアマンガー三部作2 穢れの町』エドワード・ケアリー(東京創元社)

月桂樹の館で暮らす男の子ジェームズ。ある日館を逃げ出したジェームズは、フィルチングの町で、決して使うなと言われていた金貨でパンを買ってしまう。それがとんでもない事態を招くとも知らず……。物の声を聞く能力をもつクロッド・アイアマンガーと、勇敢な召使いのルーシー。世にも奇妙で怖ろしい運命に見舞われた二人の未来に待つのは? 堆塵館に何が起きているのか。著者本人によるイラスト満載。『堆塵館』で読書界に衝撃を与えた三部作第二部。(本書あらすじより)

前作同様面白いです。面白いっていうか、わくわくしてしまうのが、このシリーズの最大の魅力かなと思います。
とりえあえず第1作『堆塵館』の完全な続編であり、そちらを先に読まないと何も意味がありません。未読の方はとりあえず読むのです(超おすすめですし、言いたいことはそっちの感想記事で全部書いたし)。一応ネタバレには配慮しますが、結構ぎりぎりです。

さて、1作目『堆塵館』が嵐の前の静けさである「静」だったとすれば、今回はひたすら登場人物も物もゴミも動き続ける「動」の巻。1巻のような「どどどどういうこと?!」みたいな謎はありませんが、そのかわり「ななななんてことだ!」みたいな展開が続くのでやっぱりべらぼうに楽しいのです。

前作のラストで示されたルール、というかこの世界の仕組みが、今作では前面に出てくることになります。すなわり、人と物の関係を皆が知っている下層民の町、「穢れの町」ことフィルチングで、前作の主人公クロッドとルーシーが別個に行動し、それぞれの戦いを開始します。一族の運命に抗おうとするクロッドと、そのクロッドに寄り添いつつ自分の生まれ育った町フィルチングを守ろうとするルーシー。ついにクロッドとアイアマンガー一族との全面対決が始まるのです。うひゃあ激アツ。
2巻のラストは衝撃の、というより、ここで終わるなんて!そんなケアリーさん殺生な!!みたいな感じ。このあと3巻でどういう混乱が起きるのか、そしてどう収拾をつけるつもりなのか、全く予想できません。

要するに『堆塵館』が『パインズ』だとしたら、『穢れの町』は『ウェイワード』なわけですよ。ということは12月邦訳発売予定だという待望の3作目は『ラスト・タウン』なわけですね!(適当だけどあながち間違ってもいない気がしてきた)
前にも言いましたがアイアマンガー三部作を読んでいる時や次作を待っている時ののわくわく感って、自分にとってはバーティミアスとかダレン・シャンとかサークル・オブ・マジックとかネシャン・サーガを待っている時のそれに近いんです。小中学生の頃を思い出すわけです。というわけで皆さん、12月を楽しみに待ちましょう。

ちなみに、ジャンルの壁を途中から越えてくるタイプのミステリはちょっと苦手なのですが、最初からかっ飛ばしているタイプの作品なら思いっきり楽しめるので好き、というワガママ。だから最初からファンタジーだとはっきり分かるのであればちゃんと楽しめるのかなと。逆にクーンツとかキングとかは終盤とかにさ……ねぇ?

原 題:The Iremonger Trilogy Book 2 : Foulsham(2014)
書 名:アイアマンガー三部作2 穢れの町
著 者:エドワード・ケアリー Edward Carey
訳 者:古屋美登里
出版社:東京創元社
出版年:2017.05.31 初版

評価★★★★☆
屠所の羊
『屠所の羊』A・A・フェア(ハヤカワ・ミステリ文庫)

失業中のドナルド・ラムは、求人広告をたよりにバーサ・クール探偵事務所に飛び込んだ。大女バーサの毒舌をかわすうち、見事採用が決定したが、本人にとって、果たして幸せだったのか不幸せだったのか? かくして彼はアメリカのミステリ史に初登場することになった。が、この新米私立探偵、ありようはまさに屠所にひかれていく羊にほかならなかった。吝嗇な大女バーサと、小柄だが頭脳明晰なドナルドの〈なれそめの記〉。(本書あらすじより)

数年前の千葉読書会の二次会にて、猟奇の鉄人様がこうおっしゃるのです。「ガードナーはすごい。そしてA・A・フェア名義もすごい。特に『屠所の羊』はあの手のトリックの最初ではないかと思う」
で、読んでみたら、ペリイ・メイスンと似ているのかと思いきや全然違くてびっくりしました。話のタイプが違うのではなくて、語り口、読み口が全然違うのです(もちろん翻訳も)。かなり正統派ハードボイルドっぽさがあるのですが、でも正統派ハードボイルドではない、ってのがまたいいのです。

なんやかんやでバーサ・クール探偵事務所の所員となったドナルド・ラム。ラムが最初に扱うことになったのは、離婚訴訟の召喚状を離婚するまいと逃走中の夫に届ける、というものだった。しかしながら別の組織の介入や夫の謎の企みにより、バーサ・クール探偵事務所はもめ事に巻き込まれてしまう。

ラム君の一人称による行動派駆け引き私立探偵小説で、ラム君の心情についてはあまりくどくどと描かれず、ひたすら会話と行動で話が進行していきます。ラムのキャラクターが絶妙で、地味なタフさと(ずるがつきそうな)賢さが両立しているのが特徴です。落ちぶれた元弁護士、ってあたりからして、ダークサイドに落ちたペリイ・メイスンみたいな雰囲気とでもいいましょうか。
ドナルド・ラムとバーサ・クールの関係もまた絶妙。要するにぱっと見バーサの方が上の立場っぽいのですが、ラム君が一切引かないしバーサとも積極的に交渉するし、事件においてもラム君はバーサに何も言わず勝手に行動して勝手に解決しています。面白いなぁ。

ところでこのコンビを見ると、必然的に思い出してしまうのがこれより発表年が前のネロ・ウルフ&アーチー・グッドウィン。例えばバーサ・クールとネロ・ウルフの共通点を考えてみても、
・太っている
・金にうるさい
・部下使いが荒い
・食事を愛する
・食事の時間に厳しい
・駆け引きがうまい
・取り引きをさせたら無敵
などなど。
ところが、ラムとアーチーは似ているようで完全に別物。ラム自身が主人公並に動くし騙しますからね。ここらへん、通り一遍のバディ物の私立探偵小説を書くまいとするガードナーの意地が感じられて面白いです。

終盤の法律の抜け道云々はペリイ・メイスン的ですが、さすがに抜け道すぎて読者にピンと来るはずもないものなので、実を言うと特に何も思いませんでした。むしろ中盤で使われたトリックのさりげない上手さ(伏線多し)とか、殺人の真相(犯人はどうでもいいんだけどそれを導くロジックが良い。伏線多し)なんかにガードナー/フェアのプロっぷりを感じます。鉄人様の言っていたトリックというのも、おそらくこの中盤のやつですね。

こうした事件の真相を明かす過程を、法律の抜け道云々を利用したラム君の奮闘劇に落とし込んでスマートに小説としてさらっと仕上げているのが、本当に上手いなぁと。2作目以降またどのような事件を取り扱うのか興味もありますし、職人作家であるガードナーの技を楽しめる第2のシリーズとして、今後も読んでみたいなと思います。

原 題:The Bigger They Come(1939)
書 名:屠所の羊
著 者:A・A・フェア A.A. Fair
訳 者:田村隆一
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 4-1
出版年:1976.07.31 1刷
     1987.06.30 2刷

評価★★★★☆
智勝寺殺人事件
『智勝寺殺人事件 大谷本部長捜査シリーズ①』ジェイムズ・メルヴィル(C★NOVELS)

智勝寺で禅の修行をしている外国人の一人ディロンから、誰かが自分のスーツケースに麻薬を入れたという通報が兵庫県警に入った。自ら調査しようと大谷本部長が乗り出すが、麻薬は偽物だった。ところが、当のディロンは殺害されてしまう。関係者を尋問中に、見張りをまいて住職の岡本が逃亡する。岡本は神戸の暴力団と接触し、またその事実を警察に密告する者まで現れる。一方、赤軍派が寺の外国人の同志を奪還しようと、寺を襲撃し炎上させてしまう。事件はますます複雑になり、CIAがからんでいたり、外務省がかかわってきたりする……(本書あらすじより)

『青鉛筆の女』以降、外国人が書いた日本人(日系人)、というテーマで本を読んでいるのですが、次はこちら、もう表紙も名前もやばそうな雰囲気が漂うこちらです。あらすじの「かかわってきたりする……」の部分が好きです。ちなみにこのシリーズ、地味に邦訳は3作出ています。
ちょっと面白い(ネタ的にも)、くらいの気持ちで最初は読んでいたのですが、勘違いでした。これはひどい……ひどすぎた……今年ワーストなのでは……。

外国人が禅修行のために宿泊している智勝寺で、麻薬絡みの事件と殺人が発生した。大谷本部長自ら捜査に赴くが、ヤクザ、赤軍、外務省など様々な団体の介入により事件は複雑化し……。
読み心地は完全に昭和ノベルス。日本描写が親切丁寧超濃厚(正確)だったり、いきなりのベッドシーンがあったりで、ペーパーバックの大衆小説感もすごいです。

欧米人が楽しめるよう、やたらとふんだんに日本描写が挿入される(大谷本部長がお昼ごはんのお弁当で味付けのりを袋から出すとかまで書いてある)のが中盤以降まだるっこしい、とかは、あくまで欧米人読者を意識してのことなので仕方がないと思います。それはわかります。ひどいのはそういうところではありません。
作者のジェイムズ・メルヴィルは日本に長く住んでいたこともあるようで、その点の怪しさというか、変な日本描写などはありません。読んでいて日本人が書いたかと勘違いするレベル。翻訳ミステリについて大谷本部長が考えたりするシーンとか、いかにも海外ミステリ好きが書いた日本人の書いた小説みたい。おかしな日本描写も違和感もないので、そういう点ではむしろ全然ネタにならないとすら言えます。

あと濡れ場が多いのですが、本筋とほぼ関係のなかったレズビアンカップルだとか、大谷本部長ですら奥さんと作中で2回もいたしていることだとか、そのへんも大衆小説ということで許します。なぜか随所にアメリカ人女性(白人、32歳)とアメリカ人女性(黒人、27歳)の百合シーンが挿入されて、いったい作者が何をしたいのかただただ困惑しますが、まぁそれも良しとします。とはいえ、とりあえずエロいシーンを入れれば読者は喜ぶだろうという作者の浅はかな考えが感じられます。作者はカーター・ブラウンを見習ってください。

そういうこの本のネタっぽいところとか全部抜きにして、なぜダメかというと、単純に話がダメすぎなのです。禅寺をめぐる陰謀を大風呂敷を広げすぎたあげく散らかしたまま終わってしまうという完全な放置プレイ。複雑なようでただ散らかっているだけなので、陰謀が何だったのかすらピンときません。どんでん返し下手か。
禅寺とかヤクザとか日本要素っぽいのでごまかしているけど、これは単純に小説として酷いでしょ……雑かよ……犯人これでいいのかよ……あいつの意外な正体とかめちゃどうでもいいよ……お前の意外な正体と目的も無理矢理すぎるよ……。

というわけで、各位におかれましては、ぜひとも読んでいただき感想を共有したく存じます。自分はもうこのシリーズに何の期待も抱いていないのですが、ひとまず頑張ってシリーズ2作目を古本屋で探します。光文社文庫から出ているロンドン警視庁特派捜査官シリーズも地雷臭がすごいのでいずれチャレンジ……するか……。

原 題:The Wages of Zen(1979)
書 名:智勝寺殺人事件 大谷本部長捜査シリーズ①
著 者:ジェイムズ・メルヴィル James Melville
訳 者:田中昌太郎
出版社:中央公論社
     C★NOVELS f-6
訳 者:1983.08.25 初版

評価★★☆☆☆
天皇の密偵
『天皇の密偵 ミスター・モトの冒険』ジョン・P・マーカンド(角川文庫)

カルビン・ゲーツがその日本人と初めて会ったのは、釜山へ向かう連絡船の上だった。常に微笑を浮かべ、やたらに”アイム・ソーリー”を連発する、慇懃無礼な男だった。男の名前はⅠ・A・モト。柔和な外見の下にカミソリのような頭脳を隠し、小柄な体に恐るべき柔術の業を秘めた、日本No.1の秘密情報部員である。
時代は、日本が中国侵略に乗りだした昭和10年代。ゲーツがひそかに目指すのは、今まさにキナ臭さを増し始めた中国奥地であった。そして同じ車中には、これまた秘密の匂いのするアメリカ娘と、同行のロシア人、その3人から監視の眼を離さないミスター・モト。旅の進展とともに明らかになる、大がかりな国際謀略とは?(本書あらすじより)

『青鉛筆の女』に第二次世界大戦中の日系人が出てきたので、この本を読むタイミングは今しかない!と思い読んでみました。結構面白いんです、これが。

時は1937年。とある目的からモンゴルへ旅に出たアメリカ人男性ゲーツは、道中で謎の日本人男性ミスター・モトに出会う。気付けばゲーツはシガレット・ケースをめぐる日本、ロシア、中国、モンゴルの駆け引きに巻き込まれてしまうのだが……というお話。

とにかくべらぼうに書き込み・時代背景描写が上手いです。日本の天皇と軍部の対立、ロシアの動向、1937年の日本の支配下にある中国・朝鮮の様子などがしっかりと描かれていて、普通に勉強になります。欧米人の描く「日本人物」としての違和感もほぼ感じませんでした。1938年にこれを書けるって相当すごいと思います。
ミスター・モトが読む前に予想していたほどデフォルメ日本人っぽくないのが興味深いですね。笑みを絶やすことなく、ただし圧力は十分かけるめちゃくちゃ立ち回りの上手い政府高官、という感じ。あらすじにあるような武術面は特に披露されませんでしたね。全て主人公の白人ゲーツ視点で描かれるのはチャーリー・チャンと同様です。そういえば本書に登場する白人は、日本人や中国人などをきちんと見分けているんですが、これも結構珍しい気がします。
ゲーツがモンゴルを目指す動機や、各国の策略の入り乱れる終盤など、古き良きスパイ物としてのストーリー性も十分。ミスター・モトの、一見日本に不利なことを目論んでいるかと思われる行動に対するホワイはやや腰砕けでしたが、これだけ複雑な諜報戦を描けているんだから仕方ないかなと。

期待をはるかに上回る内容で、なるほどこれはチャーリー・チャンとセットで語られるなぁと。似ているんですよね、雰囲気とか、ちょっとした男女の駆け引きなんかを添えている点とかが。『サンキュー、ミスター・モト』も評判良いので読んでみます。
それと『青鉛筆の女』で言及されていた1942年発表のシリーズ第5作も気になるところですが……論創海外ミステリさん、頑張ってくれないかな……。第二次世界大戦中に発表されたミスター・モトシリーズだそうで、どうモトを扱っているかが気になります。

原 題:Mr.Moto Is So Sorry(1938)
書 名:天皇の密偵 ミスター・モトの冒険
著 者:ジョン・P・マーカンド John P. Marquand
訳 者:新庄哲夫
出版社:角川書店
     角川文庫 赤545-1
出版年:1981.02.28 初版

評価★★★★☆
(2015.11.29 更新しました)
(2016.04.09 更新しました)
(2017.01.14 更新しました)
(2017.07.09 更新しました)
今月のアクセス解析を見たら、フランス・ミステリ関連で検索していらっしゃる方がわりと多いなということに気付きました。最近は月1冊は読むようにしていますけど、まだまだ代表的なところで読んでいないのがいっぱいありますからね、何にも偉そうなこと言えないんですが。
でもここらでちょっと感想記事だけまとめちゃってもいいんじゃないかなと思ったわけです。自分も便利だし。というわけで、作家と作品名のインデックス(リンク付き)を作ってみました(うわぁホームページっぽい)。今後も読んだら追加していく予定です。なお、フランス語圏すべて含んでいます。ベルギーとか。若干ミステリっぽくないのも含まれています。
しかしいざリストにしてみたら、ほんと読んでないもんですね……が、頑張ろう。あと過去の感想見たら、いまだって文章へたっぴですけど、さらにひどいレビューばっかりで頭痛くなりました。過去は適度に振り返りましょう。ちなみに評価の星も書いてありますが、あくまで読んだ当時の感想ですので、そこらへんいい加減に見て下さい。どうせ星4つばっかりだからたいして参考にもならないし。だいぶ好みも変ったからなぁ。
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青鉛筆の女
『青鉛筆の女』ゴードン・マカルパイン(創元推理文庫)

2014年カリフォルニアで解体予定の家から発見された貴重品箱。そのなかには三つのものが入っていた。1945年に刊行されたパルプ・スリラー。編集者からの手紙。そして、軍支給の便箋に書かれた『改訂版』と題された原稿……。開戦で反日感情が高まるなか、作家デビューを望んだ日系青年と、編集者のあいだに何が起きたのか? 驚愕の結末が待ち受ける、凝りに凝った長編ミステリ!(本書あらすじより)

千葉読書会のために読んだ本です。いやこれ、発売前から気になっていたんですよ(ゲラ版モニターも申し込んで落ちたし)。おまけに帯に踊る文字が「書籍・手紙・原稿で構成される三重構造の驚異のミステリ」「MWA候補の超絶技巧ミステリ」ですよ。もう期待せざるを得ないのです。
……と思っていざ読み始めたら、知り合いの国内ミステリ読み系女子Oさんがこう言うのです。

「作中作で面白かったミステリ、一度も読んだことないんだけど」

ななな、何てことを言うんですか。仮にもO女史は国内ミステリ読み系女子でしょうが。そんなこと言うと、えーと自分は海外ミステリ読み系男子だからよく分からないけど、アレとかアレとか、あちこちに喧嘩を売るんじゃないですか。いい加減にしてください。

読みました。

O女史「どうだった?」
吉井「O女史の説は覆らなかったよ……」


やってることは面白いんだけど、全然驚かそうという気がない構成だったのが悲しいです。

あらすじはあまり知らずに読む方が良いかも。第二次世界大戦中に発売されたパルプ・スリラー、その編集者(=青鉛筆の女)から作者への手紙、そして謎の原稿、の3つが交互に登場します。

趣向が徐々に明らかになる序盤は非常に楽しいのです。「こっこれ、どういうこと?? 説明して!!」と思いながら読むのですが、当然それを作者が説明してくれるわけがありません。読みながら段々と読者がそれに気付いていき、仕掛けが分かった時に「そういうことか! すげぇ!」と面白さのピークを迎えます。
問題はそれが分かったあとなんですよ。特に謎の原稿の主人公スミダが介入し始めてからがすげぇ普通というか、ありきたりの域を出なすぎなんです(意図的に007みたいな王道を書こうとしているだけになおさら)。手紙部分の青鉛筆の女も不快。パルプ・スリラー風の物語を意図的に書いているんですが、そもそもパルプ・スリラーだって面白いものはもっと面白いぞ……結末も納得いかないし……。

結局作者はこの趣向を試したかっただけで、小説的な面白さをあまり追及していないんですよね。戦中アメリカの日系を扱っている点なども、結局趣向的に使いやすいからだけですし。差別など突っ込んで書けばいくらでも深くなりそうなのに、そうもならず、表面的であるのは否めません。総合的にはイマイチですし、とりあえずネタが気になる人だけ読めば十分かなと思います。

原 題:Woman With a Blue Pencil(2015)
書 名:青鉛筆の女
著 者:ゴードン・マカルパイン Gordon McAlpine
訳 者:古賀弥生
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mマ-27-1
出版年:2017.02.28 初版

評価★★★☆☆
ソニア・ウェイワードの帰還
『ソニア・ウェイワードの帰還』マイケル・イネス(論創海外ミステリ)

海上で急死した妻、その死を隠し通そうとする夫。窮地に現れた女性は救いの女神か、それとも破滅の使者か……。軽妙洒脱な会話、ユーモラスな雰囲気、純文学の重厚さ。巨匠マイケル・イネスの持ち味が存分に発揮された未訳長編!(本書あらすじより)

今年『ある詩人への挽歌』で初イネスを体験し、やべぇこの作家はやべぇと感心したばかりですが、このタイミングで論創社からイネスが出ました。すわ、読むしかないのです。
……いや、この、なんだその、えーと。いや別につまらなくはないんだけど……みたいな気持ち。

突然死した作家の妻の死体を、なぜか処分してしまったペティケート大佐。せっかくなので自分の文才を試したいと、彼は妻の書きかけの小説に取り組み始めた。しかしながらそのせいで、とんでもない窮地に追い込まれることに……。

変則倒叙コメディというか。古き良きユーモア小説みたい。100年前くらいの(別に殺したわけではないので倒叙ではないんですが、まぁ死体を抱えるところから始まるという点ではそう)。

いやー分かるんですよ、イネスのやりたいことは。スノッブなダメ男が妻の死体を捨てたせいで迷走するうちに、問題を山ほど抱えてしまうというコメディに、作家という職業をネタにした遊びを入れてみたかったんだろうなと。「自信作を書いたつもりが、書けたものをあとで読み返してみたら超苦痛ではないか」とか主人公に言わせてみたかったんだろうなと。
序盤はかなり微妙だったんですが、終盤に入ってコメディのお約束のようなご都合主義的な展開が連続してかなり面白くなりました。妻の死体はもうない、けれども殺したと思われて逮捕されてはもっと困る、だからむりやり妻の不在をごまかさなければならない……というわけ。オフビートなまま、ひたすら主人公が自分の身を守るために奔走し、様々な手を打つも思いもよらない裏目に出続けるのです(良い意味でも悪い意味でも)。某国のせいであれやこれや、という部分はまさにコメディの醍醐味という感じ。

ただユーモア小説にありがちな軸のない感じや、端役のエピソードをちゃんと説明しないところなど、全体的にもやもやしたまま読み終わってしまったという印象は否めません。舞台っぽいというか、喜劇っぽいというか、要するに主人公のペティケート大佐さえ描き切れれば作者的には十分なんですよ。だからペティケート大佐まわりのあれこれを読者に見せるのが主眼なのでしょうが、いくらなんでも色々うっちゃったまま終わっているのでは……と思ってしまいます。
そのペティケート大佐も、そもそも最初から死体を捨てるという行動からしてちょっと理解しがたいのも事実。ご都合主義もいいのですが、発端がいきなり「????」となるのも困りものです。

なんだかまとまらない感想ですが、正直イネス中期の代表作がこれなのか……というがっかり感が強いです。おそらく初期作と比べれば読みやすいのではないかと思いますが、むしろ読みにくさの方を求めたくなります。

原 題:The New Sonia Wayward(1960)
書 名:ソニア・ウェイワードの帰還
著 者:マイケル・イネス Michael Innes
訳 者:福森典子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 189
出版年:2017.04.10 初版

評価★★★☆☆
悪魔の星 上 悪魔の星 下
『悪魔の星』ジョー・ネスボ(集英社文庫)

一人暮らしの女性が銃で撃ち殺され死体で見つかった。左手の人差し指が切断されていた上に、遺体から珍しいダイヤモンドが見つかると、猟奇的な事件に、注目が集まる。ハリー・ホーレ警部は、3年前の同僚刑事の殉職事件を捜査し続けていたが、証拠を得られず捜査中止を命じられ、酒に溺れて免職処分が決定。正式な発令までの間、この猟奇的事件の捜査に加わるが、事態は混迷を深めていく……。(本書上巻あらすじより)

『その雪と血を』がかなり面白かったので、ジョー・ネスボのシリーズもの、ハリー・ホーレ刑事シリーズを手に取ってみました。とりあえず今年出た『悪魔の星』です。そしたらまぁ面白いもんで、びっくりしました。
もたれそうなオスロ描写、「悪魔の星」連続殺人、警察との知能戦を仕掛けるシリアルキラー、やたらとまき散らされるミスディレクション、やたらと本格ミステリな証拠、大ボスとのたっぷりバトルと、くどいっちゃくどい北欧警察小説なのですが、これがカッチリはまっていて完璧な構成だからすごいのです。

初ホーレなのでよく分からないのですが、どうやらハリー・ホーレは心に大きな傷を抱えて自暴自棄になり、警察クビ一歩手前の様子。さらには組織内に犯罪組織とつながるものがいると踏んでいるのですが、手が出せず余計に荒れまくっています。そんな中で猟奇的な連続殺人が発生してしまう、というお話。

読み始めてからずっと某古典本格ミステリっぽい(タイトル言うとネタバレになってしまう)な……と思っていましたが、そこに警察小説、北欧ミステリらしい社会問題、ノワールなどの味付けをほどこしており、見事に現代ミステリとして昇華できている点が素晴らしいですね。某古典本格ミステリというのは、あのーそのーあれです、4つくらい事件が起きるやつです(伝われ)。

ある意味普通の連続殺人警察小説なんですが、主人公のキャラクター、頻繁に挿入される視点の変更、ついでにべらぼうに上手い文章のせいで全く凡庸さが感じられません。文章の上手さに、そりゃ『その雪と血を』くらい書けますわ……みたいな気持ち。
アルコール中毒警部ハリー・ホーレを巡るあれこれに、一切雑さがないのです。あぁこういうキャラクターなんだなと思わせる人物描写の上手さに、ネスボすげぇとしか言えません。ハリーは人間的にはもう完全にダメですが、刑事としては超一流。組織のつまはじきもの、嫌われ者ではあっても、数少ない信頼してくれる仲間と共に、わずかな手掛かりから事件を追っていきます。捜査が軌道に乗り始めてからのホーレのかっこいいこと。ディーヴァーっぽいのかもしれませんが、より警察小説らしいというか、良い意味で泥臭いですね。

連続殺人犯の正体については、ある程度ミステリの王道パターンを知っていれば定石かもしれませんが、それでもきちんと驚けました。特に犯人特定の決め手が、もう笑っちゃうんですが、本当に見事ですよね。なかなかお目にかかれない、バカミスっぽさすら感じる独創的なものです。本格ミステリ・ベスト10で誰か投票するんじゃないか……?
しかし『悪魔の星』の、おそらく作者が一番書きたかったのはここから。犯人が分かった後がまたすさまじいのです。ノワールのようなエグみとか容赦のなさではないのですが、とにかくラストの念の入った構成に感心します。冒険小説も真っ青なバトルを見たぞ……。

ジョー・ネスボ、良い意味で健全な作家なのかなぁと思うのです。プロットの組み立ての上手さと、旺盛なサービス精神によって、正統派の作品を書きつつ、その中で本格ミステリ、ノワール、警察小説、冒険小説といった要素が手加減することなくマジで合体しちゃってるのがすごいですね。聞くところによればハリー・ホーレものは他もすごいという……いやーこれは楽しみなシリーズを見つけてしまったかもしれません。おすすめです。

原 題:Marekors(2003)
書 名:悪魔の星
著 者:ジョー・ネスボ Jo Nesbø
訳 者:戸田裕之
出版社:集英社
     集英社文庫 ネ-1-8, 9
出版年:2017.02.25 1刷

評価★★★★☆