盃のなかのトカゲ
『盃のなかのトカゲ』ピーター・ディキンスン(ハヤカワ・ミステリ)

ギリシャ南西岸沖、イオニア海に浮かぶ島、ヒオス。次第に忘れられていく古代の僧院と、不気味な毒トカゲの伝説が残る島。まばゆい陽光と美しい海に、ひとときの安らぎを求めて訪れる旅行者も少なくない。あるいはホテルで、あるいは別荘で短い休暇を楽しみ、去っていく。しかし、島一番の豪華な別荘では、大富豪タナトスに危険な影が伸びはじめていた……。
タナトスは、巨大な財力を権力で世界各地の実業界に君臨していたが、その強引さは多くの敵を作っていた。そして今度は、こともあろうに、西インド諸島のマフィアの利権を横取りしたのだ。組織の復讐は当然考えられる。富豪が信頼する四人の部下がヒオスに集められた。それに、専門家として、ロンドン警視庁の元警視ジェイムズ・ピブルが付け加えられた。五人の、マフィア対策の机上演習は、愛人トニーとたわむれるタナトスとは逆に、鋭い緊張感の中で始まった。正面からの襲撃か、あるいは姿を変えた刺客が忍び寄ってくるのか、それとも内通者が……? 島への上陸はすべてチェックされ、アメリカへはプロのボディーガードが要請された。が、ピブルの心を離れない危険の予感にもかかわらず、見えない敵は容易に姿を現わさなかった……。
二年連続CWA賞に輝く、イギリス・ミステリの実力派ディキンスン。ピブル警視シリーズ第五弾!(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、6冊目は、ポケミスから出ている全てがレア本のピブル警視シリーズです。初ピブル警視だったのですが(初でシリーズ終盤の作品読むのもどうかとも思うけど)……あ、合わない、絶望的に合わない……『生ける屍』レベルで楽しめなかった……。
単純に退屈だし、描写とか色々本当に読んでいて楽しくないのです。ラストも何なんだあれは。

事件自体はそこまで変ではありません。舞台はギリシアの島。金持ちがマフィアに狙われてるかも!となり、警察をやめ私立探偵となっていたピブルにその護衛の任務が依頼されます。小さな島の中で、麻薬だとかギリシア正教会の修道院だとか謎の過去を持つ女(ピブル含め登場人物軒並みに惚れられている)だとか、様々な要素が入り乱れる事態へと発展していくのです。

色々なサブプロットの合わせ方と騙し方とかは悪くはないっていうか、むしろ上手いとは思うのです。でも、正直目が滑るし、全然頭に入ってきません。なんとなく読者に不親切な説明、盛り上がらない描写。何も起きないわけではなく、殺人こそ起きませんが銃撃などもあるのでそこまで地味ではないんだけど……つまりこれ単純につまんねぇんだなぁ。もうダメだ。おまけに読み終わってこみ上げるフラストレーションがやばいし。ピブル警視のキャラクターも、これというほどの何かもないし。

というわけで感想もこれくらいで。『眠りと死は兄弟』も似た感じらしいから、次ディキンスン読むなら別のにします。『キングとジョーカー』は絶対面白そうなので、そっちかな。

原 題:The Lizard in the Cup(1972)
書 名:盃のなかのトカゲ
著 者:ピーター・ディキンスン Peter Dickinson
訳 者:大庭忠男
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1236
出版年:1975.02.15 1刷

評価★★☆☆☆
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お楽しみの埋葬
『お楽しみの埋葬』エドマンド・クリスピン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

大学教授の素人探偵ジャーヴァス・フェン教授は筆休めのため突如下院議員に立候補することを思いついた。選挙区の農村に戻り、さて選挙運動に取りかかったが、折りしも平和な村には殺人事件の騒動が持ち上がっていた。名士夫人が毒入り菓子で殺され、フェンの友人である担当警部も捜査が軌道に乗り出した矢先、奥深い森の小屋で無残な死体となって発見されたのだ。二つの事件はどこかで密接に……選挙戦も投げうって、謎の犯人に挑む素人探偵フェンの腕の冴え! 生きた風物描写と洒落たストーリー展開で描くクリスピン流本格推理の代表作。(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、5冊目はエドマンド・クリスピン『お楽しみの埋葬』だったのですが……なんだこの傑作は。
クリスピン、短編集は3年前に読みましたが、長編を読むのは『消えた玩具屋』以来6年半ぶり。そして『消えた玩具屋』は、まぁ面白いことは面白いけど、ドタバタ感がやや上滑りしている感があって(ここらへん、いま読んだら前よりは楽しめそう)そんなにだったのですが、いやー桁外れに面白いじゃないですか。見直しちゃったよ。

大学教授という職がいやになって、突如田舎の村から選挙に出馬することを決意したフェン教授。さっそく選挙運動を開始したところ、その村では精神病院から狂人が脱走し、毒入り菓子による殺人事件まで発生していた。果たして村の平和は取り戻されるのか、そして選挙の行方は?

なんと、フェン教授が選挙に出るのがミステリに1ミリも関係ありません。作者が、主人公を(事件の起きる)田舎に行かせたい&シリーズ主人公を選挙に出馬させたいというだけ。なんだクリスピン先生、あなたは天才か。
そしてこれが出オチではなくて、まー良く出来ているんですよ。本格ミステリとしての要素と、ユーモア小説としての要素のバランス、配合が絶妙すぎるのです。読んでいてむちゃくちゃ楽しいし、きちんとバラまかれた伏線がしっかりと機能していて完成度が非常に高くなっています。「いかにして犯人は○○の行動を把握できたのか」「なぜ犯人は○○の命を狙うのか」といった疑問がキレイに解き明かされるのです。さらにゴクツブシの豚とか牧師館とか、もろもろ関係ない要素をぶち込んで笑わせつつ、要所要所でそれらをストーリーと絡めてくるのが上手すぎます。

意外な犯人(これ気付く人は気付くらしいんだけど、全然分からなかった……ちょっと序盤読み違えていた気もする)、納得の真相、安定のドタバタ逃走劇を経て、物語は大団円を迎えるのですが、これがまた笑っちゃうような結末で。個人的には『ナイン・テイラーズ』や『火焔の鎖』や『シャム双生児の秘密』や『自宅にて急逝』や『薔薇の名前』や『「悶える者を救え」亭の復讐』や『死の相続』系列の新パターンを得られたということで、異様な満足度があります。こういうさ、ラストにドーンってなるミステリが、好きなんですよ(伝わらない)。

しかも訳が本当にお見事。訳者の深井淳さんというのは英文学者の小池銈氏のペンネームだそうで、ミステリの訳書はこれ含めて2冊しかないのですが(もう1冊がセイヤーズ『忙しい蜜月旅行』)、軽さと教養のバランスがぴったりな、名調子の名訳です。現在では使えない訳語があるのでそのままの復刊は難しいだろうけど、どうにか頑張ってくれないかな……「現在では一般的に使われない差別的な表記・表現含まれていますが」みたいなやつつけて何とか……。

というわけで、うーむ実に素晴らしかったです。クリスピンの長編、まだまだ未読が転がっているので、今後は積極的に読んでいきます。

原 題:Buried for Pleasure(1948)
書 名:お楽しみの埋葬
著 者:エドマンド・クリスピン Edmund Crispin
訳 者:深井淳
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 55-2
出版年:1979.04.30 1刷

評価★★★★★
逃亡の顔
『悪党パーカー/逃亡の顔』リチャード・スターク(ハヤカワ・ミステリ)

包帯がとれたとき、パーカーは鏡に写っている見知らぬ男の顔をのぞきこんだ。それから、その顔に向かってうなずき、鏡の奥に写っている整形外科医の顔を見た。
パーカーがサナトリウムに来てから、すでに4週間といくばくかになっていた。来た当初は、パーカーの顔は鉛の弾を射ちこまれたがっている顔をしていたが、今では誰もわからない、まったく新しい顔になっていた。長くて細長い鼻、平べったい頬、唇の薄い大きな口、そして突き出た顎。ひびのはいった縞めのうに似た、冷たくて厳しい眼――その眼だけは見慣れたいつものやつだったが、それ以外はまったく別の顔になっていた。『人狩り』で悪の限りをつくしたパーカーは、整形して逃亡の顔をつくりあげたのである。
上出来だった。1万8千ドル近くかけただけあった。……パーカーはもう一度新しい顔に向かってうなずくと鏡から向き直り、包帯などを屑かごに捨てた。洋服もすっかり新しく着替えて、サナトリウムを出た。 それは逃亡の顔であるばかりでなく、悪の世界に生きる一匹オオカミ、パーカーの新しい冒険のための顔でもあったのだ……! 悪を悪で制する男、パーカー。ハードボイルド小説に新機軸をひらいた悪党パーカー・シリーズ第2弾!(本書あらすじより)


マケプレオーバー2000月間、4冊目は泣く子も黙る悪党パーカーシリーズ2冊目、『逃亡の顔』です。初期悪党パーカー6作品は基本的にポケミスから出ていたものも含めてハヤカワ・ミステリ文庫入りしているのですが(『死者の遺産』なんて文庫オリジナル)、なぜかこの『逃亡の顔』だけ文庫落ちしていないのです。角川文庫パーカーに並ぶレアですね、はい。

読んでみてまず思うのが、とりあえずなぜこの作品だけ文庫化しなかったのかが分かりません。特に差別的な表現があるとか内容が劣るとかいうことはないと思うんだけど……。
第1作『人狩り』で組織に歯向かい組織から追われることになったパーカーですが、今回は逃走用の顔を手に入れたところから始まります。現金輸送車強盗を仲間と共に企むも、仲間の一人の様子がおかしく……という話。

相変わらず淡々とした文体・描写や全然淡々としていないその内容がキレッキレです(話のクライマックスのひとつである現金輸送車強盗のシーンが、わずか4ページで片付くんだぞ)。ただ、『人狩り』ほどの熱がなくて、シリーズの繋ぎっぽさが感じられたのが残念。続編としての話(パーカーが顔を作る話)と、今回の強盗の話の嚙み合い方が、もうちょっと上手くいっていればよかったのに、という。
とはいえ、ウェストレイク先生ですからつまらないなんてことはもちろんないのですよ。タフさとか非情さとかはやっぱり『人狩り』には劣るかな……と思って読んでいたら、最後にぐわしっとなりましたしね、さすがだと。当時は「ハードボイルド小説の新機軸」と捉えられたようですが、今ならばノワールだよなぁ。

4部構成であり、部が変わるごとに時には大胆に話をがらっと変えてしまうのも『人狩り』と同じですが、今回は特に第3部が(ある意味)浮きまくっていて面白いですね。いわゆる「悪」側の人間なんだけど、プロというほどでもない、ぶっちゃけダメな男の追跡劇です。
なお、小鷹信光さんによる解説「人騒がせなスターク=パーカー・シリーズ」が、ポケミスの解説としては破格の12ページなのですが、これはおすすめ。1968年当時の悪党パーカーシリーズの受け取られ方がよく分かり大変興味深いです。

というわけで安定のパーカーという感じでしたが(そんなこと言っていてまだこのシリーズ2作しか読んでいないけど)、ううとりあえず3作目以降を読みたいぜ。このシリーズ、犯罪小説の中ではかなり面白いんだよな……。読んでいない人はとりあえず傑作『人狩り』を読むのです。

原 題:The Man With the Getaway Face(1963)
書 名:悪党パーカー/逃亡の顔
著 者:リチャード・スターク Richard Stark
訳 者:青木秀夫
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1021
出版年:1968.01.31 1刷

評価★★★★☆
名探偵ナポレオン
『名探偵ナポレオン』アーサー・アップフィールド(crime club)

都市部で続発する連続乳児誘拐事件。5件目にして、ついに母親が殺されてしまう。事件を助けるため呼ばれてきたのは、事件解決率100パーセントを誇るナポレオン・ボナパルト警部。保護地に住むアボリジニが事件に関わっているらしいと睨んだ警部は、アリス・マッゴル刑事と共に犯人を追うが……。(あらすじ作成)

マケプレオーバー2000月間、3冊目はヒラーマンからの流れでアーサー・アップフィールドです。アーサー・アップフィールドのナポレオン・ボナパルト警部シリーズといえば、白人とアボリジニの混血警部が、オーストラリアの広大な砂漠を舞台に、アボリジニ絡みの事件を解決する、みたいなのが黄金パターンというイメージが強くて、実際そうなんでしょうが、「そうでもないんだぞ?」というのがこの『名探偵ナポレオン』なのでした。ただ、うーんちょっとこれは厳しいぞ。
解説の植草甚一によれば、アップフィールドの第一系統の作品群がそのオーストラリア原野を背景に白人とアボリジニの人間関係に謎の解決を求めるもの、第二系統が都会を背景としたやや暗めな犯罪小説、そして第三系統がアボリジニの民間伝承を謎にしたもの、だそう。そしてこの『名探偵ナポレオン』は第三系統の作品になるのです。

舞台は都会の白人社会。連続赤ん坊誘拐事件が発生し、それを調べていくと、都会の上流階級の人々の企みに加えアボリジニの住む保護地が関係してくることが分かり……という話。書き方は全体として明るめ、ユーモアあり、という具合です。
ただこのアボリジニ要素がまームリヤリ絡めているので、全然意外でもなければ面白くもないのです。じゃあ白人社会の闇が上手く描けているかといえば、主人公たちがあちこちにワチャワチャ聞いて回るくせに最後が急ぎ過ぎなのでそうでもないし。だったら、例えば7年前に読んだ『ボニーと砂に消えた男』はかなり退屈でしたが個性的ではあったし、そういう第一系統の作品の方が読みたいのです。
ボニィことナポレオン・ボナパルト警部の傲慢さやユーモアもそれほどはまらないし、赤ん坊絡みの事件ということで駆り出された超有能なアリス・マッゴル刑事の活躍や描写も1950年代の限界って感じでややいらいらさせられます。アボリジニや女性に対する視点とか訳とかにも古さは否めないかなぁ。

こんなこと言うとあれですが、アーサー・アップフィールドはトニイ・ヒラーマンを知ってしまった我々にはもう限界なんじゃないかと。アップフィールドに影響されたヒラーマンが、完全に上位互換なのかなぁ。あと何作かアップフィールドを読んで、きちんと評価を考えたいですね。

原 題:Murder Must Wait(1953)
書 名:名探偵ナポレオン
著 者:アーサー・アップフィールド Arthur Upfield
訳 者:中川龍一
出版社:東京創元社
     crime club 9
出版年:1958.10.05 初版

評価★★☆☆☆
祟り
『祟り』トニー・ヒラーマン(角川文庫)

リープホーン警部補は、メキシコ人を切って逃走したルイス・ホースマンの行方を追っていた。ようやく見つかったホースマンは死体となっており、しかも発見された場所は直前まで彼が逃げ込んでいたはずのところとは大きくずれていた。犯人は、ナバホ族の間で語り継がれる魔法使い、〈ナバホ狼〉なのか? リープホーンは友人であるナバホ族の研究者、バーゲン・マキー博士とともに真実を見つけようとするが……。(あらすじ作成)

マケプレオーバー2000月間、2冊目は角川文庫の最レア級作品といっても過言ではないヒラーマンの『祟り』です。ヒラーマンの作品は基本的にミステリアス・プレス文庫から1990年代以降に出たものがほとんどですが、唯一の超入手難がこのシリーズ第1作こちらになります。
やはりヒラーマンは面白い、最高だ……みたいな気持ちで最初からずっと読んでいたのですが、終盤はやや失速した感じがあるのがもったいないです。シリーズ1作目ということで作者が若干遠慮&一般受けを狙いすぎたのかなと思います。いやもうそんじょそこらのミステリの何倍も面白いんですけどね。

いつものように、ネイティブアメリカンであるナバホ族の間で起きた事件を、ナバホ族出身の警察官、リープホーン警部補が捜査する、というものです。魔法使いである〈ナバホ狼〉の伝説という先住民感ばりばりのシチュエーションと事件、なぜ死体はあえて長距離を運ばれてすぐ気付かれる場所に放置されていたのかという謎、と序盤はとにかく魅力的です。
リープホーン警部補とナバホ研究者バーゲン・マキーがインタビューや質問を重ねながら、ナバホの習慣、伝統、神話といったものを読者にじっくりと提示していく過程がとにかく楽しいんですよね。このシリーズはアメリカ先住民を題材にしてそのコミュニティの中での事件を扱っているとはいえ、それほどお堅くも(言い方は悪いけど)面倒でもないのが非常に好ましく感じられます。

残念なのが、あくまで真相はナバホ要素がそれほど関係しなかった点。捜査はナバホ軸だったのに、最後だけアメリカ読者向けっぽいのがもったいないのです。リープホーンもそんなに活躍しないし、真相もかなり単純。終盤には、教授とその友人の娘(ともに言うなれば外部者)が囚われの身になる展開だとかいらぬロマンスだとかがあり、何だか浮いてたなぁという感じ。エンタメエンタメしていて分かりやすいですけどね。
ヒラーマンの初期作品はアーサー・アップフィールドの影響を受けていたと作者が言っているそうですが、なるほど言われてみれば。ただ、もっとナバホ族ならではの行動規範とか動機に基づく事件と真相のようなものを、こちらとしてはぜひ読んでみたいなと思っちゃうわけです(そういう点ではエドガー賞を受賞した『死者の舞踏場』の方が謎も真相も魅力的)。

とはいえ、やっぱりこのシリーズ面白いぜ!というのは大いに再確認できました。来年はあらゆる識者が絶賛している『魔力』を絶対読みます。ヒラーマン攻略、ぜひやりたいなぁ。

原 題:The Blessing Way(1970)
書 名:祟り
著 者:トニー・ヒラーマン Tony Hillerman
訳 者:菊池光
出版社:角川書店
     角川文庫 赤271
出版年:1971.01.30 初版

評価★★★★☆
法の悲劇
『法の悲劇』シリル・ヘアー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

10月は巡回裁判の月だった。高等法院判事ウィリアム・バーバーは裁判の開廷予定地へ赴き、晩餐会に出席した。そしてその後で大失態をしでかした。自ら運転する車で高名なピアニストを轢き、一生を台無しにしてしまったのだ。多額の賠償金が要求され、その頃から彼の元へ、不気味な脅迫状が頻々と舞い込むようにもなった。スキャンダルは巷間に伝わり、苦悩するバーバーは、ついに服毒自殺を図ったのだが……? イギリス風ユーモア、アイロニイをまじえながら一裁判官の見に起った悲劇を余すところなく描く、本格派の雄の大作。(本書あらすじより)

今月12月は「マケプレオーバー2000月間」と題しまして、「てめぇ買った/貰った(なお悪い)はいいけど積みっぱなしじゃねぇか! ばか!」 みたいなマケプレ2000円超え本をひたすら読んでいくという実に生産的な活動を行っています。もう12月も20日なので8冊目に突入しているんですが、ううう感想頑張って追いつきます。
というわけで出ました、ハヤカワ・ミステリ文庫の最レアクラス、シリル・ヘアー『法の悲劇』です。ヘアーは以前『風が吹く時』を読んで以来だから6年ぶり?
いや何というか、仕込みにとんでもなく手間暇かけた、料理の鉄人によるメインディッシュという感じですね。クリスティーの某作のホワットダニット感とホワイダニット感をマシマシにした的な。いやー面白かったです。

巡回裁判という、判事や弁護士、検事ら御一行様が地方を順番にまわりながら各地の裁判を行っていくという、実にイギリスらしい設定のもと事件が起きます。といっても出だしが非常にスロースタートで、終盤になるまで殺人事件も発生しません。
じゃあ退屈かと言うとそんなことはありません。自動車事故、脅迫の手紙、毒入りチョコレート、深夜の侵入者などなど、とにかく様々な不穏な出来事が各町で発生するのです。主人公である(と言ってよいでしょう)ウィリアム・バーバーが、だんだんとのっぴきならない状態になっていきます。

地味ですし、きちんと証拠立てるタイプのミステリではないし、ホワイが分かるかと言うと絶対そんなこともないし、400ページまで丁寧にゆっくりと物語が進むのでグイグイ系でもありません。が、ラスト50ページ、丹念に積み上げられた伏線が見事に回収されながら納得しかない真相が提示されるのです。震えます。このホワイダニットは、事前に情報が提示されていなくても感心してしまうな……。
(実は『風が吹く時』だけヘアーは読んでいたりとか、ちょっと読みながら作品リスト見たりとかで損しちゃったのですが、最終的にはそこまで問題でもありませんでした。でもヘアー未読者はあまり情報入れずに、発表順通りいきなり『法の悲劇』から読むのがベストだと思います。『自殺じゃない!』だけは事前に読んでも可かな、なぜとは言えませんが)

というわけで、やはりこれは一読の価値ありです。ポスト黄金時代の作品の中でも突出した出来ではないでしょうか。復刊しないかなぁ。

原 題:Tragedy at Law(1942)
書 名:法の悲劇
著 者:シリル・ヘアー Cyril Hare
訳 者:宇野利泰
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 60-1
出版年:1978.09.30 1刷

評価★★★★☆
霧の港のメグレ
『霧の港のメグレ』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

パリの雑踏で保護された記憶喪失の男。頭になまなましい傷痕のあるこの老人の身許は、彼の世話をしていた女中の申し出により、ノルマンディの小港ウィストルアムから6週間前に失踪したジョリス元船長と判明した。しかし失踪の理由も、頭の傷痕の説明もつかない。メグレは彼を連れてウィストルアムに向かうが、ジョリスは自宅にもどったその夜、何者かに毒殺される。霧にとざされたこの小港で、6週間前に何があったのか? そして、何ゆえジョリスは再度ねらわれたか? 陸の人間にたいして容易に口を開かない海の男たちを相手に、メグレは捜査を開始する……。(本書あらすじより)

出来るだけ発表順でメグレ警視シリーズを読んでいこうという月イチメグレ、今回はポケミス版もある『霧の港のメグレ』です。
今年も何冊か初期メグレを読んできましたが、相変わらずこのシリーズをどう評価するのか、言うなれば、他者から「メグレ警視ってどういう作品? 面白いの?」と聞かれた時にどう答えるのか、に対する結論が出ていません。まぁ心理描写が書けてる人情物だよ、みたいに言えちゃえば手っ取り早いのですが、そういう評価が今さらオススメの言葉としてふさわしいのか、っていうか人情物でも何でもないんじゃないか、みたいに考えるとそれはそれで難しいところです。
が、ミステリファンに対してオススメしようと考えた時に、そろそろ分かってきたこともあります。メグレ警視シリーズは基本的に純粋な本格ミステリとは言い難いのですが(それは間違いない)、毎回魅力的な謎を最初にガツンと提示してくることと、それを軸にしたホワットダニットの構成能力に関してはきちんと評価するべきだと思うのです。

今回も出だしは非常にはっきりしています。「頭を撃たれ致命的な傷を負った後に、何者かによってしっかりとした手術を受け無事助かった男が、記憶を失った状態でパリをさまよっていたのはなぜか?」という謎が開始1ページで提示されます。関係者の誰もが口を閉ざす中でメグレが真相にきちんと説明をつける、という流れが特に良く出来ていますね。メグレが事件を再構成しようと頭を絞る描写が多いので、謎解き要素も強めに感じられます。
また、初期メグレの中ではいつもより若干長め(といっても250ページだけど)で、登場人物もやや多めですが、そのさばき方が上手いのです。船長の家政婦、サン=ミッシェル号の船乗り3人、村長とその妻、あちこちに出没する謎の男、と無関係な人々がきちんと結びついていきます。村長などの上流階級の人々の書き方は『メグレを射った男』を思い起こさせますが、それプラス港の酒場をたむろする船乗りたちが多く登場します。実に多様な階級の人々を分け隔てなく描けるのはさすがですし、それに違和感なく接することのできるメグレ警視というキャラクターもお見事です。村長から「お前あんな低俗な連中のいる酒場に出入りしてるのか……」みたいなジト目で見られても平然としていられるのもメグレですし、ある程度事件が進んでくるとピリピリとした空気を出しあくまで刑事としてでしか船乗りたちと接しないのもメグレなのです。

まぁでも、初期メグレのベストかと言えばそうでもないかなぁ。メグレが労働者と交わる酒場の雰囲気をもっと押し進めた『三文酒場』とか、上流階級の中の真実を暴く過程を全面に出した異色作『メグレを射った男』の方が好きかも。とはいえ、いかにもメグレシリーズらしい事件と真相とその描き方という点では、初期メグレの中でも突出してまとまりのいい作品であることは間違いないでしょう。

さて、今年は初期作メグレ警視を7冊も読んだわけです(そういえば全作品訳者が違う)。月イチなのになぜ7冊なんだという疑問は置いておいて、やはり超高得点をつけたくなる作品があるわけではないですが、安定して60点以上くらいの出来であることは間違いありません。7冊読んだ中で、というよりここまで読んだ初期メグレの中では『三文酒場』がダントツかな。次点が『メグレと深夜の十字路』『メグレを射った男』でしょうか。手持ちの初期メグレがあと何作品かあるので、それを読み切ったらまた改めてランキングでも作りたいですね。
とはいえ、早く『モンマルトルのメグレ』を超える傑作に当たりたいのも事実。あと初期メグレはほとんどパリの外が舞台なんですが(今回も港町)、たまにはパリメグレを読みたいなぁ。また来年、頑張って積ん読を減らしましょう……あと28冊も積んでいるし……。

原 題:Le port des brumes(1932)
書 名:霧の港のメグレ
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:飯田浩三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 47
出版年:1980.02.15 初版

評価★★★★☆
浴室には誰もいない
『浴室には誰もいない』コリン・ワトスン(創元推理文庫)

匿名の手紙を契機に、ある家の浴室から死体を溶かして流した痕跡が見つかる。住人の男性ふたりはともに行方不明。地元警察と、特殊な事情によりロンドンから派遣された情報部員が、事件解決に向けそれぞれ捜査を始めるが……。二転三転する展開の果てに待つ、「死体なき殺人」の真相とは? バークリーが激賞した、英国推理作家協会ゴールドダガー賞最終候補作の本格ミステリ。(本書あらすじより)

何だかずっとブログのトップ記事が書きかけのままになっていたっぽくて、いやすみません本当に。
今年初めて長編が訳されたコリン・ワトスンですが、『愚者たちの棺』に続いてあっという間にシリーズ3作目『浴室には誰もいない』が翻訳されました。何だこのペースは。
で、これもうディヴァインじゃねぇなってのが本作の感想です。前回はフロスト警部的な警察小説っぽいみたいなことをちょっと言いましたが、今回もその雰囲気は変わらず(登場する警官が地味に多いあたりとか)。ただ今回ミステリとしての作りに一番近いなと思ったのはコリン・デクスターだったのでした。証拠をきっちり固める本格ミステリというより、推論を二転三転させつつ、最後にまとまった説明が仕上がる、というタイプの作品です。それプラス、前作以上にワトスンの特徴としてはっきり出てきたファルスが見どころでしょう。

匿名の通報により警官が向かった家には、死体こそないものの、浴室から何かの死体を溶かしたと思える痕跡が発見された。殺されたと思われる男が諜報部員であったことから、情報部の調査員も介入するなどして、パーブライト警部の捜査は複雑になっていくのだが……。

「死体のない事件」という、英国地味本格の申し子のようなテーマの扱いはお見事という他ありません。死んだのか死んでないのか、死んだとすればなぜなのか、犯人と動機はあるのか、といった調査が、うまいこと読者を引っ掛けっつ展開され、きちんと意外な真相が提示されます。登場人物の少なさが良いですね。
例によって伏線や証拠に関してはツメの甘さが見られますが、これも前作よりはブラッシュアップされているように思います。ただやはり、きちんと証拠があがるというよりは、ホワットダニットとして真相(の説明)が二転三転するというタイプの小説なので(やっぱりデクスターだ)、このこじんまりさも評価したいけど、頑張れもっとやれいみたいな気持ちもあります。

また1作目でも特徴的だった意地悪なユーモアですが、今回は「田舎に迷い込んだ諜報部員」を徹底的にいじくりまわすことでかなりストレートなファルスとなっています。要するにスパイ小説パロディなんですよね。隠語を用いたり、やたらと支持政党や海外渡航歴を調べたりする諜報部の調査が、いかに田舎町においては的外れであり、そぐわないものであるかを徹底的にバカにしています。まぁ確かに面白いんですが、正直全体的に話から浮きすぎている気はするかなぁ。

全体的にワトスンの作風がつかめるものだったので、個人的には満足です。「ビーフorチキン」ミステリの限界、みたいなところも感じますが、まぁそれはそれ。『愚者たちの棺』とどっちが好きかと言われると、ぶっちゃけいい勝負かも。『棺』がギリギリ勝つかもしれませんが、好みかなと思います。

原 題:Hopjoy Was Here(1962)
書 名:浴室には誰もいない
著 者:コリン・ワトスン Colin Watson
訳 者:直良和美
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mワ-3-2
出版年:2016.10.21 初版

評価★★★★☆
亡国のイージス 上 亡国のイージス 下
『亡国のイージス』福井晴敏(講談社文庫)

在日米軍基地で発生した未曾有の惨事。最新のシステム護衛艦《いそかぜ》は、真相をめぐる国家間の策謀にまきこまれ暴走を始める。交わるはずのない男たちの人生が交錯し、ついに守るべき国の形を見失った《楯(イージス)》が、日本にもたらす恐怖とは。日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞をトリプル受賞した長編海洋冒険小説の傑作。(本書上巻あらすじより)

月イチ国内ミステリ、今回は元サークルの先輩に猛烈にオススメされた作品です。上下巻です。しかも自衛隊ものですってよ。なにそれしんどそう。
と思って読み始めたら、ただのガチの海洋冒険小説であり、要するにダイ・ハードなアクション大作でした。面白くないわけがなかった……いやー、日本の冒険小説ってすごいのね。

在日米軍基地にあった化学兵器が北朝鮮のテロリスト(北朝鮮政府とは無関係)に強奪され、日本政府とテロリストの間では緊張状態が続いていた。一方、海上自衛隊の護衛艦《いそかぜ》ではとある陰謀が進行しており、ついに乗っ取られた《いそかぜ》と日本政府の間での戦いが始まってしまう、というお話。

最初はちょっと右っぽいのかなと思いましたが、最後まで読んだらそんなことはなかったです。
展開だけ抜き出せばベタ中のベタなバディ物の激アツアクション。外部の助けが得られない中で、《いそかぜ》をテロリストから守ろうと2人の男が戦い抜きます。そこに新兵器やら北朝鮮やら自衛隊やら各種要素を盛り込み激アツストーリーを組み立てたあげく、激アツキャラクターに激アツな場面で激アツな矜持を語らせるわけです。最高かよ。
かなりの端役に至るまで数ページだけでも視点人物にしているのが上手いんだよなぁ。場面転換が非常にスムーズかつ情報提示が的確で適度に読者を焦らし、なおかつたった数ページだけでその人物の弱さと強さをしっかり見せるのがめちゃくちゃ上手いです。大量の登場人物を読者に混乱させることなく配置し動かせているのは、ひとりひとりのキャラクターをきちんと示せているからでしょう。本格的にダイ・ハードが始まるまでが結構長いんですが、これも必要十分だから仕方ないかなと。ひとりひとりのバックグラウンドやキャラクターを見せるのが絶対不可欠な小説ですし。

あと、いつも自分が冒険小説に求める最低条件、「無能な人物による窮地を作らない」を華麗にクリアしていたのですがそりゃもう当然です。死力を尽くして戦う男たちの中にヌケサクがいては困るのです。日本が大ピンチになるのも、あくまで組織の構造上の問題が原因であって、決して個人のせいではないというのが良いですね。

というわけで、いやーやっぱり冒険小説は当たればめちゃくちゃ楽しいのでした。今度は真保裕一の『ホワイトアウト』でも読もうかなぁ。絶対面白そう。

書 名:亡国のイージス(1999)
著 者:福井晴敏
出版社:講談社
     講談社文庫 ふ-59-2、3
出版年:上巻 2002.07.15 1刷
         2002.12.05 4刷
     下巻 2002.07.15 1刷
         2005.05.18 21刷

評価★★★★☆
傷だらけのカミーユ
『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル(文春文庫)

カミーユ警部の恋人が強盗事件に巻き込まれ瀕死の重傷を。彼女を守るため警部は独断で犯人を追う。英国推理作家協会賞受賞作。(本書あらすじより)

今週、来週と地獄のように忙しいので、ブログ更新をあまり期待しないでください。せこいこと言うと、最近アクセス数が非常に良いし、何しろ今はランキング時期なのでがんがん感想あげていきたいんですけど。来週は鬼だぜぇ。

さて、年末ランキング関連の検索に媚びるかのごとく、『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続く、カミーユ・ヴェルーヴェン警部三部作の最終作『傷だらけのカミーユ』です。先に言っておきますが、このシリーズは基本的にシリーズ順で読むのがどう考えてもベストです。翻訳された順に『アレックス』→『イレーヌ』と読んだ人がいるかもしれないのは、まぁ仕方ないのです。が、一番よろしくないのは、大ヒットした『アレックス』を読んで、『イレーヌ』を読み逃したまま『カミーユ』が出ちゃって、じゃあとりあえず『カミーユ』読むかぁ、みたいになるパターンです。やめましょう。『イレーヌ』『『アレックス』両方を読んだ後に『カミーユ』だよ、約束だよ。

前置きが長くなりました。さていつもいつも女性を痛めつけることで定評のあるルメートルさん、今回の獲物はカミーユ警部の恋人であるアンヌさんです。強盗事件に巻き込まれた彼女は、何とか殺されずに済みましたが、なぜか必要に命を狙われ続けます。周囲にロクな説明もせず、連携もとらず、越権行為と違法行為に躊躇せず死に物狂いで強盗犯を追い、孤立していくカミーユ。果たして彼らの運命は……。

「『ほうれんそう』さえしっかりすれば窮地に陥らずに済む話」という、三部作の中では自分が一番苦手なタイプの作品です。ですが、個人的には本作が三部作の中でベスト。苦手な点が思ったより痛々しくクローズアップされなかったからというのもありますが、なにげに王道っぽいのと、でもちゃんと最後に全てをガラッと変えるどんでん返しがあるのと、どことなく古典的なクライムノベルっぽいところが良いのかなぁ。しっかり三部作としてまとめた作者の手腕を評価したいところ。

確かにどんでん返し度は、(今までよりは)大きくないかもしれません。ただそれは仕掛けがしょぼいからではなく、作者があまり隠していないからなんですよ。例えば視点人物をこのままにしたとしても、途中である名前さえ出さなければどんでん返しっぷりが倍増するはずなんです。ルメートルはそういうのはむしろ得意なはずですから、これはカミーユの内面に切り込むためにわざとやっているんじゃないかと。じわじわと追い詰められ、窮地に陥り、精神的に傷だらけになっていくカミーユの奮闘っぷりが印象的です。
そう、狙われる女という正統的な主題、ロマン・ノワールの主人公みたいなカミーユ警部、どんでん返し、という、非常にフランス・ミステリらしい作品なのです。『アレックス』と違い最初から最後まで一本筋に通しているのも良し。それに、ルメートルお得意の残虐描写、構図の反転を仕込んでいるので、面白いに決まっています。

というわけで、後期クイーン問題三部作ことヴェルーヴェン警部三部作を無事読み終えたわけですが、結果的には『カミーユ』>『イレーヌ』>『アレックス』かなー。好みはともかくルメートルが現フランスのトップミステリ作家であることは間違いないので、シリーズ外の作品も読んでみようか検討中です。

原 題:Sacrifices(2012)
書 名:傷だらけのカミーユ
著 者:ピエール・ルメートル Pierre Lemaitre
訳 者:橘明美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ル-6-4
出版年:2016.10.10 1刷

評価★★★★☆