緑のカプセルの謎
『緑のカプセルの謎』ディクスン・カー(創元推理文庫)

小さな村の菓子屋で毒入りチョコレートが売られ、子供たちのなかから犠牲者が出るという珍事が持ち上がった。ところが、犯罪研究を道楽とする荘園の主人が毒殺事件のトリックを発見したと称して、その公開実験中に、当のご本人が緑のカプセルを飲んで毒殺されてしまった。事件も単純、関係者も少数であったが、関係者はそれぞれ強固なアリバイを証明しあうので、謎の不可解性は強くなるばかり。さて、カプセルを飲ませた透明人間は誰か? 作者が特に「心理学的手法による純粋推理小説」と銘うつ本編は、フェル博士の毒殺講義を含むカーの代表作。(本書あらすじより)

先月三角和代さんによる新訳が出ましたが、それではなく、(積みっぱなしだった)旧訳版です。ジョン・ディクスン・カーではなく、ディクスン・カーなのです。なんだかんだ年1冊くらいのペースで読み続けているので、もう地味に15冊も読んだのか……俺はカーを好きだったのか……。

小村での無差別毒入りチョコレート事件というショッキングな事件が既に発生しており、未解決ではあるものの一人の女性が疑われていることがまず示されます。そして毒殺トリックを見抜いたとのたまう荘園の主人がそれを証明するためある実験を行ったところ、その最中に緑のカプセルによって殺されてしまうのです。フェル博士らは、実験を観ていた容疑者の面々の証言から真相を割り出そうとするのですが、この実験がトリックまみれのものであったため捜査は難航し……。

地味なカーで、そしてそれがすごく良いです。冒頭のポンペイのシーンやトリックなど、ミステリとしての構成は非常にクリスティーっぽいのですが、愉快犯的な最初の殺人や10の質問やフィルムなど、要するに事件の不可解性を強調したり解決の鍵になったりする要素はカーっぽいのが面白いですね。
なんといっても秀逸なのが、被害者自身が騙しを仕掛ける実験を行うという設定。同じ舞台を見せられているのに、身長やら色やらがどうだったのか、人によって証言が違うという奇妙な状況が生じます。何しろ被害者によるトリックと真犯人によるトリックが入り乱れているわけですから、非常に複雑。同じ事柄に対して全員の証言が合わないなんて、普通はせいぜいコナンのエピソード3つ分くらいの内容なのに、やり方と見せ方と仕込み方が上手いせいで中だるみしない程よい長編に。っていうかどんだけ本格ミステリ的に便利な設定なんだ……ずるい……この設定のためだけに子供を毒殺するカーはまさしく鬼畜……。
さらに、犯人判明後の説明で実験の全貌がようやく明らかになり、うわそんな単純なことだったのかさすが、ってなるあたりに、このカーの上手さがありますよね。心理トリックとかじゃないんですよ、ゴリゴリの物理トリックで華麗に実験の謎が明かされるわけですよ。感心するしかないじゃないですか。しかも最後に一気に種明かしするわけではなく、中盤から徐々に答えを示していき(時計とか)、さらに説明がつかないところをラストにばっと出すという、さすがの構成力。推理する人たち(諸々の警官など)と読者の思考のスピードが近く感じられるのも見事(毒入りチョコレート事件をさっさと終わらせるあたりとか。あと色が違うとかごちゃごちゃ揉め始めているのも、はいはい色盲ねつまんないやつねと思ったら全然違いましたね……)。

ま、不満がないわけではないのですが、そもそもカーは基本的に少なくない不満を多量の満足で押しつぶすことによって読者を感心させるスタイルですからね。犯人の行動についてどうかと思わないでもないすが、トリックの肝の部分が見事なので許しちゃえます。雑で若干失敗している感のあるロマンスが、2年後『連続殺人事件』で完成するわけですね分かります。ひとつだけ気になった点については、追記にネタバレで書きます。
というわけで、いやー安定のカーだなぁ。本格ミステリ作家、エンタメ作家としてのアベレージの高さには、今さらながら目を見張るものがありますね。

原 題:The Problem of the Green Capsule(1939)
書 名:緑のカプセルの謎
著 者:ディクスン・カー John Dickson Carr
訳 者:宇野利泰
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mカ-1-12(118-9)
出版年:1961.03.31 初版
     1989.01.06 20版

評価★★★★☆
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人魚とビスケット
『人魚とビスケット』J・M・スコット(創元推理文庫)

1951年3月7日から2カ月間、新聞に続けて掲載され、ロンドンじゅうの話題になった奇妙な個人広告。広告主の「ビスケット」とは、そして相手の「人魚」とは誰か?それを機に明かされていく、第二次大戦中のある漂流事件と、その意外な顛末。事実と虚構、海洋冒険小説とミステリの融合として名高い幻の傑作、新訳決定版。(本書あらすじより)

登場人物一覧に不備があるため、世界大ロマン全集ではなく創元推理文庫版で読まないとダメという作品です(叙述トリック的なアレではない)。読んだらだいたい理由は想像つきますが、どこかでチェックしてみたい。
というわけで、「海洋冒険小説とミステリの融合として名高い」作品をついに読みましたよ。いや面白いことは面白いんですが、正直いま読むとそれほどでもないのかなと……。「海洋冒険小説と謎解きミステリとの幸福な結婚」と解説にありますが言い過ぎですし、人種差別的な点もやや気になります。設定と趣向は最高なんだけど。

新聞に載った謎の個人広告。「人魚」「ビスケット」と呼び合う彼らの新聞紙上でのやり取りに興味を持った主人公が調べていくと、やがて第二次世界大戦中に船の難破により2週間の漂流生活を送った4人の物語にたどり着きます。「人魚」「ビスケット」「ブルドッグ」「ナンバー4」とあだ名で呼びあった彼らに、漂流生活の中で何が起きたのでしょうか。

冒頭の個人広告欄のやり取りが一番面白い気がしますが、どうもこの部分は事実らしいですね。すごい。
それはともかく、メインは水も食料も欠乏した救命ボートでの漂流生活の描写になります。高まる緊張感、イギリス人たちの中で唯一人種が違う「ナンバー4」に対する「ビスケット」と「ブルドッグ」の高まる不信感、ボートの上での均衡を保とうと努力するただ一人の女性「人魚」、などなど、海上でのサスペンスはさすが。混血の有色人種である「ナンバー4」の態度が終始ふてぶてしいことや、「ビスケット」と「ブルドッグ」の彼に対する不満がおおむね「有色人種だから」くらいに集約されてしまっているのが、まぁこう、時代なのかな……でも戦後の作品なんだけど……。
ちなみに日本人もチラッと登場するのですが、チラッとにしては意外と重要な役割を果たすことになります。こちらもお楽しみに。

さてなんやかんやで漂流生活の全貌が明らかになるのですが、どこが謎解きミステリなんだ、サスペンスじゃないかと思っていたら……おぉぉ、最後こう来ましたか。いやね、あだ名で呼びあっていたりするところからの意外な展開もあるのですが、そうではなくて別の角度から、一気に「ミステリ」らしくなるのです。謎解きではないし、やっぱり色々古いところもあるのですが、なるほどこれは「海洋冒険小説とミステリの融合」なのでした。マクリーンなどのそれとは角度が違う、かなり個性的な作品でしょう。

総じて高評価とは言い難いのですが、創元推理文庫として復刊されるだけの価値はあったろうとは思います。この作者の作品はあと1957年に平凡社の冒険小説北極星文庫から『白い世界の魔術』という作品も出ているそうなのですが、どういうタイプの作家なのか全く想像がつかないな……。

原 題:Sea-Wyf and Biscuit(1955)
書 名:人魚とビスケット
著 者:J・M・スコット J. M. Scott
訳 者:清水ふみ
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mス-7-1
出版年:2001.02.16 初版

評価★★★☆☆
その雪と血を
『その雪と血を』ジョー・ネスボ(ハヤカワ・ミステリ)

オーラヴ・ヨハンセンは殺し屋だ。今回の仕事は、不貞を働いているらしいボスの妻を始末すること。いつものように引き金をひくつもりだった。だが彼女の姿を見た瞬間、信じられないことが起こる。オーラヴは恋に落ちてしまったのだ――。雪降りしきる70年代のノルウェーを舞台に、世界で著作累計2800万部を突破した北欧ミステリの重鎮が描く、血と愛の物語。(ハヤカワ・ミステリ)

ジョー・ネスボといえばハリー・ホーレ刑事シリーズで有名な北欧ミステリ作家の筆頭ですが、シリーズ外作品も多数紹介されています。そもそも北欧くくりにあまり興味ないのでネスボも読んだことなかったのですが、今回訳されたポケミスがわずか180ページ、しかもポケミスなのに1段組みという非常に短い長編だったため、とりあえず読んでみました。
……いや、これはすごいです。騙されたと思って読んでみてください。自分の中では、読了後、めきめきと評価が上がり続けているんですけど。

物語は大筋よくあるクライム・ノベルっぽいものです。ちょっと抜けていて、独特のユーモアを持ち、かつ無邪気な残忍さを見せる殺し屋の主人公(ジム・トンプスンっぽい)が、恋に落ち、ボスに追われるようになる、でとりあえず十分。
それもそのはず、この作品は「1950年代から70年代にかけて大量生産されたペイパーバックオリジナルの犯罪小説を模して書かれた」もの、なんだそうです。舞台となるのも1970年代のノルウェー。キレキレの文章は魅力的ですが、ボスやヒロインなど主人公以外のキャラクターは結構大人しめということもあり、基本的に定型っぽさがあります。というわけで前半は、正直なところ寒いトンプスン(気候的に)だなぁくらいの気持ちで良くある良くあると読んでいたのですが……。

終盤で全体の印象がメキメキと変化し始めて、しっかりとノワール・クリスマス・ストーリーとして着地したので衝撃を受けました。すごい、すごいよこれは。たった180ページしかない中で、緻密に構成を練ることで読者の全てを裏切り、かつ贖罪の物語を紡ぐことが出来るだなんて。
単なる血の話でもなければ、惚れた女がどうこうというセックスの話でもないんです。この主人公だからこそ成り立つ「一人称」としての傑作ノワールなのです。こ、これが現代のトップ作家による、ジム・トンプスンへのアンサーだってのか……やばい、やばすぎる……。

ネスボの作品って基本的に長めなのでなかなか読む気が起きないのですが、これは薄くてすぐ読めますし、何より読んでもらわないと凄さが伝わらないはず。現代ミステリの奇跡をぜひ味わってみてください、おすすめです。

原 題:Blod på snø(2015)
書 名:その雪と血を
著 者:ジョー・ネスボ Jo Nesbø
訳 者:鈴木恵
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1912
出版年:2016.10.15 1刷

評価★★★★★
ガール・セヴン
『ガール・セヴン』ハンナ・ジェイミスン(文春文庫)

私は必ず日本に帰ってみせる。石田清美、21歳。家族を何者かに惨殺され、ロンドンの底で生きている。そこに飄々とした冷血の殺し屋マークがやってきた。僕が君の家族を殺した人間を探してみようかとマークは言うが――暗黒街からの脱出を願う清美の必死の苦闘を描き切る鋭利なる文体。徹頭徹尾、女子が女子を書いたノワール。(本書あらすじより)

「女子による女子のためのノワール」とか書いてあると、どうしても「何だよ男子はお呼びでないってのかい」みたいな気分になってしまいますが、いやいやそんなことはありません。25歳の新鋭作家が書いた、正統派のノワール作品です。

舞台はロンドン。家族を何者かに殺され、ナイトクラブ〈アンダーグラウンド〉で働く石田清美21歳(ハーフ)、通称セヴンが主人公。ふとしたことからギャングに目を付けられ暗黒街に片足を突っ込む羽目になり、何としてでもロンドンを脱出し、父の故郷日本へ帰ってやる、さらに家族を殺された復讐をすべく真実を突き止めてやる、と息巻く清美の物語です。

どれだけストーリーが典型的であっても、語りとキャラクターが見事であればいくらでも読ませる作品になる、ということがよく分かります。
主人公セヴンの一貫性が気に入りました。破滅的な道を選ぶ愚か者のようでもあるし、自分の居場所を見つけたいという確固たる方針があるようにも見えます。怒りと無気力によって行動していくセヴンは、ハチャメチャなようだけど、これはこれで確固たるキャラクターなんです。
てっきりサラ・パレツキーのヴィクみたいな、ザ・3Fハードボイルド主人公、的なタイプの主人公なのかと思ったら全然違ったんですよ。良い意味で主人公然とした強さに満ち満ちているわけではなく、思い切った行動もとる一方で、どうしようもなく自ら泥沼に落ちていくこともあります。だからこそ、等身大で、人間らしく感じられます。「女子による女子のためのノワール」とはあるけど、男性も取っつきやすいのでは(むしろ女性全員がこの主人公を見て喜ぶのかなぁという疑問を感じたり感じなかったり)。

思いっきり日本がフィーチャーされているわけですが、日本描写は非常に的確で、逆につまんないくらい真っ当です。その他の例えば食えない男性キャラクター陣(家族を殺されたセヴンの復讐を助けようとする物腰の柔らかさに定評のある殺し屋マークとか、セヴンの愛人であるようなないような草食系中途半端男ノエルとか)も、実にちょうど良い“脇役”っぷりを発揮しています。
っていうか書きっぷりが全体的に達者なんですよね。読みやすいし、けど薄っぺらくないし、感情の起伏を上手いこと織り込んだ一人称がお見事。ライトなノワールとして、気軽に手に取って読まれれば良いなと思います。

原 題:Girl Seven(2014)
書 名:ガール・セヴン
著 者:ハンナ・ジェイミスン Hannna Jameson
訳 者:高山真由美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 シ-23-1
出版年:2016.08.10 1刷

評価★★★★☆
誕生パーティの17人
『誕生パーティの17人』ヤーン・エクストレム(創元推理文庫)

一族の長老エバ・レタンデルの90歳の誕生日を祝うパーティの夜、密室の中で発見された二つの死体。ドゥレル警部の捜査の結果、単純な事件と思われたものが、徐々に不可解な連続殺人の様相を呈してくる。だが、そうだとすると、一体誰が、何のために、どのように行なった犯行なのか? 「スウェーデンのカー」と言われる著者の、本邦初紹介作品!(本書あらすじより)

よく翻訳小説は苦手だという人の理由に「登場人物の名前が覚えられない」というのがあります。翻訳小説読みから言わせればそれは甘えということなんでしょうが、正直自分としては苦手な方の気持ちも分かります。ということをつくづく思わせたのが、スウェーデンのカーことヤーン・エクストレムの唯一の邦訳長編『誕生パーティの17人』なのでした。

一族の長老の誕生日を祝うために屋敷に集結した親族たち。遺産をめぐって険悪な空気漂う中、殺人事件と、密室での自殺と思われる事件が発生し……。
あらすじだけ見ると黄金時代ど真ん中で、総じて決して悪い作品ではありません。古き良き本格ミステリを模した、1975年のスウェーデン・ミステリとして読む価値はあります。密室トリックも、まぁ全体的にはぁん?って感じとは言え、評価できるポイントはあるし、一族の確執を利用したどろどろ遺産ミステリとして複雑な話をちゃんと作れているのも偉いのです。終盤で仕掛けられたトリックも、読者の頭の中にできている定型パターンをきれいに外しており面白いと思います。この作品の最大の評価ポイントはこのトリック(というか仕掛け)なんだろうなぁ。
複雑な家系図に基づく似たような名前ばかりの登場人物が17人という地獄のような設定も、なんだかんだ頭の中に入っては来るので必ずしもマイナスポイントでしかないというわけではありません。400ページ延々と家族に対する尋問だけなのにちゃんと読ませるのはさすがですね、こういうオーソドックスな一族物ミステリはやっぱり好きです。17人全員を描き切れていない故に、犯人当てとしては若干甘くなっているのがもったいないのですが。

しかし、しかしですよ。やっぱり17人は多すぎたんですよ……全員出し切れなかったんですよ……証拠も少なすぎてじゃあ17人誰が犯人でもいいじゃんってなるんですよ……つまりそういうことなんですよ……。
だって名前がエバ、エバ、エヴァ、エベ、エボーン、エリック、エレン、エバ-レナ、ヴィクトル、ヴェラ、ヴェローニカなんだもん、無理ですよ! 覚えるまで何回家系図見返したと思っているんですか! バカ!(逆ギレ)

密室トリックなども、悪くないけどこうもっと上手くやれたんじゃないかなと思いますし(開いてたのとか凶器とか)。期待していた割には、ちょっとパッとしない作品だったかなぁという印象です。ただ、シリーズ何作もある中でこれ1作しか翻訳が出ていないというのはさすがにもったいないなぁ……北欧ミステリへの関心が高い今なら、創元が上手いこと売り出せばまたシリーズを出せるんじゃないでしょうか。今なら原書から翻訳できる方、いっぱいいらっしゃるだろうし。

原 題:Ättestupan(1975)
書 名:誕生パーティの17人
著 者:ヤーン・エクストレム Jan Ekström
訳 者:後藤安彦
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mエ-1-1
出版年:1987.01.23 初版

評価★★★☆☆
優しい殺し屋
『優しい殺し屋』ビル・フィッチュー(徳間書店)

ボブ・ディランの夢、それは世界一の『殺し屋』になることだ。すみやかに、人知れず標的を始末する『エクスターミネーター』に。しかし、危険な闇の世界に、ボブの夢が公開されてしまう。ある日、殺しの仲介屋マルセルが、5万ドルの仕事を持ってボブの家に現れたとき、一つ、大きな問題があった。マルセルの標的は人間であり、ボブの標的はゴキブリだったのだ。が、ボブが否定すればするほど、それがプロの手口に見られてしまう。舞い込む殺しの依頼と、偶然に死んでいく標的たち。かくてボブのもとには、CIAからのリクルーターや、彼を排除しようとする世界トップランキングの暗殺者たちがやって来る――。(本書あらすじより)

もともとこの記事を読んで知ったのですが、ようやく読んでみれば今年のベストユーモアミステリに選出したいくらいの超おすすめ本です。古本屋で見かけたら買いましょう。いやーすっごい楽しかったです。

害虫駆除業者のボブ・ディラン(綴りが違う)が最強の殺し屋と勘違いされたことで、(本人の知らないところで)大騒動が持ち上がり、世界ランキングトップ10入りしている名立たる殺し屋たちと対決する羽目に。果たしてボブの運命は、そして彼の夢である〈百パーセント安全なボブの害虫駆除〉会社の設立は成功するのか?というお話。なんだこれは。あらすじの時点でもう面白い。

アンジャッシュみたいな勘違い騒動から始まり、ニューヨークという超危険でイカれた街を舞台に繰り広げられる銃撃戦。面白くないわけがないのです。終盤には、なんやかんやあって、世界中の殺し屋(いちいち個性的)がボブを殺そうとニューヨークに集結し、ボブは各個撃破していくハメになるんですよ。すごいでしょう。上質のユーモア小説らしく、序盤から色々と登場していた伏線がばしばし機能して殺し屋をぶっ殺していくのが最高です。
そしてまた、夢追う究極のオプティミストであるボブが、夢追いすぎたあげく出ていった妻と子を取り戻すという話でもあります。背後から迫る殺し屋のことより昆虫のことを考えるボブ、果たして彼の未来はあるのか?
ひとつ注意点を言っておくと、次から次へと虫(特に害虫、全種類学名付き)が登場するので、苦手な方(自分もだ)は想像力を封じて読むことをおすすめします。最後の方とか想像したらやばいやつです。

ちなみに登場人物一覧(これも面白い)を見ると、殺し屋たちがどんな人物なのか少しわかります。
優しい殺し屋2
世界ランキングって何だよ、とか言わない。

ブラック・ユーモアではなく、ただただユーモアの大団円。読みましょう。そして2012年のシリーズ2作目翻訳を祈りましょう……無理だと思うけど。
ところでこの作品、映画化が決まったと訳者あとがきにあるのですが、どうやら結局制作されなかった模様。うーん、映画化されていればもう少し話題になったろうになぁ。

原 題:Pest Control(1996)
書 名:優しい殺し屋
著 者:ビル・フィッチュー Bill Fitzhugh
訳 者:田村義進
出版社:徳間書店
出版年:1997.06.30 1刷

評価★★★★★
犯罪は老人のたしなみ

新しいオーナーになって、ホームはすっかり変わってしまった。食事は冷凍食品、外出も厳しく制限される。こんな老後のはずではなかった。ならば自分たちの手で変えてみせるとばかり、七十九歳のメッタは一緒にホームに入った友人四人と、合計年齢三百九十二歳の素人犯罪チームを結成する。美術館の名画を誘拐して身代金を要求しようというのだ。老人ならではの知恵と手段を駆使して、誰も傷つけず大金を手にすることはできるのか?(本書あらすじより)

あらすじ読んだらめっちゃ面白そうだったんですよ。老人版ウェストレイクとかトニー・ケンリックみたいで(っていうかウェストレイクこういうの書いてそうだな)。ところがあらすじには重大な一文が抜けていたのです。すなわち、「テレビで刑務所の生活を見たメッタは、囚人たちの方がはるかに恵まれた環境で暮らしていることに気付いた。そこで犯罪を行い、あえて捕まることで、刑務所での夢の生活を目指すことに。」です。え、捕まるの?
結論から言うと、まぁケンリックが書いたら百倍面白くなったんだろうなーという感じ。少々ぐだついてしまったのが残念です。

老人ホームの老人たちが犯罪計画を立て、着々と盗みを働く序盤は最高に面白いです。老人たちがスマートな犯罪をする話を期待していたら、計画外の出来事やらミスやらで上手いこといかなくなってしまう話だったのですが、これはこれで悪くないし。っていうか犯罪者となるにはまず身体作りだと、ジムで鍛えだしたりするくらいにはみんな元気すぎですからね。歩行器途中から使わなくても歩けるし、体調の不満とか病気とか一切ないですしね。バック・シャッツが見たら殴るよ。
ただ、後半から徐々に失速していきます。悪人のやられっぷりが中途半端だったり、想定外の出来事の連鎖がいまいち面白くなかったりというのもありますが、一番の難点は長編としてばらけた感じかなぁ。もう少しメリハリをつけてくれないと単調です。せめてこっちの予想を大きく裏切るような展開でもあればいいんでしょうが、どんでん返しがあるというわけでもなく。

全体的には、まぁ無難にまとまりすぎで、もうちょっと頑張ってほしかったところ。シリーズ化しているそうなので、2作目以降に期待でしょうか。

原 題:Kaffe med Rån(2012)
書 名:犯罪は老人のたしなみ
著 者:カタリーナ・インゲルマン=スンドベリ Catharina Ingelman-Sundberg
訳 者:木村由利子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mイ-8-1
出版年:2016.09.09 初版

評価★★★☆☆
ささやく真実
『ささやく真実』ヘレン・マクロイ(創元推理文庫)

悪趣味ないたずらで、周囲に騒動をもたらす美女クローディア。彼女は知人の研究室から盗みだした強力な自白剤を、自宅のパーティーで飲みものに混ぜてふるまい、宴を暴露大会に変えてしまう。その代償か、夜の終わりに彼女は何者かに殺害された……! 精神科医ウィリング博士が、意外な手がかりをもとに指摘する真犯人は? マクロイ屈指の謎解き純度を誇る、傑作本格ミステリ。(本書あらすじより)

世の中には合わない作家というのがいるもので、自分にとってヘレン・マクロイはその筆頭です。しかしかれこれ3年も遠ざかっていたので、このままだと読まず嫌いになりかねない、ということで意を決して手に取ってみました。
で、やっぱりこう、楽しめたかというと微妙なんですが、とりあえず無の気持ちで読み終わることは出来ました(どういうことだ)。既読マクロイの中では『家蝿とカナリア』が一番嫌いじゃないという人間なので、純本格寄りである同じ初期作品として自分の好みに近かったというのもありそうです。

パーティーの主催者クローディアのいたずらによって強力な自白剤がカクテルに混入され、大混乱に陥る……という冒頭は、愛憎乱れあう人間関係を書かせりゃ天下一品のマクロイにぴったりな設定です。暴露大会と化したパーティーの一番いいところで屋敷の様子を描くのをやめてしまい、あとはウィリング博士視点にする、という構成は、いったいパーティーはその後どうなったのかと読者に期待させるという意味では悪くないんですが、だったらもっと捜査でそこを焦点にすればいいのにと思わなくもありません(最強の自白剤というキレキレなアイテムの中途半端な用い方がちょっとダサい)。
いつも通り鼻持ちならないウィリング博士によって死んだクローディアの性格がほどほどに明らかにされた後、とある大きなミスディレクションをひっさげて真相解明となります。正直なところ、一番の決め手が綱渡りどころかバレバレ過ぎるという大きな問題点がありまして、問答無用で犯人がすぐ分かっちゃうんですよね……。
ミスディレクションとか、上げて下げるようなオチとかって、合うときは合うんですけど、合わないときは徹底的に「何だその肩透かしは」となっちゃうじゃないですか。どういうモチベーションでのぞめばいいのかしらん(『ささやく真実』については、ある点をかなり証拠立てて掘り下げていくのが、結構良いとは思います)。

というわけで、うん、また3年くらいしたらマクロイ読もうかな……。どうも今年のマクロイだと『二人のウィリング』の方が評価高めっぽいので、読むのを間違えたかなという気がしなくもありません。なんかやっぱりマクロイの語りって肌に合わないんだけど、なぜなんだろう……駒月さんの翻訳は、他作家だとすごい好きなんですけどね。

原 題:The Deadly Truth(1941)
書 名:ささやく真実
著 者:ヘレン・マクロイ Helen McCloy
訳 者:駒月雅子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mマ-12-9
出版年:2016.08.31 初版

評価★★★☆☆
怪盗紳士モンモランシー
『怪盗紳士モンモランシー』エレナー・アップデール(創元推理文庫)

囚人493ことモンモランシー。警察から逃げる際瀕死の重傷を負ったが、運良く若き外科医ファーセットの治療の被験者となり、一命をとりとめた男。無事刑期を終えたモンモランシーは高級ホテルに滞在しながら、昼間は紳士、夜は泥棒、ふたつの顔を使い分け、次々とお宝を頂戴していく。だがある日暴れ馬を取り押さえたことで、彼の運命は大きく変わることに。痛快シリーズ第一弾。(本書あらすじより)

超簡潔に感想を書きます。じゃあ書かなきゃいいじゃないかと思うかもしれませんけど、書かなきゃ気が済まないのです。
おそらく今年度ワーストになるであろう、と読んでいる間から確信するレベルで、むちゃくちゃつまんなかったです。なぜだ、エレナー・アップデールよ。爆発1分前の周囲の人々の様子を秒単位で群像的に描く『最後の1分』はあんなに斬新で面白かったのに。

19世紀後半のロンドンで、こそ泥と紳士の二重生活を送る主人公の活躍を描くという面白そうなあらすじとは対象的に、テンポの悪さと語りの味気なさと展開のしょぼさが致命的です。これ全5巻のシリーズらしいんですが、1巻は要するに壮大なプロローグに過ぎないのねと。怪盗紳士とは何だったのかと。数少ない登場人物の動かし方も下手で、だったらもう読み切りマンガくらいにコンパクトにまとめればいいのにっていう。義賊感を出してくる主人公の気に入らなさもすごい。
短い章をつなぐやり方が本当に上手くいっていないんです。読みにくいし、分かりにくいし。だらだら説明してばかりで話も全然進まず、250ページないという薄さなのに異様に手強く。『最後の1分』はあんなにキレキレだったわけだし、多分モンモランシーから10年を経てかなり上手くなったんでしょう。

以上です。久々に本気でつまらなかったな……。

原 題:Montmorency(2003)
書 名:怪盗紳士モンモランシー
著 者:エレナー・アップデール Eleanor Updale
訳 者:杉田七重
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mア-17-1
出版年:2016.08.12 初版

評価★☆☆☆☆
ミステリ・ウィークエンド
『ミステリ・ウィークエンド』パーシヴァル・ワイルド(ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

「ミステリ・ウィークエンド」と銘打たれた冬の観光ツアー。その滞在先で客が死体で発見された。そこへあらわれたあやしげな振る舞いと不可解な言動を繰り返す“自称”夫婦。事件の謎がさらに深まるなか、新たな死体が発見される……。巧みなストーリーテリングで読者を翻弄させる名人ワイルドの処女ミステリ長編! P・モーラン・シリーズ未邦訳短編も収録!(本書あらすじより)

解説に書いてある各作品の初出年をメモし忘れたので、ネット情報での推測です。本自体を既に手放してしまったので、もし不正確なところがあればぜひご指摘ください。
さて、実はパーシヴァル・ワイルドは初読なんですが、なにこれ超楽しいじゃないですか。今まで読んでこなかったことを反省するばかり。
本書には、ワイルドの処女ミステリ長編『ミステリ・ウィークエンド』(200ページほど)、および短編3作品(うち1作は『探偵術教えます』のP・モーランシリーズ)が収録されています。以下個別に感想を。

「ミステリ・ウィークエンド」Mystery Week-End(1938)
時間順に4人の手記を並べ、さらに各手記のラストにどんでん返しを仕込むという練りこまれた構成なのですが、いやこれが実に面白いんです。密室の解決があまりにしょぼいという難点はあるんですが、むしろたったこれだけの真相を手記形式と変事を連発させることによってめちゃくちゃ複雑に見せているという点が素晴らしいじゃないですか。第3章までは、これ解決編用意してないんじゃないのってくらい謎が魅力的で超楽しいんです(これ嫌いな本格ミステリ読みとかいないんじゃなかろーか)。
ミステリ・ウィークエンドというミステリーツアー的な設定とか、雪の山荘だとか、めちゃくちゃに動かされる証拠品や死体だとか、うさんくさすぎる容疑者とか、怪しすぎる大量の伏線だとか、とにかく演出が見事という他ないですね。劇作家であったワイルドの本領発揮といったところなのでしょう。

「自由へ至る道」The Way of Freedom(1922)
あらすじを知らない方が楽しめそうな、アメリカらしいクライムノベルの良短編。泣かせます。全然違うけどブレット・ハリデイ「死刑前夜」を思い出しました。

「証人」The Witness(1928)
こちらはショートショートで、ジャック・リッチーっぽい作品です(海外のショートショートを読むと全部リッチーっぽく見えるの、どうかと思う)。

「P・モーランの観察術」P. Moran, Personal Observer(1951)
『探偵術教えます』で活躍する、P・モーラン・シリーズの唯一の未収録短編。短編集の方のネタバレなどは特にありません(たぶん)。
で、これが超面白かったのでした。ミステリとしてもコメディとしても伏線の張り方が最高。P・モーランは要するに、通信教育探偵ファイロ・ガッブ+ターンバックル部長刑事みたいな感じなのでしょうが、それをさらに面白さ倍増しましたみたいな感じ。『探偵術教えます』必ず読みます、絶対好きだわこれ。


原 題:Mystery Week-end(1922~1951)
書 名:ミステリ・ウィークエンド
著 者:パーシヴァル・ワイルド Percival Wilde
訳 者:武藤崇恵
出版社:原書房
     ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ
出版年:2016.01.29 1刷

評価★★★★☆
堆塵館
『アイアマンガー三部作1 堆塵館』エドワード・ケアリー(東京創元社)

ロンドンの外れの巨大なごみ捨て場。幾重にも重なる山の中心には『堆塵館』という巨大な屋敷があり、ごみから財を築いたアイアマンガー一族が住んでいた。一族の者は、生まれると必ず「誕生の品」を与えられ、一生涯肌身離さず持っていなければならない。十五歳のクロッドは誕生の品の声を聞くことができる変わった少年だった。ある夜彼は館の外から来た少女と出会った……。『望楼館追想』から十五年、著者が満を持して送る超大作。(本書あらすじより)

いやもうめっちゃ面白かったぜという感じ。今年のベストに入れたいくらいです。ミステリじゃないけど。

ゴミ山の中に住むアイアマンガー一族。「物」の声を聴くことのできるクロッドは召使いの少女と出会い、やがて一族と「物」にまつわる大きな秘密を知ることになる。

……というあらすじからも予想できるように、『堆塵館』はファンタジーであり、上質なボーイミーツガールであり、そしてタイトルの通り三部作の一巻なのです。えええええここで終わっちゃうの?????と言いたくなるようないいところで終わってしまうので、二巻はまだかと叫びたくなること間違いなし。じゃあ三巻出そろうまで待とう、と思うのも分かりますが、ここはぜひ二巻が出る前に一巻を読んで欲しいのです。
というのも、この、次が出るまでのワクワク感、久々にシリーズ物の続刊を楽しみに待つ時のアレなのです。自分の世代だと「ハリー・ポッター」シリーズとか、「ダレン・シャン」シリーズとか、「ネシャン・サーガ」シリーズとか、「バーティミアス」シリーズとか(いやまぁそこまでファンタジーゴリゴリしてはいないんだけど)。子供の頃に読んだ数々のファンタジー大作を思い起こさせるのであり、だからこそ読んでビビッと来てしまうのです。
『堆塵館』は異世界を舞台にしたファンタジー(いわゆるハイ・ファンタジー)ではなく、上記の作品群と同じく現実世界とファンタジー世界が接点を持つタイプ(いわゆるロー・ファンタジー)なので、えええちょっと今さらファンタジーとか苦手だわ大人になってから全然読んでいないわみたいな人(俺だ)にもオススメしやすいのかなと思います。19世紀ロンドンを舞台に、読んでいて次から次へと現実が書き換わっていくような感覚を味わえます。特に終盤の……いやこれは言っちゃダメだね、もちろん。

気になっている方はまず書店で手に取ってみてください。そしてネタバレを食らわない程度にパラパラとめくり、目次、登場人物一覧、館の見取り図、そして作者による何枚もの挿絵を見てほしいです。読んでみたくなること請け合いですよ(全然話の内容を説明することなく終わっちゃったけどまぁいいや) 。

原 題:The Iremonger Trilogy Boook 1 : Heap House(2013)
書 名:アイアマンガー三部作1 堆塵館
著 者:エドワード・ケアリー Edward Carey
訳 者:古屋美登里
出版社:東京創元社
出版年:2016.09.30 初版

評価★★★★★
幻の屋敷
『幻の屋敷 キャンピオン氏の事件簿Ⅱ』マージェリー・アリンガム(創元推理文庫)

ロンドンの社交クラブで起きた絞殺事件。証言からは、犯人は“見えないドア"を使って現場に出入りしたとしか思えないのだが……。名作「見えないドア」を始めとして、留守宅にあらわれた謎の手紙が巻き起こす大騒動を描く表題作や、警察署を訪れた礼儀正しく理性的に見える老人が突拍子もない証言をはじめる「奇人横丁の怪事件」など、本邦初訳作を含む日本オリジナル短編集。(本書あらすじより)

一週間ぶりの更新です。
さて、マージェリー・アリンガムの日本オリジナル短編集『窓辺の老人』が出たのはおよそ2年前なわけですが、ついにその第2弾が登場です。ちなみに第3弾は今月でます。今月です。何その突然のハイペース。
『窓辺の老人』を読んだ時も思ったんですが、いやぁいいじゃないですかアリンガム。前回よりもミステリとしてというより小説としてバラエティに富んでいる上に、全体的にユーモラスというか軽快で、読んでいて非常に楽しいのです。ショートショートみたいな作品も多く、アリンガムならではの切れ味を楽しめます。やっぱアリンガム好きかもしれない。長編ももっと読まないと……。
ベストは「魔法の帽子」、次点が「面子の問題」で。第3短編集を楽しみに待ちましょう。


「綴られた名前」The Name on the Wrapper(1938)
上流階級有閑探偵キャンピオンらしい、宝石強盗事件とそのツテと知識を生かした解決。推理もへったくれもないですが、指輪の件で一応伏線というか筋をつけているのが面白いかも。この手の指輪があるということは前にも何かで読んだ気がします。

「魔法の帽子」The Magic Hat(1938)
キャンピオンがもらった帽子の小物が、あちこちで謎の効力を発揮するという楽しい詐欺話。ホームズっぽい謎の出だしと、トラブルシューターとしてのキャンピオンのキャラクターが結びついた良短編です。当事者視点のホームズって感じが最高。ところでホームズはやっぱり日常の謎の創始者なんだなぁ。

「幻の屋敷」Safe as Houses(1940)
無断使用された屋敷に残されていた既に存在しない屋敷宛の便箋と、存在したり存在しなかったりする屋敷の謎。素人くさい犯罪者のいくら何でも雑なお仕事。点と点がつながると一瞬で謎が解けてしまうけど、数ある「消えた館」物の中ではマジで移動させている(婉曲)あたりがすごいです。

「見えないドア」The Unseen Door(1945)
チェスタトンのアレとアレに挑戦したかのような密室殺人事件。なかなか意外な真相だけど、でもさすがにバレるんじゃなかいかな……。ところでアリンガムはキャンピオンが真相に気付いた瞬間を前もって書かずに最後に後出しで書くことが多いので、だからどうしても本格ミステリっぽくならないんですが、これ書く順番さえ工夫すれば本格になるよね。

「極秘書類」(1940)
ブリーム社の金庫しかあけられない泥棒の企みに巻き込まれた女性をキャンピオンが救います。犯人の狡猾さと抜け目なさが印象に残る作品。アリンガムはシリーズ怪盗でも出してキャンピオンと対決させたら面白いんじゃないか。怪盗キッド的な。

「キャンピオン氏の幸運な一日」Mr Campion's Lucky Day(1945)
射殺事件の真相をキャンピオンが一瞬で見抜く、気のきいたショートショート・ミステリ。特に感想はなし。

「面子の問題」A Matter of Form(1949。1940?)
一度見た顔は忘れない男による手記。これはすごい。読んでまず思い出したのが、ネタバレになりかねないのでタイトルは伏せますがクリスティーの某長編。手記形式であるせいで、とんでもなく切れ味鋭い作品に仕上がっています。

「ママは何でも知っている」Mum Knows Best(1954)
ルーク主席警部が母親が活躍した過去の事件を団欒の場で話し、それをキャンピオンが聞いているだけ。さらにその場の別の聞き手による一人称複数の語りという意味不明に凝った構成なんだけど、特に意味はないし、ママの活躍もそれほどでもありませんでした。
実はこの形式の作品をアリンガムは何作も書いているようです。ルーク主席警部はアリンガムの後期の長編で主人公を張り、キャンピオン氏はその脇役というか手助けする人になってしまうそうです。アリンガムの長編全然読んでいないから知らんかった……。

「ある朝、絞首台に」One Morning They'll Hang Him(1950)
一見簡単に解決できるかに見える青年の伯母殺しを、キャンピオンが(ほぼ)安楽椅子探偵として解決します。なんてったって聞き込み一回で解決するからね。きちんとしたフェアな謎解き(珍しい)と、凶器を隠すなるほどトリックがなかなか良くできています。

「奇人横丁の怪事件」The Curious Affair in Nut Row(1955)
再びルーク主席警部のパブでの過去語りで、UFO目撃談を盛んに警察に通報しに来る老人の話。まさにホームズらしい謎解きが、短い中で上手く決まっていて悪くありません。

「聖夜の言葉」The Case Is Altered(1955)
キャンピオンの飼い犬ポインズの視点で語られる楽しいクリスマス譚(非ミステリ)。犬好き必読。っていうかキャンピオンはいつの間にか結婚していたのね……。

「年老いてきた探偵をどうすべきか」What to Do with an Ageing Detective(1958?)
「わたし」が語り手となってアルバート・キャンピオンについて考える作品。「わたし」というのはもちろん……。ポアロを嫌ったクリスティー、ピーター卿に恋したセイヤーズ、で、アリンガムはセイヤーズ寄りなのかな?


原 題:Safe as Houses and Other Stories(1938~1958、日本オリジナル短編集)
書 名:幻の屋敷 キャンピオン氏の事件簿Ⅱ
著 者:マージェリー・アリンガム Margery Allingham
訳 者:猪俣美江子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mア-12-3
出版年:2016.08.19 初版

評価★★★★☆