街への鍵
『街への鍵』ルース・レンデル(ハヤカワ・ミステリ)

メアリは白血病患者のために骨髄を提供した。だが、それが恋人の男の怒りをかう。彼女の美しい肌に傷がついたと、身勝手な理由で男はメアリを責め――暴力をふるった。家を出た彼女は、過去をふりきるように大胆な行動に出る。素性もよくわからぬ骨髄の提供相手に会うと決めたのだ。そこにいたのはレオという優しく繊細な男性。メアリは次第に彼に惹かれていくのだが、それが悲劇の始まりだった。その頃、街では路上生活者を狙った殺人が起き……不穏さを物語に練りに練り込んだ“サスペンスの女王”による傑作。(本書あらすじより)

今年5月にルース・レンデルが亡くなってしまい、そういえば去年11月にはP・D・ジェイムズが、2012年にはレジナルド・ヒルが亡くなっていたのであり、いよいよ英国「現代本格」作家と呼ばれていた面々がいいお年になっている昨今です。
と思ったら、8月のポケミスがなんとルース・レンデルだったのです。これはすごい。偉いぞ早川書房。まさかレンデル死去に合わせたとも思えないし(早すぎます)、もともと準備していたのかストックがあったのかは不明ですが、いやーこれは読まなきゃダメでしょう。調べたら2005年に光文社文庫から『虚栄は死なず』が出て以来のようです。
で、やっぱよりいものでした。多視点の登場人物を適度に交錯させながら「街」を描き上げていくタイプの小説、大好きなのです。しかもこのジコチューだらけの登場人物を上手く配置してこそ実現する、終盤の意外な展開もたまりません。さすがレンデルさん、プロです。

物語は、DVの彼氏から逃げてきた主人公メアリが、自らが骨髄を提供した患者に出会い恋をするパートと、街のホームレス連続殺人事件が並行して語られます。ひたすら不穏な雰囲気とサスペンス感が漂う作品ですが、結構ぐいぐい読めます。
多視点で複線的なプロットなんですが、一部交錯し、一部そのままつながらない、そのさじ加減がうまいのです。無数の人々で満ちあふれる「街」を示すには、全部つながらないくらいがちょうどいいんですよ。伏線の面白さと、ある程度独立した個々人の物語が、それぞれ別個に魅力を放っています。純粋な本格ミステリではありませんが、終盤の意外な展開はかなり上手いのでは?
登場人物で言えば、DVクソ野郎のアリステアを絶対悪として配置するのがそもそも仕掛けに貢献していますよね。元従僕ビーンはこの本のなかで一番タチが悪く視野が狭い。そしてホームレスの世界と非ホームレスの世界をつなぐ偽ホームレス(とも言えない)ローマンにより、周りしか見ていない登場人物たちの視点が「街」へと引き上げられます。

レンデル、『引き攣る肉』だけ読んでうわっえげつなっ系サスペンスの作家、というイメージだけだったのですが(いや実際いまでもそうなんだけど)、けど文学的試みというだけでは物足りない、本格ミステリテクニックに優れた作家だったのか、という点に今回一番感心しました。今年のポケミスの中でもかなり上位に来る面白さでしょう。自信を持ってオススメです。

書 名:街への鍵(1996)
著 者:ルース・レンデル
訳 者:山本やよい
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1898
出版年:2015.08.15 1刷

評価★★★★☆
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針の誘い
『針の誘い』土屋隆夫(角川文庫)

「いない……ミチルちゃんがいないんです」路地から飛び出してきた女はそう言った。誘拐した犯人は身代金を要求。しかし、指定の場所で殺人事件が起きてしまう。目撃者までいるというのに、犯人像が浮かび上がってこない――! トリック、意外性、論理性、独創性、そして文学性に溢れた傑作本格推理小説。(本書あらすじ改変)

誰が殺されるのか、は別にネタバレってほどでもないと思うんですが、一応あらすじをいじって分からないようにしておきました。あと表紙は自分が読んだ角川文庫版はもっと古いやつなんですけど、ネットで見つからなかったのでこれにしてあります。
恒例の月イチ国内ミステリです。今回は土屋隆夫の、千草検事シリーズ第1作。もはや全然新本格読まなくなっちゃってますね。もちろん初読作家です。
誘拐事件自体は派手なのに、全体としては超堅実な捜査&アリバイ崩しであるところが面白かったです。犯人の意外性はかなり捨てられている分、そこに至るまでの推理のスクラップアンドビルドが魅力的。それにしても国内ミステリは誘拐ものが得意ですねー。海外よりも圧倒的に多い気がします。

たまたま誘拐事件勃発現場に居合わせた千草検事。製菓会社社長の娘を誘拐した犯人は、母親を身代金取引に来させるよう指示する。千草検事らの努力もむなしく、ついに殺人事件へと発展してしまう。

誘拐事件からの不可能状況殺人事件という豪華な展開。事件現場周辺に胡散臭い人物がめっちゃうろちょろしており、ダミー推理が連発されます。最終的に出た真相がそこまでの推理に勝てないのはまぁご愛嬌というか、推理のスクラップアンドビルド型が往々にして抱えている欠点なので仕方ないのですが、既存のトリックをアリバイ崩しや誘拐事件に絡めたところが上手いと思います。
あと、特筆すべきは動機でしょう。既視感はありますが、もしかしてすごい斬新だったのでは? 斬新ですが、これを成り立たせるために犯人が大変ヒドい人物になってしまい、そこでこのヒドさを和らげるために色々追加したんじゃないかな、と予想します。
それと、これは個人的な好みですが、1970年発表というだけあって雅樹ちゃん誘拐殺人事件やら大学占拠やら作品発表時の(というよりそれよりちょっと前の)出来事がぽんぽん出て来るの、実に昭和ミステリって感じでいいですね。普段あまり読まないので新鮮です。

というわけで、手堅くまとまった一冊でした。もしかしてクロフツっぽいのかなぁ。

書 名:針の誘い(1970)
著 者:土屋隆夫
出版社:角川書店
     角川文庫 緑406-9
出版年:1977.05.20 初版
     1979.06.30 4版

評価★★★★☆
その女アレックス
『その女アレックス』ピエール・ルメートル(文春文庫)

おまえが死ぬのを見たい――男はそう言ってアレックスを監禁した。檻に幽閉され、衰弱した彼女は、死を目前に脱出を図るが……しかし、ここまでは序章にすぎない。孤独な女アレックスの壮絶なる秘密が明かされるや、物語は大逆転を繰り返し、最後に待ち受ける慟哭と驚愕へと突進するのだ。イギリス推理作家協会賞受賞作。(本書あらすじより)

去年翻訳ミステリ界どころか読書界に嵐を持ち込み、各種ミステリランキングを総嘗めにした、言わずと知れたピエール・ルメートルの日本デビュー作。発表順でいえば今年出た『悲しみのイレーヌ』の方が先になりますし、実際両方読める今となってはちゃんとシリーズ順で読んだ方がいいと思います。
で、これはもう流行ったからひがんでるだけじゃないのかとか言われそうで嫌なんですけど、ほんとねぇ、合わない作家ってたまにいるんですよ。例えばヘレン・マクロイとか、なぜかはまらない。で、どうもこのピエール・ルメートルさんも、まだ2作しか読んでいませんがそうなんじゃないかって気がしてきました。

もうこれだけ有名なのであちこちで感想など見られると思いますから、かなり簡潔に。
序盤はアレックスなる女性が誘拐・監禁され、死にかけ、そのタイムリミットまでにヴェルーヴェン警部は救えるのか、という話になります。中盤以降はどんでん返しというか、話のタイプが変わるので、あらすじで書けるのはここまででしょう。

読み終わってまず感じたのが、この作品の構造的な気持ち悪さです。要するに、第1部(個人的には一番面白かった)が、第2部、さらに第3部と完全に切り離されているのが気になったのです。
しかしよくよく考えると、この本が宣伝文句としていることばが「大逆転」「予想はすべて裏切られる」であることを考えると、この構造、つまり読者の、小説であればこういう展開になるだろう、という予想を裏切っていく話の運び方こそがたぶん『その女アレックス』の魅力なんだろうと思うのです。つまり、何でしょう、一般的に言う「どんでん返し」とはたぶん違うんですよね。だから最初に感じた気持ち悪さについてはまぁいいのかなと思います。

ただ、それでも、このパッチワークのようなミステリを好きになれるのかというと別の話で。
誘拐・監禁パートのタイムリミット的な面白さは当然まずあります。ちょっとグロかったり気持ち悪かったりするシーンがないでもないですが、自分もここ数年この手のをちょっとずつ読むようになってきたので大分慣れました。
ただ、第2部の内容はかなり普通のクライム・サスペンスなのです。ここまで読者をぐいぐい引っ張ってきたのに、突然今まで通りのミステリを読まされてしまう感じ。この落差がやっぱり好きになれません。
第3部は、単純に一番嫌いな小説のパターンだった、とだけ言っておきます。

というわけで、これだけ合わなかったのはかなり残念ですが、それでもフランス・ミステリへの関心がこの1作だけで一気に高まったのも事実ですから、感謝しないといけませんね。
というか思ったんですけど、自分が好きな「フランス」・ミステリってのは、結局おふらんすな小洒落た雰囲気と気取った文体に彩られたものだけで、自分はただのミーハーなのかも……うっつらい。

書 名:その女アレックス(2011)
著 者:ピエール・ルメートル
訳 者:橘明美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ル-6-1
出版年:2014.09.10 1刷
     2015.02.01 11刷

評価★★☆☆☆
弁護士の血
『弁護士の血』スティーヴ・キャヴァナー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

二十四時間裁判に関わり、自らの魂をすり減らし、家庭をかえりみることができない――ニューヨークの弁護士エディー・フリンは、酒に溺れて妻から見放され、いま町をさまよい歩いていた。そんな時、ロシアン・マフィアが彼を脅迫する。要求をのまなければおまえの娘を殺害する。十歳の愛娘が拉致され、いま命の危険にさらされている。マフィアのボスは、自分に不利な証言者を殺害しろという難題を突きつけてくるが……。(本書あらすじより)

いやはや、最近のハヤカワ・ミステリ文庫は本当に面白くなりました。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神で霜月蒼さんが褒めていたので読んでみたのですが、「エンタメ」としての面白さをこれでもかと詰め込みまくった、今年の「そりゃあお前面白いに決まっとろーが」大賞です。法廷シーンとアクションシーンの配合のバランス、長さ、キャラクターなど、どこを取っても申し分ない最強の娯楽作品。いいねぇ。

ロシアン・マフィアに娘を誘拐された元詐欺師の弁護士フリンが、マフィアのボスの弁護および重要証人の暗殺をするよう脅される。極限の状態の中で持てる限りの能力とツテを用いて弁護をしながら娘を守ろうとするフリンだが、どうも事件には裏があるようで、単なる暗殺ではおさまらなくなってきてしまうのだが……。

主人公がいきなり拉致されてすぐに法廷に放り出されるくらいですから、当然メインは法廷シーンです。ノー準備で突然法廷に立たされた主人公が、テクニックを駆使して証人を次々と撃破する怒涛の法廷バトルが非常に痛快。ぶっちゃけ展開が都合よすぎ、検事が設定は強いのに弱すぎでサクサク勝っちゃうので、単純にここだけ見たらぬるい作品に見えちゃうでしょうね。
ただ、主人公は娘の命を守るために死に物狂いで策を練り出し続けるので、これだけ都合よくてもあまり気になりません。法廷シーンの合間合間にある探偵パートで、詐欺師時代のツテを用いたマフィアの情報集めや、娘を奪回しようとする銃撃戦など派手なシーンがわんさかあるので、むしろこれくらいのちゃっちゃかしたテンポで良いのかもしれません。

そして最後には陰謀の全貌が明らかになるどんでん返しに加えて、むちゃくちゃなアクションシーンまでぶっこまれます。とにかく盛りだくさんな上にどの要素も水準以上の面白さなので、はっきり言ってかなり楽しく読めました。主人公の能力や友人がチートすぎ……そりゃそうですけど、そうじゃなきゃこんなに面白くなりませんよね、だからいいんです。

というわけで、帯に「ダイ・ハード+ジョン・グリシャム」という宣伝文句が躍っている(らしい)のが誇張じゃないという、良娯楽作品でした。中途半端なNV文庫なんかより好きって人もいるんじゃないでしょうか。おすすめです。

書 名:弁護士の血(2015)
著 者:スティーヴ・キャヴァナー
訳 者:横山啓明
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 421-1
出版年:2015.07.25 1刷

評価★★★★☆
謎まで三マイル
『謎まで三マイル』コリン・デクスター(ハヤカワ・ミステリ文庫)

河からあがった死体の状態はあまりにひどかった。両手両足ばかりか首まで切断されていたのだ。ポケットにあった行方不明の大学教授のものと考えたモース主任警部は、ただちに捜査を開始した、が、やがて事件は驚くべき展開を見せた。当の教授から、自分は生きていると書かれた手紙が来たのだ。いったい、殺されたのは誰か? モースは懸命に捜査を続けるが……現代本格の旗手が贈る、謎また謎の傑作本格。(本書あらすじより)

コリン・デクスターは高校生の頃にどはまりしていた作家で、今でもたぶんクリスティーの次くらいに好きな作家です。先日ツイッターでこの本をおすすめしたら、実際に読んで感想をあげてくれた方がいたので、よっしゃいっちょ俺も再読してみるか、となった次第。
そして久々に読んだらまーー面白いこと。やはり自分は初期より中期以降のデクスターが好きだな、と再確認しました。死体の身元捜しでほぼ一冊を費やしながら、双子やら行方不明数人やら犯人からの手紙やらをミキサーにかけることで変態的なパズラーとぶっとんだ意外な真相が生まれています。お見事。

事件はあらすじの通り。両手両足首切断の死体が見つかり、これは誰の死体なのか、ということを調べるのが中心です。誰もDNA鑑定とか考えないのがいかにもモース警部らしいですね(血液型鑑定すらしないんだから)。容疑者に双子がいたり、行方不明の人物から手紙が送られてくるなど事件は迷走を極め、モース警部の推理も迷走を極め、終盤では数少ない登場人物がばったばったと死んでいくのでワケが分かりません。
真相は、実のところ説明つけたもんがちというものである程度無理やりですし、そこに至るまでに作られては捨てられていった推理の方が魅力的だったり説得的だったりしないわけでもありません。複雑な真相のための真相というか。本格ミステリ的なところにツッコミを入れるときりがないでしょう。それでも、ラストの死体ラッシュにより読者に一瞬とて落ち着いて考えさせることをさせずに、超意外な死体の正体を明かすこの構成が、自分はすごく好きだということは言っておきます。何度読んでも笑っちゃいます。

ちなみにこの作品は13作あるモース主任警部シリーズ長編の6作目です。この頃はまだ各章の頭に引用を置いていませんが、かわりに古き良きイギリス小説らしく、「この章ではモース主任警部が○○をする」みたいな説明芸をやっています。モース、ルイス、マックス、ディクスンらのキャラも確立しており、とにかく読者を笑わそうというふんだんなくすぐりに加え、読者を惑わしまくるメタ視点もふんだんに挿入されるのです(実はこの時彼らは気付かなかったのだが……とかどんどん書いてしまうのです)。デクスターのユーモアって本当に好き。

というわけで、これをコリン・デクスター一発目に読ませるのはなんか違う気もするのですが、『ウッドストック行最終バス』を読んだっきり手をつけていない、みたいな人にはぜひ読んでもらいたい作品です。デクスターはこういう一発芸じみたトリックだって面白いのよ。


書 名:謎まで三マイル(1983)
著 者:コリン・デクスター
訳 者:大庭忠男
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 148-6
出版年:1993.09.15 1刷

評価★★★★★
悪夢はめぐる
『悪夢はめぐる』ヴァージル・マーカム(ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

刑務所長のわたしに全囚人を見せて欲しいと、前触れなく刑務所をおとずれた女性。死刑囚は最後に「あんたはもう足を突っ込んでるのかもしれない」と言い残して死んだ。送られてきたメッセージにしたがって車に乗り込むと、それから悪夢のごとき長いドライブと予想もつかない冒険がはじまった。『死の相続』を超える、アメリカ黄金時代の最大の怪作! ついに封印を破って邦訳!(本書あらすじなど一部改編)

『死の相続』は自分のオールタイムベスト級(ベストではない)のスーパー怪作ですので(未読の方はいますぐ読もう!)、それを超えるとか言われてしまうともう読まずにゃいられないわけですよ。というわけで意気込んで読んでみました。
めちゃくちゃ不親切な小説である上に、肝心の内容が本当に大したことない作品です。色々な要素をつぎはぎにしていますが、それが上手くないし、中身が薄すぎ。これでもうちっとサプライズの演出なりがうまければB級の面白い作品になるんでしょうが……。

あらすじはあってないようなものなんですが、とりあえず序盤では、刑務所長が、死刑囚の残した謎のことばに従うことで、財宝探しに乗り出します(というわけで刑務所長の仕事も不祥事を起こしてやめます)。ひとまず大都市に来た主人公は、裏社会の情報を探るべく潜入していくのですが。というわけでここはノワールというか犯罪小説風という感じ。
ところがなんやかんやあって、最終的にその都市を抜け出し、いちから財宝探しを仕切り直していくうちに、今度は密室殺人事件に遭遇します。もう終盤なのであらすじはこれくらいにしますが、いやほんと展開はぐちゃぐちゃですね。

不親切な小説、というのは、例えばあの手紙にあんなことがあったような!って感じで後から内容を明かすとか、前後の章でつながりが不自然だとか、主人公の行動の不可解さとか、とにかく色々。特に刑務所長だった主人公がそれを辞めてギャングの世界に突進していく様は本当にワケが分かりません。財宝探しって言ってもあれですよ、かなり不確実っぽい怪しい話なんですよ。本当に運だけで調査は進むんですが。

むちゃくちゃな展開とかご都合主義的なところとかは今年翻訳されたハリー・スティーヴン・キーラーっぽいのですが、キーラーの方がもっと割り切っているというか、タガが外れていて面白かったなと個人的には思います。中盤まで人探しでニューヨークに来てあてもなくうろつきまわるだけなんですよ、マジで。来て速攻で出くわしまくるとかならともかく、出くわしたり、数か月無駄にすごしたり、とスピード感もまちまちで気持ち悪いです(長いよね、全体的に)。ニューヨークの犯罪組織に入って行くくだりも、悪さを描き切るでもなし、茶化すわけでもなし、ハードボイルドでもなし、だらだらと目的もなく主人公が日々を過ごすだけなので中盤までがまったく面白くありません。
中盤までの流れを完全に断ち切って突入する終盤では、いきなり不可能趣味満載の密室殺人が発生します。まぁ頑張ったことは認めますが、これだって実にどうでもいい真相。そして主人公が追い求めてきた財宝の正体の肩すかしっぷり。ラストが非常にきれいなだけに、もっと最初と最後を上手くつなげて欲しかったです。

というわけで、B級の作品ばかり書いているというヴァージル・マーカムですが、B級というか本当のB級なので、わざわざ読む必要があるのかというと……。少なくとも、『死の相続』と比べて名前を出すのは無理があると思います。

書 名:悪夢はめぐる(1932)
著 者:ヴァージル・マーカム
訳 者:戸田早紀
出版社:原書房
     ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ
出版年:2015.10.30 1刷

評価★★☆☆☆
デイグラシアの羅針盤
『デイグラシアの羅針盤』カタリスト

「どうすれば、彼女たちは生きてあの海を出ることができたのか。
もし、違う選択をすれば、結果は変わっていたのか」

2033年8月1日、
深海遊覧船は水深700mの海底に沈んだ。

一瞬にして失われた50名の生命。
残された者たちは、閉ざされた深海で生存への道を模索する。
だが、その水底には、彼らが予想もしなかった脅威が潜んでいた。

“二人の生存者”の片割れは、
繰り返す記録と記憶の果てに、彼女たちを救うことができるのか。

「生存者を決めるのは、あなたです」

これは正解のないノベルゲーム。
(Amazonあらすじより)

ほっんとうに久々にゲームをやりました。ミステリマニアの知り合いが関わっている同人ゲームなのですが、せっかくなので感想をあげてみます。
内容はあらすじの通りですが、公式サイトの予告編なりオープニングムービーなりを見るのが一番いいと思います。オープニングかっこいいよね……。

基本的には、話を読み進め、時に選択肢を選び、ハッピーエンドにたどり着くのを目的とする普通ののノベルゲームです。
プレイ時の率直な感想は、「おっキャラクターが可愛い」→「海に沈んでからぐだぐだしてるなー」→「えっ選択肢すくない(というか全然ない)」→「これどうやればクリアできるんだ???」→「もうやることないぞ???」→「あああああ、そういうことかぁあ」→「ここからが本番です」→「謎はすべて解けた」
……こんな感じかな、多分何言ってるか分からないと思いますが。とにかくミステリ的な驚きに満ちた作品であることは確かです。

簡単に特徴みたいな部分を列挙しますと、

①舞台が「深海」。
  単に海ではなく、深海、というのは素敵です。深海というキーワードがミステリアスな雰囲気を形成してるのは勿論のこと、深海ならではの事件背景がでてきたり、深海生物が登場したりと、色々なアクセントになっています。

②音楽がいい!
  普段ノベルゲームをあまりやらないので詳しいことは分かりませんが、場面ごとに変わる音楽が印象的でした。お気に入りはユーモラスな場面で流れる「ぷぁぷぁぷぅぁああ」と緊迫した場面で流れる「どぅどぅどぅどぅカーン」ですね。聞けば分かります。聞かなきゃぷぁぷぅぁああは分かりません。

③初心者でも大丈夫
 正直、ノベルゲーム選択肢地獄(選択肢のたびに栞をはさんで大量の栞を前に訳が分からなくなる現象)を恐れていたんですが、まったくそんなことにはなりませんでした。プレイヤーがストーリーに介入できるポイントは決して多くないので(クリアしやすいよう配慮した、と公式ツイッターで言っていましたね)、シンプルにプレイできると思います。ただその分、介入する際に発想力を求められます。苦労した分の快感は確かにありますが。

④プレイすればするほど謎が増える
 話を読み進めていき、選択肢を選べば選ぶほど、この事件への謎は深まります。いま何が起きているのか?にとどまらず、過去に何があったのか?そもそもこいつは誰だ?まで、謎はどんどん増えていきます。疑問点の数をノートに箇条書きにしていたら二十、三十は出てきました。収拾つかねぇだろ、とか途中で頭をよぎっていましたが、安心してください、解決しますよ。うまいことパズルが組み合わさっていく快感がすごいです。

⑤はじめはタルくても後半のリーダビリティは凄い
 前半は正直読むのが面倒でした。キャラクターがわいわい冗談言い合っているのが好きな人は大丈夫だと思いますが、それでもある程度間延びしています。ただこれはこのゲームの性質上ある程度仕方のないことではありますし、後半からは事件にガンガン展開があり、最終的にすごいスピードで読めます。


というわけで箇条書き的な感想ですみません。
普段はゲーム実況を見るばかりで、実際に自分でゲームをプレイするのは久しぶりだったのですが、このゲームは自分でやって、自分で考えた方が10倍ぐらい面白いゲームだと思います。同人ゲームとして、という意味ではなく、ゲームとして大満足だったので、面白いノベルゲームないかなと探している方にはオススメです。

タイトル:デイグラシアの羅針盤(2015)
製  作:カタリスト
死者の中から
『死者の中から』ボアロー/ナルスジャック(ハヤカワ・ミステリ文庫)

重い高所恐怖症にかかり、警察を辞め弁護士となったフラヴィエールは、友人の実業家の頼みで素振りがおかしいという妻の尾行を引受けた。自分を自殺した曾祖母の生れ変りと信じる彼女に自殺の気配があるというのだ。確かにその行動は奇怪だった。苔むした墓地で、あるいは川岸で彼女は放心したように物思いに耽っていた。そしてある日、鐘楼の高みに登った彼女は高所恐怖症の彼をふりきり突如、暗い死の淵へと身を投げた……!ヒッチコックの『めまい』の原作。謎と恐怖と心理のミステリの三要素を兼ね備えるフランス・サスペンス小説の代表作。(本書あらすじより)

ハヤカワ・ミステリ文庫から出ているボアナルは3作ありますが、現状その中で最も見つかりにくいであろう作品です(パロル舎から出ている『めまい』も同じ作品ですが、こっちもあまり見かけません)。初期ボアナルは特に完成度が高いとよく聞きますが、なるほど確かに非常に彼ららしい作品です。ボアナルの創作スタンスなどについては『影の顔』の記事に書いたのでここでは割愛しますが、要するに一見非合理的な怪奇・恐怖と合理的解決を融合したところにボアナルらしさがあるのでしょう。
ただ、発端は魅力的だし、趣向自体は面白いんですが、全体的にだれてるというか、まだるっこしいというか、やや読みにくい、という感想の方が内容に対する驚きに勝ってしまいました。そう考えると、新訳で読んでみたい気もします。悲劇調の物語に組み込まれた仕掛けはさすがなだけにちょっともったいないです。

妻マドレーヌの不可解な行動を解明してほしいと主人公フラヴィエールが友人ジェヴィーニュから頼まれる。調べてみると確かに様子がおかしい。どうやら彼女の自殺した祖母と同じ行動をとっているようで、行動を見る限りでは祖母が乗り移っているとしか思えない。しかしフラヴィエールはマドレーヌを調査していくうちに彼女ににひかれてしまい……。

マドレーヌに行動の不可解さについては、最終的にかなり合理的な説明が登場し、ここはまさにボアナルの面目躍如といった感じ。いかにもな真っ当なサスペンスになる題材を、彼らが調理するとこう見せられるのか、という上手さ。やっぱりボアナルの創作スタンスって偉いです。新本格に通じるものがあるかもしれません。あと関係ありませんが、なんとなくこの真相が明かされるシーンがウールリッチっぽくないですか?
そういえば、ボアナルって第二次世界大戦の使い方も上手いですね。『牝狼』も戦中が舞台でしたし。このへんの初期作の発表年は基本的に1950年代なので、意図的に企みを生かしやすい年代を選んでいるのだと思います。

で、内容にほぼ文句はないんですが、主人公のマドレーヌに対する感情がダダ漏れになり始める第二部以降(いや最初からなんだけど)がちょっと長いということもあり、また日影丈吉訳がことさら古めかしいというのもあり、個人的にはぜひとも引き締まった新訳で読んでみたいです。主人公の恋い焦がれ絶望に追い込まれた心情をねちっこく書くこのくどさが仏ミスならではって言えばそりゃそうなんですけど、さすがにだれ気味……ってボアナル全部そうか。
個人的にはよりつらい雰囲気満載の『影の顔』の方が好きですし、もっと言えば予想もできない展開が面白かった『牝狼』の方が好きです。あとは『悪魔のような女』さえ読めば初期の代表的なところはコンプリートかな? なるべく早いうちに読んで感想をまとめたいですね。

書 名:死者の中から(1954)
著 者:ボアロー/ナルスジャック
訳 者:日影丈吉
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 31-2
出版年:1977.06.15 1刷

評価★★★☆☆
スウェーデンの騎士
『スウェーデンの騎士』レオ・ペルッツ(国書刊行会)

1701年冬、シレジアの雪原を往く二人の男。軍を脱走し大北方戦争を戦うスウェーデン王の許へ急ぐ青年貴族と、〈鶏攫い〉の異名をもつ逃走中の市場泥坊――全く対照的な二人の人生は不思議な運命によって交錯し、数奇な物語を紡ぎ始める。泥坊が一目で恋におちる美しい女領主、龍騎兵隊を率いる〈悪禍男爵〉、不気味な煉獄帰りの粉屋、〈首曲がり〉〈火付け木〉〈赤毛のリーザ〉をはじめとする盗賊団の面々ら、個性豊かな登場人物が物語を彩り、波瀾万丈の冒険が展開されるピカレスク伝奇ロマン。(本書あらすじより)

20世紀前半に歴史小説、幻想小説、推理小説を書いたオーストリアの作家、レオ・ペルッツの作品を初めて読みました。近年の国書ペルッツの中では、『スウェーデンの騎士』は比較的ミステリ度合いが高いんだとか。ちなみに一番ミステリとして有名なのは『最後の審判の巨匠』でしょうか。
最初に明示された結末に向けて作りこまれた構成は見事。読み返すと感心します。ちょっとファンタジーっぽい要素もあったんですが、もしかしてこれファンタジーじゃないのかな、そこらへんの塩梅も気になります。
でも一方で、もはや自分は中学の頃とは違って、ゴシック小説やピカレスク・ロマンや古典冒険小説を心から楽しめなくなってしまったのでしょうか……とか考えちゃいました。そうだとすれば悲しいな……。

既に戦いで亡くなっていたはずの「スウェーデンの騎士」が、死後娘のもとに現れることが出来たのはなぜか?という謎が最初に提示されます。その後、彼の波乱万丈に満ちた人生が、その謎を解き明かすために展開されます。貴族でも何でもない主人公、〈泥棒〉の破天荒さがいいですね。
序盤に出て来た、牢屋っていうか教会に「スウェーデンの騎士」が捕まってしまうところ、てっきりファンタジー的な、要するに悪魔の契約みたいなやつかと思って読んでいたんですが、なんか現実のものとして出て来たのでびっくりしました。こういうのがあったんですね(あったんだよね?)。あの辺の現実と非現実の混ざり方のバランスが気になります。

しかしまぁ、ある程度面白くは読めましたが、飛び抜けて読んでて好きってほどでもなく。『ボリバル公爵』とか『聖ペテロの雪』とかどんどんペルッツが訳されていますが、次読むなら『最後の~』ですかねー。

書 名:スウェーデンの騎士(1936)
著 者:レオ・ペルッツ
訳 者:垂野創一郎
出版社:国書刊行会
出版年:2015.05.10 初版

評価★★★☆☆
アンブローズ蒐集家
『アンブローズ蒐集家』フレドリック・ブラウン(論創海外ミステリ)

SF・ミステリの鬼才フレドリック・ブラウンが放つ“エド・アンド・アム・ハンター”シリーズ最後の未訳作品がついに完訳! ある日突然、探偵の伯父が消息を絶った。甥で同じく探偵のエド・ハンターがアム伯父さんを救出すべく奮闘する!(本書あらすじより)

いやー、年末ミステリランキングの時期ですね。
普段はあまりあの内容についてコメントしないんですが、よく考えたら自分もかれこれ5年くらいは投票に関わってきたわけですよ。コメント書いたりもしてるし。それも今年最後というわけなので、せっかくですから、このミスの結果が出たあたりにでもちょっと記事を書こうかなと思っています。サークルとしてというより、個人的な新刊ランキングくらいは書いてみようかなと。ご期待ください。

さて、相変わらず1ヶ月以上遅れて読んだ本の感想を書いていますが、今回はフレドリック・ブラウンのエド・ハンターシリーズから、唯一未訳だったもののついに翻訳された4作目です。『シカゴ・ブルース』に始まる私立探偵小説シリーズですが、自分、読むの初めてなんですよ。というかそもそもブラウンの長編自体読んだことなかったですし。
傑作と言うんじゃないけどしみじみ面白い作品でした。特に最後のほろ苦い感じがすごくいいです。青春ハードボイルドでありつつ、都市伝説的な魅力ある謎で読者をまず惹きつけるあたりが上手いなぁと。ぜひシリーズを追ってみたいなと思わせるだけの力のある一作です。

雇われ私立探偵エドの伯父(同じく探偵)アムことアンブローズが行方不明に。奇しくも「アンブローズ・コレクター」なる、アンブローズさんを蒐集しているという謎の男のウワサ話を聞き不安に思ったエドは、雇い主の探偵事務所総力のバックアップのもと、伯父探しに奔走します。

このシリーズ、基本的に若いエドと経験豊かな伯父アムがコンビで捜査するようで、エドの一人称によりエドの成長物語にもなっている、というテイストみたいですが、しょっぱなからアム伯父が行方不明なので、結局ほとんどアムを見ることが出来ませんでした。とはいえ、アム伯父を探す過程でアム伯父について詳しく知っていくことにもなる、という構成ですので、シリーズ未読者でも大丈夫だと思います(特に分からないこととかはなかったです)。
で、これ、軽めの一人称ハードボイルドですが、主人公がとても若いので、青春小説・成長小説としての味わいがいいんですよ。優秀な私立探偵である伯父を探すために、エドは探偵事務所所長の助けを借りて頑張って探偵をします。手がかりがほぼ皆無の事件だからこそ、若造で未熟なエドの実力が試されるわけです。アム伯父の足跡をたどるところなんかは、アム伯父になりきって考えたりするので、捜査というより探偵の修行をしているかのようです。
「アンブローズ・コレクター」というディーヴァーばりの犯人の謎は早々と大人しいところに着地しますが、他にも地元の賭博不正事件などを絡めながら上手いこと犯人当てをちょこっと入れており、なかなか一筋縄では終わりません。謎解きをし、かっこよく私立探偵らしいところを見せて終わる、という丁度良いこじんまりとした感じがすごく好きです。

他にも、シリーズの中で登場人物の変遷をしっかり描いており、これ全部読めばさぞ面白いんだろうなぁと思わされました。長い付き合いの娘エステラ(超美人)とエドの関係が、(過去作読んでる方が面白いんだろうけど)かなりはっきりと揺れ動いた末に、ちょっと苦いラストになるあたりが青春小説として素晴らしい出来栄え。途中でいちゃこらしているだけに素晴らしいです。うーん次作が気になるな……。

というわけで、全体的に好きな私立探偵小説でした。また読まなきゃならない&集めなきゃならないシリーズが出来てしまった……。

書 名:アンブローズ蒐集家(1950)
著 者:フレドリック・ブラウン
訳 者:圭初幸恵
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 153
出版年:2015.08.30 初版

評価★★★★☆
ユー・アー・マイン
『ユー・アー・マイン』サマンサ・ヘイズ(ハヤカワ・ミステリ文庫)

夫、妻、双子の男児、そしてもうすぐ女児が生まれる幸せな家。そこに一人のベビーシッターがやってきた――33歳のゾーイは、巧みに反抗的な双子をてなずけ、夫は彼女を信頼するようになる。が、妊婦のクローディアには何かがひっかかる。ひそかに家の中の何かが微妙に変わっていく。その頃、街では妊婦が残忍な手口で惨殺される事件が起き、さらに同様の事件が……全世界の女性をうならせた、衝撃の結末が待つサスペンス。(本書あらすじより)

今年のハヤカワ・ミステリ文庫は面白いな……良質なサスペンスが多い印象です。ノーマークだった『ユー・アー・マイン』なのですが、いやこれがもうめっぽう面白かったのでした。
あらすじと序盤だけ見るとどろっどろのいや~なミステリっぽいのですが、中身は意外な真相とさりげない伏線芸が秀逸なよく出来た英国サスペンス。話が動き出す中盤までがやや長く感じられますが、散りばめられた不穏さで乗り切っていますし、何より読みやすいです。おすすめです。

クローディアは海軍に所属する夫と結婚したばかり。夫の先妻との間に出来た手のかかる双子は、まだあまりクローディアになついていない。そんな中でクローディアは妊娠するが、夫は長期的な遠征で家をあけていることが多く、ベビーシッターを雇うことにした。その頃近所では連続妊婦殺害事件が起きており……。

応募してきたベビーシッターが、家の中を嗅ぎまわるわ何かをもくろんでいるわで超露骨にうさん臭いのです。おまけに彼女の人間関係が色々と謎で、彼女視点の章がヒント&疑問を読者に次々と投げかけて来るので、先がめちゃくちゃ気になります。誰によって何がなぜ進行しているのか、読者が全く読めないのです。
さらに、近隣で発生する連続妊婦殺害事件の捜査が同時に描かれます。捜査するのは、お互い不仲な刑事夫婦コンビ。彼らもまた子育てに問題を抱えており、事件どころか家庭内がごたついています。基本的にはこの捜査パートとクローディアの一家の話は別々なのですが、次第にゆるーく、そして怪しげなつながりが浮かび上がる様が絶妙。刑事たちの視点がついにベビーシッターと混ざり合い、一気に事件解決に向けて動き出すラストは圧巻です。このへんの叙述がうまいなー。

最後に明かされる真相がかなりのどんでん返しで、うわっまじかっとナチュラルに驚かされるんですが、ここで色々と遡る形で伏線が回収されるのが面白いんですよね(本格ミステリとして評価する向きがあるのも分かります)。個人的に、あの、ぼよーんにすごく感心しました。奇をてらうわけではなく、あれか!と納得できるサスペンスとしての驚きが心地よいのです。

数少ない登場人物の心情をしっかり描き、適度な緊張感とどんでん返しを用意し、さりげなくベタだけど好印象なラスト一行でしっかり締める、という超良作でした。個人的には今年の新刊の中でもかなり上位。ちなみに続編は、バリバリ英国田園警察小説の流れを汲んだサスペンスらしく、この作者は本格ミステリ的な伏線芸が出来る人だと思うので、ぜひぜひ翻訳してくださいお願いします。

書 名:ユー・アー・マイン(2014)
著 者:サマンサ・ヘイズ
訳 者:奥村章子
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 417-1
出版年:2015.05.25 1刷

評価★★★★★
悲しみのイレーヌ
『悲しみのイレーヌ』ピエール・ルメートル(文春文庫)

連続殺人の捜査に駆り出されたヴェルーヴェン警部。事件は異様な見立て殺人だと判明する……掟破りの大逆転が待つ鬼才のデビュー作。(本書あらすじより)

去年翻訳ミステリ界中の話題をひっさらい、各種ランキングをそうなめにした、ピエール・ルメートルの『その女アレックス』……を実はまだ読んでいなかったのです。なんてこったい。いや、なんかグロイと聞いていたので敬遠していたらこんなことに……。
そうこうしているうちに、『アレックス』の前作、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ第1作『悲しみのイレーヌ』が翻訳されました。聞くところによると、シリーズ順で『イレーヌ』を先に読む方がいいとのことですし(編集者さんが呟かれていました)、実際両方読んだあとで確信を持って言えるのですが、『イレーヌ』が先の方がいいです。個人的に面白さも『イレーヌ』の方が好きかなー。まぁ、『アレックス』の感想は1ヶ月ほどしたら記事を書きますので。

さて、前置きはこれくらいにして、とにかくヴェルーヴェン警部シリーズ第1作『悲しみのイレーヌ』ですが、なんと見立て連続殺人犯ものです(なんの見立てかは読んでのお楽しみ)。なかなかミステリ読みの心をくすぐり、非常に楽しいのですが、ある仕掛けが明らかになった後がどうしても好きになれませんでした。頑張って読んだ自分を否定されるみたいで。ってこの手のトリックを読むといつもそういう感想書いてますけどね、自分。

ネタバレ警戒してぼやかして言いますが、どうもこの手のトリックにも自分で受け入れられるやつと受け入れられないやつがあるようです(最近気付きました)。要するに場外ホームランの度合いが大きければ大きいほど苦手に思うみたいなのです。あくまで読者として作中に没入したいというのが正直なところ。
ですから『イレーヌ』について言えば、その仕掛けが分かるまでの連続殺人捜査パートはすごく好きです。見立て(これが海外ミステリ好きの心をくすぐるんですよ、いやほんと)が次々に明らかになる読者を飽きさせないこまめな情報開示なんか最高ですし、グロめの連続殺人事件もフランスミステリらしい文体の簡潔によって淡泊さを保っているのがいいですね。どぎつい殺人事件の内容とは対称的に、残酷でもなく非情でもない、シビアで程よく地味な捜査小説であるように見えます。
捜査陣も非常に個性的で実にフランスミステリらしくて良いのです。やっぱりフランスには変な警察官が似合います。仕掛けや猟奇性を抜いても、チームでの捜査、つまり警察小説としての面白さがまずしっかりしている点に好感が持てます。

ラストのラストについては……まぁ現代のミステリではこういうのもはや珍しくなくなってきましたからね、半ば諦めてます。でも、読後印象に残るのは、これよりも中盤までの捜査なんですよね、不思議。

というわけで……なんといえばいいのかな、ある意味で非常にフランスミステリらしい作品ですよね、トリックもキャラクターも。こういうミステリが海外ミステリ好き以外の層にまで届いてくれる、というのはすごく嬉しいことだと思います。いろいろ言いたいこともありますが、とりあえずそんな感じで。

書 名:悲しみのイレーヌ(2006)
著 者:ピエール・ルメートル
訳 者:橘明美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ル-6-3
出版年:2015.10.10 1刷

評価★★★☆☆