サンドリーヌ裁判
『サンドリーヌ裁判』トマス・H・クック(ハヤカワ・ミステリ)

大学教授の夫が大学教授の妻を殺害?殺されたとされる史学教授のサンドリーヌ、彼女はその誠実さで誰からも慕われていた。一方、夫の英米文学教授サミュエルは、自身の知識をひけらかし周囲をいつもみくだしていた。彼は無実を訴え、証拠も状況証拠にすぎなかった。しかし町の人々の何気ない証言が、彼を不利な状況へと追い込んでゆく。やがて、公判で明らかになるサンドリーヌの「遺書」。書かれていたのはあまりに不可解な文章で…妻と夫の間に横たわる深く不可避な溝を、ミステリアスに描き出したサスペンス。(本書あらすじより)

要するにクックがあの作品(ギリネタバレなので自粛)を書くとこうなる、ということですね。肝だけ抜き出せば陳腐なのに、この真相とラストのために長々と裁判と回想に筆を費したらあら不思議、感動作が出来上がりました。やや安易な気もしますが、そこも含めてクックの良さではあるのかなと。

全編、妻サンドリーヌを自殺に見せかけて殺したという容疑をかけられた男サムの裁判が、彼の一人称で語られます。彼らの結婚生活の回想および証言によって、サンドリーヌ、そしてサムの性格、心情が明らかになっていきます。
この語り手サムが、まー嫌なやつなんです。二流大学教授ですが、自分はもっと優秀だ、そして二流大学の街の住民はみんなバカだ、ってな感じで周囲を見下すインテリクソ野郎。サンドリーヌからは感情が欠けていると言われていたようですが、まさにその通り。サンドリーヌとそりゃあ理解しあえっこないわ、としか思えません。語りからは実際に妻を殺したか分からないこともあり、感情移入をはねつけます。
しかし裁判の中で、彼はサンドリーヌの死の直前の不可解な行動を思い返し、サンドリーヌの考えを理解しようとしていくのです。周りの気持ちなんかてんで分からないダメ野郎だったサムが、徐々にサンドリーヌと、そして何より自分を見つめ直し、変化していくところが読みどころ。果たしてサムは本当に殺人を犯したのか? そして判決はどちらに?

と、あとは語るだけ無意味というか読んでねってタイプの話なので、感想はこれくらいで。とにかくクックの毎度のごとくの語りのうまさを堪能できる絶好の材料だったのは間違いありません。話としては比較的単純で物足りなさもありますが、これはこれでひとつの「サンドリーヌ裁判」という完成した物語なのだと思います。クックが好きであれば外しはしないはず。

書 名:サンドリーヌ裁判(2013)
著 者:トマス・H・クック
訳 者:村松潔
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1891
出版年:2015.01.15 1刷

評価★★★★☆
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ザ・ドロップ
『ザ・ドロップ』デニス・ルヘイン(ハヤカワ・ミステリ)

バーテンダーのボブがその子犬を拾ったのはクリスマスの二日後のことだった。仕事からの帰り道、たまたま通りかかった歩道の横のゴミ容器から、弱々しい泣き声が聞こえたのだ。子犬を抱き上げ、近くのアパートからナディアが姿を見せた時、孤独な負け犬だったボブの人生は変わった。殻から抜け出し、人生に希望が見えたのだ。だが、組織が所有する彼の勤め先のバーに強盗が押し入ったことから彼にも火の粉が降りかかってきた……ボストンの裏町に生きる人々の姿を巨匠がムード充分に描き、映画化された傑作ドラマ。(本書あらすじより)

パトリック&アンジーシリーズをひとつも読んでいないのに、気付けばルヘイン3冊目。近年のポケミスの中では断トツで薄く、200ページを切っています。後書きに詳しいですが、ルヘインの短編「アニマル・レスキュー」(ミステリマガジン2012年1月号に翻訳あり)が『ザ・ドロップ』のタイトルで映画化され、ルヘイン自身が映画を小説化したものなのです。だから長編というより中編サイズに近いのでしょう。
それはともかく、現時点での今期ポケミスベストです。いやー素晴らしいですよこれ。一見いかにもなベタな犯罪小説と泣きの話なんですが、それを190ページという短さに圧倒的濃度で凝縮し、ぴりっとした文体で締め、ラストにちらっと無情さをほのめかす……(おまけに犬がかわいい)。もう言うことがありません。

趣味も持たず、友人もいないボブは長年しがないバーテンダー。そんなある日、彼はゴミ箱に捨てられた犬を見つけ、一大決心、その場で知り合ったナディアの助言のもと飼うことにする。しかしバーに強盗が入ったことで、裏社会のきな臭い出来事にボブは巻き込まれるのだが……。

孤独で、だがどこか秘めたる意志を持ち、危うさも持っているように見えるボブという男の造形が見事です。愚直でさえない彼が、犬を飼い始めて知り合った女の子と一緒に犬の散歩に出かけるのです。そして物語が進む中で、ボブは少しずつ変化していくのですが……とここだけ見るとただの孤独な男の物語なんですが、これで終わらないところがいいのです(読んでのお楽しみ)。ボブが子犬を手にして人生最大の幸福を味わったとか言うんだよ……超かわいいよね子犬が……それなのにああいうラストっていうのがさぁ……。
他にも、バーの持ち主であるカズン・マーヴ、店の真の持ち主であるチェチェン人マフィア・チョフカ、出世欲の強い刑事トーレス、そして子犬を返せと迫る正体不明の危険人物エリック・ディーズなどなど(彼の得体のしれない感じがすごく好き)。こうしたアクの強い登場人物が本当にキレッキレでぐいぐい来ます。190ページなのに、めちゃくちゃ濃密なせいでさらっと流し読みできません。

彼らが混然一体となりボストンの裏社会が描かれ、ちょっとした驚きを交え、ラストにどこか諦念漂うパラグラフが盛り込まれます。つまるところ、これは犯罪小説の見本みたいなものなんじゃないでしょうか。無駄なく、けど少し感傷的な文章により、とにかく密度が高い一冊。最高です。個人的には『夜に生きる』よりもこういう路線のルヘインを読みたいかなー。

書 名:ザ・ドロップ(2014)
著 者:デニス・ルヘイン
訳 者:加賀山卓朗
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1893
出版年:2015.03.15 1刷

評価★★★★☆
水の葬送
『水の葬送』アン・クリーヴス(創元推理文庫)

シェトランド島の地方検察官ローナは、小船にのせられ外海へ出ようとしていた死体の発見者となる。被害者は地元出身の若い新聞記者だった。本土から派遣された女性警部がサンディ刑事たちと進める捜査に、病気休暇中のペレス警部も参加し、島特有の人間関係とエネルギー産業問題が絡む難事件に挑む。〈シェトランド四重奏(カルテット)〉を経て著者が到達した、現代英国ミステリの新たな高み。解説=若林踏。(本書あらすじより)

つつつ、ついに出ましたよアン・クリーヴスの新作が! いやぁ前作で「シェトランド四重奏」が終わってしまった上に、衝撃のラストだったもんですから、どうなることかと思ったら本国でちゃんと5作目が出ていて。え?え?どう続くの?とめっちゃ気になっていたのでした。
というわけで、シェトランド島を舞台にした地味地味英国現代本格の代表、ジミー・ペレス警部シリーズ最新作です。4作目のラストで重要人物に大きな出来事が起きますので、出来れば4作目の後に読んでほしいのですが、その遠回りがもったいないくらいシリーズの中でもベスト級の傑作でした。今作はほんっとうに素晴らしいです。読んでいる間もう幸せで幸せで……。
シェトランドという狭い環境での濃密な人間関係をじっくりと描くという、クリーヴスの持ち味が見事に発揮された一作。ペレス警部の再起、社会問題の絡め方も、無理なく、重厚な物語を作り上げています。
(なお、アン・クリーヴス初読という方は、やはり1作目『大鴉の啼く冬』から入るのがよろしいかと思います。先日あんまり英国地味本格を普段は好まない彼女が読んだところ、そこそこ気に入っていたようですし。)


シェトランドに帰省していた新聞記者が死体となって発見されます。どうやら島のエネルギー問題について調べていたようですが……。さらに彼の元カノ、死体を発見した地方検察官など怪しげな人間関係が浮上。病気療養中のペレス警部は、派遣されてきた新任の女性警部と共に久々の捜査を始めることになります。

1、2、3作目のアン・クリーヴスに戻ったな、という感じ。結婚式という田舎イベント、親戚やら職場やらの人間関係、とにかく地味に話を聞いていくだけのもったりとした展開。エネルギーという社会問題を取り入れてはいますが、でも派手にもうるさくもならず、基本は人間をじっくりと描くのです。いいぞー。

さらにある事情からほぼ休職中だったペレス警部(4作目の衝撃的なラスト参照)を、捜査にゆっくりと関わらせていくのが上手いです。やる気どころか生きる気すら出ていないようなペレス警部がほいほい殺人事件に乗り出すわけもないのですが、そのきっかけとなるのが、今回彼と共に捜査をすることになる本土から派遣された女性のリーヴズ警部。彼女が嫌味っぽくもなく、かつ時々感情的、精気のないペレス警部にいらだちもすれば気遣いもするという、実に好感のもてるキャラクター。リーヴズとペレスの距離感が本当に絶妙なんです。やはり女性作家はこういう女性を描かせるとピカイチですね。
また、ペレス警部不在の中、頼りないサンディ刑事の奮闘っぷりもいいのです。3作目以降めきめき頑張りを見せつつあったサンディですが、お、お前はペレスがいないとこんなにダメになっちゃうのか……。彼もまたリーヴズ警部という新たな上司への接し方に悩み、また徐々に復活していくペレス警部を見て心から嬉しく思ったりと心境大忙し。自信なさげな彼には今後も期待したいです、なんか感情移入しちゃうんだよね。

今作は作者お得意の視点人物の切り替えが捜査関係者ばかりという珍しいパターンですが、ペレス再生の物語としては実にぴったりでした。ペレス、サンディ、リーヴズからの目線が絶対必要です。
その中で、ペレス警部の天性の捜査の能力というか、発想の素晴らしさが、今回かなり強調されていたように思います。でもそのキャラ付けがしっかりしているせいで、ペレス警部が本調子になればなるほど、読んでいてすごく安心してしまうんです。じっくりと話を聞く、忍耐強いだけみたいなこのキャラクターにこんなに愛着を持つことになるとは思わなかったなぁ。

登場人物についてばかり語ってしまいましたが、ミステリ面でも安定の出来栄え。暗さ、陰湿さを伴いながら、最終的にペレス警部はいつものように人間心理を解き明かし、事件を解決に導きます。アン・クリーヴスの重厚な物語のつむぎっぷりが、明らかに前作までよりも格段に増しており、読み応えといい迫力といい、読者を引き込む力がすごいことになっています。こんなに地味なのに。これは新シリーズに期待せざるを得ません。
というわけで早くも次作を読みたいのですが、例によって訳されるのは2年後でしょうね……くぅぅ期待期待。

書 名:水の葬送(2013)
著 者:アン・クリーヴス
訳 者:玉木亨
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mク-13-5
出版年:2015.07.24 初版

評価★★★★★
リモート・コントロール
『リモート・コントロール』ハリー・カーマイケル(論創海外ミステリ)

D・M・ディヴァインを凌駕する英国の本格派作家。新時代の巨匠ハリー・カーマイケル、満を持しての日本初紹介!男女関係という“千古不易の謎”にクイン&パイパーの名コンビが迫る。(本書あらすじより)

D・M・ディヴァインと同時代の、じみ~な英国本格ミステリ作家の初紹介作品です。M.K.氏による名同人作品『ある中毒者の告白』(未訳ミステリレビュー本)くらいでしか紹介されていないというハリー・カーマイケルですが、実は80作品くらい書いているようです(なんで紹介されてなかったんだ?)。これ絶対好きですよと言われて読んでみたんですが、なるほどね……これは確かに俺が好きなやつだ……。
交通事故死という見た目は派手ながら結局地味すぎる事件を発端に、自殺なのか?みたいなこれまた地味な事件を重ねつつ、往年の黄金時代っぽいトリックを炸裂させます。ツッコミどころは多々あるし、はっきり言ってディヴァインの全作品より下だと思いますが、いやーいいよー、俺はこういう作家を待っていたんだよ、どんどん出してください。

新聞記者クインは、酒場の飲み友達パイパーの起こした交通事故事件になぜか巻き込まれることに。ついに起こった死亡事件で容疑者とされてしまったクインは、友人である保険調査員パイパーに協力を頼み、疑いを晴らすため真相を調べようとするが……。

このクインのキャラがいいのです。疎遠になってしまった友人からご飯に誘ってもらいたいなー、でも彼は結婚するしめんどくさいんだろうなー、あー俺は孤独だなー、って最後までぼやいているんですよなにこの人。しかもその友人ってもう30作くらい共演してるシリーズ仲間なのに。ロスマクっぽい、とカーマイケル作品が形容される理由がたぶんこのクインさんですね。

メイントリックは予想範囲内で、分かっちゃう人も多いでしょう。これを成立させるため犯人が仕掛けたもう一つのトリックはああなるほどねと感心しますが、これだけだったら相当小粒なミステリどまりだったはず。いや実際小粒ですが。
(……というか、よく考えたら真相の明かし方が独特で、トリック明かす前からかなり小出しに読者に情報をばんばん明かしていくんですけど、これはなぜなのかな……タイトルも含めてあんまりこの点でサプライズを仕掛ける気がなかったんでしょうか。よく分かりません。)
けど、その真相の暴き方が、死んだ女性の死ぬ直前の心理状態を推理していく、という流れから綺麗につながっているのがいいのです。彼女は果たして自殺したがっていたのか?という疑問が、複数の矛盾し合う証言からするすると解けていきます。うわっすごいマジメな作風。

240ページという分量の丁度良さや、読み進めやすく雰囲気全体から英国現代本格らしさが漂ってくるところといい、かなり好み。次は大きなトリックのない、さらに小粒な作品が読みやいのでぜひぜひ紹介をお願いします論創社さん。

書 名:リモート・コントロール(1970)
著 者:ハリー・カーマイケル
訳 者:藤盛千夏
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 151
出版年:2015.07.30 初版

評価★★★★☆
ラスト・タウン―神の怒り―
『ラスト・タウン―神の怒り―』ブレイク・クラウチ(ハヤカワ文庫NV)

※以下の内容は、あらすじも含めて、ブレイク・クラウチの前作『パインズ』『ウェイワード』を未読の方にはネタバレとなっております。というわけで未読の方は読まないほうがよいのですが、ざっくり気になっている方にだけお知らせしますと、『パインズ』が星5つ、『ウェイワード』が星4つだったとするならば、『ラスト・タウン』は星3つでした。えーとつまりそういうことです(ラストだけ頑張ったんだけどね)。







保安官イーサン・バークの告発が引き金となって、町を外界と隔てるゲートは開け放たれた!異形の生き物が群れをなしてなだれ込み、人びとに襲いかかる。凶暴な牙と爪!血塗られた町を飛び交う恐怖の叫び!イーサンは住民を組織して、怪物たちや町の創設者に立ち向かう。だが、仲間は次々と怪物の餌食に……。人類最後の町の未来はいかに?『パインズ』『ウェイワード』に続く三部作の完結篇!(本書あらすじより)

というわけで、あらすじからして既に『パインズ』最大のオチどころか、『ウェイワード』衝撃のラストまで語っているわけです。大変危険です。というかタイトルすら既にネタバレです。書店でうっかりこれを手に取っちゃう人がいたらどうするんだろう。
で、最初に『ウェイワード』未読の人は以下読まないでねって書きましたけど、そもそも『ウェイワード』読んだ人は『ラスト・タウン』の内容が気になってしょうがないはずなんですよ。だからいくらここで自分が『ラスト・タウン』をこきおろそうがたぶん読むので、誰のための感想なんだって感じですが、まぁあくまで自分向けなので。

さて、今までのこのシリーズを総括するならば、『パインズ』は魅力的な謎とどんでん返しがやばいド級のエンタメ小説でした。『ウェイワード』は設定がまぁまぁ読ませる一方で最後が噴飯もののシリーズのつなぎ作品でしたそして3部作の最後は……なんと、チープさ200%増しでの化け物による殺戮祭り(だけ)なのでした。え、えーー。もっと頑張ってよクラウチさん。でもラストだけまた上手いオチが用意されているので、なんかもうあれですね、どうしようもない。

とにかく、前作のラストでモンスター祭りが始まりかけ、さぁどうなると思ったらマジで7割まではただの虐殺祭りです。そしてどう収束するのかと思ったら、結局これしかないようねという方法で楽々と説得が進み、なんとか片が付きます。ってこれでいいんかーい。
前作での胡散臭い登場人物(パムとかピルチャーとか外をうろついていたやたらと思わせぶりな情報を持っていそうな人とか)はみんな安易に処理されます。もうほんと行きあったりばったりのストーリーで、まったく練りこみがありません。特にパム。お前わざわざ生存ルート選んでおいてなんでそうなるのだ……。あともう言っちゃいますけど、世界の探索に出かけ、帰ってきたあのお方(『ウェイワード』の地味な衝撃)ですが、何の情報ももたらしません。世界はもう滅んでいるからもうダメだ、だそうです。あ、うん……まぁそうだよね……。それから作中でアビーを手なずけたっぽいおばあさんがいましたけど、え、あれ何の意味もなかったの?

そして、なるほど、このラストの解決方法は確かに偉いです。エピローグのあれも結構飛んでて笑っちゃいました。ブレイク・クラウチさん、一発ネタだけは頑張れるのね。プロットはダメだけど。でも結局全部ぶん投げただけとも言えるわけで……せめてさぁ、三部作なんだからもちょっと考えてよ……主人公これじゃただのバカみたいじゃん……バカだけど……。

結局3部作とはいえ『パインズ』大人気を受けて書かれた『ウェイワード』『ラスト・タウン』ということですし(バック・トゥ・ザ・フューチャーと同じ方式)、おまけに徐々に面白さが下降していくので、読むのは『パインズ』だけでいいのでは、っていう結論になりましたつらい。個人的には最初が星5、次が星4、最後が星3ってとこです。全作品めちゃくちゃ読みやすいのが救いといえば救い。

書 名:ラスト・タウン(2014)
著 者:ブレイク・クラウチ
訳 者:東野さやか
出版社:早川書房
     ハヤカワ文庫NV 1354
出版年:2015.08.15 1刷

評価★★★☆☆
犬はまだ吠えている
『犬はまだ吠えている』パトリック・クェンティン(ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

その日のキツネ狩りの「獲物」は頭部のない若い女の死体だった。悲劇は連鎖する。狩猟用の愛馬が殺され、「何か」を知ってしまったらしい女性も命を奪われてしまう。陰惨な事件の解決のために乗りだしたドクター・ウェストレイク。小さな町の複雑な男女関係と資産問題が真相を遠ざけてしまうのだが……。ドクター・ウェストレイク・シリーズ第1作!(本書あらすじより)

復活した原書房のヴィンテージ・ミステリ・シリーズより、ピーター・ダルース物ではない、新たなパトQのシリーズが登場です。このウェストレイク医師シリーズについては解説がめちゃくちゃ詳しいのでそちらを読んでいただきたいのですが、サスペンス性と謎解きが合わさったシリーズと言えるようです。
で、やっぱりクェンティンは読んでいて安定して面白いです。全体的に暗めなトーンが特徴。小刻みに事件を起こしサスペンスを盛り上げようとしており、尋問シーンの処理も上手いですね。ただし、メイントリックが弱く、真相がやや分かりやすいのが惜しいので、今年訳されたもうひとつのパトQ作品『死への疾走』に軍配をあげたいところ。

田舎の医師ウェストレイクがその日参加したキツネ狩りは最初からおかしかった。前日は猟犬が吠えまくり、馬が暴走する。そして狩猟嫌いの男の地所から見つかったのは、頭と腕のない死体だった。友人コブ警視から保安官代理に任命された医師は捜査を行うが……。

登場人物が言っていたように、とにかく事件が連発します。殺人が続き、盗難が続き、失踪が続く、というように常に何かが起きています。その合間を縫って尋問も行われるのですが、あんまり尋問に割ける時間がないため、同じ人物に何度も戻ることがなく、常に新情報が提供されているという感じで大変読み進めやすかったです。最終的に全員がしっかり怪しくなるのも定番の良さ。
メイントリックは今となっては意外性に乏しいものですが、その後犯人まで当てられるかというとかなり難しいので、フーダニット面できちんと驚きがあります。特に馬殺しの理由が面白いですね。ただこの犯人当てをすると、メイントリックを成立させるのがかなり危うくなるのではないかなぁと。やや無理があるかもしれません。

それでも誰が犯人でもおかしくないような状況を作り出し、うまいこと犯人探しの面白さと重苦しい雰囲気を融合させるクェンティンの手腕はやっぱりすごいのです。ひところは『俳優パズル』が幻の名作、というだけの紹介でしたし、毎年のように出ているのでそろそろネタが尽きるかと思っていたのに、この人未訳にいっくらでも面白い作品がありますよね。クラシック・ミステリ作家の中では断トツで読みやすくよく出来た本格ミステリを書ける人なので、パトQは比較的初心者にもおすすめしやすいのかなぁ、とあんまり海外古典を読まない友人が読んでいる様子を見ていて思いました。

書 名:犬はまだ吠えている(1936)
著 者:パトリック・クェンティン
訳 者:白須清美
出版社:原書房
     ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ
出版年:2015.04.30 1刷

評価★★★★☆
薔薇の輪
『薔薇の輪』クリスチアナ・ブランド(創元推理文庫)

ロンドンの女優エステラ。その絶大な人気は、体が不自由でウェールズに住んでいるという娘との交流を綴った新聞の連載エッセイに支えられていた。エステラの未来は順風満帆に思われた。服役中の危険人物の夫が、病気のため特赦で出所し、死ぬまえに娘に会いたいと言い出すまでは……。勃発した怪事件に挑むのは、警部チャッキー。巨匠の技巧が冴える、本邦初訳の傑作ミステリ!(本書あらすじより)

巨匠、クリスチアナ・ブランドの未訳作がなんとまだあったんですねー。というわけで、『猫とねずみ』と本書にのみ登場するチャッキー警部シリーズが今年出ました。めでたいめでたい。ちなみに『猫とねずみ』の方が先ですが、読んでおく必要などは全くありません。というか読んでなくても大丈夫でした。
いまさら翻訳される作品が傑作なわけがないとか、代表作と比べるとちょっと……みたいなマイナス評価ばっかり聞いていたのでかなり身構えていたのですが。いやいや普通に面白いじゃないですか。トリックがどうこうというより、嘘をつく人間心理をじっくりと描いた点でかなり読ませられます。個人的にブランドは、ミステリの筋やトリックどうこうよりも、それを支える物語や悲喜劇で楽しめる作品の方が好きなようです。

物語は、大人気女優エステラを中心として展開されます。
障害を抱えたエステラの娘「スウィートハート」は、彼女の様子をつづった新聞連載によって英国中で人気を博しています。しかし実際は彼女は愛らしいどころではなく、彼女にまつわるほほえましいエピソードは全て関係者が作り上げたフィクションだったのです……という悪意の連鎖しか生まなそうな設定がまずいいです。この秘密を知る人間が複数おり、彼らが後々容疑者となっていくわけですが、特に、関係者でありながら部外者でもあるという新聞記者の存在が上手いですね。
秘密を守るべく全員が保身を図るなか、スウィートハートに無理やり会いたがったエステラの出所した旦那(登場人物中一番のクソ野郎)が殺されてしまいます。そのシチュエーションが不可能趣味がやや散りばめられた絶妙なもので、すごく魅力的。チャッキー警部は尋問を繰り返し、関係者が作り上げたフィクションをひとつずつ解き明かしていくことになります。
トリックもあるにはありますが、気付いてしまう読者もいるかもしれません。ちょっと小粒でここだけ見ても面白くないかも。ただ、チャッキー警部の追い詰め方、真相の明かし方の演出がうまくて、妙に印象に残る話になっています。いいなぁブランド。性格悪そうだ。

というわけで、確かにブランドと言えばな自白合戦も登場人物の罵り合いもないのですが、この異様な人間関係が物語をどんどん動かしていくので面白いんです。状況説明、クソ野郎の登場と死、行方不明となったスウィートハートの捜索、チャッキー警部vs容疑者軍団、と次々に話を展開していき、比較的短い分量の中でミステリを盛り上げてくれます。70歳のおばあちゃんにもなってこういうかっちりした話を作ってくれるブランドはやっぱりいいですねー。クラシックミステリ好きは、まぁブランドですからね、要チェックでしょう(しかしブランドをクラシック作家とすることに異論はないと思うんですけど、1977年の作品が果たしてクラシックか?と聞かれると難しいですね)。
ちなみに個人的な今まで読んだ中のランキングでは、『領主館の花嫁たち』を除くと、『緑は危険』>『自宅にて急逝』>『ジェゼベルの死』=『薔薇の輪』です。まだまだ未読が多いです。しかしだいたい自分の好みが分かりますね、こう並べると。

書 名:薔薇の輪(1970)
著 者:クリスチアナ・ブランド
訳 者:猪俣美江子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mフ-8-3
出版年:2015.06.30 初版

評価★★★★☆