禁忌
『禁忌』フェルディナント・フォン・シーラッハ(東京創元社)

ドイツ名家の御曹司ゼバスティアンは、文字のひとつひとつに色を感じる共感覚の持ち主だった。ベルリンにアトリエを構え写真家として大成功をおさめるが、ある日、若い女性を誘拐したとして緊急逮捕されてしまう。捜査官に強要され殺害を自供し、殺人容疑で起訴されたゼバスティアンを弁護するため、敏腕弁護士ビーグラーが法廷に立つ。はたして、彼は有罪か無罪か――。刑事事件専門の弁護士として活躍する著者が暴きだした、芸術と人間の本質、そして法律の陥穽。2012年本屋大賞翻訳小説部門第一位『犯罪』の著者が「罪とは何か」を問いかけた新たなる傑作。著者による日本版オリジナルエッセイ「日本の読者のみなさんへ」を収録。(本書あらすじより)

いまのところ、シーラッハは邦訳順に好きなのです。『犯罪』『罪悪』『コリーニ事件』。シーラッハ特有の簡潔な文体はそれ自体魅力的なのですが、短編だからこそ力を発揮するけど、長編はちょっと……みたいに思ってしまったのが『コリーニ事件』でした。では今回の『禁忌』はどうなのか?
……いやぁまたよく分かんないですね。というか今作は本当によく分からない。『コリーニ事件』のテーマは(ネタバレなので言えませんが)明快でした。ところが『禁忌』は比喩や挿話を駆使した「芸術」の話で、何かあるっぽいから困るのです。うーん面白くないわけではなかったんだけど。

筋は法廷ものらしい単純明快さ。前半では写真家として名声を獲得するまでのゼバスティアンの生涯が語られ、芸術家らしい彼の苦悩に読者は大いに共感することでしょう。ところが次第に彼の行動を読者は理解できなくなり、ついに彼は死体なき殺人事件の容疑者として逮捕されてしまいます。彼は果たして本当に真犯人なのか? ゼバスティアンは黙して語りません。世間を大きく騒がせた事件は法廷での戦いにもつれ込み……という、これだけならよくある法廷ものです。

だからはっきり言って、終盤まで結構面白いのです。やっぱり有罪か無罪か、ってのは王道ですよ。それをひっくり返そうとする敏腕弁護士(結構なお年)ビーグラーの清々しいまでのプロっぷり、証拠集めのための奔走、など、つまらないわけがないのです。しかしこれだけでは、確かにシーラッハ文体の魅力があるとはいえ、まだまだです。勝負は真相ですよ、もちろん。
と思ったら。えーダメだ芸術家の考えることはわかんねぇ。どういうもくろみだったか?ということは何となく分かりますが、それをどうしてこうやったのかが分からないのです。おまけにある挿話(隣人のやつとか)の意味もさっぱり理解できないし、というか作者が説明してくれないし、主人公が共感覚の持ち主だった意味もないような気がするし。うーんこりゃドイツで賛否両論になりますわな……。

というわけで、くそぅ相変わらず結構ノリノリで読み切っちゃうんですが、やっぱり邦訳順の原則は更新されなかった……。ある意味では『コリーニ事件』より好きですが、こうなんかもやっと感はぬぐえないのです。シーラッハの目指すところがすでに『犯罪』の域じゃないんですよね。どう評価したらよいのか難しい1作でした。

書 名:禁忌(2013)
著 者:フェルディナント・フォン・シーラッハ
訳 者:酒寄進一
出版社:東京創元社
出版年:2015.01.09 初版

評価★★★☆☆
スポンサーサイト
渚の忘れ物 犯罪報道記者ジムの事件簿
『渚の忘れ物 犯罪報道記者ジムの事件簿』コリン・コッタリル(集英社文庫)

失業中の犯罪報道記者ジム・ジュリー(♀)。母の経営するリゾートを仕方なく手伝う毎日だが、ある日、砂浜で生首を発見。村長に連絡するも、その対応に疑問が残り、独自に生首の身元を探そうとする。やがてジムは、タイに暮らすミャンマー人コミュニティに行き着き、事件はさらに暗い様相を示すのだが……。個性溢れるキャラクターにたっぷりのユーモア。CWA賞受賞作家が描く、社会派ユーモア・ミステリー登場!(本書あらすじより)

最近個人的にマイブームの集英社文庫から今年出た一冊。集英社文庫の海外ミステリ新刊って、ちょっと変わり種が多く、ハズレも少ないんですよねー。
コリン・コッタリルは、以前ヴィレッジブックスから老検死官シリ先生シリーズが2冊紹介されています。こちらもユーモア系のミステリということで気になっていたのですが、ヴィレッジブックスがなくなちゃいましたからね……と思っていたらなんと集英社文庫から別シリーズが! というわけでさっそく読んでみました。

舞台はタイの中でも貧乏ずんどこの寂れた海岸沿い。仕事がないため家族経営のホテルの料理女を引き受けている女性犯罪報道記者ジムが、海岸に流れ着いたミャンマー人の首に興味を持ったことで、タイにおいて差別されるミャンマー人社会を探ることになります。さらにボロホテルになぜか宿泊し続ける母娘、現政権に対するデモ、スケベな村長など、様々な要素が入り混じることに……。
というわけで、話はどちらかというと社会派。前半はややもったりしているのですが、社会派要素が濃くなった後半からどたばた要素も濃くなってきて、終盤めっちゃ楽しいことに。それを支える登場人物がどいつもこいつもキ……個性派ぞろいなのがポイントでしょうか。

例えばジムの兄は、性転換手術を受けたせいで今は姉、ネット上でのメイクの上手い人大集合みたいな大会のため韓国に向かうところですが、実は凄腕のハッカーで、何度もジムの調査を手助けします。ジムの祖父は悪徳警官にすぐ銃をぶっ放す元警官。ジムの母親は夜中に何者かを寝室に呼び入れよろしくやっているらしきマトモな会話の出来ない超変人。弟はボディビルダーをやっているためガタイのいいムキムキですがとんでもないビビり、その恋人は母親と言ってもいいくらいの年齢のボディビルダー、という具合。主人公のジムは比較的マトモですが、ある理由から作中では性欲に苦しむことになります。なんだこの一家は……。
で、この人たちが最終的に、ミャンマー人の奴隷船をぶっ潰すべく戦いを挑んだりしちゃうのですよ。もういろいろむちゃくちゃでスラップスティックコメディの趣すらありますが、内容はかなり深刻。このバランス感覚が程よく、楽しみながらがっつりとした読後感を得ることが出来るのです。ううん、うまいなぁ。

ちなみに全く本筋とは関係ないのですが、ラスト2行に衝撃の展開があります。こんな角度から読者を驚かせてどうするんだよ……次作が気になる……。

というわけで、地味に満足感の高い一冊でした。変わり種ですが、ユーモア風ミステリが好きな人なら結構楽しめるのではないでしょうか。最初の登場人物がぞろぞろ出て来るところがややだらけただけに、シリーズ2作目はもっとテンポよく楽しく読めそうな気がするので期待です。

書 名:渚の忘れ物 犯罪報道記者ジムの事件簿(2012)
著 者:コリン・コッタリル
訳 者:中井京子
出版社:集英社
     集英社文庫 コ-15-1
出版年:2015.02.25 1刷

評価★★★★☆
司法取引 上 司法取引 下
『司法取引』ジョン・グリシャム(新潮文庫)

連邦判事とその愛人の殺害事件が迷宮入りかと思われた頃、冤罪で収監されていた弁護士バニスターが、真犯人を知っていると声を上げた。彼はその情報と引き換えに、自らの釈放と証人保護プログラムをFBIに要求する。藁にもすがりたい捜査当局と何度も交渉と説得を重ねたバニスターは、ついに念願の出獄を果たすのだが……。自由を求めて、破天荒な一世一代のコンゲームが始まる。(本書上巻あらすじより)

グリシャムを読みました。なんと中学生とか高校1年とか以来ですよ。ちなみに読んだことあるのは『陪審評決』のみで、『評決のとき』みたいな代表作を読んでいるわけではありません。ちなみにちなみに、『陪審評決』は傑作ですよ、みんな読みましょう。
というわけで超久々なグリシャムなわけです。法廷ものというよりは、タイトル通り”司法取引”もの。騙し、騙され、というコンゲーム小説です。いやーこういう一気読みなエンタメもたまにはいいもんですね。それなりに楽しめました。

主人公の弁護士バニスターは、かつて大きな陰謀に巻き込まれ、無実であるにもかかわらず刑務所にいます。早く出る方法はただ一つ、司法取引のみ。そこで彼は世間を騒がす判事殺人事件の犯人をタレこみ、FBIによる承認保護プログラムのもと刑務所を出ることを求めるのですが……。
上巻の前半は説明が多めであまり盛り上がらないのですが、その後はもうぐいぐい話が進むこと。どんでん返しを繰り返しながら、バニスターの仕掛けるコン・ゲームが大きく動き出すとともに、バニスター自身も危険にさらされるようになります。いくらかは予想が出来るのですが(下巻の最初の方のやつとか)、終盤のひっくり返しにはたまげました。いやーやっぱり面白いですね。
とはいえ、あまりにとんとん拍子に話が終わってしまうのにはちょっと不満が。充分コン・ゲームはしているのですが、それを盛り上げるサスペンス要素が物足りないのです。さらにバニスターが逮捕された原因である事件なんかも全く関係ないので、奥行き的にもあんまりなく。ま、そういうことを求めてはいけないですね。

というわけで、お気楽に読める程よい一作でした。グリシャムちゃんと読んでみないとだなー。コンスタントに訳されているわりに、近作はまったく話題になっていないですよね。スコット・トゥローが『無罪』で再び話題になる、みたいなことがグリシャムにも起きたりしたら面白いのですが。

書 名:司法取引(2012)
著 者:ジョン・グリシャム
訳 者:白石朗
出版社:新潮社
     新潮文庫 ク-23-33,34
出版年:2015.03.01 1刷

評価★★★☆☆
悪意の波紋
『悪意の波紋』エルヴェ・コメール(集英社文庫)

40年前の100万ドル強奪事件。当時犯行グループの一人だった老人のもとを記者の女性が訪れた。静かな余生も最早これまでか? 他方、失恋で傷心中の青年イヴァンは、TVで元恋人が“元カレから届いたラブレター”を面白おかしく曝すのを見てショックを受ける。手紙を奪回すべく、彼女の実家へ赴くが……。因果の連鎖が波紋のように広がる群像劇、その陰に潜む人物とは? フランス推理小説界新星の話題作。(本書あらすじより)

相変わらずフランス人のミステリ脳は良い意味で狂っててやばいですね……ちょっとその中でもキワモノ感が強いかも。
最近面白そうなものをバンバン出してくる集英社文庫のフランスミステリ新刊です。犯罪者と一般人の青年の人生が交錯し……という、まぁよくあるパターン。その二者の交わりがあまり上手くないことと、ラストの捻り方がちょっとズレすぎている点が、微妙におすすめしにくい理由ですね……いやほんとちょっと微妙でね……。

元ギャングの犯罪者の家に、犯罪報道専門の女性記者が訪れます。というのが片方で語られます。そしてもう一方で、どうも冴えない若者がいろいろあって元カノの家に盗み入るはみに。この二者が「悪意の波紋」によって結びつくことになるのですが。
ちょっとこの結びつきが安易ですよねー。そりゃまぁそうなってこうなってああなるでしょう。このありがちパターンが、その後どう伏線を回収しつつ絡まっていくのか、ってとこを頑張ってほしいのに、結びついたらそれで終わりなんですよ。うーんもったいない。

まぁそれはいいんですよ、どうでも。って言いたくなるようなすっげぇラストが待ち構えています。付け足したのが余計と言われそうなほどすっげぇラストです。いやぁこれは評価が分かれそう……どっちかっていうとマンガですよねこれ。あーでも、フランスミステリではよくあるネタと言えばそうだし、モンテイエあたりがこういう結末とかやりそうだし、まぁやっぱりフランスっぽさなのかも。

というわけで感想書きにくいんですが、手放しでは褒めにくい注釈つきの作品でした。これは読んでお確かめ下さいとしか。ちょっと期待していたのとは違ったかなぁと。

書 名:悪意の波紋(2011)
著 者:エルヴェ・コメール
訳 者:山口羊子
出版社:集英社
     集英社文庫 コ-16-1
出版年:2015.03.25 1刷

評価★★★☆☆
ありふれた祈り
『ありふれた祈り』ウィリアム・ケント・クルーガー(ハヤカワ・ミステリ)

あの夏のすべての死は、ひとりの子供の死ではじまった――。1961年、ミネソタ州の田舎町で穏やかな牧師の父と芸術家肌の母、音楽の才能がある姉、聡明な弟とともに暮らす13歳の少年フランク。だが、ごく平凡だった日々は、思いがけない悲劇によって一転する。家族それぞれが打ちのめされもがくうちに、フランクはそれまで知らずにいた秘密や後悔に満ちた大人の世界を垣間見るが……。少年の人生を変えた忘れがたいひと夏を描く、切なさと苦さに満ちた傑作ミステリ。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作!(本書あらすじより)

ウィリアム・ケント・クルーガーは講談社文庫から出ているコーク・オコナー・シリーズが有名ですが、今回はなんとポケミスからノンシリーズが登場です。既に今年のベストに推す声も多いですね。
内容はポケミス恒例ちょっと前の時代が舞台のアメリカンミステリ。個人的には、この手の物語は、面白くはあってもはまりはしないという傾向が強いのですが。禁酒法時代(第一次世界大戦後)から1960年代くらいまでのアメリカを舞台にしたポケミスの定番っぷりって何なんでしょう。

読んでみたらやっぱり予想以上でも以下でもないんですが、でも確かにこれは悪くはありません。教養小説(主人公が成長していく)として程よくつらく、またつらすぎず、ネイティブ・アメリカンへの差別や偏見なども交えつつ行きすぎず、読みやすかったです。というか作者がほんっとに上手いんですね、これは。

主人公である少年フランクの目線から、田舎町に住む家族、親族、地域の住民を描きつつ、彼が体験したある事件の様子が描かれていきます。子ども目線から大人社会を、隙間を縫うように描いていくのが実にうまく、結構な分厚さではあるんですがのめり込んでしまいます。
でまた登場人物がどれもこれも曲者なんですよねぇ。どうしても牧師である夫に我慢がならない意識が高すぎる主人公の母親、主人公の母親とかつて恋愛関係にあった地元の有力者一族など、大人社会にクサい人間がばんばんと配置されています。こういったものが、主人公があまり分かっていなくても、主人公の目線から遠回しに色々と語られるんですよ。さらに主人公の弟は吃音症で、常に主人公と行動を共にしているのですが……うーん、やっぱり相当練られたプロットですよね。
こうした人間関係の中で、地域社会を揺るがす事件が連発し、家族の結束は大きく揺らいでいくのです。意外な真相を適度に用いながら、ひと夏の顛末が、少年の語りでつづられていきます。

というわけで、ベテランのうまさ、みたいなものが感じられる良ミステリでした。まぁやっぱり好みど真ん中というわけにはいかないんですが、今年のミステリの中でもおすすめできる作品だと思います。

書 名:ありふれた祈り(2013)
著 者:ウィリアム・ケント・クルーガー
訳 者:宇佐川晶子
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1890
出版年:2014.12.15 1刷

評価★★★★☆