リマから来た男
『リマから来た男』ジョン・ブラックバーン(創元推理文庫)

細菌学者マーカス・レヴィン卿は、交通事故で死んだ男の血液の中に生化学の法則に反する奇妙な微生物を発見した。折しも世界各地で暗殺が相次いでいた。イギリスの対外協力相、アメリカの下院議員、イタリア人技師、国際的な金融業者等、殺された者は、みな南米の某共和国となんらかのつながりがある。しかも、その国には謎の微生物が棲息しているという。レヴィン卿は英国政府に調査をすすめたが、なぜか拒まれ、内乱にあえぐ共和国へ妻とともに乗り込んだ。ブラックバーンが「モダン・ホラーの第一人者」という評価をかちえた傑作スリラー!(本書あらすじより)

初ブラックバーン。『小人たちがこわいので』で有名な人ですね。最近は論争海外ミステリからも数作出ていたはず。
読もうとして、ふと、あれこの人どういうジャンルを書く人なんだっけと思い、あらすじを確認してみたんですが、これがどうもよく分からないじゃないですか。「モダン・ホラーの第一人者」という評価をかちえた「傑作スリラー」だから、え、ホラーなのスリラーなの?という。
読んでみて分かったのですが、どうもこの作者はジャンルの壁をめちゃくちゃに横断するようなヘンテコな話を書く人のようです。トンデモ小説ですよ、もはや。未発見の細菌が……みたいのはSFだし、細菌によって人が死ぬんだからパニック小説だし、暗殺事件なんかはスパイ小説だし、共和国に乗り込んで革命に巻き込まれるあたりは冒険小説だし、という感じ。個人的にはもう面白いとか面白くないとかそういうの超えてます。な、なんだったんだこれは……っていう気持ちの方が強いですよ、ほんと。

マーカス・レヴィン卿(他の作品にも登場するらしい)が謎の細菌(すごくやばい感じで人を殺せる)を発見して、その原産国らしいヌエヴォ・レオンという共和国に調査のために行く、という部分までは分かります。こんなもの放置されてたら人類にとって大ピンチですからね。この細菌がどうやら何者かによって利用されていて暗殺とかが起きているらしい、というところまでもかろうじて分かります。
ところが共和国につくなり革命発生、危険に巻き込まれるのをさけるため船に乗って逃走しつつ最近の原産地らしき場所に向かうと、「リマから来た男」に襲われ……になるともうわっけわっかりません。リマから来た男は何してんですか。あと革命はなんだったんですか。いやもう色々と突っ込みどころが多くてこう。
ただ、意外とプロットが崩壊しているという印象がないのは不思議です。このトンデモ小説をあくまでジャンル横断的なエンタメにブラックバーンが確かな腕でもってまとめ上げている……というより、力技だと思うんですが、それでも読んでいて「な、なんかすげぇぞこれ」と思わせられちゃうんですよね。こうなると他の作品が気になってくるのです。

というわけで、いずれまた読んでみるということで。きっとまた変な話なんだろうな……。

書 名:リマから来た男(1968)
著 者:ジョン・ブラックバーン
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 473(Mフ-24-3)
出版年:1974.08.09 初版

評価★★★☆☆
スポンサーサイト
アルカトラズ幻想
『アルカトラズ幻想』島田荘司(文藝春秋)

一九三九年十一月二日、ワシントンDCの森で、娼婦の死体が発見された。被害者は木の枝に吊るされ、女性器の周辺をえぐられたため、股間から内臓が垂れ下がっていた。時をおかず第二の事件も発生。凄惨な猟奇殺人に世間も騒然となる中、意外な男が逮捕され、サンフランシスコ沖に浮かぶ孤島の刑務所、アルカトラズに収監される。やがて心ならずも脱獄した男は、奇妙な地下世界に迷い込む――。(本書あらすじより)

恒例の月イチ国内ミステリ。ついに初しまそー……ってなんでいきなりこれからなんだ……い、いや、これならきっと面白いよってすすめられたんですけどね。もっと普通のを読みたかったぞ、俺は。ちなみに文庫版上下も出ています。
あらすじの前半にある通り、最初は切り裂きジャックみたいな話なのです。死体損壊のホワイダニット、広域連続殺人的な面白さ、を期待するじゃないですか、まずは。それでいいんですけどね。
するといったん、「重力論文」なる、要するに恐竜についての論文が超長々と挿入されます。普通の論文程度の長さです。い、いやまぁ、これも結構面白いんですけど、切り裂きジャックはどうしたのさ、って思うじゃないですかやっぱり。長いし。関係なさそうだし。
するといきなり犯人が捕まってしまいます。まだ半分です。しかも真犯人です。そんな馬鹿な。
続いて犯人はアルカトラズ刑務所に収監されます。そうか、タイトルにもある通り、これはアルカトラズの話だったのか、と読者は思うことでしょう。ショーシャンクの空的なアレなのかと。なんか監獄に入ってから地球空洞説の話ばっかりしてるけど、まさかね、まさかこれ関係しないよね、と。

はい、あとは読んでのお楽しみ、ということなんですが、うーん、まぁ、後半はいかにも島田荘司流21世紀本格、って感じでしたね。個人的にはあんまり感心しないタイプの真相です。
そもそも、メインストーリーのちらかっぷりがどうしても気になります。一章ごとに大きくジャンルを変えていこうというスタンスはよく分かるんですが、あんまり成功していないように思います。連載向きなのかなぁ。一つ一つがもっと中身が濃ければ、こういうやり方はもっと上手くいくんじゃないかと思いますが、どうもそれぞれが薄いというか表面的なので、なんとなく物足りなくなってしまうんです。

というわけで感想はここまで。やっぱ『占星術』とか『斜め屋敷』とか読むんだった……。

書 名:アルカトラズ幻想(2012)
著 者:島田荘司
出版社:文藝春秋
出版年:2012.09.25 1刷

評価★★★☆☆
七人目の陪審員
『七人目の陪審員』フランシス・ディドロ(論創海外ミステリ)

パリ警視庁賞受賞作家による法廷ミステリ。フランスの平和な街で突如起きた殺人事件。街を飲み込む噂と裁判!(本書あらすじより)

つっ、ついに論創海外ミステリから、クラシックなフランス・ミステリ作家がナチュラルに紹介される時代になったのです。素晴らしい。実はこの本、4年前にすでに予告がされていたのですが、そのまま消息不明だったのです。これも全て『その女アレックス』効果なのでしょうか。ありがとうアレックス。ありがとう文藝春秋。ありがとう論創社。

さて、フランシス・ディドロと言えばポケミスから大昔に『月明かりの殺人者』のみが紹介された作家(この本ちょいレアで現在探索中)。『月明かりの殺人者』自体は、その、どうもいまいち面白くないという評判なのですが、この『七人目の陪審員』は良作です。アントニイ・バークリー的なおちょくりミステリの前半、喜劇的な法廷ミステリの後半という構成に、フランスミステリらしい味付け。主人公の明らかにおかしい思考もまた独特な雰囲気をもたらしていてグッド。この時代の仏ミス翻訳もっと進まないかなー。

至極真っ当な人生を送ってきた善良な薬剤師グレゴワールは、ある日、裸で水浴びしていた町一番のビッチであるローラを見つけ、そのまま殺してしまいます。ところがグレゴワールは誰からも疑われないまま。彼自身は、あの日ローラを殺した自分は今の自分とは別だからいいんだ仕方ないと、何の罪悪感もなくのうのうと日常に戻っています。
するとローラの彼氏だったアランが逮捕されてしまいます。アランを死刑にしろと盛り上がる街の人々。グレゴワールは一応かわいそうに思い、ちょっとだけアランを救おうと行動するのですが、まぁある程度は頑張ったんだ許せとやはりスルーしようとします(すごい)。ところがグレゴワールは、アランの裁判の陪審員に選ばれそうになってしまい……。

というあらすじで、もうグレゴワールが一見まともそうな人なのに全然普通じゃありません。罪悪感もないし、行動は非積極的。この前半部分がややだらけ気味ではあるけど、こういうわけわからん心理状態を描かせたらフランスミステリはやはりピカ一だなと思わせます。

さて後半では、タイトル通りに陪審員に(なりたくないのに)なってしまったグレゴワールが、ある行動に出ることになります。こからの展開がもう面白くて面白くて。倒叙物的な伏線芸とかはないので、本格ミステリ的な面白さを期待されると困るのですが、いやー真っ当な法廷物ヅラしててこんな話になるんだから楽しすぎるでしょ。アントニイ・バークリー『試行錯誤』が強烈に思い起こされます。『試行錯誤』好きにはおすすめ。
意外とあっさり判決が出てしまい(どうなるかはお楽しみ)、さらにグレゴワールの行動がある結果を生むことになるのですが……。このブラックユーモア的なオチこそおフランス。街の住人の悪意を絡めているからこそ、オチの空しさが決まっています。いやー面白いぞ。

というわけで、もう出してくれただけでも嬉しいのに、そこそこの高水準だったので満足満足。今後も邦訳数の少ないフランス・ミステリ作家とか、未紹介の作家なんかを出してくれると嬉しいのですが。ピエール・シニアックとか。でもあれは前にこけたから無理なのか……。

書 名:七人目の陪審員(1958)
著 者:フランシス・ディドロ
訳 者:松井百合子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 139
出版年:2015.01.30 初版

評価★★★★☆
殺意の迷宮
『殺意の迷宮』パトリシア・ハイスミス(創元推理文庫)

美しい妻をともない、警察の追求を逃れてアメリカから冬のギリシアにやってきた詐欺師チェスターと、暗い影を背負った青年ライダル。彼らがアテネの街角で出会ったところから、悲劇の幕は切って落とされた。尋問に訪れた地元の刑事を殺し、クレタ島に脱出した三人を待ち受けていたのは? 一九六四年度英国推理作家協会賞受賞の傑作。(本書あらすじより)

初ハイスミス。ずっと積んでたんですけど、この度この作品が『ギリシャに消えた嘘』(ホセイン・アミニ監督)というタイトルで映画化されたとかで、この機会に読んじまおうと思ったわけです。
ハイスミスはめちゃくちゃえぐい話で知られるお方ですので、おそらく『殺意の迷宮』はハイスミスの中でも超絶大人しい方かと思います。前半は三角関係、後半は2人の男が相手を陥れようと火花を散らすうちに終わっちゃいました。結構無難に安定して話が進み、おまけに妙にきれいな終わり方をします。まぁ、良サスペンスだなぁってくらいですね、感想としては。

40くらいの詐欺師チェスターは、若く美しい妻と共にギリシアにやってきました。アメリカで警察に追われていたのです。一方イケメン青年ライダルは、チェスターがギリシアの警察官をホテルで殺してしまったところにたまたま居合わせてしまいます。三人はクレタ島への逃避行を始めるのですが……。

チェスターは普段はどうどうとした紳士でプロ詐欺師だけど、いざ窮地に追い込まれるとマジで使えないヘボ。このヘボっぷりがだんだんとあらわになっていき(何しろギリシア語を話せないから強気にも出られない)、ライダルとの関係もぎくしゃくしたものになっていきます。
一方ライダルは有閑青年で、ギリシア語ぺらっぺら。外見も中身もイケメンです。特に強制されたわけでもないのに、彼はいろいろあってチェスターの逃亡を自主的に手伝うようになります。チェスターの内面とライダルの内面が交互に描かれるのですが、チェスターと比べりゃライダルは圧倒的に好青年ですよね、賢いし。チェスターは、こいつ何で手伝うんだ、まさかゆするつもりでは……とめっちゃ疑ってくるんですが。
ここに絡むのがチェスターの妻コレット。こいつがもう悪女ですよ悪女。チェスターに尽くしつつ愛想を尽かしながらライダルを積極的に誘惑して色々と三角関係をこじらせようとするのです。そんでまぁ、なんやかんやあって、大変なことになるわけですね、主にコレットのせいで。

さて後半から、チェスターとライダルの真っ向勝負が始まります。ネタバレになるので言えませんが、ハイスミスが描きたいのはこの2人のこれとは言えない複雑な感情なのだと思います。なぜライダルが殺人者に協力したのかは、ぶっちゃけ本人もよく分かっていません。チェスターも、ライダルに対して異様な執着を見せ始めます。見ようによっては完全にBLです。ハイスミス自身もレズビアンだったらしいし。
そうしてチェスターとライダルの関係は、お互いにけん制し合いながらつかず離れずの形容しがたいものになっていきます。そして……ななな、何だこの妙に清々しい結末は。いやほんと、なんでこんな終わり方にしたのって気もしますが、結局この書き切れない感じがこの作品の個性になっているんでしょうね。

ま、とりあえずハイスミスがらみならまず映画の『太陽がいっぱい』を見ないと……。

書 名:殺意の迷宮(1964)
著 者:パトリシア・ハイスミス
訳 者:榊優子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mハ-7-3
出版年:1988.07.22 初版
     2000.09.01 5版

評価★★★☆☆
奮闘
『奮闘』ジョイス・ポーター(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ウィブリー家が村に埋蔵されている陶土に目をつけ、寝室用便器の製造・販売に力を注いだおかげで、平凡な村ポットウィンクルは小さな町にまで発展した。だから、湿っぽい初秋のある日、ウィブリー氏の一人娘で21歳の主婦、シンシアが撲殺された事件は、町の警察を一種の恐慌状態に陥れた。こんな厄介な事件はスコットランド・ヤードに任せるにかぎる――かくて不機嫌そうな二人の男ドーヴァーとマグレガーはポットウィンクルの小さな駅に降り立つことになった。”妻殺しの下手人は亭主に決っておる”難事件に迷推理。ドーヴァー警部大活躍!(本書あらすじより)

はい、ドーヴァー警部シリーズ5作目です。もう5作も読んでるんですか自分。こないだ全部そろったのでいつでも全作読める体勢に入っています。
もともとホワイダニットが扱われることが多いシリーズですが、今作は特に動機探しがメインとなります。展開上ややだらけてはいますが、適度のユーモアで読ませてくれるし、最後にはいつもの英国ブラックユーモアらしいオチを見せつけてくれます。やっぱりドーヴァーはいいねぇ。

誰からも恨まれていなかった若い主婦が殺され、捜査を始めたドーヴァーは夫による妻殺しに違いないと最初から決めつけ、速攻で逮捕してしまいます。ところが夫婦はすこぶる仲が良く、妊娠が分かったばかりでした。なぜ彼女は殺されたのでしょうか?(そして一応誰に?)

『ドーヴァー1』は100キロ女性殺しだったし、『ドーヴァー2』は眠れる不美女殺しだったので、ポーター女史は5作目にしてようやく普通に女の人を殺した感があります。どうでもいいです。
速攻で逮捕しちゃうんですよ、初めてのパターン。今回は証拠固めというか動機探しが正面から扱われており、犯人探しは(夫で合っているかはともかく)うっちゃっておかれるので、いつも通りユーモアが冴えているとはいえ全体的に地味。ちなみに今回は大物にこびへつらうドーヴァーが見られるよ! 珍しいよ!(またもどうでもいい)
犯人は夫と決めつけるドーヴァーに対し、マグレガー部長刑事はいくらなんでも捜査が雑すぎると夫を弁護しようとするんですが、なんとここでドーヴァーが明晰な推理でもって一気に夫犯人説の証拠を固め、マグレガーを一刀両断しちゃうシーンがめちゃくちゃ面白かったですね。こ、こいつちゃんと推理とか出来たんだ……(まぁ誰でも気付く証拠だと後で地元警官が言ってますが)。これでマグレガーは有能”そう”でかっこつけてるだけで実は無能なんじゃね説がさらに濃厚になりました。

夫を犯人と指し示す証拠が意外と多く、読者としてもドーヴァーが合っているのか間違っているのかよく分からないまま話が進行します。意外な動機物としては、『ドーヴァー1』や『切断』みたいなキワモノと違い、普通にブラックというか、まぁ後味悪いやつですが、これを最後にドーヴァーさんがぶん投げちゃうところはもうさすがとしか。

安定の面白さではあるんですけど、ドーヴァー初読者には『ドーヴァー2』か『ドーヴァー3(誤算)』の方がおすすめです。強烈なのが読みたいなら普通に『ドーヴァー4/切断』かなと。いやしかし、やっぱりこのシリーズは結構好きかもしれないなぁ。

書 名:奮闘(1968)
著 者:ジョイス・ポーター
訳 者:乾信一郎
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 32-2
出版年:1977.01.31 1刷

評価★★★★☆
グリーン・マイル 上 グリーン・マイル 下
『グリーン・マイル』スティーヴン・キング(小学館文庫)

大恐慌さなかの一九三二年、アメリカ南部、コールド・マウンテン刑務所。電気椅子へと続く通路は、床に緑のリノリウムが張られていることから通称“グリーン・マイル”と呼ばれている。ここに、双子の少女を強姦殺害した罪で死刑が確定した黒人男性ジョン・コーフィが送られてくる。看守主任のポールは、巨体ながら穏やかな性格のコーフィに一抹の違和感を抱いていた。そんなある日、ポールはコーフィの手が起こした奇跡を目の当たりにしてしまう……。全世界で驚異的ベストセラーとなったエンタテインメントの帝王による名作が、十七年の時を経て鮮やかに蘇る。(本書あらすじより)

つつつ、ついに初キングですよ。ディーヴァ―、コナリーと並ぶ手を付けてないエンタメ巨匠軍団(勝手にまとめた)。3月の千葉読書会でこちらが課題本だったので、ようやく読めることになったわけです。いや、ホラーとかほんとダメなんですけど、こういう話ならまだいけそうだし。

冒頭でキングが説明していますが、本書はもともとキングが1996年、本国アメリカにて全6冊と予告した上で、毎月ペーパーバックで1冊ずつ発表する、という形で出版されたものです。ディケンズの新聞連載の向こうを張ったみたいですね。日本では雑誌連載が多いですが、欧米では書き下ろしが基本のため、こうした試みは初のものだったそうです。まぁ、日本でも毎月「本」の形で出していく、ってのは聞きませんね。
で、読書会で訳者の白石朗さんからお聞きしたのですが、それを受けて、日本でも毎月新潮文庫からほぼ同時並行で翻訳作業がすすめられていったそうです。だから1冊目の翻訳作業中にはまだ第6巻が出ていないということになるわけで。伏線その他もろもろもよく分からず、さらに毎月出版なので何冊分もの原稿とゲラとが飛び交うという大変な作業だったそうです。アメリカでは同年中(だったかな?)に加筆修正された単行本が出て、日本でも2000年に新潮社からそのバージョンの『グリーン・マイル』がやはり単行本で出ています。2014年に出たこの小学館文庫版も、単行本版をもとにしているそうです。

という前置きはさておき。個人的には大変面白く読むことが出来ました。何がいいって、この分冊形式がやっぱり肌に合うんですよね。200ページおきに大いに盛り上がり、次巻への気になる引きが出て来るわけでしょう。要するにマンガの週刊連載みたいな感じだから、続きが気になること気になること。

物語はジョン・コーフィという囚人を見届けることになる看守主任ポールの視点から語られます。死刑囚独房で働くポールは、死刑囚の最後の日々を共にし、その処刑を行う、という仕事をしています。数々の死刑囚を見て来たポールですがある日入所してきたコーフィに対して、本当に人を殺したのか?という疑問を感じてしまいます。やがて、刑務所内で驚くべき奇跡が起きるようになるのですが……。

善と悪の対立が非常にはっきりしているせいか、読み物としての面白さがしっかりしています。ポールをはじめとする看守たちは基本的にいい人ばかり。数人の死刑囚たちも、おだやかな人たちばかり。ところがここに、乱暴な看守ポールや、調和を乱したがる問題囚人などが入ってきて、緊張状態に突入します。こうした緩急の付け方が、なんというか、さすがベストセラー作家という上手さ。
さらに、メインとなる「奇跡」などのファンタジー的な面白さ。非常に賢いネズミであるミスター・ジングルスの存在や、ジョン・コーフィという謎の囚人などなど。いくつかの謎解き要素もはらみながら、物語はこの奇跡をめぐるあれこれを描き続けています。ジャンル横断的な小説ってまさにこういうのだよなぁと思います。
ちょっと不思議なのが、作者が次に何が起こるかを常にほのめかしながら、時には言ってしまいながら書いていること。そのため、展開上の意外性というものはあまり演出されていません。やっぱりキングですから、少々グロい処刑シーンとかも出てくるんですが、それも前もって言われているので心構えが出来るし。たぶん、分冊ペーパーバックという形式から、誰にでも入りやすい読みやすさに配慮しているせいじゃないかと思うんですが。

というわけで面白く読めたんです。が、『ライトニング』もそうですけど、どうもこういうジャンル横断エンタメって「あー面白かった」で終わっちゃってなーんか物足りないんですよね。どこがどうとは言えないんですけど。小学館文庫でがっつり上下巻読んではい終わりというのじゃなんかつまらない。いやそんなこと言ったら、本格ミステリなんてそれ以上に何にも残らないんですが。これ、やっぱり分冊で毎月読んでいくスタイルの方が、素直に楽しめそうな気がします。
次のキングは『シャイニング』を読めと言われたんですが、だからホラー読みたくないんだけど……。

書 名:グリーン・マイル(1996)
著 者:スティーヴン・キング
訳 者:白石朗
出版社:小学館
     小学館文庫 キ-4-2,3
出版年:2014.07.13 初版

評価★★★★☆
おれに恋した女スパイ
『おれに恋した女スパイ』ロス・H・スペンサー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

おれはチャンス・パーデュー、私立探偵――だったが、一作目の事件のなりゆきから、おれはベッツィと酒場の主人におさまることになった。とはいっても、世間はやはり、おれの探偵としての腕前を捨てちゃおかない。現れたグローガンなる野郎は、情報局の職員で、依頼内容は、西側諸国の命運を担うさる王女の行方を探してくれ、というものだった。愛国心に燃えるおれに、どんぴしゃりの依頼だ。指示どおり、おれはホテルで色気のありあまった女スパイと接触することになるのだが、それからあとは……話題のナンセンス・ハードボイルド第二弾!(本書あらすじより)

安定のチャンス・パーデューシリーズ。開いた瞬間、一行ごとに段落を変えるスカスカページが懐かしいです。一作目はザ・ハードボイルド探偵のパロディという感じのドジ探偵物でしたが、今作はスパイ物のパロディ要素が強いようです。チャンスは浮気以外何にもやってないな……。

西側諸国にとって重要なある王女を発見するよう頼まれたチャンス(現在私立探偵をやめてバーテンをやりながらコールガールと同棲中)は、再び私立探偵としてマヌケなスパイと優秀な女スパイと共にホテルに張り込むことに。チャンスは女スパイと一日中セックスするが……というお話。なんのこっちゃ。

予想に反して、チャンスがスパイとして活躍する話ではありません(というか何にもしてません)。ただ、超バカで不運なスパイとか、かっこいい女スパイとかも出て来るので、スパイパロディ的なところはありますね。それから竹下洋五とかいう日本の元軍人が出て来るのですが、うーんこいつも何だったんだ。
主人公サイドがひたすら笑えた一作目と比べていくぶん大人しく、ドタバタ捕り物として終わるのかなーと思いきや、ラストにとんでもないどんでん返しが待ち受けています。ななな、なんですかこれは、作者すごい。これはもしかしてすごいスパイ小説なのかもしれない……違うな。

とまぁ、そんな感じなんですけど、とりあえず読むなら一作目から読むことをおすすめします。毎章の頭に出て来るアンダーウッドじいさんの警句(でもこの人はただの酒場の常連の飲んだくれ)も相変わらずのきれっきれ。取り立ててすごいとか言うようなシリーズではないんですが、この予定調和感をのんびり楽しみながら5作目まで読んでいきたいです。

書 名:おれに恋した女スパイ(1979)
著 者:ロス・H・スペンサー
訳 者:田中融二
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 88-2
出版年:1983.08.31 1刷

評価★★★☆☆
ビロードの悪魔
『ビロードの悪魔』ジョン・ディクスン・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

歴史学教授フェントンは昔日のある事件を調べたい一心で悪魔と契約を交し時を遡った。300年前の同姓同名の貴族に乗り移り、その妻リディアが毒殺された事件を自ら解明しようというのだ。きっかけは、当時の事件の顛末を記した執事の手記だった。なぜか事件解明の部分だけが欠落していたのだ。手記の紛失は一体何を意味するのか? そして過去の謎に挑むフェントンは、リディア毒殺を防ぎ歴史を作り変えられるのか? 騎士物語を彷彿させる華麗な恋愛模様と壮絶な剣戟場面を織り込み、中世英国を舞台にものした幻想的な歴史ミステリ巨編!(本書あらすじより)

カーの歴史物にして、最近ではカーの代表作としてカウントされることも多い一作。歴史物読むの初めてかも。
すごく面白いんですよ、トリックもある種カーらしくてすごく良く出来てるし、活劇も楽しいし、歴史ネタも書き込みがほどほどでナイス。分厚さを気にせずがっと読める面白さです。でもなぁ……オチがな……あとこの剣劇シーンはそんなにだろうか……などなど、微妙に不満が残る感じでした。カーの代表作は読んでみるまで自分に合うか分からないので困る……。

話はあらすじの通り。教授の精神のまま、悪魔との契約で過去のニック卿に乗り移るという設定には非常に感心しました。中盤である人物と悪魔の関係が出て来たとこなんかむちゃくちゃ驚きましたし、歴史に刻まれた妻が殺される期日までに犯人を見つけ出すというデッドライン物としての面白さ(これが地味に好き)、設定を上手く用いて仕掛けたトリックの見事さはすごいです。
冒険活劇としてのチャンバラシーンもいいんですけどね、現代の知識を利用し(ずるい)屋敷内の揉め事をばっさばっさと解決しながら執事召使たちとの絆を深めていくあたりは実にアツいですよ。執事のガイルズが薄々察してましたとか言うあたりなんか超アツいじゃないですか。少年漫画みたい。

ただバトル物としては、ラスボスお前かよというがっかりさと、17世紀とは比べて進化したフェンシング技術を手にした主人公は無敵みたいな設定のせいで、いまいち盛り上がらなかった気がします。だって勝つんですよ、これでは普通に(ぶっちゃけこれそんなにチャンバラ物として面白いのかなっていう……こ、これ言ったら怒られそうだ)。あと大学教授のくせに躊躇なく剣を振るいすぎな気も。殺すことにためらいもないのかおい。
イチャミス的には愛人に気を引かれつつも奥さんとイチャイチャし続けるという話だったら良かったんですが、主人公がだらしなかったし、最後のあたりがかなりダメだったのでアウトです(イチャミス的とは……)。あとこの打ち切り漫画みたいなラスト、これは嫌いなパターンなんだよなー。先行き不安でしかないぞ。

総じて大いに楽しめたし、ミステリと歴史小説の融合としては完璧な部類だとは思うけど、カーの面白かったランキングを作るとベスト3には入らないかなぁってくらいです。他の歴史物からも判断したいところ。
カーのよく聞く代表作であと読んでいないのは、『帽子収集狂事件』『囁く影』『緑のカプセルの謎』『白い僧院の殺人』くらいでしょうか。まだまだ終わりが見えないですね……。

書 名:ビロードの悪魔(1951)
著 者:ジョン・ディクスン・カー
訳 者:吉田誠一
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 5-7
出版年;1981.01.31 1刷
     2003.04.15 4刷

評価★★★★☆