ラブスター博士の最後の発見
『ラブスター博士の最後の発見』アンドリ・S・マグナソン(創元SF文庫)

他の人々とテレパシーのように直接通信できる「鳥信号」、最高の相性を持つ結婚相手を自動的に計算してくれる「インラブ」、遺体をロケットで打ち上げて華々しい流れ星にする「ラブデス」……謎めいた科学者ラブスターの数々の大発明により、世の中はすっかり様変わり。インラブにより「運命の相手は別にいる」と計算されたせいで恋人シグリッドと引き裂かれてしまったインドリディは、彼女を取り戻すべく奮闘する。一方、「愛」や「死」をも数字で計算できる産業に変えてきたラブスターは、ついに「信じる心」を計算可能とする発見を成し遂げようとしていた。ラブスターの管理を離れたラブデスが、一億人の遺体を一斉に降らせる〈一億の星祭り〉計画を実行に移すとき、彼らの旅路は交錯する……優しくてちょっと奇妙な、世界の終わりと再生の物語。2012年ディック賞特別賞受賞。(本書あらすじより)

ただいま旅行中ですが、3日おきに記事を予約更新しておきました。ちゃんと出て来るはず。

あれ、創元SF文庫って読むの初めてじゃないか?というくらいの自分がなぜいきなりこれを読んだのかと言うと、これがバカップルSFだと聞いたからにほかなりません。バカップルSF。何それ超くだらなそう(いい意味で)。
ところがこないだの『カウントダウン・シティ』の感想でも書きましたけど、やっぱり設定で殴ってくるSFは向いていなかったのでした。読み終わるのに一ヶ月かかったあたりで察してください。天才ラブスター博士の発明した品々によって全てが変わった世界の顛末と、それに流される愛し合う男女の物語。なのですけど、いろいろ出て来るアイデアに全くときめけなかった……ああ……。

ラブスター博士の発明による恋愛感情の数値化成功によって、とあるラブラブバカップルが、真実の愛ではないと告げられ、別れさせられる云々の話をまず300ページくらい読まされます。きつい。いいじゃんイチャイチャさせてやれよかわいそうじゃないですか(泣いてる)。というか男がちゃんと説明すれば何とかならないんですかこの状況は。
合間合間にラブスター博士の回想(過去の発明で世界がどう変わったかとか現在進行する謎のプロジェクトとか)が語られ、これがラストへのゆっくりとした大きな流れになるんです。いや悪くはないですよ、ないですけど最近うすうす気付いていますが、この手のオチ(ネタバレにつき自粛)の小説好きじゃないんです、たぶん。ザ・SF!って感じのオチなのに。好きな例もいくつか思い付きますが、うーんやっぱり苦手な気がします。

というわけで、終始もやっとした気分で読み終わってしまいました。なんか無難なSFを3月あたりに摂取してリハビリした方がいいかもしれない……。

書 名:ラブスター博士の最後の発見(2002)
著 者:アンドリ・S・マグナソン
訳 者:佐田千織
出版社:東京創元社
     創元SF文庫 SFマ-5-1
出版年:2014.11.21 初版

評価★★☆☆☆
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カウントダウン・シティ
『カウントダウン・シティ』ベン・H・ウィンタース(ハヤカワ・ミステリ)

失踪した夫を捜してくれないか――元刑事のパレスは、知人女性にそう頼まれる。小惑星が地球に衝突して人類が壊滅すると予測されている日まで、あと七十七日。社会が崩壊していくなか、人ひとりを捜し出せる可能性は低い。しかし、できるだけのことをすると約束したパレスは手がかりをたどりはじめる。奇妙な店、学生たちが支配する大学、難民が流れつく海辺……捜索を始めたパレスは、混迷する終末の世界を目にする。アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作『地上最後の刑事』に続き、世界の終わりの探偵行を描いたフィリップ・K・ディック賞受賞作!(本書あらすじより)

去年出た『地上最後の刑事』がかーなーり面白かったので、シリーズ第2作も期待して読んでみました。前作がハードボイルド色が強めで終末色は彩り程度だった(事件とは関係してたけど)のに対し、今作はかなり終末色が強くなり、代わりに主人公が警官ではなくなった分、独自正義を追及する私立探偵ものになった、という印象です。むぅ、とっても面白く読めたけど、期待以上ではなかったかなぁ。

物語は世界が終ろうとする中のアメリカ社会がどのように変化し動いているのか、を描くことが中心となります。闇市とか反政府の団体とか大学とか。パレスが頼まれた失踪した男の行方探しも、最終的に政府がらみの陰謀へとつながっていく……つまり、もはやハードボイルドで収まるレベルじゃないのです。
主人公である元刑事パレスは、なぜ俺は真実を追い求めるのだろうと自問自答しつつ男の行方を追い続けます。その答えを彼は自ら最終的に用意しますが、結局彼も世界の動きに流されてしまうんですよね。まぁ犯人探しは結構ちゃんとミステリしてはいますが。

『地上最後の刑事』が設定こそSFなのに中身は完全にハードボイルド、というギャップが面白かった作品であるのに対し、『カウントダウン・シティ』はおもっきしSF要素強めです。でもつくづく自分はSF読みじゃないのかなと思ったんですが、結局設定だけじゃ楽しめないんです、たぶん。パレスの動きを追うのは楽しいし、読んでいてかなりのめり込んだけど、その全貌を知ってもあまりピンと来ないし。ラストの展開もあーこういう……っていう気分。『カウントダウン・シティ』の方が好きという人も結構いるので、これはもう個人的な感想です。
ちなみにこのシリーズは読んでいる途中妙に没入しちゃうのか、現実世界でマックとか見るたびに「おっまだやってる、窓ガラスも割れてない」とかいちいち考えちゃうの我ながら面白すぎます。終末世界には生きたくないですね。

というわけで微妙な感想になっちゃいましたが、やっぱりこのシリーズ好きなんですよ、すっごく。3作目が完結編で、この『カウントダウン・シティ』はそのつなぎでもあるので、次を早く読みたくてたまりません。期待期待。

書 名:カウントダウン・シティ(2013)
著 者:ベン・H・ウィンタース
訳 者:上野元美
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1889
出版年:2014.11.15 1刷

評価★★★★☆
前にも書きましたが、木曜日から彼女とスペインに行くのです。一週間くらい。行き先はマドリードとグラナダの予定で、トレドはたぶん行きません。バルセロナは前に(自分が)行ったことがあるので今回はパス。

それで、やっぱり本場のバルでおいしいタパスとか食べたいわけじゃないですか。いろいろ調べると、例えばこんなのがあるらしいということが分かるわけです。



マッシュルーム

なにこれやばい。
紹介サイトによると「熱々のマッシュルームにチョリソー、レモン、塩などで味付けされたマッシュルームが絶品。」とのことです。一文にマッシュルームが2回も出て来てます。

さらに、


エビ

エビ
のアヒージョですよアヒージョ。「ajillo」って書いてあると全く読めなさそうなアヒージョですよ。オリーブオイルとニンニクまみれですよ。エビ専門店の写真なんですけど、「食べ終わったオイルにパンを浸して最後まで楽しんで食べるべし!!」だそうです。やばい。


タパスって要するに小皿料理なので、お店によって色々あるんですけど、何でもグラナダのバルではビール頼むごとに一皿タパスが付いてくるらしいんですよどういうことですが日本のお通しの豪華版ですか。だからメニューとかも、

タパス

こういう感じになっちゃうわけですな(うわぁぁお)。くそーお腹空いたな。

縞模様の霊柩車
『縞模様の霊柩車』ロス・マクドナルド(ハヤカワ・ミステリ文庫)

幼くして実母に捨てられたハリエットは、いつか孤独で、放縦な性格を身につけた女になっていた。そんな彼女が、突然メキシコから連れ帰った得体の知れぬ男。財産めあてのプレイボーイか? 彼女の父と義母の不安はつのった。男の身元調査を依頼されたアーチャーはさっそく調査を開始した。しかし、車をとばす道中で行き交わした縞模様の霊柩車は、アーチャーの眼にただならぬ悲劇の前兆として映った! 円熟期の代表傑作。(本書あらすじより)

前に読んだ『ウィチャリー家の女』がまぁ微妙だったので、あんまりロスマクは合わないのかなと思っていたんですよ。『さむけ』読んでないけど。
ところがあぁた、この『縞模様の霊柩車』を読んでみたら、もうあれですよ、大傑作ですよ。すごいよ。ロスマクなめてたよゴメン。自分が変わったのかそもそも『ウィチャリー家』が好みじゃなかったのか。どっちでしょうね。
サンフランシスコからメキシコまでアーチャーは飛び回り、非常に複雑なプロットを解き明かします。ひたすら話を聞いて回るだけなのに、適度に事件を挟み込むせいか全く飽きさせないし、何よりこの文章に没入してしまうのです。

退役大佐から娘と駆け落ちもどきの逃走を図る得体のしれない画家の素性調査を頼まれたアーチャーは、その過程で1つの殺人事件にぶつかります。この流れがまず無駄がなく発端として魅力的。そこから辿れる道を私立探偵は当然ハードボイルドらしくインタビューしながらつぶしていくんですが、適度に新事実が出て来るのが良いですね。全く退屈しません。
『ウィチャリー家』はもっと単調で何だこのインタビューマシンはとすっげぇ退屈だった気がするんですが、今回はメキシコに飛んだりとダイナミックだったり、ちょいちょい殺人事件が出て来たりと緩急がついてるのです。そして過去の殺人事件が現在の殺人事件と非常に複雑に絡んでいて、いったい何が起きたんだろう、と頭を使ってるだけで読んでて十分に面白いのです。最後の最後に(ここのどんでん返しもベタだけど悪くない)アーチャーは殺人犯の告白を聞くことになるんですが、これがまさにインタビュー探偵としての極致なのでしょうか。よく分かりませんが。

もちろん、プロットに本格ミステリ的な面白さがあるとはいえ、プロットだけなら面白さにもある程度の限界はあります。しかしこの『縞模様の霊柩車』、さらに端役を含めて登場人物の微妙に個性的な描き方がとっても良いのです(というか主役級より端役の方が良いキャラしてます)。淡々とした筆致で、それぞれの人生の一部分を切り取り、その人物を必要十分に描きあらわすロスマクさん、うまい、うますぎです。たまに戻ってきて2回登場したりするんですが、このやり方もうまいし。

というわけで、もう大満足でした。ロスマクやっぱりすごいんですね……この次作が『さむけ』ですもんね。これはもう絶対読まないと。

書 名:縞模様の霊柩車(1962)
著 者:ロス・マクドナルド
訳 者:小笠原豊樹
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 8-2
出版年:1976.05.31 1刷
     1991.05.31 5刷

評価★★★★★
ナポレオン・ソロ⑧/ソロ対吸血鬼
『ナポレオン・ソロ⑧/ソロ対吸血鬼』デイヴィッド・マクダニエル(ハヤカワ・ミステリ)

男は走りつづけた。凍てつく寒気のなかを、汗びっしょりになって。泥のような疲労が、毒でも浸みとおるように五体のうちにひろがっていく。男は精も根も尽き果てたといった格好で、マツの根かたに腰を落とした。数分のあいだ息を殺して、耳をそばだてた。やがて、彼は音を聞いた。ざわざわいう奇怪な音。なにか巨大なけものと思われるものが、茂みを押しわけ、突進してくる。なにかが闇のなかに、彼を追ってくる。……ついに、その足音をすぐ背後に聞くことになった。そして突然、小径の前方には巨大な黒い影が……。
アンクルのウェーバリー部長は、ジェネヴァから届いたばかりの至急電報を見て、顔をしかめた。ニューヨークからブダペスト支部に出張中のアンクル機関員─ソロやクリヤキンの同僚のカールが謎の死を遂げたことを伝えていたのだ。中央ルーマニアで発見されたその死体の喉に、針で突いた程度の小さな痕以外、外傷は何もなかった。しかも死体には一滴の血も残っていなかった! いったい何者? はたして、ルーマニアに伝わる吸血鬼伝説のその吸血鬼が現実に現われたのか? ソロとクリヤキンは、彼等の名誉にかけて、急遽ルーマニアに飛んだのだが……! 恐怖のどん底に叩き込む戦慄のソロ・シリーズ第8弾!(本書あらすじより)

うわぁ……久々に超くだらないものを読んじまったぞ……。
ナポレオン・ソロ、ドラマは見たことないので全く知らないんですが、マクダニエルによるオリジナル小説は結構出来がいいと聞いたので、試しに買っていたやつを読んでみました。ちなみに自分が持っている奴はこのカバーが付いていないやつです。
で、読んでみましたが、これはあーまりにくだらないですわ、さすがに。吸血鬼が登場して血を吸われた死体が見つかってスパイが戦うって話だからそもそもストーリーからしてしょぼいのに、主人公が全く魅力的でないし、行動もバカっぽいし。マクダニエル信用していいんだろうな、おい。

ルーマニアでナポレオン・ソロの所属する組織アンクルのスパイが血を抜かれた状態で死体となって見つかります。ソロと相棒のイリヤは現地に乗り込みますが、ソロの態度は何が吸血鬼だバカかという感じ。ところが窓から何かが現れたり飛び去っていったり狼の軍団が襲って来たり吸血鬼が姿を消したりといろいろ起きます。ついにソロとイリヤとヴラド公爵の子孫だという男と誰か女の人はそのヴラド公爵のものだった城に忍び込みますが……という話。

終始なめくさった態度のソロにイライラします(こいつ一回でも活躍したっけ)。それに引き替え相棒のイリヤはかっこいいな……。常に真面目でちょこちょこ活躍する頼れる相棒。テレビシリーズで人気が出たわけです(相棒の)。
ネタバレすると(いいよね)、吸血鬼なんてものは存在しなくて、悪の組織が企みのために作り出してたってオチなんですが、このトリックがもう怪人二十面相以下のくだらなさですよ、いやほんと。その悪の組織も敵対するスパイに対して妙にアマアマだから、脅すばっかりで結局勝てず(どこの二十面相だ)、最後もすげぇ雑に負けちゃうしいいのかこれで。

それにしてもこんなにプロットが雑でだらだらストーリーでいいんですか……やはり欧米でもテレビシリーズ原作のオリジナル小説のクオリティは低いのでしょうか。という疑問を残しつつまたマクダニエルをいつか読みます。今度こそ頑張れ。

書 名:ナポレオン・ソロ⑧/ソロ対吸血鬼(1966)
著 者:デイヴィッド・マクダニエル
訳 者:多田雄二
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 976
出版年:1967.03.31 1刷

評価★★☆☆☆
嘲笑うゴリラ
『嘲笑うゴリラ』E・S・ガードナー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

遺産管理事務所の公売で、メイスンは得体の知れぬ私物に五ドルを投じて秘書のデラを驚かせた。ところが、その包みを千ドルで買い取りたいという人物が現われたのだ。その男が、最近謎の死を遂げた美貌の女性の事件に関係があるのを知り、興味をそそられたメイスンは、単身虎穴に飛び込んでいったが……そこで彼を待っていたのは、血に狂って牙をむくゴリラだった! 凶悪な殺人鬼と嘲笑うゴリラに挟撃されたメイスンは?(本書あらすじより)

えっえっ面白い(動揺)。
うへぁめっちゃ面白かったです。ベタトリックをいくつも重ね本格ミステリとして十分な出来を保ちつつ、ペリイ・メイスンの冒険譚&恋愛要素も盛り込み、法廷シーンなどを挟みつつ中だるみを一切許さないストーリー力。ガードナーって面白かったんだ……と再認識。やっぱり流行っただけはあるんだな……。

ヨットで事故死した百万長者の女性秘書の遺産である日記を手に入れたメイスン。すると百万長者から日記を千ドルで買い取りたいとの連絡が。百万長者アディックスはゴリラに殺人衝動を起こさせる実験をしているとか何とか。興味を覚えたメイスンはアディックス宅に乗り込みますが……。
で、この後色々あって、100ページより後の展開だけど言っちゃうと、再び億万長者宅に乗り込んだメイスンはナイフで人を刺しまくったゴリラを目撃することになるのです。どうだすごいだろう(?)。しかし誰もそんなことは信じず、その場にいた元家政婦が殺人容疑にかけられ、メイスンが弁護することになるのです。

ヨットの事故死に殺された百万長者に盗癖のあるらしい家政婦に胡散臭い弁護士にオーストラリアの弟とむちゃくちゃ盛り込みまくって、大変楽しく読ませてくれる良作。ベタだけど納得のトリックを重ね、これらの要素が一気に集まり、最後にメイスンは単身犯人と対決するのであります。かっくいい。
ゴリラと戦ったりと冒険するメイスンのかっこよさに加え、やたらと今作では距離が急接近しているらしき美人秘書のデラとの関係、私立探偵ポール・ドレイクなどいつもの面々など、キャラ物としても非常に面白いです。はっきり言って隙がありません。なんですかこの安定した面白さは。

ガードナーは過去全部で3作読みましたが、一定して面白いような気がします。というわけでペリイ・メイスンはちょこちょこと読んでいかにゃならんなぁと思いました。フェア名義も読んだことないのでそろそろ手つけないと……。

書 名:嘲笑うゴリラ(1952)
著 者:E・S・ガードナー
訳 者:峯岸久
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 3-5
出版年:1976.10.31 1刷
     1982.08.15 2刷

評価★★★★☆
世界を売った男
『世界を売った男』陳浩基(文藝春秋)

香港西区警察署の許友一巡査部長は、ある朝、マイカーの運転席で目が覚めた。酷い二日酔いで、どうやら自宅に帰らず車の中で寝込んでしまったらしい。慌てて署に向かったが、どこか街の様子がおかしい。署の玄関も改装されたように様子が変わっていて、ポスターを見ると2009年と書いてある。「馬鹿な、昨日は2003年だったのに?!」許巡査部長は一夜にして6年間の記憶を失っていた。呆然とする許だが、ちょうどそこに女性雑誌記者・蘆沁宜が現れ、許が昨日まで捜査していた夫と妊娠中の妻が惨殺された事件の取材で、許と会う約束をしたという。6年前の事件の真相と己の記憶を追い求める許の捜査行が始まる。奇想天外な発端と巧妙なプロットで圧倒的な支持を受け、第2回島田荘司推理小説賞を受賞。香港の鬼才が放つアジア本格の決定版。(本書あらすじより)

この間更新した記事は第1回島田荘司推理小説賞でしたが、今日は第2回です。あらすじをご覧ください。隅から隅まで新本格です。
6年間の記憶を亡くした刑事が過去の事件を調べていくうちにうんたらかんたらという21世紀本格。終盤のどんでん返しの畳み掛けは圧巻で、いくつか想定範囲内でもこれだけ重ねられるとかなり複雑な真相になってきます。そこそこ読ませるし、良作かなといったところでしょう。

記憶を亡くしている主人公は、いろいろと不穏なもの・違和感を覚えまくり、読者をもやっと感に叩き落とし続けます(持っている手帳の内容が6年前で終わっている、というは良かったですね)。これらが強引にせよ最後にきっちり合理的に説明され、その上でひっくり返すのでかなり上手いなと思いました。
正直ひっくり返したもん勝ちみたいなところはあるんですけど、これだけやりつくした感があるならまぁ許せます。文章はまた平べったい文章ですが、これはまぁ小説力を求められてるわけじゃないので仕方ないね、うん。ただ、面白くはあったけど、感心はしなかったので、全体的にはあと少し、といったところ。

3作読んだ中では、『世界を売った男』が一番頑張ってましたかねー。次が『蝶の夢』かな。ただ、どれも一定水準以上の出来ではあると思います。

書 名:世界を売った男(2011)
著 者:陳浩基
訳者:玉田誠
出版社:文藝春秋
出版年:2012.06.10 1刷

評価★★★★☆
虚擬街頭漂流記
『虛擬街頭漂流記』寵物先生(文藝春秋)

仮想都市=ヴァーチャストリートで発生した殺人事件。第1回島田荘司推理小説賞受賞。SF設定の中に構築された高度なトリックと、結末に思わず涙する感動のストーリー。(本書あらすじより)

島田荘司推理小説賞という、台湾で開催されているミステリ賞受賞作品です。ザ・新本格、みたいなしまそー好きそうなやつが受賞する賞(しまそー読んだことないけど)。今年第3回受賞作が翻訳されるらしいですね、楽しみ楽しみ。ちなみに「虚偽」でもなければ「虚擬」でもありません。難しい「虛」です。
バーチャルリアリティ空間での殺人事件、容疑者は2人、ほぼ不可能犯罪、という盛り盛りな話で、堅実な新本格。過去の事件と絡めて読者を大きくひっかける大ネタについては推測出来てしまい、どんでん返しがそこしかないのが惜しいですが、短いので十分読ませるかなとは思います。

基本的にはバーチャルリアリティ空間での殺人事件がなぜ、どのように起こったか、と検討していくだけの話。文体はそっけないしごちゃごちゃと景観とかを説明する描写もそんなに上手くなくて、まぁ面白くないんですが、事件に付随する謎で読者をそれなりに引っ張ってくれています。
さらに終盤では、登場人物の意外なつながりなどが出て来るため、小刻みに読者を驚かせながら大ネタを持って来ます。……まぁ、これについてはもはや作者が隠すつもりがないんじゃないかってくらい分かりやすいし、そのあと何にもないので、真相解明後のあっけなさはありますね。

ってなわけで、うーん、設定がこれだけ面白いのにちょっと物足りなかったかも。華文ミステリの翻訳された中ではたいていこれが代表格に上がるんですが、新本格好きにはこういうのが受けるのかな……あ、あわねぇ……。

書 名:虛擬街頭漂流記(2009)
著 者:寵物先生
訳 者:玉田誠
出版社:文藝春秋
出版年:2010.04.10 1刷

評価★★★☆☆
蝶の夢 乱心館記
『蝶の夢 乱心館記』水天一色(アジア本格リーグ)

唐の天宝年間、玄宗皇帝の御世。都長安の西に建つ乱神館の女館主、離春は容貌魁偉、陰陽道に通じて鬼神をあやつり、降霊の術をもって生業としていた。ある日、乱神館を訪れた富豪封家の息子亦然は、離春の力で母の霊魂と会わせてほしいという。母親の玉蝶は、幽霊伝説の残る邸内の井戸端で五日前に横死をとげていたのだ。封家へ乗り込んだ離春は、その不思議な力で、事件の背後に隠された驚くべき秘密に迫っていく。中国推理小説界の新星が放つ、時代ミステリーの傑作。(本書あらすじより)

現代海外ミステリ読書会の課題本にしたもの。初アジアミステリですよ。海外ミステリ読者はアジアのミステリにあまり目を向けていないのはほんとまずいですよねぇ。反省反省。国内ミステリ読者にも海外ミステリ読者にも見向きもされないアジアミステリをもっと応援しましょう。
というわけで、水天一色による本格ミステリ。島田荘司選アジア本格リーグという、島荘が選んだアジアミステリ傑作選みたいなシリーズの中の1冊です。唐代を舞台にした陰陽師探偵と言うとキワモノっぽいのに、最後まで読むと非常に堅実なつくりであることが分かるクリスティー流本格ミステリ。中盤のダレはマイナスポイントですが、一切の無駄なく構成された物語はかなりの出来栄え。古典本格好き向けです。

主人公、離春は降霊を生業とする人物……なのですが、本人は幽霊の類を全く信じていません。ただずば抜けた観察眼と推理力を持ち、それによって依頼人に霊媒力があると信じ込ませているのです。殺人事件で殺された女性を呼び出すことを求められ、情報を集めようとすることになります。
というキャラ付けの濃さと比べて、容疑者となるお屋敷の人間・使用人たちはテンプレな個性持ち(欧米風ならおしゃべり好きの女中と偏屈な執事的な)ですが、このしっかりとした描き分けはクリスティーお得意のキャラ造形を思い出します。殺人事件そのものに魅力がないというのもクリスティーっぽいですね。
さらに探偵は容疑者の感情・心情から行動を読み解いていくのですが、え、その推理飛び過ぎじゃね?と思わせる感じまでクリスティー。ミスディレクションの決め方までクリスティー。ということでまさにクリスティーインスパイアな本格ミステリなのですが、中国で唐で陰陽師なので、なんとも言えない魅力があります。まぁ良く出来てますよね、ほんと。
ぐるぐると容疑者を渡り歩きインタビューしながら情報を集める×2周、という尋問の仕方もクリスティーで、ここの中だるみについては悪いクリスティーです。章の引き、手がかりの出し方が上手くなるともっとリーダビリティも上がるかもしれません。

というわけで、総じて割と楽しめた作品でした。実力を感じるので、ぜひ他の長編を読んでみたいところですが……翻訳される予定はないんだろうなぁ……。

書 名:蝶の夢 乱心館記(2006)
著 者:水天一色
訳 者:大澤理子
出版社:講談社
     島田荘司選アジア本格リーグ 4
出版年:2009.11.20 1刷

評価★★★★☆
大いなる遺産 上 大いなる遺産 下
『大いなる遺産』チャールズ・ディケン(新潮文庫)

貧しい鍛冶屋のジョーに養われて育った少年ピップは、クリスマス・イヴの晩、寂しい墓地で脱獄囚の男と出会う。脅されて足枷を切るヤスリと食物を家から盗んで与えるピップ。その恐ろしい記憶は彼の脳裏からいつまでも消えなかった。ある日彼は、謎の人物から莫大な遺産を相続することになりロンドンへ赴く。優しかったジョーの記憶も、いつか過去のものとなっていくが……。(本書あらすじより)

今年から、年越しは毎年ディケンズで過ごすと決めたのです。クリスマスが似合うしね、ディケンズは。10年後には全長編を読み終わっているはずです。だからちくま文庫版のディケンズを誰かください。
ちなみに既読は『クリスマス・キャロル』と『荒涼館』のみ。全然代表作とか読んでないじゃないですか。

というわけで、初年は『大いなる遺産』です。後期の代表作ですね。
鍛冶屋で育った貧しい少年ピップは、ある日莫大な遺産を相続しロンドンに行くことになる……というあらすじから大方想像できる通りの展開で、謎の遺産者も想像通りで予定調和なんですが、何でしょうねこの傑作は。素晴らしい。

幼いころは、脱走した囚人に会ったり、偏屈な老婦人の話し相手のバイトをしたり、そこで超絶かわいい孫娘に惚れるもひたすらこの田舎者がと罵られたりと、ド田舎鍛冶屋で育った割に波乱万丈な前半生を送るピップ。ある日匿名の大金持ちから、遺産相続人に指定されたことを知らされます。
なるほど、匿名だけどあの老婦人に違いない、と考えるピップ。あの孫娘との仲が公認になったのかと調子づくピップ(まだ全く仲良くないのに)。 よし、紳士になれるよう頑張って、そんでもって見返してやるぜ!とピップは親切に育ててくれた鍛冶屋のジョーやら地元の女の子をあっさり見捨ててロンドンへ。
そこで知り合った友人と意気投合、金遣いの荒い日々を送り、成人に達するピップ。そんなある日匿名の大金持ちが姿を現すが……ここらへんからは突然サスペンスになるのですよ。地元の友情を見捨てて貧乏人見下してプーな人生を送ってきた罰ですね。はっは。

……という具合に、このピップ、悪い子じゃないんだけどいちいち悪い方のフラグを立てるというか、端的に言って全くカッコイイ主人公キャラではないんですが、そこがよいのです(嫌いだけど)。その他わきを固める全登場人物がみんなアクの強い個性的なキャラ盛りだくさん。

ミステリ的には、まずこの大金持ちの正体に関する(分かるけど)ミスディレクション、ピップのうざい姉が殺されかけるという殺人未遂事件の真相という真っ当な謎(いずれも綺麗に謎解きが!)に加え、登場人物の意外なつながりによるどんでん返し(2回)と十分すぎるほどあります。ディケンズは大量の伏線に基づく多すぎる登場人物の隠された人間関係を書かせると天下一品ですね……並のミステリ作家じゃとうてい勝てねぇな……。

こうした意外性と驚きを散りばめながら孤児出世という王道ストーリーで読者を殴ってくるので、面白くないわけがないのです。やっぱり傑作。うーん、年イチと言わずがんがん読んでいこうかしら。

書 名:大いなる遺産(1860~1861)
著 者:チャールズ・ディケンズ
訳 者:山西英一
出版社:新潮社
     新潮文庫 テ-3-1、テ-3-2
出版年:上巻 1951.10.30 初版
         2013.10.25 82刷改版
     下巻 1951.10.31 初版
         2013.10.25 71刷改版

評価★★★★★
ダイナマイト円舞曲
『ダイマナイト円舞曲』小泉喜美子(カッパ・ノベルス)

風光明眉な地中海の小国、ロンバルド公国に次々起こる王妃の謎の死――。パリ留学時代の親友・クレマンティーヌ王妃の招きで訪れた花嫁修業落第生の“わたし”は到着早々、王宮内の電話の混線から、不可解な暗号を聴く。城内に渦まく陰謀を察知した王妃とわたしの身に危機が迫る。華麗な宮廷を舞台に展開する夢と冒険のファンタスティック・ミステリー。(本書あらすじより)

今月の月イチ国内ミステリです。新本格を読むのはもうやめたのです。
小国を舞台に張り巡らされた陰謀を平凡な日本人女性の目線を通して描いた作品。内容はシリアスなのに全体的にとぼけてユーモラスでオシャレな雰囲気があり、浮世離れした舞台とあいまってファンタジックですらあります。これでいてどんでん返しがあるんだからたまりませんねぇ。

平凡な割にやたらと打たれ強い「わたし」がまず面白おかしくて、いちいち庶民的なことを気にしたり真っ当な意見を空気読まずにさしはさんだり拉致られたのにお腹すいたとか言ったりとペースを乱しているところがあって、これがなかなかクセになります。この子もそうとう変人よね。周りが輪をかけて変人なだけで。
事件は、なぜか代々病弱になる王妃たち、突然死ぬ誰かさん、誰が革命をもくろむリーダーなのか、誰が見方で誰が敵なのか、という感じで、小ネタから大ネタまでとにかく盛りだくさん。短めの長編なのに終盤の謎解き&アクションラッシュはすごいです。病弱ネタとかは予想できましたが、陰謀・革命の大ネタに関しては(いやそんなのわかんねぇよとは思うけど)非常に壮大な感じがしてそれこそファンタジックで楽しいです。それにしてもこういう結末を何のためらいもなく前向きに書ける時代があったんだな……。クリスティーの冒険スパイっぽいかもしれません。『茶色の服の男』とか『秘密機関』みたいな。

というわけで初小泉喜美子でしたが、大いに楽しめました。絶版でやや高騰気味ですが、もったいないですねー。
ちなみに来月の月イチ国内ミステリは、警察小説・冒険小説のあの女性作家です。お楽しみに。

書 名:ダイナマイト円舞曲(1973)
著 者:小泉喜美子
出版社:光文社
     光文社ノベルス N-243
出版年:1973.12.10 初版
     1976.08.30 6版

評価★★★★☆
『ギリシャ棺の秘密』の感想を更新しました。かれこれ一週間くらいブログ放置してましたが、理由はご想像の通り、学期末試験と学期末試験と学期末試験とレポートと学期末試験です。学期末試験はようやくひと段落ついたところ。今週はレポート地獄なんですけどね、はっはっは。

ところで、今月末、久々に海外旅行に行くことが決まりました。行き先はスペインです。バルセロナは以前に行ったことがあるので、マドリードとグラナダ。プラド美術館に行ったり、アルハンブラ宮殿を見たりするのです。おおお楽しみじゃ。スペイン旅行でおすすめorアドバイスがある方いたらぜひ教えてください。
ところでマドリードって、旅行会社のページとか見てるとたいていマドリッドになっているんですけど、なんででしょう。自分としてはマドリードの方が親しみやすいんですが。世界史とかで出て来た感じからして。マドリッドは英語発音らしいです。さすがはグローバルスタンダードラングウィッジ、こんなところまで出しゃばってくるのか。

それで彼女と計画を立てているんですが、まーやっぱり高いですよね、飛行機代って。往復10万ちょっとくらいでしょうか。2月になったら原油価格が安くなるとか何とかで安くなるとか何とかいうことらしいですけど、もとが高いですからねぇ。ちなみに今は1ユーロ130円くらいのようです。一時期よりはこちらも安いか……110円切ってたころが懐かしい……。

せっかくだから今月はスペインミステリでもがしがし読もうと思っていて、となればまずはカルロス・ルイス・サフォン『天国の囚人』は読まないと。去年の新刊ですが、まだ手を付けていなかったのです。『風の影』も『天使のゲーム』も面白かったですからねー。期待。
あとはスペインミステリと言うと……トニ・ヒルとか。最近はなんか集英社文庫ばっかりのような。他にありましたっけ。パコ・イグナシオ・タイボ二世とか積んでましたね。マヌエル・バスケス・モンタルバンは買ってないな……。
スペインが舞台ということなら、『バスク、真夏の死』とかたぶんそうですよね(読んでない)。トレヴェニアン、今年もいくつか読みたいです。『アイガー・サンクション』読みたいです。設定がアツイ。
ギリシャ棺の秘密
『ギリシャ棺の秘密』エラリー・クイーン(角川文庫)

盲目の大富豪・ハルキス氏の死が全てのはじまりだった―。葬儀は厳かに進行し、遺体は墓地の地下埋葬室に安置された。だが直後、壁金庫から氏の遺言状が消えていることが発覚する。警察の捜索の甲斐なく、手掛かりさえも見つからない中、大学を卒業してまもないエラリーは、棺を掘り返すよう提案する。しかし、そこから出たのは第二の死体で…。天才的犯人との息づまる頭脳戦!最高傑作の誉れ高い“国名シリーズ”第4弾。(本書あらすじより)

なんと、まだあの『ギリシャ棺』を読んでいなかったのです。1932年組の『X』も『Y』も『エジプト十字架』は読んだというのに。クイーンはもう12冊くらいは読んでいるというのに。いやもう最近国名シリーズというか初期クイーンを読む気力がわかなくて。論理ロンリーだし。後期クイーンの圧倒的ストーリー力を見ちゃうとねぇ。
とはいえここは避けては通れぬ道。読みやすいと噂の角川新訳版で挑戦です。というか角川新訳クイーンすらまだ読んだことなかったぞ。
というわけで、クイーン1932年4大傑作の1つ。正統派で堅実堅牢な本格ミステリ。読者にどこまで先を読ませ、どこまでを読ませないか、そこらへん作者がしっかりと計算しているためか、どんでん返しが非常に上手い作品となっています。なるほど、これは代表作。ところでエラリーの失敗譚とよく聞くけど嘘じゃないですかーやだー。

事件は、大富豪の死→葬儀の時に不可能状況での金庫の紛失→棺を掘り返すと新たな死体が……という具合で、基本的に1つの屋敷内が舞台となります。ヴァン・ダインみたい。エジプト十字架が広域的で連続殺人感が強く、いくぶん冒険小説的なところもあるのに対し、ギリシャ棺はより館的で、密室感があり、単体の殺人事件の捜査小説としての趣が強いですね。そのためストーリー性には欠ける代わりに、論理パズルとしての側面を濃厚に楽しめるようになっています。

そんでもって犯人vs探偵という構図で600ページ近く持たせているんです。ひたすら偽の手がかりをばらまく犯人! それに騙されたり見破ったりしながら犯人を追うエラリー! ぶっちゃけ犯人がなぜそこまで凝らなきゃいけないのか大いに疑問ではありますが(相手の思考の裏の裏の裏を読むのって超非リアル感があるし上手くいかなそう)、この点については犯人のあるポイントによって、無理感をある程度抑えているのがよく出来ています。さらにこれを別の方向から使ってミスディレクションに生かしているのもすごい。見事に騙されちゃいました(なんだこの分かりやすすぎる犯人は難易度ひっく、と思って読んでたら完璧に間違ってた)。だらだら捜査して推理してで600ページかけているようで、ラストまでが相当入念に組み立てられているのです。

欲を言えば、もう少し登場人物の掘り下げに分量を割いて欲しかったかなと。ハルキス一族とその関係者が、いずれも親族やら職業やらを割り振られているだけで、出て来るのは一堂に会しているところばかりなので、容疑者としての怪しさのバランスが弱い気がします。これはクイーンさん書くのさぼったのでは……。
クイーンってクリスティーとかと違って容疑者を一同に会させ、みんなに色々言わせて尋問を進め、個別尋問はあんまりやらない印象があります。ヴァン・ダインもそうか。アメリカの特徴なのかな。

というわけで、新訳版ということもあるのでしょうが、思ったよりすらすらと楽しく読むことが出来ました。やはりこの手の代表作は手にとっておかないと……。

書 名:ギリシャ棺の秘密(1932)
著 者:エラリー・クイーン
訳 者:越前敏弥、北田絵里子
出版社:角川書店
     角川文庫 ク-19-8
出版年:2013.06.20 初版

評価★★★★☆