ウィンブルドン
『ウィンブルドン』ラッセル・ブラッドン(新潮文庫)

ウィンブルドン大会最終日のセンター・コート、スタンドを埋めた女王陛下と16,000人の観客は二人の天才プレイヤーの試合に陶酔していた。オーストラリア出身のキングとソ連出身のツァラプキン、親友どうしの若い二人の死闘は凄ましいばかりだった。白球を追って左右に揺れる顔、顔、その中に復讐心に燃える一つの顔が……。圧倒的な臨場感と息づまる迫力のテニス・サスペンス。(本書あらすじより)

ウィンブルドンでテロ予告。決勝を戦うオーストラリア人選手ゲイリーとロシア人選手ツァラプキンは、試合を極力長引かせようとするが……というテロパートよりも、2人の友情を描いた部分の方が圧倒的に面白い青春小説的要素も兼ね備えた傑作です。傑作です。もう一度言いますが傑作です。

前半は、そのテロウィンブルドンに至るまでの、ゲイリーとツァラプキンが描かれます。世界トップクラスの実力を持ち、言葉を越えて固い友情で結ばれた2人は、共同で生活し、共に試合に出場し、そしてウィンブルドンに臨むのです。この2人が語らってるだけでテンションが上がるし微笑ましいんですよ。細やかで物静かな文章もお見事。青春小説としては言うことがないくらい素晴らしい出来だと思います。

そして何だかよく分からない理由で女王陛下とテニス選手をぶっ殺そうとするテロリストが物語中盤から登場し、警察による暗殺者発見のための必死の捜査が始まります。ちょっと間延びしてはいますが、これはこれで良いサスペンス。全体的に抜かりがない犯行と捜査なので完成度が高いものとなっています。
そして時間を稼ぐためツァラプキンはコート場で孤独な戦いに挑むのです。勝者を殺すという予告のもとで、ツァラプキンは犯人検挙と友情のために頑張る頑張るそりゃもう頑張るのですよ。ボールの高めのラリーで犯人を見つけようとしたり、時間を稼ぐため試合を引き伸ばしたりとかもうべったべたの展開だね!(コナンっぽい) 前半丸々を使って描かれた青春小説パートがここで生きるわけです。最後の(これまたべたな)オチに至るまでよく出来ていて、いやーもう読了後満足感いっぱいです。

軽妙で洒落た作者の書き方は読みやすく楽しいし、別にそういう関係ではないけど疑わざるを得ないような2人の関係も楽しいし、ウィンブルドンでの暗殺計画というのも激アツだしで、万人におすすめしたくなるタイプの作品だと思います。これは良いものですよ。損はしないから読んでみましょう。
というわけで新潮文庫ミステリチャレンジ第一弾でした。のっけから大当たりで今回も期待が持てますねー。

書 名:ウィンブルドン(1977)
著 者:ラッセル・ブラッドン
出版社:新潮社
    新潮文庫 赤191-1
出版年:1982.05.25 1刷

評価★★★★★
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甦える旋律
『甦える旋律』フレデリック・ダール(文春文庫)

ヴァイオリンを胸に抱いて、ぼくの車に身を投げた女……その衝撃で過去の記憶をなくした彼女にぼくは恋をし、彼女の記憶が甦えるために色々なことを試みた。だが彼女の過去の断片が判ったとき、それは恐ろしい話だった。二人は逃げる。誰から? どこへ? ――フランス推理小説大賞を受賞した長編ラブ・サスペンス。(本書あらすじより)

読み始めて数ページでいきなり「甦った」ってことばが出て来て思わずぶん殴りたくなりましたよ。いやそこは「甦えった」でしょうが。このタイトル、一発変換できなくてめちゃくちゃめんどくさいんだから。
さてさて、フレデリック・ダールです。フランスミステリ界では(邦訳数的に)なかなかの大物。文春文庫や河出文庫や単行本数冊があります。非常に評判のよろしい『絶体絶命』はどこか復刊してくれるとこはないんでしょうか……。
記憶を失くした女(当然のように美人)と出会った男が、彼女の過去を調べていく中で衝撃の事実に辿り着き……というラブ・サスペンス。これまたザ・フランスミステリなお話。感情豊かな文章がわずか200ページの話を盛り上げます。でもちょっと物足りなかったかな、と感じました。

記憶を失くした女との情熱的かつ悲劇的な逃避行が破滅的なラストを迎える……というストーリーはわりとストレートで、だんだん記憶を女が取り戻してうぉぉぁぁぁぁってなるのもまた王道。ダールの文章は基本的にロマンチックで、これがサスペンスのいい味付けになっています。200ページしかないし本当に小品。
でも後半から狂気を交えていくのがちょっと急で、何となくストーリーに追いつけないんですよね。2人の関係もあっさり情熱的に(舞台はスペインだからね)描くのがいいのかもしれないんですが、やや物足りないし。個人的には惜しい作品でしたが、他のも読みたくなりました。

しかしこれでフランス推理小説大賞ですか……相変わらずよく分からん賞ですね……。あ、それと、最後の箱云々が何だか思い当たることがなかったんですが(どこかに出て来ましたっけ)、これ何のことだか分かる人、こっそりコメントで教えて下さい。

書 名:甦える旋律(1956)
著 者:フレデリック・ダール
出版社:文藝春秋
    文春文庫 233-1
出版年:1980.01.25 1刷

評価★★★☆☆
本棚探偵の冒険
『本棚探偵の冒険』喜国雅彦(双葉社)

夢幻の本棚を求めて稀代のユーモア漫画家が帝都を走る! 大評判の傑作随筆。(本書あらすじより)

探偵小説と古書が大好きな喜国さんが、古本を買って買って買いまくるエッセイ集。自分は国内の探偵小説や戦前戦後ごろの翻訳ミステリにはからっきし興味はないので、喜国さんの購入本についてそれほど関心があるわけじゃないんですが、そういうの関係なくむちゃくちゃ面白いですよ、これは。世の中のミステリ系古本好き、いや本好きの必読書です。

とにかく喜国さんの本への愛情とこだわりがやばいのです。本好きである自分は共感しっぱなし。並び順とか函とか豆本とか、結構ビジュアル面での好みが前面に出てくるのはやっぱりという感じでしょうか。自らデザインして色々作っちゃうあたりは自分には絶対できないので、ただただ羨ましいなぁと歯噛みしながら読んでました(笑)
そんでもって文章のユーモアのキレっぷりが半端ないのです。もう笑いっぱなし。やっぱりエッセイは読んで楽しくないと。そんな楽しいエッセイで延々とミステリと古本への愛が語られるんですから、面白くないわけがないのです。まさに俺のためのごとき本。このブログを読んでいるような方であれば楽しめるんじゃないでしょうか。

あと単行本は造本も良いですよ。函帯月報、初版は蔵書票付き(なんだこのマニア向けのせこいやり方は(くそぉ俺のは3刷なんだよ))。次作『本棚探偵の回想』『本棚探偵の生還』も今年出る『本棚探偵最後の挨拶』も読みたいですが、やっぱり単行本で集めたいですねぇ。

書 名:本棚探偵の冒険(1998~2001)
著 者:喜国雅彦
出版社:双葉社
出版年:2001.12.10 1刷
    2002.02.25 3刷

評価★★★★★
心ひき裂かれて
『心ひき裂かれて』リチャード・ニーリィ(角川文庫)

精神病院を退院したばかりの妻がレイプされた。夫のハリーは犯人逮捕に執念を燃やすショー警部補に協力する。そんなハリーを嘲笑し、陥れようとするかのように、その身辺で続発するレイプ事件。心病める者の犯行か……。だが、ハリーも、かつての恋人との間に決して妻には知られてはならない秘密をつくろうとしていた――。二転三転する展開と濃密な心理描写。サイコ・スリラーの元祖、ニーリィの最高傑作!(本書あらすじより)

角川文庫ミステリチャレンジ第六弾です。これでおしまい。いやぁ有名作を読みまくりましたねぇ。
さて、初ニーリィ、ニーリィの代表作です。古典的なサイコ・スリラーとして有名な作品(なのか?)。今となってはそれほど意外でもない真相1の後に待ち受ける衝撃の真相2に目ん玉が飛び出るほど驚きました。いやはや、これは確かに強烈ですね……ただ、さすがに長すぎだったかなと思います。

連続レイプ魔という、深刻なわりに切迫感のない事件だけで話を500ページ近く引っ張るのは少々つらいのです。もちろん、レイプ魔探しだけで話を持っていくのには限界があるので、主人公が妻を殴ったの隠すためにレイプでっち上げたんじゃね?と疑われる展開もあったりするんですけど、それも中盤からなあなあだし。奥さんのメンヘラっぷり(入院レベルのメンヘラ)も序盤のキレが薄れていってこれまたなあなあで。
要するに、序盤のイヤーな感じが持たないんです。これがもったいなくって。娘がレイプされた過去を持つがゆえに犯人逮捕に向けて異様な執着を持つ警部補とか、奥さんのメンヘラ治療をする精神科医とかをもっと生かせばよかったのかなと。いや、彼らは彼らで大事な役どころなんですが。

とまぁ少なからず(個人的には)退屈だったんですが、終盤の怒涛の会話劇(良い)の後に待ち受けるラストのぷぎゃーさには度肝を抜かれました。い、いやぁ、これは確かに名作レベルのすごさ。こういう驚き方はあんまりしたことがない気がします。これの伏線を仕込むために長かったんですねこの話は……。
とはいえ読んでいる途中は全然心が踊らなかったので、やはり超面白かったよとは言い難いですかねぇ。もう少しサスペンス度を高めてくれたら良かったのにと思います。いや十分サスペンス度高いんですけどね。難しい。

1月の角川文庫ミステリチャレンジ、6冊読了で無事終了です。初ケンリック、初レンデル、初シューヴァル&ヴァールー、初フォーサイス、初トレヴェニアン、初ニーリィでした。有名作中心に読むんだからアベレージがそもそも高いのがこのチャレンジの良いところです、いやほんと。
この6冊の中でトップ3をあげるなら、1位トレヴェニアン『夢果つる街』、2位トニー・ケンリック『バーニーよ銃をとれ』、3位マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー『笑う警官』でしょうか(ケンリックは好みど真ん中だったからむしろこれ1位でもいいけど、さすがにどうかと思ってやめました)。さて2月は新潮文庫の予定です。どれになるかお楽しみに。

書 名:心ひき裂かれて(1976)
著 者:リチャード・ニーリィ
出版社:角川書店
    角川文庫 ニ-3-3
出版年:998.09.25 初版

評価★★★☆☆
夢果つる街
『夢果つる街』トレヴェニアン(角川文庫)

吹き溜まりの街、ザ・メイン。いろんな人間たちが破れた夢を抱えて生きている。ラポワント警部補は毎日パトロールを欠かさない。ここは彼の街であり、彼が街の“法律”なのだ。そしてラポワントにも潰えた夢があった……。それは奇妙な死体だった。胸を一突きされて、祈るような格好で路地にうずくまっていた。イタリア系らしい若い男だった。街を知りつくしたラポワントは、難なく最初の手がかりをつかんだ。だがやがて浮かびあがるのはまったく意外な犯人、そしてそこにも街の悲しい過去があるのだった――。(本書あらすじより)

角川文庫ミステリチャレンジ第五弾です。吹き溜まりの街、ザ・メインで起こった殺人事件を、街の警察官ラポワントが淡々と捜査する物語。ひたすら街と人々が描かれるだけなのに、この切ない、胸を打つ感動は何なんでしょう……つまり、あれです、これは傑作です。素晴らしい。

ラポワントは街を知り尽くしていて、捜査の途中会う人会う人に声をかけていきます。そのたびに、彼ら彼女らの過去のエピソードがぽつりぽつりと語られていくのです。これがいちいち切ないんですよね。どん底の人たちが暮らすザ・メインという街がこうしてじっくりと描き出されていくのです。

そしてその街を知り尽くしたラポワントに、殺人事件捜査のため、勉強を兼ねて新米の刑事ガットマンがつくことになります。最初は、古臭い考えで捜査をする刑事と若くて大学出の刑事がコンビを組んで対立するパターンねはいはいよくあるよくあると思っていたんですが、この組み合わせが本当に良いんですよ。どちらも自分の信念というものがあり、かつ少しだけ影響されあっていきます。そのつかず離れずの関係が微妙に揺れ動いていく様の描写がもう抜群に上手いというか。若い刑事に説明していく形で街と人を示していくというやり方もベタながらスムーズ。最後の方の二人の関係とかね、なんかもう泣けちゃいます。

真相は私立探偵物のように手がかりを順繰りにたどっていくと出て来るもので、この真相がちょっと浮いている気がしなくもないんですが、それでもこの寂しさを募らせる叙情性がたまりません。特に真相発覚後の孤独感の強烈さ。くぅぅぅこれはキます。この雰囲気を出すための500ページなんです。
あと1000ページでも読んでいられると思わせる独特な空気感に見事にやられてしまいました。これは傑作でしょう。やっぱり、ラポワントだけではなく、街が主人公の小説だったんだなと。

ところで、東西ミステリーベスト100にランクインしているトレヴェニアンの作品は、これではなく『シブミ』なんですよね。一冊ごとに作風が大きく異なる作家さんのようなので、こちらも楽しみです。

書 名:夢果つる街(1976)
著 者:トレヴェニアン
出版社:角川書店
    角川文庫 ト-5-2
出版年:1988.04.25 初版
    1998.09.05 9版

評価★★★★★