プリンス・ザレスキーの事件簿
『プリンス・ザレスキーの事件簿』M・P・シール(創元推理文庫)

最初の安楽椅子探偵と目されるプリンス・ザレスキーは、不幸な恋のため祖国を追われて英国西南部の陰鬱な幽居で修道士のような隠栖生活を営んでいる、碩学の思想家であった。その犀利な推理を示す「オーヴンの一族」をはじめ、暗号ものの「S・S」等四編と、「モンク、木霊を呼び醒す」など三編のキング・モンク譚を併載した。異能作家シールの推理譚の全貌を窺い知る全一冊本である。(本書あらすじより)

おそらく年内最後の更新となります。毎年、年末には今年のベスト10をあげていますが、今年はちょーっとばかり忙しいので、年始の更新になると思います。

さて、年内最後の更新をこんな微妙な作品で締めくくるのは甚だどうかと思いますが、とにかくプリンス・ザレスキーです。〈シャーロック・ホームズのライヴァルたち〉の一冊。ザレスキー物4つ、独立した短編推理もの「推理の一問題」、カミングズ・キング・モンク物3つが収録されています。

「オーヴンの一族」
「エドマンズベリー僧院の宝石」
「S・S」
「プリンス・ザレスキー再び」
「推理の一問題」
「モンク、女たちを騒がす」
「モンク、『精霊の偉大さ』を定義す」
「モンク、木霊を呼び醒す」


……えー、はっきり言いますと、非常につまらなかったですね……。文章が難解で、登場人物の講釈を拝聴するばかりでストーリーを楽しめず、かなりつらいです。創元のこのシリーズの中ではかなりお薦めしにくい作品かなと。

ザレスキー物は、隠遁生活を送るザレスキーのもとに友人のシールが世間を騒がす事件を持ち込む、というもの。確かに(史上初の)安楽椅子探偵的で、事件の内容も結構センセーショナルで面白いんですが、延々とザレスキーの薀蓄語りがありダラダラ長いのが正直しんどいです。王族の血を引くが隠遁生活を送っているという設定のザレスキー自体も、濃いキャラのくせに大して魅力的ではありません。4編とも、正直あんまり楽しくはないですね……。

一方「推理の一問題」は、ストーリー的にも探偵小説的にも完成度が高く非常に面白い作品です。とある婚約した間柄の貧しい男女と金持ちの父娘が出会ったことで起きた事件の顛末を推理する話。込み入った事件が実にすっきりと解決する様は見事で、何より読んでいて楽しいのが良いですね。

カミングズ・キング・モンク(上級貴族の暇を持て余した金持ち)物のうち、最初の「モンク、女たちを騒がす」はコン・ゲーム的で素晴らしい作品でした。モンクが暇つぶしに、どうすればロンドン中の女を引き連れて歩けるかと計画を立て実行します。軽快で洒落たストーリーが笑わせますね。
「モンク、「精神の偉大さ」を定義す」は哲学問答でまぁ長いこと長いこと、これはもうしんどいとしか言いようがありません。これはたぶん小説じゃないですね。ただの問答です。
「モンク、木霊を呼び醒す」は事件に巻き込まれたいとモンクが表に出ていない怪事件を見つけ出しそれに飛び込んでいく冒険物で、こちらはまあまあといったところでしょう。


今まで「隅の老人」「思考機械」「アブナー伯父」「フォーチュン氏」と読んできましたが、プリンス・ザレスキーとモンクはこの並びでは異質としか言いようがありません。同じく探偵小説的でありながらそのアプローチが全然違うというか、はっきり言って作者シールの書きたいものが違いすぎるのです。シールはたぶん、探偵小説という形式を通して薀蓄語りをしたいだけ。
というわけなので、普通のシャーロック・ホームズのライヴァルたちが良い人には全くオススメ出来ないですね……。プリンス・ザレスキーの方が滋養に満ちていて面白い、って人もいるんじゃないかとは思いますが、とりあえず自分にはとっつきづらい短編集でした。

書 名:プリンス・ザレスキーの事件簿(1895~1936)
著 者:M・P・シール
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mシ-3-1
出版年:1981.1.23 初版
    1997.7.11 3版

評価★★☆☆☆
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夜歩く
『夜歩く』ディクスン・カー(創元推理文庫)

刑事たちが見張るクラブの中で、新婚初夜の公爵が首無し死体となって発見され、現場からは犯人の姿が忽然と消えていた!夜歩く人狼がパリの街中に出現したかの如き怪事件に挑戦するのは、パリ警視庁を一手に握るアンリ・バンコラン。本格派の巨匠が自身満々、この一作をさげて登場した長編デビュー作。カーの代表作と目される作品のトリックをいち早く使用した密室物ものの秀作。(本書あらすじより)

このあらすじはどうかと思いますけど、とにかく『夜歩く』です。この間新訳が出ましたが、それではなくて、新訳が出たことを機にあわてて積ん読から引っ張り出してきた旧訳版です。本読みは、積んでいる本を復刊されたら負けなのです。なんのこっちゃ。
古い創元なので、ジョンのつかないディクスン・カーですねー。

面白いことは面白いのですが……少々凡庸というか、ありきたりというか、これといって目立つものがないというか、まぁはっきり言って、新訳も色々出て来た2013年に、いまさらカーの作品からこれを読む必要は感じません。カーらしさ&らしくなさを見たいファンが読めば十分なんじゃないかな、と。

トリック諸々は分かってしまう人も多いでしょうね(○○の正体とか自分は普通に驚きましたが、よく考えれば分かりますね、これ)。不可能犯罪は少々不自然。しかし、かなり長尺の解決シーンは話を大いに盛り上げ、犯人の自白も迫真というか狂気に満ちていて実に読ませます。ラストに近づくほど芝居がかってくるのも楽しいです。
ただやはり序盤中盤が地味ですねー。狂人が誰かに化けてるぜ!な要素も出しっぱなしで緊張感に欠けるし、容疑者に話を聞いて回るのもばらばらとしていて集中出来ません。古典ミステリにありがちな語り手の頭の回転の遅さも少々いらっとします。容疑者がそれぞれもっと魅力的なら良かったのかな。

個人的には、フェンシングによる決闘を書いてくれれば、もっと楽しかったんじゃないかなと思いますが、まぁそういうのはカーがまだこの頃は抑えていたから仕方ないですね。全体的に頑張っていることは分かる処女作らしい処女作、という印象です。

書 名:夜歩く(1930)
著 者:ディクスン・カー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mカ-1-17
出版年:1976.7.23 初版
    1995.7.7 26版

評価★★★☆☆
枯草熱
『枯草熱』スタニスワフ・レム(サンリオSF文庫)

ナポリで起きた中年男の連続怪死事件をめぐって、捜査の依頼を受けた「枯草熱」の元宇宙飛行士が、男たちの足跡をたどるうちに自ら予想外の出来事に巻き込まれていく確率論的ミステリ。(国書刊行会版のあらすじより)

最近なぜ更新ペースが早いのかというと、答えは簡単、もうすぐ2013年が終わっちまうからであります。今年中に今年読んだ本の感想くらい全部書き終わりたいじゃないですか……と思っていたんですけど、今書いてるこの『枯草熱』を読んだのが1ヶ月前ですからね。おまけに12月はやたらと早いペースで本を読んでしまったので、うん、まぁ、無理でした。ちなみにこの辺からSF率がなぜか上がります。

さて、初レム&初サンリオSF文庫。ちなみに本書のタイトルは、「かれくさねつ」ではなく「こそうねつ」と読みます。というか国書刊行会版ではそうなのです。サンリオ版でもそうなのかは……訳者さんに聞かないと分かんないですね、はい。まぁ広辞苑とか見ると「こそうねつ」なのです。そういうことです。

イタリアでの連続怪死事件、被害者に共通していたのは枯草熱(つまりは花粉症。この本が訳された頃は花粉症ってそんなにメジャーじゃなかったんですねぇ)だった……という話で、ほとんどSFではなくミステリなんですけど、読み心地は哲学書というか数学書みたいな感じで、どうにも不思議な作品です。わりあい読みやすいとは思いますが、面白いというのとは違いますね、はっきり言うと。

事件の捜査に囮(?)として協力した同じく枯草熱のアメリカ人宇宙飛行士が、被害者の一人と全く同じ行動をし、その後フランスの有名な学者に相談しに行く、という展開ですが、序盤の囮捜査中に事件の説明が全くなされないのはやや辛いです。一切の説明がなく、この人何してんだろ……とひたすら思う70ページ。はっきり言って退屈です。枯草熱事件の内容がようやく説明される第三部までがまー長いこと長いこと。
第二部でフランスに移動中の主人公が空港テロ事件に巻き込まれたりもするので、ちょっとした動きがないことはないのですが、正直言ってこれもあまり本筋には関係ないんですよね(意味はありますが)。第三部はほとんど事件の説明と検討に終始しているので、終盤まで特に動きが無く、やはり盛り上がりには欠けます。

ただ、この事件自体は非常に特異で奇怪なので、説明や検討だけでも読んでいて結構面白いんです。話は次第に哲学的・数学的になっていくので、だんだんややこしくなってくるのですが、これもそんなに読みにくいわけでもありません。終盤では主人公が悪夢のごとき体験をすることになり、この描写も真に迫っていて非常に読み応えがあります。明かされる真相も連鎖的な様が面白く、一風変わったミステリ風味のものですし、未来への警鐘的な皮肉さもあって良いです。
そういうわけなので、読み終わってみると、案外面白かったジャーンと思ってしまうんですよねぇ。読んでみないと読み心地が分からない、かなり独特な一品でしょう。序盤の読みづらさだけが難点かなと。積極的におすすめするような作品ではありませんが、なかなか印象に残るお話でした。

ちなみに、「枯草熱」は、事件の大事な一要素であるとはいえ、作中であまりその点が強調されないので、タイトルとしては微妙かなと思います。原題ではなく英題はなかなか上手いタイトルなんですが、こちらはこちらでちょっとネタバレっぽいんですよね……難しい。

書 名:枯草熱(1976)
著 者:スタニスワフ・レム
出版社:サンリオ
    サンリオSF文庫 27-A
出版年:1979.9.25 初版

評価★★★☆☆
ゴーン・ガール 上 ゴーン・ガール 下
『ゴーン・ガール』ギリアン・フリン(小学館文庫)

ニックは三十四歳、ニューヨークで雑誌のライターをしていたが、電子書籍の隆盛で仕事を失い、二年前、妻エイミーとともに故郷ミズーリに帰ってきた。しかし都会育ちの妻にとってその田舎暮らしは退屈きわまるものだった。結婚五周年の記念日、エイミーが、突然、謎の失踪を遂げる。家には争った形跡があり、確かなアリバイのない夫ニックに嫌疑がかけられる。夫が語る結婚生活と交互に挿入される妻の日記。異なるふたつの物語が重なるとき衝撃の真実が浮かび上がる。大胆な仕掛けと予想外の展開、「NYタイムズ」で第一位に輝いた話題のミステリ登場。(上巻あらすじより)

天下のギリアン・フリン、初読です。もうなんか読む前からこいつは自分の苦手な話だろうなーって予感がプンプンするんですが、今年のそこそこの話題作なので仕方がありません。
で、まぁ、頑張って読んだわけで、たしかにとんでもない傑作であることは間違いないんですが、こんなしんどい思いをしなきゃならないならミステリなんて読みたくないし、金輪際イヤミスは手に取りたくないぜ、ってわたしゃあ思いました(ってかイヤミスなの?)。

何と言うか実に上手いんですよ。奥さんの失踪に対し曖昧な態度を取る夫ニックの一人称語りと、失踪前の幸せそうなエイミーの日記が交互に語られるんですが、2人とも言っていること、考えていることが微妙に食い違っていて、読者は何が真実なのかが分からなくなります。一人称なのに、ニックは何をしエイミーはどうなったのか、何を信じていいのかがはっきりしないのです。2人の心理状態の描き方によって、作者は読者の感情すらコントロールします。後半ではさらに読者の感情を弄ぶことで意外性と展開の予測不能さを生み出し、怒涛の結末まで一気に読ませるわけですね……めっちゃ上手いです。

というわけで傑作なんですよ。サスペンスとどんでん返しと謎解きが絶妙にミックスされた稀有な一品でしょう。
……しかし、個人的にはですね、物語中で常に誰かが非常にしんどい思いをしているこういう作品を、読んでいる自分は耐えられないんです(作者はドSだ)。ニックが疑われたり、エイミーが酷い目にあったり。真実を言っているのに信じてもらえないもどかしさ(つらい)。思ったほどラストは酷くなかったですが、まぁでもじわじわしんどいしつらいしえげつないし、はっきり言ってこんなもの二度と読みたくないっすわはい。

まぁそういうわけなのでわたしゃあもう現実世界に疲れましたよ。世の中の幸せなカップルたちはこんなもの読んじゃいけません。作者さんだって謝辞で「あなたって最高。結婚してくれてありがとう。」なんて言ってるのにこの後離婚したらしいですからね夫婦ってこわいね(何それこの話で一番こぇぇよ)。

書 名:ゴーン・ガール(2012)
著 者:ギリアン・フリン
出版社:小学館
    小学館文庫 フ6-2,3
出版年:2013.6.11 1刷

評価★★☆☆☆(あくまで個人的には)
ゲイルズバーグの春を愛す
『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニイ(ハヤカワ文庫FT)

由緒ある静かな街ゲイルズバーグ。この街に近代化の波が押し寄せる時、奇妙な事件が起こる……表題作他、現代人の青年とヴィクトリア朝時代の乙女とのラヴ・ロマンスを綴る「愛の手紙」など、甘く、せつなく、ホロ苦い物語の数々をファンタジイ界の第一人者がノスタルジックな旋律にのせて贈る魅惑の幻想世界。(本書あらすじより)

収録作品
「ゲイルズバーグの春を愛す」
「悪の魔力」
「クルーエット夫妻の家」
「おい、こっちをむけ!」
「もう一人の大統領候補」
「独房ファンタジア」
「時に境界なし」
「大胆不敵な気球乗り」
「コイン・コレクション」
「愛の手紙」

言わずと知れたジャック・フィニイの代表短編集。なぜかフィニイを『夢の10セント銀貨』などというどうしようもない作品(好きですけど)から読み始めてしまった自分ですけど、ようやくこれを読むことが出来ました。
凝ったストーリーも鋭いオチもない、ただただノスタルジックや切なさに満ちた短編集。読んでいて包まれるような温かさが感じられ、どれも淡々とした話ながら物語の中に引き込まれます。読者の罪深いすさんだ心が浄化されるのです。傑作集……というほどではないですけど、印象に残る作品が多いな、という感じですね。目次開いて各話のタイトル見たらどういう話だったかが全部ぱーーっと思い出せたんですが、なかなかすごいことだと思いますよ、これは。

スケスケ眼鏡を手に入れたらモッサリした女の子が超美人だったことに気付いた男の話「悪の魔力」、ヴィクトリア期の家を現代に蘇らせる「クルーエット夫妻の家」、死刑執行前に刑務所の壁に絵を描く男の話「独房ファンタジア」、わりとしっかりしたオチのあるタイムトラベル物「時に境界なし」、空を飛ぶことに憧れた男が気球を作って乗るだけの話「大胆不敵な気球乗り」、時空を超えた恋愛小説「愛の手紙」が良かったかな……ってほとんどじゃないですか。
しかしフィニイさん、こんなに19世紀をやたらと持ち上げて入れ込んで惚れ込んで感情移入しているようでは、さぞかし現代は生きづらかったでしょうね。実際、ちょっとひとりよがりというか、理想を理想化しすぎている面はあると思うんです。鼻につく人もいるかもしれませんね。それこそがフィニイの魅力なんですが。

ベストは「愛の手紙」かな……いや「クルーエット夫妻の家」も結構お気に入りなんだよなぁ。あ、いや、「大胆不敵な気球乗り」も……(はっきりせい)。

というわけでこれは普通におすすめです。ちなみに「コイン・コレクション」は、長編『夢の10セント銀貨』とほとんどストーリーが同じでした。短編を長編化したものだったんですね。
ついでに言うと、今のところジャック・フィニイの短編では「死者のポケットの中には」の圧倒的一位感は揺るぎません。あれは傑作ですよ、マジで。『レベル3』読んでいないから偉そうなこと言えませんけど。

書 名:ゲイルズバーグの春を愛す(1962)
著 者:ジャック・フィニイ
出版社:早川書房
    ハヤカワ文庫FT 26
出版年:1980.11.30 1刷
    2003.10.31 18刷

評価★★★★☆
消失!
『消失!』中西智明(講談社ノベルス)

その街に連続して起こった殺害事件。共通するのは死体と犯人の不可解な「消失!」。そして、殺されたのがいずれも赤毛の持主であったことだ。赤毛を恨む人間の復讐行なのか。最初の「驚愕」は、名探偵新寺仁が解き明きした真相にある。だが、その奥には二重三重の途方もない真実が……。22歳作家鮮烈デビュー。(本書あらすじより)

写真がこんなのしかありませんでした。
突然国内ミステリを、おまけにザ・新本格を読み出すなんていったい何があったんだと思われるかもしれませんが、えーと、ただの気まぐれです。特に意味はありません。自分、全くこの本のタイトルも作者も聞いたことなかったのですが、その筋では有名な作品のようですね、どうやら。という人の感想ですので、以下の文章はその点差っ引いて読んでくださいね、いつものことですが。

さて、読んでみましたが、うむ、確かにトリックはすごいし驚いたし感心したんですけど、ただ終盤のサプライズ畳み掛けに突入したあたりから全くテンションが上がることなく、「ふーん、なるほどなるほど」くらいのまま読了してしまったので、つまりは結局、自分が読みたいミステリはこういうのじゃないんだろう、とつくづく感じます。

3つの事件が次第に接近していく過程はとても楽しく読めました。同日の市内で一体何が起こっていたのか?という謎は非常に魅力的。犯人視点も交えつつ続けざまに事件が発生し次から次へと展開していくので読者を飽きさせません。密室ネタとその謎解きを適度に挟んでいるのも上手いですね。

で、えーと、ほらこの作品のトリックの1つってアレなわけですけど、で私はこの手のトリックが嫌いなわけですけど、その点は思ったほど嫌いでありませんでした。大トリックが複数仕掛けられているため、1つ1つがメイントリック、って感じではないからでしょうね。ただ、すげぇ驚いた、というよりは、ふーんってくらいにしかならない自分が悲しいような……この手の国内ミステリを俺はどう楽しめばいいんだ……。つまるところ、こういう風に驚かせられて(まさにそんな感じ)みんな何が面白いの、と言いたいんですけど、こればっかは感性というか好みの問題なのでいかんともしがたいですね、はい。

ま、なんというか、とりあえず自分はこういうのを読みたくてミステリを読んでいるんじゃないんですね、ってことにしておきましょう。

書 名:消失!(1990)
著 者:中西智明
出版社:講談社
    講談社ノベルス ナK-01
出版年:1990.10.5 1刷

評価★★★☆☆
死体置場は花ざかり
『死体置場は花ざかり』カーター・ブラウン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

身元不明の金髪美人の死体が死体置場から盗まれたのは、生あったかい、うんざりするほど悩ましい夜だった。盗まれた死体がTVスタジオにあるという匿名の電話が警察にかかる。半信半疑、アル・ウィラー警部はTVスタジオへ出かけた。すると、ドラマ用の棺の中からは金髪とは似ても似つかぬ四十男の血まみれの死体が飛び出してきたのだ。事件はさらに発展し、今度は死体置場に安置されたその四十男の体から、心臓のみがえぐり取られて盗まれた。死体置場は大混乱!洒落た感覚にユーモアを混えて軽快に描くハードボイルドの超快作。(本書あらすじより)

基本的には謎解き要素ちょっぴりの軽いお色気ハードボイルドで、主人公のウィーラー警部がぶうたれながら捜査していくのみ。ただ、ウィーラー警部がラストでは一転予想外の非情さを見せつけ、強烈な読後感を与えます。このギャップが素晴らしいのですよ。大満足でした。

まず警部に匿名の電話、指示通り向かったモルグでは死体が1つ盗まれ、その後テレビ局でその死体+1つが見つかります。警部は事件関係者の叶姉妹みたいなセクシーおっぱい姉妹とイチャコラしつつこのドタバタ事件を捜査していく……というのが大雑把な筋書き。
軽口ばかり叩くウィーラー警部のひねくれた目線で物語が進行するため、読み心地は極めて軽いです。まぁ捜査って言ってもそこかしこで酒を飲んでいるだけだし。犯人は意外も何もそもそも容疑者が少ないし、行きあったりばったり以上のものではないので、取り立てて真相に注目するところはないかなと思います。

ウィーラー警部はお調子者でおっぱいおっぱい言いながらソーダ入りスコッチを飲んでばかりのキャラクターですが、やたらと女にモテるようで、おまけにこう見えて頭の回転は早いのです。脅しつけまがいの行為で証言を引き出したりとやることも強引。イマイチどういう人間か分かりにくいというのはあるかもしれません。
でもそういうキャラクターなだけに、ラストのこの結末には驚かされます。安易かもしれませんが、この後ウィーラー警部が街に戻ることを考えると、やっぱり一面ではかっこいいなと思っちゃうんですよね。ほとんどギャップ萌えに近いんですが。女って怖いねぇ(そこ?)。

『死体置場は花ざかり』は、『海外ミステリー事典』のカーター・ブラウンの項目で代表作にあげられていて、ラストが非情で云々と書かれていたのがずっと気になっていたのでした。6年越しでやっと読みましたが、いやぁ大いに楽しんでしまいました。訳者の田中さんも言っていますが、軽い文体って良いもんですねー。ブラウンはちょこちょこ読んでいかないといけない作家かなと思います。

書 名:死体置場は花ざかり(1959)
著 者:カーター・ブラウン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 43-1
出版年:1977.6.30 1刷

評価★★★★★
冷戦交換ゲーム
『冷戦交換ゲーム』ロス・トーマス(ハヤカワ・ミステリ)

退役軍人マックがボン郊外で経営するバー〈マックの店〉に突如闖入した覆面の二人は、客に銃弾を撃ち込み逃走した。マックの共同経営者で、実はアメリカのスパイでもあるパディロにかかわる出来事らしい。その裏には、重大なスキャンダルになりうる亡命事件が絡んでいた。真相を知らぬまま陰謀に巻き込まれたマックは、危険なゲームの渦中に……冷戦のさなか、緊張みなぎる東西ドイツに展開する白熱のスパイ・サスペンス!のちに犯罪小説の巨匠として絶大なる人気を得た著者が、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞に輝いた伝説のデビュー作。(本書あらすじより)

ロス・マクドナルドをロスマクと略すんだったら、ロス・トーマスはロスマスと略すんでしょうか。そんなわけないですね。というわけで初ロスマスです。
東西冷戦のさなか、諜報員として東ベルリンに潜入した友人のパディロを助けるため、ごくごく一般人(のくせに度胸座ってんなこいつ)のマックが西ベルリンから東ベルリンへと入り、二人で脱出を図ろうとするが……というのが大雑把な話でしょうか。単なる東西対立ではなく、複数の思惑が複雑に入り乱れた様を描いた、言わずと知れたスパイ小説の代表作ですね。
なんですけど、なぜこれがここまで評価されているのかがよく分からなかったというのが正直なところでしょうか。

確かに、まさに東と西が火花を散らす中、東側とベルリンの壁とさらにはアメリカ本国まで相手にして繰り広げられるスパイ・サスペンスは面白いです。短い話ながらよく練られており、少ない登場人物それぞれがキーキャラという感じで、丹念にプロットも作りこまれています。
ただ、まずこの文体にいまいち馴染めませんでした。極力感情表現を削ぎ落とした一人称文体で、これをカッコイイと見る人がいるだろうことは十分理解できるんですが、自分にはちょっと感情移入を妨げるものだったかなと思います。パディロとマックの両主人公にそこまで肩入れできないまま終わってしまいました。
また、ラストの大ボスというか、あの登場にもう少し伏線が欲しかったかなというのもあります。登場してからはいいんですよ、スピーディーなバトル展開から始まる怒涛のオチまで、マックの行動を追っているだけでもめちゃくちゃ楽しいです。アメリカ相手に啖呵を切るところとか、ホモの暗号解読者との関係の微妙な変化とかね、良いですよ。でもやっぱりあそこは急すぎるというか、事前の説明がやや欲しいところではありました。

というわけで、そこそこ楽しめましたが、それ以上ではありませんでしたね……。ロス・トーマスは非常に評価が高い作家ですので、まぁ『女刑事の死』以下いろいろ読んでみたいなとは思っているのですが。せっかく『クラシックな殺し屋たち』も持っているし。

書 名:冷戦交換ゲーム(1966)
著 者:ロス・トーマス
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ 1044
出版年:1968.7.15 初版
    1985.12.15 2版

評価★★★☆☆
死者の声なき声 上 死者の声なき声 下
『死者の声なき声』フォルカー・クッチャー(創元推理文庫)

映画が喋りはじめた1930年のベルリンで、将来を嘱望されていた女優が撮影中に痛ましい死を遂げた。事故で片付けようとする上司に反発し、ベルリン警視庁殺人課のはみ出し者ラート警部は、またもや独自に動きだす。刑事としての矜持ゆえ、さらには自らの栄達のため。光と影が交錯する映画界と巨大都市を、ラートは東奔西走するが……。ベルリン・ミステリ賞受賞の傑作警察小説。(上巻あらすじより)

去年の新刊の中では、フォルカー・クッチャー『濡れた魚』はイチ押し作品でした。警察小説とは思えない、自分勝手で独善的、保身に突っ走りズブズブとドブに浸かりまくるラート警部の物語が型破りで大変面白かったのです。1930年頃のドイツを舞台にした警察小説、と聞いてイメージする固っ苦しくて重っ暗っなミステリでは全然なくて。『濡れた魚』をなぜか買った去年の自分を褒めたいですね、いやほんと。というわけで待望の第2作ですよ、やったね、ありがとう酒寄さん東京創元社さん。

主人公のラート警部は、「組織」としての行動を重んじるベルリン警視庁の中では例外的に独断専行、自分の出世のために勝手に捜査、上司の命令も聞かず正義も愛国心もへったくれもなくただただ手柄をあげたいがために一人で嗅ぎ回ります(単独操作なんてカッコイイもんじゃなくてただの暴走だわこれ)。おまけにイライラしがちで感じ悪いときてるんだからどうしようもありません。『濡れた魚』のラート警部はさらに墓穴掘りまくりんぐの墓穴カバーに走りーのさらに墓穴掘りーの思わぬ泥を引っかぶりーのまずいことやりーのと延々取り返しのつかなくなる様が見ていてうぇぇぇぇぇって感じだったんですが(そこがまさに魅力なんですけどね)、今作ではそのはちゃめちゃヤバ具合は大人しめだったかな、という感じです。

さて、1930年のベルリンで発生するのは、撮影所の女優の事故死&女優失踪事件+αでケルン市長脅迫など。ラート警部は例によって命じられた捜査をせず勝手に手がかりを追い知り合いの監督に頼まれた個人捜査を行うことで、トーキーが導入される映画界の混乱に踏み込んでいくことになります。
犯人視点の章が挿入されたりモロに怪しげな行動を取る人間が現れたりするため、捜査で浮かび上がる真相には意外性もへったくれもありません。しかし普通の警察小説に過ぎないはずなのに、ラート警部の身勝手さにより一風変わった、かつ無意味にスリリングな(笑)話に仕上がっています。ぶっちゃけ最初からみんなで協力していればすぐに解決できたんじゃないかなって……(それを言っちゃあおしまいよ)。まぁだからラート警部を受け付けられない人には何にも面白くないでしょうね、このシリーズ。
『濡れた魚』と比べて、アデナウアー市長やトーキー映画の登場などの要素のせいでより歴史ミステリっぽさが増しているのは面白いところ。とは言えラート警部が政治に全く関心がないため、ナチスと共産党の争いみたいなしちめんどくさいことがさらっと片付けられるのは嬉しいですね。

前作のように力技でオチを付けるようなムチャはないし、極めて落ち着くべきところに事件の真相は落ち着くのだけど、その分警察小説らしいじっくりとした良さを味わえたのでこれはこれでナイス。今作も良かったですよ。今後もぜひ翻訳が続いて欲しいシリーズです。
ただ、読んだ人の大部分は大人しすぎると感じるんじゃないでしょうか。『濡れた魚』と比べてラート警部が部下や友人に助けられる描写が多く、また可愛すぎるワンちゃんをお供に捜査するせいで、思ったほど孤立していない様がやや強調されているからかな(彼女との関係とかどうなるんでしょうねぇ)。これはこれで悪くはないですが、やっぱりもっとはちゃめちゃな展開が見たかったかな、というのも正直なところです。

というわけで、興味がある方は『濡れた魚』からぜひ。というのもクッチャーさん、何の遠慮も説明もなく前作の登場人物をガンガン出してくるので……(実にどうかと思う)。まぁ知らなくても問題ないような気がしなくもないですが、ただこのシリーズは1929年以降ドイツがどう変化するかに注目して読み進めたい所なので、やはり一作目から読んで欲しいですね。

書 名:死者の声なき声(2009,2010)
著 者:フォルカー・クッチャー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-18-3,4
出版年:2013.8.23 初版


評価★★★★☆
未亡人
『未亡人』ミッシェル・ルブラン(創元推理文庫)

貿易商のダニエルは美貌の妻コーラを愛していたが、彼女は夫に情事を問いつめられて以来、殺意をいだくようになった。妻の企みを知った夫はリヨンへ商用で行くとき、秘かに妻を愛している秘書に一通の手紙を託し、旅行中、行方不明になっても心配するなと言い残して出かけたが、事件は意外な方向へと発展した。複雑なプロット、二十三重のどんでん返しで読者の意表をつくルブランの快心作「未亡人」と「罪への誘い」を収録。(本書あらすじより)

個人的に『殺人四重奏』はフランス・ミステリの中でもトップファイブに入る作品じゃないかと勝手に思っているのですが、まぁそんな感じでお気に入りのミッシェル・ルブランです。って読むのはまだ2作目ですが。
それぞれ200ページほどの「未亡人」と「罪への誘い」を収録。いずれも殺人を計画する人物の物語で、ルブラン流のどんでん返しを味わえますが、タイプはだいぶ異なります。良い組み合わせだと思いますね。綺麗にまとまっている小粒な良品。特に「罪への誘い」を楽しめました。以下、それぞれの感想を。


「未亡人」(1958)

夫ダニエルの横暴な振る舞いに耐えられず愛人を作っていたコーラ。ところがある日夫に不倫がバレていたことが分かり、彼女は思わず夫を瓶で殴り倒してしまいます(しかし世の中そんな簡単に人は死なない)。妻と愛人を脅してくるダニエルに我慢出来ず、コーラは夫の殺害を計画し始めますが……。

暴力は振るうわ独占力は強いわと夫はひでぇ奴で、しかしコーラはコーラでかわいそうではあるけど自己中、愛人も実はそんなにコーラを愛していないので夫を殺そうとしたと聞いてえっそんなマジかよ困るぜ、という態度だしさらに夫の秘書がコーラを好きだったりしてもう酷いですねこの構図(笑)
愛人のことを調べ尽くしネチネチとイヤミを言う旦那。コーラはついに、深夜なのにこれから車をぶっ飛ばして出張に行く夫のコーヒーに睡眠薬を入れてしまいます。翌朝我に返ったコーラはパニくってしまいますが、そこに夫は病院にいるという電話が……とここからが壮絶などんでん返しのオンパレード。
とにかくまぁ物語をひっくり返すことひっくり返すこと。登場人物の身勝手な思惑がグチャグチャと入り混じり、ますます追い詰められるコーラ。これが読ませるんです。終盤の張り詰めた対決シーン、一周回って喜劇的とすら言える悲劇的な結末、と怒涛の展開を楽しめます。まさにおふらんす。

ただ個人的な好みで言うと、この結末はさすがに後味が悪すぎるのであんまり好きくはないかなぁ。あまりにバッドエンド(というか苦手なパターンなのです)。皮肉にも程があります。ラスト一文の絶望感。しかしこういう所がおふらんす作家の上手いところですよねぇ。あ、ちなみに、ややネタバレなので、登場人物一覧は読まないように。


「罪への誘い」(1959)

老舗レコード会社を共同経営している兄弟。弟はヤク中で問題を起こしてばかり、年中弟の尻拭いをしている兄の眉間のヒビは広がるばかり。さらには兄が色目を使っている技術主任(常に胸元が開いているような服しか着ないような超有能ウーマン)は兄の熱烈な想いを華麗に突っぱねます。
ある日美人さんが、弟に襲われたもう耐えられないヒドイワと兄に泣きついてきます。これぞチャンス、えぇい積年の恨み果たさでおくべきか、ついでに彼女もゲットだぜ、と彼女に言われるがまま着々と弟殺害計画を立てる兄。かくして決行日と相成るが果たして――?(もちろん順調にはいかない)

言っちゃっていいと思いますが、つまり悪女もの。計画がどう上手くいかなくなっていくのかという面白み、中盤のどんでん返し(この引掛けは上手い)、後半の視点変更による伏線の配置、さらには物語全体に散りばめられた伏線が効果的な結末、と実にスリリングかつトリッキーな作品です。これは面白かったですね。
広義の倒叙もの、という言い方がしっくり来るかもしれません。フランスミステリのどんでん返しって、えてして伏線もへったくれもなくドーン!ってのが多いような気がしますが、これは実に精巧。かつ犯罪計画とその露呈というストーリーが単純に面白く読ませます。少ない登場人物の使い方も上手いですね。
話の展開はそんなに意外というのでもなくて、結構バレバレなんですが、逆にそれが面白みを増させている気もします。先のチラつく感じがね。という感じなので、ほとんど文句のつけ所がないんじゃないでしょうか。200ページという中編の分量を活かしきった一編。大いに堪能しました。


フランスミステリはそれほど読んでいるわけではないので偉そうなことは言えませんけど、自分が読んだ中ではミッシェル・ルブラン『殺人四重奏』をまずは強くオススメしておきたいです。自白合戦的な話の面白さ、効果的な伏線とどんでん返し、フランス的皮肉な結末、お洒落な雰囲気、と読みやすく面白い作品。まずはそこからぜひぜひ。

書 名:未亡人(1958,1959)
著 者:ミッシェル・ルブラン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 431(Mル-3-3)
出版年:1972.7.14 初版
    1973.8.24 3版

評価★★★★☆
法廷外裁判
『法廷外裁判』ヘンリイ・セシル(ハヤカワ・ミステリ文庫)

会社社長のロンズデイル・ウォルシは嘘が大嫌いな男だった。その彼が殺人罪で告訴され、終身刑を宣告された。おれは証人の偽証によって有罪になったんだ! 彼は不撓不屈の精神で脱獄を計画し、まんまとそれに成功した。さらに、かねて白羽の矢を立てていた名判事を自宅に監禁し、誘拐もどきの手段で、事件の関係者を判事邸へ集めた。そこで彼は、裁判のやり直し、すなわち法廷外の再審を要求したのである! 目をまるくする判事や弁護士をしりめに、ついに珍妙な裁判の幕は上った。ブラック・ユーモア風に展開する異色法廷ミステリの傑作。(本書あらすじより)

初セシルです。傑作が多いと評判ですが、あらかた絶版になってしまっている現在ではかなり入手しにくい作家ですね。創元推理文庫の古いやつとかむちゃくちゃ高くなってるし……。
さて、そんなセシルの代表作といえば、たぶんこの『法廷外裁判』でしょう。極端に嘘が嫌いで、嘘を聞くと我慢できずに顔が真っ赤になってしまうという男(といって別に嘘自動発見的な能力なわけではないですけど)が、偽証だらけだったという自分の裁判のやり直しを求めてむりやり脱獄し弁護士やら判事やらを集めて裁判を行わせるというはちゃめちゃなストーリー。全編ユーモアに満ち満ち満ち満ちていて非常に楽しいミステリです。ユーモラスな裁判の進行とともに様々な隠れた事実が明らかになっていき、ラストにどんでん返しが間違えている……というわけで実に傑作だと思うのですが、自分としてはあと5年早く読みたかったなと思いました。ある程度読んでいる人だと、先が少し読めてしまうのですよね。もったいない……。

とにかくユーモラス。文体から受ける雰囲気は英国物ユーモア・ミステリに近いといっていいほど楽しいものがあります。ま、これだけで自分としてはもう満足なのですが、その軽快な会話から繰り広げられる丁々発止のやり取りも見ものです。主人公のウォルシのライヴァル的ポジションの、女傑としか言いようがないバーンウェルという女性がいるのですが、彼女がまぁ嘘つきでしてねー(笑) 彼らの、愛しつつ憎む、みたいな罵り合いも非常に楽しいです。ひねくれ、かつブラックユーモラスな結末も、彼らのキャラクターあってこそで、読後のにやっとしてしまう感じはたまりません。

またネタバレになってしまうのであまり言えませんが、かなり大胆な仕掛けがなされているところも見所の一つでしょう。本当にこうネタバレになってしまうので言えないのが悔しいのですが、隠し方が実にうまいのです。絶版にしている早川書房さんの罪は重いですよ、えぇもう。

惜しむらくは、法廷外裁判終了後の展開がやや間延びしていること、および法廷内で明らかになる事実にそれほど意外なものがなく、ただ嘘でしたーごめんねー、で終わっちゃうということでしょうか。法定ミステリ的な裁判内でのどんでん返しを期待するとやや痛い目に合います。ま、これは話の展開上構わないのですが、その後のオチまでがやや長く感じられました。イギリスの法律制度についての説明やらウォルシの責任問題の追求など、必要なのは分かるんですが、そこまでがとにかく怒涛の展開だっただけに、やや失速してしまったかな、というところ。勢いのまま終わらせて欲しかったかな、と思わなくはありません。

とは言え、やはり傑作であることは間違いないでしょう。出来ればミステリ初心者の方にこそ、図書館でもなんでもいいので借りてきて読んで欲しい作品かなと思います。

書 名:法廷外裁判(1959)
著 者:ヘンリイ・セシル
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 56-1
出版年:1978.4.30 1刷

評価★★★★☆
第八の日
『第八の日』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ハリウッドからの帰途一軒の店に立ち寄ったエラリイは、奇妙な風体の老人と若者を見かけるが、その老人の高貴な風貌にはなぜか人の心を惹くものがあった。再び車を駆る彼はネバダ砂漠のとある村落に迷い込んでしまった。そこは、先刻出逢った老人を教師とし、聖書さながらの生活を営む一団の人々の共同体であった。あらゆる文明社会から隔絶し、犯罪という概念すら持ち合わせないこの社会でエラリイは奇妙な殺人に出くわした。自分の生活圏とはまったく異なる世界で起きた数奇な犯罪に、エラリイは単身挑んで行く。中期の異色力作!(本書あらすじより)

解説には書いていませんが、これはアヴラム・デイヴィッドスン代作と言われているものです。とはいえ、フレデリック・ダネイがプロットを考えて、デイヴィッドスンがマンフレッド・リーの代わりに執筆した、ということなので、あまり大きな意味は無いのかもしれませんが……でもまぁ、ちょっとSFっぽい舞台設定だよなぁと思ってしまうんですけどね(笑)

それにしても……いやはや、こりゃあすごい作品ですよ。読み終わってモーレツに感動してしまいました、わたし。クイーンやばい。後期クイーンを読めば読むほど面白さにのめり込んでいくんですけど。もう国名シリーズとか悲劇シリーズとかどうでもいいね(ちゃんと読んでいない人)。

さて、ストーリーは大まかにあらすじの通りです。戦争中、ハリウッドで仕事をさせられていたエラリイは、酷使されまくったあげく倒れてしまい、朦朧とした頭で帰途につきます(この部分がさっそく幻想的というか妄想的な記述でいきなりいつもと違うなという感じ)。途中、なんやかんやあって外界には全く知られていない閉鎖的な村にエラリイはたどり着きます。原始的な共同生活を送る彼らのほとんどは外界に一度も出たことが無く、奇妙に発達した言語を用いて実に古代的で旧約聖書的な生活を送っているのです(ほらさっそくおかしいでしょ)。
なぜか「我々が長い間待ち望んでいた方が来た!」という扱いを受けたエラリイは、この村への興味から滞在を続けることになります。「犯罪」という概念すらない平和的な村ですが、しかしある日殺人事件が発生してしまいます。せっかくの共同生活を壊したくない彼は、外部の者を呼ばず、内密で事件を解決しようとしますが……。

そしてまぁ、神のごとき名探偵ぶりを発揮するエラリイは、犯人に気付き、犯罪捜査というものを知らない村人に対して(やや上から目線で)悩みながらも犯人を指摘するのです……が、あまりに楽勝な推理なので、こりゃあエラリイ間違ってるっしょ、後期クイーンだし、と読者の大半は分かるでしょうね。でまぁ言っちゃうと、実際間違っている訳です(こいつ本当に進歩ないな)。そのことからとんでもない悲劇が生まれ、エラリイは村を後にすることになります。

本格ミステリとしては、はっきり言って全然大したことはありません。展開も、ここで遠慮なくあらすじを長めに書いてしまうくらいには予想の範囲内。しかしこの閉ざされた、奇妙で、キリスト教の教えに満ちた集落の雰囲気がまずたまらなく良く、全編謎の幻想感にあふれた様は何とも言えません。『第八の日』というタイトルは、神が七日で世界を創造したことにちなんでおり、八日間、エラリイは村に滞在するのですが、この設定がまた強烈な感動を読者に与えます。第八の日に描かれる実に皮肉な真相と描かれない作品のその後の強烈な印象ったらないですね……。そもそもエラリイはシリーズ探偵で、当然またこの村を出なきゃ行けませんし、さらにこれは第二次世界大戦中なので言わば過去譚であることを考えると、作者はずいぶん思い切ったことをしたなぁと思ってしまいます。

キリスト教徒とか興味ないしよく知らない、探偵とは何かみたいな後期クイーン問題も興味ない、という自分ですが、それでもこれだけ楽しめたので、とにかく妙に惹き付ける何かを持つ作品だとは言えるでしょうね(そもそも自分は『まるで天使のような』みたいな閉ざされた非現実的な集落物が好きということもありますが)。決して万人にオススメ出来るほどクオリティの高い作品ではありませんが、この独特の雰囲気をぜひ味わってもらいたいところ。薄いのですぐ読めますしぜひぜひ。

書 名:第八の日(1964)
著 者:エラリイ・クイーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 2-6
出版年:1976.6.30 初版
    1989.11.30 10刷

評価★★★★★