ナヴァロンの要塞
『ナヴァロンの要塞』アリステア・マクリーン(ハヤカワ文庫NV)

エーゲ海にそびえ立つ難攻不落のナチスの要塞、ナヴァロン。その巨砲のために連合軍が払った犠牲は測り知れない。折りしも、近隣の小島ケロスにとどまる1200名の連合軍将兵が、全滅の危機に瀕していた。だがナヴァロンのある限り、救出は不可能。遂に、世界的登山家のマロリー大尉ら精鋭5人に特命が下った─ナヴァロンの巨砲を破壊せよ! 知力、体力の限りを尽くして不可能に挑む男たちの姿を描く冒険小説の金字塔!(本書あらすじより)

初マクリーン。やーようやく読めました。この手の冒険小説とかスパイ小説、全然崩せていないんですよね。『女王陛下のユリシーズ号』とか、『鷲は舞いおりた』とか『深夜プラスワン』とか『寒い国から帰ってきたスパイ』とか。
というわけでまずは『ナヴァロンの要塞』ですよ。冒険小説の金字塔とも言うべき名作。勇敢な男たちがナチスドイツを相手にミッション・インポシブります。息もつかせぬまま一気に読ませ、物語としての貫禄は十分。……なんですけどねぇ、ちょっとだけ物足りないっちゃ物足りない気もします。

ミッションは無謀ながらも荒唐無稽ではなく、強靭ながらも超人ではない男たちによって、極めてリアルに遂行されます。単に敵地をぶっ壊すだけでなく、2000人のイギリス兵&善良な島民を救うという目的があり、分かりやすく入り込みやすいストーリーがむちゃくちゃ面白いです。
こういうプロ対プロっていいですよねー。ナチス側に尊敬に値する人間を置いて主人公と語らせるあたり作者分かってるじゃないですか(後半にも出してくれればいいのに)。ただ基本的に敵側のキャラクターはあんまり出て来ず、味方側の描写に終始しているので、個人的には誰か司令官っぽい人とかも欲しかったですね、少し。
味方側のメンバーについては、個性的なメンバーを多様に揃えたなぁという感じで、読んでいて実に面白く仕上がっています。ガサツなマッチョマンからストイック系技師まで、という感じ。これは良いです。こういう話で主人公サイドに足を引っ張る人を出すのは自分はでぇきらいで、スティーブンズなる若造にその兆候があっておっおっって思いながら読んでましたが、最終的にそんな足引っ張りでもなかったし、こいつに普通に泣かされてしまったので、主人公側5名に文句はありません(何を偉そうに)。

しかし読んでいて驚いたのが後半に出て来た突然の謎解き展開。なんですか伏線の山は! なんですかこの本格ミステリもびっくりな解決シーンは! いやそうじゃないかなとは考えていましたが、こんなにしっかりと手掛かりがあるとは思ってもみなかったので、心底感心してしまいました。これは良いミステリです。どこがと言ってしまうとネタバレになってしまうので、未読の方はぜひ読んで確かめてみてください。本格ミステリ好きの人なんかは結構楽しめるんじゃないでしょうか。

と大満足のはずなんですが……終盤がねぇ、思ったよりあっさりしてるのがちょっと拍子抜けだったかな。一番苦戦しそうな場面なのにあんまり苦戦しないんです。前半には不足の事態発生!みたいなのがあったのに、そういうのも全然ないし。手に汗握る作戦なだけに、淡々と進んでしまうのがもったいなかったです。

しかしとにかく楽しめました。これはやはり名作でしょう。『女王陛下のユリシーズ号』も読んでみないと。
ちなみに、Twitterで教えてもらったことですが、「謎解き志向がフルに発揮されたのが『北極基地/潜航作戦』。北極圏に浮かぶ氷塊の上に建設された観測基地で火災発生、救助に向かう原潜内で怪事件続発。そして殺人事件が! 謎解きと冒険活劇の完全結合体です」ということらしいので、こちらも読んでみるつもりです。

書 名:ナヴァロンの要塞(1957)
著 者:アリステア・マクリーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ文庫NV 131
出版年:1977.2.15 1刷
    1988.5.31 10刷

評価★★★★☆
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雨の国の王者
『雨の国の王者』ニコラス・フリーリング(ハヤカワポケミス)

アムステルダム警察のファン・デル・ファルク警部の元に奇妙な依頼が持ち込まれた。カシニウスと名乗るその男は、失踪した社長の一人息子ジャン・クロードの捜索を「個人的に」依頼したいという。おそらくは権力に近い地位にある男の前に、警察上層部も黙認を強いられる。ファン・デル・ファルクは一人支援も受けられぬまま、ドイツ、オーストリア、フランスと追いかけっこする羽目に。
彼を追う中で、ファン・デル・ファルクは次第にジャン・クロードのことを知っていく。金持ちでハンサム、スポーツや語学の豊かな才能に恵まれ、何不自由のない暮らしを送っていたジャン・クロードを理解するそのカギは、彼が書き写し、家に残して行ったというボードレールの<憂愁>という詩に隠されていた。そして、彼の隠れ家へと辿りついたファン・デル・ファルクの前に現れたのは……。(ブログ『深海通信』のあらすじより)

公式のあらすじでも良いんですけど、ネタバレとまではいかなくても、序盤の衝撃がやや減ってしまうと思うんですよ、これを読むと。なかなかショッキングなオープニングなので。というわけでこちらを引用しました。

まぁこのようなあらすじなので、普通の警察小説ではないですよね。テイストとしてはどちらかというと一人称の私立探偵小説でしょう。行方をくらましたジャン・クロードの心情を想像しつつ、彼の奥さんやらを会社の幹部やらを相手にしながらドイツ、オーストリア、フランスを飛び回る警部の動きを読者が追うだけ。このバタバタした感じが序盤は読者を楽しげに(といって雰囲気が明るい小説ではないんですが)引っ張って行ってくれます。

何というか、実に感想が書きにくい本なんですよ。実は話の結末は部分的に冒頭で示されており、物語の終盤は明らかにそこへ突き進んでいくので、意外性はほとんどありません。ただ幹部の企みは何かという謎が全編通じて読者を引っ張ってくれるため、話自体は一見ばらけてるようでかっちりしています。
その他オーストリアのスキー場でずっこけたり、息子の奥さんに迫られたりと、抜き出せばドタバタコメディみたいな感じですが、警部がうじうじ考えてばかりなので文章はどちらかというと暗くて……色々混ざっていて説明し難い雰囲気が漂っていますよね。この読んでいる間の感覚はちょっと他では味わったことがないかもしれません。

というわけで妙に印象に残りはしますが(たぶんこの感想読んでも雰囲気全然伝わりませんね、難しい)、総じて言うなら後半はやや失速した感があるし、個人的な好みで言うとあまりにひねりがないというか、オチなんでバラしたしという感じなので、まぁ可もなく不可もなくという感じでしょうか……。フリーリングの評価はあと数作読んでからということにします。何とも歯切れの悪い終わり方。

書 名:雨の国の王者(1966)
著 者:ニコラス・フリーリング
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1096
出版年:1969.12.15 1刷

評価★★★☆☆
夜明けの睡魔
『夜明けの睡魔―海外ミステリの新しい波』瀬戸川猛資(創元ライブラリ)

様々なタイプの作品が陸続と出現し、昔の単純なジャンル区分では捌ききれなくなってきた現代ミステリ。“パラダイムの転換”は推理小説の世界でも着実に進行しつつあるのだ。こういう混沌とした状況のなかで、本当に面白い作品を独特の語り口で紹介しようと試みた、俊英・瀬戸川猛資の代表的著作が装いも新たに甦る。(本書あらすじより)

1987年に単行本として出版されたものが、1999年に創元ライブラリで文庫化、その後絶版でしたが、今年2013年1月に再版されたものです。海外ミステリの書評集、ですね、ざっくり言うと(ブログ内ジャンルをとりあえず「国内ミステリ」にしたけど違うよなぁ)。絶版にしておくには実にもったいない一冊です。

構成は、前半がミスマガに1980年から1982年にかけて連載された「夜明けの睡魔」、本格ものを中心に、現代のミステリを概観するもの。新刊書評的な側面もあったのでしょうかねぇ。で、後半はミスマガに1984年から1985年にかけて連載された「昨日の睡魔/名作巡礼」、名作古典ミステリを今一度読んでみて、どんなものかということを論じてみた、というものです。
1980年代前半の連載書評を集めたもので、当然のことながら今となっては“常識”となっているようなこともたくさん示されています。コリン・デクスターの苦悩する探偵としての魅力だとか、ロスマクは本格ミステリ的にも面白いとか、『矢の家』は日本と英米では読みどころが異なり、日本でいまいちよろしく受容されていないのは江戸川乱歩のせいだとか。それだけミステリの見方に影響を与えた人だということなのでしょうね、すごいことです。

で、まぁ、話には聞いていたのですが、この瀬戸川猛資さんの文章がまーいいんですよ、本当に。どちらかというととっちらかったような文章で、あぁこれ面白いよねーみたいなことをむにゃむにゃ書いているだけ。それだけなんですが、作者の興奮が直に伝わってくるかのような文章で、めちゃくちゃ読みたい気持ちにさせられてしまうんです。またしても欲しい古本が増えちゃったじゃないですか(実に害悪な本)。
こういうものを読むと、うまい書評の第一条件はやっぱりあらすじなんだなぁと思います。ネタバレをせずに、どこまでその本の魅力を語れるか。

というわけでこれは良著。こうなると『夢想の研究』の方も読みたくなってきますね……か、買ってこよう。

書 名:夜明けの睡魔―海外ミステリの新しい波(1987)
著 者:瀬戸川猛資
出版社:東京創元社
    創元ライブラリ Lせ-1-1
出版年:1999.5.28 初版
    2013.1.18 2版

評価★★★★☆
ゴッサムの神々 上 ゴッサムの神々 下
『ゴッサムの神々』リンジー・フェイ(創元推理文庫)

1845年、ニューヨーク。火事で顔にやけどを負ったティムは、創設まもないNY市警察の警官になった。ある夜、彼は血まみれの少女とぶつかる。「彼、切り刻まれちゃう」と口走った彼女の言葉どおり、胴体を十字に切り裂かれた少年の死体が発見される。だがそれは、街を震撼させた大事件の始まりにすぎなかった……。不可解な謎と激動の時代を生き抜く人々を鮮烈に活写した傑作。(本書上巻あらすじより)

今年の新刊の中では、地味ながらそこそこ評判の良い『ゴッサムの神々』です。19世紀が舞台なのに、アメリカ物なのでヴィクトリアンミステリじゃないというね。ふむふむ、「ニューヨーク最初の警官」という副題も面白そうじゃないですか。

と思って読みはじめましたが、確かに面白いです。1845年のニューヨークが目の前に立ち上るかのようなリアルな描写は実際すごかったし、ストーリーもなかなか楽しめました。
……ましたが、個人的な意見ですけどね、なぜこれが各所で傑作傑作と連呼されているのか、いまいちピンと来ないというのが正直な感想なのです。

大筋としては、売春をしている(させられている)少年たちの連続殺人事件を、ニューヨークに創設されたばかりで、その第一世代の警官となった主人公ティムが、持ち前の観察力を見込まれて捜査していく……というものです。プロットはダレ気味とまではいかないけどちょっと単調で、ニューヨークの描写がなかったらもたないんじゃないかという気がします。「ニューヨーク最初の警官」というテーマも生かされてはいるけど、なんか序盤の設定に留まってしまっていて、やや物足りないかな。前半は勢いがあるんですが、後半追い込んだのに失速したような印象を受けます。
キャラクターもそりゃあ生き生きとしてはいますが、なんか面白くないんですよねー。放置気味な人が何人かいるし、主人公の兄やら主人公の恋する慈善精神溢るる女性やらがいかにも作られた人間っぽいところがあるせいで、キャラを抜き出して褒めたくなるほどではなかったです。さすがにこのへんの感想は人によるでしょうが。

おそらく見所の1つは、1845年のニューヨークの描写でしょう。これは非常に上手いですね。ジャガイモ飢饉により流入してきたアイルランド人とWASP間の宗教対立や、貧民街のうらぶれた様子が事細かに描かれ、目に浮かぶようです。物語全体の背景としてこれ以上ない魅力的な設定でしょう。なるほど、これはフェイさん偉い。
まぁちょっと、宗教対立をあれだけプッシュしたわりに、あの収束のさせ方はどうなのとは思いました。アイルランド移民の話を盛んに振るわりに移民の話が案外表面的なのがちょっと気になって。ただまぁ、これは歴史ミステリの限界でしょうね、史実に反しないよう書かなければいけないわけですし。
とまぁそんなことを考えながら読むうちに、突然、これ読むなら代わりにディケンズ読みたいなぁと思い始めてしまったのですよ。そりゃあ新人作家を大作家様と比べるのはどうかと思いますし、そもそも国が違うんですが。こういう元祖ニューヨークの描写はあくまで補強要素・強い背景要素に留まって欲しいよなぁと自分は思います。そこばっかり持ち上げるんじゃなくてね。やっぱりストーリーありきですから、こういうのは。

自分のモヤモヤ感を結局うまく説明できそうにないのでここらでやめます。合わなかったってことなのかなぁ。

書 名:ゴッサムの神々(2012)
著 者:リンジー・フェイ
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mフ-27-1、Mフ-27-2
出版年:2013.8.16 初版

評価★★★☆☆
探偵ダゴベルトの功績と冒険
『探偵ダゴベルトの功績と冒険』バルドゥイン・グロラー(創元推理文庫)

20世紀初頭に入り爛熟期を迎えた文化都市ウィーン。音楽と犯罪学に打ち込む素人探偵ダゴベルトは、友人グルムバッハ夫妻との晩餐後、葉巻と珈琲を楽しみつつ、ハプスブルグ朝末期の社交界で起きる様々な難事件解決の顛末を披露する。「クイーンの定員」にも選出されたダゴベルト探偵譚から9篇を精選。オーストリアのコナン・ドイルと称される著者の本邦初となるオリジナル短篇集。(本書あらすじより)

「上等の葉巻」
「大粒のルビー」
「恐ろしい手紙」
「特別な事件」
「ダゴベルト休暇中の仕事」
「ある逮捕」
「公使夫人の首飾り」
「首相邸のレセプション」
「ダゴベルトの不本意な旅」

とりあえず目次。今回は各短編の感想はなしです。気力的に。
グロラーさんに「オーストリアのコナン・ドイル」なんて煽り文句が付いているせいで、どうしてもホームズ譚との違いを意識して低い評価になってしまうなぁ……。クラシックミステリに飢えている人向け以上のものではないんじゃないでしょうか。これを読むならホームズを読みましょう。

上流階級の人間であるダゴベルトは、悩める上流階級の人々の相談を受け、上流階級の人々の評判に傷のつくことのないよう事件を決着させます。法に即した解決というのではなく、あくまで世間体・体面を重んじた解決(説得とかもみ消しとか)に持っていくのが面白いところ。「オーストリアのコナン・ドイル」なので、フェアな謎解きというよりは冒険譚よりです。まぁダゴベルトさんはそこそこの年齢の紳士なので、パワフルに行動するというよりはコネとか地位とか公文書とかを使って調査するんですけどね。その調査結果が皆の前で最後に語られるというわけです。ダゴベルトさんの手並みは確かにお見事でしょう。
どうでもいいですが、警察顧問(上級警部とも訳されていたっけ)の人は面白かったですね。

ダゴベルト「矛盾があったのに気付きましたか」
(ダゴベルトが優秀と評する)警察顧問「いや、私はいま偽造紙幣の問題に集中しなくてはならないから、こちらの事件に集中するわけにはいかない。あえて集中しないようにしているのだ。だから全く気付かなかった」
ダゴベルト「なら仕方ありませんね」

こっ、こんな言い訳がまかり通るのか……(そっち?)。
えー話はそれましたが、とにかく、古き良き探偵小説なのです、が。

で、話は突然変わりますが、以前とあるホームズ評で、「ホームズは下層の貧しい人々とも国王をはじめとする上流階級の人々とも物おじせず付き合おうとする。身分社会において身分を超えた“探偵”という存在であったことが、彼をヒーローたらしめたのだ」(大意)というのを読んだことがあります。
その時は何とも思いませんでしたが、ダゴベルトを読むとその指摘、ホームズのかっこよさが痛いほどよく分かるんです。結局ダゴベルトはつまんないお偉いさんであって、庶民のヒーローにはなりえないんじゃないかと。ハイソのハイソによるハイソのための探偵。もちろん探偵小説の最高峰であるホームズと比べりゃ見劣りするのは当然ですよ、当然ですけど、そう思わずにはいられないんです。

いや、つまらなくはないですよ。旧帝国っぽい雰囲気がオシャレだし。でも、もう少しユーモアがあっても良かったんじゃないですか。ダゴベルトさん、ちょっとクソ真面目すぎる&知識ひけらかしたがりっぽい&すべり芸が多くて読んでいて楽しいとは言いかねるし……。

というわけで、ダゴベルトは、悪くはないんだけど、物足りなかったというのが個人的な感想。冒険譚の主人公が上流階級の堅物爺さんではダメなのです。そもそも謎解きとかもちょっとしょぼいし。全体的にどの短編も雰囲気が似ていて飽きるし。窃盗とか詐欺ばっかりじゃ退屈だし。と久々に文句で締めます。おかしいなぁ、評判悪くないのに……。


書 名:探偵ダゴベルトの功績と冒険(1910~1912)
著 者:バルドゥイン・グロラー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-20-1
出版年:2013.4.26 初版

評価★★☆☆☆