ジェゼベルの死
『ジェゼベルの死』クリスチアナ・ブランド(ハヤカワ・ミステリ文庫)

帰還軍人のためのモデル・ハウス展がいま、アトラクション劇の幕を賑やかに開けた。居並ぶ華やかな馬上の騎士に拍手がわく。期待と興奮のうちに見守る観客の中には気遣わしげなコックリル警部の顔も見えた。公演を前にした三人の出演者に不気味な死の予告状が届いていたのだ。単なる嫌がらせであってくれればいいが……やがてライトを浴びた塔のバルコニーに、出演者の一人、悪評高いジェゼベルが進み出た。そしてその体が前にのめり、落下した……!女流本格派ブランドの最高作。結末のどんでん返しの連続はまさに本格推理の圧巻!(本書あらすじより)

クリスチアナ・ブランドは面白いのが分かりきっているタイプの作家なので、どうしても読むのがもったいなく思えてしまうんですよねー。年一冊ペースとかで読みたいような。というわけで、満を持して『ジェゼベルの死』です。ブランドを読むのは三冊目。
レベルがめちゃくちゃ高いフーダニット・ハウダニット物ですが、それだけでなく、ブランドお得意の容疑者疑心暗鬼合戦やらシニカルなユーモアやらが程よく織り交ざった英国流傑作本格ミステリでしょう。傑作です。

トリックに関しては一点上手くいくんかいなと思わなくもないのですが、そこまでのミスディレクションがばりっばりに効いているのと、ブランドの怨念が感じられるほどに畳み掛けられまくるどんでん返しにより、意外な真相の演出に非常に上手く成功していると思います。トリックそのものも良く出来ているんですが、それだけでなく、冒頭の不可能設定がとっても魅力的に作られている点、それを明かすまでに不可能であることを何度も議論しつつミスディレクションを仕掛け更に証拠を小出しにしていく点が何より「技巧的」という感じで上手いのです。すごいね。

また、有名な自白合戦も面白かったです。その後のどんでん返しの連続もすごいんだけど、ちょっとやりすぎたきらいはあるかもしれませんね。もうちょっとすんなり解決シーンに突入しても良かったんじゃないのかな。作者が書くのを楽しんでいるっぽいので、ま、それはそれでいいと思いますが。
ちなみに例の推理は、アガサ・クリスティの某作品の影響をもろに受けているんだと思うのですけど、あれが一番面白かったというか、ぶったまげてしまいました。いやー、すごいね(すごいしか言ってない)。

なお、翻訳に関して、読書メーターで「堅苦しい」と言っている方がいて、まぁ確かにところどころちょっと読みにくい部分もあるんだけど、英国人らしいクッソ真面目ユーモアをしっかり捉えた翻訳で、良いと思いますよ。

さて、以下ちょっとボソボソと。『ジェゼベルの死』は間違いなく傑作なのですが、自分の好みは、というお話。
難しいなぁ、これはこれですごく良く出来ているんですけど、自分は結構読後感を重視してしまうので、『ジェゼベルの死』よりは『緑は危険』の方が好きですね、たぶん。あらゆる人が褒める『疑惑の霧』を読んでからまた順位を考えてみたいところです。
読了ブランドが『緑は危険』『自宅にて急逝』『ジェゼベルの死』の3つで、調べてみたらこれって発表順なんですよねぇ。そう考えると、「コックリル警部」シリーズとして見てもなかなか面白いかも。
つまり、『緑は危険』はトリックもあるけど最終的にフーダニット側面の強い超感動物、『自宅にて急逝』は不可能犯罪でトリックはややアレだけど最後のバコーーンが印象的なやはり感動より、『ジェゼベルの死』は感動面を弱めた純粋超ハウダニット・フーダニット物……というように、各作品バランスを取って書かれている気がするのです。
この後、『猫とねずみ』を挟んで、やはり世評の高い『疑惑の霧』『はなれわざ』と続くわけで、今後もちろん読むつもりですが、やっぱりまたバランスが違うんだろうなぁと思います。それがたぶんブランド作品の好みが分かれる理由なのかなと。分かりませんが。
……と、『ジェゼベルの死』を偏愛している方を見て思ったのでした。

書 名:ジェゼベルの死(1949)
著 者:クリスチアナ・ブランド
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2
出版年:1979.1.31 1刷
    2003.4.15 5刷

評価★★★★★
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鋼鉄都市
『鋼鉄都市』アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫SF)

突然、警視総監に呼びだされたニューヨーク・シティの刑事ベイリは、宇宙人惨殺という前代未聞の事件の担当にされた。しかも、指定されたパートナーは、ロボットのR・ダニールだった。ベイリはさっそく真相究明にのりだすが、巨大な鋼鉄都市と化したニューヨークには、かつての地球移民の子孫であり現在の支配者である宇宙人たちへの反感、人間から職を奪ったロボットへの憎悪が渦まいていたのだ……傑作SFミステリ!(本書あらすじより)

2013年は、月に一冊SFを読もう!……と決意したはいいけど、いまだに『鋼鉄都市』しか読めていません。先行きは暗いです。
さて、超有名作『鋼鉄都市』ですが、まさにSFミステリというやつですね。異質な世界(未来の地球)が舞台でありながら、すんなりと話に入っていきやすく、また読みやすく、スピーディーな展開を楽しめる良作。SF面とミステリ面のバランスが絶妙です。なるほど、これは確かにミステリ読者に対するSF入門書だわ。
現代世界と違う舞台設定でありながら、話題・テーマとして常に現代世界がちらつくのが面白いですね。聖書やフランケンシュタインの話なんかも出て来て、妙な近さを感じます。こうした点が「懐古主義者」という形でSF面にもミステリ面にもしっかり結び付いているのが上手いです。

ミステリ面での意外性は、まぁこんなもんかなという感じですが、とある人物の発言の矛盾の指摘には非常に感心しました。謎解きが、この世界の今後にうま〜く繋がっており、実に無駄なく作られた作品だよなぁとつくづく思います。アシモフさん、ミステリとしてもSFとしても、めちゃくちゃ考えて書いたんでしょうねぇ。さすが。
ちなみにダミー推理がいくつかありますが、これがSF設定の説明と上手いこと絡み合わせてあるため、その興味が合わさりスラスラ読みやすく、分かりやすく進むんだろうなぁと思います。アシモフさんプロット作りがべらぼうに綺麗ですね。一切無駄がない(さっきも言った)。

そんでもってロボットと人間の関係がね、描かれるわけですが……いやぁ、いいよ、こういうの好きだよ、最後の奴の発言とかめっちゃカッコイイんだけど、ちょぉっと急展開過ぎやしませんかね。
まず○○○かな、あぁれは使っちゃいけないでしょう。読者は客観的な目線を持てるだけに宇宙人案に割合好意的だと思うんだけど、で、ベイリが変わっていく様を見てニヤニヤしてたのに、実は○○○使ってましたー、じゃガッカリ。あんなもの使わなくても、自然と同じ展開に出来たと思うんですけどねぇ。
そしてダニールだけど、こっちもよく分かんないんですよ。要するに、いつデレる要素があったのかな、と(ひどい言い方だ)。あとタイムリミットも、面白かったけど、何か最終的に意味があったんでしょうか。ラストがちょっと急かな、とは思います。

というわけで『鋼鉄都市』、面白かったのですけど、やや物足りなかったかなぁ。もう一押し何かが欲しかったかな、という感じです。何かって何かは分かりませんが。
しかしこうなると続編『はだかの太陽』もぜひとも読んでみたいのですが、あいにく絶版。くそぅ早川書房め……。

書 名:鋼鉄都市(1953)
著 者:アイザック・アシモフ
出版社:早川書房
    ハヤカワ文庫SF 336
出版社:1979.3.31 1刷
    2011.3.15 24刷

評価★★★☆☆
密輸人ケックの華麗な手口
『密輸人ケックの華麗な手口』ロバート・L・フィッシュ(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ムシュー・ハウゲンス!――焼けつくような九月のパリ、名高い密輸人ケックを認めた税関吏の眼はつり上っている。今日のケックはいたって軽装だ。今度こそシッポをつかまえようと、税関吏の慣れた指が持ちものをばらし、身体検査を始めた。数時間後、失望と怒りで顔を朱に染めた税関吏を尻目に、ケックは足取りも軽くさっそく一万ドルの報酬を受け取りに……厳重な取締りを逃れた彼はいかにして密輸したのか?――上記の「バッハを盗め」はじめ、見事に心理の盲点を突いた、密輸人ケックの巧妙華麗な手口をユーモラスに描く傑作短篇集!(本書あらすじより)

何かユーモアタッチの軽めの短編集を読みたいな、と思ったのでした。すわ、フィッシュの出番であります。
ちなみにこの本は、ブログ『探偵小説三昧』さんで紹介されていたので気になっていたもの。祐天寺かどっかで買ったんですけどね、たしか。

フィッシュと言えばシュロック・ホームズでしょうが、こちらは税関をすり抜けるために華麗な手口を用いるケックの活躍を集めた短編集。どうやって税関を騙すのか、というホワイダニットだけでなく、さらにもう一ひねりが加えられているため、読んでいて予想外の角度から足をすくわれ非常に面白かったです。
言うなればあれです、怪盗ニックの上位互換です(おいこらホックさんに謝れ)。大量生産型のホックと比べるのもかわいそうかな、とは思いますが。良短編集だと思うし、もっと読まれてもいいんじゃないかと思う……のですけど、早川さんは復刊しないので残りにくそうですね、うぅっ、残念だぜ。
ベストは「名誉の問題」、次点が「一万対一の賭け」ということで。

ところで、献辞がフィッシュらしくホームズネタなのですが、これがまた上手いから、ちょっと引用してみますね。
『アーノルド・カッツ博士――「辛抱づよい医学実習生(ペイシェント・レジデント)」
フィリス、妻ほか――「ギリシャ語通訳」
そして ポール、サラ、エイミイ、ローラ――「三人の学生」 に愛をこめて本書を捧げる』

ちなみに本書は、1964年から1974年にかけて雑誌掲載された6編に、単行本として出版する際書き下ろされた2編を加えたもの……だと思うのですが、間違っているような気もします。
以下個別の感想を。


「ふりだしに戻る(Merry Go Round)」(1964?)
100万ドルの仕事を引き受けたのに、なぜか落ちぶれた様子のケック。その真相は……。
ラストでいきなり斜め上から引っ掛けてくるのが上手いです。まだ読者がパターンを掴めていないというのもあるかな。タイトル「Merry Go Round」ってこれ「Marry」とかけてる?

「一万対一の賭け(The Wager)」(1973)
ケック、彫刻を密輸する。
これは笑えます。落とし所の絶妙さがすごい。ハウダニットの手法自体もなかなか上手く出来ていて、自分でもやれそうと思わされるんだけど、そのあとこうくるからなぁ。フィッシュらしい洒落た短編。

「名誉の問題(A Matter of Honor)」
ケック、絵を密輸する。
プロの密輸人としてのケックの仕事ぶりが堪能出来る一編。ハウダニット面が心理的な駆け引きを利用した非常に凝って優れたものであり、なおかつ業界の中でうまく立ち回るケックの魅力が描かれます。畳み掛けるどんでん返しがお見事。傑作かな。

「カウンターの知恵(Counter Intelligence)」(1965)
ケック、万引きを解決する。
こうやってバリエーション豊かなところも本書の魅力の一つ。なかなか盲点をついたフェアなミステリ短編。というかこれ、日常の謎っぽいですね(万引きだけど)。探偵っぽさを発揮しつつ何だかんだ金をせしめていくケックは、ジム・バーネットことルパンを思わせます。

「コレクター(The Collector)」
突然慈善事業を始めたケック、その真意は?
ケックの手法自体は鮮やかだけど、そのやり方がいまいち馴染みがなかったせいでややピンと来なかったかも。こんなの続けてたらバレないんですかね。

「バッハを盗め(Sweet Music)」
見るからに胡散臭いチョコレート菓子を持って税関を抜けようとするケックだが……。
盗む物がラストに示されるため、途中で形状が分からず、ハウ面での意外性演出に失敗しています。型を崩してみたもののやや上手くいかなかったかな、という感じ。

「ホフマンの細密画(The Hochmann Miniatures)」(1966)
空港でやや窮地に陥っているらしいケックだが……。
最終話にふさわしい一編。ケックが宿敵(?)を相手にこれでもかと立ち回る話で、それ自体はまぁどうということのない話なのですが、伏線とダブルハウダニットと含みのある終わり方でなかなか味のある作品。良作。

書 名:密輸人ケックの華麗な手口(1976)
著 者:ロバート・L・フィッシュ
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 42-5
出版年:1980.10.31 1刷

評価★★★★☆
六死人
『六死人』S=A・ステーマン(創元推理文庫)

五年前、大金持ちになる夢を胸に世界じゅうに飛び立った六人の青年たち。そしていま彼らは再会のため、それぞれが帰国の途に着いていた。だが、そのうちの一人が客船から海に落ちて行方不明になってしまう!やがて、一人、また一人と、何者かに次々と殺されてゆく……。(本書あらすじ、一部カット)

出来れば、読む前にはあらすじを見ないほうが良いと思います。ちょっとネタバレ気味ですね。

さて、フランスの作家の中でも特に本格よりということで、日本では割と人気のあるステーマン、初読です。
ストーリーは面白いし、アイデアも(古いとか元祖とか関係なく)悪くはない……のですけど、あくまでそのアイデアのみで小説を作ってしまったのが惜しい作品です。もっとこう、一人の女を巡るドロドロをねちっこく書くとか、嵐の薄暗さを気味悪く演出するとかすべきだったのではないかな、と。

トリックについては、こりゃあもうさすがに現代人なら分かってしまうだろうし、真新しさはほとんどないのですが、「六死人」という設定の奇妙さが良く、六人が最初から集まっているのではなく徐々にそろっていくことでサスペンス感を盛り上げているため、十分楽しむことは出来ると思います。この点についてはそんなに不満はないのです。
問題は、サスペンス感がかなり足りないことです。だって今にも次の誰かが殺されそうなんですよ、もっとみんな焦ろうよ、緊迫感出そうよ、そんな謎解きとかがおっぱじまる黄金時代な空気とかいらないよ、雰囲気が壊れちゃうじゃん、もったいない……とずーっと思ってしまいました(特に3、4人目ですね、終盤はさすがに作者も頑張っていたのですが)。
加えて、せっかくおフランスらしく(ステーマンはベルギー人ですけど気にしない)一人の女を巡る男同士の対立っていう要素を入れたんですから、そこをもっと掘り下げるべきじゃないですか。「そうか、お前も彼女のことが好きなのか」でほとんど終わっちゃって、このエピソードの無駄遣い感が半端ないです。まぁこれのお陰で、展開的にはちょっとだけ読者を驚かせてはいるんですが、やはりもったいない。

思うにステーマンは、フランス語圏作家の中では、お家芸とも言える心理描写が例外的に上手くない作家さんだったんじゃないでしょうか。英米作家を見習い本格っぷりを強めたのも、逆に言うとそっちでしか勝負出来なかったからなのでは。いや他の作品読んでいないので適当ほざいているのですけど。『マネキン人形殺害事件』と『殺人者は21番地に住む』は買ってあるので、いずれ読んでまた考えたいと思います。

っというわけで、これがもし別のフランス語圏作家に調理されていたら、もっとクオリティの高い読ませる作品になったんじゃないかなぁ、などという妄想をついついしてしまうような作品なのでした。ネタが良いだけに、もったいないですね。

書 名:六死人(1931)
著 者:S=A・ステーマン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mス-4-2
出版年:1984.8.24 初版
    2007.9.14 2版

評価★★★☆☆
雪どけの死体
『雪どけの死体』ロバート・バーナード(ハヤカワポケミス)

濃い夕闇を切り裂くように、戌は鋭い吠え声を上げた。しきりにあたりを嗅ぎまわり、雪を掘り返している。飼い主と通りがかりのスキーヤーが近づいてきたのに力を得て、犬や雪に埋もれた何かを思いきり引張りはじめた。二人は犬がくわえているものをのぞきこんだ。目を疑ったが、見間違いようはない。それは人間の耳だった!
ノルウェー北部の町トロムソで犯罪といえば、酔っ払いの喧嘩ぐらいのものだ。だが、今度は明らかに殺人事件だった。雪の下で発見された青年は、後頭部を鈍器で殴打され、身元を隠すためか下着まではがされていた。ファーゲルモ警部はすぐに、数週間前、荷物を置いて宿から消えた外国人の青年のことを思い出した。警察は新聞に失踪人広告を出したが、情報はまったく寄せられていなかった。
一方、死体発見の報は町の住人の一部にも目に見えぬ波紋を投げた。クリスマスの直前、それらしき若者があるパブの外国人が多く集うテーブルに姿を現わしていた。その場には少なからぬ人々がいたのに、誰一人警察に届け出た者はいなかった。それぞれに思惑があるのか――ファーゲルモは青年の身元を追うかたわら、証人たちの重い口をねばり強く開かせにかかったが……?北極圏の町に姿を現わしたイギリス青年が抱いていた秘密とは?英米で人気急上昇の本格派、会心の第三弾!(本書あらすじより)

長いな、ちょっと短くします。

舞台はノルウェーのトロムソ。3月、雪どけにより、12月から行方不明だったイギリス人の死体が発見される。彼は誰で、なぜこの地に来て、そして3日滞在した後なぜ殺されたのか?ファーゲルモ警部は、彼の行動を追うことで殺人犯を見つけようと奔走する。

よし、まぁこんなもんでしょう。
雪が降ったので、読んでみたのです。バーナードはほとんど買ってはあるんですが、読むのはこれが初めて。
本格ミステリでありながら、明らかにそれとは別の次元を目指している意欲作……だとは思うのですが、本格風を引っ張りすぎたせいで佳作になり損ねた感があります。

“なぜ”英国人青年が殺されたのかがキー。トロムソ滞在中、誰に会い、誰と話し、どこに行き、誰と関係を持ったか、彼は何者で、どんな人間だったのか――ファーゲルモ警部は、それこそ執拗に(やる気のない他の警官を尻目に)捜査をしていきます。どことなくハードボイルドっぽいかも。
妙に裏のある個性豊かな容疑者たち、皮肉に満ち満ちた文章により、軽快に読み進められるのは良いですね。英国らしいほのかなユーモアに満ちた文章はとても好み。比喩表現が特徴的で楽しいです。ノルウェーが舞台であることにもちゃんと意味があり、また舞台背景としても効果的で、読み物としては非常に面白いと思います。

……という感じに、傑作本格ミステリの香りがプンプンするのですね、途中までは。

が、終盤、一気に証拠やデータが出され、怒涛の勢いで犯人が示されます。動機はそんないきなり言われてもという感じだし、しかも超証拠不十分。本格ミステリとしてはかなり出来は劣るでしょう、それは間違いありません。で、読者は一旦ガッカリしてしまうのです。
……ところが本番はラスト10ページだったのだ!

あらかじめ言っておくと、どんでん返しがあるとか意外な犯人が出てくるとか、そんなんじゃありません。全然違います。これは、殺人犯が、最後にとびっきり輝くミステリなのです。彼の動機を考えれば、最後ひたすら山を登るのは象徴的とも言えますね。ファーゲルモ警部のかっこよさがそれに追い討ちをかけます。
さらに、登場人物のその後がめちゃくちゃ気になる妙にほったらかしの展開も、意図的なものだろうという気がします。作者はトロムソの個性的な人々を描き、十分な説明を加えた上で、放置する……これってずるいとは言え、かなり上手いんじゃないでしょうかねぇ。

というわけで、とにもかくにも、この本格部分の中途半端な出来栄えがつくづくもったいないぁ、とそう思わずにはいられません。惜しいです。他の作品はその点がはるかに上手いらしいので、期待したいですね。早く読みたい読みたい。
ちなみに『雪どけの死体』(1980)は、1982年、エドガー賞長編賞にノミネートされました。この年の受賞作はウィリアム・ベイヤー『キラーバード、急襲』……知らない……。バーナードは1980年から毎年3年連続で長編賞にノミネートされるのです。すごいね。

おまけ:『雪どけの死体』に出てきた謎の比喩集
「その顔にクリスマスケーキの砂糖衣をまぶしてほほえみ」「粉をかけておけばいつかは役に立つとでもいうように」「だらだらした印象派まがいの文章で綴られた報告書」「彼の顔はスプーンにうつった顔に似て」「フランス語講師は窮地を救われたウィムジイ卿のように」

書 名:雪どけの死体(1980)
著 者:ロバート・バーナード
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1450
出版年:1985.5.31 1刷

評価★★★☆☆
やとわれインターン
『やとわれインターン』ローレンス・オリオール(ハヤカワポケミス)

大病院の大物医師ブラサールは、ある若い女と浮気を続けるために、とある考えの実行を彼女に強いられる。貧乏だがとびっきり美男子のインターン見習いドゥボスを、彼の家に住まわせることにしたのだ。大物医師の美人の妻を交え、四人の奇妙な関係が始まり、やがて悲劇へと至ることに……。1966年度フランス推理小説大賞受賞作。(あらすじ作成)

買いに買いまくり積みに積みまくっているフランスミステリをそろそろ崩さにゃいかんのです。というわけでまずはこれを。オリオールの作品はポケミスから2冊、角川文庫から1冊(ローランス・オリオールの名前で)出ていますが、どれもあらすじが面白そうなんですよね。ちなみにポケミスオリオール、『やとわれインターン』にしろ、『殺人が少女を大人にする』にしろ、タイトルが良いと思います。

冒頭で警察の捜査が示され、誰かが殺された、ということのみ読者に知らされます。こういう無意味なトリッキーさはフランス作家お手の物という感じですね。そしてその殺人までの過程が、四人の心情をドロドロドロドロ交えながらドロドロドロドロ描かれていくのです。謎の提示が控えめながら効果的で、また心理描写がフランス作家らしく抜群に上手いので、かなり読ませるし、面白いです。
そう、殺人に至るまではめちゃくちゃ面白いのです。ただ、終盤の警察の捜査が、なんか妙に本格臭が生じてしまっているのが個人的にはややマイナスポイントかな。いや本格は大好きなんですけど、どうも作品の雰囲気にそぐわない気がするのです。ま、意外な被害者、犯人(は意外じゃないか)の演出が良く、サプライズ感は悪くはないんですが。
後半は(フランスらしく)「愛とは何か」みたいな話になっていきますが、これが地味ながらかなり上手いです。特に、ある人物の証言と、ある人物の行動により、ラスト、このテーマが強烈に読者に襲い掛かるよう出来ているところは素晴らしいですね。きちんと計算して作っているのでしょう、技巧的です。余韻が素晴らしく、苦い後味が美味。

解説に、医療界の裏を描いている点が近年話題の『白い巨塔』と似ているよね、って書いてあるのに時代を感じるんですが、なんかこう、翻訳ミステリが、当時の国内作家の人気作品と比較されているのって、違和感を覚えるというか、興味深いですね。

まーしかし、一定の面白さ・満足度はありますが、わざわざ絶版なのを探して読め、ってほどではないでしょうねぇ。フランスミステリの典型的な良作をもっと読みたい、という人が趣味で手に取れば十分かと。ただ、やっぱフランスミステリは面白いですね、これだけは言えます。解説で、近年のフランスから出た有望な新人は、ジャプリゾとモンテイエとオリオールだ、って言われてますけど、最終的にはジャプリゾとモンテイエに大きく負けた感がありますね。日本に紹介されていないだけかもしれませんが。

ところで解説のNさんって、長島良三氏なのかな。

書 名:やとわれインターン(1966)
著 者:ローレンス・オリオール
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1062
出版年:1969.1.15 1刷

評価★★★☆☆
葡萄色の死
『葡萄色の死』マーティン・ウォーカー(創元推理文庫)

夏の終わりの夜明け前、サンドニの遺伝子組み換え作物の試験場が放火された。村でただひとりの警官にして警察署長のブルーノは、国家警察の刑事に協力し住人への聞き込みを行う。そんな折、村の青年がワイン農場の大きなワイン桶の中で死んでいるのが発見された。事故か?殺人か?放火との繋がりは?心やさしき警察署長は、村の平穏を取り戻すため不可解な事件に挑む。(本書あらすじより)

シリーズ第一作『緋色の十字章』はもう大好きでして。当然のことながら第二作も期待して手に取ってみたのです。が。
この警察署長ブルーノシリーズは、フランスの片田舎を舞台としています。小さな村ながら、そこはフランスの縮図となっていて、色々な事件が起きたりしてしまうわけですよ(たぶん)。ブルーノは、最終的に法よりも村を守ることを選んでしまうような人物。彼の選択がまた一つの見所でもあります。そして読者は、おいしいフランス料理の描写によだれを垂らしつつ、彼の事件の処理の仕方を見守っていくわけです……基本はコージーっぽい空気ですけどね。

さて第二作。あくまで個人的な意見ですが……前作よりは落ちるかな。全体的にまとまりがなく、これといって話に起伏もないまま、終わってしまったように思います。葡萄を踏むシーンがハイライト。扱っている内容は面白いのに……もったいない。
前作の登場人物がこれといって説明もなく何度も登場するなど、作者はかなりサンドニという村を作り込んでいます。ただ、その”村を描きたい”というのと”事件を描きたい”が上手くまとまっていない印象を受けます。フランス田舎風俗小説としては面白いのに、ミステリ部分との融合が雑。この点が、前作『緋色の十字章』では非常に上手くいっていたので、惜しいと感じるのかも。

主要登場人物がまぁまぁの人数いるのですが、彼らの扱いがとっ散らかっているのも残念。メインっぽい人がそのあとずーっとほったらかされたりするのはさすがにねぇ。せっかく魅力的な人間をかける作家さんなのに、こんな出したら出しっぱなしみたいな感じではもったいないですよ。
事件の起こるタイミングや、それが解かれるタイミングも何だかずれている気がします。プロット作りがあまりしっかりしていなくて、とりあえず繋ぎに飯食っときゃいいだろ、みたいになっちゃっているような。村→事件→飯→村→飯→事件、の繰り返し。380ページ、もう少し短くまとめたら上手くいったのかもしれません。

まぁ何より、「村の平穏を取り戻そうとする警察署長ブルーノ」という面白さや、真相が、前作のインパクトには遠く及ばなかったことがやっぱり大きいです。面白く読めましたが、やや消化不良。ということで皆さん、『緋色の十字章』を読みましょう(結論)。気に入った方が『葡萄色の死』を読んでいただく、ということで。

書 名:葡萄色の死(2009)
著 者:マーティン・ウォーカー
出版社:東京創元社
    草原推理文庫 Mウ-23-2
出版年:2012.11.30 初版

評価★★★☆☆
七人のおば
『七人のおば』パット・マガー(創元推理文庫)

結婚し渡英したサリーの許へ届いた友人の手紙で、おばが夫を毒殺して自殺したことを知らされた。が、彼女にはおばが七人いるのに、肝心の名前が書いてなかった。サリーと夫のピーターは、おばたちと暮らした七年間を回想しながら、はたしてどのおばなのか、見当をつけようと試みる。一作ごとに趣向を凝らすマガーの代表作!(本書あらすじより)

七人のおばのうち、誰が夫を殺したのか――という話ではあるのですが、殺人までの過程を回想シーンによりひたすら振り返る物語なので、フーダニットっぽさはあまりありません。サリーの回想なので、もちろん回想中に殺人などは起きず、ひたすらおばたちの起こす騒動が描かれることになります。強烈な個性を持つおばの居並ぶドロドロの家庭を、殺人事件なしに面白く描き切った傑作です。

七人のおばは、それぞれ七つの大罪を象徴しているようですね。それにより各々異様に個性が発揮されており、描き分けが非常にしっかりしています。彼女たちの起こす騒動を追っていくだけで楽しく読めるんですから、大したもんですよねぇ。明らかに一癖も二癖もあるおばたちが、一冊かけて延々と描かれていくのです。
しかも七人のエピソードがめっちゃかしっちゃか複雑に絡み合っているので、単なる昼ドラの寄せ集めにはなっていません。おばの年齢差により、騒動の起きるタイミングがいつまでも続くよう調節されているのも上手いところ。しっかしこんな家に住みたくないですねぇ……サリーの精神力すごい。

推理については、直前で非常に大きな手がかりを示していることもあり、分かる人は分かるでしょう。ぶっちゃけ誰が夫を殺していてもおかしくないですし、フェアとか論理とかそんなものはほぼありません。それでもきちんと意外性を持った真相を作り出しているのは上手いですねぇ、感心しました。さりげなく物語中に伏線を散らしていく様が、思ったより秀逸です。

……ただ正直言って、吉井さんそこまでメンタル強くないので、彼女たちの自分勝手さを読み続けるのがちょっと辛かったです。特にクララとアグネスとジュディね。特に特に前半はクララ、後半はジュディね。面白いことは面白いんですが……うぅぅぅやっぱちょっとだけしんどいっす。

とにかく、海外古典本格ミステリ好きであれば、必読の一冊でしょう。てっきり延々と推理を重ねていくような安楽椅子物を想像していたのですが、いやいやとんでもない、ひたすらうざったい家族を描く、実にイギリスらしいミステリでした(いやマガーはアメリカ人なんだけど)。オススメです。

書 名七人のおば(1947)
著 者:パット・マガー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mマ-5-4
出版年:1986.8.22 初版
    1993.5.21 12版

評価★★★★☆