ウィチャリー家の女
『ウィチャリー家の女』ロス・マクドナルド(ハヤカワ・ミステリ文庫)

フィービ・ウィチャリーが失踪したのは霧深い11月のことだった。それから三ヶ月、彼女の行方はようとして知れなかった。そして今私立探偵のアーチャーは、父親の大富豪ホーマー・ウィチャリーに娘の行方を探してくれと依頼された。フィービの失踪は彼女の家庭の事情を考えれば、当然のことだった。調査を進めるアーチャーの心にフィービの美しく暗い影が重くのしかかる!アメリカの家庭の悲劇を描き出す巨匠の最高傑作。(本書あらすじより)

初ロス・マクドナルド。毎月恒例ハードボイルド読書会用に読んだものです。『さむけ』と並ぶ彼の代表作で、近頃話題の新版『東西ミステリーベスト100』では57位にランクインしています。
ですけど……うぅん、面白いことは面白いんですが、そこまで傑作とは感じられませんでしたね。やっぱりハードボイルドは合わないのでは、というか、ロスマクの空気感にそこまで浸れなかったというか。とりあえず、『さむけ』を読むまではいろいろ保留にしたいところです。

まず、今まで読んで来たもの(『マルタの鷹』『長いお別れ』)と比べ、vs社会とかvs組織ではないので、より(こんな言い方は良くないけど)本格ミステリっぽい、とは言えると思います。
失踪した女性の行方を突き止めるべく、探偵アーチャー(結構正確的にはぬるめなのね)は聞き込みを続けていくわけですが、これ自体は面白いのです。そうですね、350ページまでは十分読ませます。延々と証言を集め、登場人物の関係が整理されていく様が、地味中の地味ながらもかなり読ませるんですよ。
んがしかし、個人的には、あることが起きて以後、急速につまらなくなっていった印象があります。事件への関心がなくなったというか。結末や読後感もなかなか良かったのですが、それでも終盤乗れたかというと微妙。んー、なぜでしょうね。
ネタバレっぽくなるので上手く言えませんが、つまり350ページまでは「消えたフィービの謎」という推進力があり、なおかつ事件の裏が読みにくいという面白みがあったんです。が、ある点以降、いきなり安っぽく、ありきたりの事件になってしまったように思えるんですよ。アーチャーのぬるさも話としてはいくらか裏目に出ているかもしれません。

もうひとつ、これは読書会であげられた問題点らしきものなんですが、アーチャーの聞き込みは次の選択肢があまりに一つに限られていることが、面白みを損なう原因ではないか、という意見がありました。ある人のところに行き、話を聞き、誰それが次の情報を持っているらしいことが分かり、次の章ではその人のところに行き……という。例えるなら、選択肢が一切ないアドベンチャーゲーム。普通なら、ここまで次の相手が限定されているようには感じないため、探偵が誰のところに行くか、どういう話を聞き出すのか、というある種の意外性・楽しみが生じるわけですが、どうも『ウィチャリー家の女』はその点が圧倒的に弱いのではないか、ということですね。なかなかなるほどと思わせます。

というわけで、総じて悪くはないのですが、はまれなかったなぁというところでした。残念。次のハードボイルド読書会の課題本はリューイン『A型の女』だったのですが……ま、これの感想はまたしばらくしたらあげますので、乞うご期待ということで(笑)

書 名:ウィチャリー家の女(1961)
著 者:ロス・マクドナルド
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1
出版年:1976.4.30 1刷
    2009.11.15 17刷

評価★★★☆☆
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天使のゲーム 上 天使のゲーム 下
『天使のゲーム』カルロス・ルイス・サフォン(集英社文庫)

1917年、バルセロナ。17歳のダビッドは、雑用係を務めていた新聞社から、短篇を書くチャンスを与えられた。1年後、独立したダビッドは、旧市街の“塔の館”に移り住み、執筆活動を続ける。ある日、謎の編集人から、1年間彼のために執筆するかわりに、高額の報酬と“望むもの”を与えるというオファーを受ける。世界的ベストセラー『風の影』に続いて“忘れられた本の墓場”が登場する第2弾。(本書上巻あらすじより)

前作『風の影』は「けなせない」作品でした。「面白くないわけがない」作品と言ってもよろしい。
いやだって、面白いに決まってるじゃないですか。古都バルセロナで繰り広げられる熱い冒険、きれいにまとまりよく張り巡らされた伏線、読者を惹きつける魅力的な謎、そりゃあ面白いですってば。
ですけどね、それはつまり、「超面白い」作品にはなれない、ということでもあるのです(自分の中では)。楽しめるのは間違いないけど、でも何か物足りなさを覚えるのも事実なのです。


……で、『天使のゲーム』です。たぶん、今回も同じような感じだと思っていたのです。

いやいやいや、とんでもない、サフォンさんを見くびっておりました。

簡単に言うと、『風の影』が「うん、まぁ、もちろん面白いよ」くらいなら、『天使のゲーム』は「うぉぁぁあ、え、なに、すげぇ、おもしれぇ、で、ラストは?これ? マ ジ か!!!!!」です。全然分からない? そうでしょう、私にだって何が起こったのかさっぱりわからないのです(爆)
これは好き嫌いが別れそうですね〜。特に『風の影』が大好きな人ほど割れそう。自分は断固『風の影』より『天使のゲーム』派です。大好きです。素晴らしかったです。文句のつけようがあるのもまた良し。

えー、真面目に感想を書きますとね。
物語としての面白さ、魅力的な登場人物といったサフォン節、複雑に伏線を仕込むミステリ仕掛けに加え、奇怪さ・幻想味が印象的な、読書を引き付け一気に読ませる驚きの作品なのです。今年の新刊ではベストかなぁ。
前作は海外エンタメによくある「もちろん面白い」といったものでしたが、今作は内容の好み云々はひとまず置いても、格段に上手くなっています(少なくとも上巻に関してはみんな同意してくれるはず)。より引き締まった展開、破滅(?)に突き進む主人公、次々と提示される謎など、とにかく読者を飽きさせません。これだけやってくれるなら、上下巻というのも納得の分量です。
上巻はとにかくグイグイ読ませ、いったい何が起きているのか気になって仕方ありません。まぁしかし、正統派っちゃあ正統派です。『風の影』っぽいですね。ところが下巻では、こりゃいったい何なんだ、的雰囲気が一気に強まり……で、衝撃的な結末に至るのです。これはすげぇ、やっちゃったよサフォン先生、といった感じ。ちなみに、なかなか混乱した展開ですので、訳者あとがき(とっても良い)によりようやく作品を理解出来たところもあったりします。ある種文学的な挑戦とも言えるのかな。いやぁ、これはぜひ読んでみて欲しいですね。

物語の魅力を数倍増しにしている(と個人的に思っている)のが、主人公(30歳)の世話を焼く女の子イサベッラ(17歳)。もう、ね、とりあえず、読め、超可愛いぞ。上巻後半、彼女が出てからが本番と言っても過言ではないです。そういえば、物語上での役割が『二流小説家』のクレアと非常に似通っているのが興味深いですね(クレアとイサベッラのどちらが可愛いかというのをいつか議論してみたい)。
サフォンは魅力的な登場人物を描くのが抜群に上手いのです。イサベッラだけでなく、あらゆる登場人物が、一回きりしか登場しない端役に至るまで、生き生きと紙の上を、バルセロナを動き回っています。そういった点では、メインヒロインであるクリスティーナの魅力がいまいち伝わらなかったのが、残念っちゃ残念かな。そんなに惚れるような女かな……。うぅむ、これはね、結構みんな感じるんじゃないかと思っているんですが。


ちなみに、なかなか評判のよろしくない終盤の展開ですが。残り70ページの時、自分はこうツイートしました。
「あと70ページしかないのに、話が『幻の女』みたいに意味が分からなくなって来てて、どう収拾をつけるのか楽しみでしょうがない。」
で、結論からいえば、収拾はつきませんでした(笑) いやね、正直、力技で終わらせた感はあるんです。確かにちょっとやり過ぎ・盛り込みすぎ。それは否定しません。
ただ、それで不満足かと言うとそうでもないんですよ。序盤からずっと漂っていた違和感が、ある意味違和感のまま終わってしまう、それこそがこの作品の醍醐味ではないかと思います。まぁ、こういう破天荒な、まとまりのない方が、色々な意味で面白いんですよ。


というわけで、『天使のゲーム』、オススメです。読書の楽しみを与えてくれる傑作。泣けるしね。別に『風の影』読まなくても大丈夫ですし。『風の影』の方が、はるかにまっとうなエンタメだとは思いますが、自分の好みは違うのでした。果たして第三作では、サフォン先生は何をやらかして来るんでしょうか……ふ、不安だ……。

書 名:天使のゲーム(2008)
著 者:カルロス・ルイス・サフォン
出版社:集英社
    集英社文庫 サ-4-3、サ-4-4
出版年:2012.7.25 1刷

評価★★★★★
彼の個人的な運命
『彼の個人的な運命』フレッド・ヴァルガス(創元推理文庫)

三人の若き歴史学者、マルク、マティアス、リュシアンとマルクの伯父で元刑事が住むボロ館に元内務省調査員が連れて来たのは、凄惨な女性連続殺人事件の最有力容疑者だった。彼の無実を信じる元売春婦に託されたこの青年はほんとうに無実なのか? 彼は事件現場近くで目撃され、指紋もしっかり採取されている。三人と元内務省調査員が事件を探る。CWA賞受賞シリーズの傑作!(本書あらすじより)

今年はまず1月にヴァルガスの『裏返しの男』が出るというので、1月2日に『青チョークの男』を読み、2月23日に『裏返しの男』を読み、さらに三聖人シリーズの新刊も出るというので8月9日に『死者を起こせ』を読み、で今回『彼の個人的な運命』を10月12日に読み……と、まさにヴァルガス漬けの一年だったのです(三聖人シリーズ第二作『論理は右手に』だけは読んでいないのですが)。その結果、自分はヴァルガスがとてつもなく好きだという結論に達しました。おそらく唯一、飽きずに何時間でも読める作家なのではないかと思います。作品世界に浸りきり、没頭してしまうんですよ。いやー、いいね、ヴァルガス、東京創元社さん年間2冊も訳すとか偉い!ここでやめないで!

ごほん。さて、自分はヴァルガス大好きですが、別に全作品を褒めまくっているわけではないのです。例えば『青チョークの男』はとんでもない傑作ですが『裏返しの男』はちょっとそれに劣るかな、『死者を起こせ』は面白いけどあと一歩かな、というように。
で、『彼の個人的な運命』ですが……いやはや、こいつは超良作でした。相変わらずのヴァルガス・ワールドを心ゆくまで堪能。独特のまったりとした雰囲気+洒落た会話+程よいサスペンス+本格ミステリで、もう文句なし。最高です。読んでいる間の心地よさが何とも言えません。現時点で『青チョークの男』の次に面白いかな。やっぱヴァルガス最高やー。
内容としては、三聖人版『青チョークの男』といった趣かな? 話の筋にどことなく共通点があります(しかしそれを言えばヴァルガスって全部似ているのかもしれん)。自分は『論理は右手に』を読んでいないので、元内務省調査員ケルヴェレールが登場する作品は初めて読んだのですが……いやぁ、この人いいねぇ。程よい変人です。というか、三聖人シリーズとか言いながら、実質ケルヴェレールが主人公なのでは。はっきり言って三聖人の出番、全然多くはありません(お気に入りのマティアスがあんまり出てこない……)。たぶん、こうやって「三聖人シリーズ」として作ることに限界を感じた、つまりケルヴェレール物になってしまっているということに気付いて、作者はこのシリーズを打ち止めにしたんじゃないかと思うんですよ。いや分かりませんが。

しかし、この空気感は何と形容すればいいのかなぁ。ヴァルガスっぽいとしか言えません。ヴァルガスワールドでヴァルガスキャラクターが生き生きと動き回り、会話している、ってだけでもう十分というか。殺人事件が起きているというのに、誰ひとり深刻さを醸し出さず、ゆるゆるっと事件を捜査していく、これはもはや他作家に真似できるものではありません。ラスト、これがまた憎いのねぇ、読者をよく分かってるじゃないの。
添え物とすら言える本格ミステリ要素について言及するのも野暮なんですが、あえて言えば今回も大人しめで、そこまで凝ったものではありません。ただ、ある1つの要素がエピソードとして面白いだけでなく、ミスディレクションとして非常に上手く用いられているのには心底感心。この人は本気で本格ミステリをやっているのに、それをそうだと思わせないフワフワとした感じがあるのですが、その空気感こそ最大の”騙し”の手法なのかもしれません。

というわけで、ヴァルガスは素晴らしいという話でした。フランス・ミステリ独特の雰囲気ってほんっと良いよね。一冊も読んだことの無いという方、とりあえず『青チョークの男』を読みなさい。

書 名:彼の個人的な運命(1997)
著 者:フレッド・ヴァルガス
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mウ-12-5
出版年:2012.8.31 初版

評価★★★★☆
殺す鳥
『殺す鳥』ジョアンナ・ハインズ

夏のコーンウォールで、女流詩人キルスティンは死んだ。バスタブの中、裸で。自殺という検死審問の結論に、娘のサムはただひとり異議を唱える。本当に自殺なら、母の日記と、詩集の表題作になるはずだった詩「殺す鳥」はどうして見つからない? 消えた日記と詩を探すサムの行動が、事件に新たな局面をもたらす……。心理描写に長けた英国の才媛が贈る、サスペンスに満ちた逸品。(本書あらすじより)

読む前からあまり気持ちが乗らなかった1冊です。なんかなぁ、こういうサスペンス系を読むのって、いくら新刊チェックのためとはいえめんどくさいのです。
偉そうな言い方ですが、そんなに悪くはありません。作者が450ページかけて描き出そうとしたものは、地味ながらもかなり強烈です。こればっかはネタバレになってしまうので言えませんが、なかなかきついパンチであることは確か。

ただ、いくらその点を褒められるとしても、いかんせんストーリーに魅力がなさすぎるのです。わざわざ読むべきほどの作品かと言われると……うぅん、微妙ですね。
まずストーリー展開が不自然なのがよくありません。主人公サム(母親の死の真相を求めて奔走する美少女ではあるが、性格は結構いけ好かない)とミックがなぜいきなりくっつくのか? ホブデン裁判をBGMとして用いるならもっと全面に出すべきではないか? 犯人の行動の違和感は? つまり、雑なのです。粗が目立ちます。
一番良くないのが、終盤に入って唐突に○○が見つかること。これはいくらなんでも適当すぎでしょう。これ以降話はようやく盛り上がって来ますが、そこまでの物語にあまりに魅力がないので楽しめません。登場人物の心理描写や造形で読ませて欲しいのですが、彼らの人生に興味が湧かないし、共感も湧かないし。はっきり言ってハインズさん、そんなに上手くない気がするんだよなぁ。

『殺す鳥』のつまらなさとして登場人物をあげましたけど、その中でも主人公っぽいポジションのサムは致命的です。さっきも言いましたが、この子、とにかく身勝手・わがままで、一貫した魅力を全く持っていないように感じます。あらすじを読めば分かる通り、サムのせいで、「自殺」と判断されていた事件がぐちゃぐちゃとしていくわけですが、そのサムが自殺として終わらせたがらないのはまぁ分かるものの、サムに同情できるかと言えばはっきり言ってそうではないのです。じゃあむしろ読者はサムに共感できないように作者が狙っているのか、自分勝手な主人公、という設定を与えたがっているのかといえば、そうでもない気がするし。このサムのキャラクターについては、他の方に感想を聞いてみたいところです。

ということで、『殺す鳥』、さっきも言ったように悪くはないですが、両手をあげてオススメしたいような作品ではないなぁ、というのが正直なところ。もっと面白いミステリがいっぱいあります。たぶん。

書 名:殺す鳥(2006)
著 者:ジョアンナ・ハインズ
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mハ-20-1
出版年:2012.4.27 初版

評価★★★☆☆
占領都市
『占領都市 TOKYO YEAR ZERO II』デイヴィッド・ピース(文藝春秋)

1948年1月26日。雪の残る寒い午後。帝国銀行椎名町支店に白衣の男が現われた。男が言葉巧みに行員たちに飲ませたのは猛毒の青酸化合物。12人が死亡、四人が生き残り、銀行からは小切手と現金が消えた。悪名高い“帝銀事件”である。苦悶する犠牲者たちのうめき、犯人の残した唯一の物証を追う刑事のあえぎ、生き残った若い娘の苦悩、毒殺犯と旧陸軍のつながりを知った刑事の絶望、禁じられた研究を行なっていた陸軍七三一部隊の深層を暴こうとするアメリカとソヴィエトそれぞれの調査官を見舞う恐怖、大陸で培養した忌まわしい記憶と狂気を抱えた殺人者。史上最悪の大量殺人事件をめぐる12の語りと12の物語―――暗黒小説の鬼才が芥川龍之介の「薮の中」にオマージュを捧げ、己の文学的記憶を総動員して紡ぎ出す、毒と陰謀の黒いタペストリー。(本書あらすじより)

うぅむ、ついにこの感想を書く日が来てしまいましたか。大変だ。とか言って遠慮してたらまたブログ更新が1週間ぶりに。はい、深く反省しております。
『占領都市』はノワール作家デイヴィッド・ピースによる戦後東京を舞台にした三部作の第二弾で、極めて文学寄りのミステリです(前作とのつながりはないので未読でも大丈夫。自分も読んでません)。もう随所に書評が載っているし、いまさらここで何を書こうが……というか自分ごときが感想を書けるようなシロモノでは……という気持ちが結構強いので、ここでは簡単に超個人的な感想を。

まず、これは実際に手にとって確認してもらうしかないんですが、文体が異常です。狂気の賜物といった感じ。ピースの過去作品とか、ジェイムズ・エルロイの諸作品を読んでいる方々などにはそこまで見慣れない異質なものではないのかもしれませんが、自分はこういうのは初めてでかなり驚きました。単語の羅列・挿入や字体の変化を多用しまくることで読者に酩酊感を味わわせるという恐ろしさ。説明不可能です。

ま、この手の文体はある意味さっさと読めるものでもあるのです。感覚的に訴えてくるものだし、ページとして見ればスカスカだったりするし、リズミカルですしね。ただ、1章終わるたびに「……ふぅっ」ってなって1時間くらい休憩したくなるので、時間がかかります。読み進める度に、戦後東京の闇がジワジワと自分の中を侵食していくかのような。これまた説明不可能です。

読むのがつらい物語なのですが、読み始めるとそこから抜け出せないんですよ。そして読み終えると感じる猛烈な虚無感。「読書」というありふれた行為の新たな側面を見せ付けられるかのようです。いやぁ、これはすごいですね。


……いや、すごいんですけど、さすがにきついです。ただただ暗黒の世界が描かれるわけで(とはいえ、ある意味そこまでブラックではないのかもしれませんが)。おぞましくはないけど、しんどさが多少はあります。1つ問題点があるとすれば、12章という構成は非常に上手いんですが(なんとなーく、奇数章がどっちかと言うと頭おかしい文章で、偶数章がレポート的というか、まぁマトモな方な気がします)、えぐるような文章の羅列が羅列にとどまり、やや単調さを生み出していることかもしれません。
つまり、両手を上げて褒めたくなるような作品ではないんですよ……というと、そもそも通常の読書基準で捉えることがまずおかしいのかなと思いますし、難しいところなんですけどね。ちなみに自分は、11章で、「占領都市」が異なる意味で用いられたとき、最もブルッときました。ような気がします。

まぁ、すごい本ですよ。作者も訳者も編集者も大したもんです。一読の価値は確かにあります。

書 名:占領都市 TOKYO YEAR ZERO II(2009)
著 者:デイヴィッド・ピース
出版社:文藝春秋
出版年:2012.8.25 1刷

評価★★★★☆
俳優パズル
『俳優パズル』パトリック・クェンティン(創元推理文庫)

出色の脚本を得て名プロデューサー復活の狼煙を上げるはずが、誤算続きのピーター・ダルース。忌まわしい噂のある劇場をあてがわれ、難点だらけの俳優陣を鼓舞してリハーサルを始めたが、無類漢の乱入に振り回されたあげく死者まで出る仕儀と相成った。真相究明か興行中止の憂き目に遭うか、初日は目前に迫っている!謎解きとサスペンスの興趣に満ちた、パズルシリーズ第二作。

傑作。大傑作。何と言うかもう、当然のように傑作。
……というのは、創元から文庫で出た50年前から言われていることですが。いずれにせよ今年読んだ(大して読んでないけど)新刊本格ミステリの中では断トツです。

長らく入手困難の筆頭かつスーパー傑作として語り継がれてきた『俳優パズル』ですが、ここ数年の東京創元社さんによる採算を度外視(いや別にそんなことは)した一部の古典ファン向け古典復刊ラッシュにより、ついに新刊で手に入れることが出来たのでした。迷走パズルの復刊からわずか5ヶ月ですよ、すごい。今年は8月に論創海外ミステリから『巡礼者パズル』も出たというのに。なんですか今年は、「パトQイヤー」ですか。だからみんな買ってあげましょう。

えーっと、話が一向に始まりませんね。

とにかくあらすじを読んで如しの物語なのですが、前作で精神病院から無事退院することが出来た元アル中(しかしアル中に戻る可能性高いのでくれぐれもお酒禁止)であるピーター・ダルースが、愛しい恋人アイリスと共に舞台を成功させようと奮闘するのです。ちなみに終始ピーターはアイリスとイチャイチャしているので、これはいわゆる自分(だけ)の言うところの「イチャミス」に当たります。いやぁ、微笑ましいですね。にやけちゃいますね。中盤の「アイリス」「アイリス」「アイリス」のシーンとか最高ですね。

手掛かり・伏線といった端整さはそれほどでもないですが、物語として非常に面白いんですよ。縺れ合った事件が次第にほぐされて行く様が、これぞ本格!って感じでぞくぞくします。作者上手いなぁと思わせるのが、劇団員は皆優秀で、脚本も素晴らしい出来栄えで、と、舞台上にいる大半のものが舞台の成功に向けて一心同体であること。これにより、「まぁなんか事故っぽい殺人らしきものが起こっているけどとりあえず気にすんなまずは舞台の成功だろ」的雰囲気が漂うことになります。もうこの時点で既にお話として十分面白いじゃないですか。
さらに、前作でアル中から立ち直ったかに見える主人公ピーターが危ういのも物語の味付けにピッタリ。アイリスとの結婚話が再三出て来ますが、執拗に結婚を迫る(なんだこいつ羨ましいな)アイリスに対して、ピーターは、「いや俺またいつアル中に戻るかわかんないし」とうじうじ言って結婚に踏み切れないのです。そして……うわこの終盤の展開かっこよすぎでしょ。それにかこつけて犯人提示を引っ張りまくるパトQさん、イジワルこの上ない。そしてこれが怒涛のラストシーンを生むことになるわけですね……うぅっ、お見事。泣ける。

本格ミステリとして評価すると、犯人特定プロセスは意外と甘め……です。が、これがとっても良いんだなぁ。特に、某人物に関しては絶対これ○○トリックだろと思わせつつ実は○○で無意味かと思いきや○○の面で一気に意味が現れるところなどは感心。さらに関係ない要素がぐちゃぐちゃ絡んでいて何かこう楽しいのです。
メインとなる事件(殺人事件など)に、無関係な思惑や偶然が加わったことで事件の全貌が非常に見えにくく、最終的に一つ一つ明かされることでカタルシスを感じられるミステリ、を、勝手に「『ナイルに死す』型本格ミステリ」と呼んでいるのですが、『俳優パズル』はまさにそれ。これは超好みですよ。「『ナイルに死す』型ミステリ」であることだけでなく、動機の隠し方とミスディレクションの生かし方なんかを見ると、『俳優パズル』は非常にクリスティっぽい作品だ、という印象を受けます(クリスティっぽいが何かとか聞かないでくださいね、頼みますから)。


というわけで、良いものを読ませてもらいました。昔からよく見ているミステリ感想サイトの2つでベタ褒めしていたので期待大でしたが、いやーこれは満足です。どこをとても文句のつけようがありません。海外本格好きはぜひぜひ。いや別に決して感動オチやハッピーエンドに弱いとか、そういうんじゃなくてですね。


おっと、ひとつだけ注意を。絶対そうしろと言うわけではありませんが、このパズルシリーズは、初期二作に関しては一切ネタバレなしで、順番に読んだほうが断然面白いはずです。特に第一作を読む前には、あらゆる情報をシャットダウンすることをおすすめします。ある一点において『迷走パズル』はなかなか意想外な驚きをもたらしてくれるのですが、『俳優パズル』を読んだあとではそれを味わえなくなるのでもったいないんですよね。ま、『迷走パズル』もべらぼうに面白いですから。

書 名:俳優パズル(1939)
著 者:パトリック・クェンティン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-4-7
出版年:2012.9.28 初版

評価★★★★★