濡れた魚 上 濡れた魚 下
『濡れた魚』フォルカー・クッチャー(創元推理文庫)

1929年、春のベルリン。ゲレオン・ラート警部が、わけあって故郷ケルンと殺人捜査官の職を離れ、ベルリン警視庁風紀課に身を置くようになってから、一ヶ月が経とうとしていた。殺人課への異動を目指すラートは、深夜に自分の部屋の元住人を訪ねてきたロシア人の怪死事件の捜査をひそかに開始するが……。今最も注目されるドイツ・ミステリが生んだ、壮大なる大河警察小説開幕。(本書あらすじより)

ドイツの警察小説。ま、ぱっと聞いた感じ、そこまで食指をそそられるほどのものではありません。

さて、上巻読了時のtweetがこちら。↓

『濡れた魚』上巻読了。中盤からすごい勢いで伏線を張りまくっていて楽しい。1929年が舞台だが、あんまりナチスっぽさとか感じられないので暗くもない。主人公のラート警部はラート警部でとんでもない数の死亡フラグを立てまくっているけど、なぜか破滅臭がしないので心臓の弱い自分も一安心。

↑と、このようにベタ褒めです。うーむ、読んでみないと分かんないもんですね……。

さて、『濡れた魚』ですが、これは好きです。とっても好きです。えーと、出版社の上巻あらすじではネタバレを避けてほとんど具体的な話をしていないんですが……要するに、死亡フラグを立てる名人・ラート警部が、死亡フラグを回避しようとしながらひたすら死亡フラグを立てまくる話……かな(そうか?)。舞台はナチス全盛期前のドイツだし、冒頭はいきなり大変な感じで始まります。にもかかわらず、陰欝さ・悲惨さ・嫌らしさがほとんど感じられないのが嬉しいですね。

前半は地味で地道な単独捜査ですが、ここでバラ撒かれた伏線が怒涛の勢いでこねくり回されひねくり回されるのが、本格ミステリふぁんとしては(?)楽しいことこの上ないです。無意味に多い登場人物を『荒涼館』レベルでリサイクルしまくるという読者サービスは、モロ好みでした。まぁ、このリサイクルにすら無意味感が漂うのもある種『荒涼館』っぽいと言えなくもないかな……伏線の妙ですね。伏線ですらないのもありますが。
というか、自分は冒頭のあの仕込みに見事に騙されたのですけど、冷静に考えて引っ掛かったのって自分だけなんじゃないですかね……ってかむしろ引っ掛けですらないんじゃないかな……。
で、きっちり伏線を張り、回収しながら、物語は壮大な“ドタバタ劇”へと発展していくのです。シリアスだし、深刻だし、かなりでかい社会の裏が相手なのですが、どことなくラート警部の行動のせいで“ドタバタ劇”と言いたくなる緩さがあるのが、なかなか面白いですね。ドイツとロシアの関係や、当時の軍部・警察の様子が生き生きと描かれており、読者を飽きさせません。

しかしこれなら上下巻という分量にも納得。ラストはもうちょっとひねって欲しかったですが、十分楽しめたので良しとしましょう。ちなみに最後、ラート警部の行動がある人物(端役中の端役なのがまたグッド)と重ねられるよう出来ていますけど、これがとっても皮肉で良いですねー。案外、クッチャーさん笑いを取るのが好きなのでは?
全体的に、かなり満足。良質な警察小説って良いですね。いやー、楽しませてもらいました。オススメです。

ちなみに主役のラート警部、この後も引き続き主人公として登場するようです。第一作が1929年、第二作が1930年、で、1936年(だっけ?)まで続くんだとか。おぉ、これは楽しみです。
しかし、「答える必要があるのか?」「まあね、俺は刑事だ!(ドヤァァ)」とかただの一般人相手にやっちゃうあたり(セリフは本文ママ)、このラート警部とかいうの結構かわいいですね。ラート警部が、「あー今晩誘われちゃったし彼女と寝たいわー、超可愛いわー、でも今日も単独捜査やりたいから無理だわー」とか言っちゃうあたりに、ドイツ人らしい妙なクソ真面目っぷりを感じました……偏見かな?(笑)

書 名:濡れた魚(2007)
著 者:フォルカー・クッチャー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-18-1、Mク-18-2
出版年:2012.8.31 初版

評価★★★★☆
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エジンバラの古い柩
『エジンバラの古い柩』アランナ・ナイト(創元推理文庫)

エジンバラ城の崖下で男の遺体が発見された。捜査をはじめたファロ警部補は現場付近で男性の肖像が描かれたカメオを拾う。さらに警官だった父の遺品から、40年前に城の壁の中から赤ん坊の遺体を納めた古い柩が発見されたという事件の記録と、現場で発見したものと対のメアリー王女のカメオを見つける。ふたつの宝飾品が示す驚愕の真相とは?英国史を覆しかねない大胆な傑作。(本書あらすじより)

自分はね、いつも、もっと面白いミステリを読みたいなぁと思いながら、本を手に取っています。つまり、そういうことです(意味深)。

これを読んではっきりと分かりましたが、どうもこのアランナ・ナイトさんと自分は反りが合わないのです。全然面白くないのです。第一作よかマシになるかと思いきや、それよりはるかに楽しめなかったのです。別に評判そこまで悪くないのに……。こりゃ、もう、しょうがないっすね(一種諦めの境地)。


割と真っ当な本格ミステリであった前作と比べ、フーダニット要素は薄いです。何と言ってもこれは歴史ミステリですからね。メアリー女王に纏わる真実が解きほぐされていくのです。おぉ、『時の娘』みたい!

……と思うでしょ?

この「歴史ミステリ」に意外性を求めてはいけないのです。なぜかと言えば、ぶっちゃけ序盤に明かされてしまうから。いやでも『時の娘』だって真相を明かしてから徐々に証拠固めをするじゃん、とおっしゃるかもしれませんが、別に証拠固めもしません。何やかんやで合っていることにされます。うわぉそんな。
ちなみに柩の件は事実らしいですが、現実では誰も真面目に取り上げていないようですね。義経=チンギスハン説みたいなもんじゃないかな(いやそこまでじゃないか)。

じゃあなぜ帯にデカデカと「歴史ミステリ」と書いてあるのか。そう、ここでいう歴史とは、ファロ警部補のお父さんの時代、19世紀前半のことなのです。つまり、ファロ警部補の時代(=19世紀後半)から、お父さんの時代(=19世紀前半、柩が見つかった頃)を説き明かそう、という、そういうことなんですよ。「19世紀を舞台に繰り広げる16世紀の歴史」ミステリの側面もあるにはありますが、メアリーやエドワード6世は中心ネタではなく、あくまでメインは1830年の柩です。


となると、読めばさらに分かると思いますが、これは陰謀物としての要素が強いんですね。いかに歴史が抹消されたのか、ケネディ暗殺は実は!みたいな。
ただ、その「陰謀」の面白さは認めますが、他がどうもなぁ。肝心の柩云々は根拠が弱すぎだし、犯人の行動も何だか方向性がなくてよく分からないし。
つまり、雑なんですよ。いきあったりばったり感が否めません。ネタを思い付いたはいいけど(これ自体は良い)、それを「小説」として生かしきれていない、というか。見せ方が下手なのです。最後にドーンと「陰謀」を見せて作者がドヤ顔しているに過ぎないんですよ。もはや別に柩じゃなくてもネタは何でもいいよね、という。そのラストだって、もっとファロが葛藤するところを見たかったですし。

あと個人差はあると思いますが、自分はファロ警部補に萌えないので生活パートがそんなに楽しくないのです。恋愛パートなんか前作の二番煎じっぽい何かですよ。

全体的に物足りないのでした。読んでいて楽しくないとも言います。


まぁでもぶっちゃけ、英国王室が扱われている時点で、日本人読者が楽しめる要素がある程度限定されてしまうのは仕方ないんですよね。メアリー大好きなスコットランド人なら読めるんでしょうが。結局身近じゃないから。そこが悔しいっちゃ悔しいかな。『闇と影』読了後も似たようなこと言いましたけど。

ってなわけで、”シリーズ続編としての”三作目は気になりますが(このラストをあっさり流すのではないかと予想してますけど)、そんなに興味が湧かないし、どうもこの作家さんとは合わなそうだなぁということで、もう読まないかもしれません。しっかし、『おやすみなさい、ホームズさん』といい、アランナ・ナイト2冊といい、『闇と影』といい、ここ1年間に読んだ19世紀ミステリのハズレっぷりがとんでもないような……あくまで個人的に。

ちなみにですが、ファロ警部補シリーズを見ると、『To Kill a Queen』『The Seal King Murders』『Faro and the Royals』『The Final Enemy』『Unholy Trinity』と、実にそそられる陰謀物くさいタイトルが並んでおります。うーん。

書 名:エジンバラの古い柩(1989)
著 者:アランナ・ナイト
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mナ-2-2
出版年:2012.7.27 初版

評価★★☆☆☆
ルパン、最後の恋
『ルパン、最後の恋』モーリス・ルブラン(ポケミス)

父親のレルヌ大公が突然自殺し、一人娘のコラは悲しみに沈んでいた。そんなコラを助けるのは、大公から後見を託された4人の男たち。大公は遺書の中で、じつはこの4人の中に正体を隠したアルセーヌ・ルパンがいる。ルパンは信頼に足る人物なので、それが誰かを見つけ出して頼りにするようにと記していた。やがて思いがけない事実が明らかになる。大公はコラの本当の父親ではなく、コラの母親がイギリスのハリントン卿との間にもうけた子だったのだ。高貴な血をひくコラは、にわかに国際的陰謀に巻き込まれ、そんなコラを救うべく、ルパンは動きだすが……永遠のヒーロー、ルパンと姿なき敵との死闘が幕を開ける!
アルセーヌ・ルパン・シリーズの第1作「アルセーヌ・ルパンの逮捕〔初出版〕」も収録。従来の邦訳は、フランスで雑誌に初掲載後ルブランが加筆した単行本収録バージョンでしたが、ここでは雑誌掲載時そのままのテキストを採用。正真正銘の初登場版は、本邦単行本初収録となります。ルブランのエッセイ「アルセーヌ・ルパンとは何者か?」もあわせて収録。(本書あらすじより)


常々言っていますけど、小中学生の頃に読んだという思い出補正をかけまくった上で、自分はルパンが大好きなんですよ。というわけで、今回新作……というか、未発表作が出るということで、当然のように気合が入りまくるわけです。
その出版までの過程やら、詳しい考察やら感想やらは、「怪盗ルパンの館」というサイトの『ルパン、最後の恋』の感想ページ(こちら)で十二分に語られていますので、既読の方はぜひそちらをご覧下さい。かなーり理解が深まり、より一層楽しめること請け合いです。未読の方も、「ネタバレ雑談」の途中までは大丈夫ですよ。

……とか言ってしまうと、ここに感想文書く意味がなくなってしまうんですけど。まぁとにかく気を取り直して。

未発表作であり、手直しは一応されているとはいえ全部終わっているわけではない、と聞いていたもので、正直、読む前にそこまで期待していなかったのです。妙に薄いことからも、明らかに推敲が不十分であることが推測できます。ポケミスなのに1段組(アルテ『殺す手紙』以来二度目)だし、ページ数も本編は230ページくらいですからね……(ポケミス一日で読み終わるとか初めてじゃないですかね)。

まぁ読み始めると、案外面白かったですよ。ナポレオンとか、四銃士とか、オックスフォード公とか、ルパンが開き直っちゃったりとか、《頭髪狩り》とか、美女の水着シーンとか、まるで意味が分からなくて非常に楽しいです。そりゃあルパンは娯楽作ですからね、楽しくなくちゃ困るんですけど。

ただ、読み終わった感想としては、完全にファン向けの作品かな、と。ルパンの新たな一面が(新た過ぎる気もするけど)見られる点で、興味深いのは間違いないです。ただ、話としては未完成で、先程も言ったように推敲も不十分、設定は面白いのにそれを生かし切れていない感が強いです。作中の年代・ルパンの年齢などにもかなり矛盾が。ルブランがこれを仕上げられなかったというのがつくづくもったいないですね……。

タイトルからも分かる通り、ルパンの最後の恋が描かれるのです。この「最後」というのが曲者で、すでに普段のルパンとは異なるわけですが。毎度のこととはいえ、「あなたの前に愛した女は一人もいません。本当に愛した女は。」と言っちゃうとか、いくら何でも調子に乗りすぎですよ、ルパンさん。過去を省みなさい。
うん、まぁ、しかし、ルパンはこれだけ言っているのに、問題のヒロインのコラの魅力がよく分からないのが惜しいです。これもやはり描写不足、駆け足で描いているためイマイチ伝わらない、というのはあるでしょうね。


だいぶ雑な感想ですが、正直言うことがあんまりなくて……。興味のある人が手に取れば、それでいいんじゃないでしょうか。若き頃ルパンを楽しんだ人向け、というか。面白かったですけどね。強いて読もうとする必要はないと思います。
付録としてシリーズの第1作「アルセーヌ・ルパンの逮捕〔初出版〕」が収録されていますが、これはミステリマガジンに載ったものをそのまま移したもので、やはりファン向け。ルブランのエッセイも、まああってもなくてもいいですね。

ま、もともと出版されたことすら「お祭り」というイメージですし、ルブランに文句を言うのもかわいそうです。1つ言わせてもらうなら、あのぉ、1段組とか、第1話収録とかでページ数増やすの、やめていただけませんか。それよりは、フランス語原書に載っていた「序文」「前書き」が読みたかったですね……。
あと、一番驚くべきことは、本国フランスで出版された5月から4ヶ月たらずで、平岡敦氏が訳され、出版にまでこぎつけた、ということですよね。すごいペース……。


書 名:ルパン、最後の恋(2012)
著 者:モーリス・ルブラン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1863
出版年:2012.9.15 1刷

評価★★★☆☆
失脚/巫女の死
『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』フリードリヒ・デュレンマット(光文社古典新訳文庫)

あらすじは、各短編ごとのものがAmazonにちゃんとあったので、そちらで書きます。

ミステリ界隈では一昔前にポケミス2冊(うち1冊文庫化)出たのみだったはずのデュレンマットですが、今年の5月に『判事と死刑執行人』(以前ハヤカワから出た『嫌疑』に「裁判官と死刑執行人」のタイトルで収録)が出て、そして今度、7月には光文社古典新訳文庫ですよ。なんですかこのいきなりのデュレンマット旋風は。

そしてこの『失脚/巫女の死』ですが、はっきり言って今年のベスト級の面白さ。これは素晴らしいですよ。4中短編が収録されていますが、その内訳も、幻想的で幕切れが鮮やかな「トンネル」、心理戦が見事な「失脚」、奇妙な味っぽい「故障」、何だかよく分からん歴史物「巫女の死」とより取り見取り。まさに理想的な短編集なのです。
特徴はというと……えー、こう、筆致が、淡泊というか、それでいて無意味に理屈っぽくて、重厚で、あー、説明出来ないけど良いんです。「奇妙な味」とはちょっと違う、一種独特なフィクションっぽさ。ぜひ、実際に読んで確かめて欲しいものです。増本浩子さんの訳もグッド。増本さんの解説もいいですが、それより後書きがとっても面白いですよ。デュレンマットの魅力を十二分に説明してらっしゃるので、そちらをおすすめします。ちなみに解説で『約束』の一部ネタバレがあるので注意してください(P297〜298、特に298の冒頭2行)。

以下、個別の感想を。ベストは……うぅん、難しいですね。「失脚」にしましょうか。次点が「故障」で。おそらくこの短編集「トンネル」をベストにあげる人と、「故障」をベストにあげる人、「巫女の死」をベストにあげる人に大きく分かれるのではないでしょうか。それぞれの好みが浮き出るようで面白いですね。


「トンネル」(1952、1978 改訂版)
いつも乗り慣れた列車だが、気づくともうずいぶんトンネルに入ったまま。不審に思って車掌を探すと……。ありふれた日常が知らぬ間に変貌を遂げる。皮肉と寓意に満ちながらかつ底知れぬリアリティに戦慄させられる物語。

個人的にはやや苦手な幻想短編っぽいものです。この短編集の中ではちょっと異色でしょう。
異色なのですが、これがまた秀逸。読者をこの「トンネル」の中に引きずり込むかのような、恐ろしい魅力があるのです。ラストのセリフからして、妙な迫力があるじゃないですか。これは改訂版の方がずっといいでしょうね。うぅむ、これをしょっぱなに持ってきた編集者さんすごい……。


「失脚」(1971)
粛清の恐怖に支配された某国の会議室。A~Pと匿名化された閣僚たちは互いの一挙手一投足に疑心暗鬼になり、誰と誰が結託しているのか探ろうとしている。だが命がけの心理戦は思わぬ方向に向かい……デュレンマットの恐るべき構成力と筆力に舌を巻く傑作。※本邦初訳

むちゃくちゃ面白いです。これを読んで、「こ、この短編集にはこのミス取らせたい!」と思いました。
「失脚」の面白さは、ずばり「心理戦」です。登場人物がみんなアルファベットなため、読みにくいとかそういう次元じゃないのですが、この一種抽象的かつ個性的な人々が、ひとつの部屋で、ひとつのテーブルを囲み、裏に裏を読んだ会話を繰り広げるのです。よくもまぁこんなものかけますねぇ。ラストのぞくっとするような妙な”爽やかさ”は、これぞデュレンマット(たぶん)。


「故障」(1955、なおラジオドラマ1955・テレビドラマ1957、喜劇1979)

自動車のエンストのために鄙びた村に一泊することになった営業マン。地元の老人たちと食事し、彼らの楽しみである「模擬裁判」に参加するが、思わぬ追及を受けて、彼の人生は一変する……。「現代は故障の時代」と指摘するデュレンマットが、彼なりに用意した結末に驚き!

傑作。物語のとある展開に、読者は一つの予想のもと読み進め……と、これ以上書くと確実にネタバレ。ある種捻ったオチが面白いです。この作品をベストにあげる人がおそらく一番多いでしょうし、実際、これは一度は読むべき良短編です。
とにかく、読んでいる間の高揚感と一種の恐怖が素晴らしいんですよ。妙にハイテンションで。なんとなく、マコーリアン『不思議を売る男』内の「テーブル【大食漢の話】」を連想したり。
ふと思いましたが、「故障」の読み方って、ミステリ読みと非ミステリ読みとでは全く異なるんじゃないでしょうか。恐らくミステリ読みは、読み出してしばらくすると「むっ、これは異色短編、奇妙な味じゃないか、むほほ」的テンションで読むはずなんですよね。だからこそ楽しめるんですが。


「巫女の死」(1976)
実の父である王を討ち、実の母と結婚するというオイディプスの悲劇。しかし当時政治の行く先を決めていたのは、「預言」を王侯に売る預言者たちであった。死を目前にした一人の老巫女が、驚愕の告白を始める……。揺らぐことのない権威的な神話の世界に別の視点を取り入れることで、真実の一義性を果敢に突き崩す挑戦的な一作。※本邦初訳

推理小説っぽい『オイディプス王』をさらに推理小説っぽくしたようなしてないような壮大なブラックジョークパロディ。「あーもう5時だわー終業時間だわー早く帰りたいのにこのタイミングで来るんじゃねーよバカ」みたいなことを平気で言うデルポイの巫女に萌えます。いやそんなことじゃなくて。
この前『オイディプス王』を読んでいたから良かったようなものの、ちょっとこれは前提知識がないと難しいのでは、という気がします。ただ、とにかくこれ、面白いんですよ。どこかシニカルな見方をする巫女を主役に据えることで、独特の悲壮感・哀愁が漂い、味わい深いものとなっています。正直、これをベストにあげられるほど自分は頭良くないのですが、なかなか好感の持てる一編です。


総じてハズレなし。書評家の杉江松恋さんがおしているのも納得です。ぜひご一読を。

書 名:失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選(1952~1976)
著 者:フリードリヒ・デュレンマット
出版社:光文社
    光文社古典新訳文庫 KAテ4-1
出版年:2012.7.20 1刷

評価★★★★★
鬼警部アイアンサイド
『鬼警部アイアンサイド』ジム・トンプスン(ポケミス)

何者かが放った一発の銃弾がサンフランシスコ市警察の敏腕刑事ロバート・アイアンサイドから下半身の自由を奪ってしまった。だがその手腕を見込んだ警察は、彼を顧問として迎え、手足となる三人の部下を与える。車椅子を駆り、卑劣な犯罪との闘いの日々は続く……謎めいた脅迫事件、有力者の息子が起こした轢き逃げ事件、そしてアイアンサイドの部下マークが関わる傷害致死事件。鬼警部を窮地に追いこむ事件の連続、その背後でほくそ笑む黒幕とは?人気TVシリーズをもとにノワールの巨匠が書き下ろしたオリジナル・ストーリー、ついに登場。(本書あらすじより)


「なぜ初トンプスンで、一番つまらないものを選んでしまったんだ」と言われました。お、おう、そうですか。

まあしかし、はっきり言って全然面白くなかったです。プロットもキャラも書き込みが不十分に感じました。
描かれる"正義と悪の戦い"とやらが、まずあんまりピンと来ません。悪人側、街の裏の部分の描写が圧倒的に足りないんです。"処刑人"なる大ボスが出ては来ますが、こいつも何やってるのかよく分かりませんし魅力もないですし、で、あぁぁぁぁっとなって解決。アイアンサイド側の人物も、これといって印象的な描写がなされることなく、ただ駆けずり回るばかり。無駄なシーンも目立ちます(エレベーターのあれとか)。なんかもう、雑。
何と言うか、色々な意味で薄いんです。読みやすすぎる。まるでノベライズのようで……これ、オリジナルストーリーなんだけどなぁ。ただ、好意的な感想の方がよく見かけるので、自分と感性が合わなかった、ってことなんでしょうか。よく分かりません。

なお自分は、アイアンサイドは見たことありません。ドラマを知らない人でも分かるようきちんと書かれてはいますが、やはり見たことある人向けなのかなぁ、という気がします。褒めている人も、基本的にアイアンサイドを見たことある人ばかりのような……。
という感じです。ノベライズやTVシリーズをもとにしたオリジナルストーリーが初というのもありますが、うぅん、やはり難しいですね。次のトンプスンは、普通に『ポップ1280』にします。

ちなみに、猟奇の鉄人さんにテレビシリーズを元にした「起こしミステリ」のオススメを教えてもらったので、せっかくですからここに列挙しておきます。
デヴィッド・マクダニエル『ナポレオン・ソロ8/ソロ対吸血鬼』『ナポレオン・ソロ5/人類抹殺計画』『ナポレオン・ソロ14/犯罪王レインボー』、マックス・アラン・コリンズ『CSI:科学捜査班―コールド・バーン』、リー・ゴールドバーグ『名探偵モンク、消防署へ行く』、大倉崇裕他『刑事コロンボ・硝子の塔』

書 名:鬼警部アイアンサイド(1967)
著 者:ジム・トンプスン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1770
出版年:2005.5.31 1刷

評価★★☆☆☆
ガラスの村
『ガラスの村』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

〈シンの辻〉と呼ばれるニュー・イングランド北部の一寒村。 独立記念日の翌日そこに住む老女流画家が無残にも撲殺された。が、犯行時刻ごろ、村人が彼女の家へ入った一人の男を目撃していた。事件はあっけなく終わるかに見えた。ところが、逮捕された男金を盗んだ事実は認めても、殺人の件は頑強に否定。女流画家の家へ行ったのは薪割りを頼まれたからだという。だが、証拠となるはずの薪は、煙のように消え失せていた!巨匠エラリイ・クイーンが展開する、精緻な論理、読者への挑戦、意外な結末!1954年発表の問題作。(本書あらすじより)


傑作!!!!!いやぁ、今まで読んだクイーンの中で、一番楽しめたかもしれません。今年は『災厄の町』以後のクイーン作品ばっかり読んでいるわけですが、どう考えても初期作より面白いですね。その中でも『ガラスの村』の単純な”面白さ”は一つ抜けているような気がします。

外界との接触がほとんどない閉鎖的な村で、誰からも好かれているおばあさんが殺害されます。その家から出てきたところを見られていたポーランド人が、村人から犯人だと決めつけられ捕まえられ、ほぼリンチまがいの扱いまで受けてしまいます(「ガイジン」というだけで差別するような村ですよ)。その村の住人は、とある過去の事件のせいで、外の世界の連中を全く信用していないのです。村人の中で唯一理性的な老判事、およびたまたまそこを訪れていた従兄弟のジョニー・シン(主人公)は、何とか真犯人を見つけ、ポーランド人を助け出そうとするのですが……。

……というあらすじからも分かる通り、話としてはやや暗めです。が、こういってはなんですが所詮はクイーンなので、陰湿さなんてものはなく、そのへんは心配ご無用。作者はマッカーシズム批判の意味合いを込めて書いたらしい(本当に執筆したかはともかく)ですが、まぁそんな政治的云々なんてものはどうでもいいのです。
偏見の塊みたいなリンチ大好き村人軍団vs理性派常識人法律組、という構成がまず燃えますよね(登場人物一覧はかなりこれに意識的で、作った人はそうとうセンスがいいです)。キチガイ裁判(ある種の笑い所)を経て明かされる意外な真相。この裁判が、物語の中で実に上手く使われていてとっても良いのです。本格ミステリとしては十二分の出来でしょう。一部では、本格ミステリとしての出来に不満足(そうか?)で、この作品を好まないクイーン信者もいるらしいですが……そりゃ構成こそ破格ですが、これだけの出来に文句をつけるのはどうかと思いますよ。

とにかくストーリーがものっそい読ませるので、文句の付けようがありません。今回、名探偵エラリイ君は不在ですが、正直この作品にシリーズ主人公なんて邪魔なだけです。ジョニー・シンという新たな人物が探偵役であることで、ある種の緊張感と深みが生まれています。クイーンはもっとノンシリーズを書きゃ良かったのに……。
強いて言うならオチをもっと捻って欲しかった気もしますが、クイーンはあくまでガチ本格作家なわけで、これはこれで構わないというか、しょうがないんじゃないですかね。良い物を読めたので実に満足。これは強くオススメできます。久々に星5つつけちゃえ。

クイーンのノンシリーズ長編って、あと『孤独の島』というのがあるらしいですね……な、名前すら知らなかったんですけど。あらすじ見たら、だいぶぶっ飛んでて面白そう。気楽に探してみます。

書 名:ガラスの村(1954)
著 者:エラリイ・クイーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 2-8
出版年:1976.8.31 1刷
    2002.4.15 16刷

評価★★★★★
推定無罪 上 推定無罪 下
『推定無罪』スコット・トゥロー(文藝春秋)

アメリカ中部の大都市、地方検事を選ぶ選挙戦のさなかに、美人検事補が全裸で殺されていた――。クリスティ的犯人さがしの妙味、検察出身の作者の経験を生かした圧巻の法廷場面、地方都市の政治・司法・警察の実態をまるごと捉えた、社会小説的な視点、なにをとっても第1級の傑作。驚異の世界的ベストセラー、シルヴァー・ダガー賞受賞。(本書あらすじより)

へー、シルヴァー・ダガー賞取っていたんですか。初めて知りました。

さて、久々の更新ですが、久々になった理由というのが他でもない、この『推定無罪』の感想を書くのに乗り気でなかったということなのです。
……といっても別につまらなかったとか、そういうことではないですよ。『推定無罪』が発表されたのは1987年ですが、「1980年代以降に出た超重要傑作ミステリをあげよ」と言われたら確実に名前があがるくらい、素晴らしい法廷ミステリです。意外な真相・犯人を提示しつつ、「推定無罪」の表す意味、アメリカ法曹界をじっくりと描き出した、類まれなる作品でしょう。法廷シーンの面白さは尋常ではないし、独特なラストはなかなか印象的で、これもまた上手いなぁと思わされます。
ですから、ここで自分がごちゃごちゃ言おうが言うまいが、読んで損はしないはず。そういった作品なのですが……。

読了後のtweetをちょっと引用します。


スコット・トゥロー『推定無罪』読了。とにかく心理描写がハンパなく上手い(外見描写は全然なのに)。主人公の一人称視点によりあぶり出される各々の感情。それだからこそ、「推定無罪」という語に現れているように、人の考えや真実なんて結局分からない……というテーマが強烈に感じられる。
下巻から法廷シーンが始まるのだが、これがめっぽう面白い。何と言うか、もうボッコボコで、カタルシスがすごい。皆が裏切りやがってはめられて誰も信じられないよ主人公大ピーンチ、みたいな状況かと危惧していたら、弁護側が優秀過ぎる味方だったのでそんな心配は不要だった。


……とこれだけなのですが、これって自分としては、面白かったけど、あと一歩、みたいな感じだと思うんですよね。手放しで好きになれているわけではありません。
では、なぜ素直に褒められないのか?……という話を始めてしまうと、ネタバレ必至でどうしようもないので、とりあえず感想はこれで終わりにします。ネタバレ雑談については、追記の方に、白字で書く事にしますか。

書 名:推定無罪(1987)
著 者:スコット・トゥロー
出版社:文藝春秋
出版年:上 1988.10.1 1刷
    下 1988.10.1 1刷
      1989.2.15 6刷

評価★★★★☆

[以下、ネタバレあり]
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街中の男
『フランス・ミステリ傑作選1 街中の男』長島良三編

フランス・ミステリ短編のアンソロジー。非常に珍しいですね。あとがきによれば、刊行当時(1985年)世界で唯一の仏ミスアンソロジーだったそうです。ホンマかいな。
自分もこんな文庫が存在するとは知らなかったんですけど、ミス連の合宿で「フランス・ミステリが読みたい!」というと、皆さんいろいろ教えてくださって、まぁその中に入っていたわけですね。第二短編集もあるのですが、なぜかそっちはおすすめされなかったという(笑)

せっかくなので、その時おすすめされたフランス・ミステリをここにまとめてメモっておきましょうか。こんな感じです。

パスカル・レネ『三回殺して、さようなら』(創元)
フランス・ミステリ傑作選1『街中の男』(HM)
モーリス・ペリッセ『メリーゴーランドの誘惑』(ポケミス)
ユベール・メンテイエ『悪魔の舗道』(ポケミス)
ドミニック・ルーレ『寂しすぎるレディ』(ポケミス)
トニーノ・ベナキスタ『夜を喰らう』(HM)
ジャン・ヴォートラン『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』
A.D.G『病める巨犬たちの夜』『おれは暗黒小説だ』(ポケミス)
フランシス・リック『危険な道連れ』(ポケミス)
フレデリック・ダール『甦る旋律』『生きていたおまえ…』(文春文庫)


さて、で、この『街中の男』ですが、クライム・サスペンスからユーモアまで、多彩な短編が収録されており、誰もが絶対にどれかは気に入るのではないかと思います。収録されているメンバーもそうそうたる面子。ただまぁ、思ったよりおとなしめで、「うぉぉぅ!!」ってのは少ないかもしれません。所詮短編なので、長編ほどのインパクトが与えられない、ということなのかな?とはいえ、外れはほぼないので、ま、フランス風のおしゃれな文章に浸りたい人向けの、軽めの読み物といったところでしょうか。

以下、個別に感想を。マイベストは……じゃ、シムノン「街中の男」。次点はダール「悪い遺伝」かな。なお、発表年が解説に載っていません。調べて分かったものは記載しましたが、あっていないかもしれません。


「街中の男(L'homme dans la rue)」ジョルジュ・シムノン(1939)
メグレは5日間かけて疑わしい男を尾行する。住所を知られたくない男は家に戻れず、所持金は減るばかり……。
傑作選だからもちろん初っ端から傑作。この男とメグレのつかず離れずの関係が泣かせるんだなぁ。メグレが渋く、かっこいいです。シムノンらしい一編かと(シムノン1冊しか読んでいないけど)。

「犬(Le Chien)」ボアロー/ナルスジャック(1962)
四輪馬車を異様に怖がる館の巨犬の話。
真相がちょっと物足りないので、もっとホラー味を増した方が良かったかも。これだけではちょっと単調です(長いしね)。とは言え、ラスト1行の明るい残酷さは秀逸。デカくて獰猛な「犬」をこうキャラ付けするのって、案外珍しいかも。

「トンガリ山の穴奇譚(Le Mystere de Trou-du-pic)」カミ(1926発表短編集収録)
ルフォック・オルメス物。深夜のホテルに響き渡る艶声は誰の仕業か?
……という、実にしょうもないユーモアミステリ。正直、どうということのない真相(ちょっとギャグ成分足りない)なので、何も期待せず笑いを楽しむのが吉かと。出来はやや落ちる方かなぁ。

「見えない眼(Les yeux ?teints)」スタニスラス・A・ステーマン
盲人ホーム連続放火事件の真相とは。
わずか9ページであるせいか、特に何も感じないまま読み終わってしまいましたね……。非情な真実……を演出したかったようで、まぁ確かに痛ましい話なんだけど、「ふーん」となるだけのような。あと探偵役不要?

「七十万個の赤蕪(Les 0000 radis roses)」ピエール・ヴェリ(1937)
とある出版社に、七十万個の赤蕪の注文承りました、という手紙が野菜商から届く。ただの冗談かと思いきや、やがてとある事件が……。
こういうの良いですねぇ。非現実感漂う軽妙なクライムノベル。作者に自虐的なところがあって面白いです。

「羊頭狗肉(Tout etait faux)」フランシス・ディドロ
真っすぐな何もない道で起きた交通事故、その真相とは?
本格推理というより、皮肉な結末を楽しめる短編。程よいユーモアとさりげない感情描写により、ありきたりなオチに上手い味付けがなされています。タイトルの二重三重の意味が良いですね。

「悪い遺伝(Heredite chargee)」フレデリック・ダール(1958)
息子が殺人者になるというジプシーの占いを信じた素直過ぎる男は……。
4ページ。わずかこれだけですが、いやぁ、これは素晴らしいですよ。定められたレールを進むかのような展開と、予想通りかつそのちょっと斜め上を行く皮肉なオチ。息子の言葉が実に効果的です。

「壁の中の声(La voix dans le mur)」ミシェル・グリゾリア
湯舟に浸かっていた男は、壁の中から声が聞こえることに気付き……。
うん。うん。うん?ごめんなさい、さっぱり意味が分からないです……。えぇと、幻想小説的な何か(としか言えない)。

「つき(La main heureuse)」ルイ・C・トーマ(1958)
頼まれた分と合わせて2枚のくじを買ってきた男。
……ってあらすじだけでもう何か面白そうじゃないですかー。どうオチを付けるのかと思いきや……なるほどねー、上手いっ。これぞ「皮肉」の極み。あまりの運の悪さについついニヤッとしてしまいます。フランス人って、なんていやらしいんでしょうね(褒めてます)。

「殺人あ・ら・かると(Meurtre a la carte)」フランソワーズ・サガン
ヴェニスに来ている二組の夫婦。そのもつれた愛憎関係が……。
四人の設定が賢い……と最初は思ったんですが、この短編集の中でこのオチはやや肩透かしでしょうか。っていうかミステリじゃないですね。心情を書き込むには短すぎたかな、という印象。
この短編集のラスト2つ、サガンとモロワはミステリ作家ではなく文学作家で(寡聞にしてわたしゃ聞いたこともないんですけど)、ミステリ的な試みの作品を収録してみた、ってところらしいですが、うーん、まぁそんなもんでしょうか。

「自殺ホテル(Thanatos Palace Hotel)」アンドレ・モロワ(1960?)
株で全てを失った男のもとに、自殺を助けるという「自殺ホテル」からの手紙が……。
意外性はないものの、ストレートかつ捻くれた展開が非常に面白いですね。不必要に多い登場人物が案外上手に配置されています。何となくパーカー・パインっぽいような(ダークなパイン?)。サガンと比べて、こちらはきっちりミステリ仕立てかと。まぁタイトルからして楽しそうだけど。

書 名:フランス・ミステリ傑作選1 街中の男
編 者:長島良三
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 102-1
出版年:1985.4.30 1刷

評価★★★★☆