迷走パズル
『迷走パズル』パトリック・クェンティン(創元推理文庫)

アルコール依存症の治療もそろそろ終盤という頃、妙な声を聞いて恐慌をきたしたピーター。だが幻聴ではなく療養所内で続いている変事の一端とわかった。所長は言う――ここの評判にも関わる、患者同士なら話しやすいだろうから退院に向けたリハビリを兼ねて様子を探ってもらいたい。かくして所長肝煎りのアマチュア探偵誕生となったが…。パズルシリーズ第一作、初の書籍化。(本書あらすじより)

初パトQです。パズルシリーズの噂は前から聞いていましたが、実際に読むのは始めて。傑作中の傑作と名高い第2作の『俳優パズル』も追って復刊されるとのことで、喜ばしい限りですね(最近の創元はクラシックの復刊が盛んで素晴らしい)。
で、『迷走パズル』ですが、非常に楽しめました。これはお勧めです。もうね、捜査パートが読んでいて異常に面白いんですよ。

まず設定自体がなかなか珍しいですよね。今後もシリーズ探偵として活躍することになるブロードウェイの演出家ピーター・ダルースは、アル中から立ち直るため精神病院で治療中なのです。序盤ではまだアルコール依存から抜け出ていないのか、看護師に対して暴れたりもしています。ある意味、いきなり訳の分からん主人公で、読者としては、まぁ嬉しいことです(笑)
事件発生とともに好奇心から頭が正常になったダルースは(こういう展開は、いかにも黄金時代らしく”殺人”の深刻さをスルーしていてまたグッド)、精神病院の数あるヘンテコ患者の中でもまともより、ということで素人っぷりを盛大に発揮しつつ捜査を進めていくのですが、これが読んでいてとっても楽しいんです。美人看護婦さんに憧れる医者やら患者やら隠れた姻戚関係やらがボロボロ出て来るわで人間関係が極めて複雑、しかも舞台が”精神病院”という半閉鎖空間であることがその奇妙さを一層際立たせています。

実際問題、ミステリとしては極めてお粗末なんですよ。トリック……というものがあるかどうかさえそもそも微妙なのですが、はっきり言って誰も感心しないし関心を持たないのではないでしょうか。
ところがその真相の提示の仕方、つまりフーダニットとての側面が、ちょっと見ないような見事な出来映えです。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、普通、後半のこういう展開になると、読者は、あぁまさかこいつがね、という予想をすると思うんですよ。ところが作者はその裏を突くどころか、さらにその裏すら突いてしまうんです。極めて王道的な展開でありつつ、意外性の演出に成功しています。少なくとも自分はぶったまげました。こういうシンプルな捻りって良いですね。

ちなみに、ダルースと、同じく患者であるアイリス・パティスンとの恋模様も描かれます……って、「ダルース夫妻」のシリーズである以上アレなんですが、こちらも青臭くて面白いですよ。というか、ダルースがシリーズ探偵だ、ということが分かっている方が、本書は十二分に楽しめるのではないかという気もします。

……と、まとまりなく書いてしまいましたが、ぜひご一読を。クラシックミステリのファンであれば、読んで損はないはずです。ただし何度も言うようですが、トリックには期待しちゃダメですよ(笑)

書 名:迷走パズル(1936)
著 者:パトリック・クェンティン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-4-8
出版年:2012.4.27 初版

評価★★★★☆
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わが名はレッド
『わが名はレッド』シェイマス・スミス(ハヤカワ・ミステリ文庫)

犯罪組織を裏で操る男レッド・ドック。幼いころ親に捨てられた彼と弟は、荒れた修道院で凄惨な少年期を送る。やがて弟は非業の死を遂げ、彼は誓った。俺の人生を破壊した奴らを皆あの世に送ってやる、と。20年後、レッドは誘拐した警官夫婦の赤子を利用し、親族への復讐を開始。誰も予想だにしなかった究極の犯罪計画がついに幕を開ける……。『Mr.クイン』でミステリ史を塗りかえた著者が放つ「史上最悪」の暗黒小説。(本書あらすじより)

サークルの先輩にノワールが好きで好きでたまらない人がいまして、その人があんまりノワール読め読めいってくるので、じゃあ何か一番読みやすそうなのから貸してください……と言って借りたのが、これです。まぁ読み終わってみると、読んでて辛いような暴力と不条理に満ちた血の世界、とかそういうアレではなかったです。というか、読みやすかったですね、えぇ。というか、結構面白かったですね、はい。

大体あらすじの通りです。血も涙もないような主人公レッドが、とある計画を立て、着々とそれを進めていく……のですが、途中で「ピカソ」なる街をにぎわす連続殺人犯が偶然物語に絡んでくることで、その計画が予定通りにいかなくなります。天才的頭脳を持つレッド、同じく天才的頭脳を持つピカソ、そしてピカソやレッドに利用されまいとするルシールの3人による、熱き頭脳戦!ってな感じです。
まぁ、レッドもピカソも非情なんですけどね。平気で人とか殺しますけどね。ただ、語り口が妙に冷めているため、読んでいてそれほど嫌悪感は抱きませんでした(感情移入はしないけど)。さらに、レッドもピカソもめちゃくちゃ頭が回り、ヘマをしないため、読書中ある種の安心感があるというか。読んでいてムカつきはしますが、それも作者の計算内のことだと考えると、まぁ並々ならぬ筆力があるわけですね。

ただなぁ……このラストはちょっと不要だったかな、と思わないでもないです。レッドにはレッドなりの正義があったわけじゃないですか。せっかく悪人が主人公なんだから、もっと傲慢な結末を期待したかった、というのはあります。

ノワール(これってノワールなの?)の入門書としては読みやすい方なのかな、という気がします。生理的に無理っぽい自分が大丈夫だったので、えぇたぶん大丈夫ですとも(自信ない)。個人的にはそこそこ楽しめました。

書 名:わが名はレッド(2002)
著 者:シェイマス・スミス
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 268-1
出版年:2002.9.15 1刷

評価★★★★☆
犯罪
『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ(東京創元社)

一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の息子。羊の目を恐れ、眼球をくり抜き続ける伯爵家の御曹司。彫像『棘を抜く少年』の棘に取り憑かれた博物館警備員。エチオピアの寒村を豊かにした、心やさしき銀行強盗。――魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち。高名な刑事事件弁護士である著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの哀しさ、愛おしさを鮮やかに描きあげた珠玉の連作短篇集。ドイツでの発行部数四十五万部、世界三十二か国で翻訳、クライスト賞はじめ、数々の文学賞を受賞した圧巻の傑作。(本書あらすじより)


最近、感想を書くのが読んでからかなり時間が経ってからになっています。良くないですねぇ。今も感想が何冊分か貯まっているわけですが。頑張ります。
さて、飛び入り参加した筑波ミス研読書会のために今さら慌てて読み出した『犯罪』ですが……(なんか本屋大賞を取った後に読んだのが悔しいですけど、断じて関係はありません)。

「フェーナー氏」
「タナタ氏の茶盌」
「チェロ」
「ハリネズミ」
「幸運」
「サマータイム」
「正当防衛」
「緑」
「棘」
「愛情」
「エチオピアの男」

……いやぁ、これはヤバいです。それこそ今さらですが、未読の方、ぜひ手に取って下さい。まさに「圧巻の傑作」です。
どの話も極めて淡々と「犯罪」が語られます。犯罪者はなぜ犯罪を犯してしまったのか?彼はどういった心理状態にあったのか?……といったことが、ものっすごく静かな筆致で語られるのです。これはちょっと説明しにくいですね。実際に読んでもらうしか。なかなか他の作品では見られない独特な雰囲気を持っているということは言えます。
まず初っ端の「フェーナー氏」の読み心地に驚かされるんですよね。あぁ、なるほど、この短編集はこういう話が集まってるのか、と。そしてそこからもう一気に読まされます。どの話にもある種の残酷性があるのに、それがあまり嫌らしさを感じさせない。シーラッハならではの作品なんでしょうね。

一応ミステリという扱いをされており、別に間違っているというわけではないのですが、おそらくシーラッハには積極的に「ミステリ」を書こうとしているわけではないのかな、という気がします。「サマータイム」を読むとそれがよく分かるんですが、何と言うか、ある種ミステリ仕立てになっているくせに、タイトルが全てを表しているんですよ(笑)むしろそういう姿勢が故に、こういう傑作になったのかもしれません。

ベストは「エチオピアの男」(泣いた)、次点が「フェーナー氏」と「正当防衛」(無駄にかっこいい)でしょうか。「緑」「棘」などの狂気を描いた作品が好きな人も多いでしょうね。人によってマイベストが大きく異なるのでは、という気がします。

なお、巻末に書かれた「これはリンゴではない」は、マグリットの絵のタイトルからの引用なわけですが(作中でもやたらとリンゴが出て来ますね……これ、全話こっそり出ているんでしょうね、たぶん)、これについては東京創元社さんのホームページで、翻訳された酒寄進一さんが詳しい考察をなさっています。こちらも読むといいですよ。

というわけで、傑作でした。これは今年のベスト級だなぁ。

書 名:犯罪(2009)
著 者:フェルディナント・フォン・シーラッハ
出版社:東京創元社
出版年:2011.6.15 初版

評価★★★★★
フランクを始末するには
『フランクを始末するには』アントニー・マン(創元推理文庫)

フランク・ヒューイットは芸能界の大スター。彼が死ねば、トリビュート番組や伝記映画などで業界は大もうけできる。殺し屋の“わたし”はフランク殺しを依頼され……。二転三転するスター暗殺劇の意外な顛末を描き英国推理作家協会短篇賞を受賞した表題作のほか、刑事の相棒として赤ん坊が採用され、殺人事件の捜査を行う「マイロとおれ」、日々の買いものリストだけで構成された異色作「買いもの」、ミステリ出版界の裏事情を語るゴーストライターものの一篇など多彩な12作を収録。奇想とユーモアにあふれた傑作短篇集をお楽しみください。(本書あらすじより)

うぅん……面白いんですけどねぇ。パンチが足りないというか、捻りが足りないというか。自分が知っている中ではジャック・リッチーに似た味わいなんですが、それよりは一回り落ちるかな、と。

全体的には一般的なクライムノベルっぽい短編が多めです。ちょっと捻りが物足りないかもですねぇ。予想通り、予定調和的に話が進んでしまうというか。ちょっとありえないような奇想世界が舞台である「緑」ですら、こちらの想像を上回る展開があるわけではありません。ある程度、意外性を作ろうという雰囲気が見えるだけに、これは残念です。
ただ、なかなか独創的なお話が多く、そういう意味では楽しめるというのも事実。個人的には、意外性十分の「エディプス・コンプレックスの変種」、アイデアが素晴らしい「買いもの」、不充分な心情描写に優れた「契約」が良かったです。それ以外は……まぁ標準か、ちょっと下、くらいでしょうか。やはり、もうちょっと頑張って欲しいですね。

「マイロとおれ」Milo and I
赤ん坊が捜査に参加するという謎の世界が舞台。これといった感想が思い浮かばない……。

「緑」Green
あらゆる雑草を敵視する世界が舞台。このラスト、ビジュアル的にものっすごく訴えかけてくるものがあるんですよ。なかなか面白い作品だと思います。

「エディプス・コンプレックスの変種」The Oedipus Variation
チェスの必勝法を学ぶ男の物語。これはしてやられました。読んでいてむかつくような描写が延々と続いた後、ラストにふわっとひっくり返すこのやり方は実にお見事です。

「豚」Pigs
豚をペットとして買う金持ち夫婦の話。これは……うぅ、ちょっと苦手です。なんというか、グロい。

「買いもの」Shopping
延々と買い物メモだけで構成された短編。面白いこと考えますねぇ。もうちょっと面白くならなかったのかしら(こら)。こういう展開に持って行くということが、アントニー・マンの善人っぷりを表すのでしょうか。

「エスター・ゴードン・プラムリンガム」Esther Gordon Framlingham
死亡した有名作家の代作を頼まれた四流小説家の話。面白いとは思うんですが、なぜかピンと来ずに読み終わってしまいました。うぅん。

「万事順調(いまのところは)」Things Are All Right, Now
ふと、因縁の相手に出会った男の話。このラスト、すっごく良いです。主人公のドライさ、どうでもいいと思いながらも、密かな恨みが切々と感じられます。

「フランクを始末するには」Taking Care of Frank
なかなか死なない有名人を暗殺する話。楽しいんですが、どうも意外性が足りないのでは、という気がします。あと、もっと皮肉っぽく描いた方が良かったかなぁ。

「契約」The Deal
ある契約をかたくなに辞退する男の話。どうということはない話ですが、それでもお気に入りです。ただ一徹さを示すだけで、こうも感情を示せるのか、というのは驚きです。

「ビリーとカッターとキャデラック」Billy, Cutter and the Cadillac
ダイエット出来るかを賭けた男の話。割合予想通りに噺は進むのですが、「運転免許」の文が出たとたん、ぬあっと思いました。

「プレストンの戦法」Preston’s Move
チェスの必勝法を見つけたと主張する男の話。まぁ、何ですか、面白いですが、それ以上でもそれ以下でもないです。

「凶弾に倒れて」Gunned Down
父親を殺された男の話。こういう復讐法で短編を作る、というのが上手いですね。最終話としての余韻も十分です。

書 名:フランクを始末するには(2003)
著 者:アントニー・マン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mマ-24-1
出版年:2012.4.27 初版

評価★★★☆☆
ウッドストック行最終バス
『ウッドストック行最終バス』コリン・デクスター(ハヤカワ・ミステリ文庫)

夕闇の迫るオックスフォード。なかなか来ないウッドストック行きのバスにしびれを切らして、二人の娘がヒッチハイクを始めた。その晩、娘の一人が死体となって発見された。もう一人の娘はどこに消えたのか、なぜ乗名り出ないのか?次々と生じる謎にとりくむテムズ・バレイ警察のモース任警部が導き出した解答とは……。魅力的な謎、天才肌の探偵、論理のアクロバットが華麗な謎解きの世界を構築する現代本格の最高傑作。(本書あらすじより)

というわけで、デクスター再読作戦を決行。月1ペースで読めたらいいなぁ。ちなみに本書の初読は高1の夏休み。図書委員が夏休みに読んだ本、として書く感想でこれを選んだんでした。当時からどんだけアレな子だったのか。

さて、モース警部初登場なわけですが、いやはや、デビュー作からしてすごいですね。本格ミステリとして一級品だと思います。

デクスター作品は、基本的に犯人が誰だかすぐに忘れてしまいます。プロットがあまりに二転三転してしまうため、誰が犯人だったかどうでもよくなってしまうというか。ただ、『ウッドストック』は例外的に犯人の印象が非常に強いため、その点ではインパクトのある作品です。まぁ、それ以外の要素は完全に忘れていたので、十分楽しむことが出来ましたが。
ただ、シリーズ第一作ということもあり、「二転三転するプロット」と形容するほど複雑ではない気がします。モースの妄想推理は割合大人しめ。この後の数作品の方が格段にややこしいです。そういう意味では、まだシリーズの特徴がしっかり出ていない、と言えるのかもしれません(他にも、ディクスン刑事がまだドーナツを食べてない、とか)。

とはいえ、本格ミステリとして文句のつけようのない出来栄え。いくつも偽の手掛かりやら関係ない事項やらがばらまかれているため、読者は見事に煙に巻かれてしまいます。緻密な伏線と綿密なロジックにより犯人が特定できる――というタイプの作品ではないんですが、それでもいくつか明示的な手掛かりがしっかり用意されています。登場人物の証言に含まれた嘘による騙しのテクニックはトップクラスです。

ま、それもありますが、自分がこのシリーズを好きな一番の理由は、モースのキャラクター、および作品全体に漂うほのかで上品なユーモアです。クスッと笑えるポイントが実に面白いんです。デクスターは( )やダッシュを多用していますが(作中で自虐的な批判があったような)、この使い方がもうまさに自分のツボに入っているというか。やっぱりデクスターは好きだなぁ。そしてイギリスに行きたい……。

というわけで、今月から順に読んでいく予定です。次作は『キドリントンから来た娘』。初読時はイマイチでしたが、今読むとどうなのか……。

ところで、ルイスって、モースの数歳上だったんですね……今回読んでいて一番驚いたのがそこでした、はい。

書 名:ウッドストック行最終バス(1975)
著 者:コリン・デクスター
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 148-1
出版年:1988.11.15 1刷
    2002.4.15 14刷

評価★★★★☆
隠し部屋を査察して
『隠し部屋を査察して』エリック・マコーマック(海外文学セレクション)

7月7日、日曜日、午前6時。北緯52度、西経108度に位置するカナダのある町から、それは始まった。地上に巨大な亀裂が出現し、幅100メートル、深さ30メートルの溝を残しながら、時速1600キロの猛スピードで疾走しはじめたのだ。西に向かって、触れるものすべてを消滅させながら……。不可解な現象が世界じゅうに巻き起こす大騒動の顛末を淡々と語る「刈り跡」、全体主義国家のもと“想像力の罪”を犯し〈隠し部屋〉に収容された人々を描く表題作など、20の物語を収録。小説の離れ業を演じ続けるカナダ文学の異才の、ユーモアとグロテスク、謎と奇想に満ちた〈語り〉と〈騙り〉の短編集。(本書あらすじより)

目次
「序文」
「隠し部屋を査察して」
「断片」
「パタゴニアの悲しい物語」
「窓辺のエックハート」
「一本脚の男たち」
「海を渡ったノックス」
「エドワードとジョージナ」
「ジョー船長」
「刈り跡」
「祭り」
「老人に安住の地はない」
「庭園列車 第一部:イレネウス・フラッド」
「庭園列車 第二部:機械」
「趣味」
「トロツキーの一枚の写真」
「ルサウォートの瞑想」
「ともあれこの世の片隅で」
「町の長い一日」
「双子」
「フーガ」
「謝辞」

……やー、これはすごいです。適当な褒め言葉がちょっと見つかりません。

この手のはほとんど読まないのでよく分かりませんが、いわゆる奇想系の短編集、といえばいいのかな。描かれる世界はまさにエロくてグロくてナンセンス。正直言ってちょっと苦手な感じです。グロとか普通なら絶対ダメ。
にもかかわらず、ものっすごい引き込まれてしまうんです。明らかに現実的ではない、ファンタジックでSF的な世界で繰り広げられる不条理の数々。それらの詳細・顛末を見たいがために、着々とページをめくってしまいます。
その理由は、おそらく作者が主観・感情を物語に全く差し挟んでいないから、ではないでしょうか。何が起ころうとも、その描かれ方は極めて客観的で冷淡。淡々とした筆致がブラックユーモアを誘い、読者にいわく言い難い魅力を感じさせている、というか。これは、訳者の増田まもるさんによるところも大きいでしょうね。

興味深いのは、そうした不条理をただ描いているのみで、ラストにあっと驚く展開を入れることが全くない、ということですね。人によっては、話が予定調和過ぎてつまらない、という感想を抱くかも。たぶんマコーマックさんは、サプライズには興味がないんですよ。自分の思い付いた変態的世界をただ文字に表したいというだけ。うぅん、なんかカッコイイな。

ベストは「一本脚の男たち」「ジョー船長」「刈り跡」でしょうか。第2夜の気持ち悪さが印象的な「祭り」も捨て難いですね(好きかはともかく)。後半の方が、文学的で難解な作品が多い気がします。ピンと来ないのもいくつかありました。なお一番ミステリ(クライム?)っぽいのは、ラストの「フーガ」でしょうね。

とにかく、一度読んでみてはいかがでしょうか。気に入るか気に入らないかはともかく、なかなか面白い読書体験になると思います。というか、世の中にはこんな本がいっぱいあるんだろうなぁ。まだまだ勉強不足です。

書 名:隠し部屋を査察して(1987)
著 者:エリック・マコーマック
出版社:東京創元社
    海外文学セレクション
出版年:2000.7.25 初版

評価★★★★☆
自殺の殺人
『自殺の殺人』エリザベス・フェラーズ(創元推理文庫)

嵐の夜、ジョアンナの父が身投げを図った。偶然通りかかった青年たちに取り押さえられ、その場は事なきを得たものの、彼は一切動機を語らぬまま、翌朝、秘蔵の拳銃によってこの世を去った。突然の父の死に思い悩む娘に対し、警察は他殺の可能性があることを告げる。彼女は妄想のように脳裏を離れぬ疑惑に苦しみ、前夜父を助けてくれた青年、トビー・ダイクに助けを求めた。はたして、これは自殺に見せかけた他殺なのか、それとも、その反対なのか?真相を巡って推理は二転三転する。英国の巨匠エリザベス・フェラーズの傑作本格ミステリ第二弾。(本書あらすじより)

第二弾というのは紹介順で、シリーズとしては第三作にあたります。
いやしかし、『猿来たりなば』も面白かったですが、これはそれ以上ですね。非常に出来のいい本格ミステリだと思います。ちなみにユーモア度合いはそんなに高くありません。

終始、果たして自殺か、それとも他殺か、ということが問題となります。これ自体は割とあるネタなんですが、前日の自殺未遂(この状況もうさんくさい)、被害者(?)の当日の曖昧な行動、関係者の偽証に次ぐ偽証、などの要素を極めてバランス良く配置することで、真相がとてもつかみにくいものとなっています。これが実に上手いんですよ。あくまで問題はシンプルでありながら、ひねくり回して長編に出来るくらいの手掛かりを置くことに成功しています。

そして最後の真相の提示の仕方がまた上手いんですよねぇ。この手のミステリって結構型が決まっていて、「実は殺人でした」→「実は自殺でした」→……の無限ループによって二転三転させていくため、だんだんひっくり返しに驚けなくなってしまう、という問題があります。ところが作者は、まぁ何と言うか、調度良いところにクッションを置いたわけですよ。そのおかげか、素直にラスト驚くことが出来ました。というか、このシリーズを読んだことあるんだから、どんでん返しに気付けても良さそうなものなのに(笑)

というわけで、オススメです。古き良き英国本格ミステリの一品。ちなみに英国新本格世代ということもあり、黄金時代の作家とはやはり明らかに何か違いを感じるのですが、上手く言語化出来ません。今後の課題と言うことで。

書 名:自殺の殺人(1941)
著 者:エリザベス・フェラーズ
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mフ-13-2
出版年:1998.12.25 初版
    2000.9.8 3版

評価★★★★☆
マシューズ家の毒
『マシューズ家の毒』ジョージェット・ヘイヤー(創元推理文庫)

嫌われ者のグレゴリー・マシューズが突然死を遂げた。高血圧なのに油っこいカモ料理を食べたせいだと姉は主張するが、別の姉は検死をやるべきだと主張。すったもんだの末に実施したところ、なんと死因はニコチン中毒で、他殺だったことが判明した。だが故人の部屋はすでに掃除されており、ろくに証拠は残っていなかった。おかげでスコットランド・ヤードのハナサイド警視は、動機は山ほどあるのに、決め手がまったくない事件に挑む羽目に……。巨匠セイヤーズが認めた実力派が練りに練った傑作本格ミステリ。(本書あらすじより)

いやはや、何とまぁ。驚きました。面白いので(笑)
前作『紳士と月夜の晒し台』は、登場人物の会話は面白いけど、ミステリとしてはうぅぅむ、で、星3つ、でした。ちょっと感想を引用してみます。


これが単なる小説ではなく、本格ミステリであるならば、かな~り不満足な作品ということになってしまうでしょうね。プロットは行き会ったりばったりのようで、伏線はほとんどなし、手がかりもほぼ皆無です。決め手の証拠はかなり良い出来だと思いますが、最後の最後に明かされても困ります(いや、一応解決シーンの前……というか直前ですけど)。著者のヘイヤーさんは、ミステリとしてはこれが処女作だそうなので、まだ書き慣れていないのかもしれませんが。


……つまり、書き慣れたのでしょうか(爆)いやとにかく、非常に良く出来た作品でした。あらゆる点が前作を上回っています。

やはり最大の魅力は、前作でもあった登場人物同士の会話、です。前作では親族が中途半端に集まっていましたが、今作では嫌われ者の家長であるじいさんが死んだことで、大勢いる遺族がやたらといがみ合います。これが面っ白いんですよ。コージーっぽいクリスチアナ・ブランドとでも言うのか(ブランド1つしか読んだことないくせに)。一人一人がはっきりと書き分けられていることもあり、彼らが右往左往して文句を言い合っている様がとにかく読ませます。
この揉め合いと同時進行で描かれるのが、某男と某女の微妙な関係の変化、です。いや、このほのめかしは絶妙ですね。こちらも読んでいてニヤニヤしてしまい、とても楽しかったです。

前作でズタボロだったミステリ面は、まぁ普通かな、というくらいですが、それでも十分水準は満たしています。家族内のごたごたにさりげなく伏線が入っている点などは、なかなか上手いんじゃないでしょうか。肝となるトリックをあえてばらした上で解決シーンに入る、という構成も良いですね(まぁただ、もう1つのある仕掛けは、さすがに分かると思いますが……)。あとは決め手の証拠さえちゃんとあればねぇ。
ちなみに死因はニコチンなわけで、登場人物たちは警察も含めて一様に「珍しいねぇ。そんなの毒になるんだー」みたいなことを言うわけですが、しかし、海を越えてニコチンは有名になってますね、早くも。

というわけでオススメです。探偵役のハナサイド警視のキャラがとてつもなく薄く、シリーズ性もそれほどでもないため、ここから読み始めるのでも十分かと。ただ、こっちを先に読むと、前作の登場人物がちょこっと出てしまうため、第1作の犯人を絞り込めてしまう、かもしれない、という問題は一応あります。だから、第1作を読まなくていいんじゃないかな(ひどい)。

書 名:マシューズ家の毒(1936)
著 者:ジョージェット・ヘイヤー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mヘ-15-2
出版年:2012.3.23 初版

評価★★★★☆