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『ふりだしに戻る』ジャック・フィニイ(角川文庫)

女ともだちの養父の自殺現場に残された一通の青い手紙。その謎の手紙は90年前、ニューヨークで投函されたものだった。ぼくサイモン・モーリーはニューヨーク暮らしにすこしうんざりしはじめていた。そんなある昼下がり、政府の秘密プロジェクトの一員だと名のる男が、ぼくを訪ねてきた。プロジェクトの目論みは、選ばれた現代人を、「過去」のある時代に送りこむことであり、ぼくがその候補にあげられているというのだ。ぼくは青い手紙に秘められた謎を解きたくて「過去」へ旅立つ。鬼才ジャック・フィニイが描く幻の名作。20年の歳月を越えて、ふたたび蘇る。(本書上巻あらすじより)

SF強化月間ということで読みましたが、どっちかと言うとファンタジーですね、これは。
フィニイはかなり好きな作家だとは思うのですが、うーんちょっとこれはのれなかったかなぁ。いくらノスタルジックだ何だと褒めようが、ダレ気味なのは否定し得ないと思います。全体的に都合よすぎる話で、それがフィニイの魅力とはいえ、これだけ長いと予定調和では持たないんです。しかしそれでも、このラストは憎いし、小説全体のふわっとした雰囲気が忘れがたい作品なのだろうと思います。

行きたい過去の出来事に身も心も浸りきればタイムスリップできるというむちゃくちゃな国家プロジェクトに参加したサイモンは、その類いまれなる妄想力により、憧れの19世紀ニューヨークへと何度も旅立つことになる、というお話。こんなタイムスリップ方法はSFじゃないですが、この自由さが何ともフィニイらしいというか。

で、この話、一番の問題は、過去へと旅立つ明白な理由がないことではないでしょうか。主人公サイモンは、確かに彼女の疑問を解消すべくタイムスリップするという個人的な理由を持ってはいますが、なぜそれを突き詰め続けなければならないのかは、実ははっきりしていないんです。
そして最初のタイムスリップは彼女も一緒にやるんですが、そのあとの単独タイムスリップでサイモンは過去の世界で恋をしてしまうのです。19世紀の世界で三角関係が勃発し、邪魔する男のたくらみを暴き……と、途中からは完全にロマンス。最終的に現代の彼女がすげぇ都合よく捨てられたりと、フィニイ相変わらず男の本能で話を展開させてますが(笑)まぁさすがに酷いね。

と、全体的には都合のよさとだれっぷりが気になるところですが、終盤でサイモンは国家の指令と自分の思いとの板挟みの中で、ある決断をするわけです。そしてこのラスト。実はこのことによって現代でかなりアレな変化が起きているわけですが(やっぱ酷いじゃないか!)、それでもなぜか感慨深いものがあります。この部分は本当に素晴らしいのです。
上下巻の中でサイモンの感じるノスタルジックと現実逃避についつい感情移入してしまうからこそ、ラストが生きるわけで、これはやっぱりフィニイの書く文章にしか出来ない芸当なんでしょう。まさにジャック・フィニイ流のおとぎ話でした。

というわけで、やっぱり『ゲイルズバーグの春を愛す』とかと比べてしまうと身も蓋もないのですが、忘れがたい印象を残す作品でもありました。続編もありますが、とりあえず今度はフィニイのコンゲームとか犯罪小説を読みたいです。

原 題:Time And Again (1970)
書 名:ふりだしに戻る
著 者:ジャック・フィニイ Jack Finney
訳 者:福島正実
出版社:角川書店
     角川文庫 フ-16-1,2
出版年:1991.10.10 初版

評価★★★☆☆
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夜の冒険者たち
『夜の冒険者たち』ジャック・フィニイ(ハヤカワ・ミステリ文庫)

漆黒の闇の中で橙色の灯に浮び上るゴールデン・ゲート・ブリッジ――そのケーブルを二人の若者リュウとハリーが登っていた。はるか下では期待を込め恋人と妻が見上げる。「砂を噛むような変化のない生活はもういやだ」こんな切実な思いが四人を夜の冒険へと駆り立てた。高速道路での大騒ぎ、警官との追いかけっこ、自分のヌード写真の公開……そして今四人の冒険はここで終りを告げる。自らの存在を確かめるかのようにいたずらの限りを尽した彼らの最終計画とは?限りない情感を込め現代青年のヒューマンな行動を描くサスペンス溢れる異色作!(本書あらすじより)

久々に自分のベスト10を更新するかもしれないような本に当たりました。
平凡な生活に飽きた男女四人が夜な夜な深夜の街のお散歩に繰り出し、それを阻止しようとする警官と追いかけっこする羽目になる……というあらすじがもうツボにダイレクトなんですが。いくぶん時代を感じるところはありますけど、それでもあえて断言しましょう、これは至高の青春冒険小説なのです。綺羅星の如き素晴らしい傑作です。

「死者のポケットの中には」や「大胆不敵な気球乗り」などの傑作短編により夜景と高所の描写に定評のある(自分の中で)フィニイがまずその持ち味を存分に発揮してくれます。夜の街というごく普通の場所を散歩するだけなのにこれほどワクワクドキドキさせられるとはね……。
人の家のブランコをこいでみたり、車通りの絶えた高速道路で寝っ転がってみたり……ということに心から楽しみを覚える主人公を見ていると、俺もやってみてぇぇぇってなるんですよ。読者の冒険心をストレートに刺激してくる1シーン1シーンの美しさが堪りません。そういう小さな“冒険”の持つ楽しさったらないです。読者のやってみたい、けどやらないという気持ちをいい感じに刺激してくるのです。

そんな冒険は見廻りの警官に見つかったことで、順調でなくなるとともに、ますます刺激的なものとなります。最初は追いかけっこ的なものに過ぎなかったものが、だんだん極端というか、警官をからかったりするようになり、なにもここまで警官とバトらなくても……っていう展開になるのですが、これはやはり時代でしょうね。カウンターカルチャーの終焉期に当たる作品だ、ということが大きいと思います。反権威主義的というか。まぁそういうこと気にしない方が楽しめるんじゃないかって気もしますが。

で、なんやかんやあって(読んで)、主人公たち4人は警官と、そして愛する街を相手に大勝負、大仕掛けを繰り広げることになります。もうね、バカですよ彼らは。何やってんだ、そんな自分のこと犠牲にしちゃって。けど愛おしいんです。こういう壮大な遊び心を楽しめるのが小説の良さなんじゃないでしょうか……とか思って読んでいたら最後の方泣けてきちゃいましたね……素晴らしい……。

というわけで、ジャック・フィニイのノスタルジックと美しい描写力とストーリーテリングが結びついた、青春冒険小説の傑作だと思います。お願いですから早川書房さん、復刊してください……出来ればこの和田誠装丁のままで。

書 名:夜の冒険者たち(1977)
著 者:ジャック・フィニイ
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 38-3
出版年:1980.9.30 1刷

評価★★★★★
ゲイルズバーグの春を愛す
『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニイ(ハヤカワ文庫FT)

由緒ある静かな街ゲイルズバーグ。この街に近代化の波が押し寄せる時、奇妙な事件が起こる……表題作他、現代人の青年とヴィクトリア朝時代の乙女とのラヴ・ロマンスを綴る「愛の手紙」など、甘く、せつなく、ホロ苦い物語の数々をファンタジイ界の第一人者がノスタルジックな旋律にのせて贈る魅惑の幻想世界。(本書あらすじより)

収録作品
「ゲイルズバーグの春を愛す」
「悪の魔力」
「クルーエット夫妻の家」
「おい、こっちをむけ!」
「もう一人の大統領候補」
「独房ファンタジア」
「時に境界なし」
「大胆不敵な気球乗り」
「コイン・コレクション」
「愛の手紙」

言わずと知れたジャック・フィニイの代表短編集。なぜかフィニイを『夢の10セント銀貨』などというどうしようもない作品(好きですけど)から読み始めてしまった自分ですけど、ようやくこれを読むことが出来ました。
凝ったストーリーも鋭いオチもない、ただただノスタルジックや切なさに満ちた短編集。読んでいて包まれるような温かさが感じられ、どれも淡々とした話ながら物語の中に引き込まれます。読者の罪深いすさんだ心が浄化されるのです。傑作集……というほどではないですけど、印象に残る作品が多いな、という感じですね。目次開いて各話のタイトル見たらどういう話だったかが全部ぱーーっと思い出せたんですが、なかなかすごいことだと思いますよ、これは。

スケスケ眼鏡を手に入れたらモッサリした女の子が超美人だったことに気付いた男の話「悪の魔力」、ヴィクトリア期の家を現代に蘇らせる「クルーエット夫妻の家」、死刑執行前に刑務所の壁に絵を描く男の話「独房ファンタジア」、わりとしっかりしたオチのあるタイムトラベル物「時に境界なし」、空を飛ぶことに憧れた男が気球を作って乗るだけの話「大胆不敵な気球乗り」、時空を超えた恋愛小説「愛の手紙」が良かったかな……ってほとんどじゃないですか。
しかしフィニイさん、こんなに19世紀をやたらと持ち上げて入れ込んで惚れ込んで感情移入しているようでは、さぞかし現代は生きづらかったでしょうね。実際、ちょっとひとりよがりというか、理想を理想化しすぎている面はあると思うんです。鼻につく人もいるかもしれませんね。それこそがフィニイの魅力なんですが。

ベストは「愛の手紙」かな……いや「クルーエット夫妻の家」も結構お気に入りなんだよなぁ。あ、いや、「大胆不敵な気球乗り」も……(はっきりせい)。

というわけでこれは普通におすすめです。ちなみに「コイン・コレクション」は、長編『夢の10セント銀貨』とほとんどストーリーが同じでした。短編を長編化したものだったんですね。
ついでに言うと、今のところジャック・フィニイの短編では「死者のポケットの中には」の圧倒的一位感は揺るぎません。あれは傑作ですよ、マジで。『レベル3』読んでいないから偉そうなこと言えませんけど。

書 名:ゲイルズバーグの春を愛す(1962)
著 者:ジャック・フィニイ
出版社:早川書房
    ハヤカワ文庫FT 26
出版年:1980.11.30 1刷
    2003.10.31 18刷

評価★★★★☆
夢の10セント銀貨
『夢の10セント銀貨』ジャック・フィニイ(ハヤカワ文庫FT)

会社では上司にののしられ、家では妻に文句をいわれ……そんな毎日を送っていたベンの人生は、ポケットから出てきた一枚のコインを手にしたとたん一変した。なんとそれは、別世界への扉を開く魔法のコインだったのだ。新しい世界でのベンは有能な社員、おまけに妻はかつての初恋の女性。何もかもがすばらしいこの別世界で、ベンはこんどこそ幸運をつかめると思ったが……。人生の哀歓をユーモラスに綴るフィニイの会心作(本書あらすじより)

なんかお気楽な話でも読みたくなったので、ほっときゃいつまで積ん読になるのかわかりゃしないこの本を読むことに。以前、別のブログで紹介されていたので買ったのでした。そういえば、ハヤカワ文庫のファンタジーを読むのって初めてですね。あ、ちなみにこの作品は、珍しくミステリじゃありませんよ。

あらすじは手ぬるすぎますね……。何というか、主人公のベンは、どうしようもないほど自己中心的なんですよ。てめぇが悪いくせにうまくいかない結婚生活を妻のせいにするは、絶対ちゃんと仕事してないは、完全にダメ男です。そのダメ男がパラレルワールドに行き、結局また不満を抱えるんですが、それもかなりのジコチューな理由によるもので。そのあともひたすら自分勝手な理由で突っ走ります。ちなみに最初にベンのダメ生活っぷりが描かれますが、ちと長すぎる気がします。別に構わないんだけど。

なのに、なのにですよ、読み進めるにつれて、このどうしようもない男に、妙に同情してしまう自分がいるんですよね。やってることは正直バカであり、ラスト50ページくらいにわたってベンがやってることは、もうね、笑っちゃいます。これ、女の人が読んでも面白いのかしらん……むかつくだけなような気もするけど。と思ったら、訳者は山田順子さんという女性でした。ああららら。

特に後半ですが、作者のユーモアあふれる書きっぷりが非常に上手いです。上手いなんてもんじゃありません、どこのコメディだという楽しさがあります。そして最後の落としどころは……おぉ、このバカ主人公にしては、なんか上手くやった感があると言わざるを得ない(笑)

結論。意外に面白い話だったという他ないですねぇ。他のジャック・フィニイ作品も読んでみたくなります。結婚生活に嫌気のさしてきた人(主に男性)にオススメ……かな?いや、もちろん自分は該当しませんけど。

書 名:夢の10セント銀貨(1968)
著 者:ジャック・フィニイ
出版社:早川書房
    ハヤカワ文庫 FT 2
出版社:1979.2.28 初版
    1996.2.15 8刷

評価★★★★☆