水の葬送
『水の葬送』アン・クリーヴス(創元推理文庫)

シェトランド島の地方検察官ローナは、小船にのせられ外海へ出ようとしていた死体の発見者となる。被害者は地元出身の若い新聞記者だった。本土から派遣された女性警部がサンディ刑事たちと進める捜査に、病気休暇中のペレス警部も参加し、島特有の人間関係とエネルギー産業問題が絡む難事件に挑む。〈シェトランド四重奏(カルテット)〉を経て著者が到達した、現代英国ミステリの新たな高み。解説=若林踏。(本書あらすじより)

つつつ、ついに出ましたよアン・クリーヴスの新作が! いやぁ前作で「シェトランド四重奏」が終わってしまった上に、衝撃のラストだったもんですから、どうなることかと思ったら本国でちゃんと5作目が出ていて。え?え?どう続くの?とめっちゃ気になっていたのでした。
というわけで、シェトランド島を舞台にした地味地味英国現代本格の代表、ジミー・ペレス警部シリーズ最新作です。4作目のラストで重要人物に大きな出来事が起きますので、出来れば4作目の後に読んでほしいのですが、その遠回りがもったいないくらいシリーズの中でもベスト級の傑作でした。今作はほんっとうに素晴らしいです。読んでいる間もう幸せで幸せで……。
シェトランドという狭い環境での濃密な人間関係をじっくりと描くという、クリーヴスの持ち味が見事に発揮された一作。ペレス警部の再起、社会問題の絡め方も、無理なく、重厚な物語を作り上げています。
(なお、アン・クリーヴス初読という方は、やはり1作目『大鴉の啼く冬』から入るのがよろしいかと思います。先日あんまり英国地味本格を普段は好まない彼女が読んだところ、そこそこ気に入っていたようですし。)


シェトランドに帰省していた新聞記者が死体となって発見されます。どうやら島のエネルギー問題について調べていたようですが……。さらに彼の元カノ、死体を発見した地方検察官など怪しげな人間関係が浮上。病気療養中のペレス警部は、派遣されてきた新任の女性警部と共に久々の捜査を始めることになります。

1、2、3作目のアン・クリーヴスに戻ったな、という感じ。結婚式という田舎イベント、親戚やら職場やらの人間関係、とにかく地味に話を聞いていくだけのもったりとした展開。エネルギーという社会問題を取り入れてはいますが、でも派手にもうるさくもならず、基本は人間をじっくりと描くのです。いいぞー。

さらにある事情からほぼ休職中だったペレス警部(4作目の衝撃的なラスト参照)を、捜査にゆっくりと関わらせていくのが上手いです。やる気どころか生きる気すら出ていないようなペレス警部がほいほい殺人事件に乗り出すわけもないのですが、そのきっかけとなるのが、今回彼と共に捜査をすることになる本土から派遣された女性のリーヴズ警部。彼女が嫌味っぽくもなく、かつ時々感情的、精気のないペレス警部にいらだちもすれば気遣いもするという、実に好感のもてるキャラクター。リーヴズとペレスの距離感が本当に絶妙なんです。やはり女性作家はこういう女性を描かせるとピカイチですね。
また、ペレス警部不在の中、頼りないサンディ刑事の奮闘っぷりもいいのです。3作目以降めきめき頑張りを見せつつあったサンディですが、お、お前はペレスがいないとこんなにダメになっちゃうのか……。彼もまたリーヴズ警部という新たな上司への接し方に悩み、また徐々に復活していくペレス警部を見て心から嬉しく思ったりと心境大忙し。自信なさげな彼には今後も期待したいです、なんか感情移入しちゃうんだよね。

今作は作者お得意の視点人物の切り替えが捜査関係者ばかりという珍しいパターンですが、ペレス再生の物語としては実にぴったりでした。ペレス、サンディ、リーヴズからの目線が絶対必要です。
その中で、ペレス警部の天性の捜査の能力というか、発想の素晴らしさが、今回かなり強調されていたように思います。でもそのキャラ付けがしっかりしているせいで、ペレス警部が本調子になればなるほど、読んでいてすごく安心してしまうんです。じっくりと話を聞く、忍耐強いだけみたいなこのキャラクターにこんなに愛着を持つことになるとは思わなかったなぁ。

登場人物についてばかり語ってしまいましたが、ミステリ面でも安定の出来栄え。暗さ、陰湿さを伴いながら、最終的にペレス警部はいつものように人間心理を解き明かし、事件を解決に導きます。アン・クリーヴスの重厚な物語のつむぎっぷりが、明らかに前作までよりも格段に増しており、読み応えといい迫力といい、読者を引き込む力がすごいことになっています。こんなに地味なのに。これは新シリーズに期待せざるを得ません。
というわけで早くも次作を読みたいのですが、例によって訳されるのは2年後でしょうね……くぅぅ期待期待。

書 名:水の葬送(2013)
著 者:アン・クリーヴス
訳 者:玉木亨
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mク-13-5
出版年:2015.07.24 初版

評価★★★★★
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青雷の光る秋
『青雷の光る秋』アン・クリーヴス(創元推理文庫)

ペレス警部は婚約者のフランを両親に紹介するべく、ふたりで故郷のフェア島を訪れていた。だが、島のフィールドセンターでひらかれた婚約祝いパーティの直後、センターの職員アンジェラが殺される。折からの嵐でシェトランド本島との交通が途絶したため、単身捜査を開始した警部だが、奮闘むなしくついには第二の殺人が──現代英国ミステリの至宝〈シェトランド四重奏〉最終章。(本書あらすじより)

さて、ついに出てしまいました最終章。うううう2年に1冊ペースでだらだら刊行しているだけなのにもうかよ……いや実は四重奏の最終章なんだ、ってことは知っていたんですけど(意味深)。
自己紹介に「クリーヴス」って書くくらいこのシリーズが大好きなのであえて厳しい意見を言いますが、いつものクリーヴスらしさに大きく欠けており、これまでの作品と比べて大きく劣るように思います。シリーズとしては成功していても単品としては失敗かなと。
以下かなり既読者向けにグチるので、作品の中身が全然伝わってこないかと思いますが、まあ許してくださいね。あと長めです。

まずシリーズとしてみると、明らかに四部作としてしっかりまとまっており、最初から想定されていた結末ではないかという気がします。舞台だけ見ても、「シェトランド島の一般的な生活(&アップ・ヘリー・アーの祭)」→「シェトランド島の田舎(&芸術家)」→ウォルセイ島→フェア島、と、シェトランド諸島を次第に広げていっていますし、主人公ペレス警部とフランの関係も四作かけてしっかり描いていっています。で、この衝撃のラスト(アレよりも最後の最後の方がエグい)はまさに衝撃という他なく、これはクリーヴスさん偉いと思うんですよね。

問題は、そのラスト以外の部分があまりにしょぼいことですよ、ええ(今日は手厳しくいきます)。地元民をほとんど事件に関わらせなかったことでいつもの良さが失われていること、動機・犯人の行動がありきたりな古典本格のようで味気ないこと、登場人物の親子関係などにいつもの葛藤らしきものがなくありきたりであること、視点人物のうちの一人はあまりに魅力的だけどああで、もう一人はあまりに魅力的でないこと、とある人物の行動・セリフや、事件の設定などによりクリスティっぽい本格さを演出するもそれが結果的にマイナスに働いてしまっていること、などなど。欠点がかなり目立っているように思えるのです。
例えば、事件現場が閉鎖されておらず、被害者と関係のあった地元民なんかが登場していたら、良かったのかなと思うんですよ。ところがあくまで登場人物は観光客がメイン。観光客を扱ったミステリにろくなものがないというのは大昔から言われていることです(嘘です)。閉鎖空間によりクリスティお得意”アイデンティティの偽装”が機能していますが、これってどうしてもこの作品にいる要素なのかなぁと感じてしまいます。

そう考えると、あの人がああなるのはシリーズ初のあれがああなることなので驚いた人が多いと思うんですが、あれはある意味ラストで邪魔になっちゃうからなんですよね。いたらあんなことにならないでしょう。で、(あらかじめラストを決めてあったらしいだけに)少々無理のある処理。ところが問題は、あの人は序盤で大いに読者を惹きつけてしまうということなわけで。その他の登場人物との落差をどうしても感じてしまいます。

言ってみれば、事件そのものに深みがなく、単純で、(色々な意味で)ありきたり、ラストに縛られたせいで全体的にまとまりに欠け、いつもの心理描写が上手く働いていないということでしょうか。少々言いすぎですけどね。
もちろんクリーヴスは上手いです。だから思いっきり楽しめたし、一気に読めたし、満足しましたよ、自分は。ラストもこれしかないもので肯定します。でも、自分は地味で滋味ないつものクリーヴス節が見たかったのになぁ、と、こう、贅沢な不満を言ってしまうのでした。

というわけで、実にもったいない、というか悔しい作品でした。『青雷の光る秋』はちゃんと面白いだけに、こう、もったいないのです。うむむむむ。しかしこうなると、女警部ヴェラシリーズも訳してくれませんかね、東京創元社さん……ダメですか……。

書 名:青雷の光る秋(2010)
著 者:アン・クリーブス
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-13-4
出版年:2013.3.22 初版

評価★★★★☆
白夜に惑う夏
『白夜に惑う夏』アン・クリーヴス

シェトランド島に夏がやってきた。観光客の一団が押し寄せ、人びとを浮き足立たせる白夜の季節が。地元警察のペレス警部が絵画展で出会った挙動不審の男は、次の日、桟橋近くの小屋で道化師の仮面をつけた首吊り死体となって発見された。身元不明の男を、だれがなぜ殺したのか。ペレスとテイラー主任警部の、島と本土をまたにかけた捜査行の果てに待つ真実とは?現代英国ミステリの精華〈シェトランド四重奏〉第二章。(本書あらすじより)

毎日連続記事投稿4本目。昨日に引き続いてクリーヴスです。
うぅん……やっぱりクリーヴスはいいなぁ……。翻訳された三作全部読みましたが、どれも持ち味があって素晴らしいですね。どれがいいとかではなく。“地味”というのは共通していますが(笑)

前作以上に狭いコミュニティを扱いつつ、本土からの観光客を取り入れることで、人間関係に奥行と深みが出ています。今作もシェトランドという舞台が十二分に生かされていますね。コミュニティがより小さくなったためか、クリーヴスのうまみが500ページにこれでもかとばかりに凝縮されているように思います。

幻想的なオープニングや妙な死体など、三作の中でつかみは一番かもしれません。対してキャラクターは、三作の中でもかなり地味寄り。第一作は地元の名士や学校教師が出てきますし、第三作では島外からの調査団が登場します。が、『白夜に惑う夏』のメインキャラクターは、とんでもなく地味な田舎者ばかり(笑)しかし彼らが各々味わい深く、ぐいっぐいと読ませるのです。これぞクリーヴス節。終盤では、登場人物たちがあまりにも都合よくまとめられていきますが、このベタっぷりが本当に良いんです。「15年前の~」なんて設定とか、ベタだけど熱いです。熱すぎます。
登場人物では、今回三人称視点として選ばれたテイラー警部と農場主ケニー・トムソンに好感を持てます。前作では本土から来た捜査官ながら曖昧なポジションのくせに、妙に印象に残ったテイラー。奥さんとラブラブな50代のトムソン。いかにも女性作家らしいキャラクター造形だと思いますが、そんな二人が非常に魅力的なのです。トムソンパートはさらに情景描写も加わり、もはや美しいのレベルに達しています。

意外な真相や犯人ももちろん見所だとは思いますが、クリーヴスの楽しみ方というのは、人物関係などを浮き彫りにしていく捜査過程でしょう。ここを楽しめない人にはやっぱり退屈だろうなぁという気もします。シェトランドの雰囲気に浸りながら、じっくりと読ませる地味な英国本格ミステリ……やっぱり良いですねぇ。今作もお勧めです。
なお、シリーズ第四作が2013年の春に発売予定だとか。いやはや、今から楽しみにしたいと思います。

書 名:白夜に惑う夏(2008)
著 者:アン・クリーヴス
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-13-2
出版年:2009.7.31 初版

評価★★★★☆
大鴉の啼く冬
『大鴉の啼く冬』アン・クリーヴス(創元推理文庫)

新年を迎えた凍てつく夜。孤独な老人マグナスを訪れたのは、ふたりの女子高生だった。ひとりは金髪、もうひとりは黒髪――そう、まるで彼が助けた、傷ついた大鴉の羽根のようにつややかな。だが四日後の朝、黒髪のキャサリンは死んでいた。大鴉の群れ飛ぶ雪原で、赤いマフラーを喉に食い込ませて……。地元のペレスと本土のテイラー、二人の警部が見いだしたのは、八年前の少女失踪事件との奇妙な相似。誰もが顔見知りの小さな町で、誰が、なぜ、彼女を殺したのか?試行錯誤の末にペレスが掴んだ悲しき真実とは?英国本格派の新旗手が、冬のシェトランド島の事件を細密な筆致で描き出す、CWA最優秀長篇賞受賞作。(本書あらすじより)

翻訳ミステリー大賞シンジケート主催による第3回千葉読書会の課題本が、自分の大好きなコレなのでした。で、参加してきたのですが、その際に再読したので感想を。まぁ以前にもこのブログで感想を書いたので、簡単に。

読み直して思いましたが、やはり素晴らしいです。美しいです。いやはや、これを課題本にしたらと提案した人は偉いですね。ついでにそれを支持した自分も偉い(笑)
再読ですから展開はほとんど覚えてるよ、と思っていましたけど、ばっちりミスディレクションに引っ掛かった上に犯人勘違いして最後の最後に普通に驚いてしまいました。わずか20ヶ月で全てを忘れ去ったようです。老後の記憶力に今から自信が持てない……。いや、この犯人を忘れられるわけがないんですけどね。それだけミスディレクションが巧みということですよ、はい(言い訳)。

読み返してつくづく思ったのが、解説で川出正樹さんがおっしゃっている、この「三人称多視点」がべらぼうに上手い、ということ。閉じた環境の中で孤立した4人の視点全てが、読者に読ませるだけの中身を持っています。プロのお仕事ですね。シェトランドという寒々しさがまたぴったりなんだよなぁ。周囲と打ち解けられない4人の心情と、雪で覆われるシェトランド。この関係が絶妙で、シェトランドという辺境の舞台が存分に生かされています。

全体的に登場人物の描き方が非常に丁寧で嬉しいですね。出来の悪い部下がそこまで足を引っ張らなかったり、本島から捜査に来た警部と対立せず案外打ち解けちゃったりなど、クリーヴスの作品は嫌らしさがなく、程よく良心的な設定なので大変好感が持てます。おかげで地味ですけど。いや、地味なのが良いんですよ。クリーヴス作品を「地味」という時には、心の底からの愛情が含まれます(笑)
この出来の悪い部下君サンディはイライラ感をちょっとだけ誘うのですが(ちょっとってのがまたヌルい)、第三作を読んだ後では、何と言うか生温かい目で見守ってやろうかな、という余裕が心に生まれます。作者はどの程度シリーズ構成を考えていたのでしょうか。

まぁつまり、あれですよ、現代本格の傑作です。皆さん、ぜひクリーヴスを読みましょう。たぶんジム・ケリー好きと、相互の需要があるのではと思っています。訳者さん共に玉木亨さんだしね。
そういや前回は、ある点について追記でグチグチ書いたのですが、今回は全く気になりませんでした。そんなに文句を言うほどのものでもないよな、というのが今の感想です。

書 名:大鴉の啼く冬(2006)
著 者:アン・クリーヴス
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-13-1
出版年:2007.7.27 初版
    2007.11.16 3版

評価★★★★★
野兎を悼む春
『野兎を悼む春』アン・クリーヴス(創元推理文庫)


シェトランド署のサンディ刑事は、帰省したウォルセイ島で、祖母ミマの遺体の第一発見者となってしまう。ウサギを狙った銃に誤射されたように見えるその死に、漠然とした疑惑を抱いたペレス警部はサンディとふたりで、彼の親族や近くで遺跡を発掘中の学生らに接触し、事情を探ることに……小さな島で起きた死亡事件の真相は?現代英国ミステリの珠玉“シェトランド四重奏”第三章。(本書あらすじより)

あらかじめ断っておきますと、諸事情によって自分はまだ第2作を読んでいません。早く読みたいんですが、まぁいろいろあって第3作を今年中に急いで読もうと思ったわけです。ま、このシリーズは読む順番を気にする必要はありませんが。

さてさて、2年に1回のお楽しみ、クリーヴスの最新刊ですが、相変わらずの安定した面白さです。ここまで地味な設定で500ページ読ませてしまうとは、作者さんは並の作家ではありませんね。

その地味要因の1つに、今回ペレス警部が扱う事件があくまで「事故」として公式には処理されていることがあります。表立った捜査はなく、事件に動きがそんなにあるわけではありません。もはや警部が自己満足のために捜査しているようなもんです。確たる証拠があるわけでもないので、捜査はひたすら聞き込み(というかおしゃべり)に徹することになります。

にもかかわらずグイグイ読めるのは、人物描写が例によって非常に優れているからでしょう。本の中に留まらず、まるで実在しているかのような錯覚を覚えるほどです。特にハティですね。ハティの視点による描写は秀逸で、彼女の重苦しい心境が緻密に描かれています。また、サンディの父親やホテルの支配人もいい味を出しています。前半が母は強し、みたいなエピソードが多く、後半は父は強し、みたいなエピソードが多い印象がありますね。まぁ人物に関しては、主人公ペレス警部を上回るキャラはいませんが。彼の視点が、読んでいて一番楽しいです。

島の中という狭いコミュニティを描いている以上、人間関係が重要になります。この小説では、母と子、父と子、夫と妻、恋人、友人といったテーマ(なんかほぼ全部ですね)が肝となっており、これらが複雑に絡み合い、最後一気にほどけていく様はまさに名人芸と言えるでしょう。

この小説はまた、サンディ刑事の成長物語でもあります。今までどっちかと言えばウザいキャラクターであったサンディですが、今作のサンディは非常にいい味を出しています。最後、彼が犯人と対峙するシーンは、彼の成長した面と、成長しきれていない面の2つを上手く表すために設けられたんでしょうね。彼が次作でどういう活躍をするのかが楽しみです。


ところで最後のセリフのほっこりさせる感じが、何だかD・M・ディヴァインの『五番目のコード』のラストを思い起こさせたんですが、分かります?(ネタバレではありません)ま、ディヴァインのラストはこんなのばっかりですが(笑)


なお、1つ気になったのがアンナの視点の章です。クリーヴスは章ごとに視点を変える手法を効果的に使う作家さんですが、今回はあまりそれを生かせていないように感じます。その原因がアンナの視点を入れたことではないかと。ハティとは対称的に自立した女性としての目線として大事なのは分かるんですが、どうせならジャッキーの視点の方が上手く出来たのではないかと思います。


とにかく一読の価値ある、現代本格の秀作だと思います。本格ミステリ好きにはぜひ。早く第2作も読まないとなぁ。

書 名:野兎を悼む春(2008)
著 者:アン・クリーヴス
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-13-3
出版年:2011.7.29 初版

評価★★★★★
大鴉の啼く冬
『大鴉の啼く冬』アン・クリーヴス(創元推理文庫)

新年を迎えた凍てつく夜。孤独な老人マグナスを訪れたのは、ふたりの女子高生だった。ひとりは金髪、もうひとりは黒髪――そう、まるで彼が助けた、傷ついた大鴉の羽根のようにつややかな。だが四日後の朝、黒髪のキャサリンは死んでいた。大鴉の群れ飛ぶ雪原で、赤いマフラーを喉に食い込ませて……。地元のペレスと本土のテイラー、二人の警部が見いだしたのは、八年前の少女失踪事件との奇妙な相似。誰もが顔見知りの小さな町で、誰が、なぜ、彼女を殺したのか?試行錯誤の末にペレスが掴んだ悲しき真実とは?英国本格派の新旗手が、冬のシェトランド島の事件を細密な筆致で描き出す、CWA最優秀長篇賞受賞作。(本書あらすじより)


前期試験終了記念第2弾!(前回は「弾」の字が間違ってた気がする)親が褒めちぎることこの上なかったこの作品ですが、果たして……。

結論。非常に面白かったです。何と言うか、まずこう、寒いんですよ。イギリス本土よか北なんですから。母親がそりを引いて娘を学校に連れてくんですよ(もちろんみんながやっとるわけじゃない)。この寒々しい空気が、作品の淡々として客観的な雰囲気にぴったりです。


この'淡々とした'というのが、作品が最大限に持ち味を出している所以ではないでしょうか。作者は、意図的に全てのキャラクターに対して中立的な立場を貫こうとしているように思います。真ん中を過ぎても、これといったミスディレクションが出てこないんです。また、基本的に誰か(四人いる)の三人称的目線で話が進行しますが、四人とも出来る限り他人を客観的にとらえようとしているように思えます。主人公のペレス警部ですら、非常に魅力的な人間ではありますが、ちょっと距離があるように感じます。

さらに、『大鴉の啼く冬』では、閉鎖的な町を舞台にしたよくあるミステリとは異なり、登場人物の関係がどろどろしていません。解説には、「誰もが知り合いという濃密な人間関係故に、ちょっとした行き違いから、それまで無意識のうちに封印してきた怨嗟や嫉妬、そして欲望といった情念が噴出し、殺人へと至る、そんなスモールタウンの犯罪」とありますが、そのような典型パターンとは少し違うような気がしますね。浮気や離婚関係もありますが、書き方が全く嫌らしくありません。どろどろした物が好き、という人もいるんでしょうが、個人的にはこうした雰囲気の方が、読んでいて安心出来るので好きですね。

もうひとつ付け加えます。いわゆる地元警察は、中央だか都市だかから来た警察(スコットランドヤードとか)と衝突すると相場が決まっています。そして、地方警察が主役ならば、中央警察は使えない連中だというのはお約束。ところが、そういった対立とかすら生じない。出てくる警官も、ペレスとテイラー(援軍に来た警部)だけといって構わない気がしますし、しかもテイラーはペレスと打ち解けてはいるものの、仲が良いというより、効率性と真実を求めているだけの実務的な警官、という感じ。一言で言えば、せっかちなんです。
ペレス警部自体がまた珍しい。彼自身には、周りを従わせるだけの力量や能力は確かにあります。ただ、フェア島出身、という点で、常によそ者扱いされるため、直接的には書かれないものの、警察内ではどうも居心地がよくなさそうなんですよ。人望がある、という感じはしません。かといって、一匹狼仕事の鬼ぃ、みたいなわけでもない。TYはこの人好きですけどね。


事件自体は極めて単純です。話の最初から最後まで島中から疑いをかけられっぱなしの老人がいます。もちろん、読者は彼が犯人なわきゃあねぇと思って読むわけです(笑)彼の事件への関わり度合いは、なかなか良かったですね。
読んでいて、作者はクリスティの『ABC殺人事件』を少し意識していたのかな、と思いました(ネタバレでも何でもないのでご安心を)。いや、どこがとはっきり聞かれても困っちゃうんですけど。


……というわけで、ひたすら雰囲気を味わえば、この作品はもう満足なんです。ミステリという点にのみ焦点を当てると、物足りないなという気がします。ペレス警部は正直何もやってないんじゃないかと思わないでもないし、過去の事件の解決に関してはちょっとだけ問題があるように思います(追記に記します)。が、犯人の意外性は無理なく十分ですし(大外れだった)、真相も伏線がきちんとはられたものとなっています。誤解を受けると嫌ですからきちんと言っておきますが、推理小説として何ら問題はありません。ま、作品の空気に浸っていれば、読んでいてあまり気にならないのではないかな、と思います。


なんだかんだで、個人的には大好きですね。CWA取るだけはあります、えぇ。

書 名:大鴉の啼く冬(2006)
著 者:アン・クリーヴス
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-13-1
出版年:2007.7.27 初版
    2007.11.16 3版

評価★★★★☆


【以下大きなネタばれあり、注意!】

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