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シャーロット・アームストロング名言2

2020-04

『天使は黒い翼をもつ』エリオット・チェイズ

 - 2020.04.05 Sun
チェイズ,エリオット
天使は黒い翼をもつ
『天使は黒い翼をもつ』エリオット・チェイズ(扶桑社ミステリー)

ホテルで抱いた女は、三日して部屋を出るとき、俺と一緒だった。最初は、南へ向かう旅の途中で捨てるつもりだった。だが、「悪い金なんてない」と言い放つ女には見るべきものがあった。俺には計画があった。一緒に脱獄するとき命を落とした仲間が残した、とびきりのヤマが。そして、計画には相棒が必要だ……。80年代に再発見され、「完璧なる強盗小説」と激賞された究極のノワールが、ついにそのヴェールを脱ぐ。故・小鷹信光氏が心から愛した破滅と愛憎の物語を魂に焼き付けよ!(本書あらすじより)

扶桑社が定期的に発掘してくれる、クラシックなパルプ・ノワール。ジム・トンプスンはもちろん、3年前にはチャールズ・ウィルフォード『拾った女』なんかが話題になりました。というわけで今回も期待していたのですが……うーん、なんかハマれなかったんだよなぁ。

とある犯罪を計画している男ティモシーは、ある日ホテルで抱いた商売女ヴァージニアを心から気に入ってしまう。彼女のことを信用してはいけないことを理解しつつも、ティモシーはヴァージニアを計画に引き込むことにする。果たして二人の犯罪は、そして愛は、どこに向かってしまうのか……。

クラシカルなファム・ファタルもの。典型的な「終わり」に近付いていくクライム・ノベルであり、ノワールですが、主人公と女の関係が絶妙であるせいか、なかなか読み心地が面白い作品となっています。
ティモシーが出会った女ヴァージニアは、ティモシー自身もヴァージニア本人も言うように、全く信用できない女性です。裏切るし、邪魔をするし、面倒を呼び込む、まさに悪女。ティモシーは結局彼女を愛してしまうわけですが、反対に彼女がティモシーをどこまで好きなのかというと、これもよく分かりません。
ただ、ティモシーとヴァージニアの関係を語る上で最も特徴的なのは、二人が最後まで「離れない」ということなのです。二人が出会ったことで間違いなく破滅が訪れてしまうにもかかわらず、この二人の間にしかあり得ないような形の愛が、ここにはあるのです。つまり、『天使は黒い翼をもつ』は、めちゃめちゃ変化球な恋愛小説なんですよ。それ故に、果たしてヴァージニアを単なる悪女と言い切っていいのか……というとすごく微妙。ティモシーを手玉にとって騙すだけの女、みたいなイメージとはかなり違うわけです。

……とここまで好意的に書きましたが、やっぱりそこまでハマれないまま終わってしまったのです。ノワールらしいオフビートな展開(犯罪小説部分が大事なのにめっちゃ飛ばし気味だったりとか、時間の経過とかが不規則だったりとか)のクセが強いから、というわけではありません。そもそも、ティモシーとヴァージニアがなぜこうも破滅に向かうのか、お互いから離れられないのかが、あんまりピンと来なかったせいだと思うのです。ミステリに感情移入は必ずしも必要ではないですけど、なんかこう、納得はしたいっていうか……いや自分がただ納得出来ていないだけなんですが……。
あと、文章もちょっと苦手だったかもしれません。翻訳どうこうではなく、元の文の問題。トンプスンみたいな勢いとか、パルプっぽい雑さとかがあんまりなくて、文学志向なのか計算なのか分かりませんが、なんかこう、硬かったんですよ。言い方は悪いですが、狙ってノワールやってる感っていうか……(いやそんなことないんでしょうが)。

というわけで、話に最後まで乗り切れず、どちらかと言うと平凡な作品かなぁ、という気持ちのまま読み終わってしまいました。残念。この作品が再評価される理由もすごくよく分かりますし、最後の猛展開とかもそりゃすごいとは思うんですが、もっとこう、今の自分が熱っぽいノワールを読みたかったということなのかな。ワガママですけどね。

原 題:Black Wings Has My Angel (1953)
書 名:天使は黒い翼をもつ
著 者:エリオット・チェイズ Elliott Chaze
訳 者:浜野アキオ
出版社:扶桑社
     扶桑社ミステリー チ-2-1
出版年:2020.01.10 初版

評価★★★☆☆
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『残酷な夜』ジム・トンプスン

 - 2020.03.17 Tue
トンプスン,ジム
残酷な夜
『残酷な夜』ジム・トンプスン(扶桑社ミステリー)

肺を病む小柄な青年が、田舎町に現われた。寄宿した家のあるじは、被告として裁判をひかえ、暗黒街からの影におびえる毎日だ。胸に何かを秘めた青年は、下宿先の美しい妻に接近していく。おなじ屋根の下には、世話好きの老人と、足の悪い娘。青年は、見えない脅威に次第に追い詰められながら、ひそかに牙をとぐ。だが、事態は彼の予想をこえて転がりはじめた。計画の意外な結末と、そのあとに待つ、おそるべき闇の世界……鬼才トンプスンのベストとも称される、異形のノワール。(本書あらすじより)

うわっ、うわうわうわっ

ヤバい本を読んでしまいました。すごい。本当にすごい。この本の評価を★5つとしていますが、これは面白さよりも、読了後「ヤバい」とただただ思ったからです。『ポップ1280』なんかに興奮してる場合じゃねぇ。
『おれの中の殺し屋』とか『ポップ1280』とは完全に別系統で、先にこれらのスタンダード(?)を読んでからの方が良いかな、と思います。そうでないと、ヤバさが伝わらないと思うので。そうなんですけど、まぁとにかく良かったのでした。めっちゃ好き。

主人公カールは殺し屋であるとはいえ、そこまでダークサイドに落ちてはいない人間(トンプスンなのに)。むしろボスの命令と監視に苦悩し、誰が自分を見張っているか分からない中で、殺しを計画しなくてはならない、という不安感が常に前面に出ています。そんな彼が、殺しのターゲットのいる下宿先に大学生として住み込み、下宿先の二人の女に振り回される話です。

本来有能なはずのカールは、どこか今回の仕事では上手く行かず、客観的には「やめろ! それやめろ!」な行動がだんだん多くなってきます。ミスとかというより、とにかくカール自身が将来への不安などを抱えまくり、思うように行動を取れていないんですよね。どう考えたって味方に引き入れちゃいけない人間に殺し屋であることをバラしちゃったり、うっかり感情的に行動を取ってしまったり、なんてことになるわけですが、これも全部「いつもの仕事」だったらやっていないはずのミスで、カール自身がはっきりとそれを自覚しています。
その上で、この小説は、読者の気持ちが猛烈にカールを応援したくなるようになっているのです。序盤こそカールには冷酷感がありましたが、それでも読者はどんどんカールが心配になります。なぜなら、カールが常に不安の塊だから。カール自身がとにかく恐れているから。

周囲の人間のうち、誰が監視者なのか。気のいい、バイト先を紹介してくれるジジイは本当に無害なのか。この気の良さはただの田舎の人間特有のものなのか、それとも演技なのか。カールはボスにどれだけ信頼されていて、この殺しを終えた後無事でいられる保証があるのか。少なくとも誰が見張っているか分からない以上、ミスを重ねるわけにはいかない……みたいなメンタルの主人公。
そんな彼が怯えながらついに最後に……



あーーーーーーー



いや言えねぇですよ。言えませんってば。けどヤバいんですってこのラスト。マジどういうことなんだってばよ。主人公も読者も感情ぐっちゃぐちゃだよ。
この仕事は無事に終わるのかなぁ、最後死んじゃうかなぁ、なんてふわふわした気持ちで読んでいたのですが、いやー完全に油断していましたね。滝本誠さんの熱っぽく長い解説も、読了後の「あー! あー!」な読者の感情を1ミリも邪魔しなくて最高です。すごい。すごい本だこれは。

これから読む人に、「なるほど、ラストがすごい本なんだね!」みたいなテンションで挑まれると、いやそういうすごさではないんだ、何かを期待して読むものでもないんだ、と途端に言い訳したくもなるのですが、個人的にはなかなか得難い読後感であったと言って良いと思います。トンプスン、こういう本がまだ出てくるんだとしたら、やっぱり天才だよなぁ……。

原 題:Savage Night (1953)
書 名:残酷な夜
著 者:ジム・トンプスン Jim Thompson
訳 者:三川基好
出版社:扶桑社
     扶桑社ミステリー トー5-6
出版年:2007.04.30 1刷

評価★★★★★

『絶体絶命』フレデリック・ダール

 - 2020.01.13 Mon
ダール,フレデリック
絶体絶命
『絶体絶命』フレデリック・ダール(三笠書房)

薄暗い閉じ込められた刑務所の一隅。断絶された世界にこの小説の主人公は、死刑台を組立てる音を聞きながらも自分の無罪を信じて、静かに過去を回想する……俺は誰も殺しはしない、妻の姦通、堪え難い嫉妬、妻を苦しめたさまざまの手段、そして妻の殺人……夜があける、靴音が近づいてくる……1957年度、フランス探偵小説大賞 受賞作品!(本書あらすじより)

幻級のレア本ですが、知り合いから借りて読むことが出来ました。かつて日下三蔵氏が翻訳ミステリー大賞シンジケートで文庫化しなかった埋もれた傑作(ポケミス対象外)として紹介した5作品のうちの1つ。
ま、えてして幻級のレア本なんてそんなに面白く……え、嘘だろ、めちゃくちゃ面白いじゃないか……。フランス・ミステリど真ん中のような作品です。

浮気妻と、浮気された夫の間にいかなる経緯があり、夫は死刑囚となるに至ったのか? 死刑執行を目前に控えた夫の回想という形で、とある犯罪が語られる……おぉ、回想ものだ、浮気だ、超ベーシック・フランス・ミステリだ、と思うじゃないですか(いや実際そう)。
250ページ、字もでかけりゃやたらと余白も多い本の中で、めちゃくちゃコンパクトに、テンポ良く、場面を切り替えながら、夫による復讐計画が描かれていきます。犯罪小説としてなんだかやたらと無駄のない面白さで、とにかく一気に読ませられるし、引き込まれてしまうのです。

そして、まぁでもベタなサスペンスだなぁと思って読んでいたのですが、計画がずれ始めたところで、すごいびっくりしちゃったんですよ。そりゃ冒頭で主人公が死刑になってるわけですから、どこかで何か起きるとは思っていましたが、あ、そういう展開?!っていう。そこから最後の決着までひたすら読者を飽きさせないし、先を読ませないのです。サスペンスとしてこの上なく理想的。
夫が、特にミスもなくすげぇ冷静に淡々と復讐を進めていこうとするという、このヤバさと語りが、たぶんあらすじ的には見たことありそうなこの作品を得難いものにしているのかなぁ。本当に復刊しないのがもったいないレベル。

というわけで超面白かったです。フレデリック・ダール、前に読んだ『甦える旋律』はそこまでハマらなかったのに。これは他の作品もちゃんと読んでいかないと……。

原 題:Délivrez-nous du mal (1956)
書 名:絶体絶命
訳 者:フレデリック・ダール Frédéric Dard
訳 者:中込純次
出版社:三笠書房
出版年:1958.11.25 初版

評価★★★★☆

『イヴリン嬢は七回殺される』スチュアート・タートン

 - 2019.10.26 Sat
タートン,スチュアート
イヴリン嬢は七回殺される
『イヴリン嬢は七回殺される』スチュアート・タートン(文藝春秋)

森の中に建つ屋敷“ブラックヒース館”。そこにはハードカースル家に招かれた多くの客が滞在し、夜に行われる仮面舞踏会まで社交に興じていた。そんな館に、わたしはすべての記憶を失ってたどりついた。自分が誰なのか、なぜここにいるのかもわからなかった。だが、何者かによる脅しにショックを受け、意識を失ったわたしは、めざめると時間が同じ日の朝に巻き戻っており、自分の意識が別の人間に宿っていることに気づいた。とまどうわたしに、禍々しい仮面をかぶった人物がささやく――今夜、令嬢イヴリンが殺される。その謎を解かないかぎり、おまえはこの日を延々とくりかえすことになる。タイムループから逃れるには真犯人を見つけるしかないと……。悪評ふんぷんの銀行家、麻薬密売人、一族と縁の深い医師、卑劣な女たらしとその母親、怪しい動きをするメイド、そして十六年前に起きた殺人事件……不穏な空気の漂う屋敷を泳ぎまわり、客や使用人の人格を転々としながら、わたしは謎を追う。だが、人格転移をくりかえしながら真犯人を追う人物が、わたしのほかにもいるという――英国調の正統派ミステリの舞台に、タイムループと人格転移というSF要素を組み込んで、強烈な謎とサスペンスで読者を離さぬ超絶SFミステリ。イギリスの本読みたちを唸らせて、フィナンシャルタイムズ選ベスト・ミステリ、コスタ賞最優秀新人賞受賞。多数のミステリ賞、文学賞の最終候補となった衝撃のデビュー作!(本書あらすじより)

まず、上記の長いあらすじを読んでもらっても良いですか。読みましたか。すごくないですか。フーダニット&英国館ミステリ&タイムループ&人格転移&SFですよ。しかも2段組み400ページ。強すぎじゃないですか。
事前に読みにくい、分かりにくい、と聞いていたのでやや身構えていましたが、読みにくさ、分かりにくさは特に気にならず(この長さと内容なら許容範囲)。正直長いんですが、それもまぁ設定上仕方ないし、めちゃくちゃややこしい設定の中で有象無象の情報がきちんと組み立てられていく様は見事、ではあると思います。ただ、手放しでは褒められないんだよなぁ。80点ではないけど60点でもないという作品。

偶然や都合のいい要素で色々解決しているとはいえ、主人公が解き明かす屋敷の謎、ハードカースル家にまつわる様々な秘密などの部分は、クラシック田園ミステリとして王道的な真相が用意されていますし、それをタイムループの中で解き明かす、という趣向自体はかなり成功しています。主人公の人格(宿主)が変わるたびに、それまでの主人公視点では説明できなかった様々な出来事が、そして、それはもうあり得ないくらい緻密に組み立てられた一日の全ての流れが、徐々に読者に伝わっていくという快感は、なかなか他の作品で味わえるものではないと思います。
タイムループに閉じ込められた主人公が競争相手と争い真相を探ったり、ゲームマスターがありとあらゆる場所で登場したりと、いわゆるデスゲーム物っぽい雰囲気もあります。この点でも、個人的に結構面白いと思った騙しがひとつありました。そういうところもあったりするので、やっぱり嫌いではないんだよなぁ。

じゃあどこに引っ掛かるのかと言いますと……この舞台そのものを作るSF設定自体の不自然さとかは、割とどうでも良いんです。うーん、ネタバレせずに説明するのがすごく難しいんですが、極論、犯人が誰なのかに興味を持てないことにあるのかなぁ(それはもう色々な意味でですが)。良いとか悪いとかではなく。犯人を突き止めることが主人公の一番の目的であるにもかかわらず、他がゴチャゴチャしているせいで、読者がそこに興味を持てなくなってしまっているんです。もにょる……。

なんかこう、上手く感想を書けないので、とりあえずここで終わりにしておきます。小説としてのスゴさと、面白さは、別、ってこと……なのかもしれません。

原 題:The Seven Deaths of Evelyn Hardcastle (2018)
書 名:イヴリン嬢は七回殺される
著 者:スチュアート・タートン Stuart Turton
訳 者:三角和代
出版社:文藝春秋
出版年:2019.08.10 1刷

評価★★★☆☆

『ひとり旅立つ少年よ』ボストン・テラン

 - 2019.10.23 Wed
テラン,ボストン
ひとり旅立つ少年よ
『ひとり旅立つ少年よ』ボストン・テラン(文春文庫)

父が殺された。父は詐欺師だった。奴隷解放運動の資金の名目で大金を巻き上げ、それを狙う悪党に殺された。12歳の少年チャーリーは金を約束どおり届けようと決意する。時は19世紀。父の贖罪のため、少年は遙か南へと旅立つ。だがそのあとを父を殺した男たちが追う……。『音もなく少女は』『その犬の歩むところ』の名匠の新たなる感動作。(本書あらすじより)

これは大真面目に、真剣に言うんですが、『ひとり旅立つ少年よ』、まーーーーーーじで良かったです。好き。めっちゃ好き。
書く部分と書かない部分のバランス、塩梅が本当に上手いのです。何が起きたかを後で説明したり、しなかったり。登場人物のいわば「良い人」側の人たちは、主人公と関わり大変な目には合う……んですが、そこで現れる気高さ、高潔さに、そして彼らの強さが示される一瞬一瞬に、どうしようもなく心を奪われてしまうのです。

12歳の少年チャーリーは、父親と共に詐欺師としての人生を送っていた。しかし父親が詐欺で巻き上げた大金を狙われ殺されてしまったことをきっかけに、チャーリーは、その大金を善行のために届けることにする。一方、父親を殺した二人組も、金を求めて少年を追いかけていた。19世紀、黒人と白人の対立が深まる中で、チャーリーの孤独な旅が始まる……。

主人公である12歳の少年チャーリーは、特に序盤、出会う人たちから必ず何かしら「物」をもらっていきます。その経験から作られていく「チャーリー」の造形が、もう見事と言う他ないのです。全て無駄にならず、血となり肉となる……それが読者にはっきりと伝わるのは、やっぱりそこまでのエピソードの積み重ねの上手さなんでしょうねぇ。
そして、ロードノベルとしての完成度。白人の世界が主な前半→黒人と白人が混ざりあう病院以降という流れを、19世紀のニューヨーク→ミズーリの移動で表すの、まーじでロードノベルのアイデアとして天才的だと思います。チャーリーにとってもつらい道のりですが、追ってくる殺し屋二人組だって黒人なので、簡単な旅にはならないわけです。それを描けるというこのどんぴしゃな時代と舞台設定。

最初から大人びていて、度胸と勇気と罪悪感と恥じらいと、そして詐欺師の才能を持っているチャーリーは、時として異様なまでに巧みな安定感を見せ、時としてただの「少年」になります。チャーリーは詐欺師としての天才的な頭脳・演技力を持ちつつも、その詐欺師として様々な罪を犯してきた過去に苦しむのです。だって、12歳なんですよ、彼は。どうしたって、小説にいるような、タフで強い大人にはなれないんです。それでも、彼はもがきながら、そして殺し屋二人組から命を狙われながら、贖罪の旅へと出かけていくわけで。
この危なっかしい様子を違和感なく読者が見て取れるというのが良いんです。ファンタジックさとリアルさの絶妙なバランス。
だって、ラストのゴールシーンなんて、もうある種の奇跡じゃないですか。聖書の世界じゃないですか。でも、それがチャーリーという少年の全てだし、彼は出会いによりそうなったし、そして彼は出会った人間たちに影響を与えていったわけですよ。やっばくないですか、ねぇ。

というわけで、ガチめに傑作でした。新刊ベスト3は確実に入ります。これまで読んだテランの中でも、比べりゃいいってもんじゃないですが、『暴力の教義』『その犬の歩むところ』『神は銃弾』(読んだ順)よりも好き。
暴力描写(1850年代のアメリカの描き方がまた良いんだよ……)がありつつも、グロくないくらいのまた絶妙な描き方なので、とりあえず初テランだろうが何だろうが読んでみてください。超おすすめです。

原 題:A Child Went Forth (2018)
書 名:ひとり旅立つ少年よ
著 者:ボストン・テラン Boston Teran
訳 者:田口俊樹
出版社:文藝春秋
     文春文庫 テ-12-6
出版年:2019.08.10 1刷

評価★★★★★

『バッドボーイ』ジム・トンプスン

 - 2019.10.13 Sun
トンプスン,ジム
バッドボーイ
『バッドボーイ』ジム・トンプスン(文遊社)

豪放な“爺”の人生訓(レッスン)、詐欺師の友人、喧噪のベルボーイ生活――ノワールの鬼才が若き日々を綴った、抱腹絶倒の自伝的小説。
従兄弟と仕掛けた壮大ないたずら、ネブラスカの“爺”の型破りな教育、独学で博識の父が辿った転落……ユニークな家族に囲まれて育った幼少期から、新聞社の雑用係、喜劇俳優、ベルボーイ、油井労働者など、職を転々とする青年期までの波乱万丈の日々。 トンプスンの創作の原点であり必読の書。(本書あらすじより)

本作はミステリではありません。トンプスンの自伝的小説なのです……が、あまりにその人生が波乱万丈すぎて、小説より面白いというヤバさ。事実は小説より奇なり、とはよく言ったもんですね。
作家というのは別に経験していないことでも小説に書けるわけですが、経験の幅が広ければそれだけ書けるものは変わるわけで、そしてトンプスンの小説はトンプスンにしか書けないんだと言うことがよく分かりました。小説そのもののようなトンプスンの前半生が題材となっています。

ただの人生のエピソード集なのに、とにかくりありとあらゆるキャラクター(尖った爺から陽気な詐欺師まで)、事件(従兄弟との発明から犯罪まで)、職業(20世紀前半のアメリカ見本市)が描かれるのです。これがたかだか20数年間分の自伝だってのが信じられない……。
比較的純朴だったジェイムズ少年がひねくれていく様を見る、という教養小説として読んでももちろん面白いのですが、アメリカの発展の歴史をたどる風俗小説として読んでも面白いんですよね。ベルボーイ時代のエピソードが異様に楽しいので、はやく『深夜のベルボーイ』を読んでみたいなぁ。

文遊社トンプスンはこれで6冊目なわけですが、これまでの5冊の集大成的なところもある一冊。トンプスン好きならもちろん楽しめるでしょうが、おそらく誰が読んでも楽しめる自伝小説なのではないでしょうか。ぜひ続編の翻訳をお願いしたい……めっちゃ良いところで終わるんですよこの『バッドボーイ』って本は……トンプスンらしいけれどもさぁ。
ちなみに装丁も最高。表紙がいつもの文遊社トンプスンとまたパターンを変えています。カバーを外した写真もよく、個人的には表紙めくったあとの青い紙も好きです。

原 題:Bad Boy (1953)
書 名:バッドボーイ
著 者:ジム・トンプスン Jim Thompson
訳 者:土屋晃
出版社:文遊社
出版年:2019.08.01 初版

評価★★★★☆

『国語教師』ユーディト・W・タシュラー

 - 2019.09.29 Sun
タシュラー,ユーディト・W
国語教師
『国語教師』ユーディト・W・タシュラー(集英社)

女は国語教師。男は有名作家。再会したふたりが紡ぐ〈物語〉は、あの忌まわしい過去に辿り着く――。16年ぶりに偶然再会した元恋人たちは、かつてのように物語を創作して披露し合う。作家のクサヴァーは、自らの祖父をモデルにした一代記を語った。国語教師のマティルダは、若い男を軟禁する女の話を語った。しかしこの戯れが、あの暗い過去の事件へとふたりをいざなってゆく……。物語に魅了された彼らの人生を問う、フリードリヒ・グラウザー賞(ドイツ推理作家協会賞)受賞作。(本書あらすじより)

こういう傑作に突如として出会ってしまうことがあるため、我々は新刊を読み続けるわけですよ。『国語教師』、面白いとは聞いていたのに、読むのを先送りにしていて、ようやく手に取ってみたら……めっっっちゃくちゃ良かった……良さしかない……。
序盤、元カノに対してしっつこいメールを送りまくる男うわこれきんもっ、みたいな感じで読み始めたはずなのに、なんで読み終わったらめちゃくちゃ味わい深い物語になっているんですかね。これは「物語」なのです。それも極上の。

16年間同棲した挙げ句、勝手に出ていき別の女と結婚した作家と、出ていかれた国語教師が、別れてから16年後、再び会う話。メール、会話文、回想、そして創作された「物語」という多彩な形式で、様々な時系列の出来事がバラバラに語られていくのがまず面白いです。
そのバラバラの中で、過去、現在に何があったか、その物語がゆっくりと紡がれていく様がもう見事という他ありません。何しろ「物語」なので、事実かどうか分からないことも混ざっているのですが、その絶妙なあぶり出し方が本当に上手いのです(近年の、単に時系列バラバラにしたら面白いでしょ、みたいなサスペンスとは違い、マジで上手いですし、この形式で語られる必然性も感じます)。

次第に浮かび上がってくるストーリーの中で、とある犯罪が結構がっつりめに絡むため、しっかりとミステリでもあります。そしてそれ以上に、主人公である二人の男女の気持ちが、考えが、やったことが、かみ合い方とすれ違い方が、徐々に見えてくるのはまさしくミステリの面白さ・楽しさであり、そして趣深すぎる恋愛小説なのであります。なんですかこの予想外なんだかベッタベタなんだか分からない感動させる気満々のラストは。好き。

間違いなく今年の新刊のベスト級。エモさの塊のような小説であるため、この良さは読んでもらわないとなかなか分からないと思いますので、気になった方、とりあえず手に取って数ページ読んでみてください。メールのやり取りから始まるので、すらすらっと入り込めるはず。
読んで一番近いなと思った作品は、内容は全然は違いますが、『日の名残り』かもしれません。いや違うんだけども。あとは、もっと似てもいないしストーリーもまったく異なるし共通点はないんですが、なぜか『HHhH』なんかも思い出します(なぜかは分かりません。聞かないでください)。

原 題:Die Deutschlehrerin (2013)
書 名:国語教師
著 者:ユーディト・W・タシュラー Judith W. Taschler
訳 者:浅井晶子
出版社:集英社
出版年:2019.05.30 1刷

評価★★★★★

『ディオゲネス変奏曲』陳浩基

 - 2019.07.04 Thu
陳浩基
ディオゲネス変奏曲
『ディオゲネス変奏曲』陳浩基(ハヤカワ・ミステリ)

雨の大学教室で、学生たちにまぎれこんだ謎の人物「X」を探す推理合戦のスリリングな顛末を描いた「見えないX」、台湾推理作家協会賞最終候補となった手に汗握るサスペンス「藍を見つめる藍」など17の傑作ミステリ短篇を収録。陳浩基デビュー10周年記念作品(本書あらすじより)

年号は、原則初出年を、未発表作品は2019としています。

Var.I Prélude: Largo 「藍を見つめる藍」(窺伺藍色的藍、2009)
Var.II Allegro e lusinghiero 「サンタクロース殺し」(聖誕老人謀殺案、2012)
Var.III Inquieto 「頭頂」(頭頂、2018)
Var.IV Tempo di valse 「時は金なり」(時間就是金錢、2011)
Étude.1 「習作 一」(習作・一、2019)
Var.V Lento lugubre 「作家デビュー殺人事件」(作家出道殺人事件、2011)
Var.VI Allegro patetico 「沈黙は必要だ」(必要的沉默、2014)
Var.VII Andante cantabile 「今年の大晦日は、ひときわ寒かった」(今年的跨年夜,特別冷、2011)
Var.VIII Scherzo 「カーラ星第九号事件」(加拉星第九號事件、2012)
Var.IX Allegretto poco moderato 「いとしのエリー」(Ellie, My Love、2012)
Étude.2 「習作 二」(習作・二、2019)
Var.X Presto misterioso 「珈琲と煙草」(咖啡與香煙、2019)
Var.XI Allegretto malincolico 「姉妹」(姊妹、2015)
Var.XII Allegretto giocoso 「悪魔団殺(怪)人事件」(惡魔黨殺(怪)人事件、2009)
Var.XIII Allegro molto moderato 「霊視」(靈視、2018)
Étude.3 「習作 三」(習作・三、2019)
Var.XIV Finale: Allegro moderato ma rubato 「見えないX」(隱身的X、2011)

空前の名作『13・67』を出した陳浩基による、ごったまぜな短編集。帯に「本格×推理×恐怖×奇想×密室」とあるように、ジャンルもばらばら、長さもショートショートから中編までとばらばら。それらを、各短編にクラシック風の副題がつけられているように、「変奏曲」としてまとめたものです。
いやー、良かったです! そうですよ、俺はこういう短編集を読みたかったんですよ。

ジャンル的にはミステリ・SFを中心に、がっつりパズラーから奇妙な味、バカっぽい話にホラーっぽいやつまでと幅広い(というかさっきも言ったけどごったまぜ)。やや長めの短編がむしろ読みすやすく完成度も高めで、各短編の長さもちょうどよく、読みやすいです。
作者は、例えばシリアスで重厚な『13・67』とか、サスペンス風味の『世界を売った男』などを書ける人なわけですが、良い意味で気の抜けた作品集が出たというのが喜ばしいですよね。ミステリ作家がデビューをするため編集者に言われるがまま殺人を犯す、騙し方よりもむしろ暴き方が面白い「作家デビュー殺人事件」(2011)、自分の人生の時間を売る、というよくあるネタなのに使い方がが面白く、オチがなぜか気持ちの良い「時は金なり」(2011)、ヒーローと敵対する悪の組織の中での殺(怪)人事件という、バカっぽさ全開の「悪魔団殺(怪)人事件」(2009)あたりが好きです。
代表作とされる「見えないX」(2011)は、大学の講義室の中で、仮にこの集団の中に犯人役がいるとすれば誰?という問題を考えるという、実際の事件がない中での究極の論理パズルフーダニット。これぞゴリゴリ論理だぜ!な感じが読んでいる間すごく楽しかったのですが、なんかこう、微妙に釈然としないというか……。たぶん作者は、ここ数年の中で、本格ミステリの見せ方がどんどん上手くなったんだろうなぁ。

というわけで、現代ミステリを読みたい方、本格ミステリを読みたい方、異色作家短篇集を読みたい方、などなどに幅広くおすすめできる短編集です。華文ミステリの入り口として、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

原 題:第歐根尼變奏曲 (2019)
書 名:ディオゲネス変奏曲
著 者:陳浩基
訳 者:稲村文吾
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1942
出版年:2019.04.15 1刷

評価★★★★☆

『荒涼館』ディケンズ

 - 2019.06.29 Sat
ディケンズ,チャールズ
荒涼館岩波1 荒涼館岩波2 荒涼館岩波3 荒涼館岩波4
『荒涼館 1~4』ディケンズ(岩波文庫)

「おまえはおかあさんの恥でした」──両親の名も顔も知らず厳しい代母に育てられたエスターと、あまたの人を破滅させてなお継続する「ジャーンダイス訴訟」。この二つをつなぐ輪は何か? ミステリと社会小説を融合し、呪われた裁判に巻き込まれる人々を軸に、貴族から孤児まで、19世紀英国の全体を書ききったディケンズの代表作。(本書1巻あらすじより)

かれこれ8年ぶりに、読書会のために『荒涼館』の再読をしました。やはり傑作だと思いますし、自分はこの作品がめっちゃ好きです。視点人物を次々と入れ替えながら、ディケンズらしい多様な登場人物を複雑に動き回らせることで、謎解きミステリとしても一級の出来栄えにしているという、この奇跡の一品。4巻もの長さがありますが、そこに必然性があるという点も重要です。まぁ、1巻はつまらないんだけど……。

ストーリー……は色々な話が絡んで、だんだんと1つになる、みたいなものですが、メインはエスターの話でしょう。生まれがよく分からず、代母に育てられたエスターは、ある時からジョン・ジャーンダイスによって保護されます。そこで出会ったのは、ジャーンダイス家の遠い親戚である若者、エイダとリチャードでした。ジャーンダイス家の人々が遺産相続をめぐって世代を超えて争い続けているジャーンダイス対ジャーンダイス訴訟とは一体? そして訴訟とエスターの関係とは?

過去に読んで感想も書いているので、再読での気付きをいくつかまとめてみました。

再読気付き①50人近い登場人物を、連載という発表形式の中で、かなりハイレベルな使い方をしていること。全く無駄な人物がいません。1、2巻が実質登場人物紹介なので、まぁタルいのですが、それも仕方ないと思わせる怒涛の3巻以降のキャラの生かしっぷり。意味のある長さと、それを支える登場人物たちが非常に魅力的です。

再読気付き②ミステリとしても悪くありません。19世紀の長編ミステリとしてこれ以上のものを求められようか……というレベル。「名探偵」(もめごと処理人)という役割をはっきり与えられているバケット警部の活躍もそうですし、明らかにミステリを書ける人であるディケンズによる読者を騙そうという話の作り方も上手いです。

再読気付き③最近の岩波文庫って、すごいんですね……今回一番驚いた点がこれかも。訳もすごいし注釈もすごい。読みやすいし分かりやすい。登場人物一覧もきれいにまとまっているし、各巻のあらすじのまとまりっぷりもすごい。何より訳者の佐々木徹さんがすごい。
とにかく訳が読みやすいですし、必要最小限度な(でも必要な)訳注が物語を邪魔しない程度に出てくるので非常に分かりやすいのです。皆さん、岩波で読みましょう。ちくまはとりあえずいいから岩波で読むのです。

というわけで、名作は何度読んでも名作。『荒涼館』を2度読んだ人、として、今後は胸を張って生きていきます。

参考までに。
『荒涼館』>>『大いなる遺産』>『リトル・ドリット』>『オリヴァー・ツイスト』≧『二都物語』>『骨董屋』>>『バーナビー・ラッジ』

原 題:Bleak House (1852~1853)
書 名:荒涼館 1~4
著 者:ディケンズ Charles Dickens
訳 者:佐々木徹
出版社:岩波書店
     岩波文庫 赤229-11, 12, 13, 14
出版年:【1巻】2017.06.16 1刷
     【2巻】2017.08.18 1刷
     【3巻】2017.10.17 1刷
     【4巻】2017.12.15 1刷

評価★★★★★

『脱落者』ジム・トンプスン

 - 2019.06.23 Sun
トンプスン,ジム
脱落者
『脱落者』ジム・トンプスン(文遊社)

テキサスの西、ビッグ・サンド(大きな砂地)の町。原油採掘権をめぐる陰謀と死の連鎖、未亡人と保安官補のもうひとつの顔――本邦初訳。(本書あらすじより)

すごくトンプスンっぽいノワールだなぁ、と思って読み始めるも、なんか違うぞ、なんでそうなるんだ?と絶妙なすかしっぷりに戸惑いつつ楽しく読み続け、最後まさかのエンディング。ある意味すごく「文遊社トンプスン」っぽい作品でした。それがいい……。

テキサスの保安官補トム・ロード。かつては大学の医学部に通っていたが、諸事情から中退し、保安官補になったという過去を持つ。娼婦と付き合い、わざと粗野な言葉遣いや態度を取るトムだが、常に嘘の自分を装っており、空虚な人生を送っていた。やがて石油採掘場で、とある死体を抱え込んでしまうのだが……。

田舎テキサスを舞台に、保安官補トム・ロードが、内に抱え込む二面性、時折現れる暴力性をもてあましつつ、油井をめぐる抗争に巻き込まれる話……という内容ですが、おそらく読者の想像とは違う方向に話は進みます。どこか見たことある主人公設定にもかかわらず、主人公に絶対的「悪」を全く感じないのが珍しいですね(どうしようもない破滅的傾向はあるけど)。
さらに、三人称で様々な人物に視点があてられることにより、主人公含めたくさんの登場人物が非常に丁寧に描かれるのですが、これが良いのです。どいつもこいつも一筋縄ではいかないキャラクターばかりなので、先が読めなすぎます。

死体を見つけ、やったことややっていないことで罪に問われたトム・ロードが、最終的に敵対するのは巨大な組織がバックに着いた石油会社。果たして彼の明日はどっちだ?……というように、こんな不安定な主人公のくせに、ある意味真っ当なストーリーに向かっていきます。死体が意味不明なほど出まくるし、章の切り替えによる時間の進行もむちゃくちゃ。トンプスンらしさも維持しつつ、それでもすごく丁寧な小説、という(良い意味で)絶妙な完成度の作品なのだと思います。

最後のちょっとした種明かしも気が利いていますし、何より本作のエンディングはこの丁寧な小説にふさわしいのではないでしょうか。『おれの中の殺し屋』みたいなものを期待されると困るのですが、王道の犯罪小説(トンプスン風味)としては最高。面白かったです。

原 題:The Transgressors (1961)
書 名:脱落者
著 者:ジム・トンプスン Jim Thompson
訳 者:田村義進
出版社:文遊社
出版年:2019.03.20 初版

評価★★★★☆

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Author:ヨッシー
クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の社会人3年目が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から9年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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