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シャーロット・アームストロング名言2

2019-11

『ケイトが恐れるすべて』ピーター・スワンソン - 2019.11.02 Sat

スワンソン,ピーター
ケイトが恐れるすべて
『ケイトが恐れるすべて』ピーター・スワンソン(創元推理文庫)

ロンドンに住むケイトは、又従兄のコービンと住まいを交換し、半年間ボストンのアパートメントで暮らすことにする。だが新居に到着した翌日、隣室の女性の死体が発見される。女性の友人と名乗る男や向かいの棟の住人は、彼女とコービンは恋人同士だが周囲には秘密にしていたといい、コービンはケイトに女性との関係を否定する。嘘をついているのは誰なのか? 年末ミステリ・ランキング上位独占の『そしてミランダを殺す』の著者が放つ、予測不可能な衝撃作!(本書あらすじより)

昨年話題になった『そしてミランダより殺す』の作者の邦訳3作目。『ミランダ』より好きですが、そんなにピーター・スワンソンが好きじゃない(嫌いでもない)、という結論になりそうな気がします。

視点人物を次々と変えながら、じわじわと殺人事件が、そしてアパートの住人たちの抱える過去・秘密があぶりだされていきます。どいつもこいつも不穏な過去、怪しげな癖持ちであるため、いったい誰が殺人犯なのか?という興味よりも、こいつらどういう人間なんだ?という興味でグイグイ読ませます。

ロンドンに住むケイトとボストンに住む又従弟のコービンが住居を交換する……という発端自体は悪くはないんですが、実はあんまり生かされていない気がするんですよねー。そもそも、交換物、じゃないと思うのです。ほぼボストンだけで話が展開されることからも、主人公ケイトが交換をきっかけに事件に巻き込まれてしまうという、ただの巻き込まれサスペンス。
主要登場人物の誰もが胡散臭さを持ちつつも犯人“らしくない”、という点はちょっと珍しいかもしれません。ただそのせいで、結果的に犯人“らしい”人物が登場すると、物語としてはほとんど終わってしまう(どんでん返しもない)点がサスペンスとしてはもったいないのです。諸々の過去・トラウマを抱える人間たちの終わりと再生の物語であって、意外な展開で楽しませるミステリではない……のかな。面白かったんですけどね。

というわけで、ピーター・スワンソン、そんなにハマらない気がしてきた……『時計仕掛けの恋人』もこの間ブックオフで見かけたんですが、なんかこれ以上読まないかもなぁ。

原 題:Her Every Fear (2017)
書 名:ケイトが恐れるすべて
著 者:ピーター・スワンソン Peter Swanson
訳 者:務台夏子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mス-16-2
出版年:2019.07.31 初版

評価★★★★☆
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『殺人者の放物線』アンドレア・H ・ジャップ - 2019.10.05 Sat

ジャップ,アンドレア・H
殺人者の放物線
『殺人者の放物線』アンドレア・H ・ジャップ(創元推理文庫)

MIT出身の天才女性数学者グロリア・パーカー=シモンズ。彼女はFBIから連続殺人事件の数学的分析を依頼された。女性ばかりを狙うレディ・キラーと呼ばれる猟奇殺人犯の正体は? 極端なまでの秘密主義で、うちとけることのないのグロリア、離婚係争中のFBI捜査官キャグニー。ともに心に傷を負う二人が、謎の殺人者に挑む。毒物学者にして生化学博士、NASA等でキャリアを積んだ合衆国在住の異色のフランス女流作家登場!(本書あらすじより)

この『殺人者の放物線』というフランス・ミステリ、出版されたのが1996年で、翻訳されたのが2006年。正直色々と欠点は目立つし、別におすすめしようとも思わないのですが、タイミングが悪すぎたな、と。ルメートルブームの頃ならもっとどっかに引っかかったんじゃないかなと思うのですが。

アメリカが舞台、FBI捜査官が天才数学者と共に連続殺人鬼"レディ・キラー"を追う、という超王道っぽいシリアルキラーもの。ところが、読めばすぐに分かりますが、全くアメリカナイズされていないのです。めちゃくちゃとっちらかった、フランス・ミステリらしいフランス・ミステリなのであります。
FBI捜査官キャグニーは、犯人を追いつつも離婚の原因となった女性アンの幻影を追い求め(別に離婚自体に悩むとかそういうことはない)、部下の捜査官モリスは突如としてわき起こるストーカー行為を抑えられません。2人とも捜査官としてはまぁまぁ有能であり、捜査に身を入れているにもかかわらず、明らかに何か変なのです。みんな自由すぎる……。

更にヤバいのが主人公グロリア・パーカー=シモンズ。独自の計算式を用いてあらゆる問題を解決する天才数学者である彼女は、パソコンを駆使し、FBIにも見いだせなかった被害者の関係や手がかりを次々に見つけていくのです。ちなみになぜ見つけられるのかと言うと、余計な感情に身を任せずとにかくデータを見るから!です。データ大事。
いやいやどういう計算式だよ、とかそんな疑問を持ったあなた、よろしいですか、グロリアさんのヤバさはそれどころではないのです。彼女はついでに、計算とか関係なく単純に推理・推測も得意で、普通に他人の感情を見て取り行動も先読みし、時には相手の行動すら操り、おまけに天才ハッカーなのでFBIのデータにも侵入できるのです。なんでもありじゃねぇか。お前がシリアルキラーだよ。
これでも足りないとばかりに乗っかってくるのが、グロリアの姪である、知的障害を抱えるクレアにまつわる過去の秘密。どうやら何かあるっぽい……ということが、物語の当初からほのめかされてはいますが、ラスト数ページ、グロリアの真のヤバさが明かされてビビりました。こんなのがシリーズで6冊も出てるってすげぇ……現代ミステリだぁ……。

遅々として進まない捜査をよそに登場人物たちは各々の悩みに振り回されているわけですが、肝心の連続殺人鬼の捜査は意外とよく出来ています。めちゃくちゃ登場人物が多くなっていく中で、どうにか繋がりが見え、犯人に至る手がかりが予想外なところからぽんぽん飛び出していきます。
ぶっちゃけ色々雑なので、偶然にもほどがあるだろ!とか、あの手がかりの回収適当だな!とか、捜査の段取り悪いな!とか、やっぱ偶然にもほどがあるだろ!とか、まぁ思うところはあるのですが、犯人の正体とかには何だかんだ納得している自分がいます。というか、納得させられました。こんなん、フランス・ミステリだから許されるんだぜ。

というわけで、やっぱりおすすめするほどではないのですが、なんかこう言うのが読みたかった気がしないこともない……と最後の最後に思わされてしまったので、自分の完敗です。まぁ翻訳はこの1作品で止まってしまったんですけどね。別に意外でもないのですが、この後どう続いたのか若干気になるところではあります。

原 題:La Parabole du tueur (1996)
書 名:殺人者の放物線
著 者:アンドレア・H・ジャップ Andrea H. Japp
訳 者:藤田真利子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mシ-10-1
出版年:2006.08.31 初版

評価★★★☆☆

『俺には向かない職業』ロス・H・スペンサー - 2019.08.17 Sat

スペンサー,ロス・H
俺には向かない職業
『俺には向かない職業』ロス・H・スペンサー(角川文庫)

バーチ・カービーはシカゴの探偵。看板の文字は〝カービー単偵社″となっている。扱うのは離婚専門だが、その調査活動もドジの連続。ズボンのチャックはいつもあけっぱなし、およそしまらない探偵なのだ。
だがそのカービーにCIAが目をつけた。ある田舎町に潜伏するソ連スパイをあぶりだすのが任務である。はたしてカービーのドジぶりは、カンパニーが見抜いたように、正体を隠すための仮面なのか?
ともあれカービーは旅立った。まず彼が潜伏を命じられたのは、なんとマイナー・リーグの野球チームであった!(本書あらすじより)

カーター・ブラウンとレナード・ウイバーリーとロス・H・スペンサーの3人を、まとめて「箸休め作家」とみなしています。良い意味で。ロス・H・スペンサーの『俺には向かない職業』は、いつものダメダメ私立探偵チャンス・パーデューシリーズではなく、単独作品となっています。まぁ、主人公がダメダメ私立探偵というのは同じなのですが。
スパイ小説のパロディと侮るなかれ。単純にスパイ小説としての土台がまずしっかりしているのが面白いです。やってることはむちゃくちゃでも、これは騙し合い・化かし合いの諜報戦。そこに、パンプルムース氏並のお色気……というよりは色事とミスター・ボケ(バカではない)をぶっこんだ、というヤバい作品なのです。

私立探偵バーチ・カービーはどこからどう見ても隙のないダメ探偵。チャックが壊れているので、常にズボンの前が開いている、というような人間なのである。ところがあまりにダメさが完成されているがゆえに、あれは演技なのでは? 実はスゴ腕なのでは?とCIAに勘違いされてしまう。そんな彼は突然スパイ活動を頼まれ、美女が渦巻くソ連との対立に関わっていくことになるのだが……。

主人公であるカービーは、まぁ賢くはないのですが、意外とバカではない、というのがポイント。スゴ腕のスパイと勘違いされている現状をきちんと理解した上で、シカゴでの平穏な生活に戻りたいと心から願い続ける……という、何とも平凡さが好ましい男なのです。次から次へと襲いかかるセックス狂たちをさばきつつ、希望を夢見てあがくカービーが、何だかすごく良いんです。
そんな彼がソ連のスパイと戦うはめになり、偶然と運が味方し活躍していく……という、途中のドタバタは当然楽しいわけですよ。ある種、スパイ小説としては真っ当で王道の展開であるところを、トンデモ男カービーがひっかきまわしていきます。カービーが抜けているが故に敵からも味方からもすごいやつだと勘違いされてしまう、という展開が続きますが、スパイ小説のベタさを見事に裏切っていくストーリーには思わず笑ってしまいます。セックス大好きで男を干上がらせてしまう、というえげつない女性がやたらと登場するのですが(絶世の美女から婆さんまでピンキリ)、このへんもある種ジェイムズ・ボンド的なものをおちょくっているのかな。

しかし一番好きなのは、途中のドタバタよりも、最後に語られる後日談なのです。ここがめちゃくちゃ良いんですよ……スパイ小説の泣けるパロディとして完璧だと思います。流されまくりな平凡男、私立探偵カービーの行き着いたところが、実に奥ゆかしく描かれる最高のエンディング。いやぁ素晴らしい。

いつものロス・H・スペンサーの軽さとはまた違いますが、トニー・ケンリックのようなドタバタユーモアミステリですので、重い作品が続いた時の息抜きになんかにどうぞ。シリーズ化しなかったのが惜しまれますが、1作だけの活躍、というのがまたカービーらしいのかもしれません。

原 題:Kirby's Last Circus (1987)
書 名:俺には向かない職業
著 者:ロス・H・スペンサー Ross H. Spencer
訳 者:上田公子
出版社:角川書店
     角川文庫 631-1
出版年:1989.05.10 初版

評価★★★★☆

『銀の墓碑銘(エピタフ)』メアリー・スチュアート - 2019.07.18 Thu

スチュアート,メアリー
銀の墓碑銘
『銀の墓碑銘(エピタフ)』メアリー・スチュアート(論創海外ミステリ)

第二次大戦中に殺された男は何を見つけたのか? イギリス推理作家クラブ名誉主席アントニー・バークリーに絶賛された、メアリー・スチュアートの傑作長編が59年の時を経て初邦訳!(本書あらすじより)

2年前に論創から出たメアリー・スチュアート『霧の島のかがり火』が面白かったので、今回も読んでみました。『霧の島のかがり火』は、ロマンス・サスペンスにディヴァインやクリスティーのようなガッツリ本格要素が融合した良作でしたが……。
うーん……今回の『銀の墓碑銘』、つまらなくもないし、求めているロマンス・サスペンスど真ん中ではあるんですが、微妙に期待と違いました。『霧の島のかがり火』のような本格ミステリ要素がないからなのか、ギリシャ描写が多いからなのか。

何かしらの変化と冒険を期待してギリシャにやってきた女性カミラは、とある勘違いと思い切った行動の結果、隅から隅までイケメン要素しかない男サイモン・レスターと偶然出会うことになります。サイモンは、第二次世界大戦中にギリシャで死んだ兄の死の秘密を追っているのでした。カミラはやがて、第二次世界大戦中にさかのぼるギリシャに眠る秘密をめぐる事件に巻き込まれるのですが……。

中盤までは主要登場人物すらはっきりしなく、そもそも何か事件があるの?というような話の進め方。サイモンの兄の死の状況が次第に明らかになった後半以降は、活劇中心でしょうか。
物語の見どころの一つが、現在、そして(幅広い)過去の「ギリシャ」という舞台そのものです。とはいえ、いわゆる旅情ミステリのように、旅行要素が中心で異国情緒描写に全フリしているような作品ではなく、むしろストーリー上で必要な「ギリシャ」が描かれている、という感じ。異国でイケメンと出会う!だけのハーレクインではないのです。
主人公カミラと、ヒーロー(ヒロインの対義語ってこれでいいんだっけ)であるサイモンのキャラクターが非常にしっかりしており、無駄なく的確な動きしかしないところに超好感が持てます。サスペンスとしての捻りは(ほぼ)なく、後半は冒険小説要素が中心ですが、キャラクターのおかげでここが楽しめるものになっていますし、何より読ませるものになっています。

ある意味、無難な面白さのサスペンスではあるんですが、個人的な好みから言うともうちょい別の角度の読みごたえが欲しかったな……というところ。メアリー・スチュアートの作風はかなり気になるところなので、さらなる紹介が進むことを期待したいですね。

原 題:My Brother Michael (1959)
書 名:銀の墓碑銘(エピタフ)
著 者:メアリー・スチュアート Mary Stewart
訳 者:木村浩美
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 232
出版年:2019.04.30 初版

評価★★★☆☆

『ネロ・ウルフの災難 女難編』レックス・スタウト - 2019.06.04 Tue

スタウト,レックス
ネロ・ウルフの災難 女難編
『ネロ・ウルフの災難 女難編』レックス・スタウト(論創海外ミステリ)

アーチー・グッドウィン、辞職す! 絶体絶命の美人依頼者の無実を信じ、迷探偵アーチーの捜査が始まる。女難をテーマにした日本独自編纂の作品集「ネロ・ウルフの災難」第一巻。(本書あらすじより)

論創恒例ネロ・ウルフ中編集。今回は当たりですよー。収録中編は以下の通り(数字は雑誌初出年)。

「悪魔の死」"Death of a Demon"(1961)別題「デーモンの死」(翻訳道楽2005)"The Gun Puzzle"
「殺人規則その三」"Method Three for Murder"(1960)別題「第三の殺人法」(EQ1992)
「トウモロコシとコロシ」"Murder Is Corny"(1962、中編集描き下ろし?)別題「スイート・コーン殺人事件」(EQ1978)"The Sweet Corn Murder"

全体的にネロ・ウルフとアーチーがケンカする話が多いせいで、ネロ・ウルフとアーチーがいちゃいちゃしがち。躊躇なくのろけ倒すウルフ、キャラ的に強すぎる……。100ページほどという分量がこのシリーズに向いているのか、とにかく飽きずに読める作品が今回は多かった印象です。
「わたしはグッドウィン君に依存している。彼がいなければ、快適どころか、それなりに暮らしていくこともできない。(中略)永久に彼を失うことも充分に考えられる。そうなれば大惨事だ。座視できない」などと、アーチーとの結婚を前向きに考えている女性に言い放つネロ・ウルフ、まじでなんなんだ。中編のウルフとアーチ―はキャラクターの魅力が存分に発揮されていていいですね、本当に。
以下、個別の感想です。

「悪魔の死」
英語別題のように、「銃パズル」とでも言うべき内容が非常に良く出来ています。ネロ・ウルフの元に相談に来た女性が面倒を持ち込む、という発端から常に予想を裏切るのが上手いのです。でも「女難編」なのに、これはただの面倒な依頼人では……? 犯人の決め手がもっと引っ掛け以上のものならなぁ、というのが謎解きミステリ的に惜しく感じられました。

「殺人規則その三」
辞職したアーチーとウルフの共同捜査その1(アツい)。アーチーの辞職直後ウルフ宅前に死体という、まさに女難編と言うべきふってわいた面倒を神のごとく片付けるネロ・ウルフを楽しめます。証拠がほぼないのがちょっと……。

「トウモロコシとコロシ」
アーチーとウルフの共同捜査その2。頭空っぽな女性に殺人容疑を押し付けられたアーチーを、アーチーに依存しきっていると断言するウルフが鬼のように推理を巡らす良作です。クレイマー警視と読者が揃って安楽椅子探偵的な対決をウルフとさせられるのが面白く、決着も見事。本中編集のベストでしょう。

原 題:Nero Wolfe Mysteries: Unfortunate Cases with Women (1960~1962)
書 名:ネロ・ウルフの災難 女難編
著 者:レックス・スタウト Rex Stout
訳 者:鬼頭玲子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 226
出版年:2019.01.30 初版

評価★★★★☆

『カルーソーという悲劇』アンネ・シャプレ - 2019.04.07 Sun

シャプレ,アンネ
カルーソーという悲劇
『カルーソーという悲劇』アンネ・シャプレ(創元推理文庫)

コピーライターの職を捨て、フランクフルトから小さな村に移り住んだパウル・ブレーマー。周辺で頻発する馬殺しと放火事件。そんななか、女農場主アンネの夫が、殺されて食肉用冷蔵室のフックに吊り下げられているのが発見された。犯人はアンネなのか? アンネへの思いと疑いに悩むパウル。親友である女検事カレンと個性派刑事コジンスキーとパウルのトリオが行き着く悲劇的真相とは? ドイツ・ミステリ大賞受賞の傑作シリーズ第1弾。(本書あらすじより)

今でこそドイツ・ミステリは巷に溢れているわけですが、ここまで翻訳されるようになったのはフェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』のヒット後でしょう。それ以前はせいぜいヘニング・マンケルとセバスチャン・フィツェックくらい?
本書はドイツ・ミステリブームよりはるか前、2007年に翻訳された作品ですが……う、うーん、これはさすがに微妙すぎる……。

農村を舞台にした、とりとめのない文体で書かれた1997年のドイツミステリ。主人公は、都会生まれながらも、50あたりで田舎に越してきた男パウル。田舎ならではのよそ者排除の視点の中で既に数年過ごし、結構楽しみながら生活しているパウルですが、唐突に近所で連続放火、馬の切り裂き犯、そして殺人事件が起きます。そこに冷戦期の東ドイツとシュタージにまつわる問題が濃厚に絡み……と、なかなか要素的にはこってりした作品です。

ドイツならではの社会問題を扱っており、今なら『影の子』なんかと合わせてもっと読まれたかもしれません。1990年代に、冷戦中の東ドイツ、シュタージ(秘密警察)とその協力者、というテーマでミステリを書いていることは注目に値しますし、作者シャプレの本職であったノンフィクション作家としての知識が存分に生かされているのは確かです。

ただいかんせん、とりとめなさすぎる&まとまりがなさすぎる話が、読んでいて結構退屈でキツいのです。主に4人の視点人物がいるのですが、誰も話を進める気がなくて、ひたすら自省的な自問自答を繰り返すというね……。
本書は、ウダウダしていてまだるっこしくて行動力のない登場人物たちが、じたばたもがきつつ、田舎特有の無神経さやシュタージという巨大な問題に結局何の太刀打ちも出来ない様を370ページ眺めるという、比較的文学寄りなミステリなのです。純粋にミステリとしての出来だけ見ると、まぁ微妙。っていうか、はっきり言って内容そのものが面白くはないです。

こういう作品を読んだ出版当時の日本におけるドイツ・ミステリの印象がどういうものだったのか、ちょっと気になります。本作はシリーズの1作目で、この後も作者はミステリを今に至るまで書き続けていますが、日本での紹介が続きませんでした。まぁ、あまり残念でもないけど……。

原 題:Caruso singt nicht mehr (1998)
書 名:カルーソーという悲劇
著 者:アンネ・シャプレ Anne Chaplet
訳 者:平井吉夫
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mシ-11-1
出版年:2007.05.31 初版

評価★★☆☆☆

『十三の謎と十三の被告』ジョルジュ・シムノン - 2019.02.06 Wed

シムノン,ジョルジュ
十三の謎と十三の被告
『十三の謎と十三の被告』ジョルジュ・シムノン(論創海外ミステリ)

〈クイーンの定員〉に選出された傑作短編。フロジェ判事が探偵役の「十三人の被告」と行動派刑事G7が活躍する「十三の謎」を収録! 至高のフレンチ・ミステリ!(本書あらすじより)

13シリーズは、各話が問題編・解答編に分けて雑誌に掲載された、各話10〜12ページほどのショート・ミステリ集。これまで完訳されたのは、第一弾である『13の秘密』(創元推理文庫)のみでした。こちらは素人安楽椅子探偵のルボルニュが主人公で、純粋なパズル物に過ぎず、ぶっちゃけ結構つまらないのです。
で、今回ついに、第二弾と第三弾である『十三の謎』および『十三の被告』が一冊にまとめて訳されました。端的に言うと、『十三の謎』は中途半端、『十三人の被告』はメグレファン必読。なんにせよ、シムノンの13シリーズ完訳はめでたいことです。

まず『十三の謎』は、主人公である行動派刑事G7が、フランス中を駆け巡りながら謎を解き明かすというもの。パズル的要素と人情要素のミックスがいまいちで、これは結構微妙です。まだパズルに振り切ってる『13の秘密』の方が良いかな……。

ところが『被告』、これがめっちゃ良いのです。主人公はフロジェ判事、目の前に連れてこられた容疑者から話を聞き、見事真相を探り当てます。職業こそ異なれど、フロジェ判事の中身と振る舞いはほぼメグレ警視。どの話でも、見かけとは異なる真相がほどほどの論理的推理で解き明かされ、そこにこれぞシムノン!なドラマが光ります。
『被告』が『秘密』『謎』と違うのは、コロンボ並に最初から容疑者がはっきりと定められているところだと思います。職業が判事なんだから、そりゃそうなります(目の前に連れてこられた被告とか)。つまり、メグレシリーズによくある対決物に近い構造なのです。またメグレ物と異なり、その容疑者が犯人であればきちんと証拠が最後に提示されるし、そうでなければ予想外の真相がきれいに示されます。反転がすごく上手いんですよ。
もちろんシムノンは長編の方がより味わい深い何かを描けるんでしょうが、むしろ12ページの中でこれだけドラマとパズルを見せられる『被告』はすごいと思います。想像以上に楽しめました。

まぁ難点は読みにくいところですよね……お得意のとりとめのない文章に加え、たった12ページで説明しなきゃならないせいで怒涛の事件説明が話の頭に詰め込まれるので、毎編分かりにくいことこの上ありません。
とは言え、新刊でシムノンが出ることがまずもうめでたいことですからね! 今後もちょっとずつ、シムノンの翻訳が出るといいなぁ。

原 題:Les 13 Énigmes et Les 13 Coupables (1929~1930)
書 名:十三の謎と十三の被告
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:松井百合子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 219
出版年:2018.10.30 初版

評価★★★☆☆

『メグレのバカンス』ジョルジュ・シムノン - 2019.01.14 Mon

シムノン,ジョルジュ
メグレのバカンス
『メグレのバカンス』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

バカンスをすごすために来た海辺の町サーブルで、メグレ夫人は虫垂炎にかかり、手術を受けるはめになる。夫人の病室を見舞うのがメグレの日課。15号室の患者に会ってやってほしいというメモが、いつの間にかメグレのポケットにしのばせてあり、彼は気がかりになる。だが翌日病院に出かけてみると、その患者はもう死んでいた。自動車から転落して重傷を負った若い娘で、意識はついに戻らなかったという。地元警察は問題にしていなかったが、メグレはこの事故に不審をいだき、事故のさい車を運転していた娘の義兄ベラミ医師に接近していく……。(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、8冊目は、いつものシリーズ順に読んでいるメグレ警視シリーズです。
第3期メグレを読むのは『激怒する』『ニューヨーク』に続いて3冊目ですが、なんでしょう、今のところすごく良いんですよね。しかも今回の『メグレのバカンス』は、ここに来て結構な力作だったのでびっくりしました。この熱の入りようは、初期作を思い起こさせます。
で、本作はメグレ警視シリーズで何作も書かれた、いわゆる「対決物」(命名自分)。犯人、もしくは犯人らしき人物と、終始対立し続けることが話の軸になっている作品です。犯人との関係は認め合っていたり憎み合っていたりと作品によってタイプは異なりますが、今回のメグレのライバルはシリーズ中最強クラスなのではないでしょうか。

バカンスで地方都市に来たメグレだが、妻が虫垂炎で入院してしまい、暇を持て余す毎日。そんな中、助けを求める手紙がメグレのポケットに入っており、翌日一人の少女が死亡する。何が起きているかを調べようとするメグレだが、続いて第二の事件が起きてしまい……。

メグレ夫人、たいていろくな目にあっていないし、警視との関係も妙にギクシャクしているし、基本的にどの作品でも不仲に見えてしまうのはなぜなんでしょうね、ほんと。メグレに家庭的な要素って実は皆無なんだよなぁ……。
今回のメグレは終始不機嫌。殺人に不慣れな地方都市の警察が休暇中のメグレに頼ろうとする、どこに行っても身バレしていてひっそり休暇を送れない、助けを求められたってどうしようもない、とひたすら不満を抱えています。
ただ、一つの殺人を止められなかったことで、メグレは暴走機関車の如く怒涛の捜査を開始するのです。ここからのメグレの必死さがかっこいいんですよ。初期作のような発端の大きな謎はないものの、得体のしれない事件の全貌をきれいに解き明かす謎解きはかなり良くできていると思います。

さらにすごいのが今回の敵役であるベラミ医師。色々な意味で隙がなく、有力者であるため手も出しにくく、何の証拠もあがらない、終始冷静で実にスマートな、メグレと互いを認め合う好人物なのであります。メグレが、自分がいいように操られている、とまで思うレベル。強い。
証拠がないのは正直いつものことですが、むしろそれを前面に出すことで、メグレシリーズの謎解きミステリとしての弱さを逆にカバー出来ているのが面白いところ。しかも、捜査過程がしっかり描かれているためか、非常に出来が良く感じられます。

というわけで、いやはや、普通に面白かったです。まさにメグレシリーズっぽい良作。2018年はメグレを3冊しか読めなかったので、2019年はもっと頑張りたいなぁ……。

原 題:Les vacances de Maigret (1947)
書 名:メグレのバカンス
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:矢野浩三郎
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 50
出版年:1980.08.05 初版

評価★★★★☆

『ペトロフカ,38』ユリアン・セミョーノフ(ハヤカワ・ミステリ) - 2018.12.16 Sun

セミョーノフ,ユリアン
ペトロフカ,38
『ペトロフカ,38』ユリアン・セミョーノフ(ハヤカワ・ミステリ)

子供のときにおぼえた古い単調な歌を口ずさみながら、カプイトフ巡査は、寝静まってひっそりとした街をゆっくりとパトロールしていた。17号館のアパートの前を通りすぎ、暗い並木道を歩いていった。さらに500メートルほど歩いたころ、行く手のベンチに2人の男が坐っているのが目に入った。2人とも上体を前にかがめ、頭を低く垂れている。カプイトフは近づいて声をかけると、年上の男が、何かわけのわからないことをつぶやいた。もうひとりの男はしゃっくりをしてカプイトフを見つめ、死人のような無気味な微笑を浮べた。年上の男はややあって立ちあがると、かかとから爪先まで大きくひと揺れしたのでカプイトフは急いで男の腕をかかえた。と、その一瞬、おそろしい打撃を脳天に受け、カプイトフはバッタリと地面に倒れそのまま息絶えてしまった! モスクワ警察刑事部捜査課が現場に急行した。探照灯の明るい光が闇夜を断ち切り、カプイトフの死体を浮びあがらせた。カプイトフの腰からは、革ケースもろともピストルが奪い去られていた。しかも、巡査殺害事件の興奮がまださめやらぬうちに、モスクワの街には、ピストル強盗の一味がうごめきだしたのである! ソ連の市民生活をリアルに浮びあがらせながら描く異色の犯罪小説! ソ連の探偵小説、本邦初登場!(本書あらすじより)

ポケミスの中で唯一のロシア・ミステリ。そもそもロシア・ミステリの邦訳が少ないんですが。
ということでちょっと期待していたのですが、う、うーん……申し訳ないけど、微妙だ……。

カプイトフ巡査が殺され、ピストルを盗まれた。街ではピストル強盗が出没。サーチコフ、コスチェンコ、ロスリャコフは、街にはびこる悪を一掃しようと捜査を行うが……。

1963年のソ連ミステリ、という点が一番の評価ポイントである気がします。内情がよく分からないソ連という国の、ちんけな犯罪者たちや街の人々を、ごくごく普通に描いている、というところに意義があるのかな、と。警察に非常に好意的なところ、体制に批判的なところを一切描いていないところとかは、まぁ当時の限界かな。
3人1チームの警察による捜査をしっかり描いているところ、将来に迷っている詩人の大学生など青春小説要素もあるところ、刑事たちの掛け合い、妻とのやり取り、ラストのちょっとした緊迫感など、色々と見るべき点はあるにはあります。ありますが、果たして2018年に読んでどれだけ面白いかと言うと、こう、微妙なんだよなぁ。内容はただの、ギャングを倒そうぜ、な刑事捜査小説に過ぎませんし、単純に描写や展開、内容が薄くて……ミステリ発展途上国感がすげぇ……。

とは言え、これが訳された1965年の日本の読者にとっては、ソ連という舞台だけでかなり興味深かったのではないでしょうか。あと、訳者あとがきが昔のポケミスには珍しく8ページもあり、ソ連のミステリ史をこれでもかと掘り下げているのは面白いですね。ユリアン・セミョーノフ、あと一冊角川文庫から出ている『春の十七の瞬間』がありますが、どうしようかな……読むべきなのかな……。

原 題:Петровка, 38 (1963)
書 名:ペトロフカ,38
著 者:ユリアン・セミョーノフ Юлиан Семёнов
訳 者:飯田規和
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 883
出版年:1965.03.31 1刷

評価★★☆☆☆

『去りにし日々、今ひとたびの幻』ボブ・ショウ - 2018.11.18 Sun

ショウ,ボブ
去りにし日々、今ひとたびの幻
『去りにし日々、今ひとたびの幻』ボブ・ショウ(サンリオSF文庫)

科学者で素人探偵も演じることになるアルバン・ギャロッドが新型のガラスを発明することになったのは不幸な事故がもとだった。新しい熱遮断サームガードウィンドシールドを使った乗用者の事故の多発につづいて、超音速旅客機が墜落するに及んで、このガラスが光を通すのに長い時間を要する、つまり出来事の映像を内部に蓄えていて、何カ月か何年か後に再現することが分かったのである。このスローガラスは、アルバンに富と名声をもたらしたが、同時にやっかいなトラブルをももちこむことになったのである。スローガラスを利用した上院議員殺人事件、養父を陥れようとする賭博組織の陰謀、妻の失明、監視衛星計画にとどまらず、国家権力が国民をスパイするために粉末状のスローガラスを散布するに及んで地球は「今や地表にうごめくあらゆるものを見つめるひとつのまたたかぬ目と化した」のである。卓抜なアイディアと豊かな人物描写で感銘深いボブ・ショウの傑作!!(本書あらすじより)

なんで復刊しないんだろう……と思うくらい、めっちゃ面白かったです。1800円出した価値はありました。叙情的なSFは良いものだなぁ……。
SFには正直そんなに興味はない(という結論になった)のですが、以前からこの『去りにし日々~』は面白い、と聞いていたので、結構真剣に探していたのでした。アイデアが素晴らしく、サンリオSF文庫のくせに訳も超良い(というか、訳者は酒井昭伸氏の別名義でした)、しかもミステリ要素もあり。幅広くおすすめしたい作品です。

長編ではありますが、中に短編が幕間劇として挿入されている、という構造です。
スローガラスがある以外はごくごく普通の現代の世界の中で、様々な事件が起きるだけの話。なのですが、まずこの、「ゆっくり時間をかけて光を通すため、数か月、数年後に当時そのガラスがあった場所の風景が表示される」スローガラス、というアイデアが無敵すぎるのです。3つの挿話(短編)で、それぞれ全く異なるスローガラスの用い方が描かれていますが、どれも本当に良いんですよ。もっと短編で色々見たかった……。「立証責任」なんて、めちゃめちゃ良いSFミステリではないですか(トリックとかではなく、エモさ的に)。
話が進むにつれてスローガラスが進化していくのですが、個人的には自由に再生できるようにならないままの方が、スローガラスの特性がより生きて面白かったでは、と思います。

主人公は結構なクズで、死亡事故をきっかけにスローガラスを発明し、いろいろ調子に乗る、という発明家の王道のような生き方をするわけです。が、面白いことに、最終的に素人探偵として2つほど殺人を解決するのです。SFミステリじゃん! ちなみにこの主人公、最後まで好きになれませんが、オチで余計に嫌いになります。
っていうか、SFのオチって、「なんでこう終わらせたの?!」ってのが多いような……。良い話にしたり、皮肉っぽくしたりするせいで、全然気持ちよく終われないんですが、これもあれか、社会批判のためか、そういうことなのか。

最後は気に入りませんでしたが、読んでいてすごく楽しく、たまに読者の感情を大いに揺さぶってくる名作です。今まで読んだSFの中ではかなり上位に位置する好みの作品でした。『ブロントメク!』が復刊するなら、こっちもいけるはず。

原 題:Other Days, Other Eyes (1972)
書 名:去りにし日々、今ひとたびの幻
著 者:ボブ・ショウ Bob Shaw
訳 者:蒼馬一彰
出版社:サンリオ
     サンリオSF文庫 57-B
出版年:1981.10.15 初版

評価★★★★★

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ヨッシー

Author:ヨッシー
クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の社会人3年目が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から9年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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