13の秘密
『13の秘密』ジョルジュ・シムノン(創元推理文庫)

花の都パリは、犯罪の都でもある。『13の秘密』は、探偵趣味の主ルボルニュ青年が、新聞記事などを手掛かりにいながらにして十三の犯罪を解明する連作短編集。メグレばりの心理分析からルーフォック・オルメスさながらの奇想天外推理までとりこんだ、風変わりな安楽椅子探偵譚。併せて、引退間際のメグレ警部が運河の畔で不可解な殺人未遂の捜査にあたる長編『第一号水門』を収めた。(本書あらすじより)

久々の月イチメグレ。別シリーズの連作短編集と、メグレ物長編が収録されています。
あらすじは新版のものです。というのも、旧版の『13の秘密』には書名にも奥付けにもあらすじにもメグレ長編『第1号水門』が併録されていることが書いていないんですよね。目次にだけ。新版になって書名が『13の秘密/第1号水門』になったようですが、いやほんと正解です。
というわけで別々に感想を書きます。


『13の秘密』

瀬名秀明さんによるとシムノンの13シリーズ(タイトルに「13」を冠した、それぞれ別個の連作短編集)の最初で、素人探偵ジョゼフ・ルボルニュを主人公にしたものです。10ページほどのパズル的ショート・ミステリ集で、これがもうあなた、要するにそのまんま『隅の老人』なのであった(完)。
10ページほどの短編が延々と続き、内容はデュパン、ホームズそのまんまといった感じのパズル的安楽椅子探偵なのですが、ぶっちゃけキツいのです。何の新味もありません。メグレ短編はもっと面白いので、これはもう単純に小説として短すぎるのが敗因でしょう。

主人公ルボルニュは、やたらと高慢ちきで、死体を見たことはないと称するが新聞などで未解決の事件を見るとたちまち解決し予審判事に手紙を送りつけ、さらに友人である私(語り手)に新聞を押し付け「こんなのも解決できないの? バカなの?」とひたすら煽るような、いけ好かない素人探偵であります。
要するに完全に隅の老人で、最終エピソードでルボルニュの出自が語られるところも含めて完璧に隅の老人です(隅の老人と同じく独自調査はしているっぽいのもそう)。ただ図面なしではあまりフェアではないし、あったとしても正直クオリティはそれほどでもありません。ホームズのライヴァルたちには遠く及ばないでしょう。「三枚のレンブラント」はアイデア的にまぁまぁ面白いかなとは思うけど、全体的に打率は低め。
……と思っていたら、これは本当にパズルだったんですね。瀬名秀明さんによる連載「シムノンを読む」に詳しいですが、もともとこの作品は(雑誌、書籍共に)図版付きの謎解き小説だったようです。だから素人探偵ルボルニュも「図面を読むんだ!」と連呼するのですが、創元推理文庫版ではカットされているという、実にもったいない背景があったのでした。どうせならちゃんと図面をつけて、『2分間ミステリ』とか『5分間ミステリー』みたいにして売るべきだったかも。


『第1号水門』

こちらはメグレ長編。非常に良かったです。初期メグレの中では上位だと思います。
船主エミール・デュクローの殺害未遂で事件は幕を開けます。金持ちであるデュクローは家族との折り合いも悪く、加えていかにも怪しげなデュクローは終始メグレを翻弄し続けます。果たしてデュクローの狙いとは、そして事件の全貌とは?というお話。

相変わらず発端の謎は魅力的なのですが、今回は全体的に事件も派手。事故、殺人未遂、自殺、殺人と180ページの間絶え間なく死体が登場します。正直読了するまでメグレの某有名作品の変奏パターンだと言うことに気付かなかったくらい頭がさびていました(意外な犯人とか求めてはいけなかった、当たり前だ)。メグレが結構な金持ちである船主、エミール・デュクローと会話しているだけ(捜査してない)でこれだけの迫力が生まれているんだからすごいですよね。
また酒場、船、親子というお得意のテーマがかっちりはまっていて、最後の犯人とメグレの対決までよどみがありません。自主退職一週間前のメグレの心情と、犯人の動機というか犯行に至った背景が絶妙にかぶさっているのも上手いです。

221ページのメグレの独白がこの作品というかメグレシリーズを上手く表しているので引用します。
「あそこでは第一号水門が、大きな家が、巡視船が、居酒屋が、ちっぽけなダンスホールが、彼メグレを待ち受けている。芝居の書割りというより、もろもろの存在だの匂いだの人生だのが錯綜しあった重苦しい世界であり、メグレはそれを解きほごそうとしてるのだ。彼の扱う最後の事件がこれなのだ。」

いつも以上にメグレの心情が描かれていないせいで、ある種ハードボイルドっぽさも感じます。瀬名秀明さんによる「シムノンを読む」の解説が言い得て妙なので、読了済の方はぜひこちらも参照ください。

原 題:Les 13 mystères(1932)/ L'Écluse no 1(1933)
書 名:13の秘密
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:大久保輝臣
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 307(Mシ-1-2)
出版年:1963.08.16 1版
     1974.04.26 11版

評価 13の秘密★★☆☆☆
    第1号水門★★★★☆
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盗まれた指
『盗まれた指』S・A・ステーマン(論創海外ミステリ)

トランブル城に住む伯父アンリ・ド・シャンクレイ、幼い頃に両親を亡くした娘クレール、美しい家政婦レイモン夫人、若い大男ジャン・アルマンタン。ベルギーの片田舎の古城で次々と起こる謎の死。フランス冒険小説大賞受賞作家によるゴシック・サスペンス恋愛ミステリ!!!(本書あらすじより)

平均月2冊のペースで刊行されている論創海外ミステリですが、11月末はなんと2冊ともフランス・ミステリだったのです。片やボアロー、片やステーマン(まぁステーマンはベルギーだけど)。よっしゃ来たぜと。ついに本格的にこっちにも手を出してくれたかと。シムノンとディドロで終わりじゃなかったんだなと。
とめっちゃ喜んどいてアレですが、『盗まれた指』は、び、微妙だわ……。トリックがどうとかフェアじゃないとかなら、まぁ先日読んだボアロー『震える石』も同じようなものなので構わないんですが、読んでいて単純に面白くないのがつらいです。

トランブル城である悲劇が発生(これはネタ的には面白いので一応伏せます)。伯父を訪ねて城を訪問していた娘クレールの運命と恋の行方はいかに。という本格ミステリ+ロマンス+サスペンス、みたいな内容です。

ステーマンは基本的にトリックメイカーなんですよね。詳しくは超気合いの入ったストラングル成田さんの解説を読んでいただければ良いのですが、要するにトリック一発ネタのクリスティー作品群にかなり近いのです(クリスティーは大ネタ一発トリックじゃない作品の方が多いですが)。過去読んだ『六死人』や『殺人者は21番地に住む』もそうでしたが、本作もまさにそのど真ん中。
問題は、その真相解明に至るまでが厳しいんですよ。大トリックを核として、あと読者の目をそらす要素を入れまくるというタイプのミステリって本来は好きなんですが、キャラクターの慌ただしい出入りやらやっすいロマンスやらとっちらかった捜査やらで全然頭に入ってきません。あんまり言いたくないけど訳もね……。探偵役であるマレイズ警部(ちなみに本書がシリーズ1作目にあたります)の活躍もイマイチだし、死体から指が切り落とされ持ち去られていた理由とか一切の期待を超えてこないし。ストラングル成田さんも若干褒め切れていないような……。メイントリック自体はそこまで悪くないんですが。

というわけで(単純に小説が上手くないんじゃね疑惑のある)ステーマンは大変です。一番有名な『六死人』も微妙なのですが、一方で『殺人者は21番地に住む』なんかはフランス・ミステリらしい傑作なので、振れ幅が大きいのかなぁ。読んでないけど『マネキン人形』も期待を上回らないと聞くし。『三人の中の一人』はかなり面白い怪作らしいけど、手に入りそうもないし。とりあえず手持ちのやつだけでも少しずつ読み進めようかな。

原 題:Le Doigt volé(1930)
書 名:盗まれた指
著 者:S・A・ステーマン S. A. Steeman
訳 者:鳥取絹子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 183
出版年:2016.11.30 初版

評価★★☆☆☆
ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編
『ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編』レックス・スタウト(論創海外ミステリ)

アーチー・グッドウィンは陸軍情報部の少佐だった? あのネロ・ウルフがダイエットに挑戦? 戦時色濃厚な四つの難事件を収めた「ネロ・ウルフの事件簿」第3弾!特別付録「ウルフとアーチーの肖像」も収録。(本書あらすじより)

しばらく3月まで更新ペースがゆっくり目になると思いますが、ご了承ください。悲しいことにミステリ読んでる場合じゃない……。別に忙しいわけではないので、本の感想以外の記事でも書けたらいいなぁ。
さて、論創海外ミステリから出ていたネロ・ウルフ中編集も、第3弾でひとまず終了です。いやー今回も良かったなぁ。3つの中で一番楽しめたかも。
アーチー・グッドウィンが軍隊に所属し、愛国心あふれるネロ・ウルフが無償で軍に協力していた戦時中が舞台の4編(最後だけアーチーは軍をやめた後ですが)。中編集のコンセプトとしてはかなり面白いと思います。初っ端の「死にそこねた死体」がベストでしょう。
これで論創ネロ・ウルフはひとまず終了のようですが、今後も長編など出ますように。頼むぜ論創社様。

「死にそこねた死体」Not Quite Dead Enough(1942)
シリーズファン必読の作品です。本短編集でも断トツ。
軍隊に入ったアーチー。ドイツ兵殺すべしと突如運動に目覚めジョギングに励み頭脳を停止したネロ・ウルフ。探偵をやめてしまったネロ・ウルフに推理をさせるべく、アーチーはたまたま出くわした死体に自分の髪の毛やら指紋やらをベタベタ残し、わざと逮捕され、「ネロ・ウルフの助手 逮捕される!」という新聞の見出しを作らせます。
当然ウルフは激怒して拘置所に駆けつけ、「アーチー、お前の目論見は分かってるぞ」とブチ切れながらもついに探偵に戻り、一瞬で犯人を見つけつつ「くだらん。アーチー。いろいろ欠点はあっても、きみは人を絞め殺すような男でも、愚か者でもない」って言う話なんです。やばくない?
いや、ちゃんとミステリとしても面白いんです。事件の構図の見事さも素晴らしいんです。けど何よりこのアーチーとウルフの関係が最高で最高で。アーチーが入隊し不在の間ジョギングに励むウルフがアーチーのセーターを無断で借りたので、セーターはぐだんぐだんに伸び、久々に探偵に戻ったウルフがスーツを着ると痩せてしまったのでスーツがぶかぶかになってしまうとかさ。もうただのキャラ萌えです。アーチーはあれだけ女好きなのに決まった相手がいなくて文句を言いつつも結局ネロ・ウルフの助手をやっているあたり萌えざるを得ないぞ。

「ブービー・トラップ」Booby Trap(1944)
軍内部での不審死、および手榴弾による爆死事件を、ネロ・ウルフが調査します。
ウルフが軍に積極的に協力している様子も興味深いのですが、何よりウルフが時折見せる非情さが全面に出ているのが印象に残ります。謎解きは、まぁ罠をしかけて終わりなので今回は特になし。

「急募、身代わり」Help Wanted, Male(1945)
命を狙われていると訴える男がウルフのもとに現れ、すげなく断られた後に本当に殺されます。続いてウルフにも同じ脅迫状が……。
古典的なトリックなのに、ネロ・ウルフがそっくりのデブの身代わりを用意する展開が面白すぎて気付けないという、ユーモア・ミステリのお手本のような作品。伏線のさりげなさにも感心しました。
一番楽しいのは、ウルフが脅迫される中、アーチーが自分は海外に戦いに行きたいのでワシントンにいる中将と交渉しに行くと宣言し、それを聞いたウルフがめちゃくちゃ不機嫌になって意地悪をし、アーチーが出発を遅らせようか聞くとさっさと行けと怒り、結局アーチーはウルフが心配で戻ってくるところなんですけど、伝わるかこれ。

「この世を去る前に」Before I Die(1947)
闇市の王に娘絡みの事件を持ち込まれ、ウルフたちはギャングの抗争に巻き込まれてしまいます。
犯人はパターン的に分かりやすいので、それよりも抗争をウルフ(とびびるアーチー)がいかに抜け出すのか?というウルフの機転が見どころ。謎解き要素は少ないですが、ネロ・ウルフらしい作品です。

「ウルフとアーチーの肖像」(1949.09.15)
作者スタウトによる、ネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンのキャラクター設定です。


原 題:Nero Wolfe Vintage Detective Stories : The Cases of Major Archie Goodwin(1942~1947)
書 名:ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編
著 者:レックス・スタウト Rex Stout
訳 者:鬼頭玲子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 182
出版年:2016.10.30 初版

評価★★★★☆
霧の港のメグレ
『霧の港のメグレ』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

パリの雑踏で保護された記憶喪失の男。頭になまなましい傷痕のあるこの老人の身許は、彼の世話をしていた女中の申し出により、ノルマンディの小港ウィストルアムから6週間前に失踪したジョリス元船長と判明した。しかし失踪の理由も、頭の傷痕の説明もつかない。メグレは彼を連れてウィストルアムに向かうが、ジョリスは自宅にもどったその夜、何者かに毒殺される。霧にとざされたこの小港で、6週間前に何があったのか? そして、何ゆえジョリスは再度ねらわれたか? 陸の人間にたいして容易に口を開かない海の男たちを相手に、メグレは捜査を開始する……。(本書あらすじより)

出来るだけ発表順でメグレ警視シリーズを読んでいこうという月イチメグレ、今回はポケミス版もある『霧の港のメグレ』です。
今年も何冊か初期メグレを読んできましたが、相変わらずこのシリーズをどう評価するのか、言うなれば、他者から「メグレ警視ってどういう作品? 面白いの?」と聞かれた時にどう答えるのか、に対する結論が出ていません。まぁ心理描写が書けてる人情物だよ、みたいに言えちゃえば手っ取り早いのですが、そういう評価が今さらオススメの言葉としてふさわしいのか、っていうか人情物でも何でもないんじゃないか、みたいに考えるとそれはそれで難しいところです。
が、ミステリファンに対してオススメしようと考えた時に、そろそろ分かってきたこともあります。メグレ警視シリーズは基本的に純粋な本格ミステリとは言い難いのですが(それは間違いない)、毎回魅力的な謎を最初にガツンと提示してくることと、それを軸にしたホワットダニットの構成能力に関してはきちんと評価するべきだと思うのです。

今回も出だしは非常にはっきりしています。「頭を撃たれ致命的な傷を負った後に、何者かによってしっかりとした手術を受け無事助かった男が、記憶を失った状態でパリをさまよっていたのはなぜか?」という謎が開始1ページで提示されます。関係者の誰もが口を閉ざす中でメグレが真相にきちんと説明をつける、という流れが特に良く出来ていますね。メグレが事件を再構成しようと頭を絞る描写が多いので、謎解き要素も強めに感じられます。
また、初期メグレの中ではいつもより若干長め(といっても250ページだけど)で、登場人物もやや多めですが、そのさばき方が上手いのです。船長の家政婦、サン=ミッシェル号の船乗り3人、村長とその妻、あちこちに出没する謎の男、と無関係な人々がきちんと結びついていきます。村長などの上流階級の人々の書き方は『メグレを射った男』を思い起こさせますが、それプラス港の酒場をたむろする船乗りたちが多く登場します。実に多様な階級の人々を分け隔てなく描けるのはさすがですし、それに違和感なく接することのできるメグレ警視というキャラクターもお見事です。村長から「お前あんな低俗な連中のいる酒場に出入りしてるのか……」みたいなジト目で見られても平然としていられるのもメグレですし、ある程度事件が進んでくるとピリピリとした空気を出しあくまで刑事としてでしか船乗りたちと接しないのもメグレなのです。

まぁでも、初期メグレのベストかと言えばそうでもないかなぁ。メグレが労働者と交わる酒場の雰囲気をもっと押し進めた『三文酒場』とか、上流階級の中の真実を暴く過程を全面に出した異色作『メグレを射った男』の方が好きかも。とはいえ、いかにもメグレシリーズらしい事件と真相とその描き方という点では、初期メグレの中でも突出してまとまりのいい作品であることは間違いないでしょう。

さて、今年は初期作メグレ警視を7冊も読んだわけです(そういえば全作品訳者が違う)。月イチなのになぜ7冊なんだという疑問は置いておいて、やはり超高得点をつけたくなる作品があるわけではないですが、安定して60点以上くらいの出来であることは間違いありません。7冊読んだ中で、というよりここまで読んだ初期メグレの中では『三文酒場』がダントツかな。次点が『メグレと深夜の十字路』『メグレを射った男』でしょうか。手持ちの初期メグレがあと何作品かあるので、それを読み切ったらまた改めてランキングでも作りたいですね。
とはいえ、早く『モンマルトルのメグレ』を超える傑作に当たりたいのも事実。あと初期メグレはほとんどパリの外が舞台なんですが(今回も港町)、たまにはパリメグレを読みたいなぁ。また来年、頑張って積ん読を減らしましょう……あと28冊も積んでいるし……。

原 題:Le port des brumes(1932)
書 名:霧の港のメグレ
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:飯田浩三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 47
出版年:1980.02.15 初版

評価★★★★☆
人魚とビスケット
『人魚とビスケット』J・M・スコット(創元推理文庫)

1951年3月7日から2カ月間、新聞に続けて掲載され、ロンドンじゅうの話題になった奇妙な個人広告。広告主の「ビスケット」とは、そして相手の「人魚」とは誰か?それを機に明かされていく、第二次大戦中のある漂流事件と、その意外な顛末。事実と虚構、海洋冒険小説とミステリの融合として名高い幻の傑作、新訳決定版。(本書あらすじより)

登場人物一覧に不備があるため、世界大ロマン全集ではなく創元推理文庫版で読まないとダメという作品です(叙述トリック的なアレではない)。読んだらだいたい理由は想像つきますが、どこかでチェックしてみたい。
というわけで、「海洋冒険小説とミステリの融合として名高い」作品をついに読みましたよ。いや面白いことは面白いんですが、正直いま読むとそれほどでもないのかなと……。「海洋冒険小説と謎解きミステリとの幸福な結婚」と解説にありますが言い過ぎですし、人種差別的な点もやや気になります。設定と趣向は最高なんだけど。

新聞に載った謎の個人広告。「人魚」「ビスケット」と呼び合う彼らの新聞紙上でのやり取りに興味を持った主人公が調べていくと、やがて第二次世界大戦中に船の難破により2週間の漂流生活を送った4人の物語にたどり着きます。「人魚」「ビスケット」「ブルドッグ」「ナンバー4」とあだ名で呼びあった彼らに、漂流生活の中で何が起きたのでしょうか。

冒頭の個人広告欄のやり取りが一番面白い気がしますが、どうもこの部分は事実らしいですね。すごい。
それはともかく、メインは水も食料も欠乏した救命ボートでの漂流生活の描写になります。高まる緊張感、イギリス人たちの中で唯一人種が違う「ナンバー4」に対する「ビスケット」と「ブルドッグ」の高まる不信感、ボートの上での均衡を保とうと努力するただ一人の女性「人魚」、などなど、海上でのサスペンスはさすが。混血の有色人種である「ナンバー4」の態度が終始ふてぶてしいことや、「ビスケット」と「ブルドッグ」の彼に対する不満がおおむね「有色人種だから」くらいに集約されてしまっているのが、まぁこう、時代なのかな……でも戦後の作品なんだけど……。
ちなみに日本人もチラッと登場するのですが、チラッとにしては意外と重要な役割を果たすことになります。こちらもお楽しみに。

さてなんやかんやで漂流生活の全貌が明らかになるのですが、どこが謎解きミステリなんだ、サスペンスじゃないかと思っていたら……おぉぉ、最後こう来ましたか。いやね、あだ名で呼びあっていたりするところからの意外な展開もあるのですが、そうではなくて別の角度から、一気に「ミステリ」らしくなるのです。謎解きではないし、やっぱり色々古いところもあるのですが、なるほどこれは「海洋冒険小説とミステリの融合」なのでした。マクリーンなどのそれとは角度が違う、かなり個性的な作品でしょう。

総じて高評価とは言い難いのですが、創元推理文庫として復刊されるだけの価値はあったろうとは思います。この作者の作品はあと1957年に平凡社の冒険小説北極星文庫から『白い世界の魔術』という作品も出ているそうなのですが、どういうタイプの作家なのか全く想像がつかないな……。

原 題:Sea-Wyf and Biscuit(1955)
書 名:人魚とビスケット
著 者:J・M・スコット J. M. Scott
訳 者:清水ふみ
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mス-7-1
出版年:2001.02.16 初版

評価★★★☆☆
ガール・セヴン
『ガール・セヴン』ハンナ・ジェイミスン(文春文庫)

私は必ず日本に帰ってみせる。石田清美、21歳。家族を何者かに惨殺され、ロンドンの底で生きている。そこに飄々とした冷血の殺し屋マークがやってきた。僕が君の家族を殺した人間を探してみようかとマークは言うが――暗黒街からの脱出を願う清美の必死の苦闘を描き切る鋭利なる文体。徹頭徹尾、女子が女子を書いたノワール。(本書あらすじより)

「女子による女子のためのノワール」とか書いてあると、どうしても「何だよ男子はお呼びでないってのかい」みたいな気分になってしまいますが、いやいやそんなことはありません。25歳の新鋭作家が書いた、正統派のノワール作品です。

舞台はロンドン。家族を何者かに殺され、ナイトクラブ〈アンダーグラウンド〉で働く石田清美21歳(ハーフ)、通称セヴンが主人公。ふとしたことからギャングに目を付けられ暗黒街に片足を突っ込む羽目になり、何としてでもロンドンを脱出し、父の故郷日本へ帰ってやる、さらに家族を殺された復讐をすべく真実を突き止めてやる、と息巻く清美の物語です。

どれだけストーリーが典型的であっても、語りとキャラクターが見事であればいくらでも読ませる作品になる、ということがよく分かります。
主人公セヴンの一貫性が気に入りました。破滅的な道を選ぶ愚か者のようでもあるし、自分の居場所を見つけたいという確固たる方針があるようにも見えます。怒りと無気力によって行動していくセヴンは、ハチャメチャなようだけど、これはこれで確固たるキャラクターなんです。
てっきりサラ・パレツキーのヴィクみたいな、ザ・3Fハードボイルド主人公、的なタイプの主人公なのかと思ったら全然違ったんですよ。良い意味で主人公然とした強さに満ち満ちているわけではなく、思い切った行動もとる一方で、どうしようもなく自ら泥沼に落ちていくこともあります。だからこそ、等身大で、人間らしく感じられます。「女子による女子のためのノワール」とはあるけど、男性も取っつきやすいのでは(むしろ女性全員がこの主人公を見て喜ぶのかなぁという疑問を感じたり感じなかったり)。

思いっきり日本がフィーチャーされているわけですが、日本描写は非常に的確で、逆につまんないくらい真っ当です。その他の例えば食えない男性キャラクター陣(家族を殺されたセヴンの復讐を助けようとする物腰の柔らかさに定評のある殺し屋マークとか、セヴンの愛人であるようなないような草食系中途半端男ノエルとか)も、実にちょうど良い“脇役”っぷりを発揮しています。
っていうか書きっぷりが全体的に達者なんですよね。読みやすいし、けど薄っぺらくないし、感情の起伏を上手いこと織り込んだ一人称がお見事。ライトなノワールとして、気軽に手に取って読まれれば良いなと思います。

原 題:Girl Seven(2014)
書 名:ガール・セヴン
著 者:ハンナ・ジェイミスン Hannna Jameson
訳 者:高山真由美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 シ-23-1
出版年:2016.08.10 1刷

評価★★★★☆
メグレを射った男
『メグレを射った男』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

隠退してドルドーニュに住む元同僚の誘いに、メグレの旅心は動いた。寝台車の相客が気になって、メグレは一晩中まんじりともできなかった。明け方、森の中を徐行中の列車からその男がとび降りた。とっさの判断で、メグレもあとを追った。男は発砲し、メグレは肩に傷を負った。病院で意識をとりもどしたとき、判事、検事、署長、書記、警察医の五人の男が彼をとりかこんでいた。人もあろうにメグレが、ここベルジュラックで最近起こった二件の通り魔的殺人事件の容疑者にされたのだ。旧友の証言で容疑ははれ、今度はメグレがベッドに寝たままで真犯人探しに乗りだす。(本書あらすじより)

瀬名さんの感想がイマイチだったのでどうかなーと思っていたのですが、いやいや、これかなり面白かったですよ。メグレシリーズの中では異色作寄りですが、だからこそ定型パターンを外れており、シリーズを読み慣れた読者ほど楽しめると思います。

冒頭、メグレは電車を飛び降りた怪しげな男を追いかけ自分も電車を飛び降ります。撃たれて意識を失ったメグレは入院することになるのですが、そこで町を騒がす通り魔連続殺人事件を知ります。

確かに人物描写などいつものメグレと比べると書きっぷりは悪いんですが、純粋なアームチュアディティクティブとして成立させているあたり、本格ミステリとしてはかなり興味深い作品です。ベッドの上で、周囲から見ると半ば狂人かのような振る舞いをしながら執拗に殺人犯を追うメグレの姿は、まさに名探偵そのもの(笑)
とある証拠から町の名士の中に連続殺人犯である狂人がいると容疑者を限定した上で、意外な展開を(いつものように序盤だけではなく)終盤まで繰り返しているので、普通にリーダビリティも高め。相変わらずラストが駆け足でごちゃごちゃしていますが、真相の複雑さもなかなかですし、全体としては悪くないでしょう。

あといつも微妙な扱いのメグレ夫人が、今回は大活躍。終始寝たきりのメグレ警視に付きっきりで、警視の代わりに町中から情報を集め、死体まで見に行き、あれこれと活躍しているのも珍しく楽しかったです。メグレ夫人っていつもチョイ役な上に、メグレに怒鳴られてばかりだからな……。

というわけで、これは普通にオススメです。メグレの打率が地味に上がっている気がするぞ、いいぞいいぞ。

原 題:Le fou de Bergerac(1932)
書 名:メグレを射った男
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:鈴木豊
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 42
出版年:1979.09.15 初版

評価★★★★☆
プラド美術館の師
『プラド美術館の師』ハビエル・シエラ(ナチュラルスピリット)

絵を通して霊的世界へ誘う。見事な手法と解釈で名画に隠されているメッセージを読み解く。そして、驚くべき結末が待っていた……。2013年スペイン国内フィクション部門年間ベストセラー1位!(本書あらすじより)

主人公である学生ハビエルが、ある日プラド美術館で謎の人物と出会う。彼は会うたびに絵画から読み解ける驚異のメッセージを教えてくれるのだが、しだいにハビエルは不可思議な出来事に巻き込まれ……。
というあらすじからして、なるほど『ダ・ヴィンチ・コード』+『風の影』だな、という感じです。実際その通りなのですが、小説としては落第点かなぁ。カラー図版で豊富に絵画が付いており、プラド美術館にある様々な絵画の解釈・解説を楽しめるのですが、小説としての何がしかを期待すると肩透かしだと思います。何がしかを期待感たっぷりに描くだけによけいにがっかりするのですが。

「プラド美術館の師」による絵画解説、およびハビエルによる調査&師の正体に迫るパート、が交互に描かれます。
基本的に師の教える解釈は、客観的というよりかなり強引なのですが、絵画には神秘主義的な思想が隠されていた、というものです(西洋人はやたらと神秘主義的思想を警戒するけれど、こっちからすると「楽しそう」みたいな感覚しかない……)。中世史〜ルネサンスあたりが好きな人は非常に楽しめると思います。っていうか楽しめました。どれだけ正しいかはともかく、あらゆる知識が縦横無尽に飛び交い絵画の物語が綴られる様はやっぱり面白いです。

問題は師の正体なんですよ。『風の影』に始まるサフォンのシリーズや西洋のホラー作品なんかも該当しますが、こっちのパターン多くないですか? 師は明らかに普通の人間ではなく、美術館の他の客から存在を認識されていないようであることからもそれは確かです。で、別に正体がこれなのは全然構わないのですが、その設定だけ作ってあとはぶん投げた、みたいな終わらせ方が、結局作者がそれほど真摯に物語を作らなかったんだなぁという感じがして残念。メインはそっちじゃないんだろうね、やっぱり。

というわけで、『ダ・ヴィンチ・コード』ほどのトンデモっぷりとストーリーテリングはなく、『風の影』『天使のゲーム』ほどの空想の楽しさもなく、という具合に実に中途半端な出来。最初から期待しないで絵画の解釈を楽しもうと読むのが一番だと思います。装丁と図版自体はめちゃくちゃ豪華で、見開きもばんばん入れており、美術本としての本の造りはナイスなので。

原 題:El maestro del Prado(2013)
書 名:プラド美術館の師
著 者:ハビエル・シエラ Javier Sierra
訳 者:八重樫克彦、八重樫由貴子
出版社:ナチュラルスピリット
出版年:2015.11.11 初版

評価★★★☆☆
メグレと死者の影
『メグレと死者の影』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

事件の第一報は管理人からの電話だった。ヴォージュ広場に近い建物の中庭は、犯罪現場だというのに、暗がりに静まりかえっていた。管理人の案内でメグレが奥の部屋に行くと、曇りガラスに、机につんのめっている男の影が見えた。血清会社社長のクシェが胸のまん中を撃たれて死んでいたのだ。死体が金庫の扉を塞いでいたが、中から多額の金が消えていることが判明した。若い女が現れ、今夜クシェ氏とデートの約束だったと告げた。物盗りか怨恨か、まだ判断のつかないまま、メグレはまずその女から捜査を開始することにして、翌朝、女の住むホテルを訪れた……。(本書あらすじより)

創元推理文庫の創刊当時、シムノンのメグレ警視シリーズの初期作品がかなりの数収録されました。そのうち、例えば『サン・フィアクル殺人事件』などはその後も重版されているので比較的入手しやすいのですが、『怪盗レトン』など創元ではあまり重版されておらず他社から別の翻訳で出ているものは比較的入手しづらい傾向にあります。で、今回の『メグレと死者の影』は後者のパターンで、創元の『影絵のように』に当たるわけですが、この河出のシリーズ自体が入手困難ですからね……(『影絵のように』は一度神保町の均一で拾って友人に譲りました)。ちなみに創元最難関は、他社からも出ず重版もほとんどされていない、『死んだギャレ氏』『オランダの犯罪』『メグレ警部と国境の町』の3冊です、たぶん。
というわけで今月の月イチメグレですが、今回ははずれではないけど大当たりでもないかなという感じ。出だしの雰囲気・キャラの複雑な人物関係・映像的かつ本格ミステリ的な現場の状況は完璧ですが、だんだんしょうもないメロドラマに収束してしぼんでしまいました(いつものことじゃん、とか言わない)。

シチュエーションは本格ミステリ好きなら気に入りそうなものです。建物の中にいる人の動きをカーテンの影越しに管理人が大まかに見ており、その建物からの出入りは見張られており、死体の影に管理人が気付く、というもの。まぁ読んでみるとそんなにカッチリしていないのですが、やはりメグレ物は導入が上手いですね。
加えて人間関係が大変複雑。被害者の社長の元妻とその旦那が同じ建物に住んでおり、さらに被害者には現妻と愛人がおり、元妻との間の息子とその情婦も事件に関係し……とごちゃごちゃ。これらの関係が、序盤~中盤にかけてしっかりキャラを立てながら手際よく描かれていきます。メグレ物にしては珍しく容疑者がきちんと限定されているので、犯人当てをどうしても期待したくなります。

ところが、後半がどうも失速気味です。いつものように容疑者とメグレの関係を軸に話を進めようとしているのですが、読者の予想を全く裏切ってこない展開が前半と釣り合わないのです。真相は想定の範囲内というか、むしろありそうなところに着地してしまったなという感じ。
じゃあメグレらしく渋く切ない人間関係で読ませるかと言えば、こちらも中途半端で盛り上がりません。作者は愛人の踊子とメグレの会話を重視しており、彼女の境遇の描写に力を入れているのですが、途中から被害者の元妻の方に焦点が移ってしまうんですよ。設定が面白かっただけに、残念でなりません。

さて次のメグレは『サン・フィアクル殺人事件』……なのですが未所持なので飛ばして、『メグレ警部と国境の町』……も未所持なので飛ばして、『メグレを射った男』です。あと数冊読んだら手持ちのメグレ一期を読み切れるはずなので、そうなったらランク付けでもしようかなと考えています。

原 題:L'ombre chinoise(1932)
書 名:メグレと死者の影
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:榊原晃三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 48
出版年:1980.05.30 初版

評価★★★☆☆
シャーロック・ホームズ リオ連続殺人事件
『シャーロック・ホームズ リオ連続殺人事件』J・ソアレス(講談社)

ひょんなことからブラジルに招かれた名探偵。謎の連続殺人事件も得意の推理で即刻解決――と思いきや、美女や名物料理に気をとられているうちに、事件は大迷走! あのホームズが誰にも語りたくなかった、人生最大の難事件!! 全世界を笑いの渦に巻き込んだ、ユーモア・ミステリーの大傑作。(本書あらすじより)

先日ブラジル・ミステリのパトリーシア・メロ『死体泥棒』を読みましたが、なんと翻訳されているブラジル・ミステリって数作しかないんですよ。で、そのうちの1つが見事積ん読棚にあったので、絶好の機会とばかりに読んでみました。
タイトル通りホームズのパロディです。ホームズがブラジルに渡って皇帝の依頼のもと盗まれたストラディヴァリウス探しに乗り出したところ、残忍な手口で女性を殺して回る殺人犯も追うことになる、という話。筋立て自体は(ホームズっぽくないとはいえ)真っ当で、ごく普通のホームズパロディです。
ただ、パロディとしてもパスティーシュとしても中途半端というか。ブラジル人のためのホームズパロディ、という感じで、全体的にややだれ気味なこともあり、あまり楽しめませんでした。オチだけはいいんですけどね。

まずパロディ面について言うと、ホームズのキャラクターは、知識量や言動についてはほぼ原典通りだけど、相手の見た目から推理することはからっきし、という状態(ただし外れていることに本人があまり気付いていないので、シュロック・ホームズみたいな感じですね)。だとするとなぜ世界的名探偵になれたんでしょうね……まぁいいや。ワトスンはただのアホです。
さらに、ホームズが恋に落ちるも童貞を捨てられないとか、大麻にハマるとか、いろいろネタになりそうな面白シーンは多いのです。ホームズが「シリアルキラー」という単語を思い付く場面とか笑えました(ちなみにこの犯人、新聞紙上では「皮膚コレクター」と呼ばれています。す、スキン・コレクター……)。中南米の人が読めば、ブラジルの実在の皇帝ペドロ2世がメインで登場したり、ダイキリ誕生秘話が明かされたりと、もっと楽しめるのではないかと思います。

というわけで、パロディとしては良さそうなのですが、問題は事件自体はすごくマジメに展開することなんですよね。ここだけパスティーシュっぽいのです。だからテンポは悪いし、結局だれちゃうし。連続殺人事件自体はシビアで、ヴァイオリンの弦の本数だけ殺人が起きるのですが、こちらの緊迫感も微妙。登場人物がやたらと多いのを作者がさばき切れていないのも問題です。
そして明かされる意外な犯人とは……なんてことより、まずはこのぶん投げまくったラストですよ。これはすごいです。はっきり言ってこのオチだけは高く評価したいです。っていうかこのオチだけ周りに話して聞かせたいくらい。こう考えると、無責任な終わらせ方にも納得できます。

というわけで、どうせならもっとユーモアミステリとしてドタバタさせてくれる方が好みだったかなぁ。わざわざ単行本を探し出してまで読むほどの作品ではないかもしれません。

原 題:O Xangô de Baker Street(1995)
書 名:シャーロック・ホームズ リオ連続殺人事件
著 者:J・ソアレス Jô Soares
訳 者:武者圭子
出版社:講談社
出版年:1998.12.08 1刷

評価★★☆☆☆