春を待つ谷間で
『春を待つ谷間で』S・J・ローザン(創元推理文庫)

ある晩冬の日。中年探偵ビル・スミスは、いつもは休暇を過ごすために訪れる州北部の郡を、初めて仕事で訪れる。イヴという女性の依頼は、家から盗まれた品物を探すこと。どうやら警察が疑っているのは、酒場の主人トニーの弟で、以前から目をかけていたジミーのようだった。調査を開始して間もなく、ビルは死体を見つけ、家出少女捜しを頼まれ、何者かに襲われる……。ビルとリディアがマンハッタンを離れて、事件と取り組むシリーズ第6弾。(本書あらすじより)

体調崩しマンで絶賛寝込みマンの吉井です。つらいっす。
さて、『新生の街』に続いてS・J・ローザン、今回はビル・スミス視点のシリーズ第6作です。ビルが毎年休暇に訪れている田舎町で、絵画盗難の仕事を引き受けます。さらに殺人、家出少女捜しなど、複数の事件が同時に発生。ビルが昔から面倒を見ている青年ジミーの関与が疑われる中、事件の全貌が徐々に明らかにされます。

いやー相変わらずうまいなぁ。ローザンらしい、繊細で、地味だけど人間らしい登場人物がぞろぞろ出てきて、みんなして犯人と目されるジミーを探しているだけ、って話なのに、これだけの物語を作れてしまうんだからすごいです。
事件の背後に見え隠れする、田舎町で影響を及ぼすアップルシーズという大会社が登場します。この会社関係の描写がやや駆け足だったことや、登場人物数を考えると、もっと長めに書いてもよかったかなという気もします。ちょっと終盤が急いでいるというか、強引に真相が判明するんですよね。まぁビルとリディアが岩陰に隠れてドンパチする西部劇みたいな展開を作者がとにかく書きたかったんだろうなぁという気もしますが。

ところでハードボイルド/私立探偵小説の真相って、大きく2種類あるのかなぁと最近思ってきました。一方は家族など私的・内輪で完結するもので、もう一方は大企業や社会そのものを相手にする作品です。そんなのハードボイルドに限らないだろうとも思いますが、ただ例えば本格ミステリって前者が圧倒的に多いわけじゃないですか。逆に冒険小説とかは後者が圧倒的に多いのかなと。両者共に扱えるのが、一個人でありながら探偵として大きなものにも挑めるハードボイルドならではの特徴ではないかと。
で、ぶっちゃけると、いまだに後者のパターンをどういうスタンスで読めばいいのかよく分からないんですよ。本格からミステリに入ってしまった自分みたいな人は、てってれー社会が悪いのだ!みたいに言われてしまうと、お、おぅ、みたいな。いやつまらないとかじゃないですよ。傑作いっぱいありますよ。あくまでこちらのスタンスの問題です。今後の課題にしましょう。

総じて非常に面白かったのですが、とはいえ先日読んだ『新生の街』の方が面白かったかなぁ。それに何といっても『冬そして夜』の方が圧倒的に面白かったというのもあるし。ビル・スミスはもっと良いのがあるはず。今度は『どこよりも冷たいところ』を読みたいです。

原 題:Stone Quarry(1999)
書 名:春を待つ谷間で
著 者:S・J・ローザン S. J. Rozan
訳 者:直良和美
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mロ-3-6
出版年:2005.08.31 初版

評価★★★★☆
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新生の街
『新生の街』S・J・ローザン(創元推理文庫)

新進デザイナーの春物コレクションのスケッチが盗まれた。5万ドルの“身の代金”の要求に、受渡しの仕事を持ち込まれた探偵リディアは、相棒ビルと指定の場所に赴くが、不意の銃撃をへて金は消えた。汚名返上のため、2人がファッション界に真相を探ると……? 名コンビが早春の街を駆ける、等身大の探偵物語。待望の第3弾!(本書あらすじより)

今月末のローザン読書会に向けて、約2年ぶりのローザンです。今回はリディア・チン視点の作品です。
ローザンの書く私立探偵小説って基本的にかなり好きなんですが、ぶっちゃけるとリディア・チンよりもビル・スミス物の方が良いよなぁとこれまで思っていました。ほぼ全作読んだうちの親が言っていたというのもありますし、過去に読んだ『苦い祝宴』が「まぁそれなりに面白い」くらいの感想だったからというのもあります。短編もビル・スミスの方が圧倒的に良いし。っていうか『冬そして夜』がド傑作だし。
……いやほんとすみません、リディア・チン舐めてました。ビル・スミスの方が圧倒的に面白い、なんてことは全くありませんでした。くっそぅ良いじゃないかこれ。

今回はファッション業界が舞台。盗まれたデザインの取引のためにリディアが雇われるのですが、不意の出来事により取引は失敗してしまいます。さらに不可解な殺人が発生し、それを調べていく中でリディアとビルはファッション業界の裏で動く陰謀を暴きだしていくのですが……。

込み入った事件の果てに浮かび上がる真相は、私立探偵小説としてはある意味定番のものです。しかしながらそのはめ込み方と生かし方、舞台設定と探偵のキャラ設定、さらに解決に至るまでの小規模事件の連発によって、非常に安定感のある、上質な作品になっています。かなりのテンポで事件が続発し、おまけに事件の全体像が見えてこないので、大いに読ませるるのです。うーんこれはいいものだ。
『苦い祝宴』の時より圧倒的に楽しめたのですが、これは高校生の頃と違ってハードボイルドを楽しめるようになったからなのか、それとも事件の内容がより好みに近いからなのか……(両方かも)。どちらにせよ、(こんなこと言うとアレだけど)リディア・チン・シリーズは個人的に女性探偵物の中でも抜群に取っ付きやすいのです。

というわけで久々でしたがやはり良いシリーズでした。このままあと1冊読みます。

原 題:Mandarin Plaid(1996)
書 名:新生の街
著 者:S・J・ローザン S. J. Rozan
訳 者:直良和美
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mロ-3-3
出版年:2000.04.21 初版

評価★★★★☆
ゴースト・ヒーロー
『ゴースト・ヒーロー』S・J・ローザン(創元推理文庫)

天安門事件の最中に死んだ中国人画家の“新作”がある、という噂の真偽を確かめてほしい──私立探偵リディアは畑違いの依頼に疑問を抱き、相棒ビルと、ビルの知人で美術品専門の探偵ジャックに会うが、彼もまた別の人物から同様の依頼を受けていた! 現代アート業界が秘めた謎と陰謀に、名コンビは成り行きからトリオを組んで挑む。傑作私立探偵小説シリーズ、ディリス賞受賞作。(本書あらすじより)

何作かだけ読んでるローザンのリディア&ビルシリーズですが、個人的には結構好きです。評価が高いのも納得。どれも一定のクオリティで読ませる良ハードボイルドシリーズだと思います。
で、なんと今作はまさかのコン・ゲーム物。マンネリ化を防ぐべくいろいろやろうという努力が涙ぐましいのですが、実はローザンさんは以前「ペテン師ディランシー」というやはりコン・ゲーム物の短編でMWAの短編賞を取っているんですよね。というわけでちゃんと力を見せたことのある方向性でもあるのです。
伝説の中国人画家の未発表作品をめぐって探偵と探偵と美術品ディーラーが火花を散らし合います。さらにはリディアとビルの間にイケメン中国人探偵ジャックが入ることで、二人の関係性にもごにょごにょあったりなかったり。相変わらずの面白さですが、期待の範囲内の面白さ、でもあるのかな。

今回は死者なし。天安門事件で死んだ画家の”新作”の噂といううさん臭い話を発端に、あらゆる立場の人々が自分の利益のために動く、というのがポイント。天安門事件という大ネタを絡めながら、事態を解決しようと奔走するリディアがよく描けているし、そこそこ勢いを維持して読ませる作品に仕上がっています。
終盤に入り全ての事態を把握したリディアとビルと美術探偵ジャックは、とある作戦を決行することになります。ここがコン・ゲーム的。この騙し自体はお手本みたいに収まりが良くて、ほんと何の感想も出ないくらいそこそこの出来だと思ったけど、全体的には読んでいてとっても楽しかったので、いいんじゃないでしょうか。今作は終始軽快で、重苦しい感じにならないように書かれていますが、これも話の内容的にぴったりでした。

……という具合の感想でなんか終わっちゃうんですけどいいかな。おさまりよすぎて何にも言うことないです。初めてローザンを読む人はここからじゃない方がいいですね、もちろん(『どこよりも冷たいところ』からがいいらしいですよ、読んでないけど)。あくまで試みの一つということで。
ちなみにこれはディリス賞受賞作(初めて聞いた)。これでこのシリーズはエドガー賞とシェイマス賞とアンソニー賞とネロ・ウルフ賞とマカヴィティ賞とファルコン賞とディリス賞を獲ったことになるらしいですね。すごい。賞のデパートだ。

書 名:ゴースト・ヒーロー(2011)
著 者:S・J・ローザン
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mロ-3-13
出版年:2014.07.25 初版

評価★★★★☆
夜の試写会
『夜の試写会』S・J・ローザン(創元推理文庫)


日本独自に編纂された、リディア・チン&ビル・スミス物の短編集です。

いやしかし、なかなか良質な短編集でしたね。一話一話がほどほどの長さで、きちんとまとまっています。短編が苦手な自分も全く苦にならないくらい、文章も身軽です。最近ローザンは短編でも名前が上がるようになってきた印象がありますが、それも本当かもしれませんね。

話の内容としては、極めてまっとうな短編ばかりですので、短編ならではの(いやな感じに)ひねくれた話や奇妙な味を求める人には不向きかも。自分がそういった話がちょっと苦手、ってのもあるんですけどね。リディアが主人公の話は、中国人関係、あるいは女性関係が多く、ビルが主人公の話はアメリカの私立探偵っぽい話(?)が多いという印象があるのはいつも通り。

相変わらず脇役がいい味を出しています。特にビル・スミス物でしょうか。思うに、ビル・スミス本人がちょっと曖昧な人物であるため、その分周りをもり立てているんじゃないでしょうか。最初にビル・スミス物を書いた時のはっきりしないビルの設定に作者が捕われてしまっているとでもいうのか。


「夜の試写会(Film at Eleven)」(1994)
弁護士にあるビデオを手に入れるよう依頼されたリディアは一計を案じ……。

ある意味予想通りの展開がながら、なかなか読ませます。これって儲かったの?

「熱き想い(Hot Numbers)」(1992)
かつてボディーガードをしたわがままな歌手のお守りを再び頼まれたビルは、断固としてその依頼を断った。ところが……。

面白かったです。脇役のグラハムのキャラが非常に良いですね。真相もなるほどと思わせる展開でした。

「ペテン師ディランシー(Double-Crossing Delancey)」(2001)
リディアの友人の義兄が、金を騙し取ることにかけては並ぶ者のないことで有名なディランシーに騙された。リディアはディランシーに接近するが……。

アメリカ探偵作家クラブ最優秀短編賞受賞作。
……とのことで、確かに面白いんですが、なぜ受賞したのかはちょっと謎です。まさかこれが一年で一番面白かったんでしょうか……。
リディアの友人の名前はチャーリー・チャンといいます。ありふれた名前なんでしょうか。わざとならちょっとやめてほしいですね。

「ただ一度のチャンス(Hoops)」(1996)
友人は殺されたんだ、犯人を探してほしい、と言う黒人の少年の依頼を受けたビルは……。

街の、何とも言えない吹き溜まりといった感じが非常に良く出ています。真相が、この短編集の中では一番ひねくれてるかな。レイモンドの考えにそこはかとない悲しみが感じられます。『冬そして夜』に似た印象がありますね。

「天の与えしもの(Birds of Paradise)」(1994)
口数八丁で献金を得ようと街頭に立つ牧師一団に店の前に立たれて商売にならん、何とかしてくれ、という依頼をビルは友達であるユダヤ人老夫婦から引き受けたが……。

終始ほのぼのとした作品で、ミステリと言うよりとんちですね。ユダヤ人夫婦がすっごくいいキャラをしています。

「人でなし(Subway)」(1997)
地下鉄強姦事件に関わったリディアは、女刑事と共に犯人を追うが……。

題名が全て。この真相には気付けませんでした。
しかしいくらなんでも、リディアが真相に気付いたという一言には誰もがおかしいと感じるでしょうね。そこがちょっと甘いです。

「虎の尾を踏む者(A Tale About a Tiger)」(2000)
リディアは漢方薬店の主人から、精力増大に効くというエセ漢方薬の密輸を阻止したいと依頼されるが……。

えーと……これだけちょっとつまらなかったかなぁ。パターンが、この短編集のある話とそっくりで。一応もうひとひねりしてありますが、あまり乗れませんでした。
冒頭の逸話が、なぜ入っているのか分かりません。誰か教えて下さい。


書 名:夜の試写会(1992~2001)
著 者:S・J・ローザン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mロ-3-9
出版年:2010.4.16 初版

評価★★★★☆
『冬そして夜』S・J・ローザン(創元推理文庫)

11月の深夜、警察署へ呼び出された私立探偵ビル・スミスは、甥のゲイリーと思わぬ再会を果たす。なぜニューヨークへ来たのか話さぬまま、再び姿を消した甥を捜すため、甥一家が住む町ワレンズタウンを訪れたビルと相棒のリディアは、アメリカン・フットボールの盛んな町が抱える歪みと醜聞に、否応なく直面するのだった。私立探偵小説シリーズ第8弾、MWA最優秀長編賞受賞作。(本書あらすじより)

以前紹介したローザンの最新作です。第8作、偶数なので、アメリカ人ビル・スミスが主人公。奇数では、リディア・チンという中国人女性が主人公で、主人公の一人称によって話は進みます。二人は一緒に捜査に当たっているんですが、どうも一人称じゃない方(偶数ならリディア)がかなり立派な人として描かれているような気がします。お互い、相手を尊敬しあっているってことなんでしょうね。

本格というよりはハードボイルドチックです。アメフト第一な街ってのはアメリカではたくさんあるらしく、映画「コーチ・カーター」を考えてくれるとわかりやすいです(あれはバスケだけど)。街の、アメフト部員ではないからというので虐げられている少年少女たちに読者が惹かれるような気がします。ホント、差別見たいのがあるんですね。ビックリしました。

まあまあ分厚いんですが、そんなことを気にせず一気に読める傑作です。久々に読みごたえのあるミステリを読んだ感じでしたね。ストーリーも、行きあったりばったりとはいえよく出来ているし、アメリカの社会への鋭い批判も垣間見えます。結末は、ハッピーエンドとはとても言えないんですが、それでもスッキリ終われるのは、がんばっている部員以外の少年少女の姿が本当にカッコいいからでしょうね。

登場人物では、街のサリバン刑事が異常にかっこいい。いやもうホントに。クールで融通がきかなそうで、ちょっと情に厚いところがすごくいいです。いいキャラすぎて、クリスティ的に犯人じゃないかと疑うくらい。…主人公こっちでもいいかもな。なんたって、ビル・スミスは大したことやったわけじゃあないし、すぐ殴るし、なんかよく分かんないし。ローザンは、主人公2人よりも、脇役の方が力を入れて描いているんじゃないでしょうか。

難点は、表紙です(笑)。これ、いまさら他の人が書くってことにはならないのかしらん。

おそらく今年は、評価★5つはこれで最後でしょう。ぜひお勧めしたい作品です。

書 名:冬そして夜
著 者:S・J・ローザン
出版社:東京創元社
      創元推理文庫 Mロ-3-8
発 行:2008.6. 初版発行

評価★★★★★
2009.06.06 『苦い祝宴』
『苦い祝宴』S・J・ローザン(創元推理文庫)


中華料理店で働く青年四人が、ある日突然揃って姿を消した。彼らが勤めていたのは、チャイナタウンの大物が経営する有名店。最近始められた組合活動に関して、店と対立があったらしいが、その程度のことで拉致されたり消されたりするはずもない。半ば強引に捜索の仕事を引き受けたリディアは、相次ぐ予想外の展開に翻弄される。“リディア・チン&ビル・スミス”シリーズ第五弾。 (本書あらすじより)

アメリカを舞台とする小説です。中国人女性リディア・チン&白人男性ビル・スミスシリーズ、とよく銘打ってありますが、補足説明せにゃいかんですな、これは。

ローザンはですね、出版順で奇数の本はリディア・チンの一人称によって語られるんです。そして、偶数の本はビル・スミスの一人称によって語られるんです。自分が持ち込まれた事件(どっちも私立探偵なのですよ)をもう一人の人にサポートを頼むんです。どっちかというと、ビル・スミスの方が暴力シーンがあるみたいです。といっても、あんまり重くなく、アメリカミステリにしては読みやすいと思いますよ……ここまでお母さんからの情報(笑)

僕はローザンは初めてなんですが、この『苦い祝宴』は五作目、つまり奇数なので、リディア・チンが主人公です。中国人労働者消失事件から、最終的には密輸やら労働問題やらに発展します。謎がこってるとか、本格ってわけでもないんですが、結構とっつきやすかったですね。

しかし、「犯人が誰か」って趣旨の本ではないと思います。むしろ、いかにリでぃアが謎を解決できるのか、という点が重要みたいですね。後半にはFBIとかまで出てきてやたらと規模がでかくなってくるんですが、しかしそこまで大物の犯人なのか、っていうとそうではないかも(笑)

ローザンは基本、偶数(ビル・スミスが主人公)の話で賞をとっているので、そっちの方が面白いのかもしれませんね。

書 名:苦い祝宴
著 者:S・J・ローザン
出 版:東京創元社
   創元推理文庫 Mロ-3-5
発 行:2004.1.30 1版

評価★★★☆☆