薔薇の輪
『薔薇の輪』クリスチアナ・ブランド(創元推理文庫)

ロンドンの女優エステラ。その絶大な人気は、体が不自由でウェールズに住んでいるという娘との交流を綴った新聞の連載エッセイに支えられていた。エステラの未来は順風満帆に思われた。服役中の危険人物の夫が、病気のため特赦で出所し、死ぬまえに娘に会いたいと言い出すまでは……。勃発した怪事件に挑むのは、警部チャッキー。巨匠の技巧が冴える、本邦初訳の傑作ミステリ!(本書あらすじより)

巨匠、クリスチアナ・ブランドの未訳作がなんとまだあったんですねー。というわけで、『猫とねずみ』と本書にのみ登場するチャッキー警部シリーズが今年出ました。めでたいめでたい。ちなみに『猫とねずみ』の方が先ですが、読んでおく必要などは全くありません。というか読んでなくても大丈夫でした。
いまさら翻訳される作品が傑作なわけがないとか、代表作と比べるとちょっと……みたいなマイナス評価ばっかり聞いていたのでかなり身構えていたのですが。いやいや普通に面白いじゃないですか。トリックがどうこうというより、嘘をつく人間心理をじっくりと描いた点でかなり読ませられます。個人的にブランドは、ミステリの筋やトリックどうこうよりも、それを支える物語や悲喜劇で楽しめる作品の方が好きなようです。

物語は、大人気女優エステラを中心として展開されます。
障害を抱えたエステラの娘「スウィートハート」は、彼女の様子をつづった新聞連載によって英国中で人気を博しています。しかし実際は彼女は愛らしいどころではなく、彼女にまつわるほほえましいエピソードは全て関係者が作り上げたフィクションだったのです……という悪意の連鎖しか生まなそうな設定がまずいいです。この秘密を知る人間が複数おり、彼らが後々容疑者となっていくわけですが、特に、関係者でありながら部外者でもあるという新聞記者の存在が上手いですね。
秘密を守るべく全員が保身を図るなか、スウィートハートに無理やり会いたがったエステラの出所した旦那(登場人物中一番のクソ野郎)が殺されてしまいます。そのシチュエーションが不可能趣味がやや散りばめられた絶妙なもので、すごく魅力的。チャッキー警部は尋問を繰り返し、関係者が作り上げたフィクションをひとつずつ解き明かしていくことになります。
トリックもあるにはありますが、気付いてしまう読者もいるかもしれません。ちょっと小粒でここだけ見ても面白くないかも。ただ、チャッキー警部の追い詰め方、真相の明かし方の演出がうまくて、妙に印象に残る話になっています。いいなぁブランド。性格悪そうだ。

というわけで、確かにブランドと言えばな自白合戦も登場人物の罵り合いもないのですが、この異様な人間関係が物語をどんどん動かしていくので面白いんです。状況説明、クソ野郎の登場と死、行方不明となったスウィートハートの捜索、チャッキー警部vs容疑者軍団、と次々に話を展開していき、比較的短い分量の中でミステリを盛り上げてくれます。70歳のおばあちゃんにもなってこういうかっちりした話を作ってくれるブランドはやっぱりいいですねー。クラシックミステリ好きは、まぁブランドですからね、要チェックでしょう(しかしブランドをクラシック作家とすることに異論はないと思うんですけど、1977年の作品が果たしてクラシックか?と聞かれると難しいですね)。
ちなみに個人的な今まで読んだ中のランキングでは、『領主館の花嫁たち』を除くと、『緑は危険』>『自宅にて急逝』>『ジェゼベルの死』=『薔薇の輪』です。まだまだ未読が多いです。しかしだいたい自分の好みが分かりますね、こう並べると。

書 名:薔薇の輪(1970)
著 者:クリスチアナ・ブランド
訳 者:猪俣美江子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mフ-8-3
出版年:2015.06.30 初版

評価★★★★☆
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領主館の花嫁たち
『領主館の花嫁たち』クリスチアナ・ブランド(東京創元社)

当主の妻を若くして失ったその領主館は、悲しみに沈んでいた。そして、愛らしい双子の姉妹の家庭教師として館に訪れたテティもまた、癒しがたい傷を負う身であった。瓜二つの姉妹に慕われ、生きる希望を取り戻していくテティ。だが、館に頻発する怪異が、テティと双子の姉妹の運命を容赦なく翻弄していく……。ブランドが持てる技巧のすべてをつぎ込んで紡ぎあげた、美麗にして凄絶なゴシック小説。巨匠の最後の長編、遂に登場!(本書あらすじより)

1982年にクリスチアナ・ブランドが発表したゴシック小説。ブランドというと新本格というか、ポスト黄金時代英国本格作家の代表格ですが、本書はミステリではありません。というかこの人1988年まで生きてたんですね。ちなみに最近ブランドは『ジェゼベルの死』が復刊されたり何だりで再び話題になっているような。東京創元社から来年『猫とねずみ』の続編が出るらしいですし(『猫とねずみ』読んでも持ってもないけど構わないらしい)。ふーむ、まぁ昔から人気はありますし、リバイバルって感じですね。

一族が不幸になるという領主館に250年続く呪いの顛末を、英国正統派幽霊をひっさげて19世紀を舞台に描かれるゴシック・ロマン。いったん読みだすと王道的ストーリーと濃厚な心理描写にやられ非常に面白いです……なんだけどね。
責任転嫁が得意な自己中女性(複数)と悲劇を背負う女性(痛々しいけどあんまり同情出来ない)という感情移入を拒むかのようなメンツによって物語が展開されるので、物語にはのめり込むのに何となく没入しがたい、という感じがあるのです。でもこれは否定してるんじゃないですよ、人物造形は見事ですから、マジで。
呪いをかける幽霊が、今度は双子に呪いをかけるようになるんですが、この双子の片方がまー酷い性格でしてね。要するに結局どちらが呪いを受けるか、みたいな話になるので、どろっどろですよどろっどろ。この幽霊との対決は変にロジカルなので(特殊設定ミステリ的に)、ある意味本格好きなブランドらしい決着の付け方だとも言えます。

ちなみにこの小説は、冒頭、若い女性とお目付け役のテティなる女性が登場し、若い女性が婚約中の若い男性に、今は無き館と発狂した伯母様の話を語る、という体裁。物語の到達点が示され、そこに向かって話が進む、という構成だと考えられますが、ある意味この若い男女と館の消滅というキーワードのせいで、やや未来に希望が出来ているというか、そこがちょっとそぐわない気もします(何しろこんだけ救いのない悲劇を読まされるわけだし)。ゴリゴリの悲劇はゴリゴリの悲劇で締めりゃいいと思うんだけど、まぁ75歳のブランドおばちゃんは若い人に夢を与えたかったんでしょう、たぶん。ところで相変わらずブランドおばちゃんは家をキャンプファイヤーするのが好きね。

とにかく正統派ゴシック・ロマンですので、なにがしかのミステリ要素を求めて読み始める、というのはよくないかと思います。とはいえゴシック好きの方はそれこそゴシックプロパーの作家を読めばいいんじゃないの、という気もしますが。いずれにせよ、お館と幽霊の物語を心から楽しみましょう。それにしてもえぐい意味でいやらしい話を書かせるとブランドは天下一品ですね……。

書 名:領主館の花嫁たち(1982)
著 者:クリスチアナ・ブランド
出版社:東京創元社
出版年:2014.01.30 初版

評価★★★☆☆
ジェゼベルの死
『ジェゼベルの死』クリスチアナ・ブランド(ハヤカワ・ミステリ文庫)

帰還軍人のためのモデル・ハウス展がいま、アトラクション劇の幕を賑やかに開けた。居並ぶ華やかな馬上の騎士に拍手がわく。期待と興奮のうちに見守る観客の中には気遣わしげなコックリル警部の顔も見えた。公演を前にした三人の出演者に不気味な死の予告状が届いていたのだ。単なる嫌がらせであってくれればいいが……やがてライトを浴びた塔のバルコニーに、出演者の一人、悪評高いジェゼベルが進み出た。そしてその体が前にのめり、落下した……!女流本格派ブランドの最高作。結末のどんでん返しの連続はまさに本格推理の圧巻!(本書あらすじより)

クリスチアナ・ブランドは面白いのが分かりきっているタイプの作家なので、どうしても読むのがもったいなく思えてしまうんですよねー。年一冊ペースとかで読みたいような。というわけで、満を持して『ジェゼベルの死』です。ブランドを読むのは三冊目。
レベルがめちゃくちゃ高いフーダニット・ハウダニット物ですが、それだけでなく、ブランドお得意の容疑者疑心暗鬼合戦やらシニカルなユーモアやらが程よく織り交ざった英国流傑作本格ミステリでしょう。傑作です。

トリックに関しては一点上手くいくんかいなと思わなくもないのですが、そこまでのミスディレクションがばりっばりに効いているのと、ブランドの怨念が感じられるほどに畳み掛けられまくるどんでん返しにより、意外な真相の演出に非常に上手く成功していると思います。トリックそのものも良く出来ているんですが、それだけでなく、冒頭の不可能設定がとっても魅力的に作られている点、それを明かすまでに不可能であることを何度も議論しつつミスディレクションを仕掛け更に証拠を小出しにしていく点が何より「技巧的」という感じで上手いのです。すごいね。

また、有名な自白合戦も面白かったです。その後のどんでん返しの連続もすごいんだけど、ちょっとやりすぎたきらいはあるかもしれませんね。もうちょっとすんなり解決シーンに突入しても良かったんじゃないのかな。作者が書くのを楽しんでいるっぽいので、ま、それはそれでいいと思いますが。
ちなみに例の推理は、アガサ・クリスティの某作品の影響をもろに受けているんだと思うのですけど、あれが一番面白かったというか、ぶったまげてしまいました。いやー、すごいね(すごいしか言ってない)。

なお、翻訳に関して、読書メーターで「堅苦しい」と言っている方がいて、まぁ確かにところどころちょっと読みにくい部分もあるんだけど、英国人らしいクッソ真面目ユーモアをしっかり捉えた翻訳で、良いと思いますよ。

さて、以下ちょっとボソボソと。『ジェゼベルの死』は間違いなく傑作なのですが、自分の好みは、というお話。
難しいなぁ、これはこれですごく良く出来ているんですけど、自分は結構読後感を重視してしまうので、『ジェゼベルの死』よりは『緑は危険』の方が好きですね、たぶん。あらゆる人が褒める『疑惑の霧』を読んでからまた順位を考えてみたいところです。
読了ブランドが『緑は危険』『自宅にて急逝』『ジェゼベルの死』の3つで、調べてみたらこれって発表順なんですよねぇ。そう考えると、「コックリル警部」シリーズとして見てもなかなか面白いかも。
つまり、『緑は危険』はトリックもあるけど最終的にフーダニット側面の強い超感動物、『自宅にて急逝』は不可能犯罪でトリックはややアレだけど最後のバコーーンが印象的なやはり感動より、『ジェゼベルの死』は感動面を弱めた純粋超ハウダニット・フーダニット物……というように、各作品バランスを取って書かれている気がするのです。
この後、『猫とねずみ』を挟んで、やはり世評の高い『疑惑の霧』『はなれわざ』と続くわけで、今後もちろん読むつもりですが、やっぱりまたバランスが違うんだろうなぁと思います。それがたぶんブランド作品の好みが分かれる理由なのかなと。分かりませんが。
……と、『ジェゼベルの死』を偏愛している方を見て思ったのでした。

書 名:ジェゼベルの死(1949)
著 者:クリスチアナ・ブランド
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2
出版年:1979.1.31 1刷
    2003.4.15 5刷

評価★★★★★
緑は危険
『緑は危険』クリスチアナ・ブランド(ハヤカワ・ミステリ文庫)

へロンズ・パーク陸軍病院には、戦火を浴びた負傷者が次々と運び込まれる。郵便配達人のヒギンズもその一人だった。三人の医師のもと、彼の手術はすぐ終わると思えた。が、患者は喘ぎだし、まもなく死んだ。しかも彼は殺されていたのだ!なぜ、こんな奇妙な場所で、一介の郵便配達人は死を迎えることになったのか?”ケントの恐怖”の異名をとるコックリル警部登場。黄金期の探偵小説の伝統を正統に受け継ぐ傑作本格(本書あらすじより)

またしても1週間以上放置してしまいました。うぅむ、定期的に更新したいとは思っているんですが……読書感想文がたまりにたまってるし……というわけで、『緑は危険』、ブランドの初期作品です。ブランドは『自宅にて急逝』以来2回目。

結論。傑作です!!いやー、なんか、この1年で読んだ本格ミステリの中では断トツの出来だったんではないでしょうか。

まずは舞台設定!戦時中の病院という特殊性!例によって爆弾が空から降り注ぐ(『自宅にて急逝』ではさらに衝撃的な使い方をしていましたね、爆弾)中、狡猾に立ち回る殺人犯!熱い、熱すぎる!
そしてハウダニット!殺害方法にあるトリックが用いられています。この謎を最後まで引っ張らないところも良いですよね。あくまで一要素として取り扱っています。
さらにフーダニット!容疑者はこの中にいる、と作者は冒頭ではっきりと限定しています。まさに究極の犯人当てですよ!ザ・本格ミステリですよ!容疑者が互いに「あ、あいつが犯人じゃないか?」と様々に疑惑を抱くことで物語の面白味が一気に増します。こういう疑心暗鬼状態はあまり好きではないのですが、『自宅にて急逝』でも感じたように、ブランドの書き方はあまり嫌らしくないためか、特に気になりません。
そしてホワイダニット!犯人はなぜ殺したのか?という謎が、過不足なく、しっかりと伏線を張って示されます。まぁ、これに気付けというのは無理な話である気もしますけど。しかしながら、入念に仕掛けられたミスリーディングの上手さは秀逸です。というか、フー・ホワイの両方共に、まさにクリスティばり、と言いたいようなミスディレクションですよ、これは。うぅん、素晴らしい。

と、べた褒めしていますが、自分がこの本をべた褒めしている一番の理由は、やはりラストですよ、ラスト。もうね、物語として、話として、めちゃくちゃ面白いんですよ。てっきり犯人が○○する、というベタベタな展開かと思いきや……うぅ、ブランドさん、泣かせるじゃないですか……(こういう展開に弱い)。「戦争中」という設定が、ここで、この展開をいかにも自然に見せるために一役買っている気がします。登場人物の内面までしっかりと描かれた作品だからこそ、この結末が大きな説得力を持ってくるわけです。


というわけで、もう読まれた方も多いかと思いますが、本格ファンは必読の傑作です。というか、これより評判の高い『ジェゼベルの死』や『はなれわざ』は一体どんな作品なんですか……ブランドさん、末恐ろしい……。

書 名:緑は危険(1943)
著 者:クリスチアナ・ブランド
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 57-1
出版年:1978.7.15 1刷
    2000.10.31 4刷

評価★★★★★
自宅にて急逝
『自宅にて急逝』クリスチアナ・ブランド(ハヤカワポケミス)

白鳥の湖邸と呼ばれる富豪サー・リチャードの豪勢な邸では、亡妻セラフィタを記念してのハウスパーティが例年通り開かれようとして、親族の者が続々と集まってきていた。表面はいかにも和気藹々の家族懇親会だが、どこか不気味な暗流が、最初から底を流れていたのだ……。そして一夜明けた朝、白鳥の湖邸の離れ家で、老卿はものいわぬ骸となって発見された。へロンズフォード署の老練警部―─ケントの鬼といわれ、この一族とは個人的に何十年来の付き合いのあるコックリル警部が招かれ、捜査を開始したが、事件は以外に手ごわかった。その日屋敷にいた人々の全てが、大なり小なりの動機を持っていた。妾から直った正妻のベラは遺産の配分に不満だったし、自称”精神異常者”の末孫をはじめ、孫たちもそれぞれ離婚問題や恋愛問題など、様々な厄介ごとを抱えていたのだ……。イギリス女流第一人者のブランドが、お馴染の状況設定のうちに得意のウィットと皮肉を縦横に駆使して展開する、ユーモアあふれる本格ミステリ。(本書あらすじ改)


ポケミスのあらすじは長いのぉ。てなわけで初クリスチアナ・ブランドであります。

結論・むっちゃ好みでした。これは面白い。ブランドがんばって読まなきゃ。古いのに、訳も上手かったなぁ。小文字が大きいのが全然気にならなかったよ。邦題もいいし。


ストーリーとしては超単純。大きなお屋敷があり、頑固なじじいがおり、孫たちがおり、孫とじじいは喧嘩をし、じじいは遺言状を書き直すと言って引きこもり、翌朝には死体となり発見されます。まさに王道。おまけに足跡の密室ときています。まさに王道中の王道。

しかし他の作家と一線を画すのは、家族が疑心暗鬼に陥り、互いに疑い合うというこの特異な状況です。密室の謎を、みんなが勝手に解いては誰それだって犯人かもじゃん、と言い合うわけ。容疑者が母親と息子娘達ならさすがにリアリティがないわけですが、おばあさんと孫達だから、なんかありえるかもな展開なわけです。しかもしかも、家族は確かにお互い仲がすっごく良いから、まるで冗談みたいに罪をなすりつけあうんですよ。

しかしながら、TYとしてはこういうどろどろ展開は嫌いなのです。じゃ、なんで楽しめたのかというと、作者の技量ですよね。シリアスな場面に一級のユーモアと皮肉がふんだんに交っており、話にいやらしさが感じられないんですよ。ブランド以外が書いたのではダメだったでしょうね。ってか、長編としてもたないかな。

コックリル警部のシリーズではありますが、彼はあくまで進行役に過ぎず、主役はマーチ一家です。というわけで、あまり警部のキャラがつかめなかった気がします。まあ、これはしょうがないか……。


トリック自体は、そこまでのものではありません。第一の事件は、上手くいかない気もします。第二の事件の方が、ありきたりだけど上手く出来ていたかな。
しかしながら、やっぱりトリック重視で読む作品ではないでしょう。登場人物らが事件に対して意見していく様をいかに楽しむかがポイント。おすすめです。


ちなみに、いくらなんでもこの検視審問はいいかげんじゃありません?

書 名:自宅にて急逝(1947)
著 者:クリスチアナ・ブランド
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 492
出版年:1959.6.15 初版
    1990.12.31 3版

評価★★★★★