九時から五時までの男
『九時から五時までの男』スタンリイ・エリン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

サラリーマン同様にスーツ姿で9時から5時まで勤めるキースラー氏には、妻にも言えない秘密がある。いつものように仕事先に赴いた彼はおもむろに手袋をはめ、用意した包帯をガソリンに浸していった……氏の危険で魅惑的な仕事ぶりを描いた表題作ほか、高齢化社会の恐るべき解決法を提示した「ブレッシントン計画」、死刑執行人が跡継ぎ息子に仕事の心得を伝える「倅の質問」など、奇妙な味の名手が綴る傑作揃いの全10篇。(本書あらすじより)

久々のエリンです。
この間、とある人が、「奇妙な味というのは江戸川乱歩が名付けたわけだけど、あれはつまりブラックユーモアのことであって、単にユーモアセンスのなかった乱歩が全然笑えないけどこれは何だろうと思って新たにジャンルを作っただけじゃないの」と言っていて、なるほどなぁと心底納得しました。奇妙な味=ブラックユーモア、そりゃそうですね。そういや早川書房から「ブラック・ユーモア選集」が出たのって、乱歩の死の5年後、1970年でした。ほんでもって「異色作家短編集」は1960年。意味深ですねぇ。

なんて御託は置いておいて。

やっぱりエリンの短編集の安定感は素晴らしいですね。大傑作が連発されるわけではないですが、どれもきちんと記憶に残るような高水準の作品。2日間、至福の時間を過ごさせてもらいました。全体的にちょっと考えるようなオチが多かったかな。
エリンの短編はいやらしい話を扱っていてもいやらしくないのが特徴かもしれません。うぇっとさせるのではなくニヤッとさせてしまう。淡々とした語り口がそれを可能にしているのでしょうが、このさじ加減はやろうと思って真似できるものではないんですよねぇ。これが例えばパトQだと、たぶんこの上なくいやらしくなるんだろうに(たぶん)。

ベストは……うぅん、難しいけど、こういうのも書くんだ!という驚きもあった「不当な疑惑」で。皆さん知っての通り基本心臓弱いので、自分。次点が「九時から五時までの男」「ブレッシントン計画」「倅の質問」かな。きっと人によってベストが大きく異なるだろうと思います。「ロバート」とか。
あ、あと、この文庫版の表紙、非常に良いですね。白黒絵に茶色の字。ぼやっとした感じがなんかピッタリ。

以下、個別の感想を。

「ブレッシントン計画」(1956)
老齢学協会を名乗るものの訪問を受けたトリードウェル氏のお話。物語自体が突拍子ないながらも妙な説得力があります。それだけでも十分面白いのに、オチが何とも言えず皮肉でニヤニヤが止まりません。必要最小限の語りが見せる短編の魅力。MWA最優秀短編賞を取るだけはあるのです。

「神様の思し召し」(1957)
奇跡を起こす男を無条件に信じる者の話。えぇっ、そこで話を終わらせちゃうの?と感じました。これはひょっとして一種のリドル・ストーリーなのかな?いや、確かに結末は見えているんだけど、ほのめかしに留まっているのがこの短編の上手さだよなぁ、と思います。

「いつまでもねんねえじゃいられない」(1958)
自宅で暴漢に襲われた箱入り娘の話。他と比べて長く50ページほどあり、なおかつ訳のせいで最初が読みにくいように思いました。どんでん返しを狙ったせいか、いろいろなエピソードを入れたりして、結果的に長くなってしまったような印象を受けます。楽しめたけど、やや冗長かな。

「ロバート」(1958)
品行方正な11歳ロバート少年と、58歳のオールドミス教師の話。この短編集の中で一二を争うイヤらしい話で、さっぱり目の残酷さが強烈。無垢っぽい少年が出る短編って苦手なんだよな……。個人的には好きではありませんは、エリン節が遺憾なく発揮された傑作であることは間違いないでしょう。好きな人は多いと思います。

「不当な疑惑」(1958)
電車の中で耳にした、隣席の弁護士が語る奇妙な物語。これはもう爆笑物。エリンってこんなのも書けるのかー、すごい。こんなオチで許されるのかという気もしますが、まぁやったもん勝ちですしね。毒味がなく読みやすい作品。皮肉さが抑え目で捻りが楽しめるとことか、リッチーの短編っぽいかもしれません。

「運命の日」(1959)
少年二人が体験した、幼き日の思い出とは。オチよりも、登場人物の心情で読ませる話。捻りこそないものの、ある種淡白な残酷さがちらちらと現れており、何とも言えないやり切れなさが残ります。それなのにどことなく叙情性が感じられるとはエリンさん天才ですか。そんなに好きではないんですけどね。

「蚤をたずねて」
蚤のサーカスをしていた男が語る物語。冒頭で「私」が騙されやすいと言っていて、それでこのラストのセリフでしょ。いやぁ上手いよなぁ。これぞ短編の「オチ」って感じです。他愛ないといえばそれまでですが、それをキッチリ仕上げてくるのがプロのお仕事。エリンの短編は本当に多彩です。

「七つの大徳」(1960)
ある会社が成功した理由は、その会社独特のモットーにあるらしい、それは一体……。途中までは文句なしの面白さなんですが……えぇと、このオチどういうことなんでしょう。分かる方、誰でもいいので教えてくれませんか……。必要最小限の語り口のせいで今度は自分の頭がついていけない……。
……と言っていたら、メルアドをnine to fiveにしてしまうほどエリンが好きなワセミスのある人から解釈を教えてもらいました。おぉ、なるほど。ネタバレなので、追記に記します。

「九時から五時までの男」(1961)
一見何の妙なところのないサラリーマンの日常。冒頭が、エリンかよっってくらい普通の小説っぽいのです。ところが男の仕事はどうも普通じゃない。で、ラストまた日常に戻るのですが。
これは、この語り口だからこそ傑作なんですよ。一切無駄なく、男の一日を全て描けてしまうところがすごいのです。特に、倉庫での行動が淡々と語られる様。ありゃあもはや芸術ですね。柔らかくはないけど尖ってもいない筆致が十二分に生かされた傑作。オチが、些細ながらもまたねぇ、やっぱりニヤッとしてしまうんだなぁ。

「伜の質問」(1962)
電気椅子係を副業にする男とその息子の話。これもまたオチが素晴らしいですね。それまでの語りの印象がくるっと一転してしまう、そのやり方が実に説明不足で、かっこいいんだなぁ。読者とエリンの対話が、ブラックユーモアでもって行われます。お見事。

書 名:九時から五時までの男(1964)
著 者:スタンリイ・エリン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 36-5
出版年:2003.12.31 1刷

評価★★★★☆



[追記あり]
... 続きを読む
スポンサーサイト
鏡よ、鏡
『鏡よ、鏡』スタンリイ・エリン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

誰が気楽にしていられるだろう。自宅の浴室に思いもかけぬ火薬の臭気が漂っているというのに。しかも床の上には拳銃で胸を撃たれた大柄で豊満な女が息絶えているという、そんなおぞましい光景を目前にして?拳銃はわたしのだ。が、女は知らない。半裸の女。あばずれが着けるような下着。わたしの部屋には鍵がかかり、掛け金もさしてあったのだ。こんな女がどうやって……息子のニックは知っているのか?意味不明の伝言は?錯綜する過去現在の間から姿を現わしてくる戦慄の真実!鬼才エリンがミステリの限界にいどむ衝撃の問題作!(本書あらすじより)

ワセミスのN君(無類のエリン好き)からお借りしたものです。いつもありがとうございます。ま、マケプレで3499円て……。

さて、N君のマイベスト(らしい)本書『鏡よ、鏡』ですが……えぇと、こりゃいったい何ですか。
読み終わって、うえええええぇぇぇぇぇ!!!!という気持ちと、ポカーン、という気持ちが頭の中で良い感じにごちゃまぜになる作品でした。これはキワモノ扱いされても仕方がないですね……極めて変わったミステリです。

やはり、結末がすごいです。ぶっちゃけた話、ラストについては「う、うん……」という具合で、嫌いじゃないけど好きでもないという微妙な感じ。いやまぁ、驚きはしましたが。この手のオチはよく聞きますが、ミステリで見るのは初めてで、ある種戸惑いの方が強いです。エリンは読者を狙い通りに突き放す(というか突き飛ばす)わけですけど、それによって自分としては、まぁ、うん、おぉ、わぁ、ぎゃあ、という感じですね。意味が分かりませんか、そうですか。

それよりも、憑かれたように書かれたラストまでの物語の方が断絶面白かったですし、当然こちらこそ読みどころでしょう。こやつは殺人犯です!と滔々と語る家族とか、半分キチガイにしか見えない精神科医とか、アホ話のオンパレードの回想シーンとか。こっちも憑かれたように読むわ読むわで、ちょっと異常なテンションに引き込まれます。なんかエリンの短編もこんな感じでしたね。

というわけで、見事に頭のネジが緩んだホラ話ですので、いっぺんは読むと良いんじゃないでしょうか。オチに関しては素養がある人・前例を知っている人はすぐ分かるらしいし、後書きにもチラッと書いてあるし、読書メーターでもバラされてますが、出来れば一切前情報なしで読んだ方が良いと思います。個人的には……嫌いではありませんが、積極的に好きとも言えない、微妙な位置づけの作品です。
ちなみに、本書はフランス推理小説大賞を受賞したらしいです。……何と言うか、ものすごく納得がいきます。

書 名:鏡よ、鏡(1972)
著 者:スタンリイ・エリン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 36-3
出版年:1979.12.15 1刷

評価★★★☆☆
特別料理
『特別料理』スタンリイ・エリン(異色作家短篇集)

アメリカの有名な異色短篇作家、スタンリイ・エリンの作品(1947~1954年のもの)を納めた、割と読みやすい「異色」作品集(?)です。冒頭にエラリイ・クイーンによる序文が着いており、作者に関して異常に詳しい説明が乗っています(笑)

TYは短篇が苦手なことこの上なく、途中で飽きたあげく、常にあと何ページかを気にしてしまうという、どうしようもない性分なんですね、えぇ。しかし、うむ、スタンリイ・エリンはリーダビリティに優れた作家なんでしょうね。誤解してほしくないのですが、つまり、決して話がスピーディーな訳ではありません。むしろ、結構くだらん妄想なんかがが延々と語られていたりもします……が、なぜか読める。1つの短篇を作るのに1年かかるだけあり、よく練られた緻密な構成をしているが故でしょう。一読に価すると思います。


「特別料理」

傑作ですので、長く語ります。
とにかくミステリ界で、有名さではトップクラスと言っていい作品。解説にある、「特別料理」は一種の倒叙物であり、作者は読者にオチを想像させつつ読ませている、という意見。なかなか面白いですね。確かに分かりやすく展開が読める(伏線もまたあざとい)ので、現代人にはそうかもしれません。が、発表当時の人々の発言(序文にあるやつ)を見る限り、1940年代にはやっぱり新鮮だったのかなぁと思います。
読んで損のない作品であり、確かに世界的に傑作の位置付けが出来ます……が、日本人のみ例外的にちょっと面白くないのかな、という気が。いや、文化の違いとかじゃなくてですね。日本人が読むと、どうしても「既読感」があるんじゃないかと思うわけです。そう、「○○○○い○○○」ですよ(分かる?)
ということは、「○○○○い○○○」ってミステリなのかしら?


「お先棒かつぎ」

なんでか知らないけど、地味に面白かった作品。バッドエンディングじゃない(?)のが好きなんでね。冒頭は明らかに「赤毛連盟」を意識していますね。これで主人公が赤毛だったりしたら最高かも。
主人公の気に入った会社名は、つまりは主人公の行動を示している、と解釈していいんですよね。


「クリスマス・イヴの凶事」

これも好き。ラストページが見えて、一体どう落ちをつけるのかと思いきや、うむむ、非常にベタですが悪くない。だーから最初に屋敷の説明があるんですね。
エリンの作品は必ずしも「最後の一行で落とす」作品ではありません。むしろ、結末までの展開に目をひかれ、うすうす感づいていくタイプのような気がします。とするとこの作品はやや例外に当たるのかもしれませんね。


「アプルビー氏の乱れなき世界」

本作品集で人気の高い作品ですが、わたしゃちょっと苦手です。どーなんですかねぇ……自分なら自殺しますが。作者が腹黒い人にしか思えなくなってきました。


「好敵手」

ややSF風味。フリッツ・ライバーの「冬の蝿」を何となく思い出しました(いや、ネタバレではありませぬ)。後味が何とも言えずもやもや感。


「君にそっくり」

悪くないです作品です。どーすんですかね、この男は。何とか切り抜けられればいいんですが。読める展開だけに、そこまでの展開が興味深いですね。


「壁をへだてた目撃者」

かなり予想出来る結末ですが、そこまでの周辺事実の補強が単なるありふれた作品でなくしています。わたしゃ嫌いですけどね、後味の悪いのは。再読するのはちょっとしんどい気もします。


「パーティーの夜」

うーむ……一番微妙だったかも。いまいちパンチがないです。ロマンスっちゃロマンスだし、ミステリっちゃミステリだし、サスペンスっちゃサスペンスだし。要は中途半端。


「専用列車」

タイトルに、そこまで深い意味はありません(笑)
なんとなく予想出来る展開であり、新鮮さはないものの、なかなか面白く読めました。まぁたぶん、結末がはっきりしているから悪くないと思ったんでしょうけど……。
普通、奥さんの「離婚」発言があれば、後悔する流れにもってきそうなもんですが、そこで「ざまぁみやがれ」になってしまう主人公は、やっぱり自分本位・自己中心な人物です。かなり明確な結末があるのも、自業自得を明確にエリンが表そうと思ったからではないかと思います。


「決断の時」

なるほどねぇ……これがいわゆる有名なリドルストーリーですか。おもしろいじゃないですか。
謎さえ残るなら、もちろん話の終わり方はどこでもいいわけです。それを踏まえて、最後にややジレンマ論を持ってきて終わらせるやり方、緩急がきいていいですね。短篇集の最後に置くのが調度いいといったところでしょうか。
伏線云々が特にあるわけでもないのに、終盤へ向けての流れが最初からゆっくりと出来ています。これこそ、エリンが作品を練る所以です。一旦書き上げた後、無駄な部分をガスガス裂いたんでしょうね。さすがです。


後書き:倒叙物として見るスタンリイ・エリンについて。なかなか面白いです。


書 名:特別料理(1958)
著 者:スタンリイ・エリン
出版社:早川書房
    異色作家短篇集 11
出版年:2006.7.15 初版

評価★★★★☆